内藤陽介 Yosuke NAITO
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World Wide Weblog
 世界の国々:モンゴル
2017-04-26 Wed 08:04
 ご報告が遅くなりましたが、アシェット・コレクションズ・ジャパンの週刊『世界の切手コレクション』2017年4月19日号が発行されました。僕が担当したメイン特集「世界の国々」のコーナーは、今回はモンゴルの特集(2回目)です。その記事の中から、この1点をご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

      モンゴル・国連加盟

 これは、モンゴルの国連加盟を記念して1962年に発行された切手で、国連旗とモンゴル国旗が並べて描かれています。

  モンゴル族の居住地域は、かつては帝政ロシアと清朝に分割されて支配され、清朝支配下の地域は、ゴビ砂漠をはさんで、それぞれ、南側が“内蒙古”(“蒙疆”とよばれることもある)、北側が“外蒙古”と呼ばれていました。

 1911年10月、滅満興漢をスローガンとする辛亥革命が起こり、1912年に中華民国が発足して清朝が滅亡。中華民国政府は、建前として“五民族(漢族、チベット族、満洲族、モンゴル族、ウイグル族)の“平等”を掲げていたものの、政治の中枢は漢族がほぼ独占するようになり、清朝の時代と比べて、満州族やモンゴル族の地位は大幅に後退しました。このため、モンゴル族はロシアの援助を受けて独立を宣言します。

 しかし、モンゴルの独立を認めない中華民国は、1919年、モンゴルに侵攻。ハーンとして即位したボグド・ハーンを退位させ、私邸に軟禁しました。これに対して、1921年、ソ連赤軍の支援を受けたモンゴル人民党(後にモンゴル人民革命党)のダムディン・スフバートルによる独立闘争の結果、モンゴルは再独立し、ボグド・ハーンは推戴されて皇帝に復位します。しかし、1924年4月、ボグド・ハーンが亡くなると、コミンテルンの指導を受けたモンゴル人民革命党は、同党による一党独裁の社会主義国を宣言。同年11月26日、ソ連の衛星国としてのモンゴル人民共和国が誕生しました。

 これに対して、中華民国はモンゴルを自国領として扱い、その独立を否認していましたが、第二次大戦末期の1945年6月、ソ連との外交交渉の際に「ソ連が日本撤退後の満洲を中国共産党に渡さず、かつ新疆の独立運動を鼓舞しないと約束するなら、抗日戦争勝利後に外蒙古が国民投票を経て独立することを認めてもよい」と主張し、1946年1月にはモンゴルの独立を承認したものの、国共内戦中に、ソ連は共産党を支持したため、台北遷都後の1953年、中華民国政府は中ソ友好同盟条約の正式な廃止を決定し、同時にモンゴルの独立承認も白紙に戻しています。一方、1949年10月1日に建国を宣言した中華人民共和国は、対ソ関係を考慮し、建国早々の同年10月16日、モンゴルと国交を樹立しています。

 こうしたこともあって、1955年、モンゴルなど東側5ヶ国と、日本など西側13ヶ国の国連加盟が安保理で一括協議された際、中華民国は、モンゴルの“領有権”を主張し、常任理事国として拒否権を発動。このため、ソ連は報復として日本の国連加盟に拒否権を発動しています。その後、日本は1956年に国連に加盟しましたが、モンゴルの加盟は1961年まで持ち越しとなりました。

 さて、『世界の切手コレクション』4月19日号の「世界の国々」では、モンゴル側から見たノモンハン事件についての長文コラムのほか、独裁者チョイバルサン、ハルハ・ブフ(モンゴル相撲)、タルボサウルス、馬頭琴の切手などもご紹介しております。機会がありましたら、ぜひ、書店などで実物を手に取ってご覧いただけると幸いです。

 なお、「世界の国々」の僕の担当回ですが、今回のモンゴルの次は、本日発売の5月3日号でのヴェネズエラの特集(2回目)になります。こちらについては、発行日の5月3日以降、このブログでもご紹介する予定です。


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 4月27日(木)16:05~  NHKラジオ第1放送で、内藤が出演する「切手でひも解く世界の歴史」の第2回目が放送予定です。今回は、23日のフランス大統領選挙の第1回投票と5月7日の決選投票の間の放送ということで、フランスの初代大統領と切手についてのお話をする予定です。みなさま、よろしくお願いします。番組の詳細はこちらをご覧ください。


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 日本からの解放と、それに連なる朝鮮戦争の苦難の道のりを知らずして、隣国との関係改善はあり得ない。ハングルに訳された韓国現代史の著作もある著者が、日本の敗戦と朝鮮戦争の勃発から休戦までの経緯をポスタルメディア(郵便資料)という独自の切り口から詳細に解説。解放後も日本統治時代の切手や葉書が使われた郵便事情の実態、軍事郵便、北朝鮮のトホホ切手、記念切手発行の裏事情などがむしろ雄弁に歴史を物語る。退屈な通史より面白く、わかりやすい内容でありながら、朝鮮戦争の基本図書ともなりうる充実の内容。

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 朝鮮人民軍創建の日について
2017-04-25 Tue 08:01
 北朝鮮では、きょう(25日)、“朝鮮人民軍創建85周年”ということで、各種の記念行事が予定されているそうです。というわけで、きょうはこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      北朝鮮・朝鮮人民軍創建6周年記念絵葉書  北朝鮮・朝鮮人民軍創建6周年記念絵葉書裏面

 これは、1954年に北朝鮮で発行された“朝鮮人民軍創建6周年記念”の絵葉書です。チェコスロヴァキア宛の書留実逓便なので、裏面の画像も隣に貼っておきました。

 北朝鮮における軍事組織は、解放直後の1945年10月、ソ連占領軍による旧日本軍の武装解除を受け、2000名からなる“保安隊(隊長は金日成)”が創設されたのが最初です。その後、同年11月、占領下の地域行政機関として北朝鮮五道行政局が設置されると、その一部局として「保安局」が設置されましたが、これに先立ち、10月には早くも新義州で航空隊が創設されています。

 さらに、1946年1月には、五道行政局の傘下に鉄道施設の保護を目的とした鉄道保安隊(同年7月、鉄道警備隊に改編)が組織されたほか、同年7月には水上保安隊が、翌8月には海岸警備隊が、それぞれ組織されました。これらが、後の朝鮮人民軍の母体となります。

 一方、1946年2月には幹部養成のための平壌学院(1945年11月創立説もあり。1949年に第2軍官学校と改称)が、6月には保安訓練所が、7月には軍事指揮官を養成するための中央保安幹部学校(1949年に第1軍官学校と改称)が、それぞれ創設され、政府・軍隊の正式発足前に軍幹部の養成も開始されました。

 さらに、解放1周年にあたる1946年8月には、実質的な軍司令部として保安幹部訓練大隊部が創設されるとともに、北朝鮮労働党の創立にあわせて「民族軍隊組織と義務的軍事徴兵制を実施すること」が確認されました。

 1947年に入ると、ソ連からの軍事援助が本格的に到着するようになり、5月には全将兵に階級章が付与軍されるとともに、保安幹部訓練大隊部も人民集団軍に改編されます。そして、1948年2月4日、北朝鮮人民委員会の下に民族保衛局が設置されると、これを受けて同月8日、人民集団軍は“朝鮮人民軍”に改称され、同年9月の朝鮮民主主義人民共和国の正式な成立以前に“国軍”が誕生しました。

 こうした経緯から、朝鮮人民軍の創立記念日は、ながらく、(1948年)2月8日とされ、節目の年には記念切手・絵葉書などが発行されてきました。今回ご紹介の官製絵葉書もその一例で、1948年を起点にしていますから、発行年の1954年は朝鮮人民軍の6周年という勘定になります。

 ところが、その後、金日成から金正日への権力世襲の過程で、満洲での金日成の抗日武装闘争の経歴が誇張して宣伝されるようになると、1978年以降、朝鮮人民軍のルーツは“朝鮮人民革命軍”(金日成の抗日遊撃隊)に求められるようになり、建軍記念日も、本来の1948年2月8日から、朝鮮人民革命軍が結成された(と北朝鮮当局が主張している)1932年4月25日に変更されました。北朝鮮側が、“朝鮮人民軍創建85周年”と主張しているのはこのためです。ただし、1932年に朝鮮人民革命軍が創建されたというのは、北朝鮮当局がそう主張しているだけであって、これを歴史的事実として裏付けるための、信頼に値する資料は報告されていません。

 まぁ、北朝鮮当局が史実を捏造したプロパガンダにより、自らの体制維持を図ろうとするのは勝手ですが、日本のメディアなどがそれを鵜呑みにして「朝鮮人民軍創建85周年の25日、北朝鮮では…云々」と報じてしまうのは、結果的に、彼らのそうした宣伝工作に加担していることになるわけで、やはり問題ではないでしょうかね、少なくとも、「北朝鮮当局の主張によれば、朝鮮人民軍創建85周年とされる25日…」というような、留保をつけた表現にした方が良いのではないかと思います。

 なお、このあたりの事情につきましては、拙著『朝鮮戦争』でもいろいろとご説明しておりますので、機会がありましたら、ご覧いただけると幸いです。 


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 世界切手展<BRASILIA 2017>のご案内
2017-04-24 Mon 09:00
      ブラジル・ブラジリア(1990年単片)  ブラジリア2017ロゴ

 本年10月24-29日(火-日)の6日間、ブラジル・ブラジリア市のUlysses Guimaraes Convention Centerにて、世界切手展<BRASILIA 2017>が開催されます。同展のコミッショナーは、当初、正田幸弘氏が担当の予定でしたが、諸般の事情により、急遽、正田氏に代わり、内藤がコミッショナーをお引き受けすることになりました。

 同展の出品申込の締め切りは、当初、2月中旬とされていましたが、本日(24日)の時点で4月30日まで延長されております。つきましては、同展の特別規則のうち、出品に関する事項を抜粋し、その概要をお知らせいたしますので、出品をご希望の方は、4月28日までに内藤宛に書類をお送りください。なお、今回の切手展は、チャンピオンクラスのほか、一般競争クラス・ワンフレームクラス・現代郵趣のいずれも、伝統・郵便史・ステーショナリー・テーマティクの4部門に限定した専門展で、一般出品の出品料は1フレームあたり米ドル$60です。

 正式な規則の文言ならびに出品に必要な書類の用紙は、一般社団法人全日本郵趣連合のウェブサイト左側の「国際切手展情報」に掲載のPDFファイルをクリックしてご覧ください。

 なお、すでに出品をお申込みいただいた方につきましては、今後、現地組織委員会との連絡など、コミッショナー業務は内藤が引き継ぎますのでご了承ください。

 以下、展覧会の概要です。

1.会期
 2017年10月24日 –29日(6日間)

2.会場
 Ulysses Guimaraes Convention Center, Brasilia

3.パトロネージ、運用される諸規則
 BRASILIA2017はFIPパトロネージの “Specialised World Stamp” Exhibition(専門世界切手展)に相当します。
次の規則が適用されます。
- The General Regulations of the FIP for Exhibitions (GREX)
- The General Regulations of the FIP for the Evaluation of Competitive Exhibits at FIP Exhibitions (GREV)
- The Special Regulations of the FIP for the Evaluation of Competitive Exhibits at FIP Exhibitions (SREVs)
- Individual Regulations of BRASILIA 2017 (IREX) (GREX Article 3.10)

4.参加資格
 クラス9の文献、クラス7の現代郵趣を除き、競争出品は国内展で、少なくとも金銀賞を受賞していること。

5.出品クラス:
 競争出品
― Class 1:FIPチャンピオンクラス
(過去10年(2007-2016)のFIP 展において、大金賞を3回受賞した作品)
― Class 2:伝統郵趣
 A)ブラジル
 B)アメリカ大陸(ブラジル以外)
 C)ヨーロッパ
 D)アジア、オセアニア、アフリカ
― Class 3:郵便史
 A)ブラジル
 B)アメリカ大陸(ブラジル以外)
 C)ヨーロッパ
 D)アジア、オセアニア、アフリカ
― Class 4:ポスタル・ステーショナリー
― Class 5:テーマティク
  A) Nature、B)Culture、C)Technology のいずれかのサブクラスを記入。
― Class 6:1フレーム(TR,PH,PS,TH)
― Class 7:現代郵趣(TR,PH,PS,TH)
― Class 8:ユース 
― Class 9:文献
 A) 2012年1月1日以降に出版された書籍、パンフレット、研究書
 B) 2015年1月1日以降発行の雑誌、定期刊行物
 C) 2015年1月1日以降に出版されたカタログ
 通常の出品申込書に加え、文献用の情報フォームを記入すること。

6.審査と賞
 競争クラスの出品物はFIP審査員によりGREV、SREVsに従い審査されます。

7.フレームサイズと割当数
 BRASILIA2017のフレームは98cm×120cmです。各フレームには最大で22cm x 30cmのリーフが16ページ(4×4)収容可能です。
・23cm x 29cmをわずかに超えるサイズであれば頁を重ねることで展示可能と思われますが、その場合組織委員会は頁の損傷について責任を持ちません。黒色・濃色のリーフは受け付けません。鑑定書はオリジナルをページの裏に挿入してください。

 競争クラスの各作品にはGREX の 6.4 & 6.5に従い、5または8フレームが割当てられます。クラス1は8フレームです。

8.出品申込と結果の通知
 出品申込に際しては、所定の書式(一般社団法人全日本郵趣連合のウェブサイトでダウンロードできます)に必要事項を記載の上、作品の内容を説明するページ(イントロダクトリーページ。英文で記載)のコピーを添えて、国内締切日2017年4月28日(必着)までに、ナショナル・コミッショナー(内藤陽介)宛にお送りください。

 お申込みいただいたご出品の可否は、組織委員会の検討を経て、2015年5月30日までにコミッショナーに告知される予定です。出品が受理された場合、正当な理由なく、出品をキャンセルすることはできませんのでご注意ください。

9.出品料
 出品作品の決定後、出品決定の後、振込の時点の為替レートで(日本円で)ご請求いたします。
 ユース・文献・ワンフレームを除く部門の出品料は1フレームあたり米ドル$60。
 ユースの出品料は無料
 ワンフレームは1作品あたり米ドル$75
 文献は1作品あたり米ドル$60

10.作品の取扱い
 〆切を過ぎて到着した作品は審査の対象外となります。作品未着の場合、出品料は返金されません。出品物は取り外し可能な保護カバーをつけ、各リーフの右下に展示順の番号を記してください。作品の受領後、組織委員会はしかるべき受領証を発行します。出品物は組織委員会の支給する指定の封筒に入れて搬入してください。

 フレーム出品:コミッショナーによる持ち込みが強く推奨されております。(コミッショナーによる所定の運搬手数料が出品料の他にかかります)
 文献出品については、2017年8月30日までに各2部ずつ、下記宛に送付してください。文献出品は返却されません。
 SWSE BRASILIA-2017-Organizing Committee
 SHN-Quadra 2 –Bloco H, Edificio Metropolitan / apto. 1012
 CEP 70702-905,Brasilia, DF - BRAZIL

12.作品のセキュリティ
 組織委員会は会期中の作品のセキュリティについて相応の対策を講じますが、作品の輸送時、会期中の展示・撤去の際のマテリアルの紛失・汚損などについては責任を負いません。出品物の保険については、出品者個人の責任と負担においてかけるものとします。

13.コミッショナー連絡先
 内藤陽介(ないとう・ようすけ)
 ご連絡は本ブログ右側、プロフィール下のメールフォームをご利用ください。

 なお、本日の記事の冒頭に掲げた画像の切手は、1990年にブラジリアで開催された切手展<LUBRAPEX 90>に際して発行された記念切手のうち、ブラジリアの三権広場の中央に建てられているカンダンゴ像を取り上げた1枚です。カンダンゴ像は、今回の切手展のロゴマークにも取り上げられておりますので、シンボリックな1枚として持ってきました。

 〆切までの期日が切迫しておりますが、あらためて、1人でも多くの皆様のお申込み・お問い合わせを心よりお待ちしております。

 * 昨晩、アクセスカウンターが178万PVを超えました。いつも閲覧していただいている皆様には、あらためてお礼申し上げます。

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 UAE成立前後の郵便と社会
2017-04-23 Sun 09:57
 ご報告がすっかり遅くなりましたが、日本アラブ首長国連邦協会の機関誌『UAE』第61号(2017年春号)が発行されました。同誌には第60号に寄稿した「UAE成立以前の郵便と社会(1964-67年)」の続編として、1971年のUAE 結成前後の郵便事情を中心にまとめてみました。その記事の中から、こんなモノをご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

      アブダビ・UAE加刷カバー

 これは、UAE 発足後間もない1972年8月29日、UAE 暫定加刷切手を貼ってアブダビからベイルート宛に差し出されたカバーです。

 1971年12月のUAE 結成当初、連邦全体を統括する郵政機関は成立しておらず、各首長国の切手も当面はそのまま有効とされていました。また、UAE全域の統一通貨としてUAEディルハムが導入されるのは1973年5月19日のことで、それ以前は、従前どおり、アブダビを除く6首長国ではカタール・ドバイ・リヤル(補助通貨はディルハム。1リヤル=100ディルハム)が、アブダビではバハレーン・ディナール(補助通貨はフィルス。1ディナール=1000フィルス)がそのまま使用されており、切手の額面もそれぞれの通貨に対応していました。

 こうした状況の下、連邦発足に伴う移行期間の措置として、1972年7月31日まで各首長国はそれぞれ独自の切手を発行していましたが、同年8月以降、各首長国が独自に新切手を発行することが禁じられます。

 これを受けて、連邦全域で有効のUAE共通切手を発行するまでの暫定措置として、UAEを構成する首長国中、最大の首長国であったアブダビの切手のアラビア語の国名表示を二重線で抹消したうえで、その下に新国名の“دولة الإمارات العربية المتحدة”を、欧文の国名表示の上に“UAE”の文字を、それぞれ加刷した暫定的な切手が発行され、使用されることになりました。

 今回ご紹介のカバーはその使用例で、貼られている切手に描かれているのは、当時のアブダビ首長、ザーイド・ビン=スルターン・アール=ナヒヤーンの肖像です。なお、ザーイドはUAEの成立とともに、連邦の初代大統領に選出されています。

 ただし、UAE暫定加刷切手の額面は、当時、アブダビのみで流通していたバハレーン・ディナールでの額面表示になっていたため、他の首長国の領域では使い勝手が悪かったようで、アブダビ以外ではほとんど使用されませんでした。

 その後、1973年1月1日、UAEの発足から1年余りを経て、ようやく、UAE郵政はUAEの国旗や国章、各首長国の風景などを取り上げた、UAEとして最初の正刷切手を発行。この時発行された切手は、同年5月からの新通貨、UAEディルハムの導入をにらんで、UAEディルハムの額面表示になっていますが、各地の郵便局では、切手発行時に実際に市中で流通していたカタール・ドバイ・リヤルに関しては、公定交換レートの1ディルハム=1リヤルで、アブダビで使用されていたバハレーン・ディナールに対しては1ディルハム=0.1ディナールで換算した金額で切手を販売しています。


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 アース・デイとランド・デイ
2017-04-22 Sat 10:26
 きょう(22日)は“アース・デイ”です。というわけで、こんな切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      パレスチナ・アースデイ(2014)

 これは、2014年にパレスチナ・ガザ政府が発行した“アース・デイ”の記念切手で、図案としては、岩のドームを含むパレスチナの風景イメージと鳥、オレンジの木が組み合わされています。

 さて、今回ご紹介の切手の発行名目は“アース・デイ”となっていますが、そのアラビア語は“ يوم الأرض‎‎”です。このうち、“يوم ”は“日”ですが、“الأرض”は“地”の意味ですから、英語で“earth”とも“land”とも訳すことが可能で、世界的に認知されている4月22日の“アース・デイ”とは別に、“ランド・デイ”とされる記念日に対しても“ يوم الأرض‎‎”という語が使われています。

 ランド・デイというのは、1976年3月30日、イスラエル政府がガリラヤ地方の1万9000平方キロの土地を強制収用し、アラブ系の住民(いわゆるパレスチナ人)をネゲブ砂漠に強制移住させようとした際、これに対抗する大規模なデモが発生し、6人のパレスチナ人が殺されたことにちなむ記念日で、毎年、事件のあった3月30日には、イスラエルに抗議し、パレスチナの土地がパレスチナ人のものであると主張する大規模な集会やデモが行われています。

 さて、今回ご紹介の切手は、もともと、2014年3月30日の“ランド・デイ”にあわせて発行される予定でしたが、実際の発行は同年11月にまでずれ込んでいます。その際、“ يوم الأرض”の訳語として、従来用いられていた“ランド・デイ”ではなく、あえて“アース・デイ”があてられたのが興味深いところです。その理由は定かではないのですが、“(パレスチナの)ランド・デイ”に比べれば、はるかに認知度の高い“アース・デイ”の語を使うことで、あえて、4月22日のアース・デイの記念切手と誤解させ、この切手(とその背後にあるランド・デイ)に対する関心を集めようという意図があったのかもしれません。

 ちなみに、ガザの郵政当局が制作した公式FDCの消印には、3月30日付のモノと4月17日付のモノがありますので、その点でも、この“يوم الأرض”の切手が、ランド・デイを記念したものなのか、アース・デイを記念したものなのか、見る側は混乱してしまいそうですね。

 さて、ことし(2017年)は、英国がパレスチナに“ユダヤ人の民族的郷土”を作ることを支持するとしたバルフォア宣言(1917年)から100年、イスラエル国家建国の根拠とされる国連のパレスチナ分割決議(1947年)から70年、中東現代史の原点ともいうべき第3次中東戦争(1967年)から50年という年回りになっていますので、懸案となっている「ユダヤと世界史」の書籍化と併行して、パレスチナにフォーカスをあてた書籍の企画も進めています。具体的な内容などが明らかになりましたら、このブログでもご案内いたしますので、よろしくお願いいたします。
 

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 ベルギーのムスリムと“寛容”
2017-04-21 Fri 16:56
 パリのシャンゼリゼ通りで、現地時間20日午後9時ごろ(日本時間21日午前4時ごろ)、警官が銃撃され、1人が死亡、2人が重軽傷を負う事件があり、実行犯はその場で射殺されました。過激派組織ダーイシュ(自称“イスラム国”。IS)傘下の通信社AMAQは、射殺された実行犯はダーイシュの戦闘員でベルギー人(ベルギー出身)のアブー・ユーセフ・ベルギージーであると報じています。というわけで、今日はこんな切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      ベルギー・寛容(2016)

 これは、2016年にベルギーで発行された“(多宗教間の)寛容”の切手で、ベルギーの主要宗教であるユダヤ教、カトリック、イスラムの各宗教指導者(左からラビのアルベール・ギギ、アントワープ司教のジョアン・ボニ、ヘントのイマームのハリド・ベンハッドゥ)が伝統的な装束に身を包み、互いに手を携えた写真と、その下に「誰もが平等で、誰もが異なっている」との文言が入っています。

 異なる宗教に対する寛容性をアピールするための切手を発行しようという企画は、2014年5月にブリュッセルで発生したユダヤ博物館襲撃事件(死者4名)の後に持ち上がり、2015年11月、Bポスト(ベルギー郵政)が、2016年に“寛容”と題する切手を発行する計画を発表。3人の宗教指導者に対して、彼らが一緒に並んだ切手を発行したいとのオファーがなされ、3人がこれを快諾したことを受けて、フラマン語圏出身の女性写真家のリーヴァ・ブランカートが、切手の原画写真を撮影しました。ちなみに、中央にカトリックのボニ司教が立っているのは、ベルギー国内では3宗教のうち、カトリックの人口が最も多いためです。

 切手に登場したギギは、イスラエル紙のインタビューに答えて「この切手が示そうとしているのは、ベルギーでは、何が起ころうと、人々がどのようなニュースを聞こうと、それぞれの宗教の関係は良好だということだ。この写真で、我々は共に手を取り、連帯して、共に働いていることを示している」と述べています。ちなみに、ギギはインタビュー時には70歳で、30年以上にもわたってベルギーでチーフ・ラビとして活動してきた人物です。

 現在、ベルギーにおけるユダヤ教徒はブリュッセルとアントワープを中心に4万人いるとされていますが、近年、ガザ地区をめぐるイスラエルの強硬姿勢に抗議するというかたちをとって、彼らに対する圧力が強まっています。また、ベルギー国内のムスリム人口は70-90万人とされており、その大半はモロッコ出身者もしくはその子孫です。その背景には、1960年代、安価な労働力として、ベルギーが国策としてモロッコおよびトルコからの移民を大々的に受け入れたという事情があり、現在、ブリュッセルではムスリムが人口の25%以上となっているほか、アントワープとシャルルロワにも相当数のムスリムが生活しています。

 この切手が企画されるようになったきっかけは、ユダヤ博物館に対する襲撃事件でしたが、実際に切手が発行されたのは、昨年3月のブリュッセルでの連続テロ事件の後のことでしたから、圧倒的多数の善良なムスリム市民への不当な差別や攻撃を抑え、ムスリムと非ムスリムの共存を訴えるものとして、この切手を受け止める人も多かったのではないかと思われます。

 その一方で、ベルギー経済の停滞もあって、移民2世・3世のムスリムは実質的な就職差別にさらされることも少なからずあり、彼らの不満は鬱積しています。

 また、ベルギーでは、国内のフランデレンとワロンの対立から、総選挙後に連邦政府に長期間の政治的空白が生じることが常態化しており、たとえば、2010年の総選挙では連立交渉がうまくいかず、政治空白が540日も続いたほか、2014年5月の総選挙後も新政権発足までに4ヵ月半かかっています。

 こうした政治的空白は、かつては、地方政府の自治権が強いため、それによってカバーされる面もあったのですが、欧州統合を優先し、連邦政府が国民の生命・財産を守るという意識に乏しい(ように見える)という隙を突くかたちで、テロリストが流入したり、あるいは、現状に不満を持つベルギー人ムスリムの若者が“ホームグロウン・テロリスト”になるという構図が生まれることになりました。特に、ブリュッセル西郊のモレンベーク地区(9万の人口のうち、8割がムスリムとされる)は、2015年のパリ同時多発テロ事件でもテロリストの出撃拠点となっており、ダーイシュへの戦闘員供給地ないしはテロの温床として、その悪名をとどろかせているほどです。

 今回のパリでの襲撃事件は、AMAQの報道が事実だとすれば、またしても、テロの背景には“ベルギー”があったということになります。もちろん、ベルギー国内に居住するムスリムの圧倒的多数は善良な市民でしょうから、彼らに対するいわれなき差別や攻撃があってはならないのは当然で、その意味で、今回ご紹介の切手に見られるような“寛容”の精神は非常に重要なわけですが、そのためにも、十分な治安・テロリスト対策により国民の生命・財産がきちんと保存されなければならないことは言うまでもありません。要は、両者のバランスということなのですが、だとすれば、この切手と並行して、“反テロ”を訴えて、インパクトのある切手が発行されても良いような気がします。


 ★★★ NHKラジオ第1放送 “切手でひも解く世界の歴史” 次回 は27日! ★★★ 

 4月27日(木)16:05~  NHKラジオ第1放送で、内藤が出演する「切手でひも解く世界の歴史」の第2回目が放送予定です。今回は、23日のフランス大統領選挙の第1回投票と5月7日の決選投票の間の放送ということで、フランスの初代大統領と切手についてのお話をする予定です。みなさま、よろしくお願いします。番組の詳細はこちらをご覧ください。


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 切手歳時記:春雨じゃ 濡れてまいろう
2017-04-20 Thu 06:20
 ご報告が遅くなりましたが、公益財団法人・通信文化協会の雑誌『通信文化』2017年4月号ができあがりました。僕の連載「切手歳時記」は、今回はこの1点を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      文通週間・駅逓寮

 これは、1970年に発行された国際文通週間の切手で、三代広重の『東京府下名所尽』の中から「四日市駅逓寮」が取り上げられています。

 きょう(20日)は「雨が降り百穀を潤す」とされる二十四節季の“穀雨”ですが、毎年、この時季は春雨の日が多くなります。

 もともと、春雨は“はる”と“さめ”を意味する「春小雨」と書かれていましたが、なるほど、小ぬか雨とも呼ばれるだけあって、穀雨の頃の雨は雨粒が小さく、柔らかに降るイメージがありますね。

 芝居の月形半平太は、京・三条の宿を出るときに、馴染みの舞妓、雛菊から「月様、雨が…」と声を掛けられ、「春雨じゃ 濡れてまいろう」と応ずるのが定番です。半平太のような色男の口から出ると、何とも粋な雰囲気になる台詞ですが、国語学者の金田一晴彦に言わせると、「これは春の京都に多い霧雨なので、傘をさしたところで濡れてしまう」ということなのだとか。

 身もふたもない説明ですが、それなら、春雨の街角には傘を差す人と差さぬ人が同じくらい歩いている風景というのがあってもよさそうなもので、なにかないかと考えていて、ふと思いついたのが、今回ご紹介の切手に取り上げられている「四日市駅逓寮」だったわけです。

 『東京府下名所尽』は1874年5月に刊行された作品。“駅逓寮”は、明治4年3月1日(1871年4月20日)に日本の近代郵便が創業されたときの“駅逓司”が同年8月に昇格して生まれた組織で、切手に取り上げられた庁舎はこの絵が刊行される前月の1874年4月に完成したばかりでした。

 郵便創業当時、駅逓司(後に駅逓寮)と東京郵便役所(現在の中央郵便局に相当)は四日市、すなわち、現在の東京都中央区の江戸橋南詰付近に置かれていました。当初の駅逓司の建物は、旧幕府の老朽化した魚納屋役場を改造したもので、駅逓頭・前島密の机も押入れを改造した中に置かれているというありさまでした。

 その後、郵便事業の発展とともに、駅逓寮の局舎も近代的なものに改築する計画が持ち上がり、1874年4月30日、瓦葺き木造漆喰仕上げ二階建ての洋風建築が完成します。入口上部の切妻中央に設置された直径4尺の舶来時計は時を知らせ、文明開化のシンボルとして、東京名所の一つでした。ただし、この建物は1888年2月の火災で焼失。現在、その跡地には日本橋郵便局が建てられ、その正面玄関には“郵便発祥の地”と記された石碑がはめ込まれています。

 三代広重の作品を見ると、玄関脇に満開の桜の木が一本植わっています。さすがに、4月末の竣工時には桜は散っていたでしょうから、あるいは、建物の外観ができあがった時点で絵筆をとったのではないかと推測できます。

 往来には傘を差した人物が3人ほど歩いていますが、画面手前の丁髷と思しき男衆(1871年に断髪令が出された後も丁髷を結ったままの人は多く、8割が断髪するまでには10年近くが必要だったそうです)は傘を差していません。

 新国劇で『月形半平太』が初演され、「春雨じゃ~」の名台詞が生まれたのは1919年のことでしたから、丁髷の彼らは、雛菊・半平太の物語など知る由もなく、春雨に濡れて歩いていたということになります。

 穀雨が過ぎると、だんだんと雨量が多くなってきて、傘なしで雨中を歩くのはしんどくなってきますから、そうした点からも、やはり、この絵も4月末より少し早い穀雨の頃の風景と考えるのが妥当でしょう。

 ちなみに、年によって若干の差があるものの、今年を含め、穀雨はたいてい4月20日です。“郵政記念日”と同じ日というのは偶然でしょうが、三代広重が描いた駅逓寮の絵をみていると、彼がその場所にいたのは、まさに穀雨の4月20日でなかったかと、ついつい根拠もないままに想像してみたくなるのでした。


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 二条城ご難
2017-04-19 Wed 08:48
 きのう(18日)、京都市中京区の世界遺産・二条城で、国宝の二の丸御殿の廊下や庭園など、少なくとも46ヶ所で茶色の粉のようなものがまかれているのが見つかり、京都府警中京署が文化財保護法違反容疑で捜査しているそうです。というわけで、今日は二条城の切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      二条城

 これは、1987年11月18日に発行された“世界歴史都市会議”の記念切手で、二条城・二の丸御殿の車寄と遠侍の屋根を中心に麻賀進の撮影した写真が取り上げられています。

 切手の題材となった世界歴史都市会議は、地方自治体の国際交流の一環として、1000年以上の歴史と50万以上の都市を中心に、京都市と歴史的類似性のある都市や姉妹・友好都市など世界各国の35都市 の市長を招いて開催したのがはじまりで、その第1回会議は1987年11月18-21日の4日間、京都市の国立京都国際会館で開催されました。

 第1回会議のテーマは「21世紀における歴史都市―伝統と創生―」で、①都市計画論、②文化遺産論、③都市産業論の3セッションに分かれ、意見交換が行われるとともに、「京都宣言」 が採択されました。

 また、会議では、同会議の継続開催のために、第1回会議に参加した26都市を会員として世界歴史都市会議協議会が設立され(事務局は京都に置かれ、京都市長が協議会会長を務めた)、フィレンツェでの第2回会議、バルセロナでの第3回会議を経て、1994年4月に第4回世界歴史都市会議が再び京都で開催されたのを契機に、1987年の京都宣言の目的を達成するために、従来の協議会を発展的に解消し、世界歴史都市連盟が設立され、現在にいたっています。

 歴史的にみると“二条城”と呼ばれた城は複数ありますが、切手に取り上げられているのは、関ヶ原の戦いで勝利を収めた徳川家康が上洛時の宿所として築城したもので、1603年に落成しました。その後、天守や本丸の殿舎などは焼失し、現在は東大手門や北大手門などの門と、諸櫓の城郭建築のほか、二の丸御殿、御殿台所などが残っています。

 切手に取り上げられた二の丸御殿は書院造の最も豪華な実例で、車寄は現代家屋でいう玄関に相当し、遠侍は入城した参賀の諸大名の控えの間にあてられていました。また、二の丸御殿の大広間は、1867年、徳川慶喜が大政奉還を発表した場所としても知られています。

 なお、今回ご紹介の切手が発行された時点で、城と名のつく建造物で国宝に指定されていたのは姫路城松本城犬山城 、彦根城 、二条城の5件ありましたが、今回の切手に二条城が登場したことで、そのすべてが切手として出揃いました。その後、2015年に松江城が国宝に(再)指定されたことを受け、現在では、天守が国宝に指定されている姫路城、彦根城、犬山城、松本城、松江城が“国宝5城”(二条城は含まれない)と呼ばれています。ちなみに、松江城も2001年のふるさと切手に取り上げられています。また、二条城の建築ではありませんが、その内部の装飾に関しては、狩野探幽の「松」の障壁画を取り上げた額面20円の普通切手が1972年に発行されています。

 なお、この切手を含む昭和末期の記念切手については、拙著『昭和終焉の時代』で詳しく解説しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。 


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 世界の国々:マダガスカル
2017-04-18 Tue 12:24
 ご報告が遅くなりましたが、アシェット・コレクションズ・ジャパンの週刊『世界の切手コレクション』2017年4月12日号が発行されました。僕が担当したメイン特集「世界の国々」のコーナーは、今回はマダガスカルの特集(2回目)です。その記事の中から、この1点をご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

      マダガスカル・稲作

 これは、1967年に発行された稲作の切手です。

 マダガスカルは1人当たりのコメ消費量が日本人の約2倍の年間120㎏で、農民の7割以上が稲作に従事しています。しかし、サイクロンなどの影響でコメの国内生産量は安定せず、コメ消費量の約10%は輸入に頼らざるを得ないのが実情です。このため、マダガスカル政府は、2008年からの10年間で、コメの収量を3倍に増加させるとともに、コメの輸出国になることを目指して、人手をかけた省資源・自然循環型の集約的水稲栽培法(SRI)を奨励しているが、SRIを導入しているのは全農家の3.5%にとどまっています。こうしたことから、JICAは人口が集中する中央高地での増産を目標に、さまざまな支援を行っています。

 さて、『世界の切手コレクション』4月12日号の「世界の国々」では、第二次大戦中のマダガスカルの戦いについての長文コラムのほか、世界遺産のツィンギ・デ・ベマラ、アンブヒマンガの王宮、アフリカ出身で最初に近代詩を書いたとされる詩人のジャン=ジョゼフ・ラベアリヴロ、カメレオンの切手などもご紹介しております。機会がありましたら、ぜひ、書店などで実物を手に取ってご覧いただけると幸いです。

 なお、先週発売の4月19日号では、「世界の国々」はモンゴルを特集していますが、こちらについては、近々、このブログでもご紹介する予定です。


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 シリアの独立記念日(撤退記念日)
2017-04-17 Mon 10:33
 きょう(17日)は、1946年にシリアからフランス軍が撤退し、シリア共和国の完全独立が達成されたことにちなみ、シリアの独立記念日(撤退記念日)です。というわけで、この切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      シリア・撤退記念日(1999)

 これは、1999年にシリアで発行された独立記念日(撤退記念日)の記念切手です。

 現在のシリア共和国に相当する地域は、第一次大戦後、フランスの委任統治下に置かれていましたが、1936年9月、「批准後3年間の暫定期間をおいてから、委任統治を終了させる」としたフランス・シリア条約が結ばれます。ただし、同条約では、3年後のシリア独立を定める一方で、「シリアは戦時の際にはフランスに協力し、空軍基地を提供するほか、シリア内にフランスが軍事拠点を維持する権利を認める」との項目も設けられていました。

 このため、1936年末にシリア議会はフランス・シリア条約を承認し、1937年1月から条約の定める“暫定期間”に入ったとしましたが、フランス議会は同条約を承認せず、独立問題は宙に浮いた状態になってしまいます。さらに、第二次大戦勃発直前の1939年5月、フランスはフランス・シリア条約の破棄を一方的に宣言。同年9月、第二次大戦が勃発すると、シリアの独立は棚上げにされてしまいました。

 1940年6月のフランス降伏当初、シリアはヴィシー政府の支配下に置かれましたが、1941年6月、英国に支援されたドゴール派の自由フランス軍がシリア・レバノンに進攻し、シリア・レバノンは自由フランスの支配地域となりました。

 自由フランスは、1941年9月27日にシリアの、同年11月26日にレバノンの、それぞれ“独立”を布告。このうち、レバノンに関しては、1943年にフランス軍が撤退して完全独立が達せられたものの、シリアに関しては英仏軍が駐留を継続し、完全独立は先延ばしにされました。

 このため、1944年1月 シリア議会は「フランスの委任統治を承認しない」と宣言。米英の支持を得て“シリア共和国”として枢軸側に宣戦布告するとともに、国際連盟創設のためのサンフランシスコ会議にも代表を派遣し、“戦勝国”としての立場を確保しようとします。

 さらに、1945年5月8日、ドイツが降伏すると、シリアでもフランス軍の撤退を求めて独立運動が本格化。これに対して、シリアの“独立”は、あくまでもフランス委任統治下での“自治”と強弁していたフランスは、5月29日、ダマスカスを空爆し、独立派の指導者を逮捕し、独立運動を力ずくで抑え込もうとしました。

 このため、サンフランシスコ会議に出席中だったシリア自治政府代表は、シリアの独立を連合諸国の首脳に訴えます。これを受けて、英国がシリア独立を支持し、他の参加国もこれに同調したため、最終的に、フランスは独立運動の鎮圧を断念。1946年2月、国連がフランス軍の撤退を決議し、4月17日、フランス軍はシリアから完全に撤退。シリア共和国の完全独立が達せられました。

 さて、現在、インターネット放送・チャンネルくららでは、原則として毎週木曜日、内藤がレギュラー出演する番組「楽しく学ぼう シリア現代史」を配信しております。番組は無料でご覧いただけますので、ぜひ、1人でも多くの皆様にご覧いただけると幸いです。


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