FC2ブログ
内藤陽介 Yosuke NAITO
http://yosukenaito.blog40.fc2.com/
World Wide Weblog
 “516”革命60年
2021-05-16 Sun 00:53
 韓国で朴正熙時代の幕開けとなった1961年5月16日の軍事クーデター(516革命)から、ちょうど60年になりました。というわけで、こんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      韓国・516革命公約シート

 これは、1962年5月16日に韓国で発行された“516革命1周年”の記念切手のうち、“漢江を渡る兵士”の切手を収めた小型シートで、朴正煕の掲げた「革命公約」が印刷されています。

 1960年の4月革命で李承晩政権が崩壊した後、1960年8月に発足した張勉政権は、混乱を収拾して社会的安定を回復する必要に迫られていました。

 しかし、与党の民主党は新派と旧派の対立から、旧派が脱党して新民党を結成。両者の泥仕合により政治は機能不全に陥り、経済活動も停滞し、物価は高騰して労働運動も激化。さらに、1961年になると、慶尚北道と全羅南道を中心に食糧難が深刻化し、完全失業者も政府発表で130万人(米経済援助機構USOMの発表では300万人)に達し、韓国経済は危機的な状況に陥りましたが、張勉政権は有効な対策を講じることができませんでした。

 くわえて、北朝鮮の宣伝攻勢に影響された学生たちを中心とした“自主統一運動”は、1961年に入るとさらなる盛り上がりを見せ、3月22日には、ソウル市庁舎前で約1万5000名が集会を行って反共法とデモ規正法の制定反対、張勉内閣の即時退陣を要求。デモ隊が首相官邸と国会に押し寄せ多数の逮捕者を出す騒擾事件が発生しました。さらに、5月に入ると、学生による「民族統一全国連盟発起人会」が南北学生会談を決議するなど、運動は急進化していきます。

 このため、文民政権のあまりの無能ぶりに不信感を募らせた軍内では、朴正熙少将(後の大統領)を中心とする少壮将校がナセルのエジプト革命をモデルにクーデターを計画。1961年5月16日午前3時、朴正煕ひきいる約3600名の兵力(空挺団、海兵第一旅団、第五砲兵団)が、海兵隊を先方として漢江大橋を渡ってソウル市内に侵入し、いわゆる“516革命(516軍事クーデターとも)”を起こしました。

 クーデター側は、漢江大橋付近で憲兵第七中隊(中隊長:金錫律大尉)の約50名と銃撃戦を行った以外は、大きな抵抗も無しに中央庁や国会議事堂などソウル市内の主要部分を制圧。午前5時、彼らは中央放送局に侵入し、サングラスをかけた朴正煕みずから、宿直勤務だったアナウンサーの朴鐘世に対して、以下のような「五・一六革命公約」を放送させました。

 親愛なる愛国同胞の皆さん!
 隠忍自重してきた軍部は、いよいよ今朝未明を期して一斉に行動を開始して国家の行政、立法、司法の三権を完全に掌握し、引き続き軍事革命委員会を組織しました。軍部が決起したのは、腐敗した無能な現政権と既成政治家たちにこれ以上国家と民族の運命を任せておくことは出来ないと断定し、百尺竿頭で彷徨する祖国の危機を克服するためです。

 軍事革命委員会は、
 一、反共を国是の第一とし、これまで形式的で、掛け声だけに留まっていた反共体制を再整備・強化するでしょう。
 二、国連憲章を遵守し、国際協約を充実して履行し、米国をはじめとする自由友邦との紐帯を一層強固にするでしょう。
 三、この国の社会のあらゆる不敗と旧悪を一掃し、頽廃した国民道義と民族正気を立て直すため、清新な気風を振興するでしょう。
 四、絶望と飢餓の線上で喘ぐ民生苦を早急に解決し、国家自主経済建設に傾注するでしょう。
 五、民族的宿願である国土統一のために、共産主義と対決することの出来る実力の培養に全力を集中するでしょう。
 六、このような私達の課業が成就すれば、清新で良心的な政治家たちにいつでも政権を移譲し私達は本来の任務に復帰する用意があります。

 愛国同胞の皆さん!
 皆さんは本軍事革命委員会を全幅的に信頼し、動揺せず各員の職場と生業を平常通り維持してください。私達の祖国はこの瞬間から私達の希望による真新しく力強い歴史が創造されるのです。私達の祖国は、私達の団結と忍耐と勇気と前進を要求しています。
 大韓民国万歳!
 決起軍万歳!

 クーデターの発生を受けて、“軍事政権”を嫌った米国は、16日午後、駐韓米軍司令官マグルーダが「米国は憲法に基づく民主政府を支持する」とラジオ放送し、張勉政権支持を表明。駐韓大使と第八軍司令官が大統領の尹潽善に対して鎮圧命令発動を迫りましたが、党派対立から張勉の退陣を望んでいた尹は「国軍同士が戦えば、ソウルは火の海になり、その間に北朝鮮が侵攻する」として、米国の勧告を拒否します。

 これに対して、首相として60万の兵力を持つ国軍最高司令官の地位にあった張勉は、いちはやく首相官邸から逃亡してカルメル修道院に避難。韓国政府からの要請がなかったため、駐韓米軍はクーデター鎮圧のために出動することができませんでした。

 16日午後、大統領の尹はクーデター部隊が要求した戒厳令布告を承認。これを受けて、クーデター側は軍事革命委員会を組織し、議長には、クーデターの発生後もこれを黙認していた参謀総長の張都暎が就任します。

 翌17日、尹は「軍事革命委員会が政府機能を代行する」との声明を発表し、朴正熙支持の立場を公式に表明。これを受けて、18日、修道院に隠れていた張勉はようやく政府庁舎に姿を現し、内閣総辞職を発表。クーデターは成功し、朴正煕の時代が幕を開けるのです。

 なお、“516革命”と朴正煕政権については、拙著『日韓基本条約』でも詳しくまとめておりますので、機会がありましたら、ぜひお手に取ってご覧いただけると幸いです。


★ 放送出演・講演・講座などのご案内★
 
 5月17日(月) 05:00~  おはよう寺ちゃん
 文化放送の「おはよう寺ちゃん」に内藤がコメンテーターとして出演の予定です。番組は早朝5時から9時までの長時間放送ですが、僕の出番は07:48からになります。皆様、よろしくお願いします。

 6月2日(水) 20:30~ KAZUYAチャンネルGX
 KAZUYAチャンネルGXに、新作『誰もが知りたいQアノンの正体』の著者として内藤がゲスト出演します。皆様、よろしくお願いします。

 6月5日(土)~ 武蔵野大学の生涯学習講座
 6月5日、12日、19日、7月3日、10日、17日の6回、下記のふたつの講座でお話しします。 

 13:00~14:30 「日本の郵便150年の歴史 その1 ―“大日本帝国”時代の郵便事情―」
 15:15~16:45 「東京五輪と切手ブームの時代 ―戦後昭和社会史の一断面―」

 いずれも、対面授業、オンラインのライブ配信、タイム・フリーのウェブ配信の3通りの形式での受講が可能です。お申し込みを含め、詳細については、こちらをクリックしてご覧ください。よろしくお願いします。


★ 『誰もが知りたいQアノンの正体』 5月25日刊行! ★

      誰もが知りたいQアノンの正体 1650円(本体1500円+税)

 出版社からのコメント
 なぜQアノンにみんなハマったのか?
 ネットならではの引き寄せ構造と、現代格差社会の生んだ分かりやすい解釈。
 これは米国だけじゃない!
 人はみんなQを求めている!? (笑)

 ご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、本書の目次をご覧いただけるほか、アマゾン他、各ネット書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。 


★ 『切手でたどる郵便創業150年の歴史 vol.1 戦前編』 好評発売中! ★

      郵便創業150年の歴史ー1表紙 2530円(本体2300円+税)

 明治4年3月1日(1871年4月20日)にわが国の近代郵便が創業され、日本最初の切手が発行されて以来、150年間の歴史を豊富な図版とともにたどる3巻シリーズの第1巻。まずは、1945年の第二次大戦終戦までの時代を扱いました。今後、2021年11月刊行予定の第2巻では昭和時代(戦後)を、2022年3月刊行予定の第3巻では平成以降の時代を取り扱う予定です。

 ご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、本書の目次をご覧いただけるほか、アマゾン他、各ネット書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。

スポンサーサイト



別窓 | 韓国:朴正熙時代 | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
 蜀漢建国1800年
2021-05-15 Sat 11:34
 “三国志”で知られる蜀漢(以下、蜀)が西暦221年5月15日に建国されてから1800年となりました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      マカオ・三国志(自領益州)

 これは、2013年にマカオで発行された「文学と人物 三国志演義」第2集のうち、劉備が益州(現在の四川盆地と漢中盆地一帯)を領土とし、蜀建国の基礎を築いた“自領益州”の場面を取り上げた1枚です。

 184年、黄巾の乱が起こると、涿郡涿県(現在の河北省保定市涿州市)の出身で、前漢の景帝の第9子、中山靖王・劉勝の庶子、劉貞の末裔を自称する劉備は、同郷の張飛、涿に亡命していた関羽らと義勇軍を結成して蹶起。当初は直接支配する領土をもたず、公孫瓚、陶謙、曹操、袁紹など、各地の豪族の間を転々としていましたが、201年、荊州(現在の湖北省一帯)の劉表の下に身を寄せます。

 劉表の下で、劉備は諸葛亮や龐統らの優れた人材を招くことに成功。諸葛亮は、北方で強固な地盤を築いていた魏の曹操に対して、劉備は荊州と西の益州をあわせた蜀の地を手に入れ、南方・呉の孫権とともに対抗すべしという天下三分の計を劉備に提案。これを受けて、208年、劉備は孫権と同盟して、南下してきた曹操を赤壁の戦いで破り、天下三分の基礎を築きました。

 赤壁の戦い後の209年、劉備は孫権とともに荊州を攻め、荊州の4郡を制圧。当初は荊州刺史・劉表の子の劉琦を擁立しましたが、同年中に劉琦が亡くなると、自ら劉琦の後継者を自称して孫権にその立場を承認させ、翌210年、周瑜の死去により荊州の南郡を譲られます。

 さらに、211年、益州牧の劉璋の招きによって益州に入ると、214年には成都を攻略して劉璋から領土を奪い、益州の大半を獲得。今回ご紹介の切手は、この場面を表現したものです。

 その後、219年の定軍山の戦いで、劉備は漢中の夏侯淵を討ち取り、曹操から漢中郡を奪って漢中王になります。一方、劉備の配下の関羽は荊州方面から曹操領に侵攻したものの、220年、曹操と密かに同盟を結んだ孫権・呂蒙に荊州を攻撃されて敗れ、処刑されました。

 一方、220年には魏の曹操が亡くなり、後継の魏王となった嫡子の曹丕は後漢を廃し、魏の皇帝として即位。これに対抗して、翌221年5月15日、劉備は自らが漢の正統を継ぐと宣言して、皇帝となりました。なお、劉備政権としては、あくまでも“漢”を自称しており、その支配地域に由来する蜀ないすは蜀漢を自称したことはありません。

 翌222年、劉備は荊州奪還と関羽の仇討ちのため呉を攻めるも、夷陵の戦いで大敗。翌223年、失意のうちに、諸葛亮に後事を託して崩御しました。劉備の崩御後も、諸葛亮(234年没)、蔣琬(246年没)、費禕(253年没)らの優れた政治家により、蜀は維持され、内政も充実し、魏に対する北伐も行われ、255年には魏に大勝しています。しかし、軍事負担の重さで国力は疲弊し、翌256年の段谷の戦いで魏に大敗した後は急速に衰退。263年、蜀は魏に敗れて滅亡しました。


★ 武蔵野大学の生涯学習講座は開講延期となりました ★

 5月15日開講の予定だった下記の講座は、新型コロナウイルス対応の特別措置法に基づく緊急事態宣言の延長に伴い、開講日(対面授業の初回の日)が6月5日に延期となりました。新たな日程は、6月5日、12日、19日、7月3日、20日、17日です。

 13:00~14:30 「日本の郵便150年の歴史 その1 ―“大日本帝国”時代の郵便事情―」
 15:15~16:45 「東京五輪と切手ブームの時代 ―戦後昭和社会史の一断面―」

 いずれも、対面授業、オンラインのライブ配信、タイム・フリーのウェブ配信の3通りの形式での受講が可能です。お申し込みを含め、詳細については、こちらをクリックしてご覧ください。よろしくお願いします。


★ 放送出演・講演・講座などのご案内★
 
 5月17日(月) 05:00~  
 文化放送の「おはよう寺ちゃん」に内藤がコメンテーターとして出演の予定です。番組は早朝5時から9時までの長時間放送ですが、僕の出番は07:48からになります。皆様、よろしくお願いします。


★ 『誰もが知りたいQアノンの正体』 5月25日刊行! ★

      誰もが知りたいQアノンの正体 1650円(本体1500円+税)

 出版社からのコメント
 なぜQアノンにみんなハマったのか?
 ネットならではの引き寄せ構造と、現代格差社会の生んだ分かりやすい解釈。
 これは米国だけじゃない!
 人はみんなQを求めている!? (笑)

 ご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、本書の目次をご覧いただけるほか、アマゾン他、各ネット書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。 


★ 『切手でたどる郵便創業150年の歴史 vol.1 戦前編』 好評発売中! ★

      郵便創業150年の歴史ー1表紙 2530円(本体2300円+税)

 明治4年3月1日(1871年4月20日)にわが国の近代郵便が創業され、日本最初の切手が発行されて以来、150年間の歴史を豊富な図版とともにたどる3巻シリーズの第1巻。まずは、1945年の第二次大戦終戦までの時代を扱いました。今後、2021年11月刊行予定の第2巻では昭和時代(戦後)を、2022年3月刊行予定の第3巻では平成以降の時代を取り扱う予定です。

 ご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、本書の目次をご覧いただけるほか、アマゾン他、各ネット書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。

別窓 | 中国澳門:1999~ | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
 誰もが知りたいQアノンの正体
2021-05-14 Fri 01:48
 以前からご案内のとおり、昨年上梓した拙著『みんな大好き陰謀論』(ビジネス社)の続編として制作作業を進めていた『誰もが知りたいQアノンの正体(みんな大好き陰謀論Ⅱ)』の現物ができあがりましたので(奥付上の刊行日は6月1日)、一言、ご挨拶申し上げます。(画像は表紙カバーのイメージ。クリックで拡大されます)

      誰もが知りたいQアノンの正体

 おかげさまで、前作『みんな大好き陰謀論』が大変ご好評をいただいたことから、その続編をつくろうという企画が持ち上がった際、当初は、前作の主題であるユダヤ陰謀論以外のさまざまな陰謀論を取り上げて分析するつもりでした。

 しかし、昨秋の米国大統領選挙後、バイデン候補(現大統領)の当選は不正選挙によるものという前提に立って、荒唐無稽なデマ(たとえば、米国の大手投票集計機メーカー、ドミニオン社のサーバーがフランクフルトにあり、米軍がそれを急襲して“不正”の証拠を押収した、など)がネット上に流され、日本でも“トランプの勝利”を主張する一部の作家やジャーナリストがそれを嬉々として拡散していたこと、さらに、米国では、2021年1月6日、そうしたデマに踊らされた暴徒がワシントンの連邦議事堂に乱入する事件を起こすという状況に直面して、今回は、そうしたデマの元になっている陰謀論、なかでも、Qアノンと“ディープ・ステイト”の問題点について、歴史的・宗教的な背景も踏まえて、以下のような構成で、じっくりと批判的に考えてみることにしました。

 序章◇ジャーナリストも嵌ったドミニオン陰謀論
 第1章◇大統領選挙、負けても勝ったとQアノン
 第2章◇君にもなれるQアノン
 第3章◇Qアノン前史―――保守系ネットメディアの曙
 第4章◇ピザゲート事件―――子供たちを救出・・・・・・のはずが
 第5章◇陰謀論は止まらない
 第6章◇目覚めよ、さらば救われん―――Qアノンのカルト宗教化とその背景

 また、この章立てをご覧いただければお分かりいただけるかもしれませんが、本書は、単に近年のQアノン現象について分析しただけでなく、1990年代以降の米国(右派)ネットメディア史の概説としての性格も併せ持つことになりました。すなわち、リベラルによるポリティカル・コレクトネス(ポリコレ)が猖獗を極め、多くの米国人が息苦しさを感じる中、そのカウンターとして生まれた保守系のネット言論の一部が徐々に尖鋭化し、伝統的なマチズモや宗教、自己啓発など、さまざまな要素を取り込んでキメラ化していく過程や、それらとドナルド・トランプの強烈な個性が時に共鳴し、時にハレーションを起こしてきた状況なども明らかにしています。

 つきましては、書店などで本書を見かけられましたら、ぜひ、お手に取ってご覧いただけると幸いです。また、この記事をお読みの方で、ご自身の関連するメディアなどで本書をご紹介いただける場合には、資料等をお送りいたしますので、本ブログ右側のメールフォームにて、お気軽にご連絡ください。

 なにとぞよろしくお願い申し上げます。


★ 武蔵野大学の生涯学習講座は開講延期となりました ★

 5月15日開講の予定だった下記の講座は、新型コロナウイルス対応の特別措置法に基づく緊急事態宣言の延長に伴い、開講日(対面授業の初回の日)が6月5日に延期となりました。新たな日程は、6月5日、12日、19日、7月3日、20日、17日です。

 13:00~14:30 「日本の郵便150年の歴史 その1 ―“大日本帝国”時代の郵便事情―」
 15:15~16:45 「東京五輪と切手ブームの時代 ―戦後昭和社会史の一断面―」

 いずれも、対面授業、オンラインのライブ配信、タイム・フリーのウェブ配信の3通りの形式での受講が可能です。お申し込みを含め、詳細については、こちらをクリックしてご覧ください。よろしくお願いします。


★ 放送出演・講演・講座などのご案内★
 
 5月17日(月) 05:00~  
 文化放送の「おはよう寺ちゃん」に内藤がコメンテーターとして出演の予定です。番組は早朝5時から9時までの長時間放送ですが、僕の出番は07:48からになります。皆様、よろしくお願いします。


★ 『誰もが知りたいQアノンの正体』 5月25日刊行! ★

      誰もが知りたいQアノンの正体 1650円(本体1500円+税)

 出版社からのコメント
 なぜQアノンにみんなハマったのか?
 ネットならではの引き寄せ構造と、現代格差社会の生んだ分かりやすい解釈。
 これは米国だけじゃない!
 人はみんなQを求めている!? (笑)

 ご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、本書の目次をご覧いただけるほか、アマゾン他、各ネット書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。 


★ 『切手でたどる郵便創業150年の歴史 vol.1 戦前編』 好評発売中! ★

      郵便創業150年の歴史ー1表紙 2530円(本体2300円+税)

 明治4年3月1日(1871年4月20日)にわが国の近代郵便が創業され、日本最初の切手が発行されて以来、150年間の歴史を豊富な図版とともにたどる3巻シリーズの第1巻。まずは、1945年の第二次大戦終戦までの時代を扱いました。今後、2021年11月刊行予定の第2巻では昭和時代(戦後)を、2022年3月刊行予定の第3巻では平成以降の時代を取り扱う予定です。

 ご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、本書の目次をご覧いただけるほか、アマゾン他、各ネット書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。 

別窓 | 内藤陽介の本 | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
 印・パ・ネパールからの再入国、当面停止へ
2021-05-13 Thu 05:25
 日本政府はきのう(12日)、変異した新型コロナウイルスの国内流入を防ぐため、インド、パキスタン、ネパールの3か国に過去2週間以内に滞在歴があり、日本に在留資格を持つ外国人の再入国をあす(14日)から当面の間、原則として停止すると発表しました。というわけで、きょうはこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      パキスタン・送達不能(2021・コロナ)

 これは、今年(2021)2月、パキスタンのカラチからベラルーシ宛に差し出されたものの、新型コロナウイルス禍によりパキスタン-ベラルーシ間の郵便物取り扱いが停止されたため、送達不能として差出人に返戻されたカバーです。

 今回、再入国禁止の対象となった3国のうち、新型コロナウイルスの感染が確認されたのはネパールが最も早くて2020年1月24日、ついでインドで1月30日、パキスタンで2月26日にそれぞれ最初の感染例が確認されています。

 このうち、状況が最も深刻だったのはインドで、7月6日には累計感染者数は約70万人となり、ロシアを抜いて米国、ブラジルに次いで世界で3番目に感染者の多い国となります。さらに、7月17日には100万人超、8月23日には300万人超となり、9月7日にはブラジルを抜いて世界で2番目に感染者の多い国となりました。

 9月中旬になると、インド国内の感染率は低下し始め、11月20日の時点で1日4万5000人ペースに、12月には1日2-4万人ペースに、2021年2月には1日1万2000人前後にまで鈍化。この間、インド政府は、2021年1月16日から全土で一斉にワクチン接種を開始し、1月28日には、全国718地域のうち146地域で1週間新規感染者がなく、18地域では2週間新規感染がゼロとなったことを踏まえて、ヴァルダン保健相が、新型コロナウイルスの感染拡大には歯止めがかかり、「インドは感染封じ込めに成功した」と声明を発表しました。

 ところが、3月後半から、二重変異ウイルス“B.1.617”の感染が急速に拡大。4月22日にはインド国内の1日の新規感染者数は30万人を超え、5月8日には1日の新規感染者が40万1078人となりました。その後、新規感染者は1日当たり40万人前後で頭打ちとなっているものの、5月12日の時点の累計で、死者25万人超、感染者2300万人超となっています。

 B.1.617は、現時点で既に日本を含め世界44カ国で確認されており、米英独豪、シンガポールなどでの確認例も多いことから、インド、パキスタン、ネパールの3国からの入国を停止するだけでは不十分とも指摘されています。1978年10月4日の最高裁判決でも、外国人の入国拒否には、憲法上、あるいは国際慣習法上の支障はないとされているわけですし、まずは水際対策を徹底してほしいですね。


★ 武蔵野大学の生涯学習講座は開講延期となりました ★

 5月15日開講の予定だった下記の講座は、新型コロナウイルス対応の特別措置法に基づく緊急事態宣言の延長に伴い、開講日(対面授業の初回の日)が延期になりました。現在、開講日を6月5日に延期する方向で調整を行っております。詳細が決まりましたら、このブログでもご案内いたしますので、今しばらくお待ちください。なお、対面授業の時間割は、土曜日の同じ時間帯で変更はありません。

 13:00~14:30 「日本の郵便150年の歴史 その1 ―“大日本帝国”時代の郵便事情―」
 15:15~16:45 「東京五輪と切手ブームの時代 ―戦後昭和社会史の一断面―」
 対面授業、オンラインのライブ配信、タイム・フリーのウェブ配信の3通りの形式での受講が可能です。お申し込みを含め、詳細については、こちらをクリックしてご覧ください。(現在は旧日程が掲載されておりますので、ご注意ください)

 ご不便をおかけしますが、よろしくお願いします。


★ 放送出演・講演・講座などのご案内★
 
 5月17日(月) 05:00~  
 文化放送の「おはよう寺ちゃん」に内藤がコメンテーターとして出演の予定です。番組は早朝5時から9時までの長時間放送ですが、僕の出番は07:48からになります。皆様、よろしくお願いします。


★ 『切手でたどる郵便創業150年の歴史 vol.1 戦前編』 好評発売中! ★

      郵便創業150年の歴史ー1表紙 2530円(本体2300円+税)

 明治4年3月1日(1871年4月20日)にわが国の近代郵便が創業され、日本最初の切手が発行されて以来、150年間の歴史を豊富な図版とともにたどる3巻シリーズの第1巻。まずは、1945年の第二次大戦終戦までの時代を扱いました。今後、2021年11月刊行予定の第2巻では昭和時代(戦後)を、2022年3月刊行予定の第3巻では平成以降の時代を取り扱う予定です。

 ご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、本書の目次をご覧いただけるほか、アマゾン他、各ネット書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。 

別窓 | パキスタン | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
 日米仏共同訓練はじまる
2021-05-12 Wed 05:08
 陸上自衛隊と米海兵隊、仏陸軍の日本国内では初となる共同訓練が、きのう(11日)から、九州で始まりました。上陸・制圧などの演習が17日までの予定で行われるほか、14日からは東シナ海で海上自衛隊と米仏豪軍との共同訓練も予定されています。というわけで、きょうはこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      フランス・水兵と日本女性

 これは、第一次大戦中のフランスで作られた絵葉書で、日本に上陸したフランスの水兵が花魁風の日本女性(“娘”のフランス語表記と思しき“mousmée”との説明があります)とお茶を飲んでいるイラストが描かれています。

 幕末の1865年、幕府は外国奉行の柴田剛中を英仏に派遣し、軍事顧問団の招聘交渉を行います。すでに、薩摩藩との関係を強めつつあった英国は幕府の要請を拒否しましたが、英国への対抗上、フランスは柴田の求めに応じて横須賀造船所建設と軍事教練の支援を約束。1866年11月19日、シャルル・シャノワーヌ参謀大尉を長とする総勢19名の軍事顧問団がにマルセイユ を出航し、1867年1月12日(慶応2年12月8日)、横浜に到着します。

 しかし、同年10月の大政奉還を経て戊辰戦争が勃発すると、英米蘭伊普にフランスも加わった6カ国が局外中立を宣言。さらに、明治政府が成立すると、顧問団は帰国を命じられ、一部が脱走して幕府側に加担して戊辰戦争に参加したものの、組織としての活動は停止されました。

 その後、明治政府は普仏戦争の終結を待って、1872年、フランスから第二次軍事顧問団を招聘。顧問団は、日本陸軍の編成と徴兵令の施行を支援したほか、陸軍戸山学校、市ヶ谷陸軍士官学校などの教育機関や東京近郊の砲台、火薬工場などを創設したほか、1874年以降は沿岸防御の充実など、日本陸軍の近代化に大きな役割を果たしました。1877年の西南戦争で政府軍が反乱軍を鎮圧できたのは、フランスの顧問団の指導によるところが大きかったことはいうまでもありません。

 こうした実績をもとに1884年には第三次軍事顧問団が派遣されましたが、その頃になると、日本側はドイツ帝国の軍事制度に関心を持つようになり、徐々にフランスの影響力は縮小されていきました。

 その一方で、フランスは日本への影響力を残すべく、日本側の要請に応じて、著名な海軍技術者だったルイ=エミール・ベルタンを派遣。ベルタンは、1886年から1890年まで、日本海軍のお雇い外国人として日本人技術者の育成に力を注ぐとともに、日本海軍の最初の大型艦である松島型防護巡洋艦3隻を含む7隻の主力艦と22隻の水雷艇を設計・建造。これらは、1894年に勃発した日清戦争で日本艦隊の主力として活躍し、日本の勝利に大いに貢献しました。

 1904年に勃発した日露戦争ではフランスはロシアとの同盟関係にあり、ロシアに融資し、バルチック艦隊に対してもカムラン湾などでの補給で支援しましたが、戦後は1907年に日仏協約を締結し、中大陸における日本(満州・内蒙古・福建省)とフランス(広東省・広西省・雲南省)の利権を相互に承認することで友好関係を回復。1910年には陸軍の徳川好敏がフランスで飛行士訓練を受けて帰国し、アンリ・ファルマン機で日本初飛行を行いました。

 1914年に第一次世界大戦が勃発すると、日本と連合国の一員として、1917年、巡洋艦明石などを地中海に派遣し、フランスなどの軍事行動を支援。そして、1918年に第一次世界大戦が終結すると、フランス軍は日本に使節団を派遣しています。今回ご紹介の絵葉書は、こうした時代背景の下で作られたものです。

 さて、今回の共同訓練は、インド太平洋地域で覇権主義的な行動をとり続けている中国に対して、現在なおニューカレドニア仏領ポリネシアなど、インド太平洋地域に領土を有しているフランスが、日米とも連携して抑止力を強化することを目的としたもので、敵に占拠された離島の奪還などを想定した訓練が行われることになっています。


★ 武蔵野大学の生涯学習講座は開講延期となりました ★

 5月15日開講の予定だった下記の講座は、新型コロナウイルス対応の特別措置法に基づく緊急事態宣言の延長に伴い、開講日(対面授業の初回の日)が延期になりました。現在、開講日を6月5日に延期する方向で調整を行っております。詳細が決まりましたら、このブログでもご案内いたしますので、今しばらくお待ちください。なお、対面授業の時間割は、土曜日の同じ時間帯で変更はありません。

 13:00~14:30 「日本の郵便150年の歴史 その1 ―“大日本帝国”時代の郵便事情―」
 15:15~16:45 「東京五輪と切手ブームの時代 ―戦後昭和社会史の一断面―」
 対面授業、オンラインのライブ配信、タイム・フリーのウェブ配信の3通りの形式での受講が可能です。お申し込みを含め、詳細については、こちらをクリックしてご覧ください。(現在は旧日程が掲載されておりますので、ご注意ください)

 ご不便をおかけしますが、よろしくお願いします。


★ 放送出演・講演・講座などのご案内★
 
 5月17日(月) 05:00~  
 文化放送の「おはよう寺ちゃん」に内藤がコメンテーターとして出演の予定です。番組は早朝5時から9時までの長時間放送ですが、僕の出番は07:48からになります。皆様、よろしくお願いします。


★ 『切手でたどる郵便創業150年の歴史 vol.1 戦前編』 好評発売中! ★

      郵便創業150年の歴史ー1表紙 2530円(本体2300円+税)

 明治4年3月1日(1871年4月20日)にわが国の近代郵便が創業され、日本最初の切手が発行されて以来、150年間の歴史を豊富な図版とともにたどる3巻シリーズの第1巻。まずは、1945年の第二次大戦終戦までの時代を扱いました。今後、2021年11月刊行予定の第2巻では昭和時代(戦後)を、2022年3月刊行予定の第3巻では平成以降の時代を取り扱う予定です。

 ご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、本書の目次をご覧いただけるほか、アマゾン他、各ネット書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。 

別窓 | フランス:第3共和政 | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
 ボブ・マーリー没後40年
2021-05-11 Tue 01:29
 “レゲエの神様”ことボブ・マーリーが1981年5月11日に36歳の若さで亡くなってから、ちょうど40年になりました。というわけで、今日はこの切手です。(画像はクリックで拡大されます) 

      ジャマイカ・ボブ・マーリー追悼(サバイバル)

 これは、1981年10月20日にジャマイカが発行したボブ・マーリーの追悼切手のうち、彼の代表作のひとつ、『サヴァイヴァル』の楽譜を背景に、歌唱中の彼の姿が取り上げられています。

 『サヴァイヴァル』は、1979年10月2日、ボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズがリリースされた同名のアルバムのA面5曲目に収録された楽曲で、当時、独立闘争の最終段階にあったローデシアの応援歌として作られました。このため、1980年にローデシアがジンバブエとして独立を達成した際には独立記念式典でも演奏され、ジンバブエでは国家に次ぐ重要な楽曲と位置付けられています。

 ボブ・マーリー(本名:ロバート・ネスタ・マーリー)は、1945年2月6日、ジャマイカ島の北岸にあるセント・アン教区のナイン・マイルズで、白人の英海軍大尉でジャマイカ最大の建設会社マーリー・アンド・カンパニーの経営社だったノーヴァル・マーリーと、ジャマイカ人(黒人)のセデラ・ブッカーとの間に生まれました。当時61歳の父親は、ボブが生まれると、18歳の母親を捨て、以後、母子は父親からの養育費の仕送りを受けてナイン・マイルズで過ごしました。

 1955年、父親が亡くなり養育費が途絶えると、セデラは職を求めて首都キングストン郊外のスラム、トレンチタウンに移住。ここで、バニー・ウェイラーらと音楽活動を開始し、1959年、音楽に専念するため14歳で学校を中退しました。

 この時期のトレンチタウンには“Manny Oh”のヒット曲で後にレゲエの父”と呼ばれたジョー・ヒッグスが住んでおり、ボブ・マーリーは彼から音楽のみならず、ラスタファリ運動の教えを受けています。

 プロ・ミュージシャンとしてのレコード・デビューは1962年のことで、翌1963年、ティーネイジャーズ(ウェイラーズの前身)を結成。1972年にはアイランド・レコードと契約し、翌1973年、アルバム“Catch a Fire”でメジャー・デビューを果たし、1974年、エリック・クラプトンのカバーによる“I Shot The Sheriff”が全米ビルボードチャート1位を獲得したことで、マーリーと彼のレゲエ・ミュージックは世界的な知名度を獲得しました。

 ところで、当時のジャマイカは、保守・中道路線のジャマイカ労働党(JLP)と、社会主義インターナショナル加盟の人民国家党(PNP)の2大政党が激しく対立し、しばしば流血事件が発生していました。特に、1976年1月、選挙戦を前に大規模な暴動が発生したため、同年6月、当時のマイケル・マンリー政権(PNP)は非常事態宣言を発令。JLP党員を含む約500名が国家転覆の容疑で起訴され、ジャマイカ駐留英軍の基地であるアップパーク・キャンプ内の特設刑務所に収容されています。

 こうした中で、マイケル・マンリーの支持者でもあったマーリーはプロデューサーのクランシー・エクルズらと共にPNP の選挙キャンペーンに参加。このことがJLP支持者の憤激を買い、同年12月3日、コンサート“スマイル・ジャマイカ”のリハーサル中に狙撃されて重傷を負い、1年ほど、バハマとロンドンで亡命生活を余儀なくされました。なお、選挙は狙撃事件後の12月15日に行われ、PNPが与党となったため、非常事態宣言は翌年まで延長されています。また、マーリーの狙撃事件に関して、組織としてのJLPは共犯として起訴されました。

 みずからの狙撃体験と亡命生活から、祖国の分裂に深く心を痛めたマーリーは、1978年に帰国してコンサート“One Love”を開催。ステージ上でPNP党首のマイケル・マンリー(1972-80年、1989-92年の首相)とJLP党首のエドワード・シアガ(1980-89年の首相)に握手をさせ、両者の和解を演出しようとしました。しかし、その後も暴力の応酬は収まらず、1980年の選挙では、800人のジャマイカ人が殺害されています。

 一方、マーリーはその後、世界各国での演奏活動(1979年には来日もしています)とアルバムの制作を行っていましたが、1977年に明らかになった持病のメラノーマ(悪性の皮膚癌)が悪化。医師からは患部である足の親指の切断を勧められましたが、宗教上の理由から部分切除に留めたため、腫瘍が全身に転移。1981年5月11日、療養先のドイツから帰国途中に容態が悪化し、米フロリダ州の病院で亡くなりました。同月21日には首都キングストンで国葬が営まれ、遺体はセント・アンの生家近くに埋葬されました。

 * 昨日(10日)の文化放送「おはよう寺ちゃん」の僕の出番は、無事、終了いたしました。リスナーの皆様には、この場をお借りして御礼申し上げます。次回は来週月曜日・17日に登場の予定です。引き続きよろしくお付き合いください。


★ 武蔵野大学の生涯学習講座は開講延期となりました ★

 5月15日開講の予定だった下記の講座は、新型コロナウイルス対応の特別措置法に基づく緊急事態宣言の延長に伴い、開講日(対面授業の初回の日)が延期になりました。現在、開講日を6月5日に延期する方向で調整を行っております。詳細が決まりましたら、このブログでもご案内いたしますので、今しばらくお待ちください。なお、対面授業の時間割は、土曜日の同じ時間帯で変更はありません。

 13:00~14:30 「日本の郵便150年の歴史 その1 ―“大日本帝国”時代の郵便事情―」
 15:15~16:45 「東京五輪と切手ブームの時代 ―戦後昭和社会史の一断面―」
 対面授業、オンラインのライブ配信、タイム・フリーのウェブ配信の3通りの形式での受講が可能です。お申し込みを含め、詳細については、こちらをクリックしてご覧ください。(現在は旧日程が掲載されておりますので、ご注意ください)

 ご不便をおかけしますが、よろしくお願いします。


★ 放送出演・講演・講座などのご案内★
 
 5月17日(月) 05:00~  
 文化放送の「おはよう寺ちゃん」に内藤がコメンテーターとして出演の予定です。番組は早朝5時から9時までの長時間放送ですが、僕の出番は07:48からになります。皆様、よろしくお願いします。


★ 『切手でたどる郵便創業150年の歴史 vol.1 戦前編』 好評発売中! ★

      郵便創業150年の歴史ー1表紙 2530円(本体2300円+税)

 明治4年3月1日(1871年4月20日)にわが国の近代郵便が創業され、日本最初の切手が発行されて以来、150年間の歴史を豊富な図版とともにたどる3巻シリーズの第1巻。まずは、1945年の第二次大戦終戦までの時代を扱いました。今後、2021年11月刊行予定の第2巻では昭和時代(戦後)を、2022年3月刊行予定の第3巻では平成以降の時代を取り扱う予定です。

 ご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、本書の目次をご覧いただけるほか、アマゾン他、各ネット書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。 

別窓 | ジャマイカ | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
 きょうからバード・ウィーク
2021-05-10 Mon 00:48
 きょう(10日)から愛鳥週間(バード・ウィーク)が始まります。というわけで、きょうは鳥を描く切手の中から、この1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

      鳥切手・雁12銭

 これは、1875年1月1日、外国郵便用として発行された“鳥切手”のうち、雁を描く12銭切手です。

 明治4年3月1日(1871年4月20日)に創業された日本の近代郵便制度は、明治5年7月(1872年8月)までにほぼ全土をカバーするようになりました。その反面、外国郵便に関しては、ながらく、日本人は全く手つかずの状況が続き、英米仏の各国は開港地に“郵便局”を開設し、英国は香港切手を、米仏はそれぞれ本国の切手を持ち込んで、海外宛の郵便を行っていました。

 このため、明治5年3月1日(1872年4月8日)、明治政府は、まず、英仏米の在日郵便局を利用して外国との郵便交換を行うための「海外郵便手続」を公布。ついで、独自の外国郵便制度を創設するため、駐日米公使デロングの支援の下、米国人のサミュエル・ブライアンを交渉担当者として雇用し、米国との協議を開始します。

 その結果、明治6(1873)年2月、日米間で「皇米郵便交換条約」が結ばれ、明治8(1875)年1月1日、日本の外国郵便が正式にスタートしました。ちなみに、創業後の第一便は、西回り航路が1月7日発のネヴァダ号、東回り航路が翌8日発のアルトナ号で、いずれも、米パシフィック・メイル汽船会社の船でした。

 さて、外国郵便がスタートした時点での主要国宛の書状基本料金(15グラムまで)は、上海宛が6銭、米国宛が15銭、英国宛が21銭、フランス宛が25錢などとなっていました。このうち、米国宛の15銭という料金については、1年後の1876年1月1日に12銭に値下げすることが当初から決められており、今回ご紹介の12銭切手もそれを見越して発行されたものです。

 『漢書』蘇武伝によると、前漢の天漢元(紀元前100)年、蘇武は使者として匈奴に派遣されました。当時、匈奴の単于(君主)の下には、漢の元将軍で匈奴に降っていた虞常がいましたが、虞常は同じく匈奴に降って重用されていた衛律を殺して帰国しようと画策。しかし、この目論見は失敗し、匈奴に滞在していた蘇武も抑留されてしまいます。その後、蘇武の抑留生活は19年もの長きに及びましたが、この間、彼は手紙を雁の足に結びつけて放ち、本国との連絡を取ろうとしました。

 このことから、便りや手紙を意味する語として“雁書”ないしは“雁使”という言葉が用いられるとともに、雁は通信の象徴とみなされるようになり、今回ご紹介の鳥切手をはじめ、アジア諸国で広く切手に取り上げられることになりました。

 なお、日本の外国郵便の始まりと鳥切手については、拙著『切手でたどる郵便創業150年の歴史 vol.1 戦前編』でもご説明しておりますので、機会がありましたら、ぜひお手に取ってご覧ください。


★ 放送出演・講演・講座などのご案内★

 5月10日(月) 05:00~  
 文化放送の「おはよう寺ちゃん」に内藤がコメンテーターとして出演の予定です。番組は早朝5時から9時までの長時間放送ですが、僕の出番は07:48からになります。皆様、よろしくお願いします。

 5月15日(土)~ 武蔵野大学の生涯学習講座
 5月15日、22日、6月5日、19日、7月3日、17日の6回、下記のふたつの講座でお話しします。 
 13:00~14:30 「日本の郵便150年の歴史 その1 ―“大日本帝国”時代の郵便事情―」
 15:15~16:45 「東京五輪と切手ブームの時代 ―戦後昭和社会史の一断面―」
 対面授業、オンラインのライブ配信、タイム・フリーのウェブ配信の3通りの形式での受講が可能です。お申し込みを含め、詳細については、こちらをクリックしてご覧ください。

★ 『切手でたどる郵便創業150年の歴史 vol.1 戦前編』 好評発売中! ★

      郵便創業150年の歴史ー1表紙 2530円(本体2300円+税)

 明治4年3月1日(1871年4月20日)にわが国の近代郵便が創業され、日本最初の切手が発行されて以来、150年間の歴史を豊富な図版とともにたどる3巻シリーズの第1巻。まずは、1945年の第二次大戦終戦までの時代を扱いました。今後、2021年11月刊行予定の第2巻では昭和時代(戦後)を、2022年3月刊行予定の第3巻では平成以降の時代を取り扱う予定です。

 ご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、本書の目次をご覧いただけるほか、アマゾン他、各ネット書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。 

別窓 | 日本:明治 | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
 母の日
2021-05-09 Sun 03:00
 きょう(9日)は“母の日”です。というわけで、こんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      マリスト・ミッション絵葉書(ソロモン諸島)

 これは、19世紀末のソロモン諸島の母子を取り上げた絵葉書で、元になった写真は、マリスト教育修道会の宣教師が撮影したものです。

 マリスト教育修道会は、1822年、フランスのベレーで.コラン神父が創立したカトリック修道会で、1836年に教皇から公認され、太平洋諸島での布教に従事しました。

 ソロモン諸島へは、1845年12月16日、同会のエパル神父と12人の宣教師がサンタ・イサベル島ブゴトゥ地域に上陸。これが、ソロモン諸島に上陸した最初のキリスト教宣教師となりました。

 しかし、島に上陸した一行は先住民に襲撃され、エパルは殺害されてしまいます。他の宣教師たちはなんとか生き残り、サン・クリストバルに留まって布教活動を続けたものの、何人かは先住民に殺害されました。このため、1852年、カトリック教会はソロモン諸島での布教をいったん断念せざるを得なくなりました。

 これに対して、ソロモン諸島に定着することに成功したのが、ジョン・コーリッジ・パティソンら英国国教会のメラネシアン・ミッションでした。

 もともと、パティソンは、1855年からニュージーランドを拠点に太平洋地域での布教を行っていましたが、1861年、メラネシアン・ミッションが設立されると初代主教に就任。「宣教団は大英帝国の付属物ではなく、政治的戦略の歯車として異教徒と接するのではない」として政治と宗教の分離を主張するとともに、部下の宣教師たちには、白人とメラネシア人を平等に扱い、能力に応じてメラネシア人も登用することや伝統文化を尊重することなどを厳命します。また、メラネシア・ミッションは、1860年代にはニュージーランドからサツマイモをもたらすなど、地元との共存に努力します。

 その後、パティソン本人は、1871年9月20日、サンタ・クルス島で島民によって殺害されてしまいますが、この頃になると、オーストラリアやフィジーへ出稼ぎに行き、現地でキリスト教に改宗してソロモン諸島に戻ってくる島民も徐々に増えてきたことから、キリスト教が徐々に浸透。これに伴い、マリスト教育修道会をはじめカトリックの宣教団もソロモン諸島に再訪するようになりました。

 なお、この辺りの事情については、拙著『日本人に忘れられたガダルカナル島の近現代史』でもまとめておりますので、機会がありましたら、ぜひお手に取ってご覧いただけると幸いです。


★ 放送出演・講演・講座などのご案内★

 5月10日(月) 05:00~  
 文化放送の「おはよう寺ちゃん」に内藤がコメンテーターとして出演の予定です。番組は早朝5時から9時までの長時間放送ですが、僕の出番は07:48からになります。皆様、よろしくお願いします。

 5月15日(土)~ 武蔵野大学の生涯学習講座
 5月15日、22日、6月5日、19日、7月3日、17日の6回、下記のふたつの講座でお話しします。 
 13:00~14:30 「日本の郵便150年の歴史 その1 ―“大日本帝国”時代の郵便事情―」
 15:15~16:45 「東京五輪と切手ブームの時代 ―戦後昭和社会史の一断面―」
 対面授業、オンラインのライブ配信、タイム・フリーのウェブ配信の3通りの形式での受講が可能です。お申し込みを含め、詳細については、こちらをクリックしてご覧ください。

★ 『切手でたどる郵便創業150年の歴史 vol.1 戦前編』 好評発売中! ★

      郵便創業150年の歴史ー1表紙 2530円(本体2300円+税)

 明治4年3月1日(1871年4月20日)にわが国の近代郵便が創業され、日本最初の切手が発行されて以来、150年間の歴史を豊富な図版とともにたどる3巻シリーズの第1巻。まずは、1945年の第二次大戦終戦までの時代を扱いました。今後、2021年11月刊行予定の第2巻では昭和時代(戦後)を、2022年3月刊行予定の第3巻では平成以降の時代を取り扱う予定です。

 ご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、本書の目次をご覧いただけるほか、アマゾン他、各ネット書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。 

別窓 | 英領ソロモン諸島:戦前 | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
 リオの麻薬捜査で銃撃戦、25人死亡
2021-05-08 Sat 06:00
 リオデジャネイロ(以下、リオ)北部、ジャカレジーニョのファベーラ(貧困街)で、6日(現地時間)、警察が麻薬密売に対する大規模な強制捜査に着手したところ、密売組織との間で大規模な銃撃戦が発生し、少なくとも24人の容疑者と警察官1人が死亡しました。麻薬摘発を巡る銃撃戦が頻繁に起きているリオですが、一度の作戦で25人も死亡するのは異例の事態です。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      ブラジル・反ドラッグ(1991)

 これは、1991年4月7日にブラジルが発行した反ドラッグキャンペーンの切手です。

 現在、ブラジルで麻薬の3大カルテルとされているのは、サンパウロを拠点とするプリメイロ・コマンド・カピタル(Primeiro Comando de la Capital:PCC)、リオを拠点とするコマンド・ベルメーリョ(Comando Vermelho:CV)、マナウスを拠点とするファミリア・ド・ノルテ(Familia do Norte:FDN)ですが、このうち、今回、警察との銃撃戦を演じたのはCVです。

 CVは、軍事政権時代の1979年、グランド島の刑務所(現在は閉鎖)に収監されていた左翼武装勢力と一般の犯罪者の同盟組織として結成されました。当初の組織名は“赤い密集隊”を意味する“ファランジェ・ベルメーリョ”でしたが、1980年代の早い段階で“赤いコマンド”を意味する現在の名称に改称するとともに、極左勢力としての政治活動を放棄。1985年の民政移管後は、それまで、麻薬密輸の中継地だったブラジル国内でも、コカインを中心に麻薬の密売を本格的に開始し、勢力を拡大しました。今回ご紹介の切手も、そうした状況を反映して発行されたものです。

 現在のCVは、リオの主要なファベーラを影響下に収め、その構成員・準構成員は5万人ともいわれています。また、ブラジル国内のみならず隣国のパラグアイにも組織を拡散しており、コロンビアのカルテルやヨーロッパの犯罪組織とも密接な関係を保っています。

 2018年の大統領選挙では、CVを含む3大カルテルの活動を阻止し、犯罪を徹底して取り締まることを公約に掲げたジャジャイール・メシアス・ボルソナーロ(ボウソナロとも)が当選。ボウソナーロは、大統領就任早々の2019年1月、カルテルの拠点となっている刑務所に軍隊と連邦警察から500人を送り込んで強制捜査を行い、非合法に持ち込まれていた400個の携帯電話を押収したほか、カルテルのリーダーが独房で贅沢な生活を送り、所内には売春婦までいたことを明らかにしています。

 一方、カルテルとの対決姿勢を鮮明にしたボウソナーロに対して、カルテル側は、大統領就任式当日の2019年1月1日にあわせてセアラー州でバスや商店を襲撃。同州の首府フォルタレザに通じる幹線道路を遮断するとともに、観光客をも対象とした無差別テロを予告し、政府との全面戦争に突入しました。

 2020年に入ると、ブラジルでも新型コロナウイルス禍が深刻化しましたが、ボウソナーロ大統領は、経済を優先して感染対策のための規制は最小限にとどめることを主張。結果的に感染が拡大して死者が急増したため、ボウソナーロ政権に対する国民の不満が噴出します。

 こうしたなかで、カルテルは影響下にあるファベーラの住民に対して独自の外出禁止措置を発動し、「(当局者の)誰もがこの問題を真剣に受け止めていないので、われわれが外出禁止を発動している。街頭でふざけていたり、散歩に出かけようとしたりする連中は、見せしめとしてそれなりの報いを受けるだろう。家に居るほうがいいぞ。メッセージは聞かせた」といった趣旨の録音メッセージを流しながら車で巡回。ブラジル最高裁も、カルテルによる“違法な”外出禁止令を事実上容認し、警察に対して、新型コロナウイルスの流行中は「絶対に例外的な状況」を除き、貧民街での強制捜査を禁じていました。

 これに対して、政権側は最高裁の禁止命令を無視するかたちで強制捜査を断行。6日早朝、警官隊が摘発のために地区に入ったところ、カルテル側が麻薬組織が自動小銃などで応戦し、銃撃戦が発生。近くを通る地下鉄車両の乗客少なくとも2人が流れ弾で負傷したことから、一時は地下鉄の運行も中断されました。ただし、銃撃戦は短時間で終わり、銃声が鳴りやむと、住民らは日常生活を再開したそうです。

 なお、ファベーラ地区を含むリオデジャネイロとその歴史については、拙著『リオデジャネイロ歴史紀行』でもいろいろご紹介しておりますので、機会がありましたら、ぜひお手に取ってご覧いただけると幸いです。


★ 放送出演・講演・講座などのご案内★

 5月10日(月) 05:00~  
 文化放送の「おはよう寺ちゃん」に内藤がコメンテーターとして出演の予定です。番組は早朝5時から9時までの長時間放送ですが、僕の出番は07:48からになります。皆様、よろしくお願いします。

 5月15日(土)~ 武蔵野大学の生涯学習講座
 5月15日、22日、6月5日、19日、7月3日、17日の6回、下記のふたつの講座でお話しします。 
 13:00~14:30 「日本の郵便150年の歴史 その1 ―“大日本帝国”時代の郵便事情―」
 15:15~16:45 「東京五輪と切手ブームの時代 ―戦後昭和社会史の一断面―」
 対面授業、オンラインのライブ配信、タイム・フリーのウェブ配信の3通りの形式での受講が可能です。お申し込みを含め、詳細については、こちらをクリックしてご覧ください。

★ 『切手でたどる郵便創業150年の歴史 vol.1 戦前編』 好評発売中! ★

      郵便創業150年の歴史ー1表紙 2530円(本体2300円+税)

 明治4年3月1日(1871年4月20日)にわが国の近代郵便が創業され、日本最初の切手が発行されて以来、150年間の歴史を豊富な図版とともにたどる3巻シリーズの第1巻。まずは、1945年の第二次大戦終戦までの時代を扱いました。今後、2021年11月刊行予定の第2巻では昭和時代(戦後)を、2022年3月刊行予定の第3巻では平成以降の時代を取り扱う予定です。

 ご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、本書の目次をご覧いただけるほか、アマゾン他、各ネット書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。 

別窓 | ブラジル:民政移管以降 | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
 泰国郵便学(67)
2021-05-07 Fri 02:05
 ご報告がすっかり遅くなりましたが、公益財団法人・日本タイ協会発行の『タイ国情報』第55巻第2号ができあがりました。というわけで、僕の連載「泰国郵便学」の中から、この1点をご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

      タイ・こどもの日(1980)

 これは、1980年1月12日に発行された“(タイの)こどもの日”の切手です。

 前年(1979年)の国際文通週間に合わせて、タイ郵政は“農民”をテーマに児童画コンクールを行い、その入賞作品を1980年の“こどもの日”の切手の図案として採用することを発表していましたが、今回ご紹介の切手は、それが実現したもので、ソムタイ・チャルーンの作品が取り上げられています。

 1979年の児童画コンクールが“農民”をテーマとしていたのは、当時のクリエンサック・チョマナン政権により、同年が“農業の年”に指定されていたことによるものです。

 1977年10月の軍事クーデターで政権を掌握したクリエンサックは、左翼勢力に対する宥和政策を軸とした国民和解とともに、都市と農村の所得格差の縮小を最大の政策課題として掲げていました。

 1979年を“農業の年”に指定したクリエンサック政権は「後進地域農村開発計画」を発表。同計画は、農村全体の中から“後進地域”として貧困エリアを特定し、地域の実情に合わせてプロジェクトを行うことを一つの柱としていました。これは、従来の農村支援の支援が(農村の経済状況とは無関係に)特定の地域に集中したり、地域ごとの特殊性を無視して一律に支援したりしていたことへの反省に基づくものでした。

 また、同計画では、国民和解を掲げるクリエンサック政権の性格を反映して、中央からの一方的な押し付けではなく、住民の要求と中央の立てた計画をすり合わせるという“住民参加”が強調されています。

 計画の具体的な進め方としては、国家経済社会開発庁(National Economic and Social Development Board:NESDB。国家経済社会開発委員会とも)を事務局として、農村開発政策の調整のための委員会が設けられるとともに、1978年以降、県の開発計画に国の予算が支出され、県を媒介に中央と農村を結び付けようとの試みが行われました。

 計画の推進役となったNESDBは、1959年に国家レベルでの経済開発計画を策定するために首相府に設置された機関で、もともと農村開発に関する政策立案を行うことは想定されていませんでした。

 しかし、1976年にNESDBの経済調査部長に就任したコーシット・パンピアムラットは、経済調査部を開発調査・普及部に改称するとともに、農村の貧困問題の解消のためには、協同組合、灌漑、土地所有利用の調整などが重要であるとの認識の下、そうした問題を中心に農村調査に力を入れ、その成果を精力的に公表し始めます。

 NESDBは、①協同組合の推進や灌漑の拡大、換金作物の普及は農業先進地域のみで適用可能(=後進地域では効果を上げることが難しい)、②土地の不足は貧困問題の原因とはならない、③生産に重点を置いた開発計画では貧困の解決にならない、④農村の貧困問題には地域差がある、ことを調査結果から導き出し、同じ“貧困”といっても地域によってその構造が異なる以上、地域ごとの条件に合致した計画を立案すべきであるとの結論に到達。従来のように、生産面を重視した開発計画では、農業先進地域や農業条件の良い地域には効果があるものの、貧困の著しい後進地域には効果がなく、かえって、貧富の差を拡大することになると考えました。

 こうした調査結果を踏まえて、1978年、NESDB内に農村開発プロジェクト部(現農村開発調整部)が設置され、クリエンサック政権としても前述の「後進地域農村開発計画」につながっていきます。

 しかし、1979年1月にイランで革命が発生し、同国の石油生産が中断したことに加え、OPECが1月、4月、7月に段階的に原油価格を引き上げたことで“第二次オイルショック”が発生。これによりタイ経済は大きな打撃を受け、カンボジア問題をめぐって支持率が低迷していたクリエンサック政権は退陣に追い込まれてしまいます。このため、同計画が実質的な効果を上げることはありませんでしたが、その骨子は、後継のプレーム政権下で導入されたゴーチョーチョー制度へと受け継がれていくのです。


★ 放送出演・講演・講座などのご案内★

 5月10日(月) 05:00~  
 文化放送の「おはよう寺ちゃん」に内藤がコメンテーターとして出演の予定です。番組は早朝5時から9時までの長時間放送ですが、僕の出番は07:48からになります。皆様、よろしくお願いします。

 5月15日(土)~ 武蔵野大学の生涯学習講座
 5月15日、22日、6月5日、19日、7月3日、17日の6回、下記のふたつの講座でお話しします。 
 13:00~14:30 「日本の郵便150年の歴史 その1 ―“大日本帝国”時代の郵便事情―」
 15:15~16:45 「東京五輪と切手ブームの時代 ―戦後昭和社会史の一断面―」
 対面授業、オンラインのライブ配信、タイム・フリーのウェブ配信の3通りの形式での受講が可能です。お申し込みを含め、詳細については、こちらをクリックしてご覧ください。

★ 『切手でたどる郵便創業150年の歴史 vol.1 戦前編』 好評発売中! ★

      郵便創業150年の歴史ー1表紙 2530円(本体2300円+税)

 明治4年3月1日(1871年4月20日)にわが国の近代郵便が創業され、日本最初の切手が発行されて以来、150年間の歴史を豊富な図版とともにたどる3巻シリーズの第1巻。まずは、1945年の第二次大戦終戦までの時代を扱いました。今後、2021年11月刊行予定の第2巻では昭和時代(戦後)を、2022年3月刊行予定の第3巻では平成以降の時代を取り扱う予定です。

 ご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、本書の目次をご覧いただけるほか、アマゾン他、各ネット書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。 

別窓 | タイ:ラーマ9世時代 | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
| 郵便学者・内藤陽介のブログ | NEXT
copyright © 2006 郵便学者・内藤陽介のブログ all rights reserved. template by [ALT-DESIGN@clip].
/