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内藤陽介 Yosuke NAITO
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 秋分の日
2019-09-23 Mon 00:51
 きょう(23日)は秋分の日。秋のお中日でお墓参りの日ですが、祝日法では“祖先をうやまい、なくなった人々をしのぶ”日とされています。というわけで、こんなものを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      アウシュヴィッツ・慰霊行事案内状
      アウシュヴィッツ・慰霊行事案内状文面

 これは、1945年10月27日に差し出されたアウシュヴィッツ犠牲者の慰霊祭の案内状とその文面です。

 1945年1月27日、ソ連軍がアウシュヴィッツを解放した時、収容所には衰弱しきった収容者約7500名が残されていました。

 1944年7月にマイダネク収容所を解放したのを皮切りに、すでにいくつかの収容所を解放していたソ連は、収容所で行われていた残虐行為を撮影し、全世界に配信していましたが、それらは多くの国で共産主義陣営によるプロパガンダだとして、ドイツのみならず、米英からもまともには相手にされませんでした。

 また、当初、アウシュヴィッツにおけるホロコーストの実態がよくわかっていなかったこともあって、ソ連はアウシュヴィッツを特別視することはなく、その解放を大々的に報じることもありませんでした。

 ところが、4月15日、ベルゲン・ベルゼン収容所を解放した英軍は、飢餓と病気が蔓延する阿鼻叫喚の光景を目のあたりにして強い衝撃を受け、その様子を動画に撮影して全世界に発信。これにより、ようやく、人々はホロコーストの残虐さを深刻に受け止めるようになりました。

 さらに、英軍によるベルゲン・ベルゼンの解放とほぼ時を同じくして、米軍も、1945年4月11日のブーヘンヴァルトを皮切りに、4月29日のダッハウを経て5月5日のマウトハウゼンならびにグーゼンにいたるまで各地の収容所を解放。そのたびに、強制収容所の悲惨な実態が白日の下にさらされて世界は戦慄し、あらためて、アウシュヴィッツに象徴されるナチスの非人道性が糾弾されていくことになりました。

 今回ご紹介のカバーは、こうした経緯を経て、アウシュヴィッツで亡くなったことが確認された人々の遺族が慰霊祭の案内状として差し出したもので、文面を訳すと以下のようになりましょうか。

 1945年11月4日(日)正午より、シャスル=ロバ通り14番地のイスラエル寺院にて、1943年12月、アウシュヴィッツで殺害されたギュスターヴ・ブロック夫妻、その子でレジオンドヌール・シュヴァリエ勲章(勲5等)ならびに第一次大戦十字勲章の受勲者であるラウル・ランベールとその配偶者、シモーヌ・ランベール、さらに、その子であるリオネル、マール、トニー、マリー・フランスを追悼して執り行われる祭礼にご出席いただきますよう、お願い申し上げます。

 文中の“イスラエル寺院”はシナゴーグのことで、このことから、ここで名前が挙げられている人たちがユダヤ人だったことがわかります。

 1940年6月22日、フランスの降伏を受けて成立した親独ヴィシー政権は、はやくも7月22日、ラファエル・アリベールを長として1927年以降の帰化手続きを見直すための委員会を結成。この結果、1万5000人(その40%がユダヤ人)がフランス国籍を喪失しました。

 さらに、ヴィシー政権は、ユダヤ人の社会的階級を低下させ、市民権を剥奪することを目的として「ユダヤ人規定に関する1940年10月3日法律」を可決。その結果、ユダヤ人は公職から追放され、学校、病院、裁判所といった公的機関からも締め出され、翌1941年以降は自由業も禁止されるなどして、その大半が失業しました。また、クレミュー法令(ある種の人間の集団に対してジャーナリズムが人種的、宗教的反感を煽り立てることを禁止。1860年制定)が無効とされ、反ユダヤ主義活動も合法化されています。

 さらに、1942年7月16日から17日にかけては、パリで9000人にも及ぶ警察官と憲兵が動員して、大規模な“ユダヤ人狩り”が行われ、パリおよび郊外で、子供4115人を含む1万3152人のユダヤ人が検挙されました。彼らは、冬季競輪場のヴェロドローム・ディヴェールに収容された後、アウシュヴィッツをはじめとする各地の収容所に送られ、終戦までに生き延びたのは100人以下、しかも、子供は全員死亡したといわれています。今回ご紹介の案内状に名前が出てくる人々も、おそらく、この大量検挙で拘束された人々であった可能性が高いと思われます。

 特に、ラウル・ランベールに関しては、フランス国家に対する長年の功績が認められてレジオンドヌールを叙勲しているだけでなく、フランスの軍人として第一次大戦に従軍して十字勲章を受けていることを付記することで、第一次大戦の英雄であったフィリップ・ペタンのヴィシー政府がそうした彼を“殺した”ことへの抗議の意思がにじみ出ています。また、同様の文脈で、案内状の文面では、彼らがアウシュヴィッツで亡くなったことを表現する動詞として、一般的な“死ぬ”を意味する“mourir”や“decider”、“殺す”を意味する“tuer”ではなく、政治的・宗教的な理由で殺害することを意味する“assassiner”を使われています。

 さて、2015年に刊行した拙著『アウシュヴィッツの手紙』ですが、おかげさまで在庫がほぼなくなりつつあります。また、同書の刊行以降、 Postal History of Auschwitz 1939-1945 と題するコレクションを、2017年のブラジリア2018年のエルサレムと2度の世界切手展に出品し、マテリアルもかなり充実してきました。そこで、今秋、2015年の拙著の増補改訂版を出版することになりました。すでに原稿は出来上がっており、現在、編集作業を進めているところです。発売日や定価など、詳細が決まりましたら、このブログでもご案内していきますので、よろしくお願いいたします。


★ 9月27日(金) 文化放送「おはよう寺ちゃん 活動中」 出演します!★

 9月27日(金)05:00~  文化放送で放送の「おはよう寺ちゃん 活動中」に内藤がコメンテーターとして出演の予定です。番組は早朝5時のスタートですが、僕の出番は6時台になります。皆様、よろしくお願いします。なお、番組の詳細はこちらをご覧ください。


★★ イベントのご案内 ★★

・インド太平洋研究会 第3回オフラインセミナー
 9月28日(土) 15:30~  於・イオンコンパス東京八重洲会議室
 内藤は、17:00から2時間ほど、「ガダルカナル島の近現代史」と題してお話しします。
 先の大戦の激戦地というだけでなく、9月16日に台湾と断交して中国に乗り換えたソロモン諸島の首都、ホニアラの所在地として、ガダルカナル島がどのような歴史をたどってきたのか、そのあらましについて、関連する切手などとともにお話ししてみたいと思います。
 
 参加費など詳細は、こちらをご覧ください。


★★ 講座のご案内 ★★

 10月からの各種講座のご案内です。詳細については、各講座名をクリックしてご覧ください。

・よみうりカルチャー 荻窪
 宗教と国際政治
 毎月第1火曜日 15:30~17:00
 10/1、11/5、12/3、1/7、2/4、3/3(1回のみのお試し受講も可)

・武蔵野大学生涯学習秋講座
 飛脚から郵便へ―郵便制度の父 前島密没後100年―
 2019年10月13日(日) 
 (【連続講座】伝統文化を考える“大江戸の復元” 第十弾 全7回)

 切手と浮世絵
 2019年10月31日 ー11月21日 (毎週木曜・4回)


★★ 内藤陽介の最新刊 『チェ・ゲバラとキューバ革命』 好評発売中!★★

      チェ・ゲバラとキューバ革命 表紙カバー 本体3900円+税
 
 【出版元より】
 盟友フィデル・カストロのバティスタ政権下での登場の背景から、“エルネスト時代”の運命的な出会い、モーターサイクル・ダイアリーズの旅、カストロとの劇的な邂逅、キューバ革命の詳細と広島訪問を含めたゲバラの外遊、国連での伝説的な演説、最期までを郵便資料でたどる。冷戦期、世界各国でのゲバラ関連郵便資料を駆使することで、今まで知られて来なかったゲバラの全貌を明らかする。

 本書のご予約・ご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、アマゾン他、各ネット書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。

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 ジャイアンツが5年ぶり優勝
2019-09-22 Sun 05:59
 プロ野球のセントラル・リーグは、読売ジャイアンツが5年ぶりに優勝しました。というわけで、“巨人(像)”ネタのなかから、こんなものを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      キューバ・革命広場(マルティ記念碑) 

 これは、2009年にキューバで発行された“革命50周年”の記念切手のうち、ハバナの革命広場を取り上げた切手シートで、シート地の部分には国旗と広場北側の“メモリアル・ホセ・マルティ(ホセ・マルティ記念碑)”が取り上げられています。メモリアルは星形の記念塔とキューバ産大理石のマルティ像、その周囲の庭園で構成されており、塔は高さ109メートル、マルティ像は18メートルという巨大なものです。キューバ国内で最大の人物像ということで、取り上げてみました。

 キューバ独立の英雄、ホセ・マルティを顕彰するためのモニュメントの建設は、1939年から1943年にかけて、デザイン・コンクールが行われ、入賞作品も発表されたものの、建設予定地にあったモンセラット・エルミタージュの買収交渉が難航し、実際の建設工事はなかなか開始されませんでした。

 1952年のクーデターで権力を奪取したフルヘンシオ・バティスタは、その強権をもってマルティ記念碑の建設を決断。過去のコンクールで受賞した作品の中から、バティスタの個人的な友人で、労働大臣のエンリケ・ルイス・バレーラ率いる建築家集団のデザインを採用すると発表しました。しかし、国民の英雄ともいうべきマルティ記念碑の“私物化”に対しては国民から異論が噴出。そこで、エンリケ・ルイス・バレーラ案では塔の最上部にマルティ像が設置されていたのを、塔の上には像を置かず、基底部にフアン・ホセ・シクルがデザインしたマルティの像を設置し、周囲を庭園とすることになりました。

 メモリアル・ホセ・マルティの建設はマルティの生誕100周年となる1953年に開始され、1958年に竣工しましたが、1959年1月1日のキューバ革命でバティスタはドミニカ共和国へ亡命。シートの切手部分にみられるように、 ハバナに入城したフィデル・カストロが、記念塔の下で国民に対して演説を行いました。

 なお、バティスタ政権時代のキューバについては、拙著『チェ・ゲバラとキューバ革命』でも詳しくまとめておりますので、機会がありましたら、ぜひお手に取ってご覧いただけると幸いです。 


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 キリバス、台湾と断交
2019-09-21 Sat 01:05
 今月16日のソロモン諸島に続き、昨日(20日)、南太平洋のキリバスが台湾と断交しました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      キリバス・タラワの戦い40年(地図)

 これは、1983年にキリバスが発行した“タラワの戦い40年”の記念切手のうち、太平洋上のタラワ環礁の位置を示した地図が取り上げられています。

 現在のキリバス国家は、ギルバート諸島、フェニックス諸島、そしてライン諸島の一部などを領土としており、その範囲は赤道付近に3800平方キロにも散らばっています。このうち、中核をなすギルバート諸島は、1765年、ドルフィン号のバイロン司令官が南東部の島ニクナウを発見。1788年には、英国東インド会社のシャーロット号のトマス・ギルバート船長とスカボロー号のジョン・マーシャル船長が、、オーストラリアへ囚人を移送した帰路、アパママ、クリア、アラヌカ、タラワ、アベイアン、ブタリタリ(マキン環礁)、マキンを発見しました。ギルバート諸島の名は、このギルバート船長に由来するものです。

 1892年5月27日、ギルバート諸島は隣のエリス諸島とともに英国の保護領となり、1916年には“ギルバート&エリス”として英領植民地となり、その首府がタラワに置かれました。

 1941年12月8日の日英開戦に伴い、日本軍はマキン環礁のブタリタリとタラワへの攻撃を開始し、12月10日には占領。これに対して、1942年8月17日、米軍がブタリタリを攻撃し、日本軍の守備隊に大きな打撃を与えましたが、翌18日、米軍はいったん撤退しています。

 1943年に入り、アリューシャン、ソロモン諸島方面で勝利を収めた米軍は中部太平洋の拠点を確保すべく、1943年11月20日、第2海兵師団がタラワとブタリタリに侵攻。この島を要塞化した日本軍と壮絶な戦いを展開してギルバート諸島を制圧しました。その後、ギルバート諸島は1944年2月のマーシャル諸島攻略の拠点として使われることになります。

 1945年の終戦後は英領ギルバート&エリスが復活しましたが、1956年から1962年にかけて、ライン諸島のクリスマス島が米英両国の核実験場となります。

 1971年、ギルバート&エリスは自治領になりますが、ギルバート諸島ではミクロネシア人が多数派を占めていたのに対して、エリス諸島ではポリネシア人が主流と、民族構成が異なっていたため、1974年、住民投票で両者の分離が決定。1978年にエリス諸島がツバルとして独立すると、翌1979年、ギルバート諸島は米領フェニックス諸島およびライン諸島(ただし、3つの島を除く)を統合してキリバスとして独立しました。ちなみに、独立後の国名となったキリバスは、ギルバートの現地語読みです。

 かつて、キリバスにはリン酸塩の鉱床がありましたが、1979年の独立とほぼ同時に枯渇。現在は、コプラ、観賞用魚や海草が生産および輸出の大半を占めています。また、国土において海抜の低い環礁の占める面積が大きい多いため、近年の海面上昇で国土の半数以上は水没の危機にあり、2007年、キリバス政府は全国民の他国への移住計画を発表。当時のアノテ・トン大統領は、熟練労働者としての移住のため、日本、米国、オーストラリアなどに職業訓練の支援を呼びかけています。

 こうしたこともあって、キリバス経済は慢性的な苦境に陥っており、近年は、国家予算の約50%を、日本、オーストラリア、ニュージーランド、台湾からの支援に頼らざるを得ない状況が続いていました。したがって、中国が札束攻勢を展開して台湾との断交を迫ってきたとき、キリバス側にはこれを受け入れる素地が十分にあったわけです。
 
 いずれにせよ、先の大戦での激戦地だった場所というのは、太平洋上の要衝であり、日本の国防にとっても重要な意味を持っていることは言うまでもありません。先の大戦の米軍の動きに沿って、ソロモン諸島、そしてキリバスと中国の勢力が拡大している現状に対して、日本社会は深刻な危機感を共有すべきではないかと思います。
 

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 ラグビーW杯、きょう開幕
2019-09-20 Fri 01:28
 ラグビー・ワールドカップ(W杯)日本大会が、きょう(20日)から開幕します。というわけで、きょうはこんな切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      ルーマニア・ラグビー(1944)

 これは、1944年3月16日にルーマニアで発行されたルーマニア・ラグビー協会30周年の切手で、ラグビー切手としては、これが世界最初の1枚となります。額面16レウに対して、スポーツ振興のための寄付金184レウを上乗せして、1枚200レウで販売されました。

 ルーマニアにおけるラグビーは、20世紀初頭、パリ留学中にラグビーを覚えたルーマニア人学生が、ラグビー・ボールをブカレストに持ち帰ったことから始まったとされています。最初のラグビー・チームがブカレストで結成されたのは1913年のことで、翌1914年には、2チーム目が結成されます。これをもって、国内ラグビー協会が組織され(今回ご紹介の切手は、ここから起算して30周年になるのを記念して発行されました)、同年には第1回ルーマニア選手権が開催されています。また、当初は首都のブカレストにしかラグビー・チームがありませんでしたが、1939年には、ブカレスト以外で初めて、ブラショフにチームが結成されています。

 さて、ラグビーのルーマニア代表チームは、ジョージア(グルジア)などとともに東欧圏の強豪チームとして知られ、イングランド、フランス、アイルランド、イタリア、スコットランドウェールズの欧州6国が参加する国際ラグビー大会の“シックス・ネイションズ”の参加国以外では、唯一、1987年の第1回W杯大会から2015年大会まで全て出場しています。今大会の欧州予選でも1位となり、日本と同組で戦うことになっていましたが、2018年5月、代表資格がない選手を予選に出場させていたとして出場が取り消され、代わりに、ロシアが繰り上がりで出場権を獲得。きょう、東京調布市の東京スタジアムで行われる開幕戦で日本代表と戦うことになっています。


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 エクアドル国民ほぼ全員の個人情報流出
2019-09-19 Thu 02:34
 エクアドル政府は、17日(現地時間)までに、同国の約2000万人分の個人情報がインターネット上に流出したとして調査を開始しました。同国の人口は約1700万人で、今回流出したのは、国民のほぼ全員に加え、すでに亡くなった国民の情報も含まれている可能性があるそうです。というわけで、きょうはこんな切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      エクアドル・バナナ(1964)

 これは、1964年、キトで開催された“世界バナナ会議”に際して、開催国のエクアドルが発行した記念切手で、世界地図を背景にバナナの木が描かれています。

 エクアドルではスペイン植民地時代からバナナの栽培は始まっていましたが、当初は、主に国内で消費されていました。本格的な輸出が始まったのは1910年ごろですが、1949年、ユナイテッド・フルーツ社(現チキータ)がエクアドルに誘致されたことで、生産量が飛躍的に拡大。1954年には世界最大のバナナ輸出国となります。

 ちなみに、2019年現在、エクアドルのバナナ生産量は世界5位ですが、輸出量では1位をキープしており、世界で流通しているバナナの約35%はエクアドル産となっています。なお、かつてのエクアドル産バナナはグロスミッチェル種が主流でしたが、パナマ病により同種のバナナは大きな打撃を受けたため、現在ではキャベンディッシュ種が主流となっています。

 それにしても、大統領以下、ほぼすべての国民の氏名や性別、個人番号、生年月日や銀行の口座残高などが流出してしまうとは…。やはり、エクアドルには、個人情報の“輸出”世界一ではなく、バナナの輸出国として世界に名を馳せていただきたいものです。


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 タンザニアの“いかがわしさ”
2019-09-18 Wed 02:22
 今月15日、KBS(韓国放送公社)が、ことし7月、タンザニア中央銀行が竹島と朝鮮半島の地図をデザインし、“DOKDO(獨島=竹島の韓国名)”、“韓国の領土(THELANDOFKOREA)”などの文字が入った純銀製の記念コイン(下の画像)を発行したと報道したことに関して、菅義偉官房長官はきのう(17日)の記者会見で、「在タンザニア日本大使館が直ちに同国外務省に事実関係を確認したところ、『中央銀行を含め、タンザニア政府としてそのような記念コインを発行した事実はない』との回答があった」と明かしました。(以下、画像はクリックで拡大されます)

      タンザニア・竹島コイン 
      タンザニア・竹島コイン裏

 というわけで、きょうはこんな切手を持ってきました。

      タンザニア・中島

 これは、1989年、タンザニアが主として日本のマーケットをターゲットとして発行した日本人スポーツ選手の切手の1枚で、プロゴルファーの中島常幸が描かれていますが、人名表記は、同時に発行された青木功と取り違えられているのがミソです。

 タンザニアをはじめ、一部の途上国は、いわゆる全世界の切手収集家をターゲットに、国内での郵便への使用を想定せず、外貨を稼ぐための輸出ビジネスの一環として発行される“いかがわしい切手”を濫発することで知られています。

 たとえば、そうした国の一つであるモザンビークの首都、マプートの中央郵便局に行ってみると、そうした“いかがわしい切手”(現地では“フィラテリーの切手”と呼ばれていました)を販売する窓口と、実際に郵便に使うための切手を販売する窓口は完全に別になっており、“フィラテリーの切手”は郵便料金の前納の証紙としては無効とされています。ちなみに、“フィラテリーの切手”と実際に郵便に使える切手はどのように見分けたらよいのか、その基準は現地の郵便局員に聞いても定かではありませんでした。今回ご紹介のタンザニアの切手も、あるいは“フィラテリーの切手”として実際には郵便には使えないものだったのかもしれません。

 さて、“フィラテリーの切手”すなわち“いかがわしい切手”というと、コレクターの収集対象としてはそれだけで忌避されることが多いのですが、ちょっと角度を変えて考えてみると、興味深い情報が浮かび上がってきます。

 すなわち、切手の発行を単純に外貨獲得のための輸出ビジネスととらえるのなら、切手の題材は、発行国の国内事情とは無関係に、より国際市場で人気を得られるようなもの、すなわち、より多くの売り上げが見込めるものこそが適切であるということになります。“いかがわしい切手”を発行する国(正確にはそうした切手に発行者としての名義を貸す国)や、そうした切手を企画するエージェントにとっては、どれほど立派な主義主張や思想信条、愛国心などを掲げてみても、“商品”としてその切手が売れないのであれば、全く意味がないからです。

 したがって、“いかがわしい切手”の題材を丹念に分析していけば、どこにそうした切手を買うだけの資金があるのか、マーケットがその時点で何に関心を持っているのか、逆算して理解できるということになります。1964年の東京五輪に際して諸外国が発行した切手の多くが、日本の収集家を意識して日本的な題材を盛り込んだものというよりも、五輪切手のコレクターを意識して純然たるスポーツ切手だったのに対して、1970年の大阪万博に際して諸外国が発行した記念切手の多くが“日本”を強調した内容となっているのは、1964年の時点では“日本”よりも“五輪”の方が金になると彼らが考えていたことの証左ともいえましょう。

 切手と同様、コインについても、主として欧米系のエージェントと組んで輸出向けの商品を制作・販売する国は少なからずあり、今回問題となった竹島コインを発行したタンザニアもその一つです。

 おそらく、タンザニア側としては、額面3000シリング(約140円)のコインが海外に輸出され、海外市場では数千円で販売されるであろうことから、国内で竹島コインが使用される可能性はほぼゼロと考えていたのは確実で、あるいは、モザンビークの“フィラテリーの切手”同様、今回の竹島コインも実際の貨幣としての効力のない記念品という位置づけで、それゆえ、日本政府の照会に対して「そうした記念コインを(自分たちが)発行したことはない」と回答したのかもしれません。ただし、コインの裏側はタンザニアの国章が刻印された正規のコインと同じデザインとなっていますから、タンザニア政府または中央銀行が、竹島コインについて全く関与していなかったということは考えにくいと思います。本当に、タンザニア政府に無断で、こうした“コイン”が組織的に作られていたとしたら、それはそれで大問題だからです。

 また、純然たる輸出商品として作られたコインの題材として、“日本領・竹島”ではなく、“韓国領・獨島”が取り上げられたということは、世界のコイン収集家のマーケットでは、“韓国領・獨島”は一定の売り上げを見込めると企画であるということを意味しています。繰り返しになりますが、輸出商品としての記念・特殊コインを発行するエージェントとしては、主義主張の是非善悪は一切関係なく、あくまでも商売として儲かるか否かが重要なのであって、彼らに文句を言ってみたところで「悔しかったら、“日本領・竹島”の切手がドル箱商品になるような市場を用意しろ」という返答しか返ってこないでしょう。

 いずれにせよ、今回の竹島コインについては、この記事を書いている時点では詳細がよく分かっていないので、今後いろいろと調べてみないといけないのですが、とりあえず、日本政府が、タンザニア政府から“正規に流通しているコイン”ではないとの言質を取ったことは評価してもよいかと思います。

 なお、“いかがわしい切手とその歴史については、拙著『事情のある国の切手ほど面白い』でもまとめておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。

 
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 先の大戦の激戦地というだけでなく、9月16日に台湾と断交して中国に乗り換えたソロモン諸島の首都、ホニアラの所在地として、ガダルカナル島がどのような歴史をたどってきたのか、そのあらましについて、関連する切手などとともにお話ししてみたいと思います。
 
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 ソロモン諸島、台湾と断交
2019-09-17 Tue 01:17
 南太平洋の島国ソロモン諸島政府は、きのう(16日)、台湾と断交し、中国と国交を樹立することを決定しました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      ソロモン諸島・台湾の支援

 これは、1998年にソロモン諸島が発行した“ソロモン諸島と中華民国の技術協力”と題する切手で、台湾の技術者による稲作の技術指導の光景が描かれています。

 1978年の独立後、ソロモン諸島は1983年に台湾と国交を樹立しました。台湾にとって、ソロモン諸島は外交関係を有する太平洋の国6カ国のうち、面積(2万8450平方キロ)、人口(約60万人)ともに最大の国であるため、それゆえ、台湾側もソロモン諸島に対してさまざまな支援を行ってきました。

 特に、農業に関しては伝統的な焼き畑農業からの脱皮を定着させるべく、今回ご紹介の見られるように台湾人による技術指導が行われているほか、実験農園では現地に適した品種のサツマイモや果物などの研究が行われています。また、養豚場では、在来種と台湾から持ち込まれた品種を掛け合わせた“SOLROC”(ソロモンのSOLと台湾=中華民国のROCが名前の由来)種のブタが生産され、両国友好のシンボルともなってきました。

 ところが、近年、中国が台湾を外交的に追い詰めるべく、ソロモン諸島への進出を急速に拡大。この結果、中国はソロモン諸島の輸出額の6割超を占め、貿易相手国として第1位となりました。また、2017年には、中国の通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)がソロモン諸島に高速インターネットの敷設を提案。このときは、域内大国であるオーストラリアが直ちに対抗策を提案し、1億3700万豪ドル=約103億円を投じ、パプアニューギニアを含む海底インターネットケーブルを建設しましたが、その過程で、ソガバレ首相ひきいるソロモン諸島社会信用党が華為技術から巨額の政治献金が受け取っていた疑惑が浮上。さらに、ソガバレ本人も“複数の中国企業と親密な関係”にあることが明らかになりました。

 こうした中国の浸透工作が功を奏し、ソロモン諸島の政界では徐々に中国派が台頭。2019年4月、ソガバレが組織した連立政権の与党議員の一部は、半年以内に中国と国交を樹立しなければ不信任案を提出すると圧力をかけ、これを容れるかたちで、ソロモン諸島議会内には特別委員会が設けられ、中台いずれかの国との国交を樹立することのメリット・デメリットが審議されていました。

 こうした状況に危機感を抱いたオーストラリアのモリソン首相は、6月3日、ソロモン諸島でソガバレと会談し、「太平洋島嶼国の平和的な独立と主権のための支援」を表明。今後10年間で2億5000万豪ドル(約188億円)の経済支援やソロモン諸島首相府の建築補助などを約束し、中国の浸透に対抗しようとしました。また、米政府も、ソロモン諸島に対し、中国の資金拠出の約束には慎重に対応し、台湾との断交を強制されないよう注意が必要だと呼びかけていました。ちなみに、今年9月に行われた現地の世論調査では、国民の8-9割が台湾との外交関係の維持を支持しているとの結果が出ています。

 このため、今月9日、ソロモン諸島のマネレ外相は台北を訪問し、呉外交部長(外相)と共に記者会見し「台湾との友好的で充実し、進歩的な関係を大事にしている」と述べ、関係維持の重要性を強調しましたが、議会特別委員会は、13日、台湾との外交関係を絶ち、中国との国交樹立を勧告する答申書を政府に提出。ついに、台湾との断交決定に至ったというわけです。

 今回、ソロモン諸島が中国側に落ちたことで、すでに、中国の強い影響下にあるヴァヌアツを起点に、ソロモン諸島→パプアニューギニア東ティモールを結ぶ親中国家のリンクがつながることになり、オーストラリアがぐるっと包囲された形になります。もちろん、南太平洋諸国の中ではそれなりの規模を有するソロモン諸島に次いで、台湾断行のドミノが発生する恐れも十分にあります。

 さて、ソロモン諸島といえば、日本人にとっては先の大戦中のガダルカナルの戦いのイメージが強いのですが、1568年にスペイン人が上陸して以来の歴史をひも解いてみると、いろいろと興味深いエピソードがあります。いずれそれらをまとめて、いままでとはちょっと違った視点から、複合的に“ガダルカナル”の過去と現在を考える物語を書いてみたいと思っています。

 その手始めとして、9月28日、イオンコンパス東京八重洲会議室にて開催のインド太平洋研究会で、「ガダルカナル島の近現代史」と題してお話しすることになりました。 参加費など詳細は、こちらをご覧いただけると幸いです。

 
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 切手歳時記:敬老の日
2019-09-16 Mon 00:40
 公益財団法人・通信文化協会の雑誌『通信文化』2019年9月号が発行されました。僕の連載「切手歳時記」は、敬老の日(今年は16日)にあわせて、この1点を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      花咲じじい:ここほれワンワン

 これは、1973年11月20日に発行された昔ばなしシリーズ第集「花さかじじい」のうち、“ここほれワンワン”の切手です。

 9月第3月曜日の“敬老の日”の起源は、1947年9月15日、兵庫県多可郡野間谷村(現在の多可町八千代区)で、当時、36歳の青年村長だった門脇政夫が、村主催の“敬老会”を開催したのが由来とされています。

 9月15日という日取りは、農閑期で気候も良いことにくわえ、719年9月、美濃国を行幸された元正天皇が、木曽川の渓谷の瀧の水に感動し、「醴泉は、美泉なり。もって老を養うべし。蓋し水の精なればなり。天下に大赦して、霊亀三年を改め養老元年と成すべし」との詔を出し、瀧を“養老乃瀧”と命名したうえ、元号を“養老”に改めるとともに、全国の高齢者に賜品を下したとの故事によるのだとか。ちなみに、1947年当時の“老人”は55歳以上でした。

 さて、1948年7月に「国民の祝日に関する法律」が制定された際、“こどもの日”と“成人の日”は定められましたが、老人のための祝日はなかったため、門脇村長は、同年9月15日の第2回敬老会の席上、9月15日を“としよりの日”として村独自の祝日とすることを提唱。これが県内に広がり、1950年からは兵庫県が“としよりの日”を制定。1951年には中央社会福祉協議会(現全国社会福祉協議会)が9月15日を“としよりの日”としました。

 その後、1963年に老人福祉法が制定されると9月15日は“老人の日”となりましたが、その背景には、“としより”という表現が良くないとの意見があったためだといわれています。

 さらに、1966年に「国民の祝日に関する法律」が改正され、9月15日が“敬老の日”として国民の祝日になりましたが、2001年、祝日法が改正され、いわゆるハッピーマンデーが導入されると、2003年以降、“敬老の日”は9月第3月曜日の移動祝日となりました。

 さて、“としより”という表現はよくないとして祝日の名称から外されましたが、昭和40年代後半まで、老人男女を意味する“じじい(爺)”、“ばばあ(婆)”については、前後の文脈にもよりますが、特に問題はないとみられていたようです。

 その証拠に、今回ご紹介の“花さかじじい”の切手は1973年11月20日に発行されていますが、“じじい”の文字が切手にもしっかりと入っています。ちなみに、切手は、赤本『花さき爺』全三冊(式亭三馬作・歌川国丸画)ならびに赤本、黒本、青本『枯木に花咲せ親爺』(冨山房)を参考文献にして、洋画家の杉本健吉が原画を作成したもので、切手の表記も参考文献に倣って、“じいさん”ではなく、“じじい”としたものと思われます。

 ところが、花咲じじいの切手が発行された1973年、フジテレビの「3時のあなた」で玉置宏が「芸能界は特殊部落」と発言したことで部落解放同盟から糾弾され、同年12月25日の同番組で謝罪したのをきっかけに、マスコミでは、“差別語”の「言い換え集」が作成され、じじい・ばばあも公の場からは放逐されることになりました。

 なお、“差別語”の「言い換え集」が作成された後の1974年9月9日、同年の敬老の日を前に発行された昔ばなしシリーズの切手は、鎌倉時代の『宇治拾遺物語』に収録されている「こぶ取り爺(鬼にこぶとらるゝ事)」が源流とみられる物語を題材としていますが、その題名が「こぶとりじじい」ではなく「こぶとりじいさんとなっています。やはり、切手にも時代の変化が反映されたということなんでしょうかね。

 
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 サウジ石油施設に無人機攻撃
2019-09-15 Sun 01:36
 サウジアラビア内務省は、きのう(14日)、同国東部のアブカイクおよびクライスにある国営石油会社サウジ・アラムコの石油施設2ヵ所が10機の無人機(ドローン)の攻撃を受けて出火したと明らかにしました。この攻撃については、サウジが内戦に介入しているイエメンで、イランの支援を受けているシーア派系武装組織の“フーシ(アンサール・アッラー)”が犯行声明を出しています。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      サウジ・アブカイク

 これは、1985年にサウジアラビアが発行した“East-West石油パイプライン”の切手で、左側にはパイプラインが、右側には東端のアブカイク(今回攻撃を受けた施設がある場所の一つ)と西端のヤンブーの位置を示す地図が示されています。

 East-West石油パイプラインはペルシャ湾に近い都市のアブカイクと、紅海に面した港町のヤンブーを結ぶ全長約1200キロのパイプラインで、大小2本のパイプラインで構成されています。このうち、太いほうの1日当たり最大石油輸送能力は公称300万バレル、細いほうは同200万バレルですが、現在の実働能力は両方合わせて200万バレルで、約300漫バレルの余力を持った運用になっています。なお、細いほうのパイプラインは、かつて、天然ガスの輸送に用いられたこともありました。

 また、East-West石油パイプラインと並行して、液化天然ガス用のアブカイク=ヤンブーNGLパイプラインが通っており、こちらは、1日当たり公称29万バレルの液化天然ガスを輸送する能力を持つとされています。

 アブカイクでは、1941年にアラムコが油田を発見し、現在では、世界最大規模の日量700万バレルの処理能力を持つ精製する施設があります。ペルシャ湾岸からわずかに内陸の場所にあるため、ホルムズ海峡で軍事的緊張が生じた場合には、ここから紅海沿岸のヤンブーまでパイプラインを使って原油などを迂回輸送することが可能です。

 さて、今回の攻撃はフーシによるサウジ国内の石油・ガス施設への攻撃としては過去最大規模のもので、サウジ内務省はすでに火災は鎮火したとしていますが、 現場付近への報道陣の立ち入りが禁じられているため、被害の全容はまだ明らかにされていまん。ただ、米紙ウォール・ストリート・ジャーナルが伝える関係者の話によると、サウジ・アラムコは生産施設のほぼ半分を閉鎖しており、当面、日産約500万バレル、すなわち、世界全体の生産量の約5%に相当する規模の原油の減産になる見込みです。これに対して、アラムコ側は、在庫を活用するなどして海外の顧客への供給は続けるとしています。

 いずれにせよ、ホルムズ海峡有事の際のバックアップ輸送路として想定されていたEast-West石油パイプラインが攻撃を受けたことの意味は重大で、今後、ホルムズ海峡の海上警備のための“有志連合”構想にも大きな影響が出ることは必至です。

 
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 コンゴで列車脱線、100人以上死亡か
2019-09-14 Sat 01:01
 コンゴ民主共和国の南東部、タンガニーカ州マイバリディ付近で、現地時間12日未明、貨物列車が脱線し、不正乗車(運賃を払わずに移動する屋根に乗るなど)をしていた人々が多数死亡しました。推定死者数の情報は大きく錯綜していますが、現場の目撃者や地元メディアによると、死者数が100人に上る可能性が高いそうです。というわけで、亡くなった方のご冥福をお祈りしつつ、こんな切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      コンゴ・マタディ=レオポルドヴィル鉄道

 これは、1948年、ベルギー領コンゴで発行された“マタディ=レオポルドヴィル鉄道開通50周年”の記念切手で、歓呼して1号列車を迎える人々と鉄道の路線地図が描かれています。

 1865年に即位したベルギー国王レオポルド2世は、即位当初から植民地獲得の必要性を訴えていましたが、1876年9月、コンゴ探検を支援する“国際アフリカ協会”(のちにコンゴ国際協会に改組)を創設し、1879-83年、英国の探検家ヘンリー・スタンリーにコンゴ川流域を探検させ、先住民部族の部族長たちと独占的な貿易協定を締結しました。

 これに対して15世紀以来、在地のコンゴ王国と関係のあったポルトガルが反発し、コンゴ川河口周辺の主権を主張。これを英国が支持すると、独仏はベルギーを支持し、列強の対立が深まります。

 このため、1884-85年、欧米14カ国によるベルリン会議が開催され、コンゴを中立化し、門戸を開放して自由貿易の地にすることを条件として、コンゴはレオポルド2世の“私有地”とされ、1885年、レオポルド2世の私領“コンゴ独立国”が創設されました。なお、同国は自由貿易の国という意味で“コンゴ自由国”と呼ばれることもあります。

 コンゴ独立国はあくまでもレオポルド2世の私領という扱いで、ベルギーの国家とは無関係という位置づけであったため、国王は専制君主として君臨するとともに、巨額の私費を投じ、さらには、個人の信用で国内外の投資家の投資を募って開発を進めました。

 ところで、1880年代のコンゴ独立国では、コンゴ川水系の水運を利用して開拓が進められていましたが、コンゴ川河口近くの河港マタディと首都レオポルドヴィル(現キンシャサ)の間の交通は人力に頼っていました。このため、マタディ=レオポルドヴィル間にコンゴ独立国最初の鉄道を敷設すべく、1887年7月31日、コンゴ商工業会社およびコンゴ鉄道会社 が設立され、1890年に建設工事が始まります。

 その後、1898年に全長366km(コンゴ川の渓谷を避け、ンポゾ川沿いの谷とモンデクリスタル山中を経由するルートになっています)が開通するまでに、過酷な工事により、1932人(うちアフリカ系1800人)が命を落としたほか、1923-31年の改良工事では、囚人や強制労働者が動員され、約7000人が犠牲となっています。

 さて、コンゴ民主共和国の領内には、ベルギー植民地時代を中心に国内を結ぶ鉄道網の整備が進められましたが、1960年の独立後は、1960-65年のコンゴ動乱1965-97年のモブツ独裁政権、さらに、その後も戦乱が続いたため、ほとんどメンテナンスが行われず、老朽化が進んでかなり危険な状態です。

 このため、しかしコンゴ民主共和国では、大勢の犠牲者を出す鉄道事故が後を絶たず、2019年3月には中部のカサイ州で貨物列車が脱線して少なくとも24人が死亡。また、2017年には南ルアラバ州で燃料タンカーを連結した貨物列車が川に突っ込み、30人以上が死亡する事故も発生していました。

 
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