内藤陽介 Yosuke NAITO
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 切手に見るソウルと韓国:韓進海運
2016-09-27 Tue 18:06
 ご報告が遅くなりましたが、 『東洋経済日報』9月16日号が発行されました。僕の月一連載「切手に見るソウルと韓国」は、今回は、世界的な大手海運会社の韓進海運が経営破綻した直後の号だったので、この切手をご紹介しました。(画像はクリックで拡大されます)

      韓進コンテナ

 今年(2016年)8月31日に経営破綻した韓進海運が属する韓進グループは、解放後まもない1945年11月1日、趙重勲が仁川で設立した韓進商事から出発しました。1956年には在韓米軍の輸送業務を請け負うようになり、ヴェトナム戦争中の1966年にはヴェトナムに派遣される米軍の現地での物資輸送を請け負う契約を結び、急成長を遂げます。

 その躍進ぶりに目を付けた朴正熙は、1969年、経営不振に陥っていた大韓航空公社の民営化を趙重勲に委ね、現在の大韓航空が誕生しました。

 そして、同年11月、韓進は米国の海運会社シーランド社と、シーランドのコンテナ船のためのコンテナターミナルの運営契約を結び、翌1970年9月、釜山港にコンテナ埠頭を開業させてコンテナ業務に参入します。

 当初、韓進はシーランドをはじめとする海外の船会社の荷役作業を行っていましたが、1977年には、韓進コンテナラインズを設立して、自らも海運業へと参入し、韓進グループは陸・海・空の総合物流企業となりました。その後、韓進コンテナラインズは、1978年に中東航路、1979年に北米西岸航路を開設し、グローバル海運会社に成長します。

 1981年5月10日に韓国で発行された“船舶シリーズ”の切手には、その開業当時のコンテナ船“韓進ソウル”号が取り上げられています。なお、切手には“コンテナ船”としか表示されておらず、具体的な船名は記されていませんが、船の形状などから、韓進ソウル号が描かれていると特定することが可能です。

 韓進ソウル号は、現代重工業の蔚山造船所で1977年12月15日に起工し、翌1978年12月24日に進水。完成して、韓進側に引き渡されたのは1979年2月15日のことでした。

 全長201m、幅24mで、総トン数は1万7088 t、載貨重量トン数は1万8835 t。2007年にMSCソウル号と改称され、現在でもキプロスに船籍を置いて、リマソール(キプロス)を母港として運航を続けています。

 ソウル五輪が開催された1988年、韓進コンテナラインズは、大韓商船を合併して現在の韓進海運が誕生。これにより、韓進は、名実ともに韓国海運業の頂点に立ちます。

 もともと、韓国の海運業は、1948年の大韓民国独立に伴い、米軍政下で接収された旧日本船と米国から無償供与・貸与された船舶をもとに、国営事業としてスタートしました。1950年1月、韓国政府は海運民営化の方針を決定し、特別法により大韓海運公社(大韓船洲)を設立し、公社が政府保有船をひきとる形式となりましたが、公社の株式の97%は韓国政府が直接・間接に保有していたので、事実上の国営体制に変化はありませんでした。

 その後も韓進が本格的に海運業に参入するまで、韓国の海運事業は公社による事実上の独占体制が続いていましたが、さすがに、1980年代に入ると、海運業を取り巻く環境の変化もあり、公社の経営は悪化。1984年には大韓商船に改称・改組して再建を図ったが、最終的に韓進と合併したというわけです。

 1990年代から2000年代にかけて、韓進海運の業績は順調に推移し、1992年に売上高1兆ウォンを超え、1995年に巨洋海運、1997年に独セネターラインズを買収し、欧州・中国などに領域を拡大。2003年には中国コスコ、台湾陽明、日本Kラインなどと同盟を結成し、グローバルコンテナ船社としての地位を確立しました。

 しかし、2002年に創業者の趙重勲が、2006年には趙重勲の3男で2代目会長となった趙秀鎬が相次いで亡くなり、趙秀鎬夫人の崔恩瑛前会長が経営の一線に登場してきたあたりから雲行きが怪しくなってきます。

 特に、2008年の世界金融危機で世界的に海運業が停滞する中で、韓進海運は流動性の高い資産を次々と切り売りした結果、流動性危機が深刻化。2013年に2423億ウォンの営業損失を出すなど3年連続の赤字で危機を迎えたため、2014年からは韓進グループの趙亮鎬会長が2年間に1兆2000億ウォンを支援していました。たが、海運業不況の長期化と好況期に借りた高い傭船料、船舶金融費用などで、2015年末に連結基準で847%だった負債比率は今年6月には1076%に上昇。8月末、ついに、日本の会社更生法に相当する“法定管理”の手続き開始をソウル中央地裁に申請し、経営破綻に陥ったというわけです。


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 それぞれ、1日講座をやりますので、よろしくお願いします。(詳細は講座名をクリックしてご覧ください)

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 コロンビアで和平合意署名式
2016-09-26 Mon 16:48
 南米のコロンビアで、半世紀以上続いた内戦の終結で合意した政府と反政府ゲリラ・コロンビア革命軍(FARC)による和平合意の署名式が、きょう(26日)、同国北部のカルタヘナで行われます。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      コロンビア・リオ五輪

 これは、今年(2016年)7月7日、コロンビアが発行したリオデジャネイロ五輪パラリンピック参加の記念切手です。切手は、停戦合意に向けた交渉が進展する中でデザインが作られたため、和平への期待を込めて各競技のピクトグラムを組み合わせて平和のシンボル、ハトが表現されています。ちなみに、切手の発行直前の6月22日、停戦合意が成立したことを受けて、8月の五輪の開会式では、コロンビア代表は国旗とともに、停戦協定を支持する平和の旗を掲げて入場行進を行いました。

 1959年にキューバ革命が起きると、コロンビアでもその影響を大きく受けた組織が数多く誕生しました。そのうち、1964年5月27日に結成されたFARCは、当初は武装農民運動でしたが、1966年以降、最高司令官、マヌエル・マルランダの下で社会主義革命政権の樹立を目指して反政府ゲリラ活動を展開するようになりました。

 1980年代初頭までFARCの勢力は1000人規模でしたが、1980年代半以降、FARCは麻薬密売組織と協力関係を結ぶことで多額の軍資金を獲得し、急速に勢力を拡大させました。その結果、最盛期の2000年代にはFARCの勢力は1万8000人にまで膨れ上がり、支配地域でのコカ栽培への課税、住民からの徴税、要人誘拐による身代金やコカイン取引で毎年推定8億ドルもの活動資金を得ていました。半世紀余りの間の死者は26万人以上、行方不明者は4万5000人とされています。

 2010年9月23日、コロンビア軍はFARC司令官のホルヘ・ブリセーニョを軍事作戦の末に殺害。さらに、翌2011年、FARC最高幹部アルフォンソ・カノを南西部カウカ県の山岳地帯で殺害しました。カノの死後、新たにFARCの指導者となったロドリゴ・ロンドーニョ・エチェベリ(通称ティモチェンコ)は、当初、武装闘争の継続を宣言していましたが、翌2012年2月26日、FARCはそれまで10年以上拘束していた軍・警察関係者の人質10名を解放するとともに、「今後身代金目的の民間人の誘拐は行なわない」とする声明を発表。これを受けて、同年10月、ノルウェーのオスロでコロンビア政府とFARCの和平交渉が本格的にスタートしました。

 2015年9月23日、コロンビア政府はFARCと続けてきた和平交渉について、半年以内に妥結することを発表。サントス大統領は同日、キューバの首都ハバナでFARC最高幹部のティモチェンコと会談し、紛争中の重大犯罪を裁く特別法廷の設置、犠牲者への補償、和平合意後60日以内に武装解除を行うことなどで合意に達しました。

 さらに、2016年6月22日、コロンビア政府とFARCの停戦合意が成立。翌23日、ハバナで、国連の潘基文事務総長、キューバのラウル・カストロ国家評議会議長、チリのミシェル・バチェレ大統領、ベネズエラのニコラス・マドゥロ大統領らの同席の下で、サントスとティモチェンコ最高司令官が、①FARCは60日以内に武装放棄し、180日以内に全ての武器を国連主導の国際委員会に引き渡す、②国内23ヶ所に武器の引き渡し場所を設け、治安当局がFARC戦闘員の安全を保障する、③FARC戦闘員への逮捕命令は一時停止されるが、合意違反は処罰される、ことなどを骨子とする停戦協定に署名しています。

 さらに、リオ五輪閉幕後の2016年8月24日、コロンビア政府とFARCは内戦の終結に合意したとの共同声明を発表。今回の署名式はこれを受けて行われるものです。

 なお、和平合意を受けてFARCは完全に武装解除されることになりますが、FARCの放棄した武器は、国連が引き取ったうえで、ニューヨークの国連本部、コロンビア、キューバのハバナの3ヵ所に記念碑が建立されることになっています。


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 小さな世界のお菓子たち:チョコレートの切手
2016-09-25 Sun 22:39
 ご報告が遅くなりましたが、大手製菓メーカー(株)ロッテの季刊広報誌『Shall we Lotte(シャル ウィ ロッテ)』の第33号(2016年秋号)ができあがりました。僕の連載「小さな世界のお菓子たち」では、今回は、こんな切手を取り上げました。(画像はクリックで拡大されます)

      ベルギー・チョコレート(2013)

 これは、2013年にベルギーが発行したチョコレート切手です。

 ヨーロッパ諸国のうち、チョコレートが重要な輸出産業となっている国は、たいてい、自国のチョコレートを広く諸外国に宣伝するための切手を発行しています。数多くのチョコレート工場を有するベルギーの場合も例外ではなく、過去にも何度かチョコレートを題材にした切手を発行しています。その中でも、今回ご紹介の1点は、こだわりの1品として発行当時は大きな話題となりました。

 切手シートには、溶けたチョコレートがしたたり落ちる背景の中に、スプリンクル、製菓用のブロック、ハート形のプラリーヌ、パンに塗られたチョコレートスプレッド、板チョコが取り上げられています。

 このうち、スプリンクルは、チョコレートを細かい麺状に絞り出して冷やし、回転釜で粉砕して細かい棒状にしたもので、日本ではチョコレート・スプレー(スプレー・チョコレートとも)とも呼ばれる。スプリンクルは“ふりかけ”、スプレーは“しぶき”という意味です。アイスクリームやクッキー、縁日のチョコバナナなどのトッピングに使われるのは、カラフルなものが主流ですが、切手では、チョコレートそのものを見せるため、着色されていない状態で描かれています。

 また、プラリーヌは、一口サイズで、中にクリームやリキュール、アーモンドと砂糖をペースト状にしたマジパンなどを詰めたものです。もともとは、1912年にベルギーの薬剤師、ジャン・ノイハウスがナッツ類に飴をからませ、ペースト状にしたものをチョコレートの中に包み込んだのが始まりとされています。ベルギーでは欠かせないチョコレートといえましょう。

 実は、この切手シートには、ダークチョコレートの味と香りが付けられています。裏面の、糊の部分にカカオエキスが含まれていて、舐めるとチョコレートの味がします。さらに、印刷用のインクには香料が混ぜられているので、香りも楽しめるのです。

 チョコレートの香りがついた切手には先例がいくつもありますが、この切手シートは、よりリアルな香味を再現するため、ベルギー国内のみならず、ドイツ、オランダ、スイスなどの専門家を集めて仕上げています。これまでの切手よりもはるかに完成度の高い1枚となりました。


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 開催御礼
2016-09-24 Sat 10:51
      ブラジル大使館・ペドロ文化担当官

 おかげ様で、きのう(23日)、ブラジル大使館で開催された拙著『リオデジャネイロ歴史紀行』の刊行記念トークイヴェントは、無事、盛況のうちに終了いたしました。ご参加いただいた皆様、ブラジル大使館はじめ開催にあたりご支援いただいた皆様には、この場をお借りして、あらためてお礼申し上げます。(冒頭の画像は、今回のイベントの開催にご尽力いただいたブラジル大使館のペドロ・ブランカンチ文化担当官との2ショットです)

 さて、今回のイベントでは、ブラジル大使館のご厚意で、ご来場の皆様にアサイー・ドリンクをご提供いただきました。そこで、きょうは、そのお礼の意味も込めて、この切手をご紹介したいと思います。(右側に、ご提供いただいたアサイー・ドリンクの画像も貼っておきます)

      ブラジル・アサイー  アサイー・ドリンク

 切手は、1994年4月24日、ドイツ植物学者のカール・フレデリック・フィリップ・フォン・マルティウスの生誕200年を記念して発行されたもので、アサイーの木と実が描かれています。

 アサイー(和名はワカバキャベツヤシ)は、ブラジル・アマゾンが原産のヤシ科の植物で、木の高さは20-30m。ブルーベリーに似た外観の実が枝の間に房状に実り、1本の木には1房3-6kgの実が3-4房の実なります。収穫は、木を切り倒すのではなく、農家の人が木に登り手掴みで実だけを採取します。

 アサイーの実は栄養価が非常に高く、アサイー果実100g中に含まれるポリフェノールは約4.5gで、ココアの約4.5倍、ブルーベリーの約18倍ともいわれています。他にも、鉄分はレバーの3倍で、食物繊維、カルシウムなども豊富です。

 アサイー自体にはほとんど味がないため、ジュース状にした後、牛乳やヨーグルト等の乳製品、バナナやイチゴあるいはそれらの果汁などと混ぜて飲むのが一般的で、ボウルにアサイーのスムージーを入れ、バナナやクラッカーなどとともに“アサイーボウル”として食されることもあります。また、成長点(ハートオブパーム)は、野菜としてサラダなどに利用されています。

 切手の題材となったカール・フリードリヒ・フィリップ・フォン・マルティウスは、1794年4月17日、バイエルン北部のエアランゲンに生まれました。1814年にエルランゲン大学を卒業し、大学の植物園の植物目録を作成。その後も植物学の研究を続け、1817年から行われた、オーストリアのブラジル学術探検に参加します。その範囲は、ブラジル南部、東部を経て、リオデジャネイロからアマゾン川やその支流を遡上し、ブラジル北部のタバティンガにまで及んでいます。

 1820年の帰国後、ミュンヘン植物園に採用され、1826年にミュンヘン大学の植物学の教授に就任。ブラジル植物の専門家として、主著に『ブラジルの新種植物』(Nova Genera et Species Plantarum Brasiliensium, 1823–1832, 3 vols)、『ブラジルの隠花植物図鑑』(Icones selectae Plantarum Cryptogamicarum Brasiliensium, 1827))、『ヤシの自然史』(Historia naturalis palmarum, 1823–1850, 3vols)などがあります。今回ご紹介の切手の図案は、このうちの『ヤシの自然史』から採られたものです。また、植物以外にも、ともにブラジル探検をおこなったヨハン・バプチスト・フォン・スピックスの集めたブラジルの動物の研究も行ったほか、ブラジルの先住民に関する論文もあります。

 なお、切手は“国内宛ファースト・クラス”用の無額面永久保証切手ですが、切手発行時の販売価格は144クルゼイロ・レアルでした。


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 Bリーグ開幕
2016-09-23 Fri 11:32
 分裂した2つの国内男子リーグを統合し、新たに発足したバスケットボールのプロリーグ・Bリーグが、きのう(22日)、アルバルク東京(A東京)-琉球ゴールデンキングスの試合で開幕しました。試合はA東京が琉球を80-75で下し、歴史的な1勝をあげています。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      第42回国体(みほん)

 これは、1987年10月24日に発行された第42回国民体育大会(国体)の記念切手で、開催地の沖縄県にちなみ、守礼門を背景に男子バスケットボールの選手が描かれています。敗れはしましたが、開幕戦を戦ったチームが琉球でしたから、琉球とバスケットボールの組み合わせということで、この1枚を選びました。

 さて、1987年の秋季大会は、“海邦国体"の名の下、10月25日から30日まで、沖縄県沖縄市の沖縄県総合運動公園陸上競技場を主会場として、県下10市10町14村で選手・役員1万958名を集めて行われました。大会のスローガンは「きらめく太陽 ひろがる友情」で、マスコットは“クイクイ”です。天皇杯・皇后杯はともに開催県の沖縄県でした。

 海邦国体の開催により、国体の開催地は全国を一巡したことになりました。また、今回の大会には、沖縄の復帰15周年を記念する大会という意味合いも込められていました。

 ところで、国体の開会式には両陛下のご臨席が通例となっていますが、沖縄の場合は過去の歴史的経緯もあって皇室制度に対して批判的な勢力も強く、また、1975年の海洋博の際には当時の皇太子(今上陛下)ご夫妻に対して火炎瓶が投げつけられる等の事件も起こっています。このため、昭和天皇の沖縄訪問に関しては賛否両論がありましたが、大会直前の1987年9月22日、昭和天皇は腸の病を患い、開腹外科手術を受けられたことで、天皇の沖縄訪問は中止となり、皇太子が名代として臨席することになりました。

 切手はバスケットボールと守礼門を描くもので、原画作者は山之内孝夫でした。切手に描かれている選手の背番号ですが、一般に4番はチームの主将が、8番は、現在ではパワーフォワードの背番号というのが一般的なようですが、当時は防御にまわる後衛の選手(ガード)がつける番号とされていました。したがって、切手に描かれているのは、濃いユニフォームのチームの主将のシュートを相手側のガードが防御している場面ということになります。


★★★ トークイヴェントのご案内 本日開催!★★★

 拙著『リオデジャネイロ歴史紀行』の刊行を記念して、東京・青山の駐日ブラジル大使館で下記の通り、トークイヴェントを開催いたします。ぜひ、ご参加ください。

 ・日時 2016年9月23日(金)18:00~20:00(17:30受付開始)
 ・会場 駐日ブラジル大使館 セミナー・ルーム
  〒107-8633 東京都港区北青山2丁目11-12 (地図はこちらをご覧ください)
 ・参加費 無料
 ・定員 30名(申込多数の場合は先着順) 

 * 当日いきなりのご参加もOKになりました。ただし、残席僅少です。
  
 なお、トークヴェベント終了後、20:30より近隣のブラジルレストラン「イグアス」にて懇親会を予定しております。(イグアスの地図はhttp://tabelog.com/tokyo/A1306/A130603/13048055/ をご覧ください) 

 お問い合わせ・懇親会のお申し込みは、下記宛にお願いいたします。

  申込先 えにし書房(担当・塚田)
  〒102-0074 千代田区九段南2-2-7-北の丸ビル3F
  Tel. 03-6261-4369 Fax. 03-6261-4379
  電子メール info★enishishobo.co.jp (スパム防止のため、★の部分を半角@に変えてご送信ください)

 一人でも多くの方にお会いできるのを楽しみにしております。

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 カシアス公廟
2016-09-22 Thu 14:11
 きょうは秋のお中日。僕は今年も行きそびれてしまいましたが、お墓参りの日です。というわけで、恒例の“お墓”の切手の中から、この1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

      ブラジル・カシアス公生誕150年(墓)

 これは、1953年にブラジルで発行されたカシアス公(ルイス・アルヴェス・デ・リマ・デ・シルヴァ)生誕150周年の記念切手のうち、カシアス公の墓を取り上げた1枚です。

 カシアス公は、1803年8月25日、リオデジャネイロ州の“サンパウロ”という名の大農場主の家に生まれました。1822年、若くしてブラジル独立戦争に従軍。以後、皇帝ドン・ペドロ1世の忠臣として活躍し、ドン・ペドロ2世の教育係にも任じられました。

 独立後まもない時期のブラジルでは地方の叛乱が相次ぎましたが、カシアス公はその鎮定に奔走。1856年にはドン・ペドロ2世によって首相に任命されます。さらに、1864年に三国同盟戦争が勃発すると総司令官に任じられ、ブラジル軍を勝利に導くなど、1880年に76歳で亡くなるまで、ブラジル帝国の屋台骨を支え続けました。

 1889年の共和革命後、皇室の忠臣だったカシアス公は忘れられた存在になっていましたが、生誕120年にあたる1923年以降、陸軍によって軍事的な英雄として再評価する動きがはじまり、1925年には彼の誕生日にあたる8月25日がブラジル陸軍を讃える“兵士の日”に指定されます。

 こうした流れを踏まえ、1937年、リオデジャネイロ中央駅の東側に竣工した陸軍総司令部の庁舎はカシアス公宮殿と命名されました。さらに、カシアス宮殿の前には、1949年8月25日、カシアス公の騎馬像と霊廟が建立され、リオ市内のサン・フランシスコ・デ・パウラ墓地に埋葬されていたカシアス公夫妻の遺体が霊廟に移されました。ちなみに、カシアス公の騎馬像と霊廟の外観は、こんな感じになっています。

      カシアス公像

 なお、カシアス公像・霊廟のあるリオ市内のメインストリート、プレジデンチ・ヴァルガス通りの歴史と景観については、拙著『リオデジャネイロ歴史紀行』でも詳しく取り上げておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


★★★ トークイヴェントのご案内 ★★★

 拙著『リオデジャネイロ歴史紀行』の刊行を記念して、東京・青山の駐日ブラジル大使館で下記の通り、トークイヴェントを開催いたします。ぜひ、ご参加ください。

 ・日時 2016年9月23日(金)18:00~20:00(17:30受付開始)
 ・会場 駐日ブラジル大使館 セミナー・ルーム
  〒107-8633 東京都港区北青山2丁目11-12 (地図はこちらをご覧ください)
 ・参加費 無料
 ・定員 30名(申込多数の場合は先着順) 

 * 当日いきなりのご参加もOKになりました。ただし、残席僅少です。
  
 なお、トークヴェベント終了後、20:30より近隣のブラジルレストラン「イグアス」にて懇親会を予定しております。(イグアスの地図はhttp://tabelog.com/tokyo/A1306/A130603/13048055/ をご覧ください) 

 お問い合わせ・懇親会のお申し込みは、下記宛にお願いいたします。

  申込先 えにし書房(担当・塚田)
  〒102-0074 千代田区九段南2-2-7-北の丸ビル3F
  Tel. 03-6261-4369 Fax. 03-6261-4379
  電子メール info★enishishobo.co.jp (スパム防止のため、★の部分を半角@に変えてご送信ください)

 一人でも多くの方にお会いできるのを楽しみにしております。

★★★ 講座のご案内 ★★★

 ・よみうりカルチャー荻窪 「宗教と国際政治」
 10月から毎月第1火曜の15:30より、よみうりカルチャー荻窪(読売・日本テレビ文化センター、TEL 03-3392-8891)で講座「宗教と国際政治」がスタートします。初回は10月4日です。ぜひ、遊びに来てください。詳細は、こちらをご覧いただけると幸いです。

 ・毎日文化センター
 それぞれ、1日講座をやりますので、よろしくお願いします。(詳細は講座名をクリックしてご覧ください)

 10月11日(火) 19:00-20:30 リオデジャネイロ歴史紀行
 11月17日(木) 10:30-12:00 ユダヤとアメリカ 
  

★★★ ブラジル大使館推薦! 内藤陽介の『リオデジャネイロ歴史紀行』  ★★★ 

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 【出版元より】
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 リオデジャネイロの複雑な歴史や街並みを、切手や葉書、写真等でわかりやすく解説。
 美しい景色とウンチク満載の異色の歴史紀行!
 発売元の特設サイトはこちらです。

 * 8月6日付『東京新聞』「この人」欄で、内藤が『リオデジャネイロ歴史紀行』の著者として取り上げられました!

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 アルメニア再独立25年
2016-09-21 Wed 10:57
 1991年9月21日に南カフカース(コーカサス)のアルメニアが再独立してから、今日でちょうど25年です。というわけで、きょうはこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      アルメニア・独立後最初の切手

 これは、1992年4月28日、再独立後のアルメニアで発行された最初の切手の小型シートです。切手部分はアルメニアの象徴とされるアララト山を背景に、国旗カラーの鳥が飛ぶデザインになっています。

 現在のアルメニア国家に相当する地域は、1828年のトルコマンチャーイ条約によって帝政ロシアの支配下に入りました。

 1917年のロシア革命を経て、1918年5月、アルメニアとアゼルバイジャンは相次いで独立を宣言。その際、ムスリム国家アゼルバイジャンの領域内にありながら、キリスト教徒のアルメニア人が多数居住している“飛び地”のナゴルノ・カラバフをめぐりアルメニアとアゼルバイジャンは激しく対立しましたが、1920年には赤軍の進駐により両国はいずれも崩壊。翌1921年、ロシア革命政府はナゴルノ・カラバフを“自治州”としてアゼルバイジャンに帰属させました。

 1922年末に成立したソ連においては、アゼルバイジャンとアルメニアはともに連邦を構成する社会主義共和国となったため、ナゴルノ・カラバフ問題もとりあえず棚上げとなります。しかし、1985年以降、ゴルバチョフの下でソ連のペレストロイカ改革が進むと、ナゴルノ・カラバフのアルメニア人は自治州のアルメニアへの編入を請願しました。

 ゴルバチョフはこれを拒否しましたが、1988年2月、自治州政府は公式にアルメニアへの移管を要請。さらに、2月22日、ナゴルノ・カラバフのアスケランで起きたアゼルバイジャン人青年の殺害事件を機に、対立は一挙に暴力化します。6月15日には、アルメニア共和国最高会議がナゴルノ・カラバフ自治州の自国への移管を決議すると、翌16日にはアゼルバイジャン最高会議がこれを否認する決議を採択し、ソ連の枠内での内戦に発展しました。

 さらに、1988年12月加えて同時期に発生したアルメニア地震に対しても、ソ連政府の対応は後手にまわって不十分であったため、アルメニア人のモスクワに対する不満が爆発。1990年5月に実施されたアルメニア最高会議選挙においては、ナゴルノ・カラバフのアルメニア編入を求める“アルメニア全国民運動”が多数派となりました。同年8月には全国民運動から出馬したレヴォン・テル=ペトロシャンが、共産党のウラジーミル・モフセシャンを破って最高会議議長に選出。1991年8月、保守派クーデターの失敗を経て、9月21日、アルメニア共和国としてソ連からの独立が宣言されました。


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 ズンビの国
2016-09-20 Tue 12:56
 きのう(現地時間18日)閉幕したパラリンピックの閉会式で、出演したブラジルの音楽グループ“ナサォン・ズンビ”のメンバーが演奏の最中、「テメル(大統領)は出ていけ」と書いた紙をステージ上で掲げる一幕がありました。というわけで、“ズンビの国(バンド名の直訳)”といえば、やはりこの切手でしょうか。(画像はクリックで拡大されます)

      ブラジル・ズンビ・ドス・パルマーレス

 これは、1995年にブラジルで発行された“ズンビ・ドス・パルマーレス没後300年”の記念切手です。

 ポルトガル植民地時代、アフリカからブラジルに連れてこられた黒人奴隷の中には過酷な労働から逃げ出して密林地帯や山間の僻地などに“キロンボ”と呼ばれる集落を形成するものが少なからずいました。1570年以降、キロンボはブラジル北東部のバイーア、ペルナンブーコ、アラゴアスに拡大し、18世紀には南東部のサンパウロ州からミナス・ジェライス州にも登場します。キロンボの規模は50軒程度の小規模なものから数千軒規模のものまでさまざまで、彼らは独自に農耕・狩猟等に従事するほか、白人の集落を襲撃したりすることもありました。

 そうしたキロンボの中でも、1597年、ペルナンブコ州で40人の奴隷が反乱を起こし、農園主などを殺害してセーラ・ダ・バヒーガ山の山頂付近に逃げ込んでつくったのが、“キロンボ・ドス・パルマーレス”のルーツです。その後、彼らの逃げ込んだ土地が肥沃だったこともあり、キロンボ・ドス・パルマーレスは順調に発展し、ポルトガルやオランダ人(一時期、ブラジル北東部を支配していました)の攻撃も退け、最盛期には約3万人の住民を擁して、事実上の独立国家の様相を呈していました。

 そうしたなかで、1655年、ポルトガル軍の司令官、ブラス・ダ・ロッシャ・カルドーゾが数人の捕虜と1人の生まれたばかりの赤ん坊を捕えてパルマーレスとの戦いから帰還。赤ん坊は、ポルト・カルヴォに住んでいたアントニオ・メロ神父の元に引き渡され、フランシスコと名付けられ、キリスト教の教義やポルトガル語、ラテン語の教育を受けて育てられた。

 フランシスコは非常に優秀で、メロン神父も彼に愛情を注いでいましたが、次第に、自分と同じ黒人の奴隷が白人の下で苦役を強いられていることに心を痛めるとともに、まだ見ぬ家族への思慕が募り、1670年、15歳にしてパルマーレスへ逃亡。住民たちは彼を歓迎し、彼のことを“ズンビ”と呼ぶようになりました。

 ズンビは、当時のパルマーレスのリーダーだったガンガ・ズンバの片腕として、ポルトガル軍の相次ぐ攻撃からキロンボを防衛することに力を注ぎます。1680年にガンガ・ズンバが毒殺されると、ズンビは25歳で後継指導者となり、キロンボを率いることになります。

 1694年、植民地政府はドミンゴス・ジョルジ・ヴェーリョひきいる9000のポルトガル軍を派遣し、パルマーレスに対して総攻撃を仕掛けてきました。圧倒的な火力を有するポルトガル軍はパルマーレスの城壁を破壊して中心地マカコに侵入。キロンボは崩壊し、ズンビも戦闘で負傷して、命からがら逃げだしました。

 しかし、信頼していた一部隊のリーダー、アントーニオ・ソアレスの裏切りによって、ポルトガル軍はズンビの潜伏場所を急襲し、彼を逮捕。翌1695年11月20日、ズンビは斬首され、その遺体はレシーフェの街の広場に遺体は晒し者にされました。今回ご紹介の切手は、ここから起算して300年になるのを記念して発行されたものです。

 現在、ズンビは、黒人の自由とアフリカ文化を守り抜いた歴史上の英雄として、彼の命日にあたる11月20日は、ブラジル各地で“黒人の意識向上の日”の記念日になっています。

 ちなみに、パラリンピックの閉会式で抗議の紙を掲げたナサォン・ズンビは、シコ・サイエンスが1991年にズンビ終焉の地レシーフェで結成した音楽グループで、ブラジル北東部の伝統音楽であるマラカトゥやコーコに、ハードロック系のノイジーなギターとサンプリング、そしてラップ風のボーカルといったヒップポップ感覚をミックスした“マンギビート”を作り出し、ブラジル現代音楽に一台革命をもたらしました。リーダーのシコは1997年に自動車事故で亡くなりましたが、グループとしての活動は現在も継続しており、閉会式でのパフォーマンスになったというわけです。

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 敬老の日
2016-09-19 Mon 12:13
 きょう(19日)は“敬老の日”です。というわけで、拙著『リオデジャネイロ歴史紀行』にちなんで、ブラジル切手の中から、この1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

      ブラジル・老人の日

 これは、1958年9月27日に発行された“老人の日”の切手で、砂時計の中に高齢の女性(上段)と男性(下段)を配したデザインとなっています。

 ブラジルの平均寿命は、1950年台前半には50.9歳でしたが、その後、着実な伸びを示し、2000年代前半では71.0歳に達し、2040年代後半で79.5歳になると推測されています。これに伴い、高齢者の人口も、1950年には161万人だった60歳以上の人口が、2007年には2000万人にまで急増。さらに、2050年には4928万人(100年間で30.60倍)にまで上昇すると推測されています。

 一方、年少人口比率は、ピーク時の1965年の44%をピークに1975年までは40%を超えていましたが、その後、徐々に減少して、2000年には29.6%となり、2040年代後半には18%前後にまで落ち込むことが予測されています。ただし、人口の絶対数でいうと、年少者人口のピークは1990年の5278万人で、これが2050年には4487万人にまで減少する見込みです。ただし、この数字は、1950年の年少人口、2243万人の約2倍ですから、人口問題としては、少子化よりも高齢化の方がはるかに深刻ということになります。

 このため、2010年に7%に到達したブラジルの高齢化率(全人口のうち、65歳以上の人口が占める割合)は、2031年には倍の14%になるものと推計されていますが、フランスの高齢化率が7%から14%になるまでに115年かかったのに比べると、かなりな急ペースです。ちなみに、わが国では同様のプロセスは26年で起きていますから、ブラジルの高齢化は日本のイメージでとらえると理解しやすいかもしれません。

 ところで、ブラジル社会では家父長的な慣行が尊重されてきたという経緯がありますが、民政移管後の1988年の連邦共和国憲法でも、たとえば、第230条では、政府にはブラジル高齢者(ブラジルの基準では60歳以上)の“威厳”を守る義務があるとされ、高齢者には公共交通機関が無料で解放される(このため、ポン・ヂ・アスーカルのロープウェイも60歳以上は無料です)ことになっています。

 さらに、2000年には金融機関と政府機関に対して高齢者に“即時”かつ“特別”な配慮を払うことを命じる連邦法(違反者には最大2500ヘアイスの罰金)が成立。2003年には、その対象が民間企業に対しても拡大されたため、多くの施設では高齢者向けの“優先窓口”が儲けられるようになりました。

 ところが、高齢者の急増に伴い、一般の窓口よりも高齢者向けの優先窓口の方に長蛇の列ができるという逆転現象がしばしば発生。このため、2014年、東部セアラー州の州都・フォルタレザでは、高齢者や障碍者は、どこでも、どの列にも割り込めるという条例が可決され、高齢者による行列の割り込みが“合法化”されました。

 当然のことながら、高齢者がこの条例を歓迎する一方、一般消費者の間からは批判の声も強く(ウォール・ストリート・ジャーナル紙には「(年齢にかかわらず、病人や体の弱い人に優先的な処遇を与えるのには賛成だが)髪を染めて、ポケットにバイアグラを詰め込んだような“高齢者”が列に割り込むと腹が立つ」という声が紹介されています)、また、こうした権利を濫用する高齢者も後を絶たないようです。

 いずれにせよ、今回ご紹介の切手が発行された1950年代のように、ブラジル社会において高齢者がごく少数派であった時代なら、“割り込み”の合法化にも問題はなかったのでしょうが、上述のように、急激な高齢化が進み、高齢者が決して少数派ではなくなってくると、さて、どうでしょうかねぇ。“割り込み”の合法化はお金のかからない政策なのでよいことじゃないかという人もあるかもしれませんが、結果として高齢者に対する社会的な不満が鬱積して、“ただほど高いものはない”ということになってしまったら、高齢者の威厳も損なわれてしまい、元も子もないような気がします。
 

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  * 9月19日(月)までに、お名前・ご連絡先・ご所属を明記の上、電子メール、ファックス等で下記宛にお申し込みください。(お送りいただいた個人情報は、大使館へ提出する以外の目的には使用しません)
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 会費は、『リオデジャネイロ歴史紀行』1冊の代金込みで6500円(書籍不要の場合は5000円)の予定です。参加ご希望の方は、トークイベントお申し込みの際に、その旨、お書き添えください。なお、懇親会のみの御参加も歓迎いたします。


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 NY・マンハッタンで爆発
2016-09-18 Sun 18:29
 ニューヨーク・マンハッタンのチェルシー地区で、現地時間の17日夜(日本時間18日午前)、爆発があり、この記事を書いている時点で、29人がけが、うち1人が重傷だそうです。負傷された方々には心よりお見舞い申し上げるとともに、1日も早い御快癒をお祈りしております。というわけで、今回の事件現場の近くを通ったカバーということで、こんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      ブラジル・反ナチラベルカバー  ブラジル・反ナチラベルカバー(裏)

 これは、1943年9月11日、リオデジャネイロからニューヨーク宛に差し出された書留便です。第二次大戦中のため、ブラジル出国時と米国入国時にそれぞれ開封検閲された後、9月24日にニューヨーク中央郵便局に持ち込まれ、そこから、ニューヨーク市内のチャーチ・ストリートの郵便局に持ち込まれ、そこから、証券取引所のあるウォール・ストリートにも近いジョン・ストリートの宛先に届けられました。

 ニューヨークの中央郵便局(現ジェームス・ファーレー郵便局)は8番街の31丁目と33丁目の間にあり、正面は、今回の事件があったチェルシーの西側に面しています。今回、爆発があったのはそこから少し南下した7番街と6番街の間の23丁目ですが、このうちの6番街の南端がチャーチストリートの北端となります。そこからチャーチストリートを南下すると、チャーチストリートの郵便局があります。宛先のジョン・ストリートは、チャーチストリートの郵便局前を南進し、次の交差点からビージー・ストリートを左折して1本目、ブロードウェイにぶつかったら再び南進して2本目の通りとなります。

 さて、今回ご紹介のカバーは、裏面に、第二次大戦中のブラジルで作られた反独プロパガンダ・ラベルが張られているのがミソです。

 1939年9月に第二次大戦が勃発した当初、ブラジル国内では、陸軍の上層部はドイツに好意的でしたが、大統領のヴァルガスは中立を維持していました。

 ところが、1941年12月、日本軍による真珠湾攻撃を受けて大戦に参戦した米国は、ブラジル北東部の戦略的な位置を重視し、ブラジルを自陣営に取り込もうとします。その一環として、米国は、ヴァルガス政権の経済政策の目玉の一つであったヴォルタ・レドンダ国立製鉄所の建設資金として2000億ドルを供与し、その代償として、レシーフェに米軍基地を設置。一方、ヴァルガス政権も、中立を掲げながらも、明らかに米国寄りの外交路線に舵を切るようになっていきました。

 一方、米国と戦闘状態に突入したドイツは大西洋戦線で潜水艦Uボートを用いた連合国の通商破壊作戦を展開していましたが、その結果、1942年1月から7月までの間に13隻のブラジル商船がドイツの潜水艦攻撃によって沈められます。さらに、同年8月には、潜水艦U-507により、2日間で5隻のブラジル船が沈められ、600人以上が犠牲になりました。この8月のUボート攻撃に対して、ブラジル国内の反独世論が沸騰。ヴァルガスは陸軍内の反対論を抑え込んで、8月22日、ドイツに対して宣戦を布告し、1944年にはラテンアメリカ諸国の中では唯一、ヨーロッパ戦線に派兵しています。

 こうした状況の中で、ドイツへの敵愾心を煽るためのプロパガンダ・ラベルが作られ、その一部は郵便物にも貼られています。今回ご紹介のカバーに貼られているのもその一種で、ラベルには、ブラジルを狙うナチスの鍵十字をつけた腕が描かれ、「ヒトラーの言葉:我々はブラジルをドイツ人の土地に変える」との文言が入っています。

 ブラジルには19世紀以来、多くのドイツ系移民が渡っていたこともあり、ヒトラーは1933年の政権掌握以前からブラジルに興味を持っていたとされています。1939年にヘルマン・ラウシュニンクが発表した『ヒトラーとの対話』(邦題『永遠なるヒトラー』)によると、政権掌握以前の1932年の時点で、彼は次のように語ったとの記述があります。

 ブラジルに新しいドイツを建設しよう。そこにはわれわれの望むすべてのものがあるのだ。フッガー家とヴェルザー家がそこに土地を持っていたのだから、われわれは南米大陸に対して権利がある。われわれは、統一以前のドイツが破壊してしまったものを修復しなければならない。

 ラウシュニンクの証言については、発表当時、大いにセンセーショナルなものとして受け止められる反面、その信憑性に疑問があるとの指摘もなされていますが、少なくとも、ブラジルでは上記の発言が実際にあったと考える人が少なからずいたからこそ、ヒトラーが南米を狙っているとのプロパガンダ・ラベルが作られ、郵便物に貼られて、人々の生活の中を往来していたと考えることもできましょう。

 なお、第二次大戦とブラジルとのかかわりについては、拙著『リオデジャネイロ歴史紀行』でもまとめておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


★★★ トークイヴェントのご案内 ★★★

 拙著『リオデジャネイロ歴史紀行』の刊行を記念して、東京・青山の駐日ブラジル大使館で下記の通り、トークイヴェントを開催いたします。ぜひ、ご参加ください。

 ・日時 2016年9月23日(金)18:00~20:00(17:30受付開始)
 ・会場 駐日ブラジル大使館 セミナー・ルーム
  〒107-8633 東京都港区北青山2丁目11-12 (地図はこちらをご覧ください)
 ・参加費 無料
 ・定員 30名(申込多数の場合は先着順)

  * 9月19日(月)までに、お名前・ご連絡先・ご所属を明記の上、電子メール、ファックス等で下記宛にお申し込みください。(お送りいただいた個人情報は、大使館へ提出する以外の目的には使用しません)
  申込先 えにし書房(担当・塚田)
  〒102-0074 千代田区九段南2-2-7-北の丸ビル3F
  Tel. 03-6261-4369 Fax. 03-6261-4379
  電子メール info★enishishobo.co.jp (スパム防止のため、★の部分を半角@に変えてご送信ください)

 なお、トークヴェベント終了後、20:30より近隣のブラジルレストラン「イグアス」にて懇親会を予定しております。(イグアスの地図はhttp://tabelog.com/tokyo/A1306/A130603/13048055/ をご覧ください) 
 会費は、『リオデジャネイロ歴史紀行』1冊の代金込みで6500円(書籍不要の場合は5000円)の予定です。参加ご希望の方は、トークイベントお申し込みの際に、その旨、お書き添えください。なお、懇親会のみの御参加も歓迎いたします。


★★★ ブラジル大使館推薦! 内藤陽介の『リオデジャネイロ歴史紀行』  ★★★ 

       リオデジャネイロ歴史紀行(書影) 2700円+税

 【出版元より】
 オリンピック開催地の意外な深さをじっくり紹介
 リオデジャネイロの複雑な歴史や街並みを、切手や葉書、写真等でわかりやすく解説。
 美しい景色とウンチク満載の異色の歴史紀行!
 発売元の特設サイトはこちらです。

 * 8月6日付『東京新聞』「この人」欄で、内藤が『リオデジャネイロ歴史紀行』の著者として取り上げられました!

       リオデジャネイロ歴史紀行(東京新聞)


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