内藤陽介 Yosuke NAITO
http://yosukenaito.blog40.fc2.com/
World Wide Weblog
 米空母レキシントン発見
2018-03-07 Wed 01:30
 米マイクロソフトの共同創業者ポール・アレン氏が率いる探査チームは、5日(米国時間・日本時間6日)、オーストラリア東沖の海底で、太平洋戦争初期に旧日本軍との海戦で沈没した米空母“レキシントン”の船体を発見したと発表しました。というわけで、きょうはこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      軍事郵便絵葉書・レキシントン撃沈

 これは、先の大戦中の日本の軍事郵便用絵葉書のうち、村上松次郎の“米航母レキシントン號撃沈”を取り上げた1枚です。村上は、1897年、東京生まれ。竹内鶴之助に師事して洋画を学び、戦艦などの海洋画を数多く残しました。戦後は『キンダーブック』などで活動し、1962年に亡くなりました。

 レキシントンは、もともと巡洋戦艦(CC-1)として1921年1月8日にマサチューセッツ州クインシーのフォアリバー造船株式会社によって起工されました。しかし、ワシントン海軍軍縮条約に基づき、巡洋戦艦としての工事は中止され、1922年7月1日に航空母艦(CV-2)に艦種変更され、1925年10月3日に進水。1927年12月14日に就役し、米太平洋艦隊に配属されました。全長270mは同型艦のサラトガ(CV-3)と並び、完成当時世界最大の空母で、“レディ・レックス”の愛称で呼ばれています。

 真珠湾攻撃のあった1941年12月7日(米国時間)、レキシントンは海兵隊の航空機を真珠湾からミッドウェイへ輸送中であったため攻撃を逃れ、12月13日、真珠湾に帰港しました。

 1942年1月11日、レキシントンは真珠湾を出撃してニューブリテン島ラバウルの攻撃へ向かったものの、日本軍機の攻撃を受けてラバウル攻撃を断念。3月10日にはオーエンスタンレー山脈を超えてサラモアとラエを攻撃し、同26日、真珠湾に帰投しています。

 1942年の珊瑚海海戦では、5月7日、ヨークタウンの攻撃隊とともに日本の空母祥鳳を撃沈。翌8日には空母翔鶴も撃沈しましたが、日本軍機の攻撃を受けて火災が発生。一旦は鎮火に成功したものの、艦内に気化・充満した航空用ガソリンが引火して爆発が発生し、自力航行が不可能となって漂流を始めたため、総員退去命令の後、駆逐艦フェルプスによって自沈処分されました。


★★ NHKラジオ第1放送 “切手でひも解く世界の歴史” 次回は8日!★★

 3月8日(木)16:05~  NHKラジオ第1放送で、内藤が出演する「切手でひも解く世界の歴史」の第17回(最終回)が放送予定です。今回は、平昌パラリンピックの開幕前日の放送ということで、パラリンピックの切手についてお話する予定です。なお、番組の詳細はこちらをご覧ください。

  
★★★ 世界切手展< THAILAND 2018>作品募集中! ★★★

 本年(2018年)11月28日から12月3日まで、タイ・バンコクのサイアム・パラゴンで世界切手展<THAILAND 2018>が開催される予定です。同展の日本コミッショナーは、不肖・内藤がお引き受けすることになりました。

 現在、出品作品を3月12日(必着)で募集しておりますので、ご興味がおありの方は、ぜひ、こちらをご覧ください。ふるってのご応募を、お待ちしております。


★★ 内藤陽介の最新刊 『パレスチナ現代史 岩のドームの郵便学』 ★★

      パレスチナ現代史・表紙 本体2500円+税

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 謹賀新年
2018-01-01 Mon 02:11
      ごごラジ・冩眞

      1938年の年賀状(ラジオ)

 あけましておめでとうございます。

 旧年中は郵便学者・内藤陽介の活動にご支援・ご協力を賜り、誠にありがとうございました。本年もよろしくお付き合いください。

 昨年は、なんといっても4月からNHKラジオ第1放送で隔週木曜日のレギュラー番組「切手でひも解く世界の歴史」を始めたことで、活動の幅が大きく広がりました。今年も1月11日には、年明け最初の放送が予定されておりますので、引き続き、お付き合いいただけると幸いです。なお、冒頭の写真は、年末の放送時にスタジオでスタッフの方に撮影していただいたもので、その下には、ラジオで「おめでたうございます」とアナウンスする少女の絵葉書(いまから80年前、1938年のものです)を置いてみました。(画像はクリックで拡大されます)

 また、昨年(2017年)も、多くの皆様のお力添えで、7月の全日本切手展を、無事、盛況のうち終了することができました。まずはこの点につきまして、この場をお借りして、あらためてお礼申し上げます。

 現在、僕が実行委員長を仰せつかっている全日本切手展実行委員会(公財・通信文化協会、一社・全日本郵趣連合等で構成)では、本年(2017)年7月20-22日(金-日)の3日間、昨年と同じ東京・錦糸町のすみだ産業会館を会場として全日本切手展を開催すべく、準備を進めております。競争出品作品の募集要項・特別規則など(大筋では前年までと変わりませんが、部分的に修正する箇所もございます)が正式に確定しましたら、『全日本郵趣』誌上等で発表する予定ですので、今しばらくのご猶予をお願いいたします。つきましては、本年も、皆様のご支援・ご協力をいただけると幸甚に存じます。

 切手展ということでいえば、ことしは、5月にイスラエル・エルサレムで世界展、8月にはチェコ・プラハで世界展、9月にマカオでアジア展、11-12月にタイ・バンコクで世界展が予定されております。現時点では、エルサレム展とバンコク展でのコミッショナーをお引き受けすることが決まっていますが、ほかの二つの展覧会についましても、何らかの形で参加するつもりです。皆様にはいろいろお世話になるかと思われますが、よろしくお願いいたします。

 一方、本業の文筆活動ですが、チェ・ゲヴァラに関する書籍を今春刊行すべく、現在、作業を進めています。ゲヴァラに関しては、昨年が没後50年ということで、NHKラジオ第1放送の「切手でひも解く世界の歴史」やインターネット配信の「チャンネルくらら」で、少しまとまったお話をしたのですが、これが思いのほか好評で、急遽、昨年末、今年6月の生誕90年を前に書籍の刊行が決まりました。正式なタイトルや刊行日など、詳細が決まりましたら、このブログでもご案内いたしますので、よろしくお願いします。

 このほかにも、書籍に関しては漠然とした企画のアイディアがいくつかありますので、『パレスチナ現代史 岩のドームの郵便学』1冊しか自著を刊行できずに終わった昨年の分を取り戻すべく、必死になってやっていかねばなりません。

 なお、今年は年初からスタートの新連載はないのですが、「泰国郵便学」(『タイ国情報』)、「切手に見るソウルと韓国」(『東洋経済日報』)、「小さな世界のお菓子たち」(『Shall we Lotte』)、「切手歳時記」(『通信文化』)、「世界の国々」(『世界の切手コレクション』)、「日本切手誕生のエピソード」 (『キュリオマガジン』)、「スプートニクとガガーリンの闇」 (『本のメルマガ』)の各連載は、今年も継続いたしますので、引き続き、ご贔屓いただけると幸いです。

 物書きとしては、原則として、365日24時間営業で動いている僕ですが、公の場で皆様にお目にかかる仕事としては、1月4日のチャンネルくららでの「楽しく学ぼう! シリア現代史」の配信が最初の機会となります。

 つきましては、本年も引き続き皆様よりのご支援・ご協力を賜りますよう、お願い申し上げます。

 内藤陽介拝


★★ NHKラジオ第1放送 “切手でひも解く世界の歴史” ★★

  12月28日(木)に放送の「切手でひも解く世界の歴史」第13回は無事に終了しました。お聞きいただいた皆様、ありがとうございました。次回の放送は、年明け1月11日(木)16:05~の予定です。引き続き、よろしくお願いいたします。
 
 なお、12月28日放送分につきましては、1月4日(木)19:00まで、こちらの“聴き逃し”サービスでお聴きいただけますので、ぜひご利用ください。


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 全日展、本日最終日です!
2017-07-17 Mon 06:36
 はやいもので、15日から、東京・錦糸町のすみだ産業会館で開催中の全日本切手展2017(以下、全日展)は本日が最終日となりました。今回は、特別展示の菊切手、併催のオーストラリア切手展とともに、乃木2銭切手発行80周年にちなみ、郵政博物館のご協力も得て、乃木2銭切手の特別展示も行っています。というわけで、きょうはその展示の中から、こんなモノをご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

      乃木2銭原画  1次昭和・乃木2銭

 左は、今回の全一店会場に展示している乃木2銭切手の原画で、郵政博物館の所蔵品です。実際に発行された切手は右側のように紅赤色で、原画の色合いは、むしろ、東郷4銭の切手に近い雰囲気です。

 1935年7月、逓信省は、1912年以来使われてきた田沢型切手がオールドファッションになっていたことを踏まえ、1936年中をめどに、風景や人物などを題材とする新切手を発行する方針を決定します。しかし、そのための実務作業は遅れ、“改正郵便切手圖案審査委員会”の第1回会合が開催されたのは、1937年3月27日のことでした。すでに、4日後の4月1日から、郵便料金が改正され、書状の基本料金が3銭から4銭に、葉書料金が1銭5厘から2銭に、それぞれ値上げされることが決まっていたため、委員会では、まず、2銭・4銭切手ならびに新額面の葉書の印面の図案の審議が行われました。

 会議の席上、郵務局長から、4銭切手の図案は東郷元帥、2銭切手の図案は乃木大将、葉書の印面は楠公銅像とする方針が説明され、討議が行われました。その際、東郷元帥の肖像については、出席した委員からいろいろとクレームが出たものの、乃木大将の肖像については、殉死当日の写真を使用することですんなりと決定しています。

 切手のデザインは、当時のドイツの通常切手(大統領ヒンデンブルクの肖像が描かれていました)にならい白線彫刻で肖像を表現したもので、1945年まで発行・使用が続けられました。初期の切手は紅赤色に白線がくっきりと浮かび上がる美しい切手でしたが、太平洋戦争の開戦後は次第に切手の品質も劣化し、末期には、肖像がほとんど潰れてしまった幽霊のような切手も出回っています。

 さて、今回の全日展の特別展示では、“乃木バカ”の愛称で親しまれている児玉博昭さんの専門コレクションと、郵政博物館所蔵資料として、今回ご紹介の原画、プラハ万博に出品された原版刷、乃木2銭切手の最大の稀品とされる朱色の単線12目打のシートを展示しております。乃木2銭切手の展示としては、質量ともに空前絶後の規模になったと自負しておりますので、ぜひ、この機会をお見逃しなく、会場にてご覧いただけると幸いです。

 * 昨日の内藤の展示解説は、無事、盛況のうちに終了いたしました。ご参加いただきました皆様には、この場をお借りして、あらためてお礼申し上げます。


 ★★★ 全日本切手展のご案内  ★★★ 

 7月15-17日(土ー月・祝) 東京・錦糸町のすみだ産業会館で全日本切手展(全日展)ならびにオーストラリア切手展が開催されます。詳細は、主催団体の一つである全日本郵趣連合のサイトのほか、全日本切手展のフェイスブック・サイト(どなたでもご覧になれます)にて、随時、情報をアップしていきますので、よろしくお願いいたします。

      全日展2017ポスター

 *画像は全日展実行委員会が制作したチラシです。クリックで拡大してご覧ください。

 ことしは、香港“返還”20周年ということで、内藤も昨年(2016年)、ニューヨークの世界切手展<NEW YORK 2016>で金賞を受賞した“A History of Hong Kong(香港の歴史)”をチャンピオンクラスに出品します。よろしかったら、ぜひ会場にてご覧ください。


 ★★★ 内藤陽介 『朝鮮戦争』(えにし書房) 重版出来! ★★★ 

      朝鮮戦争表紙(実物からスキャン) 本体2000円+税

 【出版元より】
 「韓国/北朝鮮」の出発点を正しく知る!
 日本からの解放と、それに連なる朝鮮戦争の苦難の道のりを知らずして、隣国との関係改善はあり得ない。ハングルに訳された韓国現代史の著作もある著者が、日本の敗戦と朝鮮戦争の勃発から休戦までの経緯をポスタルメディア(郵便資料)という独自の切り口から詳細に解説。解放後も日本統治時代の切手や葉書が使われた郵便事情の実態、軍事郵便、北朝鮮のトホホ切手、記念切手発行の裏事情などがむしろ雄弁に歴史を物語る。退屈な通史より面白く、わかりやすい内容でありながら、朝鮮戦争の基本図書ともなりうる充実の内容。

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 “封筒の日”制定
2017-02-10 Fri 15:59
 封筒・手提袋など紙製品メーカー (株)ムトウユニパックが、封(=2)筒(=10)の語呂合わせで、今年(2017年)から2月10日を“封筒の日”とし、一般社団法人日本記念日協会の認定を受けたそうです。というわけで、きょうは封筒を描いた切手の中からこの1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

      万国郵便連合加盟50年(6銭)

 これは、1927年6月20日に発行された“万国郵便連合加盟50年”の記念切手のうち、世界地図を背景に手紙を運ぶハトが描かれています。日本の切手に封筒が描かれたのはこれが最初ですが、世界的に見ると、1845年に発行された“バーゼルのハト”が封筒を描く最初の切手となります。

 1840年に英国が世界最初の切手を発行して以来、切手を用いる近代郵便制度は急速に全世界へと拡大。当初、国境を越えた郵便物のやり取りに関しては、それぞれの国がさまざまな国との間で二国間条約を結んで処理していましたが、各国ごとに郵便物の重量についての制限や段階などが異なっていたほか、条約ごとに料金体系もさまざまでした。このため、一口に外国郵便といっても、宛先によって料金や手続きがまちまちで、利用者や郵政の現場では、さまざまな不便・不都合がありました。

 こうした不便を解決すべく、1862年、米国の郵政長官・ブレアは、世界共通の国際郵便条約締結を目指し、国際会議の開催を提案。これを受けて、1863年、英仏をはじめ14ヶ国の代表がパリに集まり、重量や料金の統一などについて討議し、31ヶ条からなる一般原則を採択しました。

 こうした流れを受けて、1868年、北ドイツ連邦の郵政長官・シュテファンが国際郵便条約の草案を発表します。

 19世紀初頭のナポレオン戦争以降、いわゆるウィーン体制下のドイツ圏では、オーストリア主導の下、35の領邦(地方君主国)と4の自由都市の緩やかな連合としてドイツ連邦が構成されていました。その後、このドイツ連邦内の主導権をめぐり、プロイセンとオーストリアが対立し、1866年6月、プロイセンはドイツ連邦からの離脱を宣言し、オーストリアに対して宣戦を布告しました。これが、いわゆる普墺戦争です。

 この戦争に勝利を収めたプロイセンは、ドイツ連邦を解散し、マイン川以北の領邦との間で新連邦を形成。シュレスヴィヒ・ホルシュタイン両公国、ハノーヴァー王国、ヘッセン選帝侯国、自由都市フランクフルト・アム・マインはプロイセン領とされました。こうして、1867年、プロイセンを盟主として、22の領邦の連合体による北ドイツ連邦が成立。これを母体に、1871年に誕生したのがドイツ帝国です。

 ドイツ統一以前の領邦国家の中には独自の切手を発行している国も多く、領邦間の郵便交換の調整は深刻な問題で、シュテファンが外国郵便の簡素化を各国に提唱したのも、多数の領邦国家を抱えるドイツとして、大いに不便を感じていたという事情もありました。

 さて、シュテファンの提案は、ドイツ統一後の1874年、スイスの召集により開催された郵便大会議において討議され、会議最終日の10月9日、「一般郵便連合の創立に関する条約」が調印されます。この条約は1875年7月1日から施行され、以後、一般郵便連合加盟国の間で交換される郵便物は均一料金となり、現在の国際郵便網の原型ができあがりました。

 一方、わが国では1871年に近代郵便が創業され、その郵便網は急速に整備されていきます。当初、日本郵政は外国宛の郵便物を取り扱うことはできず、開港地に置かれた米仏の郵便局を頼らざるを得ませんでしたが、1873年8月、日米間で皇米郵便交換条約が締結され、1875年1月1日以降、米国の仲介を頼ったとはいえ、日本の郵政は外国宛の郵便物の取り扱いを開始しました。

 こうした実績を踏まえ、1877年、わが国は一般郵便連合への加盟が認められ、郵便に関しては欧米諸国と対等の地位を獲得します。

 ちなみに、わが国は同連合創立以来、28番目の加盟国ですが、普仏戦争の影響から、フランスでさえ同連合に加盟したのは、日本の加盟前年の1876年のことでしたから、当時の日本の総合的な国力に比して、日本の国家郵政に対する国際社会の評価は極めて高かったといってよいでしょう。

 なお、一般郵便連合は1878年のパリ会議で万国郵便連合と改称されました。そして、1945年6月の国連憲章調印により、国連の専門機関となり、今日にいたっています。


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 安倍首相、真珠湾訪問
2016-12-28 Wed 12:09
 ハワイ訪問中の安倍晋三首相は、けさ(現地時間27日午前)、米国のオバマ大統領と共に日米開戦の発端地となった真珠湾を訪問し、慰霊の献花を行いました。戦後、日本の首相による真珠湾訪問は4人目、現職の米大統領とともに献花するのは初めてです。というわけで、きょうはこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      真珠湾攻撃(吉岡堅二)

 これは、1943年12月8日に発行された“大東亜戦争記念報国葉書”のうち、吉岡堅二の戦争画「ハワイ眞珠灣強襲」を取り上げた1枚です。“大東亜戦争記念報国葉書”は、額面2銭の葉書を3種セット30銭で販売したもので、このうちの10銭が国防献金となっています。

 「ハワイ眞珠灣強襲」の作者、吉岡堅二は、1906年、東京市本郷区に日本画家・吉岡華堂の次男として生まれました。

 11歳の時に父を亡くし、当初は彫刻家を志したものの、画家に転じて、父と寺崎広業門で同門であった野田九浦の居仁洞画塾に入門して日本画の修業を積み、1912年に帝展初入選。1930年には帝展特選となりました。翌1931年の第1回独立美術協会展でのフォーヴ的な傾向に大きな刺激を受けて日本画の革新へと大きく転回し、1934年、福田豊四郎らと美術人社を結成。若手作家らによる昭和の日本画革新運動の中心的作家の一人として活躍しました。

 1937年に支那事変(日中戦争)が始まると、翌1938年9月から1939年1月まで、従軍画家として、大連-奉天-新京-哈爾賓-吉林-斉々哈爾-洮南-奉天-承徳(熱河)-北京-天津-済南-青島-上海-九江-安慶-蕪湖-南京-蘇州-上海-大連の順に各地を回り、この間、大連および新京の商工会議所で福田豊四郎との2人展開催しています。

 帰国後の1939年、日本大学芸術科学園美術科の日本画講師に就任し、中国での体験をもとに、同年4月の第五回煌土社展に「駱駝」、「雲崗石窟(素描)」、「雲崗石仏(素描)」、「閘北戦趾(素描)」を出品。また、同年、陸軍美術協会が設立されるとこれに参加し、7月に開催の聖戦美術展(陸軍美術協会、朝日新聞社共催)の審査員として、油彩画「爆撃用意」を出品しました。

 1941年に大日本航空美術協会(会長:堀丈夫中将)が結成されると、発起人としてこれに参加。同年7月の第2回聖戦美術展で審査員をつとめ、「雨中急迫」、「マレーの敵軍航空基地爆撃」を出品したほか、9月には第1回航空美術展の審査員をつとめ「群像」を出品。さらに、開戦直前の10-11月にはハノイ、サイゴン、ユエ、ハイフォンで開催された仏印巡回日本絵画展に「芙蓉」を出品しています。

 大東亜戦争開戦後は、1942年3月に東京・日本橋の三越百貨店で開催された日本画家報国会主催軍用機献納作品展に「雉子」を出品したほか、同年5-8月には陸軍作戦記録画制作のためジャワに派遣され、この間、小磯良平から油彩画の手ほどきを受けています。また、1944年12月からは台湾経由でマニラに派遣され、1945年2月3日の米軍のマニラ進入直前まで現地で調査・取材を続けました。

 この間、吉岡が現地体験を活かして制作した戦争絵画としては、「カリジャティ西方の爆撃」(1942年12月・第1回大東亜戦争美術展)、「猛追」(1943年・陸軍美術展)、「蘭印軍兵器参考図」(1943年・第6回新美術人協会展)、「小田軍曹機の体当り敢行よく船団を救う」(1944年・陸軍美術展)、「ブラカンマティ要塞の爆撃」(1944年・文部省主催戦時特別美術展覧会)、「(昭和19年度陸軍作戦記録画)高千穂降下部隊レイテ敵飛行場を攻撃す」(1945年・戦争記録画展)などがあります。

 また、1939-44年に靖国神社の春・秋の大祭ごとに制作した『靖国の絵巻』にも、「 峻嶮難行(ニューギニア) 南政善」(1943年春)、「敵拠点を衝く(ニューギニア)」(同)、「陸鷲のダーウイン初爆撃」(1943年秋)、「北千島に敵の反攻粉砕」(1944年春)、「印度洋上死の船団掩護」(1944年秋)等が収められています。

 しかしながら、今回ご紹介の葉書に取り上げられた「ハワイ真珠湾強襲」は、彼の業績としてリストに挙げられることはほとんどありません。純粋に、絵画としての完成度としては、上述の作品に比べると劣るということなのかもしれませんが、我々収集家としては、ちょっと残念ですな。

 さて、戦後の吉岡は、1948年に福田豊四郎、山本丘人、上村松篁らと反官展を表明する創造美術を設立。1959年には東京芸術大学教授に就任し、1971年、日本芸術院賞を受賞。また戦前期の法隆寺金堂壁画模写事業および戦後の壁画再現事業にも従事しました。1990年没。

 戦後の代表作としては「楽苑」(1950年・第3回創造美術展 芸能選奨文部大臣賞)、「鳥碑」(1970年・第34回新制作展 日本芸術院賞)などがあります。なお、吉岡は、魚介シリーズの「うなぎ」の原画も制作していますが、今回ご紹介の絵葉書の「ハワイ眞珠灣強襲」と「うなぎ」の作者が同一人物だったとは、言われないと気付かない人も多いかもしれません。


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 * 8月6日付『東京新聞』「この人」欄で、内藤が『リオデジャネイロ歴史紀行』の著者として取り上げられました!

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 明治神宮の切手
2016-11-03 Thu 11:17
 きょう(3日)は旧明治節(明治天皇の誕生日で1947年までの祝日)です。というわけで、ストレートにこの1枚を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      明治神宮・1次昭和8銭

 これは、1939年8月11日に発行された明治神宮を描く8銭の普通切手です。切手は、1936年3月27日に撮影された写真をもとに木村勝が原画を作成したもので、神宮正面中央内側から拝殿が描かれています。当初、8銭切手の題材としては、日光東照宮陽明門が予定されていましたが、最終的に、陽明門は10銭切手の題材となり、8銭切手には明治神宮が取り上げられることになりました。

 明治天皇の遺徳を偲ぶため、天皇と皇后(昭憲皇太后)を祭神として祀る明治神宮の造営工事は1916年から始まり、全国から延べ10万人もの青年団が奉仕して1920年に完成となりました。

 社殿の建築様式は流造とよばれるもので、神明造の屋根に反りを付し、その前流れを長くしたもの。平安時代に発展した様式で、京都の下鴨神社がその典型です。なお、神社といえばつきものの狛犬ですが、明治神宮は古い形式の神社を踏襲しているため、狛犬は参道にではなく、内陣(本殿の最も奥、御神体あるいは御霊代を奉安する場所)に置かれています。

 神宮の造営以前、周囲は現在の御苑一帯を除いては畑がほとんどで、荒れ地のような景観が続いていたそうです。造成工事が始まると、日本全国はもとより、植民地の樺太(現サハリン)や台湾、満洲(中国東北部)、朝鮮などからも境内に植えるための樹木が奉納されました。その数は、実に365種類10万本。こうして、もともとは人工林として出発した“神宮の森”でしたが、その後、東京の気候にあわない樹木が枯れるなどして、ほぼ自然林に近い状態となり、現在は247種類17万本の緑が生い茂っています。


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 11月17日(木) 10:30-12:00 
 毎日文化センターにて、1日講座、ユダヤとアメリカをやりますので、よろしくお願いします。(詳細は講座名をクリックしてご覧ください) 
  

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 * 8月6日付『東京新聞』「この人」欄で、内藤が『リオデジャネイロ歴史紀行』の著者として取り上げられました!

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 建国記念の日
2016-02-11 Thu 10:11
 きょう(11日)は建国記念の日です。というわけで、ストレートにこの切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      橿原神宮

 これは、1940年11月10日に発行された「紀元2600年」の記念切手のうち、橿原神宮を描く20銭切手です。

 橿原神宮は、神武天皇とその皇后(媛蹈鞴五十鈴媛命)を祭神とする神社で、神武天皇の皇居であった畝傍橿原宮があったといわれる畝傍山(奈良県)のふもとにあります。ただし、切手に描かれた社は古代からこの地に存在していたわけではなく、1890年、紀元2550年の記念事業の一環として、京都御所内の内侍所と神嘉殿を移築して創建されたものです。したがって、歴史的な文化財というよりも、多くの宗教美術・建築などと同様に、記紀神話の世界観を可視化するための建造物とみるのが妥当でしょう。

 さて、以前の記事にも書きましたが、天孫降臨や神武東征などの記紀神話は、それがそのまま歴史的事実であるとは考えられません。ただし、そういうレベルでいえば、『聖書』の記述にも歴史的事実としては認めがたい部分が多々あるわけで、欧米のキリスト教世界で(信じるか信じないかは別の問題として)『聖書』の物語をたしなみとして国民に教えているのであれば、わが国でも民族の物語=神話としての記紀神話を日本人の大半が常識として共有しているのが本来の姿だと僕は思います。

 したがって、僕に言わせれば、歴史の授業ではなく、国語の授業でこそ、小学生のうちから徹底的に記紀神話を教え込むべきだと思うのですが、そういうことを言うと、左巻きの人たちは「戦前の皇国史観が大日本帝国の侵略戦争を支える役割を果たした」などと主張して反対するんでしょうな。困ったものです。

 
 ★★★ 講座のご案内 ★★★

 3月8日(火)から、毎月第2火曜の19時より、東京・竹橋の毎日文化センターで新講座「宗教で読む国際ニュース」がスタートします。都心で平日夜のコースですので、ぜひ、お勤め帰りに遊びに来てください。詳細は、こちらをご覧いただけると幸いです。


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 世界最初の切手
 欲しくないですか/知りたくないですか

 世界最初の切手“ペニー・ブラック”…名前は聞いたことがあっても、詳しくは知らないという収集家も多いはず。本書はペニー・ブラックとその背景にある歴史物語を豊富なビジュアル図版でわかりやすく解説。これからペニー・ブラックを手に入れたい人向けに、入手のポイントなどを説明した収集ガイドもついた充実の内容です。

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 インターネット放送「チャンネルくらら」にて、本書の内容をご紹介しております。よろしかったら、こちらをクリックしたご覧ください。


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 明治天皇を祀った神社
2015-11-03 Tue 22:52
 きょう(3日)は旧明治節(明治天皇の誕生日で1947年までの祝日)です。というわけで、明治天皇を祀った神社の切手の中から、この1枚を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      関東神宮鎮座

 これは、1944年10月1日に発行された“関東神宮鎮座”の記念切手です。

 日露戦争の結果、日本の租借地となった関東州(遼島半島の普蘭店北方の長陽寺会付近から貔子窩東方の碧流河付近にいたる線より南の、旅順・大連を中心とした地域)では、1936年9月1日、日本の統治下に入ってから30周年を迎えたことから、その記念事業の一環として、旅順港と日露戦争の戦跡を見下ろす約30万坪の土地に天照大神と明治天皇をご祭神とする“関東神宮”を創建することが企画されました。

 その後、企画から8年の歳月をかけて、1944年10月1日、関東神宮は鎮座祭にこぎつけ、それにあわせて、関東神宮の本殿と関東州の地図を組み合わせた記念切手が発行されました。なお、この切手は、大日本帝国の郵便事業を管轄していた通信院(戦時下の行政機構簡素化で、1943年、逓信省は通信院に改組)によって発行されましたが、その実態としては、関東州サイドが企画・発売を全面的に取り仕切っていたほか、発売も関東州の域内に限られていました。

 なお、関東神宮は1945年の日本の敗戦により廃社とされたため、関東神宮で“明治節”が祝われたのは、1944年の1度のみに終わっています。

 ちなみに、このあたりの事情については、拙著『皇室切手』でもいろいろご説明しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。
 
* けさ、アクセスカウンターが158万PVを超えました。いつも閲覧していただいている皆様には、あらためてお礼申し上げます。
 

 ★★★ イベントのご案内 ★★★ 

 ・11月7日(土) 09:30- 切手市場
 於 東京・日本橋富沢町8番地 綿商会館
 詳細は主催者HPをご覧ください。新作の『アウシュヴィッツの手紙』ならびに『ペニー・ブラック物語』を中心に、拙著を担いで行商に行きます。 会場ならではの特典もご用意しております。ぜひ遊びに来てください。

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       ペニーブラック表紙 2350円+税

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 【出版元より】
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 11月11日刊行予定ですが、現在、版元ドットコムamazonhontoネットストア新刊.netの各ネット書店で予約受付中ですので、よろしくお願いします。

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 世界母乳の日
2015-08-01 Sat 22:53
 きょう(1日)は、“世界母乳の日”です。というわけで、授乳の場面を描いたマテリアルの中から、こんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      別れの乳房

 これは、日中戦争(支那事変)中の1939年に日本赤十字社が作った絵葉書に、同年発行の赤十字条約成立75周年の記念切手を貼り、特印を押した記念品です。絵葉書に取り上げられているのは、出征前にわが子に最後の授乳をする従軍看護婦を描いた洋画家の中澤弘光の作品「別れの乳房」です。

 1890年4月から学生の受け入れを開始した日本赤十字社看護婦養成所は、卒業生に対して、卒業後、20年間(後に15年、さらに12年に短縮)は応招義務を負うものとしていました。このため、彼女たちは、平時には日赤病院その他に勤務し、戦時招集状が届けば戦地に向かうのが大原則で、それゆえ、この絵葉書に描かれているように、夫や子供を残して戦地に向かうというケースもありました。

 ちなみに、満洲事変以降の昭和の戦争において出動した従軍看護婦は、日赤出身者だけで960班(一班は婦長1名、看護婦10名が標準)、延べ3万5000名に上っており、うち1120名が戦没しています。


 ★★★ 内藤陽介の最新刊  『日の本切手 美女かるた』  好評発売中! ★★★ 

        税込2160円

 4月8日付の『夕刊フジ』に書評が掲載されました!

 【出版元より】
 “日の本”の切手は美女揃い!
  ページをめくれば日本切手48人の美女たちがお目見え!
 <解説・戦後記念切手>全8巻の完成から5年。その著者・内藤陽介が、こんどは記念切手の枠にとらわれず、日本切手と“美女”の関係を縦横無尽に読み解くコラム集です。切手を“かるた”になぞらえ、いろは48文字のそれぞれで始まる48本を収録。様々なジャンルの美女切手を取り上げています。

 出版元のサイトはこちら、内容のサンプルはこちらでご覧になれます。ネット書店でのご購入は、アマゾンboox storee-honhontoYASASIA紀伊國屋書店セブンネットブックサービス丸善&ジュンク堂ヨドバシcom.楽天ブックスをご利用ください。


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 ロイヤル・ダッチ・シェルの精油所
2015-07-31 Fri 10:11
 石油元売り国内2位の出光興産と同5位の昭和シェル石油は、きのう(30日)、経営統合することで基本合意し、まず出光が昭シェル親会社の英蘭ロイヤル・ダッチ・シェルから33.3%の株を取得し、2016年をめどに統合をめざすことを発表しました。というわけで、きょうはロイヤル・ダッチ・シェルに絡んでこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      パレンバン精油所襲撃絵葉書

 これは、日本軍の落下傘部隊がスマトラ島パレンバンにあったロイヤル・ダッチ・シェルの精油所を攻撃する場面を取り上げた絵葉書です。

 第二次大戦以前のオランダ領東インド(現インドネシア。以下、蘭印)の石油生産は、ロイヤル・ダッチ・シェル(実務を担当したのは子会社のバターフセ石油会社=BPM)、米国スタンダード・オイル社系のスタンダード・ヴァキューム石油会社(スタンバック)、オランダ太平洋石油会社(NPPM、現カルテックス)の3社体制で、3社による蘭印全体での石油の総生産量は年間800万トン。そのうち、パレンバン周辺地区での産出量は300万トンでした。ちなみに、当時のわが国の石油の年所要量は約500万トンです。
 
 さて、1940年以降、日米関係が悪化する中で、米国による対日資産の凍結(1941年6月)、石油の対日禁輸措置(同8月)などで追い詰められた日本は、石油を確保するため、蘭印、特にパレンバンの石油を確保するための南方作戦を立案。日米交渉の決裂により、1941年12月、いわゆる太平洋戦争(大東亜戦争)の勃発となります。

 ところで、パレンバンの市街地はムシ川の両岸に広がっており、河口からは約100キロの地点にあります。このため、河口から遡上して市内に上陸しようとすると、その間に、オランダ側は油田設備を破壊してしまう可能性がありました。そこで、日本の帝国陸軍は空挺部隊を用いて飛行場を制圧し、あわせて油田と精油所を奇襲攻撃して電撃的に占領するというプランを立てます。

 かくして、1942年2月14日、第1挺団が、陥落直前のシンガポールからたなびく黒煙で視界不良の中、パレンバンの油田・製油所と飛行場に対して落下傘で降下。翌15日午後には、第2悌団がパレンバン市街地南側の湿地に降下し、パレンバン市全域を占領し、肝心の油田と精油所もほぼ無傷で確保することに成功しました。これが、いわゆる“空の神兵”で、戦時歌謡や渡辺義美監督の映画の題名になったほか、数多くの戦争絵画にも取り上げられ、さらにその一部は、今回ご紹介の絵葉書などにも転用されています。

 ちなみに、“神兵”たちが降り立ったロイヤル・ダッチ・シェルの製油所は、現在、インドネシアの国有石油関連企業、プルタミナのプラージュ精油所となっています。2012年、僕は“神兵”の故地を見ようと精油所を訪ねて見学させてもらいました。敷地内は撮影禁止の場所も多かったのですが、下のような写真は撮ることができました。

       パレンバン・精油所風景

 なお、この時のレポートについては、拙著『蘭印戦跡紀行』でも1章を設けておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。
      

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