内藤陽介 Yosuke NAITO
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 羅刹の王
2017-02-03 Fri 10:32
 きょう(3日)は節分です。というわけで、例年どおり、鬼に関連する切手の中から、この1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

      インド・ラーヴァナ

 これは、1974年にインドで発行された仮面の切手のうち、鬼神・ラークシャサ(羅刹)の王、ラーヴァナの面を取り上げた1枚です。

 ラーヴァナは『ラーマーヤナ』に登場するラークシャサの王で、10の頭、20の腕と銅色の目、月のように輝く歯と山のような巨体を持つとされています。

 ラークシャサの一族は、かつてランカー島に住んでいましたが、その傲慢さと悪行のゆえに島を追われました。ラーヴァナは一族の再興を目指して、千年の間、10の頭を1つずつ切り落として火にくべるという荒行に励み、最後の1つを切ろうとしたとき、ブラフマー神に認められ、「神仏に負けない」という絶大な特権を得ます。また、シヴァ神の住むカイラス山を揺らして罰せられたラーヴァナは、シヴァに許された際、“月の派”を意味する剣、チャンドラハースを下賜されます。この二つを持って、ラーヴァナは当時ランカーを治めていたクベーラ神と戦って、空を飛翔する戦車プシュパカ・ラタを奪取し、クヴェーラ神をカイラス山に撤退させ、ランカーを奪取しました。

 その後、ラーヴァナは征服戦争に乗り出し、ラーヴァナ軍はインドラ神をも破って、多くの王や聖仙、半神たちから人妻や娘を奪ってランカーに連れ去りました。

 そこで、神々はヴィシュヌ神に助けを仰だため、ヴィシュヌ神はアヨーディヤーの王子ラーマとして転生し、ラーヴァナを討つことを約束。一方、ラーマによって同族が殺されたことに怒ったラーヴァナは、ダンダカの森でラーマの妃シーターを拉致し、これをきっかけに勃発したラーマとラーヴァナの大戦争の物語が、『ラーマーヤナ』のストーリーの中心となります。


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 ニューデリーの青空
2016-11-07 Mon 11:24
 インドの首都ニューデリーでは、スモッグで視界不良になり、健康被害が懸念されるほどに大気汚染が深刻化したため、デリー首都圏政府のケジリワル首相は、きのう(6日)、ニューデリー市内の学校全校の3日間の休校、建設・解体工事の5日間の禁止等の緊急措置を発表しました。というわけで、今日はこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      インド・独立25年

 これは、1972年にインドで発行された独立25周年の記念切手で、晴天の下、ニューデリーの国会議事堂の前を国旗を掲げて行進する人々が描かれています。来年の独立70周年に同じ構図の記念切手を発行するとしたら、背景の空をグレーにして、人々はマスクをした姿で描くことになるのかもしれません。(本当にそうなったら嫌だけど)

 ムガール帝国の時代、帝国の首都はデリーに置かれていましたが、1858年に大反乱(いわゆるセポイの乱)を鎮圧してインドを制圧した英国はカルカッタ(コルカタ)に行政府を置きました。しかし、カルカッタはインド全体からみると東に偏っていることもあって、旧ムガール帝国の帝都であったデリーこそ英領インド帝国の首都にふさわしいとの声は根強く、ジョージ5世は1911年12月にデリーへの遷都を宣言しました。

 ジョージ5世の宣言を受けて、ムガール帝国時代の首都中心部(現在、オールドデリーと呼ばれている地域)の南側、シャー・ジャハンが建設した地域にあった副王の宮殿に新首都の礎石が置かれ、エドウィン・ラッチェンスとハーバード・ベイカーにより新都の都市計画が立案されました。

 ラッチェンスの立案した都市計画は、第一次世界大戦で戦死した兵士を追悼するためのインド門から総督府(現大統領官邸)まで東西に伸びるラージパト通りを中心に、そこから放射状に街路を伸ばす構造となっており、ラージパト通りと平行にベイカーの設計した国会議事堂など行政機関が配されています。また、放射状の街路のもう一つの焦点であるコンノートプレイスは、商業地区として建設されました。

 今回ご紹介の切手に描かれている国会議事堂は、1921年に着工し、1927年1月18日に完成記念式典が行われました。建物は、アショーカの法輪にちなむ円形で、 議事堂中央のドームは直径29.87m。建物の周囲は、広大な庭園とサーンチーのストゥーパの柵をモデルとした柵で囲われています。

 さて、デリーの大気汚染は、急激な経済発展に環境対策が追い付いていなかったことに加え、この1週間は、ディーワリーを祝う爆竹や花火、パンジャブ、ハリヤナ、ウッタルプラデシュの各州の農家による作物の焼却などの影響が加わって深刻な状況になり、今回の緊急措置となりました。

 今後、事態が改善されなければ、車のナンバープレートの番号が偶数か奇数かで交互に使える日を割り当てる制度を導入するなど、さらなる対策が講じられる可能性があるそうです。いずれにせよ、一日も早く、切手に描かれたような青空が回復してほしいものですね。


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 11月17日(木) 10:30-12:00 
 毎日文化センターにて、1日講座、ユダヤとアメリカをやりますので、よろしくお願いします。(詳細は講座名をクリックしてご覧ください) 
  

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 * 8月6日付『東京新聞』「この人」欄で、内藤が『リオデジャネイロ歴史紀行』の著者として取り上げられました!

       リオデジャネイロ歴史紀行(東京新聞)


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 野生のトラ、100年ぶりに増加
2016-04-11 Mon 23:20
 WWF(世界自然保護基金)は、きのう(10日)、野生のトラの個体数が100年ぶりに増加したことを発表しました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      インド・ジム・コルベット生誕100年

 これは、1976年、インドが発行したジム・コルベット生誕100年の切手で、ベンガルトラが描かれています。

 切手に描かれたベンガルトラはトラの中でも最大級の体格を誇っており、成獣のオスは体長が約3m、体重は約25kg、メスは体長が約2m50cm、体重は約150kgに達します。インド・ネパールなど南アジアの針葉樹林や落葉樹林、湿地、乾燥した森林などに分布しており、メスとその子供以外は単独で生活します。

 20世紀初頭には、野生のベンガルトラは約10万頭が棲息していましたが、開発に伴う棲息地の自然環境の破壊に加え、毛皮や骨(漢方薬で用いられるため、高値で取引されます)を目的とした乱獲により激減し、現在ではワシントン条約の規制対象となっています。

 今回ご紹介の切手発行の名目となったジム・コルベットは、1875年、英領インド帝国のナイニタル(当時はアグラ・アウド連合州、現在はウッタラーカンド州)の生まれました。このため、当初、切手は1975年に発行すべく準備が進められており、切手にも額面数字の下に1975の表示がありますが、実際の切手発行は1976年1月24日にずれ込んでいます。

 さて、コルベットは若い頃、アグラ・アウド連合州政府の依頼を受けて、人間に危害を加えるトラを数多く駆除したことで名を馳せました。しかし、1920年代以降、みずからのカメラで野生のトラの撮影をするようになってから、インドの豊かな自然の価値を再認識し、トラ狩りで得た知識を活かして、野生動物の保護に取り組むようになります。そして、アグラ・アウド連合州猟獣保護協会ならびに全インド野生動物保護会議の設立に尽力したほか、デリー北東200km、サブヒマラヤ帯の標高400-1200mの丘陵地帯に、インド最初の国立公園として“ハイリー国立公園”を創設するうえで指導的な役割を果たしました。1947年にはインドを離れ、1955年、英領ケニアで亡くなりましたが、没後の1957年、インド政府は彼の功績をたたえて、ハイリー国立公園を“ジム・コルベット国立公園”と改称しました。

 さて、WWFによると、1910年から2010年までの100年間に、野生のトラは密猟と自然破壊が主な原因で97%減少。2010年の時点では3200頭にまで落ち込みましたが、インド、ロシア、ネパールなどでの保護活動が実を結び、直近のデータでは3890頭が観測されたというわけです。

 WWFは2022年の寅年までに個体数の倍増を目標としており、今後は、密猟と森林伐採が激しい東南アジアでの保護活動の強化が焦点になるとのこと。タイマレーにはトラの名品切手もあることですし、今後の成果に注目したいところですな。


 ★★★ 講座のご案内 ★★★

 ・よみうりカルチャー荻窪 「宗教と国際政治」
 4月から毎月第1火曜の15:30より、よみうりカルチャー荻窪(読売・日本テレビ文化センター、TEL 03-3392-8891)で講座「宗教と国際政治」がスタートします。ぜひ、遊びに来てください。詳細は、こちらをご覧いただけると幸いです。
 

 ★★★ 内藤陽介の新刊  『ペニー・ブラック物語』 のご案内 ★★★ 

       ペニーブラック表紙 2350円+税

 【出版元より】
 若く美しい女王の横顔に恋しよう!
 世界最初の切手
 欲しくないですか/知りたくないですか

 世界最初の切手“ペニー・ブラック”…名前は聞いたことがあっても、詳しくは知らないという収集家も多いはず。本書はペニー・ブラックとその背景にある歴史物語を豊富なビジュアル図版でわかりやすく解説。これからペニー・ブラックを手に入れたい人向けに、入手のポイントなどを説明した収集ガイドもついた充実の内容です。

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 ★★★ 内藤陽介の新刊  『アウシュヴィッツの手紙』 のご案内 ★★★ 

       アウシュヴィッツの手紙・表紙 2000円+税

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 アウシュヴィッツ強制収容所の実態を、主に収容者の手紙の解析を通して明らかにする郵便学の成果! 手紙以外にも様々なポスタルメディア(郵便資料)から、意外に知られていない収容所の歴史をわかりやすく解説。

 出版元のサイトはこちら。各書店へのリンクもあります。

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 中村屋のボース
2015-12-11 Fri 12:31
 安倍首相は、きょう(11日)から3日間の日程でインドを訪れ、明日(12日)、モディ首相と会談します。日印両国は毎年、首脳が相互に訪問しており、両首脳が個別に会談するのは今回で5回目だそうです。というわけで、日印友好ネタということで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      インド・中村屋のボース

 これは、1967年にインドで発行された“中村屋のボース”ことラス・ビハリ・ボースの切手です。

 ラス・ビハリ・ボースは、1886年、英領インド帝国支配下のベンガルに生まれ、シャンデルナゴル(チャンダンナガル)とコルカタ(カルカッタ)の学校で学んだ後、デヘラードゥーンの森林研究所で事務員となりました。その後、インド国民会議に参加して独立運動に身を投じましたが、チャールズ・ハーディング総督暗殺未遂事件や、1915年のラホール蜂起の首謀者とされたため、日本に亡命しました。

 日本でのラス・ビハリ・ボースは東京を拠点に活動していましたが、来日4ヶ月後、日本政府は英国の要求に応じて国外退去を命じます。このため、彼は新宿中村屋の相馬愛蔵に匿われ、中村屋のアトリエに隠れて過ごしました。その後、日本政府は頭山満や犬養毅、内田良平などの働きかけもあり、国外退去命令を撤回しますが、英国の追及は1918年末まで続き、ラス・ビハリ・ボースは日本各地を転々とせざるを得ませんでした。

 なお、1918年、彼はかねてから恋仲にあった相馬夫妻の娘、俊子と結婚し、1923年には日本に帰化。中村屋が1927年に喫茶部を新設する際、相馬夫妻に本格的なインドカレーを出すよう強く進言し、みすから、同店の名物メニューとなった“純インド式カリー・ライス”の開発にも関わりました。

 その後、日英間の緊張が高まると、“中村屋のボース”は日本政府や軍部とのコネクションもあり、インド国外における独立運動の有力者の1人となります。さらに、1941年12月の日英開戦後、日本が占領したマレーやシンガポールでは、捕虜となった英印軍将兵の中から志願者を募ってインド国民軍が編制され、モーハン・シンがその司令官に就任します。これと前後して、ラス・ビハリ・ボース率いる“印度独立連盟”と、同じくシンガポールやバンコクを拠点に独立運動を行っていた“インド独立連盟”が合流してインド独立連盟が設立され、ラス・ビハリ・ボースは初代議長に就任しています。

 しかし、インド国民軍の司令官に就任したシンにはその地位に見合った能力がなく、軍内は混乱。このため、インド独立連盟はインド国民軍を管轄下に収めて、シンを司令官から罷免して事態を乗り切ろうとしましたが、その過程で、ラス・ビハリ・ボースはすっかり消耗して体調を崩してしまいます。そして、1943年7月4日、シンガポールで開催されたインド独立連盟総会において、ラス・ビハリ・ボースは、インド独立連盟総裁とインド国民軍の指揮権をスバス・チャンドラ・ボースに移譲し、自らはインド独立連盟の名誉総裁となりました。

 その後、ラス・ビハリ・ボースとチャンドラ・ボースは日本政府の援助を受けてシンガポールに自由インド仮政府を樹立。ラス・ビハリ・ボースも、同政府首班のチャンドラ・ボースとともにその指導者の1人となりましたが、1945年1月21日、体調の悪化により日本で客死。日本政府はその死に際し、勲二等旭日重光章を授与してラースの功績を称えました。なお、同年6月の沖縄戦では、長男で陸軍中尉だった防須正秀も戦死しています。


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 印、火星探査機の打上げ成功
2013-11-06 Wed 10:48
 インド宇宙研究機構(ISRO)は、きのう(5日)、南東部チェンナイ近郊にあるサティシュ・ダワン宇宙センターから、同国初の火星探査機を打ち上げに成功しました。これまでに火星探査を成功させたのは米航空宇宙局(NASA)と旧ソ連、欧州宇宙機関(ESA)のみで、今回の探査機が予定通り来年9月には火星の周回軌道に達すれば、アジア初の快挙となります。という訳で、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

       インド最初の人工衛星

 これは、1975年、インド最初の人工衛星アリヤバータの打ち上げ成功を記念してインドが発行した切手です。

 インドの宇宙開発は、1961年、科学技術の発展を重視していたネルー首相が、原子力省を宇宙研究開発の担当と決め、翌1962年に物理学者ヴィクラム・サラバイを長とするインド国立宇宙研究委員会 (INCOSPAR) を立ち上げたことで本格的にスタートしました。

 インドにおけるロケット開発の歴史は古く、19世紀のマイソール戦争(イギリスとインド南部の藩王国マイソールとの戦争)では、マイソール側はロケット花火を使ってイギリスを攻撃。ここからヒントを得たイギリス陸軍が、原初的な形態のロケット・ランチャー(コングリーブ・ロケット)を開発したという歴史もあります。英領インド帝国時代に、シッキム藩王国でロケット・メールが試験的に行われたのも、そうした背景があったためです。

 しかし、独立後のインドの宇宙開発は、弾道ミサイル技術を発展させて宇宙ロケットの技術を獲得するのではなく、当初から、人工衛星の打ち上げを目標としていました。その背景には、開発責任者のサラバイが、NASAの通信・放送衛星に関する研究に参加した経験から、軍用よりも民生用の衛星ロケットの開発に関心を持っていたという事情があったといわれています。

 サラバイは、研究の最初の目標として、放送衛星とその打上機(SLV)の開発を目指し、ケーララ州に設けられたトゥンバ赤道ロケット打上基地(TERLS)では、観測ロケットの打ち上げを繰り返しました。

 サラバイは1971年に亡くなりますが、その4年後の1975年、インド初の人工衛星として打ち上げられたのが、今回ご紹介の切手に取り上げられたアリヤバータです。ちなみに、アリヤバータは、西暦5-6世紀のグプタ朝の時代に活躍した数学者・天文学者で、23歳の時に書いたとされる『アーリヤバティーヤ』は、地動説にたつ宇宙モデルを提示するなど、当時としてはきわめて革新的な内容でした。

 人工衛星のアリヤバータは、X線天文学、超高層大気学、太陽物理学の実験を行うために制作されたもので、制作はインドが独自に行いましたが、1975年4月19日の打ち上げは、インド自前のSLVによってではなく、ソ連によってカプースチン・ヤールからコスモス3Mロケットで打ち上げられました。衛星は、軌道到達の4日後には、電力問題によって実験を中断せざるを得なかったのですが、それでも、インドの宇宙開発史の華々しい成果として、その雄姿は、1976年から1997年まで、2ルピー紙幣の裏面に使用されていました。

 なお、インドが自前のSLVによる衛星の打ち上げに成功したのは1980年のことで、2008年には無人探査機を月の軌道に乗せることに成功しています。今後、インドの宇宙開発計画では、2016年には有人宇宙船の打ち上げを目指すとされており、それが成功した暁には、インド人宇宙飛行士の切手が発行されることはほぼ確実と思われます。


 ★★★ 内藤陽介の最新作 『蘭印戦跡紀行』 好評発売中! ★★★

 『蘭印戦跡紀行』広告

 日本の兵隊さん、本当にいい仕事をしてくれたよ。
 彼女はしわくちゃの手で、給水塔の脚をペチャペチャ叩きながら、そんな風に説明してくれた。(本文より)

 南方占領時代の郵便資料から、蘭印の戦跡が残る都市をめぐる異色の紀行。
 日本との深いつながりを紹介しながら、意外な「日本」を見つける旅。

 出版元特設ページはこちらです。
 
 また、10月17日、東京・新宿の紀伊國屋書店新宿南店で行われた『蘭印戦跡紀行』の刊行記念トークの模様が、YouTubeにアップされました。よろしかったら、こちらをクリックしてご覧ください。


 ★★★  絵葉書と切手でたどる世界遺産歴史散歩  ★★★

 2014年1月11日・18日・2月8日のそれぞれ13:00-15:00、文京学院大学生涯学習センター(東京都文京区)で、「絵葉書と切手でたどる世界遺産歴史散歩」と題する講座をやります。(1月18日は、切手の博物館で開催のミニペックスの解説)

 新たに富士山が登録されて注目を集めるユネスコの世界遺産。 いずれも一度は訪れたい魅力的な場所ばかりですが、実際に旅するのは容易ではありません。そこで、「小さな外交官」とも呼ばれる切手や絵葉書に取り上げられた風景や文化遺産の100年前、50年前の姿と、講師自身が撮影した最近の様子を見比べながら、ちょっと変わった歴史散歩を楽しんでみませんか? 講座を受けるだけで、世界旅行の気分を満喫できることをお約束します。

 詳細はこちら。皆様の御参加を、心よりお待ちしております。


 ★★★ 予算1日2000円のソウル歴史散歩 ★★★   

 毎月1回、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で予算1日2000円のソウル歴史散歩と題する一般向けの教養講座を担当しています。次回開催は12月3日(原則第1火曜日)で、以後、1月7日、2月4日、3月4日に開催の予定です。時間は各回とも13:00~14:30です。講座は途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


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 世界漫郵記:ゴア④
2013-01-29 Tue 10:49
 『キュリオマガジン』2013年2月号が出来上がりました。僕の連載「郵便学者の世界漫郵記 インド西海岸篇」は、前回に引き続き、ゴアの4回目。今回は、第二次大戦中の交換船の寄港地としても知られるモルムガオ港にスポットを当てました。その記事で使ったモノの中から、この切手をご紹介します。(以下、画像はクリックで拡大されます)

        シヴァージー即位300年

 これは、1974年にインドが発行したシヴァージー即位300年の記念切手です。        

 ゴアを支配したポルトガル人が、現在のモルムガオの地に要塞化された港の建設を始めたのは、1624年のことでした。

 ポルトガル以前にこの地を支配していたビジャープルのスルタン(イスラム系の地方君主)は失地回復の機会を虎視眈々と狙っており、しばしばモルムガオに攻撃をしかけました。また、新興勢力のオランダが徐々にポルトガルの覇権を脅かすようになり、1640年から43年にかけて、モルムガオもオランダに占領されています。

 何とか、オランダ軍を追い払ったポルトガル人でしたが、1683年にはヒンドゥーの王を戴くマラーター王国が攻めてきました。

 マラーター王国は、アラビア海に面したインド西部、ムンバイを中心とする現在のマハーラーシュトラ州の地域を拠点として、マラーター族の指導者、チャトラパティ・シヴァージーが1674年に建国した国家(今回ご紹介の切手はそこから起算して300年になるのを記念して発行されました)で、ヒンドゥー教を精神的な支柱として、イスラム王朝のムガル帝国に抵抗していました。

 建国の王、シヴァージーは1680年に亡くなり、後を継いだ息子のサンバージーの猛攻により、1683年にはモルムガオも陥落寸前に追い込まれます。ところが、アウラングゼーブ帝ひきいるムガル帝国の軍勢がマラーター王国に対する攻撃を強めたことから、サンバージーの軍もモルムガオからの撤退し、辛くもポルトガルの支配が維持されることになりました。

 なお、現在のモルムガオの街区は、マラーター王国の脅威が去った後の1685年以降、イエズス会士を中心に建設されたものがベースとなっています。

 さて、「郵便学者の世界漫郵記」ですが、2012年1月号から14回続いたインド・西海岸篇は今回で終了し、次回・2013年3月号からは新たにインドネシア篇がスタートします。引き続きのご愛顧をよろしくお願いいたします。


 【世界切手展BRASILIANA 2013のご案内】

 僕が日本コミッショナーを仰せつかっている世界切手展 <BRASILIANA 2013> の作品募集要項が発表になりました。国内での応募受付は2月1―14日(必着)です。詳細はこちらをご覧ください。


 ★★★★ 内藤陽介の最新刊 ★★★★

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 世界漫郵記:コーチン⑦
2012-09-27 Thu 23:31
 『キュリオマガジン』2012年10月号が出来上がりました。僕の連載「郵便学者の世界漫郵記 インド西海岸篇」は、前回に引き続き、コーチン(コーチ)の7回目です。その記事で使ったモノの中から、こんなモノをもってきてみました。(以下、画像はクリックで拡大されます)

       カターカリ(1975)     カターカリ(実物)

 左の切手は、1975年にインドで発行された古典芸能の切手のうち、カターカリを取り上げた1枚です。右側には、去年、僕がコーチンで実際に見たカターカリの一場面の画像を貼っておきました。

 ケーララの古典舞踊劇として知られるカターカリのルーツは西暦2世紀の寺院の儀式にまでさかのぼるといわれてます。

 すなわち、世界最古の演劇の一つとされる呪術劇のクリヤッタムやクリシュナッタム(ヒンドゥーの神、クリシュナを題材にした舞踏劇)、カラリパヤットという武術の要素が加わり、西暦1500年頃に現在のようなスタイルのものとして確立。藩王をはじめ有力者の庇護を得て発展したものです。

 劇のストーリーはラーマ王子やクリシュナの神話に基づいており、本来は夜通し演じられるものですが、現在では2時間程度に圧縮されたダイジェスト版も演じられています。また、台詞やナレーションなどの言葉に相当する部分は歌で表現されますが、伴奏は打楽器のみというのも特徴のひとつです。

 舞踊劇としてのカターカリでは、ムドラー(指や手の動き)で物語を表現し、顔の筋肉を動かしてナヴァラサ(9種類の感情)を表現。これに、ストーリーとは直接関係なく、純粋にステップや肉体の動きを見せるためのヌリッタ(“純粋舞踊”とも訳される)が組み合わされることで、物語が表現されていきます。

 しかし、カターカリの最大の特徴といえば、なんといっても独特のメイクと衣装でしょう。最も有名なのはパッチャとよばれるもので、顔の色は高貴さを示す緑色で、目と眉毛は黒く、口は赤く塗られており、物語の主人公(高貴な心の英雄)を示すスタイルとなっています。なお、顔の周囲につけられている頬型は、ライス・ペーパーを段々になるように貼りあわせて作られたものです。

 さて、今回の連載記事では、実際のカターカリの演目についてもご紹介しながら、カターカリ関連のマテリアルをいろいろとご紹介しております。機会がありましたら、ぜひ雑誌の実物を手にとってご覧いただけると幸いです。

 
 ★★★ 内藤陽介、カルチャーセンターに登場 ★★★
   
 10月から、下記の通り、首都圏各地のよみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)で8月の韓国取材で仕入れたネタを交えながら、一般向けの教養講座を担当します。詳細につきましては、青色太字をクリックしてご覧いただけると幸いです。皆様のご参加を心よりお待ちしております。(掲載は開催日順)

 T-moneyで歩くソウル歴史散歩 
・よみうりカルチャー荻窪
 10月2日、10月30日、12月4日、1月29日、2月5日、3月5日 13:00-14:30

 * 10月2日は公開講座として、お試し聴講も可能です。
 
・よみうりカルチャー北千住
 10月17日、12月19日、1月16日、2月20日、3月20日 13:00-15:00


 ★★★★ 電子書籍で復活! ★★★★

 歴史の舞台裏で飛び交った切手たち
 そこから浮かび上がる、もうひとつの昭和戦史

         切手と戦争

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 大工大の衛星、印で打ち上げ
2012-09-10 Mon 14:50
 インド南部アンドラプラデシュ州のサティシュダワン宇宙センターで、きのう(9日)、大阪工業大学の学生が中心となって製作した小型衛星などを載せたロケットがインド宇宙研究機構によって打ち上げられ、きょう(10日)、軌道に乗ったことが確認されました。今回の打ち上げは、インドの宇宙ミッションとしては記念の100回目だそうです。というわけで、きょうは、この切手です。(画像はクリックで拡大されます)

       サラバイ

 これは、1972年にインドで発行されたヴィクラム・サラバイ没後1周年の追悼切手です。

 インドの宇宙開発は、1961年、科学技術の発展を重視していたネルー首相が、原子力省を宇宙研究開発の担当と決め、翌1962年に物理学者ヴィクラム・サラバイを長とするインド国立宇宙研究委員会 (INCOSPAR) を立ち上げたことで本格的にスタートしました。

 インドにおけるロケット開発の歴史は古く、19世紀のマイソール戦争(イギリスとインド南部の藩王国マイソールとの戦争)では、マイソール側はロケット花火を使ってイギリスを攻撃。ここからヒントを得たイギリス陸軍が、原初的な形態のロケット・ランチャー(コングリーブ・ロケット)を開発したという歴史もあります。英領インド帝国時代に、シッキム藩王国でロケット・メールが試験的に行われたのも、そうした背景があったためです。

 しかし、独立後のインドの宇宙開発は、弾道ミサイル技術を発展させて宇宙ロケットの技術を獲得するのではなく、当初から、人工衛星の打ち上げを目標としていました。その背景には、開発責任者のサラバイが、NASAの通信・放送衛星に関する研究に参加した経験から、軍用よりも民生用の衛星ロケットの開発に関心を持っていたという事情があったといわれています。

 サラバイは、研究の最初の目標として、放送衛星とその打上機(SLV)の開発を目指し、ケーララ州に設けられたトゥンバ赤道ロケット打上基地(TERLS)では、観測ロケットの打ち上げを繰り返しました。

 今回ご紹介の切手には、サラバイの肖像の背景に、密林から打ち上げられるロケットの図が描かれていますが、当時のTERLS周辺の風景はこのようなものだったのかもしれません。また、ロケットの脇にはオリーブを加えるハトの絵も描かれており、インドの宇宙開発が、あくまでも平和目的のものであることも強調されています。

 なお、インドが最初の人工衛星打上に成功するのはサラバイの死から4年後の1975年のことでした。ただし、このときの衛星アーリヤバタは、インド自前のSLVによって打ち上げられたものではなく、ソ連のロケットによるものでした。インドが自前のSLVによる衛星の打ち上げに成功したのは1980年のことで、ここにいたり、ようやくインドの宇宙開発は本格的に開幕。きのう、100回目のミッションを達成したというわけです。

 ちなみに、インドの現政権は宇宙開発に積極的で、来年には火星探査機の打ち上げも予定されているのだとか。友好国として、素直に頑張っていただきたいと思いますな。


 ★★★ 内藤陽介、カルチャーセンターに登場 ★★★
   
 9月下旬から、下記の通り、首都圏各地のよみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)で8月の韓国取材で仕入れたネタを交えながら、一般向けの教養講座を担当します。詳細につきましては、青色太字をクリックしてご覧いただけると幸いです。皆様のご参加を心よりお待ちしております。(掲載は開催日順)

 公開講座 ソウル・国立中央博物館へ行ってみよう
・よみうりカルチャー北千住 9月19日(水)13:00-15:00

 T-moneyで歩くソウル歴史散歩 
・よみうりカルチャー荻窪
 10月2日、10月30日、12月4日、1月29日、2月5日、3月5日 13:00-14:30
 
・よみうりカルチャー北千住
 10月17日、12月19日、1月16日、2月20日、3月20日 13:00-15:00


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 歴史の舞台裏で飛び交った切手たち
 そこから浮かび上がる、もうひとつの昭和戦史

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 世界漫郵記:コーチン⑤
2012-07-24 Tue 10:13
 『キュリオマガジン』2012年8月号が出来上がりました。僕の連載「郵便学者の世界漫郵記 インド西海岸篇」は、前回に引き続き、コーチン(コーチ)の5回目です。その記事で使ったモノの中から、こんなモノをもってきてみました。(以下、画像はクリックで拡大されます)

       聖トマス没後1900年     教会で祈る女性(コーチン)

 左は、1972年にインドで発行された聖トーマス没後1900年の記念切手です。右側には、コーチンのアワー・レディ・オブ・ライフ教会内で祈る女性たちの画像を貼っておきます。

 インドにキリスト教を伝えたのは、イエスの使徒のひとり、トマスだったと伝えられています。トマスは、西暦52年、布教のためにコーチンの北方40キロのクランガノール(コドゥンガール)に上陸し、マラバル海一帯に7つの教会を設立した後、東海岸に向かい、マドラス(チェンナイ)郊外のマイラポールで客死したとされています。

 その後、345年に商人としてこの地を訪れたシリア出身のクナイ・トマンは、現地でクリスチャンを自称する人々に会いましたが、彼らの信仰は“正しいキリスト教”とは似て非なるものでした。このため、トマンはエデッサ(現トルコ領ウルファ)の東シリア教会の主教に状況を報告し、主教の支持の下、エデッサやエルサレムなどからケーララへ移住するキリスト教徒を募集。これに応じた72家族400名がクランガノールに移住し、以後、ケーララに東シリア教会の信仰が広まりました。

 ところで、451年のカルケドン公会議では、いわゆる単性説(キリストの人性は受肉によって神性に融合され、キリストは神性のみを持つことになったとする)が異端として排除されますが、これに伴い、単性説とみなされた一派として、シリア正教会があります。シリア正教会は、聖書の使徒言行録にも登場するアンティオキア教会の直系を称し、イエスが話していたアラム語(古代シリア語)を用い、古代教会で使用されていた典礼によって礼拝を行うなど、現在でも古代キリスト教会の姿を色濃く残していますが、自説(ただし、彼らは自説を“単性説”であるとは考えていません)を撤回せず、主流派教会から分離することになりました。
 
 カルケドン公会議で単性説が異端として排除されると、単性説を主張するネストリウス派の一部はペルシャに逃れましたが、ペルシャがイスラム化すると、彼らの一部はさらにケーララに逃れて、在地のキリスト教徒と合流。こういうこともあって、古くからのケーララのキリスト教徒は“シリア・クリスチャン”と呼ばれることになりました。

 16世紀、香辛料と布教の場を求めてケーララにやってきたポルトガル人は、“異端”のキリスト教が広まっていることを憂慮し、シリア・クリスチャンをカトリックに改宗させようと、1599年にはコーチンの南14キロの地点にあるディアンパー(ウダヤンペルール)で公会議を開催。シリア・クリスチャンの“誤り”を正し、教会のラテン化を進めることを決議します。これにより、妻帯を続ける聖職者は破門され、教会内のアラム語で書かれた“異端”の書は焼き捨てられるとともに、ポルトガル人司教が採用され、教会の典礼もことごとく変更されました。

 しかし、ポルトガル人による強引な“改宗”に反発するシリア・クリスチャンも多く、そうした人々は、自分たちの伝統的典礼の継続とカトリックに代わる宗教的権威を求めます。これに応じるかたちで、1653年、バビロンのヤコブ派(6世紀の神学者ヤコボス・バラダイオスに由来するシリア正教の一派)総主教は主教のアハタッラをケーララに派遣しました。

 これに対して“異端”の側からの巻き返しを恐れたポルトガル人はケーララに到着したアハタッラを拘留し、殺害。当然のことながら、シリア・クリスチャンはポルトガル人の仕打ちに激怒し、以後、いっさいカトリックの大司教には従わないことを宣言。シリア・クリスチャンはカトリックとヤコブ派に分裂しました。

 今回訪れたコーチンのアワー・レディ・オブ・ライフ教会は、そうしたシリア正教会の教会で、最初に建立された年代は定かではありませんが、現在の建物は1808年のものがベースになっているそうです。僕が訪ねた時は、ちょうどミサが行われていて、右側の画像にみられるように、色とりどりの民族服姿の女性が跪いて祈りをささげていました。

 さて、今回の記事では、コーチンのアワー・レディ・オブ・ライフ教会を訪ねた時のことを中心に、周辺のスパイス・マーケットの話なども交えてご紹介しています。機会がありましたら、ぜひ、『キュリオマガジン』2012年8月号をお手に取り、ご覧いただけると幸いです。
 
 * 昨日(23日)、カウンターが107万PVを越えました。いつも閲覧していただいている皆様には、この場をお借りして、改めてお礼申し上げます。

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 僕が日本コミッショナーを仰せつかっているアジア国際切手展 <SHARJAH 2012> の作品募集要項が発表になりました。国内の応募〆切は8月3日です。くわしくはこちらをご覧ください。


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 今夜、デリーを発ちます
2011-02-22 Tue 14:00
 早いもので、今回のインド滞在もきょう(22日)で最終日となりました。きょうは現地時間21時過ぎのエア・インディアでデリーを発つ予定です。というわけで、この切手をもってきました。(画像はクリックで拡大されます)

        インド・国際航空25年

 これは、1973年にインドが発行した国際航空25周年の記念切手で、尾翼方向から見たボーイング747-100型のエア・インディア機が描かれています。

 エア・インディアの前身は、イギリス植民地時代の1932年にタタ財閥のジャハンギール・ラタンジ・ダーダーバーイ・タタが知人のネヴィル・ヴィンセントとともに設立した“タタ航空”です。なお、ジャハンギールは1904年にパリで生まれましたが、高校時代から航空学に興味を示しており、パイロットを目指していたものの、父親の仕事の都合でムンバイへ移って財閥の御曹司として帝王学を学んだという経緯があります。

 タタ航空は、当初は国内線のみの運航で、イギリス製のデ・ハヴィランド・プス・モスなどを使用していましたが、第二次大戦後の1946年に現在のエア・インディアに社名を変更。さらに、独立後の1948年にインド政府との半官半民のフラッグ・キャリアになり、国際線へも進出しました。今回ご紹介の切手は、ここから起算して25周年を記念して発行されたものです。

 ちなみに、エア・インディア機は、1979年に翌年の国際展INDIA80のプロモーションのために発行された切手にも取り上げられいます。

 さて、僕の乗る飛行機は、予定では、明朝8時頃には成田に着く予定です。したがって、お昼ごろには自宅にたどり着いていると思います。留守中、ご不便をおかけした皆様には、もうしばらく、ご猶予をいただきますよう、よろしくお願いいたします。


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