内藤陽介 Yosuke NAITO
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 ナウル共和国独立50年
2018-01-31 Wed 10:32
 太平洋の島国で、“世界最小の共和国”として知られるナウルが、1968年1月31日に独立してから、今日で50年になりました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      ナウル・独立記念

 これは、1968年のナウル独立時に発行された記念切手で、ナウル地図と苗を植える手が描かれています。

 ナウル島が西洋人によって“発見”されたのは1798年のことでした。1888年、同島はドイツ領となり、翌1889年、豊富なリン鉱石が発見されます。これは、地下の鉱脈があったというわけではなく、島に積もっていたアホウドリの糞が長い年月をかけてリンに変化していったというものです。

 ナウルにおけるリン鉱石の採掘は1906年から本格的に始まりましたが、1914年に始まる第一次大戦の過程でオーストラリアがこの島を占領。ナウルは英国の支配下に入りました。

 第一次大戦後、ナウルは英国、オーストラリア、ニュージーランド3国の委任統治下におかれ、リン鉱石は英国が採掘することになります。第2次大戦中は日本軍に占領されますが、戦後の1946年、米国が占領。翌1947年からは国連の信託統治領となりました。

 さて、 島全体がリン鉱石の塊といっても良い状態だったナウルは、1990年代までは、リン鉱石の輸出によって経済的に潤っていました。当時はほぼすべての食料品と工業製品の調達はもちろん、政府職員を除くほぼすべての労働力も出稼ぎ外国人が担っており、貿易依存度は輸出、輸入とも100%を超えていました。借金してまで一切の物資を輸入するため、先物のような形で輸出もすべて予約が入っているという状況でした。

 この間、1962年には、当時のロバート・メンジーズ豪首相が、「リン鉱石の過剰な採掘によってナウルの経済発展や農業の機会を奪った責任がある」と認めたうえで、英豪ニュージーランドの3カ国は「ナウル国民が納得できる未来を差し出す明確な義務を負う」として、ナウルの全住民が集団移住できる島を豪政府として探し始めます。その候補地としては、当時は英領だったフィジーソロモン諸島オーストラリアの委任統治領だったパプアニューギニア、オーストラリア北部のノーザンテリトリー周辺海域、クイーンズランド州のフレーザー島、カーティス島などがあがりましたが、結局、話はまとまりませんでした。

 こうしたなかで、1968年1月31日、ナウルは英連邦内の共和国として独立しますが、その後も、リンの採掘に依存する経済運営が続きました。特に、1982年から1990年にかけてナウル政府がリンの採掘を行っていた時期は、リンの輸出によって入ってきた収入を国民にばら撒きつづけていたため、国民の労働意欲は極限まで低下。働くことを知らない国民(!)が相当数を占めるようになってしまいました。

 それでも、リン鉱石が無尽蔵に採れれば問題ないのですが、1990年代後半から資源は枯渇し始め、ナウル経済は急速に悪化。貧すれば鈍するの言葉どおり、ここでナウル政府は、海外からの資金流入と国際金融業の参入を狙って、ほぼすべての規制を廃止するという賭けに出ますが、結果として、やってきたのはマネーロンダリングをしようという輩ばかりで、世界の警察官・米国を激怒させ、元通り規制を復活せざるを得なくなりました。

 さらに、2001年には、オーストラリアに向かったアフガニスタン難民を受け入れる見返りとして、オーストラリアから援助を引き出していますが、肝心の難民たちがオーストラリア入りを希望し、ハンガーストライキを始めてしまったため、彼らはオーストラリアに引き渡されるというありさまでした。それでも、これを機に、オーストラリアに向かう難民を引き受けるという名目で、ナウル政府はオーストラリアからの補助金を得るというモデルが出来上がりました。

 そのほかにも、2003年2月には、諸外国からナウルへの通信が途絶し、すわ政変かと国際社会が注目していたところ、単にお金がなくて通信設備が維持できなくなっただけだったことが判明したり、財政危機により政府所有の旅客機がオーストラリアに差し押さえられたりと、なんとも間抜けな話題が次から次へと出てきます。

 現在、ナウル政府は、まず国民に“働く”ことを教えようと、小学校の高学年で働き方を教える授業を行っていますが(大人たちに関しては、もう諦めたということなんでしょうね)、これも一朝一夕に効果が出るというものではありません。そもそも、現在のナウルには企業そのものがほとんど存在していませんし、約90年間に及ぶリン鉱石採掘のため、島の中央部は一切の車両通行が不可能なほど荒れており、インフラの整備もままならないという状況では、リンが枯渇したこの島に投資しようという奇特な外国企業なんてあるはずもないのが現状です。



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 アンガム・デー
2012-10-26 Fri 21:57
 きょう(26日)は、ナウルの祝日“アンガム・デー”です。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

        ナウル使用例

 これは、第一次大戦中、オーストラリア軍が占領した旧ドイツ領ニューギニアで使用するために発行した“北西太平洋諸島”加刷切手のナウルでの使用例です。

 ナウルが西洋人によって“発見”されたのは1798年のことで、1888年にはドイツ領に編入されます。翌1889年、ナウルでは豊富なリン鉱石が発見され、1906年からリン鉱石の採掘が本格的に始まりましたが、1914年に第一次大戦が勃発すると、オーストラリア軍はドイツ領ニューギニアのラバウルに対する攻撃を開始し、9月11日にはヘルベルトヘーエを、翌12日にはラバウルを占領。グアムを除くカロリン諸島とマリアナ諸島を含む旧ドイツ領ニューギニアは日本とオーストラリアによって分割され、ナウルはオーストラリアの占領下におかれました。

 オーストラリアは、占領した旧ドイツ領地域で、ドイツ時代の切手を接収して“GRI”の文字を加刷した切手やオーストラリア切手に“N.W. PACIFIC ISLANDS.”の文字を加刷した切手を使用しましたが、ナウルでは、1916年にナウル独自の加刷切手が発行されるまで、今回ご紹介の北西太平洋諸島加刷の切手が使われていました。

 さて、第一次大戦後、ナウルはイギリス、オーストラリア、ニュージーランド3国の委任統治下におかれましたが、これに伴い、オーストラリアのグリフィス准将が人口調査を行った結果、ナウルの人口が、民族の存続に必要とされる1500人を下回っていることが判明。このため、グリフィスは現地の族長に対して、将来、人口が1500人に達した日を“アンガム・デー”として祝日とし、1500人目の赤ちゃんを“アンガム・ベビー”として記念品を贈ることを提案します。はたして、いまからちょうど80年前の1932年10月26日、待望の“アンガム・ベビー”が生まれ、この日がナウルの祝日となりました。ちなみに、“アンガム”とは、「歓喜」や「祝賀」、「目標の達成」などを意味するナウル語だそうです。

 さて、昨日発売となったばかりの拙著『喜望峰:ケープタウンから見る南アフリカ』ですが、こちらも、1500部が売れる“アンガム・デー”が早く来てくれないかなぁと著者としては心待ちにしている次第です。
 

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 アホウ(ドリ)の島
2008-01-31 Thu 14:09
 南太平洋に浮かぶ珊瑚礁の国、ナウルが1968年1月31日に独立してからちょうど40周年になりました。というわけで、今日はこの切手を持ってきました。(画像はクリックだ拡大されます)

 ナウル加刷

 これは、イギリス支配下で発行されたナウル最初の切手の1枚です。

 ナウルが西洋人によって“発見”されたのは1798年のことでした。1888年、ドイツ領となったこの島で、翌1889年、豊富なリン鉱石が発見されます。これは、地下の鉱脈があったというわけではなく、島に積もっていたアホウドリの糞が長い年月をかけてリンに変化していったというものです。

 ナウルにおけるリン鉱石の採掘は1906年から本格的に始まりましたが、1914年に始まる第一次大戦の過程でオーストラリアがこの島を占領。ナウルはイギリスの支配下に入ります。これに伴い、今回ご紹介しているような加刷切手が1916年から使われるようになりました。

 さて、第一次大戦後、ナウルはイギリス、オーストラリア、ニュージーランド3国の委任統治下におかれ、リン鉱石はイギリスが採掘することになります。第2次大戦中は日本軍に占領されますが、戦後の1946年、アメリカが占領。翌1947年からは国連の信託統治領となり、1968年1月31日に英連邦内の共和国として独立しました。

 さて、 島全体がリン鉱石の塊といっても良い状態だったナウルは、1990年代までは、リン鉱石の輸出によって経済的に潤っていました。当時はほぼすべての食料品と工業製品の調達はもちろん、政府職員を除くほぼすべての労働力も出稼ぎ外国人がになっており、貿易依存度は輸出、輸入とも100%を超えていました。借金してまで一切の物資を輸入するため、先物のような形で輸出もすべて予約が入っているという状況です。

 特に、1982年から1990年にかけてナウル政府がリンの採掘を行っていた時期は、リンの輸出によって入ってきた収入を国民にばら撒きつづけていたため、国民の労働意欲は極限まで低下。働くことを知らない国民(!)が相当数を占めるようになってしまいました。

 それでも、リン鉱石が無尽蔵に採れれば問題ないのですが、1990年代後半から資源は枯渇し始め、ナウル経済は急速に悪化して行きます。貧すれば鈍するの言葉どおり、ここでナウル政府は、海外からの資金流入と国際金融業の参入を狙って、ほぼすべての規制を廃止するという賭けに出ますが、結果として、やってきたのはマネーロンダリングをしようという輩ばかりで、世界の警察官・アメリカを激怒させ、元通り規制を復活せざるを得なくなりました。

 さらに、2001年には、オーストラリアに向かったアフガニスタン難民を受け入れる見返りとして、オーストラリアから援助を引き出していますが、肝心の難民たちがオーストラリア入りを希望し、ハンガーストライキを始めてしまったため、彼らはオーストラリアに引き渡されるというありさまでした。

 そのほかにも、2003年2月には、諸外国からナウルへの通信が途絶し、すわ政変かと国際社会が注目していたところ、単にお金がなくて通信設備が維持できなくなっただけだったことが判明したり、財政危機により政府所有の旅客機がオーストラリアに差し押さえられたりと、なんとも間抜けな話題が次から次へと出てきます。

 現在、ナウル政府は、まず国民に“働く”ことを教えようと、小学校の高学年で働き方を教える授業を行っていますが(大人たちに関しては、もう諦めたということなんでしょうね)、これも一朝一夕に効果が出るというものではありません。そもそも、現在のナウルには企業そのものがほとんど存在していませんし、約90年間に及ぶリン鉱石採掘のため、島の中央部は一切の車両通行が不可能なほど荒れており、インフラの整備もままならないという状況では、リンが枯渇したこの島に投資しようという奇特な外国企業なんてあるはずもないのが現状です。

 いっそ、ここまできたら、アホウ(ドリ)の島として売り出したら・・・なんていうのは、やっぱり酷でしょうかね。
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