内藤陽介 Yosuke NAITO
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 世界の国々:マダガスカル
2017-04-18 Tue 12:24
 ご報告が遅くなりましたが、アシェット・コレクションズ・ジャパンの週刊『世界の切手コレクション』2017年4月12日号が発行されました。僕が担当したメイン特集「世界の国々」のコーナーは、今回はマダガスカルの特集(2回目)です。その記事の中から、この1点をご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

      マダガスカル・稲作

 これは、1967年に発行された稲作の切手です。

 マダガスカルは1人当たりのコメ消費量が日本人の約2倍の年間120㎏で、農民の7割以上が稲作に従事しています。しかし、サイクロンなどの影響でコメの国内生産量は安定せず、コメ消費量の約10%は輸入に頼らざるを得ないのが実情です。このため、マダガスカル政府は、2008年からの10年間で、コメの収量を3倍に増加させるとともに、コメの輸出国になることを目指して、人手をかけた省資源・自然循環型の集約的水稲栽培法(SRI)を奨励しているが、SRIを導入しているのは全農家の3.5%にとどまっています。こうしたことから、JICAは人口が集中する中央高地での増産を目標に、さまざまな支援を行っています。

 さて、『世界の切手コレクション』4月12日号の「世界の国々」では、第二次大戦中のマダガスカルの戦いについての長文コラムのほか、世界遺産のツィンギ・デ・ベマラ、アンブヒマンガの王宮、アフリカ出身で最初に近代詩を書いたとされる詩人のジャン=ジョゼフ・ラベアリヴロ、カメレオンの切手などもご紹介しております。機会がありましたら、ぜひ、書店などで実物を手に取ってご覧いただけると幸いです。

 なお、先週発売の4月19日号では、「世界の国々」はモンゴルを特集していますが、こちらについては、近々、このブログでもご紹介する予定です。


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 【出版元より】
 「韓国/北朝鮮」の出発点を正しく知る!
 日本からの解放と、それに連なる朝鮮戦争の苦難の道のりを知らずして、隣国との関係改善はあり得ない。ハングルに訳された韓国現代史の著作もある著者が、日本の敗戦と朝鮮戦争の勃発から休戦までの経緯をポスタルメディア(郵便資料)という独自の切り口から詳細に解説。解放後も日本統治時代の切手や葉書が使われた郵便事情の実態、軍事郵便、北朝鮮のトホホ切手、記念切手発行の裏事情などがむしろ雄弁に歴史を物語る。退屈な通史より面白く、わかりやすい内容でありながら、朝鮮戦争の基本図書ともなりうる充実の内容。

 本書のご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、アマゾン他、各ネット書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。

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 世界の国々:マダガスカル
2015-07-01 Wed 09:35
 アシェット・コレクションズ・ジャパンの週刊『世界の切手コレクション』2015年7月1日号が、先週刊行されました。僕が担当しているメイン特集「世界の国々」のコーナーは、今回はマダガスカルの特集です。その記事の中から、この1点をご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

      マダガスカル・識字デー

 これは、1981年に発行された世界識字デーの記念切手で、文字を学ぶ女性が描かれています。

 マダガスカルの国語であるマダガスカル語は、紀元5世紀頃に移住してきたマレー系民族のマレー・ポリネシア語をベースに、アフリカ大陸のバントゥー語、交易を通じてもたらされたアラビア語やインドのサンスクリットに由来する単語で構成されており、ラテン文字で表記されます。

 その一方で、旧宗主国のフランス語も公用語とされており、学校教育はフランス語で行われています。

 このため、今回ご紹介の切手の女性が学んでいる言語が、マダガスカル語とフランス語のどちらなのかは、画面からは断定できません。なお、この切手の国名表記はマダガスカル語です。

 さて、『世界の切手コレクション』7月1日号の「世界の国々」では、マダガスカルの近現代史についての概説のほか、第二次大戦中の英国占領下のカバー英国領事館郵便の切手、特産のバニラや海賊から国王の側近になったジャン・ラボルドの切手などもご紹介しております。機会がありましたら、ぜひ、書店などで実物を手に取ってご覧いただけると幸いです。

 なお、本日発売の7月8日号では、「世界の国々」はモンゴルを特集していますが、こちらについては、来週、このブログでもご紹介する予定です。
 

 ★★★ 全日本切手展+韓国切手展のご案内 ★★★ 

 7月17-19日(金ー日) 東京・錦糸町のすみだ産業会館で全日本切手展(全日展)ならびに日韓国交正常化50周年記念・韓国切手展が開催されます。詳細は、主催団体の一つである日本郵趣連合のサイト(左側の“公式ブログ”をクリックしてください)のほか、フェイスブックのイベントページ(全日展はこちら、韓国切手展はこちら)にて、随時、情報をアップしていきますので、よろしくお願いいたします。

      全日展チラシ  全日展チラシ(裏)

 *画像は全日展実行委員会が制作したチラシです。

 
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 マダガスカルと海賊
2015-05-08 Fri 15:39
 米探検家らのチームが、きのう(7日)、マダガスカル沖の沈没船の中から、17世紀のスコットランド出身の海賊ウィリアム・キッド(通称キャプテン・キッド)のものとされる銀の延べ棒を発見したと発表しました。というわけで、マダガスカルと海賊と言えば、この1枚でしょうか。(画像はクリックで拡大されます)

       ジャン・ラボルド

 これは、仏領時代のマダガスカルで発行されたジャン・ラボルド没後60周年の切手です。

 ジャン・ラボルドは、1805年、フランスのオーシュ生まれ。1831年、海賊とも商人とも、どちらともつかない船団に加わり(彼が“元海賊”とも呼ばれるのはこのためです)、1831年、インドに向かう航海の途中、マダガスカル沖で遭難しました。

 19世紀初頭のマダガスカルでは、1810年にメリナ族がメリナ王国を建国し、ラダマ1世の下、英国の支援を受けて近代化政策が進められていました。しかし、ラダマ1世は1828年に亡くなり、ラボルドが漂着した時点では女王ラナヴァルナ1世(ラダマ1世の后で、王の死後、王位を継承)の治世下にありました。

 ラボルドは、女王に召し抱えられて、銃器や弾薬・煉瓦や石鹸などを造る工房を経営しただけでなく、王国の政治にも深く関与し、1878年に亡くなるまで、マダガスカルで過ごすことになります。その後、英仏によるアフリカ分割が進行する過程で、1896年、フランスは、イギリスのザンジバル領有を認める代わりにマダガスカルを領有しました。

 ラボルドの遺産として有名なのは、1870年、首都アンタナナリボ北郊のアンブヒマンガの丘の要塞内に建設された女王ラナヴァルナ2世(ラナヴァルナ1世のいとこ)の王宮です。この王宮は、独立後ながらく荒れるがままになっていましたが、2005年に復元され、現在では世界遺産にも登録されています。


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 切手サイズのカメレオン
2012-02-17 Fri 19:12
 アフリカ東岸の島国マダガスカルで、爬虫類として世界最小の部類に入る新種のカメレオンが発見されたそうです。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      カメレオン(マダガスカル)     世界最小カメレオン

 これは、1973年にマダガスカルで発行されたカンパニー・カメレオンの切手です。右側には、ナショナル・ジオグラフィックのサイトに掲載の今回発見されたカメレオン、ブロケシア・ミクラの写真を貼っておきます。

 19世紀後半、英仏によるアフリカ分割が進行する過程で、イギリスのザンジバル領有を認める代わりにフランスはマダガスカルを領有することとなりました。仏領となったマダガスカルは、1943年以降、自由フランスの支配下で対独戦争に協力しましたが、大戦後のフランス支配下では、マダガスカル人からなる州議会が設置されたものの、その権限は制限されていたため、住民の不満が募り、1947年には大規模な反乱が発生します。

 このため、反乱鎮圧後、フランスはマダガスカルの自治を拡大する政策を採用。一方、1951年、1952年、1957年の選挙を経て、1958年9月28日の住民投票では、マダガスカルの有権者の78%がフランスの第5共和政憲法を承認。続いて全州議会のメンバーで構成された議会で、マダガスカルはフランス共同体内の自治共和国となることを宣言し、これは同年10月14日に承認されました。

 これに伴い、自治共和国はその国号を現地語のマラガシー共和国と改称。その後、1960年の正式独立を経て、1975年まで、マラガシー共和国の国号が用いられました。今回ご紹介の切手もその時期に発行されたものであるため、国名表示はマラガシーになっています。

 独立後のマダガスカルは、1972年に軍事クーデターで陸軍少将のガブリエル・ラマナンツォアが政権を掌握しましたが、同政権は安定せず、1975年に海軍中将で元外相のディディエ・ラツィラカが大統領に就任。ラツィラカ政権は人心一新の意味も込めて、国号をマダガスカル民主共和国と変更し、仏領時代以来のマダガスカルの名が復活することになりました。

 さて、今回発見されたカメレオンは、成体の平均体長は鼻先から尾まで2.9センチということですから、まさに、切手サイズといえましょう。そういうことなら、これを機会に、マダガスカルの普通切手は実物大のカメレオンの図案にして、額面ごとに色を変えるというスタイルにしてみたらどうでしょうかねぇ。下手くそな絵で芸能人の顔を描いた“いかがわしい切手”よりも、よっぽど、外国のコレクターに売れると思うんだけどなぁ。


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 ★ TBSラジオ・ニュース番組森本毅郎・スタンバイ(2011年11月17日放送)、11月27日付『東京新聞』読書欄、『週刊文春』12月1日号、12月1日付『全国書店新聞』『週刊東洋経済』12月3日号、12月6日付『愛媛新聞』地軸、同『秋田魁新報』北斗星、TBSラジオ鈴木おさむ 考えるラジオ(12月10日放送)、12月11日付『京都新聞』読書欄、同『山梨日日新聞』みるじゃん、12月14日付『日本経済新聞』夕刊読書欄、同サイゾー、12月15日付『徳島新聞』鳴潮、エフエム京都・α-Morning Kyoto(12月15日放送)、12月16日付『岐阜新聞』分水嶺、同『京都新聞』凡語、12月18日付『宮崎日日新聞』読書欄、同『信濃毎日新聞』読書欄、12月19日付『山陽新聞』滴一滴、同『日本農業新聞』あぜ道書店、[書評]のメルマガ12月20日号、『サンデー毎日』12月25日号、12月29日付エキレピ!、『郵趣』2012年1月号、『全日本郵趣』1月号、CBCラジオ「朝PON」(1月26日放送)、『スタンプマガジン』2月号、『歴史読本』2月号、『本の雑誌』2月号で紹介されました。

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 投票しませう ②
2011-04-24 Sun 11:17
 きょう(17日)は、第17回統一地方選の後半戦となる①3つの県庁所在地を含む86の市区長選挙、②307の市と区の議会議員選挙、③63の町村長選挙、④292の町村議会議員選挙、さらに衆議院愛知6区の補欠選挙の投票日です。僕も、この記事を書いたら投票所に行きますが、投票は20時までですから、関係する地域の方で、まだ投票がお済みでない方は、ぜひ、お出かけください。というわけで、10日の前半戦の投票日の時に倣い、きょうはこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

     マダガスカル・投票スローガン

 これは、1958年、フランス領時代のマダガスカルの首都・タナナリブから宗主国のフランス、リヨン宛のカバーで、右下にフランス語とマダガスカル語で“9月28日”の日付と「投票は権利であり義務である」という趣旨のスローガン印が押されています。

 ここでいう9月28日の投票というのは、フランス第5共和政憲法を承認するか否かの住民投票を指しています。

 1943年以降、自由フランスの支配下で対独戦争に協力してきたマダガスカルでは、大戦後、民族運動が高揚します。これに対して、1946年に制定されたフランス第4共和政憲法では、マダガスカルでも選挙で選ばれたマダガスカル人からなる州議会が設置されましたが、その権限は制限されていたため、住民の不満が募り、1947年には大規模な反乱が発生しました。

 このため、反乱鎮圧後、フランスはマダガスカルの自治を拡大する政策を採用。一方、1951年、1952年、1957年の選挙では、緩やかな独立への移行をとなえる候補者が支持を集めるようになりました。

 こうした経緯を経て行われた1958年9月28日の住民投票では、マダガスカルの有権者の78%がフランスの第5共和政憲法を承認。続いて全州議会のメンバーで構成された議会で、マダガスカルはフランス共同体内の自治共和国となることを宣言し、これは同年10月14日に承認されました。

 その後、1959年4月29日のマダガスカル憲法制定、同年5月の最初の大統領選挙(フィリベール・ツィラナナが当選)を経て、1960年6月26日、マダガスカルは正式に独立。同年9月には国連加盟を果たしています。

 それにしても、「投票は権利であり義務である」というスローガンは、なかなか良いですねぇ。日本の選挙葉書でも、“選挙”の文字だけの味気ない消印ではなく、こんな風に投票を呼びかけるスローガンを入れてほしいものです。


  ★★★ イベントのご案内 ★★★

     切手百撰ポスター(小)

 拙著『切手百撰 昭和戦後』の刊行を記念して、下記のイベントを行います。

 ・4月30日(土) 15:00- 出版記念トーク
 於 東京・浅草 都立産業貿易センター台東館6階特設会場
 スタンプショウのイベントの一つとして、出版記念のトークを行います。また、会場内で『切手百撰 昭和戦後』をお買い上げの方に、メイン企画の“わちふぃーるど”にちなみ、下の画像の猫切手(いずれも“昭和戦後”に発行されたものです)のうち2枚を各日先着100名様にプレゼントいたします。(上の画像は、会場内に掲示予定のポスターです。こちらもご覧ください)

     黒き猫  近代美術・黒船屋  ふみの日(1988年・猫)

 ・5月7日(土) 10:15- 切手市場
 於 東京・池袋 東京セミナー学院
 詳細は主催者HPをご覧ください。最新作の『切手百撰 昭和戦後』を中心に、拙著を担いで行商に行きます。

 どちらも入場無料ですので、ぜひ、遊びに来てください。


  ★★★ 内藤陽介の最新刊 ★★★

        切手百撰・昭和戦後
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 マダガスカルの英領事館郵便
2009-03-17 Tue 21:33
 今年初めから食料価格の高騰などに抗議して数千人がデモを展開していたアフリカの島国マダガスカルの首都、アンタナナリボで国軍兵士が大統領府を占拠。ラバロマナナ大統領は退陣を余儀なくされ、クーデターが成功しました。というわけで、マダガスカルがらみのマテリアルの中から、こんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 マダガスカル・領事館郵便切手

 これは、1886年にアンタナナリボでイギリスの領事館郵便に使用するために発行された切手です。

 1880年代、英仏両国は在地の王国が衰退した機をとらえて、マダガスカルを領有しようとしのぎを削っていました。こうした状況の下で、1883年5月以降、アンタナナリボ在住のイギリス人たちは領事館のあるタマタブまで郵便を送り、そこからはフランス局で届けてもらうという方法で海外との通信を行っていました。

 翌1884年、アンタナナリボ在住のイギリス副領事ピッカースギルは、この制度を再編成し、島内および海外宛の郵便料金を徴収するための切手を発行しました。このとき発行された切手は大型で額面数字などを記した枠の上に、副領事の印を押しただけの簡単なもので、裏面のノリは右上ないしは左上にしか引かれていません。これは、海外宛の郵便物の場合、中継地点まで郵便物を運んだら、そこでこの切手を剥がして、そこから先の郵政機関の切手(たとえば、フランスの切手)を貼れるようにするための措置でした。なお、島内のローカル便に関しては、この切手を剥がす必要はないはずなのですが、現実には、切手が貼られた状態で残されたカバーはごくわずかしか残されていません。

 その後、イギリスのザンジバル領有を認める代わりにフランスはマダガスカルを領有することとなったため、この領事館郵便の制度は短命に終わりました。ただし、1895年にはフランスのマダガスカル政府はアンタナナリボのイギリス商人にローカル郵便用の切手を発行することを認めています。

 領事館郵便の切手は、1894年に発行された最初のモノは高価なのですが、1894年に発行されたもののうち、押されている印が黒色のモノのなかには僕でも十分に手の届くモノもいくつかあります。もっとも、印刷方式としては非常に簡単な切手ですから、偽造しようと思えばいくらでも偽造できるでしょうねぇ。この切手もホンモノだろうとは思いたいのですが、さて、どうでしょうかねぇ。


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 年賀状の末等賞品、年賀お年玉小型シートは、誰もが一度は手に取ったことがある切手。郷土玩具でおなじみの図案を見れば、切手が発行された年の出来事が懐かしく思い出される。今年は戦後の年賀切手発行60年。還暦を迎えた国民的切手をめぐる波乱万丈のモノ語り。戦後記念切手の“読む事典”<解説・戦後記念切手>シリーズの別冊として好評発売中!
 1月15日付『夕刊フジ』の「ぴいぷる」欄に『年賀切手』の著者インタビュー(右上の画像:山内和彦さん撮影)が掲載されました。記事はこちらでお読みいただけます。
 
 もう一度切手を集めてみたくなったら 
 雑誌『郵趣』の2008年4月号は、大人になった元切手少年たちのための切手収集再入門の特集号です。発行元の日本郵趣協会にご請求いただければ、在庫がある限り、無料でサンプルをお送りしております。くわしくはこちらをクリックしてください。
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 マダガスカルの検閲カバー
2007-10-06 Sat 09:26
 人を笑わせ、考えさせて科学への興味を誘う研究などに毎年贈られる“イグ・ノーベル賞”の化学賞を、日本人研究者の山本麻由さんが受賞したそうです。受賞対象となったのは、ウシの排泄物からバニラの香り成分、バニリンを抽出した研究なんだとか。まぁ、素直に凄いとは思いますが、僕はやっぱり天然モノのバニラを味わいたいですね。

 さて、バニラといえば、やはりマダガスカル(世界の生産量の70%のシェアを占めています)。というわけで、今日はこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

マダガスカル・検閲カバー

 これは、第二次大戦中の1942年12月、イギリス占領下にあったマダガスカルの首都、タナナリブ(現アンタナナリボ)から島内のディエゴ・スアレズ宛に差し出されたカバーで、イギリス軍による開封・検閲が行われています。

 1940年6月、フランス本国がドイツに降伏すると、各地の仏領植民地は、本国の親独ヴィシー政府に対する支持派と徹底抗戦派に分裂しますが、マダガスカルは本国支持を表明しました。

 ドイツ軍がヨーロッパの大半を制圧する状況下で、連合国側は地中海からスエズ運河を経てインドへいたるルートを取ることができず、喜望峰からマダガスカルを経てインド洋へ抜けるルートを採るしかありませんでした。しかし、1941年12月に太平洋戦争が勃発し、日本軍が東南アジアを占領すると、日本軍がインド洋を西進してマダガスカルに上陸し、そこを基地として潜水艦攻撃を仕掛けてくる可能性が懸念されるようになりました。

 このため、1942年5月5日、イギリスを中心とする連合国部隊はマダガスカル島への上陸作戦を敢行。抵抗するヴィシー・フランス軍を援護するため、日本海軍の潜水艦も派遣され、同年11月5日にヴィシー・フランス側が降伏し連合国が全島の占領を完結するまで、断続的に戦闘が行われました。

 今回ご紹介のカバーは、連合国がマダガスカル全島を占領した後の12月のもので、検閲テープにしっかりと“BRITISH CENSORSHIP”の文字が入っているのが良い感じです。

 競争展に出品するテーマティク・コレクションの要諦は、地理的・時代的にできるだけ広い範囲から、可能な限り多様なマテリアルを集めてくることにあります。僕のメイン・コレクションは“昭和の戦争”を扱ったものだけに、どうしてもマテリアルが日本を中心として東アジア地域のモノに偏らざるを得ないのですが、それでも、とりあえずこのカバーが入っていることで、アフリカのマテリアルへも目配りをしたという格好だけはつきました。とはいえ、展示用に使えそうなアフリカがらみのマテリアルは現在のところ、この1点しか手持ちのコマがありませんから、次の国際展に出品するとき(何年後になるかわかりませんが)までには、もう1~2点、何か探してこないといけませんね。
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