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内藤陽介 Yosuke NAITO
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 ボリビアの悪鬼
2019-02-03 Sun 01:47
 きょう(3日)は節分です。というわけで、例年どおり、“鬼”の切手の中から、この1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

      日本人ボリビア移住100年

 これは、1999年6月3日に発行された“日本人ボリビア移住100周年”の記念切手で、チチカカ湖を背景に、ディアブラータ(悪鬼、ディアブロの踊り)が取り上げられています。ディアブラータは、ボリビアを征服したスペイン人が、先住民に対してキリスト教の“七つの大罪”を教えるため、アンデスの山の神を悪鬼に見立てて、キリスト教の大天使サン・ミゲル(聖ミカエル)と対峙させる芝居仕立ての踊りを見せたのが始まりとされています。

 その後、ディアブラータはさまざまな土着の要素なども取り込み、現在は、リオのカーニバル、ペルーのインティライミとならぶ南米産大祭の一つとされる“オルーロのカーニバル”を代表するパレードの踊りとなっています。カーニバルのディアブラータは、ルシファーやサタン、女鬼を先頭に、七つの大罪である傲慢、色欲、憤怒、暴食、嫉妬、強欲、怠惰の悪魔を模した行列が続き、大天使サン・ミゲルひきいる天使の集団とともに、踊りながらクロスや円に並ぶなどのマーチングを行い、最終的に、天使の一団が悪魔の一団を打ち破るというストーリーで進む構成となっています。

 さて、切手の題材となった“日本人のボリビア移住”ですが、日本からボリビアへの移住は、ブラジルなどへの移民と異なり、計画的に始まったものではありませんでした。

 すなわち、1899年2月、日本郵船会社の佐倉丸で横浜からペルーに向けて出航した日本人移民は、「ペルーの甘蔗耕地あるいは精糖工場で4年間働き、その報酬として1ヵ月2ポンド10シリン グ(約25円)に相当するペルー貨を支給される」との契約を移民斡旋会社と結んでいましたが、現地ではトラブルが絶えず、少なからぬ移民が逃亡しました。

 一方、当時のアマゾン地方は世界的なゴム需要もあって空前の好景気だったため、ペルーに嫌気がさした日系移民91人が、同年9月、アンデス山脈を越えて、ボリビア国内有数のゴム産地だったベニ県に再入植します。これがボリビアへの最初の日本人移民となりました。

 その後も、ゴム景気につられたペルーからの転入者は後を絶たず、ベニ県のゴムの集積地、リベラルタとその周辺には、ピーク時の1918年には約700人の日本人移民が居住するようになります。しかし、第一次大戦の終戦とともに、ゴム景気は終焉を迎え、リベラルタの日本人の多くは、ボリビア国外に出るか、国内に留まる場合にはラパス、トリニダなどに転住し、商業活動等に従事するようになっていきました。

 なお、2月25日に刊行予定の拙著『チェ・ゲバラとキューバ革命』では、そうしたボリビアの日系社会と、そこからゲバラのゲリラ闘争について加わった日系2世のエルネストことフレディ・マエムラについてもご紹介しております。すでにアマゾンなど一部のネット書店では予約販売も始まっておりますが、実物の見本が出来上がってきましたら、あらためて、このブログでもご報告いたしますので、よろしくお願いいたします。 


★★  内藤陽介の最新刊 『チェ・ゲバラとキューバ革命』 2月25日発売!★★

      チェ・ゲバラとキューバ革命 表紙カバー 本体3900円+税
 
 【出版元より】
 盟友フィデル・カストロのバティスタ政権下での登場の背景から、“エルネスト時代”の運命的な出会い、モーターサイクル・ダイアリーズの旅、カストロとの劇的な邂逅、キューバ革命の詳細と広島訪問を含めたゲバラの外遊、国連での伝説的な演説、最期までを郵便資料でたどる。冷戦期、世界各国でのゲバラ関連郵便資料を駆使することで、今まで知られて来なかったゲバラの全貌を明らかする。

 本書のご予約・ご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、アマゾン他、各ネット書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。


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 52歳になりました。
2019-01-22 Tue 02:55
 私事ながら、本日(22日)をもって52歳になりました。「だからどうした」といわれればそれまでなのですが、せっかく年に1度のことですから、“52”にちなんだおめでたい切手をご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

      慶事切手(52円)

 これは、2014年3月3日に発行された52円(消費税値上げに伴う同年4月1日以降の葉書料金に対応)の慶事用切手で、扇面に梅の文様が描かれています。

 2014年3月3日に発行された3種の慶事用切手は、いずれも、末広がりの吉兆を示す扇面の中に、縁起物とされる松竹梅の一つを配し、右上と左下に市松模様をあしらったフォーマットを採用しています。ただし、市松模様は日本の伝統的な格子模様の一つではあるものの、特に吉祥を意味しているものではありません。

 さて、松竹梅のルーツは、中国で宋代に始まった“歳寒三友”とされています。

 歳寒三友は文人画の画題としての松・竹・梅の総称で、のうちの梅は寒中に開花することから“百花の先駆け”とされるほか、花弁が5枚あることから“五福(長寿・裕福・康寧=無病息災・修好徳=道徳を楽しむ・考終命=天寿を全うする)”に通じると考えられてきました。

 これが、平安時代にわが国に伝わり、時代が下って江戸時代になると民間でも流行するようになります。ただし、日本で普及したときには、本来の意味は失われ、単に吉事・吉兆を表すものとして用いられるようになりました。

 今回ご紹介の慶事用切手では、紅梅と白梅が同じ木に咲いている図案となっており、慶事を象徴する紅白の色合わせとなっています。

 一般に、紅梅と白梅は木の種類が異なっており、花のみならず、木を切ると切り口の色も紅梅は薄紅色、白梅は白色です。しかし、例外的に、1本の枝に、白・淡い紅色・紅色・絞りの4種類の花を咲かせる品種として“思いのまま”があり、これなら、切手に描かれているような状態の梅の花を見ることも可能です。

 思いのまま”は栽培品種の1つで、別名“輪違い”。樹高は3メートルから6メートルくらいで、葉は楕円形で、互い違いに生えます。毎年2月から3月にかけて、花が先に咲き、次いで葉が開き、花の大きさは、八重咲きの中輪(20-25ミリメートル)です。


★★ 内藤陽介 『朝鮮戦争』(えにし書房) 3刷出来!★★

      表紙帯つき 本体2000円+税

 【出版元より】
 「韓国/北朝鮮」の出発点を正しく知る!
 日本からの解放と、それに連なる朝鮮戦争の苦難の道のりを知らずして、隣国との関係改善はあり得ない。ハングルに訳された韓国現代史の著作もある著者が、日本の敗戦と朝鮮戦争の勃発から休戦までの経緯をポスタルメディア(郵便資料)という独自の切り口から詳細に解説。解放後も日本統治時代の切手や葉書が使われた郵便事情の実態、軍事郵便、北朝鮮のトホホ切手、記念切手発行の裏事情などがむしろ雄弁に歴史を物語る。退屈な通史より面白く、わかりやすい内容でありながら、朝鮮戦争の基本図書ともなりうる充実の内容。

 本書のご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、アマゾン他、各ネット書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。


★★★ 近刊予告! ★★★

 えにし書房より、拙著『チェ・ゲバラとキューバ革命』が近日刊行予定です!
 詳細につきましては、今後、このブログでも随時ご案内して参りますので、よろしくお願いします。

      ゲバラ本・仮書影

(画像は書影のイメージです。刊行時には若干の変更の可能性があります) 

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 北海道で震度7観測
2018-09-07 Fri 00:26
 きのう(6日)午前3時7分頃、北海道南西部の胆振地方を震源とする地震があり、厚真町で震度7を観測。この記事を書いている時点で、道内で計9人が死亡、計305人が負傷したほか、地震の影響で、道内のほぼ全世帯の約295万戸が一時停電し、完全復旧には1週間ほどかかる見通しだそうです。というわけで、北海道に関連して、この切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      環境変化と地理情報システム国際会議

 これは、1991年8月23日に発行された“環境変化と地理情報システム国際会議”の記念切手で、会議開催地の旭川にちなみ、デジタル的に処理された北海道の地図が描かれています。

 地理情報システム(GIS:geographic information system)は、地理情報および付加情報をコンピューター上で作成・保存・利用・管理・表示・検索するシステムのこと。人工衛星や現地踏査などから得られたデータを、空間、時間の面から分析・編集することができ、科学的調査、土地、施設や道路などの地理情報の管理、都市計画などに利用されています。

 その研究は、1950年代、米国のワシントン大学で始まり、1967年、ロジャー・トムリンソンにより、カナダのオンタリオ州オタワで世界初の動作可能な地理情報システム“カナディアンGIS (CGIS)”が開発されました。しかし、このシステムは、現在のGISの原型となったが、政府機関向けのものであったことに加え、権利関係のトラブルもあったことから、当初は一般に普及しませんでした。

 その後、コンピューターの発達により、さまざまな形式のGISが開発されましたが、1990年代に入ると、インターネット上に配信するため、それまで多種多様だったシステムやデータ、データ変換方式に標準化が導入されていきます。

 わが国では、1970年代初頭より久保幸夫によりGISの研究が紹介され、国土数値情報や地方自治体の情報化(UISプロジェクト)研究の一環として進められ、その成果は、測量、地図会社、情報関係関連企業等にも波及。1990年からは、西川治を研究代表者とする文部省科学重点領域研究「環境変化の地理情報システム」が始まり、1991年8月25-28日に旭川市で開催された「環境変化と地理情報システム国際会議」(今回ご紹介の切手の主題となった会議です)においては当時の最先端の研究成果が内外に示されました。

 それにしても、今回の北海道の地震の他にも今月4日の台風21号、7月の台風12号、6月の大阪北部地震など、ここのところ、天変地異がつづいています。あらためて、亡くなられた方の御冥福と負傷された方の御快癒、そして、一日も早い被災地の復興を心よりお祈り申し上げます。

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★★ 内藤陽介の最新刊 『パレスチナ現代史 岩のドームの郵便学』 ★★

      パレスチナ現代史・表紙 本体2500円+税

 【出版元より】
 中東100 年の混迷を読み解く! 
 世界遺産、エルサレムの“岩のドーム”に関連した郵便資料分析という独自の視点から、複雑な情勢をわかりやすく解説。郵便学者による待望の通史!

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 台風21号で関空が孤立
2018-09-05 Wed 00:40
 非常に強い台風21号は、きのう(4日)、大雨や暴風、記録的な高潮により各地で被害が相次ぎ、警察庁によると、大阪府と滋賀、三重両県で計7人が亡くなったそうです。特に、関西国際空港(以下、関空)では高潮により冠水したうえ、タンカーが連絡橋に衝突するなどし、空港の利用客ら約3000人が孤立しています。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      スカイゲートブリッジ(2017)

 これは、昨年(2017年)6月9日に発行された“日本の夜景シリーズ”第3集のうち、スターゲイトホテル関西エアポートからのスカイゲートブリッジR(関空連絡橋)の夜景を取り上げた1枚です。

 関空連絡橋は、大阪府泉佐野市のりんくうタウン側と関西国際空港島を結ぶ長さ3750mの世界最長のトラス橋です。準大手ゼネコンの戸田建設の施工で1987年に着工し、1991年に竣工。上に道路6車線、下に鉄道が走る2階建て構造で、さらに電気・ガス・水道・電話(固定電話)などのライフライン全てがこの橋を利用しています。なお、日本国内の鉄道橋としては東北新幹線第1北上川橋梁の3868 mに次ぐ長さで、JR在来線・私鉄では最長です。

  ちなみに、愛称のスカイゲートブリッジRの“R”は、Road、Railway、Rinkuの頭文字で、商標を表す“Registered trademark”とは無関係です。

 さて、今回の台風21号で、関空では高潮で海水が流れ込み、4日午後1時半頃には、2本ある滑走路のうち、A滑走路(全長3500メートル)や周囲の駐機場のほぼ全域が冠水し、第1ターミナルビルの地下も浸水。一部で停電が発生していました。

 また、ほぼ同時刻には、関空まで燃料を運んだ後、関空東側に停泊していたタンカー“宝運丸”が強風で流されて、今回ご紹介の切手の連絡橋に衝突。橋上の片側の道路が破断、鉄道路線部も被害を受けたため、橋が通行止めとなりました。この記事を書いている時点で、空港の利用客ら約3000人は現在も孤立したままで、利用再開のめども立っていません。なお、タンカーの乗組員11人は無事救助されました。

 関空以外にも、大阪や岐阜、京都など13府県で計229人が負傷。住宅被害は11府県で全壊1棟、半壊1棟、一部損壊236棟、床上浸水2棟、床下浸水1棟に上っており、石川や大阪など13府県で一時計約203万5000人に避難勧告が出され、兵庫県など5府県で計約4万9000人に避難指示が出されています。

 あらためて、亡くなられた方の御冥福と負傷された方の御快癒、そして、一日も早い被災地の復興を心よりお祈りしております。
 

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 雲中供養菩薩像
2018-09-02 Sun 11:14
 平等院鳳凰堂壁面の雲中供養菩薩像の1体(南14号)に、腹の部分を真横に切って薄板を入れ、像の傾きを修正したとみられる跡があることが、奈良国立博物館のX線CTスキャン調査で判明しました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      雲中供養菩薩像(2001)

 これは、2001年8月23日に発行の世界遺産シリーズ第4集の1枚で、鳳凰の棟飾りのシルエットを背景に、雲中供養菩薩像の一体(南20号)が取り上げられています。

 雲中供養菩薩像は、平等院鳳凰堂の本尊、阿弥陀如来像を囲む堂内の長押の上の壁に架けられた52体の菩薩像で、当時の貴族が憧れた西方の極楽浄土手の菩薩たちの礼拝や音楽の演奏、舞踏などの姿が表現されています。1053年に定朝の工房で作られたものと考えられており、一個の檜材を掘り出して表面には金箔を押し、彩色や切箔の文様が施されていました。今回ご紹介の切手に取り上げられた南20号は舞姿菩薩像で、背中に“満月”と記されているため“満月菩薩”とも呼ばれています。

 なお、拙著『切手が伝える仏像:意匠と歴史』では、今回ご紹介の雲中供養菩薩像をはじめ、極楽浄土で如来の周囲に伺候し、香や華、灯明や飲食、さらには歌舞音曲などの供物を捧げる供養仏についても、いろいろご紹介しております。機会がありましたら、ぜひ、ご覧いただけると幸いです。


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 開催御礼
2018-07-23 Mon 00:03
      ふみの日(2017)

 おかげ様で、<全日本切手展2018>(以下、全日展)および併催の<チェコ切手展>は昨日(22日)16:00、盛況のうちに無事終了いたしました。

  今回の展覧会は、須谷伸宏さんの産業図案切手、高久健一さんのプラハ城切手の両コレクションをはじめ、競争出品もハイレベルな内容で、ご参観者の皆様にもご満足いただけたのではないかと思います。

 これもひとえに、ご後援を賜りましたチェコ共和国大使館、日本郵便株式会社、東京新聞、公益財団法人・日本郵趣協会、一般財団法人・切手文化博物館、日本郵便切手商協同組合、特定非営利活動法人・日本郵便文化振興機構、御協賛を賜りましたえにし書房、スタンペディアプロジェクト、東京創元社、貴重なコレクションを展示したいただきましたご出品者の皆様、ブースをご出店いただきましたディーラーの方々、そして、寄附金を拠出していただきました皆様ほか、大勢の方々のご支援・ご協力のおかげです。

 実行委員長として、この場を借りて厚くお礼申し上げます。(下の画像は、オープニングセレモニーのためにご来場いただいたチェコ共和国駐日特命全権大使トマーシュ・ドゥブ閣下ならびに前チェコ共和国駐箚特命全権大使山川鉃郎閣下と、展覧会の看板前で撮影したものです)

      チェコ切手展・両大使


 なお、来年(2019年)の全日本切手展は、海の日を含む7月13-15日の3連休に、今年と同じく、東京・錦糸町のすみだ産業会館で開催の予定で、すでに準備を始めております。開催資金の調達をはじめ、クリアしなければならない課題は山積しており、今後とも、皆様方にはいろいろとご支援・ご協力をお願いすることになるかと思われますが、なにとぞよろしくお願いいたします。

 * 冒頭の画像は、昨年(2017年)の“ふみの日”切手のうち、“ありがとうございます”の文字を記した1枚です。皆様への感謝の気持ちを込めて、取り上げてみました。


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 ザギトワ選手に秋田犬贈呈
2018-05-27 Sun 00:54
 平昌冬季五輪フィギュアスケート女子の金メダリスト、ロシアのアリーナ・ザギトワ選手が「私の夢だった」と語っていた秋田犬がロシアに送られ、きのう(26日)、モスクワのホテル“メトロポーリ”で贈呈式が行われました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      秋田犬(新・みほn)

 これは、1989年4月1日に発行された“秋田犬”の2円切手(みほん字入り)です。秋田犬の2円切手は、1953年8月25日に発行されていますが、今回ご紹介の切手は犬の図案はそのままに、NIPPONのローマ字表示を加え、料額の字体を変更したうえで、刷色が変更されています。

 秋田犬の祖先は、山岳地帯での狩猟犬として用いられていた“秋田マタギ犬”とされています。

 江戸時代、闘犬がさかんだった秋田・大館地方では、より強い犬を求め、マタギ犬と土着犬などの交配が行われ、“大館犬”がつくられました。これが秋田犬の原種となります。

 明治以降も、1908年、県下に闘犬禁止令が発せられるまで、秋田県内では、より強い犬をつくるため、地元の犬と土佐犬や洋犬などとの交配がさかんに行われていましたが、これに対して、交配により“純粋な”秋田犬が減少していくことに危機感を抱いた大舘町(現・大館市)長の泉茂家らは、大正時代に入ると、「秋田犬を保存すべし」という保存運動を展開。1919年、天然記念物保存法が施行されると、民間による秋田犬の繁殖改良・再作出への取り組みも盛んになり、1927年には5月、秋田犬保存会が設立されました。

 保存会の尽力もあり、1931年7月、9頭の優秀犬が、日本犬としては初めて、“秋田犬(あきたいぬ)”として国の天然記念物に指定されました。翌1932年には、渋谷駅頭で亡くなった主人を待ち続ける秋田犬、“忠犬ハチ公”の物語が話題となったこともあり、秋田犬の人気も高まります。

 ところが、戦争が長期化すると、食糧難の中で秋田犬の飼育も次第に困難になりました。また、戦時下では軍用犬となるジャーマン・シェパード以外の犬は捕獲命令が出されたため、捕獲を逃れるため、秋田犬とジャーマン・シェパードの交配がさかんに行われ、1945年の終戦時には血統の正しい秋田犬はわずか十数頭にまで減少しました。

 ところが、占領下では、戦前の1937年に秋田を訪れたヘレン・ケラー(米国人)の愛犬が秋田犬だったことがあらためて注目されるとともに、占領軍の米兵たちの間で、体が大きく愛らしい顔つきの秋田犬が人気を集めました。また、戦後の混乱期には番犬としての需要が高まったこともあって、秋田犬の人気が復活。雑種化したものも含め、さまざまなタイプの“秋田犬”が出回るようになります。

 今回ご紹介の切手のモデルとなった秋田犬は、1943年3月15日生まれの雌の純血種、橘号ですが、当時はこれとは似ても似つかぬ犬も“秋田犬”とされることもおおかったようです。

 なお、昭和20年代の秋田犬は、戦時中に交雑したシェパードの特徴を残している出羽系が主流でしたが、1955年頃からは、純血種の個体を土台として、本来の秋田マタギ犬に近づけるべく改良された一ノ関系が主流となっています。ただし、占領軍兵士の帰国とともに米国に渡った秋田犬の子孫、アメリカン・アキタ・ドッグでは出羽系の特徴を受け継ぐものが多数派です。

 
★★★ 近刊予告! ★★★

 えにし書房より、拙著『チェ・ゲバラとキューバ革命』が7月刊行予定です!
 詳細につきましては、今後、このブログでも随時ご案内して参りますので、よろしくお願いします。

      ゲバラ本・仮書影

(画像は書影のイメージです。刊行時には若干の変更の可能性があります) 

 なお、当初、『チェ・ゲバラとキューバ革命』は、2018年5月末の刊行を予定しておりましたが、諸般の事情により、刊行予定が7月に変更になりました。あしからずご了承ください。


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 太陽の塔、内部の公開始まる
2018-03-20 Tue 03:37
 1970年の大阪万博のシンボルで、大阪府吹田市の万博記念公園にある“太陽の塔”内部の一般公開が、きのう(19日)から48年ぶりに始まりました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      太陽の塔(戦後50年)

 これは、1996年6月24日に発行された“戦後50年メモリアルシリーズ”第2集のうち、日本万国博覧会(大阪万博)を取り上げた1枚で、“お祭り広場”中央(やや南寄り)に、広場を覆う銀色のトラスで構築された大屋根から上半分がつき出す形で建てられた太陽の塔が取り上げられています。

 芸術家・岡本太郎の代表作で、大阪万博のシンボル“太陽の塔”は、塔の高さ70m、基底部の直径20m、腕の長さ25m。未来を表す黄金の顔、現在を表す正面胴体部の太陽の顔、過去を表す背面の黒い太陽の3つの顔を持っています。

 当初、太陽の塔は万博終了後に取り壊される予定でしたが、撤去反対の署名運動があったため、博覧会跡地に整備された万博記念公園内に残され、1975年1月23日、施設処理委員会によって正式に永久保存が決定されました。ただし、塔内部は万博終了後は閉鎖され、不定期に一時的な一般公開が行われるのみとなっていました。

 その後、老朽化のため、2008年以降は公開が中止されていましたが、約2年前から塔の耐震工事と展示物の再生作業が進められ、その完了を受けて、今回の公開となったというわけです。塔内は、万博の会期中同様、色鮮やかな幹や枝が特徴の“生命の樹”を中心に33種183体の生物のオブジェが配され、階段を上がりながら進化の過程を螺旋状にたどれるようになっており、万博閉幕後に行方不明となっていた“第4の顔(地底の太陽)”も、地下の展示空間に復元されました。なお、見学にはインターネットの専用サイトからの事前予約が必要で、既に7月中旬まで埋まっているそうです。

 ちなみに、大阪万博の切手と郵便については、拙著『一億総切手狂の時代』でも詳しくご説明しておりますので、機会がありましたら、ぜひお手にとってご覧いただけると幸いです。

   
★★★ 展示イベントのご案内 ★★★

 第9回テーマティク研究会切手展 3月30日(金)~4月1日(日) 10:30~17:00
 於・切手の博物館(東京・目白)

      第9回JTPC展ポスター

 テーマティク研究会(旧テーマティク出品者の会)は、テーマティクならびにオープン・クラスでの競争展への出品を目指す収集家の集まりで、毎年、全国規模の切手展が開催される際には作品の合評会を行うほか、年に1度、切手展出品のリハーサルないしは活動成果の報告を兼ねて会としての切手展を開催しています。僕も、昨年のメルボルン展に出品した昭和の戦争と日本のコレクションを展示します。

 入場は無料で、会期最終日の1日15:00からは、内藤が展示解説を行いますので、ぜひ、遊びに来てください。(詳細はこちらをご覧ください)


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      パレスチナ現代史・表紙 本体2500円+税

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 阿波踊り主催団体が破産
2018-03-03 Sat 12:15
 徳島の夏の風物詩“阿波踊り”を主催する徳島市観光協会について、徳島市はきのう(2日)、4億円以上の累積赤字があり、運営を改善できないと判断し、債権者として破産手続き開始を徳島地裁に申し立てたことを明らかにしました。市は協会を清算して新たな運営組織をつくる方針で、今年の阿波踊りについても「市が責任を持って進めていく」と説明しているそうです。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      阿波踊(1989)

 これは、1989年の切手趣味週間の切手で、北野恒富の「阿波踊」が取り上げられています。

 切手に取り上げられた絵画「阿波踊」の作者、北野恒富は1880年、石川県金沢市十間町生まれ。1899年、月刊新聞『新日本』の小説挿絵を描き、挿絵画家としてデビューしました。1910年、「すだく虫」で第4回文展に初入選。翌年の第5回文展で「日照雨(そばえ)」が3等賞を受け、日本画家としての地位を確立。1917年には大阪画壇唯一人の日本美術院同人となりました。創作活動のかたわら、大正美術会、大阪美術協会、大阪茶話会を設立するなどして、大阪画壇のリーダーとして、後進の指導・育成にも力を注ぎ、1947年に亡くなっています。

 恒富は大正末年に徳島で南海画塾を設立したこともあって、幾度か徳島を訪れていますが、そのうちの1度、地元の有力者だった平野鍋吉に招かれた座敷で、地元の名妓として知られていたお鯉こと多田小餘綾と会っています。このお鯉こそ、「同じ阿呆なら踊らなソンソン」と歌う「阿波よしこの節」の阿波踊りを全国に知らしめた最大の功績者と言われています。

 お鯉と恒富が直接会ったのは、この1度きりでしたが、恒富はお鯉に強い印象を持ったようで、1930年の院展に彼女をモデル(の1人)にした「阿波踊」を出品しました。なお、2人が会った正確な日時は不明ですが、三味線につけられた提灯に“奉祝”の文字が見えますので、昭和大礼のあった1928年の秋頃だったのかもれません。

 その後、恒富は院展出品作品と同じモチーフでいくつも作品を制作していますが、残念ながら、院展に出品したオリジナルは現在所在不明。切手の元になった作品も、後に作られたもので、山形美術館の所蔵品(旧長谷川コレクション)です。

 院展に出品した「阿波踊」が評判になった後、恒富は、1933年の雑誌インタビューでは、「徳島芸妓の印象」として「座敷のしきゐ際に立つたお鯉の姿を見ると、すらつとして水際だってゐましたよ。その姿でもこなしでも大阪藝妓そのまヽでいヽ線の流れを見せてゐました」と彼女のことを語っています。

 また、小説家・紀行作家の江見水蔭は、1934年に徳島を訪れ、「新魚町の三又といふ当地第一流の料理亭」で歓待を受けた際、恒富の「阿波踊」のモデルと知ったうえでお鯉に会っています。その時の印象は「敢て美貌といふにあらざれど、丈すらりとして、姿勢満点。…(中略)…怜悧にして、サアビス行届き、趣味を談じても理解有り」だったそうです。「阿波踊」を見る限り、僕などは十分“美貌”だと思うのですが、そのあたりは好みの問題もあるかもしれません。ただ、スタイルが良く、姿勢の美しい女性だったことは間違いなさそうです。

 ちなみに「阿波踊」には、三味線を弾くお鯉の隣に、踊っている女性が描かれていますが、こちらのモデルは、富街芸者の恋香こと三輪清水と考えられています。彼女もまた美人の誉れ高く、戦前の徳島花柳界では踊り、鼓の名手として有名でした。

 なお、今回ご紹介の日本の美女切手については、拙著『日の本切手 美女かるた』でもいろいろ取り上げておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


★★ NHKラジオ第1放送 “切手でひも解く世界の歴史” 次回は8日!★★

 3月8日(木)16:05~  NHKラジオ第1放送で、内藤が出演する「切手でひも解く世界の歴史」の第17回(最終回)が放送予定です。今回は、平昌パラリンピックの開幕前日の放送ということで、パラリンピックの切手についてお話する予定です。なお、番組の詳細はこちらをご覧ください。

  
★★★ 世界切手展< THAILAND 2018>作品募集中! ★★★

 本年(2018年)11月28日から12月3日まで、タイ・バンコクのサイアム・パラゴンで世界切手展<THAILAND 2018>が開催される予定です。同展の日本コミッショナーは、不肖・内藤がお引き受けすることになりました。

 現在、出品作品を3月12日(必着)で募集しておりますので、ご興味がおありの方は、ぜひ、こちらをご覧ください。ふるってのご応募を、お待ちしております。


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 マススタート高木が金、カーリングが銅
2018-02-25 Sun 01:20
  現在開催中の平昌五輪は、16日目のきのう(24日)、スピードスケート女子マススタートで高木菜那が金、カーリング女子日本代表のLS北見が銅メダルを獲得しました。というわけで、きょうは、この切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      長野五輪・カーリング

 これは、1998年2月5日に発行された長野オリンピック冬季大会の記念切手のうち、カーリングを取り上げた1枚です。

 カーリングは15世紀の英スコットランドで底の平らな川石を氷の上に滑らせていたのがルーツとされています。氷上で石を使うカーリングの元となったゲームの記録は、1541年2月、グラスゴー近郊のレンフルシャーで行われたのが最古で、ピーテル・ブリューゲルの作品『雪中の狩人』(1565年)」の遠景には、すでに氷上でカーリングを楽しむ人々が描かれています。

 カーリングの現在の公式ルールは主にカナダで確立したもので、1807年、王立カーリングクラブが設立されました。1832年には米国でカーリングクラブが設立され、以後、19世紀末までにスイスやスウェーデンへと広まりました。

 わが国においては、1937年1月17日、山梨県山中湖湖上にてカーリング大会が開かれた記事があります。ただし、1969年、長野県蓼科湖にてゲームが行われ、1973年に第一回カーリング大会が開かれたものの、なかなか普及には至りませんでした。

 なお、カーリングは、1992年のアルベールビル五輪での公開競技としての実施を経て、1998年の長野五輪で正式種目として採用されましたが、じつは、1924年のシャモニー・モンブラン五輪で実施された記録があるため、長野五輪での採用は、長きにわたるブランクの後の復活ということになります。したがって、今回ご紹介の切手発行時、郵政の報道資料などでは、カーリングはオリンピックの正式種目として初めての実施と説明されていましたが、それは事実と異なります。

  
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