内藤陽介 Yosuke NAITO
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World Wide Weblog
 ザギトワ選手に秋田犬贈呈
2018-05-27 Sun 00:54
 平昌冬季五輪フィギュアスケート女子の金メダリスト、ロシアのアリーナ・ザギトワ選手が「私の夢だった」と語っていた秋田犬がロシアに送られ、きのう(26日)、モスクワのホテル“メトロポーリ”で贈呈式が行われました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      秋田犬(新・みほn)

 これは、1989年4月1日に発行された“秋田犬”の2円切手(みほん字入り)です。秋田犬の2円切手は、1953年8月25日に発行されていますが、今回ご紹介の切手は犬の図案はそのままに、NIPPONのローマ字表示を加え、料額の字体を変更したうえで、刷色が変更されています。

 秋田犬の祖先は、山岳地帯での狩猟犬として用いられていた“秋田マタギ犬”とされています。

 江戸時代、闘犬がさかんだった秋田・大館地方では、より強い犬を求め、マタギ犬と土着犬などの交配が行われ、“大館犬”がつくられました。これが秋田犬の原種となります。

 明治以降も、1908年、県下に闘犬禁止令が発せられるまで、秋田県内では、より強い犬をつくるため、地元の犬と土佐犬や洋犬などとの交配がさかんに行われていましたが、これに対して、交配により“純粋な”秋田犬が減少していくことに危機感を抱いた大舘町(現・大館市)長の泉茂家らは、大正時代に入ると、「秋田犬を保存すべし」という保存運動を展開。1919年、天然記念物保存法が施行されると、民間による秋田犬の繁殖改良・再作出への取り組みも盛んになり、1927年には5月、秋田犬保存会が設立されました。

 保存会の尽力もあり、1931年7月、9頭の優秀犬が、日本犬としては初めて、“秋田犬(あきたいぬ)”として国の天然記念物に指定されました。翌1932年には、渋谷駅頭で亡くなった主人を待ち続ける秋田犬、“忠犬ハチ公”の物語が話題となったこともあり、秋田犬の人気も高まります。

 ところが、戦争が長期化すると、食糧難の中で秋田犬の飼育も次第に困難になりました。また、戦時下では軍用犬となるジャーマン・シェパード以外の犬は捕獲命令が出されたため、捕獲を逃れるため、秋田犬とジャーマン・シェパードの交配がさかんに行われ、1945年の終戦時には血統の正しい秋田犬はわずか十数頭にまで減少しました。

 ところが、占領下では、戦前の1937年に秋田を訪れたヘレン・ケラー(米国人)の愛犬が秋田犬だったことがあらためて注目されるとともに、占領軍の米兵たちの間で、体が大きく愛らしい顔つきの秋田犬が人気を集めました。また、戦後の混乱期には番犬としての需要が高まったこともあって、秋田犬の人気が復活。雑種化したものも含め、さまざまなタイプの“秋田犬”が出回るようになります。

 今回ご紹介の切手のモデルとなった秋田犬は、1943年3月15日生まれの雌の純血種、橘号ですが、当時はこれとは似ても似つかぬ犬も“秋田犬”とされることもおおかったようです。

 なお、昭和20年代の秋田犬は、戦時中に交雑したシェパードの特徴を残している出羽系が主流でしたが、1955年頃からは、純血種の個体を土台として、本来の秋田マタギ犬に近づけるべく改良された一ノ関系が主流となっています。ただし、占領軍兵士の帰国とともに米国に渡った秋田犬の子孫、アメリカン・アキタ・ドッグでは出羽系の特徴を受け継ぐものが多数派です。

 
★★★ 近刊予告! ★★★

 えにし書房より、拙著『チェ・ゲバラとキューバ革命』が7月刊行予定です!
 詳細につきましては、今後、このブログでも随時ご案内して参りますので、よろしくお願いします。

      ゲバラ本・仮書影

(画像は書影のイメージです。刊行時には若干の変更の可能性があります) 

 なお、当初、『チェ・ゲバラとキューバ革命』は、2018年5月末の刊行を予定しておりましたが、諸般の事情により、刊行予定が7月に変更になりました。あしからずご了承ください。


★★ 内藤陽介の最新刊 『パレスチナ現代史 岩のドームの郵便学』 ★★

      パレスチナ現代史・表紙 本体2500円+税

 【出版元より】
 中東100 年の混迷を読み解く! 
 世界遺産、エルサレムの“岩のドーム”に関連した郵便資料分析という独自の視点から、複雑な情勢をわかりやすく解説。郵便学者による待望の通史!

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 太陽の塔、内部の公開始まる
2018-03-20 Tue 03:37
 1970年の大阪万博のシンボルで、大阪府吹田市の万博記念公園にある“太陽の塔”内部の一般公開が、きのう(19日)から48年ぶりに始まりました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      太陽の塔(戦後50年)

 これは、1996年6月24日に発行された“戦後50年メモリアルシリーズ”第2集のうち、日本万国博覧会(大阪万博)を取り上げた1枚で、“お祭り広場”中央(やや南寄り)に、広場を覆う銀色のトラスで構築された大屋根から上半分がつき出す形で建てられた太陽の塔が取り上げられています。

 芸術家・岡本太郎の代表作で、大阪万博のシンボル“太陽の塔”は、塔の高さ70m、基底部の直径20m、腕の長さ25m。未来を表す黄金の顔、現在を表す正面胴体部の太陽の顔、過去を表す背面の黒い太陽の3つの顔を持っています。

 当初、太陽の塔は万博終了後に取り壊される予定でしたが、撤去反対の署名運動があったため、博覧会跡地に整備された万博記念公園内に残され、1975年1月23日、施設処理委員会によって正式に永久保存が決定されました。ただし、塔内部は万博終了後は閉鎖され、不定期に一時的な一般公開が行われるのみとなっていました。

 その後、老朽化のため、2008年以降は公開が中止されていましたが、約2年前から塔の耐震工事と展示物の再生作業が進められ、その完了を受けて、今回の公開となったというわけです。塔内は、万博の会期中同様、色鮮やかな幹や枝が特徴の“生命の樹”を中心に33種183体の生物のオブジェが配され、階段を上がりながら進化の過程を螺旋状にたどれるようになっており、万博閉幕後に行方不明となっていた“第4の顔(地底の太陽)”も、地下の展示空間に復元されました。なお、見学にはインターネットの専用サイトからの事前予約が必要で、既に7月中旬まで埋まっているそうです。

 ちなみに、大阪万博の切手と郵便については、拙著『一億総切手狂の時代』でも詳しくご説明しておりますので、機会がありましたら、ぜひお手にとってご覧いただけると幸いです。

   
★★★ 展示イベントのご案内 ★★★

 第9回テーマティク研究会切手展 3月30日(金)~4月1日(日) 10:30~17:00
 於・切手の博物館(東京・目白)

      第9回JTPC展ポスター

 テーマティク研究会(旧テーマティク出品者の会)は、テーマティクならびにオープン・クラスでの競争展への出品を目指す収集家の集まりで、毎年、全国規模の切手展が開催される際には作品の合評会を行うほか、年に1度、切手展出品のリハーサルないしは活動成果の報告を兼ねて会としての切手展を開催しています。僕も、昨年のメルボルン展に出品した昭和の戦争と日本のコレクションを展示します。

 入場は無料で、会期最終日の1日15:00からは、内藤が展示解説を行いますので、ぜひ、遊びに来てください。(詳細はこちらをご覧ください)


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 阿波踊り主催団体が破産
2018-03-03 Sat 12:15
 徳島の夏の風物詩“阿波踊り”を主催する徳島市観光協会について、徳島市はきのう(2日)、4億円以上の累積赤字があり、運営を改善できないと判断し、債権者として破産手続き開始を徳島地裁に申し立てたことを明らかにしました。市は協会を清算して新たな運営組織をつくる方針で、今年の阿波踊りについても「市が責任を持って進めていく」と説明しているそうです。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      阿波踊(1989)

 これは、1989年の切手趣味週間の切手で、北野恒富の「阿波踊」が取り上げられています。

 切手に取り上げられた絵画「阿波踊」の作者、北野恒富は1880年、石川県金沢市十間町生まれ。1899年、月刊新聞『新日本』の小説挿絵を描き、挿絵画家としてデビューしました。1910年、「すだく虫」で第4回文展に初入選。翌年の第5回文展で「日照雨(そばえ)」が3等賞を受け、日本画家としての地位を確立。1917年には大阪画壇唯一人の日本美術院同人となりました。創作活動のかたわら、大正美術会、大阪美術協会、大阪茶話会を設立するなどして、大阪画壇のリーダーとして、後進の指導・育成にも力を注ぎ、1947年に亡くなっています。

 恒富は大正末年に徳島で南海画塾を設立したこともあって、幾度か徳島を訪れていますが、そのうちの1度、地元の有力者だった平野鍋吉に招かれた座敷で、地元の名妓として知られていたお鯉こと多田小餘綾と会っています。このお鯉こそ、「同じ阿呆なら踊らなソンソン」と歌う「阿波よしこの節」の阿波踊りを全国に知らしめた最大の功績者と言われています。

 お鯉と恒富が直接会ったのは、この1度きりでしたが、恒富はお鯉に強い印象を持ったようで、1930年の院展に彼女をモデル(の1人)にした「阿波踊」を出品しました。なお、2人が会った正確な日時は不明ですが、三味線につけられた提灯に“奉祝”の文字が見えますので、昭和大礼のあった1928年の秋頃だったのかもれません。

 その後、恒富は院展出品作品と同じモチーフでいくつも作品を制作していますが、残念ながら、院展に出品したオリジナルは現在所在不明。切手の元になった作品も、後に作られたもので、山形美術館の所蔵品(旧長谷川コレクション)です。

 院展に出品した「阿波踊」が評判になった後、恒富は、1933年の雑誌インタビューでは、「徳島芸妓の印象」として「座敷のしきゐ際に立つたお鯉の姿を見ると、すらつとして水際だってゐましたよ。その姿でもこなしでも大阪藝妓そのまヽでいヽ線の流れを見せてゐました」と彼女のことを語っています。

 また、小説家・紀行作家の江見水蔭は、1934年に徳島を訪れ、「新魚町の三又といふ当地第一流の料理亭」で歓待を受けた際、恒富の「阿波踊」のモデルと知ったうえでお鯉に会っています。その時の印象は「敢て美貌といふにあらざれど、丈すらりとして、姿勢満点。…(中略)…怜悧にして、サアビス行届き、趣味を談じても理解有り」だったそうです。「阿波踊」を見る限り、僕などは十分“美貌”だと思うのですが、そのあたりは好みの問題もあるかもしれません。ただ、スタイルが良く、姿勢の美しい女性だったことは間違いなさそうです。

 ちなみに「阿波踊」には、三味線を弾くお鯉の隣に、踊っている女性が描かれていますが、こちらのモデルは、富街芸者の恋香こと三輪清水と考えられています。彼女もまた美人の誉れ高く、戦前の徳島花柳界では踊り、鼓の名手として有名でした。

 なお、今回ご紹介の日本の美女切手については、拙著『日の本切手 美女かるた』でもいろいろ取り上げておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


★★ NHKラジオ第1放送 “切手でひも解く世界の歴史” 次回は8日!★★

 3月8日(木)16:05~  NHKラジオ第1放送で、内藤が出演する「切手でひも解く世界の歴史」の第17回(最終回)が放送予定です。今回は、平昌パラリンピックの開幕前日の放送ということで、パラリンピックの切手についてお話する予定です。なお、番組の詳細はこちらをご覧ください。

  
★★★ 世界切手展< THAILAND 2018>作品募集中! ★★★

 本年(2018年)11月28日から12月3日まで、タイ・バンコクのサイアム・パラゴンで世界切手展<THAILAND 2018>が開催される予定です。同展の日本コミッショナーは、不肖・内藤がお引き受けすることになりました。

 現在、出品作品を3月12日(必着)で募集しておりますので、ご興味がおありの方は、ぜひ、こちらをご覧ください。ふるってのご応募を、お待ちしております。


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 マススタート高木が金、カーリングが銅
2018-02-25 Sun 01:20
  現在開催中の平昌五輪は、16日目のきのう(24日)、スピードスケート女子マススタートで高木菜那が金、カーリング女子日本代表のLS北見が銅メダルを獲得しました。というわけで、きょうは、この切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      長野五輪・カーリング

 これは、1998年2月5日に発行された長野オリンピック冬季大会の記念切手のうち、カーリングを取り上げた1枚です。

 カーリングは15世紀の英スコットランドで底の平らな川石を氷の上に滑らせていたのがルーツとされています。氷上で石を使うカーリングの元となったゲームの記録は、1541年2月、グラスゴー近郊のレンフルシャーで行われたのが最古で、ピーテル・ブリューゲルの作品『雪中の狩人』(1565年)」の遠景には、すでに氷上でカーリングを楽しむ人々が描かれています。

 カーリングの現在の公式ルールは主にカナダで確立したもので、1807年、王立カーリングクラブが設立されました。1832年には米国でカーリングクラブが設立され、以後、19世紀末までにスイスやスウェーデンへと広まりました。

 わが国においては、1937年1月17日、山梨県山中湖湖上にてカーリング大会が開かれた記事があります。ただし、1969年、長野県蓼科湖にてゲームが行われ、1973年に第一回カーリング大会が開かれたものの、なかなか普及には至りませんでした。

 なお、カーリングは、1992年のアルベールビル五輪での公開競技としての実施を経て、1998年の長野五輪で正式種目として採用されましたが、じつは、1924年のシャモニー・モンブラン五輪で実施された記録があるため、長野五輪での採用は、長きにわたるブランクの後の復活ということになります。したがって、今回ご紹介の切手発行時、郵政の報道資料などでは、カーリングはオリンピックの正式種目として初めての実施と説明されていましたが、それは事実と異なります。

  
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 本年(2018年)11月28日から12月3日まで、タイ・バンコクのサイアム・パラゴンで世界切手展<THAILAND 2018>が開催される予定です。同展の日本コミッショナーは、不肖・内藤がお引き受けすることになりました。

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 ふんどしの日
2018-02-14 Wed 02:38
 きょう(14日)は、2と14で“ふんどし”と読む語呂合わせから、日本ふんどし協会(2011年12月14日設立)が制定した“ふんどしの日”です。というわけで、昨年同様、“ふんどしの日”を祝して、この切手をご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

      広重・宮

 これは、2003年10月6日に発行された国際文通週間の切手のうち、歌川広重の『東海道五十三次』の「宮」を取り上げた1枚です。

 東海道最大の宿場、“宮”は江戸・日本橋から数えて41番目に位置しており、次の桑名とは東海道唯一の海路である七里の渡しで結ばれていました。“宮の宿”と呼ばれるのが一般的でしたが、熱田神宮の門前町でもあったことから“熱田宿”と呼ばれることもありました。現在の地名では、愛知県名古屋市熱田区となります。

 今回ご紹介の切手に取り上げられた広重の浮世絵は、毎年5月5日(旧暦)に行われていた熱田神宮の神事“馬の塔”で、生成りの褌に藍染めの半纏を着た一群と、藍色の褌に赤い有松絞の半纏を着た一群が、馬を走らせ競っているようすが描かれています。ちなみに、褌姿での外出が禁止されたのは、明治維新後の1872年12月、当時の東京府知事が違式註違条例を発令されてからのことで、日本の歴史全体の中では、ごく最近のことでしかありません。

 さて、相撲のまわしまで含めると、ふんどし姿の男性を描く切手はいろいろとあります。やはり日本男児たるもの、毎年2月14日には、そうした切手を毎年1枚ずつご紹介していこうかと思いますので、西洋由来のチョコレートではなく、熱田名物のひつまぶしでも食べながら、お付き合いください。


★★ NHKラジオ第1放送 “切手でひも解く世界の歴史” ★★

 2月8日(木)に放送の「切手でひも解く世界の歴史」第15回は無事に終了しました。お聞きいただいた皆様、ありがとうございました。次回の放送は、2月22日(木)16:05~の予定です。引き続き、よろしくお願いいたします。
 
 なお、2月8日放送分につきましては、2月15日(木)19:00まで、こちらの“聴き逃し”サービスでお聴きいただけますので、ぜひご利用ください。


★★★ 世界切手展< THAILAND 2018>作品募集中! ★★★

 本年(2018年)11月28日から12月3日まで、タイ・バンコクのサイアム・パラゴンで世界切手展<THAILAND 2018>が開催される予定です。同展の日本コミッショナーは、不肖・内藤がお引き受けすることになりました。

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 囲碁の日
2018-01-05 Fri 12:49
 きょう(5日)は、“い(1)ご(5)”の語呂合せで、日本棋院が提唱した“囲碁の日”です。これにあわせて(だと思いますが)、きょう、将棋で史上初の「永世七冠」を達成した羽生善治、囲碁で2度目の七冠独占を果たした井山裕太の両氏に対する国民栄誉賞の授与が正式に決定されました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      国際文通週間・竹河

 これは、1989年10月6日に発行された国際文通週間の切手のうち、『源氏物語絵巻』の中から「竹河(二)」段の「玉鬘の娘姉妹の囲碁と垣間見」を取り上げた120円切手です。同年の国際文通週間の切手には、同じく『源氏物語絵巻』の中から』「宿木(一)」段の「今上帝と薫の囲碁」を取り上げた80円切手も発行されており、これら2種が、日本最初の囲碁切手となりました。

 今回ご紹介の切手に取り上げられているのは、玉鬘の大君と中君とが囲碁をしているのを、大君に思いを寄せる蔵人少将がのぞき見する場面で、対応する原文は以下の通りです。

 中将など立ちたまひて後、君たちは打ちさしたまへる碁打ちたまふ。昔より争ひたまふ桜を賭け物にて、「三番に数一つ勝ちたまはむ方に花を寄せてん」と戯れかはし聞こえたまふ。暗うなれば、端近うて打ち果てたまふ。御簾巻き上げて、人々皆いどみ念じきこゆ。折しも例の少将、侍従の君の御曹司に来たりけるを、うち連れて出でたまひにければ、おほかた人少ななるに、廊の戸の開きたるに、やをら寄りてのぞきけり。

 画面の左、碁を打っている2人のうち、小桜文様の装束で御簾に頭部が隠れている奥の女性が大君、手前の後ろ姿の女性が中君です。2人は、画面右手前の桜の木を賭けて3番勝負の碁を打っており、中君が2番勝って勝利。負けた大君は桜を妹に譲り、冷泉院の后となります。

 なお、『源氏物語絵巻』のオリジナルでは、右側に2人を覗き見する蔵人少将が描かれているのですが(これこそが絵巻の主題なわけですが)、切手では、桜の木の右奥に描かれている女房ともども、トリミングでカットされています。

 
★★ NHKラジオ第1放送 “切手でひも解く世界の歴史” 次回は11日!★★

 1月11日(木)16:05~  NHKラジオ第1放送で、内藤が出演する「切手でひも解く世界の歴史」の第14回が放送予定です。今回は、年明け最初ということで、世界で最初に犬の切手を発行したニューファンドランドについてお話する予定です。なお、番組の詳細はこちらをご覧ください。


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 ブラジリアに到着しました!
2017-10-23 Mon 04:37
 おかげさまで、先ほど(現地時間22日午後)、無事にブラジリアに到着しました。というわけで、無事の到着を祝して、今日はこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      日本・ブラジル交流年(ヴィザスタンプ)

 これは、笠戸丸移民100周年を記念して2008年に設定された“日本・ブラジル交流年”の記念切手のうち、コーヒー豆を背景に、1908年のブラジルのヴィザスタンプを描いた1枚です。ちなみに、今回のブラジル入国に際して、僕が取得したヴィザはこんな感じです。

      ブラジル・ヴィザ(2017)

 日本人の海外移住は、古くは17世紀の東南アジアに日本人町がつくられた事例にさかのぼることもできますが、近代以降のものとしては、1868年のハワイへの“元年者”の移住がそのさきがけとなります。

 その後、明治政府は、近代国家建設のために財源として地租を重要視したことから、地租を払えず、強制処分により農地を手放さざるをえなくなった農民が続出します。しかし、当時の日本社会には、そうした人々を他の産業で吸収できるだけの余裕がなく、政府は彼らを海外に移住させることで問題の解決をはかろうとしました。一方、農民の中にも、政府が行った海外移民募集に応募し、海外で成功を収めて故郷に錦を飾ろうと考える者が少なからずありました。

 こうしたことから、19世紀末には、ハワイ米本土への移民が急増しましたが、日本が日露戦争に勝利を収めたのをきっかけに、米国内で深刻な黄禍論を巻き起こります。その結果、主として米国西海岸で排日運動が激化し、1907年、米国政府は、実質的に日系移民を制限する内容に移民法を改正。さらに、1908年、「日米紳士協約」によって、ハワイへの日本人移民も厳しく制約されてしまいました。

 こうした状況の中で、1906年、ブラジルに渡っていた水野龍は、現地コーヒー農場の労働者が慢性的に不足していたことに目をつけ、サンパウロ州のコーヒー耕地への日本人農民の大規模な移民計画を立案。皇国殖民合資会社を設立し、サンパウロ州政府と移民契約を結んで日本からの移住者を募ります。

 水野の計画は、米国とハワイに代わる移民の送り先を探していた日本政府の意向とも合致していたことから、外務省は鹿児島、沖縄、熊本の各県知事に協力を要請。皇国殖民合資会社はブラジルの名に「舞楽而留(舞い楽しんで留まる)」とあて、一部の地域では群会議員までをも動員して「家族三人で働けば、生活費など差し引いても一ヶ月で百円は残る」と移民の夢をかきたてました。

 この結果、ブラジル政府から補助金を受けた“契約移民”781名・165家族と、ブラジル政府の補助金を受けていない“自由移民”10名が、数年で帰国することを夢見て、笠戸丸(今回の小型シートの右側の切手です)でブラジルへ渡りました。そして、1908年6月18日、サンパウロ市の外港、サントスに到着した移民たちは、いくつかのコーヒー農場に分かれて、1年毎の契約で働き始めました。これが、ブラジルにおける日系社会の始まりとなります。

 しかし、移民たちを待ち受けていたのは、事前の宣伝文句とは裏腹の重労働と劣悪な環境でした。また、笠戸丸がブラジルに着いた6月は、コーヒーの収穫がほとんど終わっていた上に、コーヒーの値段も暴落していたため、収穫量の歩合制で賃金契約を結んでいた農民たちはほとんど収入を得ることができず、農園をはなれてサンパウロ市内でメイドや大工などをして働く人が続出。さらに追い討ちをかけるように、移民を請け負った皇国殖民合資会社が資金難から倒産し、移民の預入金はほとんど返済されないことになってしまいました。

 こうした惨憺たる状況は、当時、日本国内にはほとんど伝えられず、その後も、1910年の旅順丸移民をはじめ、多くの日本人がブラジルに移住。日系移民たちは、あらゆる辛酸を舐めながらも、次第にブラジル社会において確固たる地位を築くようになりました。

 さて、世界切手展<Brasilia 2017>ですが、あすは朝から、最初の山場となる作品の搬入作業が待ち構えています。30日までの滞在期間中、気合を入れて乗り切っていきたいと思います。


★★★ トークイベントのご案内  ★★★ 

 11月4日(土) 12:30より、東京・浅草で開催の全国切手展<JAPEX>会場内で、拙著『パレスチナ現代史 岩のドームの郵便学』刊行記念のトークイベントを予定しております。よろしかったら、ぜひ遊びに来てください。なお、詳細は主催者HPをご覧いただけると幸いです。


★★★ NHKラジオ第1放送 “切手でひも解く世界の歴史”  ★★★

 10月19日(木)に放送の「切手でひも解く世界の歴史」の第10回は無事に終了しました。お聞きいただいた皆様、ありがとうございました。次回の放送は、11月9日(木)16:05~の予定です。引き続き、よろしくお願いいたします。 

 なお、19日放送分につきましては、10月26日(木)19:00まで、こちらの“聴き逃し”サービスでお聴きいただけますので、ぜひご利用ください。


★★★ 世界切手展<WSC Israel 2018>作品募集中! ★★★

  明年(2018年)5月27日から31日まで、エルサレムの国際会議場でFIP(国際郵趣連盟)認定の世界切手展<WSC Israel 2018>が開催される予定です。同展の日本コミッショナーは、不詳・内藤がお引き受けすることになりました。

 現在、出品作品を11月10日(必着)で募集しておりますので、ご興味がおありの方は、ぜひ、こちらをご覧ください。ふるってのご応募を、待ちしております。


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 屋久島で50年に一度の大雨
2017-09-05 Tue 10:26
 鹿児島県の屋久島で、きょう(5日)午前8時までの24時間に降った雨の量が平年の9月1か月分の9割近い352.5ミリに達し、気象台は「50年に一度の記録的な大雨」になったところがあると発表しました。というわけで、大雨による被害が最小限にとどまることをお祈りしつつ、今日はこの切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      縄文杉

 これは、1995年7月28日に発行された第1次世界遺産シリーズ第3集「屋久島」のうち、縄文杉を取り上げた1枚です。

 屋久島は、鹿児島県の大隅半島南南西約60キロの海上に位置する島で、面積は504.88平方キロ。地理的には温帯地域に位置していますが、2000メートル級の山々があるため、山中では杉の原生林がある一方、海岸地帯には亜熱帯のアコウやガジュマルもみられるなど、植物相はきわめて多様です。島の一部は西隣の口永良部島とともに、2014年3月16日に指定の屋久島国立公園を構成しています。

 屋久島のシンボルともいうべきスギは、標高500mを超える山地に自生しており、一般に屋久杉といわれているのは樹齢1000年以上のもので、樹齢1000年未満のものは小杉と呼ばれています。今回ご紹介の切手に取り上げられた縄文杉は、1966年、屋久町役場の観光課長だった岩川貞次が発見し、当初は大岩杉と呼ばれていました。“縄文杉”という名前の由来は、縄文時代から生きているという説と、幹の形が縄文土器に似ているからという説があります。なお、1976年の調査では、縄文杉は樹齢7000年以上という推定結果が発表されましたが、その後、樹木の外側部分の年代測定では樹齢約2700年と判定されました。

 現在、屋久島町の大雨警報は解除されましたが、大気の不安定な状態が続くほか、これまでの雨の量が多くなっているため、気象庁はこのあと数時間は土砂災害や低い土地の浸水などに厳重に警戒するよう呼びかけています。関係する地域の方は、十分ご注意ください。


 ★★★ NHKラジオ第1放送 “切手でひも解く世界の歴史”  次回は7日!★★★ 

 9月7日(木)16:05~  NHKラジオ第1放送で、内藤が出演する「切手でひも解く世界の歴史」の第8回が放送予定です。今回は、1999年のパナマ運河返還を決めた新パナマ運河条約の調印(1977年9月7日)から40周年ということで、パナマにスポットを当ててお話をする予定ですので、よろしくお願いします。なお、番組の詳細はこちらをご覧ください。

 ★★★ トークイベントのご案内  ★★★ 

      タウンミーティング in 福山

  2017年9月17日(日) 14:00~、広島県立ふくやま産業交流館で開催の「日本のこころタウンミ-ティング in 福山」に憲政史家の倉山満さんとトークイベントをやります。お近くの方は、ぜひ、ご参加ください。なお、イベントそのものの詳細は、こちらをご覧ください。
      
 ★★★ 内藤陽介 『朝鮮戦争』(えにし書房) 重版出来! ★★★ 

      朝鮮戦争表紙(実物からスキャン) 本体2000円+税

 【出版元より】
 「韓国/北朝鮮」の出発点を正しく知る!
 日本からの解放と、それに連なる朝鮮戦争の苦難の道のりを知らずして、隣国との関係改善はあり得ない。ハングルに訳された韓国現代史の著作もある著者が、日本の敗戦と朝鮮戦争の勃発から休戦までの経緯をポスタルメディア(郵便資料)という独自の切り口から詳細に解説。解放後も日本統治時代の切手や葉書が使われた郵便事情の実態、軍事郵便、北朝鮮のトホホ切手、記念切手発行の裏事情などがむしろ雄弁に歴史を物語る。退屈な通史より面白く、わかりやすい内容でありながら、朝鮮戦争の基本図書ともなりうる充実の内容。

 本書のご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、アマゾン他、各ネット書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。

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 月刊『茶の間』9月号
2017-09-03 Sun 12:10
 お茶と暮らしの情報カタログ・月刊『茶の間』9月号ができあがりました。同誌では「誌上展覧会 小さなアート お茶の切手」という特集があり、僕が切手の画像を提供し、文章を書いています。その中から、この1枚を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      日本茶800年

 これは、1991年10月31日に発行された“日本茶800年”の記念切手です。

 わが国におけるお茶の歴史は、遣唐使の留学僧が唐からお茶の種子を持ち帰ったのが始まりとされており、『日本後記』には、嵯峨天皇が琵琶湖西岸の韓(唐)崎へ行幸した帰途、梵釈寺で「大僧都永忠、手自ら茶を煎じて奉御す」との記述があります。

 ただし、平安時代の茶は非常に貴重で、ごく限られた人々しか口にできず、喫茶の習慣が一般に広まることはありませんでした。

 こうした中で、1191年、後に臨済宗の開祖となる栄西は、茶の不眠覚醒作用が禅の修行に有用であることに着目し、留学先の宋から持ち帰った茶の種子を肥前と筑前の境界の背振山に蒔き、布教とともに茶の栽培にも積極的に始めます。さらに、日本に茶生産を広めるため、またその薬効を知らせるために、1211年、『喫茶養生記』を著しました。(同書には、1214年に書写し終わった再治本があるため、年表などにはこちらを採録しているケースもあります)

 今回ご紹介の切手は、栄西の活動によって日本でも喫茶の習慣が本格的に広まったことを踏まえ、栄西が帰国して茶の種子を植えた1191年を起点に、1991年を“日本茶800年”とし、これを記念するために発行されました。切手はチャノハナを画面の手前に置き、その奥に栄西ゆかりの建仁寺の所蔵品で、四頭茶会で使われる茶器のイメージを配した図案になっています。
 
 さて、『茶の間』の記事では、今回ご紹介の切手のほか、和菓子と茶筅、麦茶、茶摘みの風景、茶碗や茶壺などの焼物、街道の茶屋を描く浮世絵、茶に所縁の人物の切手なども取り上げています。機会がありましたら、ぜひ、お手にとってご覧いただけると幸いです。


 ★★★ NHKラジオ第1放送 “切手でひも解く世界の歴史”  次回は7日!★★★ 

 9月7日(木)16:05~  NHKラジオ第1放送で、内藤が出演する「切手でひも解く世界の歴史」の第8回が放送予定です。今回は、1999年のパナマ運河返還を決めた新パナマ運河条約の調印(1977年9月7日)から40周年ということで、パナマにスポットを当ててお話をする予定ですので、よろしくお願いします。なお、番組の詳細はこちらをご覧ください。

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 ★★★ 内藤陽介 『朝鮮戦争』(えにし書房) 重版出来! ★★★ 

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 【出版元より】
 「韓国/北朝鮮」の出発点を正しく知る!
 日本からの解放と、それに連なる朝鮮戦争の苦難の道のりを知らずして、隣国との関係改善はあり得ない。ハングルに訳された韓国現代史の著作もある著者が、日本の敗戦と朝鮮戦争の勃発から休戦までの経緯をポスタルメディア(郵便資料)という独自の切り口から詳細に解説。解放後も日本統治時代の切手や葉書が使われた郵便事情の実態、軍事郵便、北朝鮮のトホホ切手、記念切手発行の裏事情などがむしろ雄弁に歴史を物語る。退屈な通史より面白く、わかりやすい内容でありながら、朝鮮戦争の基本図書ともなりうる充実の内容。

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 沢村栄治100年
2017-02-01 Wed 17:00
 日本のプロ野球草創期の大投手として知られる沢村栄治が、1917年2月1日に生まれてから、きょう(1日)でちょうど100年です。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      沢村栄治(20世紀デザイン)

 これは、2000年3月23日に発行された「20世紀シリーズ」第8集のうち、“沢村栄治投手の活躍”を取り上げた1枚です。切手の図案は野球体育博物館提供の写真をもとにコラージュとして制作されています。写真の沢村が実際に着用していたユニフォームは、グレーの生地の上下に胸の文字は黒、襟と袖の線は紺色でアンダーシャツは黒(もしくは濃紺)でしたので、デザイナーによる着色は実際のイメージとはかなり異なります。まぁ、切手では、沢村の使っているグラブが紫色という、当時としては、ほぼありえない色となっていますので、そもそも、デザイナーには、あくまでもデザイン性優先で、史実を忠実に再現しようという意識はなかったのかもしれません。

 さて、沢村は、1917年2月1日、三重県宇治山田市(現・伊勢市)で生まれました。京都商業学校(現・京都学園高等学校)の投手として、1933年春、1934年春・夏の甲子園に出場した後、1934年に京都商業を中退し、同年11月、読売新聞社主催の日米野球の全日本チームに参戦。11月20日、静岡県草薙球場で開催された試合では、7回裏にルー・ゲーリックにソロ本塁打を浴びたのみで、メジャーリーグ選抜チームを8回5安打1失点と好投し、ベーブ・ルースに称賛されたことで脚光を浴びました。

 同年末、全日本チームを基礎に職業野球チームとして「大日本東京野球倶楽部」(現・読売ジャイアンツ)が結成されるとこれに参加。プロ野球リーグが始まる前の1935年、第1次米国遠征に参加して21勝8敗1分け、同年の国内巡業では22勝1敗、翌1936年の第2次米国遠征でも11勝11敗の成績を残しました。そして、プロ野球リーグが開始された1936年秋には史上初のノーヒットノーランを達成したほか、同年12月、大阪タイガースとの最初の優勝決定戦では3連投し、巨人に初優勝をもたらしています。また、1937年春には24勝(うちノーヒットノーラン1度を含む)・防御率0.81の成績を残して、プロ野球史上初となるMVPに選出されたました。

 しかし、徴兵によって甲種合格の現役兵として入営、1938年から満期除隊の1940年途中まで中国大陸に出征。この間、手榴弾を投げさせられたことから右肩を痛めたほか、戦闘で左手を銃弾貫通で負傷、さらにマラリアに感染しました。1940年の復帰後はサイドスロー転向し、抜群の制球力と変化球主体の技巧派投球で3度目のノーヒットノーランを達成しています。

 1941年終盤から1942年にかけて、ふたたび応召により予備役の兵として軍隊に戻り、1943年に球界に復帰したものの、1943年7月6日の対阪神戦の出場が最後で、3イニングで8与四死球と2被安打で5失点で降板となり、同年10月24日、代打での出場が最後の公式戦となりました。

 現役引退後の1944年10月2日、またもや応召し、同年12月2日、フィリピンに向かうため乗船していた軍隊輸送船が、屋久島沖西方の東シナ海でアメリカ海軍潜水艦「シーデビル」により撃沈され、屋久島沖西方で戦死しました。享年27歳。職業野球通算63勝22敗、防御率1.74。

 戦後の1947年7月9日、巨人軍は沢村の功績をたたえて背番号14を日本プロ野球史上初の永久欠番に指定したしたほか、同年、沢村の功績と栄誉を称えて“沢村栄治賞(沢村賞)”が設立されたのは広く知られるところです。現在、東京ドームそばの「鎮魂の碑」には、石丸進一ら太平洋戦争で戦死したプロ野球選手とともに、沢村の名も銘記されています。

 なお、沢村をモデルとした切手は、今回ご紹介のモノのほか、1984年に発行された“日本プロ野球50年”の記念切手があります。こちらについては、拙著『近代美術・特殊鳥類の時代』でも詳しく説明しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


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