内藤陽介 Yosuke NAITO
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 カノのアミール即位式
2015-02-08 Sun 22:33
 ナイジェリア北部最大の都市カノで、きのう(7日)、現地のアミール(首長)ムハンマド・サヌシ2世の即位式が盛大に執り行われたそうです。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      ナイジェリア・カノのモスク

 これは、1959年、英自治領時代のナイジェリアで発行された“カノの大モスク”(以下、大モスク)の切手です。

 現在のナイジェリア北部、サハラ南縁の地域は、西暦1000年頃から、ハウサ人によるハウサ諸王国の支配下に置かれていました。この地域は12世紀頃からイスラム化が進み、サハラ縦断貿易の要所として繁栄しましたが、1809年、ハウサ諸王国はフラニ帝国によって征服されてしまいます。

 19世紀後半から、ナイジェリアの地域に進出していった英国は、1885年までにオイル・リヴァーズ保護国を設置。さらに、1886年、ジョージ・トーブマン・ゴールディらによる貿易会社“王立ニジェール会社”を通じて本格的なナイジェリア支配を開始しました。なお、1893年には、オイル・リヴァーズ保護国はニジェール海岸保護国に改変されています。


 1901年、王立ニジェール会社は北部ナイジェリア保護領と南部ナイジェリア保護領の二つの保護領に再編成されました。その際、北部保護領では、ハウサ諸王朝の流れを汲む支配勢力(今回即位したカノのアミールもその一人です)や制度を温存して間接統治を行ったのに対して、南部では英当局による直接統治が行まれ、その結果、宗教的にはキリスト教徒が多数派を占めるようになりました。このため、 1914年には南北保護領を統合した英領ナイジェリア植民地が発足した後も、南北間ではさまざまな齟齬が生じることになりました。

 さて、イスラム過激派ボコ・ハラームによるテロ活動が活発化しているナイジェリアですが、なかでも、カノは彼らがさかんに攻撃を仕掛けている地域の一つです。すなわち、2012年1月20日には、ボコ・ハラームによるテロで治安要員ら少なくとも185人が殺害され、多数の負傷者が発生したほか、今回ご紹介の切手に取り上げられた大モスクでは、昨年(2014年)11月28日、金曜日の集団礼拝を狙った自爆テロ2件と銃乱射事件が発生しており、死者は少なくとも120人以上、負傷者は270人以上という大惨事になりました。

 昨年11月の事件は、サヌシ2世が大モスクでボコ・ハラームに対する自衛戦を宣言し、住民らに武器調達などを促していたことへの報復と見られています。このときは、サヌシ2世はモスク内にいなかったために難を逃れ、今回の即位式となったわけですが、現在なお、現地ではボコ・ハラームによるテロとの戦いが続いているわけで、サヌシ2世とカノの人々による自衛戦の今後に期待したいところですな。

 
 * 本日、東京・狛江のエコルマホールにて開催のイベント「みんなで絵手紙 見て、知って、書いて、楽しもう」は、無事、盛況のうち終了いたしました。ご参加いただきました皆様には、この場をお借りして、あらためてお礼申し上げます。


 ★★★ 講座「切手と郵便物に刻まれた“終戦”」(2月20日)のご案内 ★★★ 

       ミズーリの消印

 2月20日13:00~14:30、愛知県名古屋市の栄中日文化センターで、「切手と郵便物に刻まれた“終戦”」と題する講座を行います。

 2015年は第二次世界大戦の終戦から70周年にあたります。終戦の年の1945年はあらゆる意味で社会が激変した年ですが、その影響は切手や郵便物にもさまざまな痕跡を残しています。今回の講座では、当時の切手や郵便物を読み解いていくことで、一般の歴史書では見落とされがちな終戦の諸相を、具体的なモノの手触りとともに明らかにしてみたいと思っています。

 詳細は、こちらをご覧ください。(画像は、日本の降伏文書調印が行われた米軍艦ミズーリ号から降伏文書調印日に差し出された郵便物の一部分です) 

 
 ★★★ よみうりカルチャー荻窪の講座のご案内 ★★★

 毎月1回(原則第1火曜日:3月3日、3月31日)、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で下記の一般向けの教養講座を担当します。

 ・イスラム世界を知る 時間は15:30-17:00です。

 次回開催は3月3日で、途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


 ★★★ 内藤陽介の最新刊  『朝鮮戦争』好評発売中! ★★★ 

        朝鮮戦争表紙(実物からスキャン) 本体2000円+税

 【出版元より】
 「韓国/北朝鮮」の出発点を正しく知る!
 日本からの解放と、それに連なる朝鮮戦争の苦難の道のりを知らずして、隣国との関係改善はあり得ない。ハングルに訳された韓国現代史の著作もある著者が、日本の敗戦と朝鮮戦争の勃発から休戦までの経緯をポスタルメディア(郵便資料)という独自の切り口から詳細に解説。解放後も日本統治時代の切手や葉書が使われた郵便事情の実態、軍事郵便、北朝鮮のトホホ切手、記念切手発行の裏事情などがむしろ雄弁に歴史を物語る。退屈な通史より面白く、わかりやすい内容でありながら、朝鮮戦争の基本図書ともなりうる充実の内容。

 本書のご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、アマゾン他、各電子書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。

 *8月24日付『讀賣新聞』、韓国メディア『週刊京郷』8月26日号、8月31日付『夕刊フジ』、『郵趣』10月号、『サンデー毎日』10月5日号で拙著『朝鮮戦争』が紹介されました!


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 ボコ・ハラームの拠点
2014-05-08 Thu 20:57
 ナイジェリア北東部ボルノ州で、ことし4月以降、西洋式の教育を全面的に否定するイスラム過激派ボコ・ハラームによって女子生徒や少女ら270人以上が相次いで拉致され、“奴隷”として売り飛ばすと脅迫されている問題で、米国やフランス、英国はきょう(8日)までに生徒の捜索と救出を支援するため、専門家チームを派遣することを決めました。というわけで、今日はこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

       ナイジェリア・ボルノの騎兵

 これは、1953年、英領時代のナイジェリアで発行された普通切手のうち、ボルノ(ボルヌ)の騎士を描いた1ペニー切手です。

 現在のボルノ州は、1976年に北東部州の分割により誕生した旧ボルノ州から、1991年に西部の地域をヨベ州として分割した残りの地域で、ナイジェリア北東部、チャドおよびカメルーンと国境を接する位置にあります。この地域は、1893年までボルヌ帝国の支配下に置かれていましたが、同帝国の滅亡後も首長家は存続し、現在でも、地域政府の顧問という立場を維持しています。また、1960年にナイジェリアが独立した後も、1967年までは自治が行われているなど、中央政府からは自立傾向の強い地域として知られています。

 一方、ボコ・ハラームは、2002年、ボルノ州の州都マイドゥグリで、地元のイスラム神学生を母体に結成された組織で、「(現地語で西洋式の教育を意味する)“ボコ”を禁じる(アラビア語の“ハラーム”は禁止・禁忌の意味)」を名前の由来としています。

 ボコ・ハラームは2004年にボルノ州から隣接するヨベ州に本部を移し、隣国ニジェールとの国境付近に軍事訓練キャンプ“アフガニスタン”を設置。ここを拠点にナイジェリア政府の警察署の襲撃などを繰り返していました。このため、2009年以降、ナイジェリア政府は本格的にボコ・ハラームの摘発に乗り出しましたが、その結果、同年7月、バウチ州、ヨベ州、カノ州、カツィナ州で大規模な戦闘が発生し、700人以上が亡くなりました。

 以後、ボコ・ハラームはナイジェリア政府に対するテロ行為を先鋭化させ、刑務所の襲撃や爆弾テロを繰り返しています。このため、昨年(2013年)、グッドラック・ジョナサン大統領は、ボコ・ハラームの攻撃は宣戦布告に該当するとして、ボルノ州、ヨベ州、アダマワ州の3州で非常事態宣言を発令。米国政府も、11月にはボコ・ハラームをテロ組織に指定しています。また、この間の政府軍とボコ・ハラームによる戦闘を逃れ、3万7000人以上の難民が国境を越えてニジェールに逃れる事態となっています。

 今年(2014年)に入ってからでも、2月にはボルノ州内でキリスト教徒が多数を占める村が襲撃され、100人以上が犠牲となったほか、4月14日には、ボルノ州の学校を襲撃し、16-18歳の女子生徒を拉致。指導者のアブバカル・シェカウは生徒を「奴隷」として売り飛ばすと脅迫しています。さらに、今月5日には、カメルーンとの国境に近いガンボル・ヌガラの町で、この地に駐留していた政府軍兵士が女子学生救出のためにチャド湖側に再配置された隙をつき、ボコ・ハラームと見られる武装勢力による大規模な住民襲撃事件が発生。最低でも125人以上、関係者の証言などによると、おそらく数百人規模の死者が出た模様です。

 ボコ・ハラームによる女子学生の拉致事件は決して許されざることで、一刻も早い被害者の無事解放と犯人の逮捕をお祈りしております。


 ★★★ 切手が語る台湾の歴史 ★★★

 5月15日13:00から、よみうりカルチャー北千住にて、よみうりカルチャーと台湾文化部の共催による“台湾文化を学ぶ講座”の一コマとして、「切手が語る台湾の歴史」という講演をやります。

 切手と郵便はその地域の実効支配者を示すシンボルでした。この点において、台湾は非常に興味深い対象です。それは、最初に近代郵便制度が導入された清末から現在に至るまで、台湾では一貫して、中国本土とは別の切手が用いられてきたからです。今回の講演では、こうした視点から、“中国”の外に置かれてきた台湾(史)の視点について、切手や郵便物を題材にお話しする予定です。

 参加費は無料ですが、事前に、北千住センター(03-3870-2061)まで、電話でのご予約が必要となります。よろしかったら、ぜひ、1人でも多くの方にご来駕いただけると幸いです。


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 東京・江東区亀戸文化センターで、5月から毎月1回、世界旅行の気分で楽しく受講できる紀行講座がスタートします。美しい風景写真とともに、郵便資料や切手から歴史・政治背景を簡単に解説します。受講のお楽しみに、毎回、おすすめの写真からお好きなものを絵葉書にしてプレゼントします!

 詳細は、こちらをご覧ください。


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 出版元特設ページはこちらです。また、10月17日、東京・新宿の紀伊國屋書店新宿南店で行われた『蘭印戦跡紀行』の刊行記念トークの模様が、YouTubeにアップされました。よろしかったら、こちらをクリックしてご覧ください。


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 フランシーヌの動機
2014-03-30 Sun 18:30
 きょうは“3月30日の日曜日”ということで、ネット上でも、往年のヒット曲「フランシーヌの場合」のことを話題にする人が多いようです。というわけで、歌のモデルとなったフランシーヌ・ルコントにちなんでこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

       ビアフラ加刷

 これは、1968年4月1日にビアフラ共和国が発行した切手で、ナイジェリア切手の国名を表示を抹消してビアフラの国章を加刷し、さらに、ビアフラの国名表示も加刷されています。

 1960年に独立したナイジェリアは、当初、北部州(ハウサ族が中心)・西部州(ヨルバ族が中心)・東部州(イボ族が中心)の3地域(1963年に西部州から中西部州が分割され、4地域になります)の連邦制国家としてスタートしました。しかし、独立後、東部のイボ族地域で油田が発見され、東部とそれ以外の地域の経済格差が広がったこともあり、議会ではこれらの3地域の代表が激しく対立し、政権は不安定でした。

 こうした中で、1966年1月、イボ族の中堅将校を中心としたクーデターが発生。クーデターはイボ族出身の軍司令官、ジョンソン・アグイイ=イロンシによってすぐに鎮圧され、イロンシを大統領とする臨時政府が樹立されましたが、イロンシは同年7月28日に暗殺され、北部出身のヤクブ・ゴウォン中佐が政権を掌握しました。

 この間、北部ではイボ族に対する虐殺事件(1万数千人が犠牲になったといわれています)が発生し、100万人近い難民が東部州に逃れます。東部州の軍政知事だったチュクエメカ・オドゥメグ・オジュク中佐は、州内の連邦資産を接収し、税収を全て東部州で管理するとしましたが、ゴウォン政権は中央集権化を図るためとして地方を12州に再編。その狙いが東部州を分割して弱体化を図ることにあったのは明白だったため、1967年5月30日、オジュクは“ビアフラ共和国”として東部州の独立を宣言しました。

 今回ご紹介の切手は、独立宣言を行ったビアフラ政府が自らの正統性を内外に示すために発行したもので、彼らの支配地域で使用されました。なお、ビアフラと域外の郵便は、ビアフラを承認していたガボンの首都リーブルヴィルに空輸され、そこから各国に逓送されるというルートを取っていました。ちなみに、ガボン以外にビアフラ国家を承認していたのは、ハイチ、コート・ディヴォワール、タンザニア、ザンビアの各国です。

 これに対して、ビアフラの独立を認めないナイジェリア連邦軍との間で内戦が発生。フランスと南アフリカがビアフラを、旧宗主国の英国とソ連が連邦を支援し、戦闘は一進一退の状況が続きました。

 このため、1968年以降、連邦側はビアフラに対する食料・物資の供給を遮断。連邦による包囲は徹底したもので、赤十字による人道支援の物資搬入も妨害したため、ビアフラは深刻な飢餓に陥ります。

 「フランシーヌの場合」は、こうした状況の下で、ビアフラの飢餓についての新聞記事を握りしめて抗議の焼身自殺を行ったフランシーヌ・ルコントのことを歌ったもので、当時の反戦フォークを代表する一曲となりました。

 結局、ビアフラは兵糧攻めに屈するかたちで、1970年1月9日に降伏。オジュクはコート・ディヴォワールに亡命し、内戦は終結しました。内戦時のビアフラでは、少なくとも150万人以上の人間が、飢餓、病気、戦闘によって死亡したとされており、その後もながらく“ビアフラ”は飢餓の代名詞として使われることになりました。


 ★★★ ポスタル・メディアと朝鮮戦争 ★★★

 4月19日(土)14:00から、東京・水道橋の日本大学法学部三崎町キャンパス本館2階 第2会議室(以前ご案内していた会場から変更になりました)にて開催のメディア史研究会月例会にて、昨年(2013年)夏、バンコクで開催された世界切手展<Thailand 2013>に出品した“Korea and the Cold War 1945-1953”の内容を中心に、切手や郵便物などによって朝鮮戦争とその時代を再構成しようとする試みについてお話しします。

 なお、メディア史研究会はまったく自由な研究会で、会員以外の方でも気楽にご参加いただけますので(もちろん、無料)、よろしかったら、ぜひ、遊びに来てください。


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 ★★★ 文京生涯カレッジ(第13期)のご案内 ★★★

 文京学院大学が一般向け(=どなたでも受講できます)にさまざまな講師を招いて行う通年の教養講座「文京生涯カレッジ」の第13期が4月15日から始まります。僕も、7月15・22日に「バスコ・ダ・ガマのインドを歩く」、9月9日に「ドバイ歴史紀行」のお題で登場します。詳細はこちらですので、よろしかったら、ぜひご覧ください。


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 日本の兵隊さん、本当にいい仕事をしてくれたよ。
 彼女はしわくちゃの手で、給水塔の脚をペチャペチャ叩きながら、そんな風に説明してくれた。(本文より)

 南方占領時代の郵便資料から、蘭印の戦跡が残る都市をめぐる異色の紀行。
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 出版元特設ページはこちらです。また、10月17日、東京・新宿の紀伊國屋書店新宿南店で行われた『蘭印戦跡紀行』の刊行記念トークの模様が、YouTubeにアップされました。よろしかったら、こちらをクリックしてご覧ください。


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 オイル・リヴァーズ
2006-12-28 Thu 00:54
 アフリカ中部、ナイジェリア最大の都市ラゴス近郊の人口密集地域で石油パイプラインが爆発して火災が発生し、少なくとも200人が死亡、60人がやけどを負うという大惨事があったそうです。

 このニュースを聞いて、今日はこんな切手を引っ張り出してきました。(画像はクリックで拡大されます)

オイル・リヴァーズ

 これは、1892年にイギリスの支配下にあったオイル・リヴァーズ保護国で発行された切手です。

 現在、ナイジェリアは世界第6位の産油国ですが、その一大油田地帯がギニア湾に面したニジェール川の三角州地帯、ニジェール・デルタです。ニジェール・デルタでの油田開発はイギリス時代末期の1950年代以降のことですが(ちなみに、ナイジェリアの独立は1960年のことです)、それ以前は、この地域はアブラヤシのプランテーション地帯でした。オイル・リヴァーズという名称も、石油ではなく、アブラヤシの産地であることから付けられた名前です。

 なお、オイル・リヴァーズ保護国は1885年に設立されましたが、1893年にはニジェール海岸保護国に改変されてしまい、オイル・リヴァーズの表示の入った切手も使われなくなってしまいます。

 さて、今回の石油パイプラインの火災事故は、どうやら、パイプラインから漏れる燃料を持ち去ろうとした住民の不注意で、漏れた燃料に引火したことが原因と見られているとか。

 現在のラゴスは、人口の増加に都市機能が追いつかず、バス・タクシーなど交通機能は麻痺状態。失業率も高く、きわめて治安の悪い都市として知られています。じっさい、パイプラインから石油を不正に持ち出して売買するなんてことは、人間の生命に関わることではないため、たいした犯罪とはみなされていないようで、そうしたことが今回の事故につながったとみてよいでしょう。

 メール詐欺として悪名高いナイジェリアの手紙といい、どうも、この国についてはあまり良い話を聞きませんねぇ。
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