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内藤陽介 Yosuke NAITO
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 チャゴス諸島の返還を勧告
2019-02-26 Tue 11:09
 ハーグの国際司法裁判所は、きのう(25日)、米軍基地建設のためインド洋のモーリシャスから分離され、住民が島外へ強制移住させられた英領チャゴス諸島について、英国の統治を不法行為と認定し「できる限り早期に統治を終わらせる義務がある」と英政府に勧告しました。というわけで、きょうはこの切手です、(画像はクリックで拡大されます)

      モーリシャス・チャゴス諸島(2017)

 これは、2017年にモーリシャスがチャゴス諸島の領有権を主張するために発行した切手で、モーリシャスとチャゴス諸島の位置関係を示す地図が描かれています。

 チャゴス諸島はモルディヴの南1600kmの地点に位置し、同諸島からモルディヴを経てインド西岸のラクシャディープ諸島へと続く海底山脈の一部となっています。7つの環礁を中心に60以上の島で構成されていますが、最大の島であるディエゴガルシア島以外は無人島です。

 こうした地理的な関係から、モルディヴの人々の間ではチャゴス諸島の存在は古くから知られていましたが、沿革の地であるため、移住する人はありませんでした。

 16世紀初、ポルトガル人がディエゴ・ガルシア島を発見。同島も当初は無人島でしたが、18世紀にフランス人が入植して黒人奴隷を導入しココヤシとコプラのプランテーションを開始します。

 ナポレオン戦争後の1814年、チャゴス諸島は英領となり、行政上はながらくモーリシャスの管轄下に置かれました。しかし、1960年代に入るとモーリシャスの独立問題が浮上したため、1965年11月、英国は、チャゴス諸島を、アルダブラ諸島、ファーカー諸島、デロッシュ諸島とともにモーリシャス本土から分離して“英領インド洋地域”を形成し、モーリシャス独立後もこの地域を確保する体制を整えました。

 こうした経緯を経て、1966年、英国は米国と協定を結び、以後50年間、ディエゴ・ガルシア島を米国に貸与する協定を締結。離島者の帰島を禁じる、制限された食料や医療しか与えない、ペットを殺害する等の方法で同島から島民の追い出しが図られ、1973年頃には、残った島民もモーリシャスやセイシェルに強制移住させられ、同島を無人島となりました。

 ときあたかも、1967年、それまで英国の支配下に置かれていたイエメン南部が、ソ連の支援の下、南イエメン人民共和国(後にイエメン人民民主共和国に改称)として独立し、西側諸国はアデン港を使えなくなったため、1971年以降、ディエゴガルシア島には米軍基地が建設されました。現在、同島の米軍基地はインド洋における米国の最大の軍事拠点となっており、湾岸戦争やアフガニスタン攻撃、イラク戦争の際にも、B-52戦略爆撃機、B-2ステルス爆撃機などがここから出撃しました。

 その後、1976年6月23日、セイシェルが独立すると、アルダブラ諸島、ファーカー諸島、デロッシュ諸島はセイシェルに移管され、現在、“英領インド洋地域”は事実上、チャゴス諸島のみとなりました。ただし、域内最大の島であるディエゴ・ガルシア島には軍関係者しか住んでいないこともあって、行政機関としてのインド洋総督府はセイシェルの首都ヴィクトリアにおかれており、英国の海外領土としており、弁務官が統治する体制となっていました。

 ところで、1966年に米英間で結ばれた協定では、米国による防衛目的での使用期限は50年間とされ、その後、終了の通知がない場合はさらに20年間、自動的に期限が延長されることになっていました。これに従い、2016年12月30日、終了の通知がなかったため、規定に従い2036年まで貸与が延長されています。

 ところが、ディエゴガルシア島の元島民の一部は、1968年以降、英国による強制移住に抗議し、英政府を相手に同島への帰還と補償等を求めて提訴。こうした事情を踏まえ、当初の英国から米国への(当初予定の)貸与期限切れ後の2017年、モーリシャスは国連決議を通じ、国際司法裁判所にチャゴス諸島に対する英国支配の適法性の判断を求めていました。

 今回の国際司法裁判所の勧告には法的な拘束力はありませんが、勧告どおり、チャゴス諸島がモーリシャスに“返還”された場合、ディエゴ・ガルシア島の米軍基地がその後も維持されるかどうかは不透明です。特に、現在のモーリシャスは、左派系ヒンドゥー政党のモーリシャス社会主義運動が政権を担っており、一帯一路を掲げてインド洋進出を目論む中国の連携を模索する可能性もありうるだけに、インド太平洋地域の安全保障という点からも、今後の展開が大いに気になります。


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 ドードーの骨、競売へ
2013-04-24 Wed 10:47
 数百年前に絶滅した飛べない鳥“ドードー”の骨の一部が、きょう(24日)、ロンドンのクリスティーズで競売にかけられるそうです。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

        ドードー(1950年)

 これは、1950年、英領時代のモーリシャスで発行された12セントの普通切手で、地図をバックにドードーが描かれています。

 マダガスカル沖、マスカリン諸島のモーリシャス島に生息していた絶滅鳥類です。

 16世紀初頭、大航海時代のポルトガル人がマスカリン諸島が到達し、同諸島は寄港地として利用されるようになります。それからわずか180年後の1681年、飛ぶことも速く歩くこともできないドードーは、イギリス人ベンジャミン・ハリーが目撃したのを最後に生きた姿を確認されておらず、絶滅したものと考えられています。なお、ドードー絶滅の理由としては、入植者による乱獲という説と、彼らが持ち込んだ家畜によって食べつくされてしまったという説がありますが、いずれにせよ、発見されてから絶滅までの期間が短かったことから、現在では、絶滅動物の象徴となっています。

 ドードーの剥製としては、1683年にオックスフォードのアシュモレアン博物館に収蔵されたものが唯一の例として知られていましたが、状態の劣化により、1755年に焼却処分されてしまった結果、保存のためチャコールで覆われた剥製がチェコのストラホフ修道院の図書館に残されている以外には、頭部、足などのごくわずかな断片がほとんどです。このため、2006年にオランダの調査隊がモーリシャスで、比較的原型をとどめているドードーの化石を発見した際には大いに話題となりました。

 クリスティーズによると、ドードーの骨がオークションに出品されるのは1934年以来のことで、今回の骨は19世紀に発掘された脚の一部だそうです。

 なお、ドードー所縁の地であるモーリシャスでは、独立後、世界的に有名なドードーを国鳥とし、国章にもドードーをあしらっています。また、出入国時のスタンプにも、ドードーが描かれているのだとか。モーリシャスのポスト・オフィス切手は無理でも、こちらはいつかゲットしたいなぁ。

 *昨日の「知恵泉」は無事終了しました。ご視聴いただきました皆様には、あらためてお礼申し上げます。


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 『図書新聞』 3月15日号
2008-03-15 Sat 04:40
 ご報告が遅くなりましたが、先週8日に発行の書評専門紙『図書新聞』に、ヘレン・モーガン著(藤井留美・訳)の『世界最高額の切手「ブルー・モーリシャス」を探せ! コレクターが追い求める「幻の切手」の数奇な運命』 (光文社)についての僕の書評が掲載されました。というわけで、まずは、この切手を見ていただきましょう。(画像はクリックで拡大されます)

 ポストオフィス150年

 これは、1997年にモーリシャスが発行した切手発行150年の記念切手で、今回の書評のほんのテーマである有名なポストオフィス切手が取り上げられています。ホンモノのポストオフィス切手はウン千万という値段で到底、手の届く値段ではありませんが、こちらは4種セットでも300円でした。

 まぁ、モーリシャス切手については、僕がくどくど説明するよりも、ヘレン・モーガンの本を読んでもらうのが良いと思うので、今回は、以下、『図書新聞』の書評を転載します。(数字などは漢数字を算用数字に改めました)

 *****

 切手1枚1枚の軌跡を丹念に掘り起こした物語:単なる物欲だけでない収集家の心理
 
 インド洋に浮かぶ英領のモーリシャス島では、1847年、ヴィクトリア女王の肖像を描き“ポストオフィス(郵便局)”と表示された同島最初の穂切手が発行された。その数は1ペニーと2ペンスが500枚ずつ。そのほとんどが郵便に使われ、捨てられたという。翌1848年には、表示を“ポストペイド”(郵便料金支払済み)と改めた切手が発行されたこともあり、モーリシャスのポストオフィス切手はわずか1年の短命に終わった。書名の“ブルー・モーリシャス”とは、このポストオフィス切手のうち、藍色の2ペンス切手の愛称で、残存数の少なさもあって珍品切手の代表格とされている。

 オードリー・ヘップバーンの『シャレード』(1963年)は25万ドルの金を高価な切手に変えて隠すトリックが有名だが、ポストオフィス切手が貼られた封筒の1968年のオークションでの落札値は38万ドル。これだけの“紙の宝石”ともなると、当然のことながら、その残存する26枚(他に真贋の疑わしいものが1枚ある)をめぐって、さまざまな伝説が流布し、人間ドラマが展開されてきた。

 たとえば、1904年、イギリスのオークションでポストオフィス切手に1450ポンドの値がついたとき、ある男が皇太子(後のジョージ5世)に「どこかの馬鹿者が1枚の切手に1450ポンドも払ったそうです」と報告すると皇太子は「私がその馬鹿者だよ」と答えたという。また、ナチス崩壊のドサクサで帝国郵便博物館から持ち出されたポストオフィス切手の1枚が再び世に出てきたとき、東西ドイツの双方が所有権を主張して譲らず、米国政府の保管を経て統一後にようやく返還されることになった。

 本書は、そうしたポストオフィス切手1枚1枚の軌跡を丹念に掘り起こし、それに付随する物語を発掘した労作。切手の知識がなくても、単純にお宝物語として面白い。

 これに類する仕事としては、中国・清代の名品切手“紅印花小字1円”の未使用32枚(市価は1枚4-5000万円程度か)の軌跡を丹念にたどった研究が思いつくが、専門家以外の目に触れる機会はまずないだろう。その意味でも、本書のような本がひろく一般向けの書籍として刊行されたことは、日本のフィラテリー(切手・郵便史の収集・研究)にとって大いに喜ばしいことである。

 ただ、ひとつ補足しておくと、“紙の宝石”を求める収集家の心理的背景には、単なる物欲だけでなく、“コレクション”を作って切手展に出品したいという、知的生産活動・表現活動に対する欲求があることを強調しておきたい。この点を見落とすと、金井宏之(ポストオフィスに傾倒し、個人としては過去最高の6枚を所有した日本人)のエピソードも、単なる好事家の物語(それはそれで面白いが)に堕してしまう。

 フィラテリーの世界では、ほぼA4台の台紙に切手などの実物を貼り込み、その周囲に研究成果などを書き込んだもの(リーフ)を一定数集めて構成・展示することが、成果発表の形式として重要視されている。全国規模の競争展覧会では、出品された展示作品は、専門家による審査の結果、出品者の獲得した点数(100点満点)に応じて、金、金銀、銀などの各賞によって格付けされる。そして、国内で金銀賞を獲得した展示作品は、切手のオリンピックともいうべき国際切手展への出品資格が与えられ、さらに世界を相手に上位入賞を目指すことになる。

 さて、作品は、展示されている切手の希少性はもとより、展示作品の構成・展開の論理的な明快さ、展示されている切手や郵便物についての独自の研究、さらには、作品全体の美観など、さまざまな角度から採点される。切手展に出品されるコレクションとは、単なるモノの集積ではなく、切手を素材として行われる知的生産活動・表現活動の成果だからだ。したがって、いくら高価な切手を羅列しようとも、それだけで高評価を得る可能性はほぼない。

 日本では“コレクション”というと、すぐに分量や金銭的価値を話題にする傾向があるが、それは欧米語で言う“アキュムレーション(蓄積)”への関心であって、コレクションの本質ではない、。ファッションの世界でいうパリ・コレクションやミラノ・コレクションが、登場する服やモデルの数とか服地の値段に重きを置いていないことを考えてみれば、容易にご理解いただけるだろう。

 金井が作り上げたモーリシャスのコレクションも、こうした関門を潜り抜け、1970年のロンドン国際切手展で全部門最高の大賞(Grand Award)を受賞したものだ。したがって、金井のモーリシャス切手への情熱の源に、国際切手展で大賞を獲得したいという強い意志があったことを見落とすと、彼のコレクションつくりも単なる物欲の結果としてしか理解されなくなってしまうだろう。その結果、フィラテリーの知的かつクリエイティヴな面が捨象され、切手収集は所詮、好事家が物欲にまかせてやる手遊びに過ぎないとの世間一般の印象が補強されてしまうとしたら、きわめて残念なことだ。

 もちろん、展覧会の話を別にしても、珍品切手の系譜を追い求めるのは物語として十分に楽しいし、本書がその点で十分に成功していることは言を俟たない。ただ、そこにもう一歩踏み込んで“コレクション”にかける収集家の情熱や展覧会をめぐる人間模様なども加味すれば、より深みのある作品に仕上がったであろうことは容易に想像がつく。

 今後、本書をきっかけにして、たとえば、一般に世界最高額の切手とされることの多い“英領ギアナの1セント”や、殺人事件の原因となったハワイの宣教師切手、エラーモノとして有名な米国の“宙返りジェニー”などについても、本書同様、丹念に一枚ずつの軌跡をたどり、物語を掘り起こす仕事が出てくるかもしれないが、その際には、本書から抜け落ちた視点をもカバーした、もう一回りスケールの大きな作品が生まれることを期待したい。

 (以上・文中敬称略)

 *お知らせ 
 12日に台湾から帰国後、愛用のノート・パソコンのHDに不具合が生じ、現在、僕が普段使っているメール・アドレス(y-naitoで始まるものです)にお送りいただいても、メールを読むことができなくなってしまいました。データは9割がた復旧できたのですが、パソコンの機械については、とりあえず家族共用のパソコンで急場をしのいでいるものの、近々、新しい機械を買わざるを得ない状況です。

 つきましては、新しいパソコンを買ってメール環境を復旧させるまでの間、皆様にはいろいろとご迷惑をおかけいたしますが、あしからずご了承ください。

 なお、お急ぎの方は、このブログの最新記事のコメント欄に、“管理者にだけ表示を許可する”をチェックの上、ご用件と返信先のメールアドレスをご記入いただければ対応いたしますので、お手数ですが、よろしくお願いいたします。
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