内藤陽介 Yosuke NAITO
http://yosukenaito.blog40.fc2.com/
World Wide Weblog
 世界の国々:ニカラグア
2016-10-02 Sun 11:35
 ご報告が遅くなりましたが、アシェット・コレクションズ・ジャパンの週刊『世界の切手コレクション』2016年9月28日号が発行されました。僕が担当したメイン特集「世界の国々」のコーナーは、今回はニカラグアの特集(2回目)です。その記事の中から、この1点をご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

      ニカラグア・チャモーロと李登輝

 これは、1996年6月26日に発行された“ニカラグア=台湾友好”の切手で、台湾の李登輝総統とチャモーロ大統領が描かれています。

 1979年以前のニカラグアは、親米・反共を前面に打ち出していたソモサ独裁政権下にあり、対中政策に関しても、北京の中国共産党政権(以下、中国)ではなく、台湾の国民政府(以下、台湾)を唯一の正統政府として、台湾との国交を維持していました。

 1979年のニカラグア革命によって発足したFSLN(サンディニスタ民族解放戦線)政権は反米左翼政権だったため、アメリカの介入により、1989年まで内戦が続いていました。こうした中で、FSLNのダニエル・ホセ・オルテガ・サアベドラ政権は、中国=社会主義との理解により、1985年に台湾と断交して中国と国交を樹立します。

 内戦集結後の1990年2月、国連の監視下で行われた大統領選挙でオルテガが僅差で敗れ、国民野党連合のビオレータ・チャモーロが当選すると、チャモーロ政権はFSLN政権からの転換をアピールするために親米政策を採り、その一環として中国と断交し、台湾との国交を復活させます。

 その後も、野党となったFSLNは中国共産党と緊密な友党関係を維持し、2006年11月の大統領選挙では、FSLN候補のオルテガは中国との国交回復を公約の一つとして掲げていました。ただし、2007年に16年ぶりに政権に復帰したオルテガは中国との国交を回復せず、その後もニカラグアは台湾との国交を維持しました。

 その反面、オルテガ政権は中国に“第2パナマ運河”の建設を認め、経済的には対中従属の姿勢を強めています。

 運河建設計画は、形式的には、香港に本社を置く“香港ニカラグア運河開発投資有限公司(以下、HKND)”が事業主体です。同社は、2012年に信威通信産業集団(本社・北京市)代表の王靖が設立した企業で、翌2013年にニカラグア政府と運河の建設や運営に関して調印した後、中国の国有企業と運河建設の協力関係を締結するなど、その背後に中国政府・人民解放軍がいることは公然の秘密です。

 HKMDによる建設工事は、2014年12月に始まりましたが、事前の環境アセスメントや立ち退きを迫られている住民への補償が不十分なことに加え、運河完成後、HKNDには最長100年間の管理運営権が付与されることになっており、多くのニカラグア国民は計画に強く反発しています。また、米国は、中国のニカラグア運河計画に強い警戒感を持っており、そのことが、2015年以降の米国=キューバ関係改善の大きな契機となったとも指摘されています。

 さて、『世界の切手コレクション』9月21日号の「世界の国々」では、19世紀末以来のニカラグア運河計画についてまとめた長文コラムのほか、詩人のルベン・ダリオ、1972年のマナグア地震、メガネカイマンの切手などもご紹介しております。機会がありましたら、ぜひ、書店などで実物を手に取ってご覧いただけると幸いです。

 なお、「世界の国々」の僕の担当回ですが、次回は、5日発売の10月12日号でのカンボジアの特集(2回目)になります。こちらについては、発行日以降、このブログでもご紹介する予定です。


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 10月から毎月第1火曜の15:30より、よみうりカルチャー荻窪(読売・日本テレビ文化センター、TEL 03-3392-8891)で講座「宗教と国際政治」がスタートします。初回は10月4日です。ぜひ、遊びに来てください。詳細は、こちらをご覧いただけると幸いです。

 ・毎日文化センター
 それぞれ、1日講座をやりますので、よろしくお願いします。(詳細は講座名をクリックしてご覧ください)

 10月11日(火) 19:00-20:30 リオデジャネイロ歴史紀行
 11月17日(木) 10:30-12:00 ユダヤとアメリカ 
  

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 * 8月6日付『東京新聞』「この人」欄で、内藤が『リオデジャネイロ歴史紀行』の著者として取り上げられました!

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 卓球男子単で水谷が銅
2016-08-12 Fri 12:18
 リオデジャネイロ五輪7日目(現地時間11日)は、競泳女子200m平泳ぎの金藤理絵が金、競泳男子200m個人メドレーの萩野公介が銀、柔道男子100kg級の羽賀龍之介と卓球男子シングルスの水谷隼が銅のメダルを獲得しました。このうち、水谷は、卓球日本男子初というだけでなく、男女通じても日本初となる卓球の個人メダリストとなりました。というわけで、きょうはこの1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

      ニカラグア・卓球(1949)

 これは、1949年にニカラグアが発行した“第10回アマテュア野球ワールド・シリーズ”の切手のうち卓球を取り上げた1枚で、卓球を取り上げた切手としては世界最初の1枚です。日本初の快挙ということで、日本初の卓球切手を持ってこようかとも思ったのですが、そちらは団体女子がロンドンで銀を獲得したときにご紹介してしまいましたので、今回は世界初の方を持ってきました。

 切手の題材となったアマテュア野球ワールドシリーズは、1938年8月に英国で英米のティームを集めて開催されたのが最初で、後に、国際野球連盟(IBAF:International Baseball Federation )の認可を受けて“IBAFワールドカップ”となり、そこから現在のWBCにつながるというのが歴史的な流れです。

 英国の参加は1938年の第1回のみで、翌1939年の第2回大会には米国、キューバ、ニカラグアの3国が参加。以後、米州を中心に第二次大戦中も中断されることなく1945年まで毎年開催されましたが、1946年の大会が行われなかったため、1948年にニカラグアのマナグアで行われた大会が第10回となりました。

 なお、大会は1948年の開催ですが、ウォータールー・アンド・サン社製の記念切手が発行されたのは1949年7月のことでした。また、切手は、今回ご紹介の卓球を含め、野球以外のスポーツを含めて13のデザインがあり、それぞれ刷色と大きさ、額面を変えて、普通の記念切手と航空切手の計26種が発行されたほか、小型シートも発行されています。まぁ、ニカラグアとしては、国際的なスポーツイベントの開催に合わせて、とにかく、スポーツ切手を大量に発行して、全世界のコレクターに向けて輸出してしまおうという魂胆だったのでしょうが、野球のワールドシリーズと銘打った切手に卓球が描かれているというのも妙な感じです。

 ちなみに、切手が発行された1949年には“アマテュア野球ワールド・シリーズ”は開催されておらず、翌1950年に第11回の大会が、やはり、マナグアで開催されていますが、1950年の大会の記念切手は発行されていません。なんだかなぁ。

 
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 英国民投票、EU離脱派が勝利
2016-06-24 Fri 20:08
 きのう(23日)、投票が行われた欧州連合(EU)からの離脱を問う英国の国民投票は、EUからの離脱票が投票総数の過半数を上回りました。メディアなどで報じられた専門家の予想(僕も同意見でした。すみません)では、ギリギリ現状維持だろうと見られていただけに、ビックリしました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      ニカラグア・チャーチル(1974)

 これは、1974年のチャーチル生誕100年の記念切手のうち、1940年6月8日付の『デイリー・エクスプレス』紙に掲載された、チャーチルをブルドッグになぞらえた漫画(シドニー・ストゥルーブ筆)を取り上げた1枚です。漫画に描かれたチャーチル=ブルドッグは、“全力でがんばれ(Go To It)!”の文字の入ったヘルメットをかぶってブリテン島に陣取り、ドイツに対して徹底的に戦う姿勢を示しています。

 1939年9月に第二次欧州大戦が勃発し、英国がドイツに対して宣戦布告した時の首相はネヴィル・チェンバレンで、チャーチルは海軍大臣でした。もっとも、開戦からしばらくの間、チェンバレンはドイツの矛先をソ連に向けさせるべく秘密交渉を続けており、西部戦線ではほとんど戦闘は行われていませんでした。

 ところが、秘密交渉は決裂し、1940年4月にドイツ軍はノルウェー作戦を発動。さらに、5月10日にはベネルクス3国へ侵攻したことで、チェンバレンの宥和政策は破綻し、同日、彼の内閣は退陣を余儀なくされます。後継首相には、対独強硬派のチャーチルがただちに就任し、自由党・保守党・労働党を中心とする挙国一致内閣が組織されました。

 今回ご紹介の切手の漫画はこうした状況を反映したもので、欧州を席巻するヒトラーとナチスに対して一歩も引かないぞという気概を示したものだったわけですが、今回の国民投票で勝利を収めた離脱派の人たちも“EUの横暴”に屈しないという点で、こんな感じの自己イメージを持っているのかもしれません。

 もっとも、英国が実際にEUから離脱するための具体的な交渉には2年はかかるとされていますし、英国がEUから離脱するとなると、EU残留を望む声の強いスコットランドの英国からの離脱問題も再浮上することになりそうです。

 それはともかく、今後しばらく英国の混乱によりスターリング・ポンド安の状況が続くでしょうから、英国切手は入手しやすい状況が続きそうですな。このタイミングにあわせて、拙著『英国郵便史 ペニー・ブラック物語』を読んで、資産形成の一手段として、ペニー・ブラックに興味を持ってくれる人が一人でも増えてくれると嬉しいんですが…。
 

 ★★★ 講座のご案内 ★★★

 下記の通り、各地のよみうりカルチャーで公開講座を行います。ぜひ、ご参加ください。

・イスラムを知る―ISはなぜテロに走るのか
 よみうりカルチャー横浜 7/2(土) 13:00~14:30

・切手でたどる東京五輪とその時代
 よみうりカルチャー荻窪 7/9(土) 13:00~14:30

 詳細につきましては、それぞれの会場・時間をクリックしてご覧いただけると幸いです。


 ★★★ 内藤陽介の新刊  『ペニー・ブラック物語』 のご案内 ★★★ 

       ペニーブラック表紙 2350円+税

 【出版元より】
 若く美しい女王の横顔に恋しよう!
 世界最初の切手
 欲しくないですか/知りたくないですか

 世界最初の切手“ペニー・ブラック”…名前は聞いたことがあっても、詳しくは知らないという収集家も多いはず。本書はペニー・ブラックとその背景にある歴史物語を豊富なビジュアル図版でわかりやすく解説。これからペニー・ブラックを手に入れたい人向けに、入手のポイントなどを説明した収集ガイドもついた充実の内容です。

 発売元の特設サイトはこちら。ページのサンプルもご覧いただけます。


 ★★★ 内藤陽介の新刊  『アウシュヴィッツの手紙』 のご案内 ★★★ 

       アウシュヴィッツの手紙・表紙 2000円+税

 【出版元より】
 アウシュヴィッツ強制収容所の実態を、主に収容者の手紙の解析を通して明らかにする郵便学の成果! 手紙以外にも様々なポスタルメディア(郵便資料)から、意外に知られていない収容所の歴史をわかりやすく解説。

 出版元のサイトはこちら。各書店へのリンクもあります。

 インターネット放送「チャンネルくらら」にて、本書の内容をご紹介しております。よろしかったら、こちらをクリックしたご覧ください。


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 中国系企業“第2パナマ”運河着工
2014-12-23 Tue 22:49
 中米ニカラグアで、きのう(22日)、中国系企業の“香港ニカラグア運河開発投資有限公司(以下、HKND)”が太平洋とカリブ海・大西洋を結ぶ“第2パナマ運河”の建設工事を開始しました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      FSLN20周年

 これは、ニカラグアの現政権与党である“サンディニスタ民族解放戦線(FSLN)”の結成20年を記念して1981年にニカラグアが発行した切手です。

 ニカラグアでは、親米・反共を前面に打ち出していたソモサ独裁政権下の1961年、キューバ革命の影響を受けたトマス・ボルヘ、カルロス・フォンセカらが、左翼系の反政府組織としてサンディニスタ民族解放戦線(FSLN)を組織します。組織名は、1934年、米国の内諾を得た国家警備隊長のアナスタシオ・ソモサ・ガルシアに暗殺されたニカラグア反米闘争の志士、アウグスト・セサル・サンディーノにちなむものです。

 FSLNは、1963年、本格的な反政府武装闘争を開始。当初、彼らの闘争は、米国の支援を受けたソモサ王朝に全く歯が立ちませんでしたが、1972年のニカラグア大地震でのソモサ一族の目に余る専横を機に、次第に政権に不満を持つ国民の支持を集め、1979年7月19日、ついにソモサ政権を打倒してニカラグア革命を成就させました。

 FSLNによる革命政権は左翼的な色彩が強く、キューバとも関係が緊密だったため、反共を前面に掲げて1981年に発足したアメリカのレーガン政権はニカラグアの“キューバ化”を阻止すべく、旧ソモサ軍など革命政権に不満を持つ勢力に資金を提供し、“コントラ”と総称される反革命民兵組織を支援。ニカラグアはFSLN政権とコントラとの内戦に突入します。

 内戦はFSLNを支援するソ連・キューバとコントラを支援する米国との代理戦争の様相も呈して長期化し、1989年の停戦合意成立まで、多くの国民が犠牲になっただけでなく、自然環境や社会インフラも破壊されました。さらに、米国がFSLNに対する経済制裁を発動したため、ニカラグアは国際市場から締め出され、通貨コルドバは暴落。ハイパー・インフレが発生し、ニカラグアは事実上に国家破綻に陥りました。

 こうした状況の中で、FSLNのダニエル・ホセ・オルテガ・サアベドラ政権は、中国=社会主義という単純な冷戦思考の理解により、1985年に台湾と断交して中国と国交を樹立します。しかし、停戦合意後の1990年2月、国連による国際監視のもとで行われた大統領選挙で現職のオルテガが僅差で敗れ、国民野党連合 (UNO) のビオレータ・チャモロが初の女性大統領に選出されると、チャモロ政権はFSLN政権からの転換をアピールするために親米政策を採り、その一環として中国と断交し、台湾との国交を復活させました。

 その後も、野党となったFSLNは党としては中国共産党と緊密な関係を保っており、2006年11月の大統領選挙では、FSLNの候補として立候補したオルテガは中国との国交回復を公約の一つとして掲げていました。しかし、当選後のオルテガは中国との国交を回復せず、現在もニカラグアは台湾との国交を維持し続けています。
 
 こうした経緯もあって、今回の運河建設計画に関しては、表向き、香港に本社を置くHKNDが事業を手掛ける形式を取っています。ただし、HKNDは、2012年に信威通信産業集団(本社・北京市)の代表を務める王靖が設立し他企業であり、翌2013年にニカラグア政府と運河の建設や運営に関して調印した後、中国の国有企業と運河建設の協力関係を締結しているなど、その背後に中国政府・人民解放軍が入ることは公然の秘密となっています。

 今回の運河建設に関しては、環境への影響調査が十分に行われていないことや立ち退きを迫られている住民への補償問題に加え、運河の完成後、HKNDに対しては、最長100年間の管理運営権が付与されることになっており(最初の50年間は無条件で権利が与えられ、その後、50年間の延長が可能という取り決めになっれいるようです)、現地ではかなりの反発があるようです。たしかに、反米・自主独立を唱えてきたFSLNが、かつての米国のパナマ運河支配同様、中国による運河の支配を事実上認めるというのであれば、どう考えたって、筋は通りませんからね。

 また、米国からしてみれば、自分たちが“裏庭”と見なしている地域に中国が手を伸ばしてきたことは、当然、不愉快なわけで、先日のキューバとの関係改善を目指す動きの背景には、今回の一件も一つの要因としてあったとも言われています。

 いずれにせよ、予定では運河の完成は2019年だそうですが、どう考えても、このまますんなりと事が運ぶとは思えませんので、今後の情勢について注目しておきたいところです。


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      チャンネルくらら写真

 毎週水曜日、インターネット放送・チャンネルくららにて、内藤がレギュラー出演する番組「切手で辿る韓国現代史」が配信されています。青字をクリックし、番組を選択していただくとYoutube にて無料でご覧になれますので、よろしかったら、ぜひ、ご覧ください。(画像は収録風景で、右側に座っているのが主宰者の倉山満さんです)

 
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 毎月1回(原則第1火曜日:1月6日、2月3日、3月3日、3月31日)、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で下記の一般向けの教養講座を担当します。

 ・イスラム世界を知る 時間は15:30-17:00です。

 次回開催は1月6日で、途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


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        朝鮮戦争表紙(実物からスキャン) 本体2000円+税

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 日本からの解放と、それに連なる朝鮮戦争の苦難の道のりを知らずして、隣国との関係改善はあり得ない。ハングルに訳された韓国現代史の著作もある著者が、日本の敗戦と朝鮮戦争の勃発から休戦までの経緯をポスタルメディア(郵便資料)という独自の切り口から詳細に解説。解放後も日本統治時代の切手や葉書が使われた郵便事情の実態、軍事郵便、北朝鮮のトホホ切手、記念切手発行の裏事情などがむしろ雄弁に歴史を物語る。退屈な通史より面白く、わかりやすい内容でありながら、朝鮮戦争の基本図書ともなりうる充実の内容。

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 世界の国々:ニカラグア
2014-11-05 Wed 17:42
 アシェット・コレクションズ・ジャパンの週刊『世界の切手コレクション』2014年11月5日号が、先週、刊行されました。僕が担当しているメイン特集「世界の国々」では、今回は中米のニカラグアにフォーカスを当てています。その記事の中から、こんなモノをご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

      ニカラグア・ルーズヴェルト顕彰碑

 これは、1947年にニカラグアで発行された公用航空切手で、首都マナグアに建立されたフランクリン・デラノ・ルーズヴェルト記念碑が描かれています。

 1927年、ニカラグアでは、保守党政権に対して自由党のホセ・マリア・モンカーダらが内戦を始めます。内戦はすぐに停戦となりましたが、停戦後の選挙監視のため米海兵隊が上陸すると、これに反発した反政府軍のアウグスト・セサル・サンディーノ将軍はニカラグア国民主権防衛軍を率いて米軍を攻撃。以後、米軍が撤退する1933年まで、サンディーノ軍と米軍および米軍の支援を受けたニカラグア国家警備隊との間でゲリラ戦が展開されることになりました。

 米軍撤退後の1934年、米国の内諾を得た国家警備隊長のアナスタシオ・ソモサ・ガルシア(タチョ)はサンディーノを暗殺。さらに、1936年にはクーデターを起こしてサカサ大統領を追放し、自ら大統領に就任します。

 1941年、米国が第二次世界大戦に参戦すると、タチョは直ちに枢軸国に宣戦布告し、米国から100万ドルの軍事援助を獲得するとともに、ドイツ人・イタリア人の資産を接収。政府が接収した敵国人の資産はソモサ一族に格安で売却され、タチョは莫大な利益を得るとともに、彼自身も独裁者としてニカラグア政界に君臨しました。

 当時、タチョは米国大統領フランクリン・ルーズヴェルトに擦り寄ることで莫大な援助を獲得し、それを横領することで私腹を肥やしていたわけですが、今回ご紹介の切手に描かれている記念碑も、そうした“親米政策”を可視化するために建てられたものでした。ちなみに、ルーズヴェルト本人はタチョについて、「あの男はろくでなしだが、われわれの側のろくでなしだ」と語っていたそうです。

 第二次大戦の終結直前にルーズヴェルトは現職大統領のまま亡くなりますが、タチョによる国家の私物化はますます激しくなり、1956年、救国の情に駆られた詩人リゴベルト・ロペスはタチョを暗殺します。しかし、タチョの長男のルイス・ソモサ・デバイレが後継大統領となり、ニカラグアはソモサ家による王朝化。さらに、ルイスが1963年に病死すると、国政の実権は弟のアナスタシオ・ソモサ・デバイレ(タチート)に引き継がれ、タチートは国家警備隊の暴力を背景に国家の私物化をいっそう進めました。

 こうした状況の下、1961年、キューバ革命の影響を受けたトマス・ボルヘやカルロス・フォンセカらは、左翼系の反政府組織としてサンディニスタ民族解放戦線(FSLN)を組織します。組織名は前大統領のタチョに暗殺されたニカラグア反米闘争の志士、サンディーノにちなんで命名されました。

 FSLNは、1963年、本格的な反政府武装闘争を開始。当初、彼らの闘争は、米国の支援を受けたソモサ王朝に全く歯が立ちませんでしたが、1972年のマナグア大地震に際して世界中から送られた救援物資をソモサ一派が着服して全世界から不興を買ったことを機に、次第に政権に不満を持つ国民の支持を集めるようになります。そして、11978年、反体制派言論人のペドロ・ホアキン・チャモロが政府によって暗殺されると国民の怒りが爆発して内戦が勃発。タチートは1979年7月19日にマイアミへの亡命を余儀なくされ、“王朝”は崩壊しました。

 しかし、FSLNによる革命政権は左翼的な色彩が強く、キューバとも関係が緊密だったため、反共を前面に掲げて1981年に発足したアメリカのレーガン政権は彼らを敵視。ニカラグアの“キューバ化”を阻止すべく、旧ソモサ軍など革命政権に不満を持つ勢力に資金を提供し、“コントラ”と総称される反革命民兵組織を支援します。この結果、ニカラグアはFSLNとコントラとの内戦に突入しました。

 内戦は1989年まで続いて長期化し、多くの国民が犠牲になっただけでなく、自然環境や社会インフラも破壊されています。さらに、米国がFSLNに対する経済制裁を発動したため、ニカラグアは国際市場から締め出され、通貨コルドバは暴落。ハイパー・インフレが発生し、ニカラグアは事実上の国家破綻に陥り、内戦終結後もその傷跡は深く残っています。

 さて、、『世界の切手コレクション』11月5日号の「世界の国々」では、こうしたソモサ王朝から内戦にいたるニカラグア現代史の概要を切手を通じて概観したほか、ニカラグアの文化や自然、生活等についても、切手を通じてご紹介しております。機会がありましたら、ぜひ、書店などで実物を手に取ってご覧いただけると幸いです。

 なお、本日発売の11月12日号では、「世界の国々」はブルガリアを特集していますが、こちらについては、来週水曜日に、このブログでもご紹介する予定です。


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 毎月1回(原則第1火曜日:1月6日、2月3日、3月3日、3月31日)、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で下記の一般向けの教養講座を担当します。

 ・イスラム世界を知る 時間は15:30-17:00です。

 次回開催は1月6日(都合により、12月はお休みをいただきます)で、途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


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 *8月24日付『讀賣新聞』、韓国メディア『週刊京郷』8月26日号、8月31日付『夕刊フジ』、『郵趣』10月号、『サンデー毎日』10月5日号で拙著『朝鮮戦争』が紹介されました!


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 目打があってもなくても①
2010-03-24 Wed 09:47
 ご報告が遅くなりましたが、東京郵便切手類取引所(TOPHEX)による『スター☆オークション』(3月27日実施)のカタログ第9号ができあがりました。僕が担当しているオマケの読み物ですが、今回からは、ジョルジュ・バルトーリの郵趣コラム集 Avec ou sans dents (邦題『目打があってもなくても』)に所収のコラムをご紹介することにしました。その第1回目は「パナマ運河の運命を決めた切手」。下の切手にまつわるエピソードが取り上げられています。(画像はクリックで拡大されます)

      ニカラグア・火山

 これは、1878年に発行されたニカラグアの5センタボ切手で、同国の国章に取り上げられているモモトンボ火山が描かれています。このデザインは、1862年に発行のニカラグア最初の切手から1880年発行の切手まで用いられましたが、今回は、白黒の雑誌でも図案がよくわかるようにと思い、黒の切手を持ってきました。なお、切手は無目打のようにも見えますが、ルレット目打が施されています。

 さて、1889年にフェルディナン・ドゥ・レセップスによるパナマでの運河掘削工事が頓挫した後、太平洋と大西洋を結ぶ運河の建設予定地としては、パナマ地峡のほかに、ニカラグア地峡も検討されるようになっていました。

 地図を見ると、ニカラグアの地峡はパナマよりも幅が広く、それゆえ、掘削工事もより大掛かりなものとなることが予想されましたが、ニカラグアの地峡ではマナグア湖が大きな面積を占めており、明らかに掘削工事の距離は少なくて済むと予想されていました。このため、米国政府内では、日々、ニカラグアに運河を建設すべしとする意見が勢いを得ていくことになります。

 パナマ派とニカラグア派の勢力が拮抗するなかで、レセップスの遺志をついでパナマでの運河建設を実現しようと考えたフィリップ・ビュノー・ヴァリーヤは、ニカラグアでは火山活動が活発で、しばしば地震が起きていることに着目。ニカラグアに運河を建設すれば、将来的に地震によって運河の交通に支障が出るであろうということを、ニカラグア派への有力な反論としようと考えます。その背景には、マルティニク島のプレ火山の噴火で4万人もの死者が生じた事件の記憶から、火山は危険だと考える人々が多かったという事情がありました。

 このため、ヴァリーヤは、ニカラグアに活火山があることの動かぬ証拠として、ニカラグアの切手に注目します。切手には、噴煙を上げるモモトンボ火山の風景が誇らしげに描かれていたからです。かくして、ヴァリーヤは、運河建設地を決める米議会の議員90人に資料として提出するため、モモトンボ火山の切手を90枚調達すべく奔走します。

 ヴァリーヤが切手の調達を始めた時、すでに、議会の開会までは残り48時間となっていました。しかし、ワシントンでは7枚しか切手を入手できなかったため、彼はニューヨークへと走り、ともかくも90枚を確保します。時間内に枚数を確保することが最優先でしたから、文字通り、札束でかき集める手法がとられ、最後の5枚に関して、ヴァリーヤが支払った金額は、この切手の相場から考えると、異常な高値だったそうです。

 審議当日、議員たちの机の上には、台紙にマウントされた切手が配られます。そして、その下には「ニカラグアの火山が現在活動中であることの公的な記録」との文言が付け加えられていました。

 かくして、投票の結果、わずか4票差でパナマ案が採択され、パナマ運河建設が実現に向かって動き出すことになりました。後に何人かの議員が告白したところによると、最後の最後で、彼らの態度を決めたのは、ニカラグアの切手だったとのことです。

 なお、『スター☆オークション』の新連載では、 Avec ou sans dents (邦題『目打があってもなくても』)の中から、いくつかのコラムを選んでご紹介していきますが、ページ数の関係もありますので、原文の逐語訳ではなく、適宜、原文の大意を損なわない程度に省略や要約を行った個所もありますので、ご了承いただけると幸いです。


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 ODAの効果
2008-04-05 Sat 12:35
 経済協力開発機構(OECD)の開発援助委員会(DAC)が昨日(4日)発表した、加盟22ヵ国の2007年の政府開発援助(ODA)実績によると、日本は前年比31.3%減の76億9100万ドルで、国別では、ドイツ、フランスに抜かれて前年の3位から5位に順位を下げたほか、経済規模に比べた援助の貢献度は、ODA実績額を国民総所得(GNI)で割った比率が、2006年の0.25%から0.17%に低下し、1964年以来の低水準となったそうです。というわけで、今日はODAネタということでこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 日本ニカラグア友好

 これは、1999年11月12日に中米のニカラグアが発行した“日本・ニカラグア友好”の記念切手で、左上から、プエルト・カベサスの漁船、日本・ニカラグア友好病院、ニカラグアの農村で活躍するクボタのコンバイン、日本人学校、汎米高速道路の橋、マナグアの日本水道、が描かれています。日本人学校以外は、いずれも、日本のODAによるもので、ニカラグア政府としても切手を通して日本への感謝の気持ちを表現してくれています。

 ODAは、先進工業国の政府や政府機関が発展途上国に対して行う援助や出資のことで、そのルーツは第2次世界大戦後の1945年12月、戦後の世界の復興と開発のために設立された国際通貨基金 (IMF) と国際復興開発銀行(IBRD、世界銀行)に求められます。

 戦後の復興時には、わが国も東海道新幹線や東名高速道路建設のために世界銀行から融資を受けましたが、その一方で、早くも1954年にはビルマと結んだ「日本・ビルマ平和条約及び賠償・経済協力協定」でODAを拠出しています。この時期、ビルマに加えて、フィリピン、インドネシアとの経済協力が行われましたが、それら初期の日本のODAは戦後賠償としての意味合いが強いものでした。

 ODAは発展途上国であれば、どの国にでも援助できるわけではなく、①環境と開発を両立させる、② 軍事的用途及び国際紛争助長への使用を回避する、③テロや大量破壊兵器の拡散を防止するなど国際平和と安定を維持・強化するとともに、開発途上国はその国内資源を自国の経済社会開発のために適正かつ優先的に配分すべきであるとの観点から、開発途上国の軍事支出、大量破壊兵器・ミサイルの開発・製造、武器の輸出入などの動向に十分注意を払う、④開発途上国における民主化の促進、市場経済導入の努力並びに基本的人権及び自由の保障状況に十分注意を払う、といった4原則があり、 無秩序なバラマキに対しては、一応の歯止めがかかっています。

 とはいえ、ODAを皮切りに現地への日本企業の進出を促進しようという思惑もあるため、政財界ないしは現地政府の癒着を招きやすいほか、経済的利益を優先するために上記の原則が無視されることも少なくありません。

 たとえば、日本がこれまで巨額のODAを行ってきた中国という国は、環境と開発を両立させているわけでもなく、援助を軍事的用途及び国際紛争助長に使用している疑いが濃厚であり、民主化の促進や基本的人権と自由の保障状況にはほとんど関心を払っていないわけで、上記の4原則からすれば、こうした国にODAを行うなど論外ということになります。しかし、実際には、ODAによって日本企業にも少なからず旨みがあることから、経済的実利の前には、建前としての原則論は無視されてきたというのが実情です。中国側が、日本のODAに対して“感謝”ではなく“評価”という言葉で表現するなど、われわれ国民からすれば度し難い態度をとっているのも、日本側の下心が見え見えだからにほかなりません。

 まぁ、痩せても枯れても世界全体から見れば日本は経済大国なわけで、途上国支援のために一定の資金を拠出するのはやむを得ないわけですが、人情として、いくら援助をしても感謝してくれない国と、援助に感謝して切手まで発行してくれる国では、どちらと仲良くしていきたいと思うかは、改めて問うまでもなく明らかでしょうな。
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