内藤陽介 Yosuke NAITO
http://yosukenaito.blog40.fc2.com/
World Wide Weblog
 世界の国々:ガイアナ
2015-06-24 Wed 19:21
 アシェット・コレクションズ・ジャパンの週刊『世界の切手コレクション』2015年6月24日号が、先週刊行されました。僕が担当しているメイン特集「世界の国々」のコーナーは、今回はガイアナの特集です。その記事の中から、この1点をご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

      ガイアナ・ピラルクー

 これは、1954年に英領ガイアナで発行されたピラルクーの切手です。

 世界最大の淡水魚とされるピラルクー(英名アラパイマ)は、南米のアマゾン川やオリノコ川、ギアナ地方に棲息しており、体長は2.5-3m。体は円筒形で、頭部はやや扁平し、成長すると体の後半部が赤くなるため、先住民の言語トゥピ語で“赤い魚”の意味するピラクルーの名がつきました。1億年間、その姿が変わっていないと考えられることから“生きた化石”とも呼ばれていますが、近年は乱獲により数が減少しており、ワシントン条約の保護対象となっています。英領時代の切手は、“世界最大の淡水魚”との表示に加え、人間と並べてピラルクーを描いており、その大きさがよくわかると思います。
 
 さて、『世界の切手コレクション』6月24日号の「世界の国々」では、世界一の珍品切手で知られる英領ギアナの1セント切手(の切手)、独立後の協同共和国という特異な政治形態やヴェネズエラとの国境紛争インド系住民の習慣に関する切手などもご紹介しております。機会がありましたら、ぜひ、書店などで実物を手に取ってご覧いただけると幸いです。

 なお、本日発売の7月1日号では、「世界の国々」はマダガスカルを特集していますが、こちらについては、来週、このブログでもご紹介する予定です。



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        税込2160円

 4月8日付の『夕刊フジ』に書評が掲載されました!

 【出版元より】
 “日の本”の切手は美女揃い!
  ページをめくれば日本切手48人の美女たちがお目見え!
 <解説・戦後記念切手>全8巻の完成から5年。その著者・内藤陽介が、こんどは記念切手の枠にとらわれず、日本切手と“美女”の関係を縦横無尽に読み解くコラム集です。切手を“かるた”になぞらえ、いろは48文字のそれぞれで始まる48本を収録。様々なジャンルの美女切手を取り上げています。

 出版元のサイトはこちら、内容のサンプルはこちらでご覧になれます。ネット書店でのご購入は、アマゾンboox storee-honhontoYASASIA紀伊國屋書店セブンネットブックサービス丸善&ジュンク堂ヨドバシcom.楽天ブックスをご利用ください。


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 綿商会館の後はぜひ…
2014-08-02 Sat 01:26
 <全日本切手展2014>(以下、全日展)は、昨日(1日)、無事に開幕しました。初日からお越しいただきました皆様には、この場をお借りしてお礼申し上げます。さて、きょうは全日展の会場がある錦糸町からJR総武快速線で1駅、馬喰町駅近くの綿商会館で切手市場が開催されます。そこで、全日展の提携イベントでもある切手市場で綿商会館にお出かけの後は、全日展と併催のカリブ切手展にもぜひ足を延ばしていただきたいということで“コットン”つながりの、この切手をご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

       英領ギアナ・コットンリール8セント (C)Stampedia

 これは、1850年、英領ギアナ(現ガイアナ)で発行された切手のうち、未使用の8セント切手で、その形状から“コットン・リール”と呼ばれています。

 南米大陸北部の大西洋に面したギアナ地方は、オランダ、フランス、イギリスの3国によって分割されていましたが、このうちの英領ギアナでは、早くから、首府ジョージタウンやバービス経由で英本国に向かう船に託しての外国郵便や、沿岸の都市を結ぶローカル郵便も行われていました。

 こうした前史を経て、1850年6月15日、デメララの郵便副長官ダルトンは、①書状取扱業務を毎日行う、②料金前納のための切手を発行する、③郵便料金は3地帯の距離制とする、④新サービスは7月1日から実施し、あわせて、3種類の切手を発行する、と発表しました。

 しかし、ダルトンの発表から新サービスの開始までは半月ほどしかなく、事前の調整が何もない状況では、英本国に切手を注文しても間に合わないため、とりあえず、地元の印刷会社バウム・アンド・ドーラス・ガゼット社によって切手が製造されることになりました。

 同社では、82ミリの真鍮の針金を曲げて円形の枠を作り、その内側に“英領ギアナ”の活字を埋めこんで切手を製造。額面に関しては、4セントは黄色、8セントは緑、12セントは青と用紙の色を変えて対応することにしました。また、製造方法がきわめて単純で偽造も容易と考えられたため、事前に郵便局のスタッフがサインをしてから販売されました。

 こうして発行された英領ギアナ最初の切手は、糸巻のラベルに似た形状のため“コットン・リール”と呼ばれていますが、その残存数は全ての額面を併せても80枚程度しかないとみられており、いずれも世界的な珍品となっています。今回のカリブ切手展では、そのうちの2枚(今回ご紹介のモノと、黄色の4セントの使用済み)が展示されていますが、その評価額は2点で3000万円と言われています。

 カリブ切手展では、このほかにも、さまざまな珍品・稀品を数多く展示しておりますが、日本国内でカリブの初期の切手がこれだけまとまって展示される機会はめったにないと思われます。会期は明日までですので、ぜひ、会場で実物をご覧いただけると幸いです。

        
 ★★★ トークイベントのご案内 ★★★ 

 8月2日(土) 14:00より、東京・錦糸町のすみだ産業会館で開催の全日本切手展(全日展)会場内で、新著『朝鮮戦争』の刊行を記念して、トークイベントを開催することになりました。(画像は表紙のイメージ。細かい部分で、若干の変更があるかもしれません)

      朝鮮戦争・表紙

 トークそのものの参加費は無料ですが、全日展への入場料として、3日間有効のチケット(500円)が必要となります。あしからずご了承ください。皆様のお越しを心よりお待ち申しております。
 

 ★★★ 『外国切手に描かれた日本』 電子書籍で復活! ★★★

      1枚の切手には 思いがけない 真実とドラマがある

    外国切手に描かれた日本(表紙)     外国切手に描かれた日本(ポップ) 
    光文社新書 本体720円~

 アマゾン紀伊国屋書店ウェブストアなどで、6月20日から配信が開始されました。よろしくお願いします。(右側の画像は「WEB本の雑誌」で作っていただいた本書のポップです)


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 世界一の珍品切手、競売へ
2014-06-17 Tue 19:05
 “世界一の珍品切手”として知られる英領ギアナの1セントが、米東部時間の17日午後7時、ニューヨークのサザビーズでオークションにかけられます。というわけで、今日はこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      ガイアナ・英領ギアナ1セント

 これは、1967年2月23日、独立後まもないガイアナで発行された“英領ギアナの1セント”を描く切手です。

 南米大陸北部の大西洋に面したギアナ地方は、オランダ、フランス、イギリスの3国によって分割されていましたが、このうちの英領ギアナでは1850年に、最初の切手として現地製の素朴な切手(糸巻きのシールに似ていることから“コットン・リール”と呼ばれています)が発行されました。

 その後、英領ギアナでは、1852年から帆船(ちなみに、英領ギアナの印章は帆船です)を描く本国製の切手が使われるようになりましたが、1856年、英本国から首府ジョージタウンへの切手の到着が遅れたため、暫定的に現地で印刷された臨時切手が発行されました。

 切手は赤色の着色紙に印刷されており、中央には公報のカットに用いられていた帆船が描かれています。その上下には「Damus Petimus Que Vicissm(求めよ、さらば与えられん)」の銘が入っており、偽造防止のための局員のサインが書き込まれました。なお、当時の英領ギアナの書状基本料金は4セントで、1セントは域内の新聞用の料金です。

 その後、本国から切手が到着すると、暫定的に作られた1セント切手は長らく忘れられた存在となっていましたが、1873年、ジョージタウンで、当時12歳のヴァーノン・ヴォーガンが自宅宛ての古い手紙の中から“見慣れない切手”を発見。ヴォーガンは、通信販売の切手を買うために、近所の雑貨商マッキノンにこの切手を6シリングで買い取ってもらい、“英領ギアナの1セント”の存在が実際に確認されることになりました。ちなみに、マッキノンは英領ギアナ切手のコレクターで、1セント切手が“少ない”ということは知っていましたが、まさか現存1枚とは思っていなかったことに加え、ヴォーガンが持ち込んだ切手の状態があまりにも悪かったため、当初は買い渋っていたそうです。

 1878年、マッキノンはこの1セント切手を含む英領ギアナの専門コレクションをリバプールの切手商トマス・リッドパスに120ポンドで売却。リッドパスは、年内に、1セント切手をパリ在住の著名な収集家でオーストリア国籍のフィリップ・フォン・フェラーリに約150ポンドで転売しました。

 その後、フェラーリは1917年に亡くなるまで1セント切手を持ち続けました。彼の死後、その膨大な切手のコレクションは遺言によりベルリン国立郵便博物館に寄贈されるはずでしたが、時あたかも第一次大戦の最中で、フランスとオーストリアは敵対関係にありましたので、フェラーリコレクションは没収され、1922年、戦時賠償の一環として競売にかけられました。その際、英領ギアナの1セントは30万フラン(17.5%の落札手数料を加えた支払総額は35万2000フラン)でニューヨークのアーサー・ハインドが競り落としています。

 ハインドの存命中、ある人物が2枚目の1セント切手を発見し、彼の元に持ち込むと、ハインドは言い値(非公表)の2倍で切手を買い取り、それを目の前で焼却。「これで英領ギアナの1セントは世界に1枚しかなくなった」と語ったという伝説が残されています。

 ハインドの死後、1セント切手の相続権をめぐって裁判が行われ、1セント切手は未亡人のスカラが相続。彼女は、1935年にロンドンのオークションに切手を出品し、7500ポンドの入札があったものの、彼女の落札最低希望価格に届かなかったため、売買は不成立に終わりました。その後もスカラの希望価格での購入を希望する買い手はなかなか現れず、1940年、ニューヨークのメイシー商会が投資目的で切手を4万ドル(当時のレートで約1万ポンド)で購入しています。

 1970年、メイシー商会はニューヨークで行われたシーゲル社のオークションにこの切手を出品。このときは、切手には全く興味のない投資目的のシンジケート8人が28万ドル(10%の落札手数料を加えた支払総額は30万8000ドル)で落札。彼らは、10年後の1980年に切手をオークションに出品し、大手化学メーカー・デュポン社の御曹司であるジョン・E・デュポンが85万ドル(10%の落札手数料を加えた支払総額は93万5000ドル)で落札しました。

 デュポンは英領ギアナ切手のコレクターで、切手の購入は投資目的ではなく、純粋に趣味ためでした。しかし、1996年1月26日にフィラデルフィアの自宅でレスリングのオリンピック金メダリスト、デヴィッド・シュルツを射殺する事件を起こして逮捕され、裁判で懲役13-20年の不定期刑の判決を受けてペンシルヴァニア州の刑務所に服役。2010年12月9日に獄死したため、今回のオークションでの売り立てとなったというわけです。

 さて、ことし(2014年)は、わが国とカリブ共同体(旧英領を中心にカリブの14か国1地域が加盟。英領ギアナが独立してできたガイアナも加盟国です)の事務レベル協議開始後20年が経過した年であるとともに、ジャマイカならびにトリニダード・トバゴとの国交樹立50周年にもあたることから、“日・カリブ交流年”とされています。

 8月1-3日、東京・墨田区で開催が予定されている<全日本切手展2014>でも、これにちなみ、外務省の認定を受けた“日・カリブ交流年”の行事として“カリブ切手展”を併催の予定です。同展では、今回売りに出された1セント切手は無理ですが、同じデザイン・用紙で、見かけはそっくりの4セント切手を展示する予定です。まだ少し先の話ですが、ぜひ会場に遊びに来ていただけると幸いです。
 

 ★★ 講座「切手を通して学ぶ世界史:第一次世界大戦から100年 」のご案内 ★★ 

       中日・講座チラシ    中日・講座記事

 7月18日・8月29日・9月19日の3回、愛知県名古屋市の栄中日文化センターで、第一次大戦100年の企画として、「切手を通して学ぶ世界史」と題する講座を行います。

 講座では、ヨーロッパ、中東、日本とアジアの3つの地域に分けて、切手や絵葉書という具体的なモノの手触りを感じながら、フツーとはちょっと違った視点で第一次世界大戦の歴史とその現代における意味を読み解きます。

 詳細は、こちらをご覧ください。

 * 左の画像は講座のポスター、右は講座の内容を紹介した5月20日付『中日新聞』夕刊の記事です。どちらもクリックで拡大されますので、よろしかったらご覧ください。
 

 ★★★ 『年賀状の戦後史』が電子版になりました! ★★★

  日本人は「年賀状」に何を託してきたのか?
  「年賀状」から見える新しい戦後史!

      年賀状の戦後史(帯つき) 

   角川oneテーマ21 本体720円~

 アマゾン紀伊国屋書店ウェブストアなどで、6月10日から配信が開始されました。よろしくお願いします。


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 ガイアナ独立記念日
2014-05-26 Mon 10:16
 きょう(26日)は、南米のカリブ共同体加盟国、ガイアナの独立記念日です。というわけで、きょうはこの切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      ガイアナ・独立加刷

 これは、1966年のガイアナ独立に伴い、英領ギアナ時代の地図を描く切手に、英領ギアナ改めガイアナの新国名と“独立”の文字、1966年の年号を加刷して発行された切手です。

 南米大陸北部の大西洋に面したギアナ(先住民の言語では“水の多い土地”を意味するガイアナ)地方は、オランダ、フランス、英国の3国によって分割されていました。1621年以降、オランダ西インド会社の管轄下にあった地域のうち、エセキボ・デメララ・バービスの3植民地が、ナポレオン戦争を経て1814年にそれぞれ個別に英領となり、1831年、英領ギアナとして統合されました。今回ご紹介の切手の地図は、この英領ギアナの範囲を示したもので、現在のガイアナ国家は、基本的に、これを踏襲しています。

 さて、第二次大戦後の英領ギアナでは、大幅な自治を認めた憲法が制定され、1953年に最初の総選挙が行われました。その結果、インド系のチェディ・ジェーガンを党首としてスターリン主義を掲げる人民進歩党(PPP)(PPP)が勝利。このため、英領ギアナの社会主義化を恐れた英国は、同年10月、4隻の軍艦と1600名の兵士を派遣し、憲法を停止して暫定政府による統治がスタートします。

 一方、インド系を中心とする急進左派政党であったPPPの躍進に危機感を持ったアフリカ系は、PPPから分裂するというかたちをとって、弁護士のフォーブス・バーナムを党首として穏健左派政党の人民国民会議(PNC)を結成して、対抗し。南米に社会主義政権が誕生することを恐れた宗主国の英国や南米を自国の裏庭と考える米国はPNCを暗に支援し、CIAはアフリカ系住民に対して「このままではインド系に支配される」というウワサを流し、“民族対立”をあおっていました。

 その後、1961年に新憲法が制定され、英領ギアナは完全な自治を獲得。これを受けて、同年1961年8月に行われた総選挙ではPPPが第1党となり、同年9月、首相に就任したジェーガンは、砂糖産業(アフリカ系労働者が多数を占めていました)や電力会社の国営化などの社会主義的政策を進めたため、1962年4月5日にはゼネストが宣言され、英領ギアナ全土で暴動が発生。混乱は1964年まで続き、この間、職場や住宅が放火されて約180名が犠牲になり、英領ギアナ知事サー・ラルフ・グレイの要請により英軍が派遣され、暴動は鎮圧されました。

 混乱が収束した後、1964年12月に行われた総選挙では、PNCが白人とも連携して勝利を収め、PNCのバーナムが首相に就任しました。これに対して、ジェーガンは選挙の無効を主張しましたが、バーナム政権は憲法改正によって、ジェーガンを追放します。

 ジェーガンの追放により、とりあえず、英領ギアナの社会主義化が阻止されたと判断した英国は、1966年5月26日、英領ギニアに対して英連邦内の自治領として独立することを承認。国名は先住民の言語でるガイアナと改称され、新国家の首相にはバーナムが就任しました。

 さて、ことし(2014年)は、わが国とカリブ共同体(旧英領を中心にカリブの14か国1地域が加盟。ガイアナも加盟国です)の事務レベル協議開始後20年が経過した年であるとともに、ジャマイカならびにトリニダード・トバゴとの国交樹立50周年にもあたることから、“日・カリブ交流年”とされています。

 8月1-3日、東京・墨田区で開催が予定されている<全日本切手展2014>でも、これにちなみ、外務省の認定を受けた“日・カリブ交流年”の行事として“カリブ切手展”を併催の予定です。今後も、同展の事前プロモーションを兼ね、機会を見つけてカリブ共同体加盟諸国・地域の切手をご紹介していきたいと考えておりますので、よろしくお付き合いください。


 ★★ 講座「切手を通して学ぶ世界史:第一次世界大戦から100年 」のご案内 ★★ 

         サライェヴォ事件   中日講座用・顔写真

 7月18日・8月29日・9月19日の3回、愛知県名古屋市の栄中日文化センターで、第一次大戦100年の企画として、「切手を通して学ぶ世界史」と題する講座を行います。

 講座では、ヨーロッパ、中東、日本とアジアの3つの地域に分けて、切手や絵葉書という具体的なモノの手触りを感じながら、フツーとはちょっと違った視点で第一次世界大戦の歴史とその現代における意味を読み解きます。

 詳細は、こちらをご覧ください。

 * 左の画像は第一次世界大戦のきっかけとなったサライェヴォ事件で暗殺されたオーストリア=エステ大公のフランツ・フェルディナンドと妃のゾフィーを描いた切手です。
 

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 日本との深いつながりを紹介しながら、意外な「日本」を見つける旅。

 出版元特設ページはこちらです。また、10月17日、東京・新宿の紀伊國屋書店新宿南店で行われた『蘭印戦跡紀行』の刊行記念トークの模様が、YouTubeにアップされました。よろしかったら、こちらをクリックしてご覧ください。


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 インド人到達の日
2014-05-05 Mon 12:02
 今日(5日)は、日本では“こどもの日”ですが、南米のガイアナでは1838年にインド系移民が最初に到着したことを祝う“インド人到達の日”だそうです。というわけで、今日はこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

       ガイアナ・ホーリー祭

 これは、1969年にガイアナで発行された“ホーリー祭”の切手で、ホーリー祭で色水を掛け合う男女が描かれています。男性には光背が描かれていますので、あるいは、クリシュナとラーダーをイメージしたデザインなのかもしれません。ただし、クリシュナは青い肌で描かれるのが一般的ですが…。ちなみに、切手の題材となったホーリー祭は、ヒンドゥー世界で、春の訪れを祝い、インド暦第11月の満月の日(太陽暦ではおおむね3月)の午前中、誰彼無く色粉や色水を掛け合ったりしてお祝いします。

 さて、南米大陸北部の大西洋に面したギアナ地方は、オランダ、フランス、英国の3国によって分割されていました。1621年以降、オランダ西インド会社の管轄下にあった地域のうち、エセキボ・デメララ・バービスの3植民地が、ナポレオン戦争を経て1814年にそれぞれ個別に英領となり、1831年、英領ギアナとして統合されました。

 英国の支配下では、1834年、奴隷制が廃止されましたが、これに伴い、英領ギアナでも、砂糖工場の労働力として、英本国のみならずアイルランド、マルタ、ドイツ、ポルトガルなどからの移民がその欠を補っていましたが、1838年5月5日、インドからの移民が到達。以後、1917年までに34万人ものインド系移民が英領ギニアに流入します。当初、インド系移民とその子孫は農業に従事していましたが、次第に、首都ジョージタウンをはじめ都市部に出て商業などで財を成すようになりました。

 現在、ガイアナの人口は約76万人ですが、インド系はそのうちの43.5%を占めており、今回ご紹介の切手も、そうした社会構造を反映して発行されたものです。

 さて、ことしは、わが国とカリブ共同体(旧英領を中心にカリブの14か国1地域が加盟。ガイアナも加盟国です)の事務レベル協議開始後20年が経過した年であるとともに、ジャマイカならびにトリニダード・トバゴとの国交樹立50周年にもあたることから、“日・カリブ交流年”とされています。8月1-3日、東京・墨田区で開催が予定されている<全日本切手展2014>でも、これにちなみ、特別企画としてカリブ切手展を併催の予定です。今後も、同展の事前プロモーションを兼ね、機会を見つけてカリブ共同体加盟諸国・地域の切手をご紹介していきたいと考えておりますので、よろしくお付き合いください。
 

 ★★★ 切手が語る台湾の歴史 ★★★

 5月15日13:00から、よみうりカルチャー北千住にて、よみうりカルチャーと台湾文化部の共催による“台湾文化を学ぶ講座”の一コマとして、「切手が語る台湾の歴史」という講演をやります。

 切手と郵便はその地域の実効支配者を示すシンボルでした。この点において、台湾は非常に興味深い対象です。それは、最初に近代郵便制度が導入された清末から現在に至るまで、台湾では一貫して、中国本土とは別の切手が用いられてきたからです。今回の講演では、こうした視点から、“中国”の外に置かれてきた台湾(史)の視点について、切手や郵便物を題材にお話しする予定です。

 参加費は無料ですが、事前に、北千住センター(03-3870-2061)まで、電話でのご予約が必要となります。よろしかったら、ぜひ、1人でも多くの方にご来駕いただけると幸いです。


 ★★★ 講座「世界紀行~月一回の諸国漫郵」のご案内 ★★★ 

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 東京・江東区亀戸文化センターで、5月から毎月1回、世界旅行の気分で楽しく受講できる紀行講座がスタートします。美しい風景写真とともに、郵便資料や切手から歴史・政治背景を簡単に解説します。受講のお楽しみに、毎回、おすすめの写真からお好きなものを絵葉書にしてプレゼントします!

 詳細は、こちらをご覧ください。


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 南方占領時代の郵便資料から、蘭印の戦跡が残る都市をめぐる異色の紀行。
 日本との深いつながりを紹介しながら、意外な「日本」を見つける旅。

 出版元特設ページはこちらです。また、10月17日、東京・新宿の紀伊國屋書店新宿南店で行われた『蘭印戦跡紀行』の刊行記念トークの模様が、YouTubeにアップされました。よろしかったら、こちらをクリックしてご覧ください。


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 協同共和国
2014-02-23 Sun 16:17
 きょう(23日)は、1970年2月23日、英連邦王国内のギニアが共和制に移行し、ガイアナ協同共和国に改称したことから、同国では“共和国の日”になっているそうです。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

       ガイアナ協同共和国

 これは、1970年2月23日、ガイアナの共和国宣言に合わせて発行された記念切手のうち、同国の地図と当時の首相フォーブス・バーナムの肖像を描く1枚です。

 南米大陸北部の大西洋に面したギアナ地方は、オランダ、フランス、英国の3国によって分割されていましたが、このうちの英領ギアナは、1621年以降、オランダ西インド会社の管轄下にあった地域のうち、エセキボ・デメララ・バービスの3植民地が、ナポレオン戦争を経て1814年に英領となり、1831年、英領ギアナとして統合されました。

 英国の支配下では、1834年、奴隷制が廃止されましたが、これに伴い、英領ギアナでも、砂糖工場の労働力として、英本国のみならずアイルランド、マルタ、ドイツ、ポルトガルなどからの移民がその欠を補うことになりますが、1838年以降、インド系の労働者が大量に流入。その数は、英領インド政府によりインド人移民が禁止される1917年までに34万人にも達します。当初、インド系移民とその子孫は農業に従事していましたが、次第に、首都ジョージタウンをはじめ都市部に出て商業などで財を成すようになりました。

 第二次大戦後の1953年、ガイアナでは初の総選挙が行われましたが、その結果、インド系のチェディ・ジェーガンを党首としてスターリン主義を掲げる人民進歩党(PPP)(PPP)が勝利。このため、ガイアナの社会主義化を恐れた英国は、同年年10月、4隻の軍艦と1600名の兵士を派遣し、ガイアナ憲法を停止して暫定政府による統治が開始します。

 一方、インド系の急進左派政党であったPPPの躍進に危機感を持ったアフリカ系は、PPPから分裂するというかたちをとって、弁護士のフォーブス・バーナムを党首として穏健左派政党の人民国民会議(PNC)を結成して、対抗しました。
 
 1961年8月に行われた総選挙ではPPPが第1党となり、同年9月、首相に就任したジェーガンは、アフリカ系労働者が多数を占めていた砂糖産業を国有化使用としましたが、このことはアフリカ系の猛反発を招きます。インド系とアフリカ系の対立は先鋭化し、1962年4月5日にはゼネストが宣言され、ガイアナ全土で暴動が発生。混乱の後、1964年12月に行われた総選挙では、PNCが白人とも連携して勝利を収め、PNCのバーナムが首相に就任しました。これに対して、ジェーガンは選挙の無効を主張しましたが、バーナム政権は憲法改正によって、ジェーガンを追放します。

 当初、バーナム政権は、ガイアナの主要産業であるボーキサイトを国有化するなど、社会主義的政策を推進し、1966年5月26日には英連邦の一国として独立を達成。1970年2月23日には、協同組合制度を基礎にした社会主義政策を推進するとして、“ガイアナ協同共和国”(Co-operative Republic of Guyana)の成立を宣言しました。今回ご紹介の切手は、これに合わせて発行されたものです。

 当初、協同共和国の国家元首である大統領には中国系のアーサー・チュンが就任しましたが、彼の地位はあくまでも形式的なもので、政治的な実権はバーナムが掌握し続けました。しかし、PPPとPNCの対立は独立後も収まらず、経済状況も悪化。強権によってこれを乗り切ろうとしたバーナムは、1980年に憲法を改正し、大統領の権限を大幅に強化するとともに、みずから大統領に就任し、1985年10月に亡くなるまで、その地位にとどまりました。

 バーナムとPNCは、穏健左派を標榜して政権を獲得したものの、実質的には紛れもない社会主義政権で、バーナムに対する個人崇拝も行われていました。結局、バーナムの存命中は、経済がどれほど悪化しても、路線転換は行われず、彼の死後、大統領に昇格した副大統領のヒュー・デズモンド・ホイトが、ようやく、社会主義路線を放棄し、自由化路線に転換しました。ちなみに、ガイアナでは、バーナム時代の1980年憲法が現行憲法となっており、その規定では、現在なお、ガイアナの正式な国名は“ガイアナ協同共和国”です。しかしながら、現在ではガイアナ政府自ら、この名称を使うことはほとんどなく、日本の外務省も“ガイアナ共和国”を事実上の正式国名として使用しています。
 
 さて、ことしは、わが国とカリブ共同体(旧英領を中心にカリブの14か国1地域が加盟)の事務レベル協議開始後20年が経過した年であるとともに、ジャマイカならびにトリニダード・トバゴとの国交樹立50周年にもあたることから、“日・カリブ交流年”とされています。8月1-3日、東京・墨田区で開催が予定されている<全日本切手展2014>でも、これにちなみ、特別企画としてカリブ切手展を併催の予定です。今後も、同展の事前プロモーションを兼ね、機会を見つけてカリブ共同体加盟諸国・地域の切手をご紹介していきたいと考えておりますので、よろしくお付き合いください。


 ★★★ よみうりカルチャー荻窪の講座のご案内 ★★★   

 4月から、毎月1回(第1火曜日:4月1日、6月3日、7月1日、8月5日、9月2日)、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で下記の一般向けの教養講座を担当します。(詳細はそれぞれ講座名をクリックしてください)

 ・朝鮮半島のことを学ぼう 時間は13:00-14:30です。

 ・イスラムを学ぶ 時間は15:50-17:00です。

 初回開催は4月1日で、講座は途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


 ★★★ 文京生涯カレッジ(第13期)のご案内 ★★★

 文京学院大学が一般向け(=どなたでも受講できます)にさまざまな講師を招いて行う通年の教養講座「文京生涯カレッジ」の第13期が4月15日から始まります。僕も、7月15・22日に「バスコ・ダ・ガマのインドを歩く」、9月9日に「ドバイ歴史紀行」のお題で登場します。詳細はこちらですので、よろしかったら、ぜひご覧ください。


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 日本の兵隊さん、本当にいい仕事をしてくれたよ。
 彼女はしわくちゃの手で、給水塔の脚をペチャペチャ叩きながら、そんな風に説明してくれた。(本文より)

 南方占領時代の郵便資料から、蘭印の戦跡が残る都市をめぐる異色の紀行。
 日本との深いつながりを紹介しながら、意外な「日本」を見つける旅。

 出版元特設ページはこちらです。また、10月17日、東京・新宿の紀伊國屋書店新宿南店で行われた『蘭印戦跡紀行』の刊行記念トークの模様が、YouTubeにアップされました。よろしかったら、こちらをクリックしてご覧ください。


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 英国でロイヤル・ベイビー誕生
2013-07-23 Tue 10:04
 英王室のウィリアム王子・キャサリン妃の第1子となる男児が、けさ未明(現地時間22日午後4時24分)、ロンドン市内のセント・メアリー病院で生まれました。というわけで、きょうは、“ロイヤル・ベイビー”ネタの中から、この1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

       ガイアナ・ウィリアム王子誕生加刷

 これは、1982年にウィリアム王子が誕生した際に、ガイアナで発行された加刷の記念切手です。

 南米大陸北部の大西洋に面したギアナ地方は、かつて、オランダ、フランス、イギリスの3国によって分割されていましたが、今回ご紹介の切手を発行したガイアナは、そのうちの英領部分(いわゆる珍品切手で有名な英領ギアナですな)が1966年に独立して誕生した国家です。

 今回ご紹介の切手は、英領時代の1954年に発行された植物園を描く2セント切手に加刷して発行されたものです。加刷は、“H.R.H. Prince William 21st June 1982”の記念文字のほか、“GUYANA”の国名加刷で“British”の表示を、棒線で図案説明の“BOTANICAL GARDENS”の文字を、それぞれ抹消し、新額面の50cを加刷しています。記念銘にあるように、王子の誕生日は6月21日ですが、切手は一月もたたない7月12日に発行されました。いかにも突貫作業で作りましたという雰囲気が、グラビア多色刷のけばけばしい切手よりも、かえって、いい味を出しています。

 まぁ、この種の切手は、欧米のエージェントが外貨獲得のための輸出商品として企画したものでしょうから、あるいは、切手商などを通じてかき集めたということなのかもしれませんが、それにしても、独立から15年以上も経った1982年の時点で加刷の台切手として手配できるほど旧英領ギアナの切手の在庫が残っていた(少なくとも数万枚規模でしょう)というのも、ちょっと驚きですな。

 今回のロイヤル・ベイビー誕生に際しても各国から様々な記念切手が発行されると思いますが、さすがに今回は、半世紀前の旧英領時代の切手に加刷して出すという芸当は難しいでしょうね。


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 毎月1回、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で予算1日2000円のソウル歴史散歩と題する一般向けの教養講座を担当しています。開催日は7月30日、9月3日(原則第1火曜日)で、時間は各回とも13:00~14:30です。講座は途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


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 『郵趣』今月の表紙:英領ギアナの4C
2006-11-26 Sun 00:59
 (財)日本郵趣協会の機関誌『郵趣』12月号ができあがりました。『郵趣』では、毎月、表紙に“名品”と評判の高い切手を取り上げていて、僕が簡単な解説文をつけていますが、今月は、こんなモノを取り上げました。(画像はクリックで拡大されます)

赤道ギニアの4セント

 これは、世界一の珍品として名高い“英領ギアナの1セント”の兄弟分、4セント切手です。

 南米大陸北部の大西洋に面したギアナ地方は、オランダ、フランス、イギリスの三国によって分割されていましたが、このうちの英領ギアナでは1850年に、最初の切手として現地製の素朴な切手(糸巻きのシールに似ていることから“コットン・リール”と呼ばれている)が発行されました。

 その後、英領ギアナでは、1852年から帆船(ちなみに、英領ギアナの印章は帆船)を描く本国製の切手が使われるようになりましたが、1856年、本国からの切手の到着が遅れたため、暫定的に現地で印刷された臨時切手が発行されます。これが、世界一の珍品として名高い“英領ギアナの1セント”であり、同図案の4セント切手です。

 切手は赤色の着色紙に印刷されており、中央には公報のカットに用いられていた帆船が描かれています。その上下には「Damus Petimus Que Vicissm(われわれは与え、その代わりに求める)」の銘が入っており、偽造防止のための局員のサイン(この切手の場合は、CAWの文字が見える)が入れられています。

 さて、今月号の『郵趣』ですが、僕の個人的な好みとしては、中国の文革時代の切手のフルシートについての記事が一押しです。文革切手は単片でもなかなか入手に苦労するものが多いのですが、真面目にコレクションを作るつもりなら、やはり、シート構成や耳紙の情報も見逃すことはできません。今回の記事は、1月のJPSオークションの出品物紹介という性質上、ごくごく一部の抜粋でしかありませんが(実物はオークションの下見会場で見ることができます)、資料的に興味深い情報がいくつか読み取れるので、文革切手にご興味をお持ちの方は、ぜひとも、ご覧いただくことをお勧めいたします。

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