内藤陽介 Yosuke NAITO
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 ヴェネズエラで大統領選挙
2018-05-21 Mon 10:25
 政治、経済の混乱が続く南米ヴェネズエラで大統領選の投票が、現地時間の20日(日本時間20-21日)、行われました。主要野党が公正な選挙が望めないことを理由に選挙をボイコットする中、選挙は現職のマドゥロ大統領と野党“革新進歩党”党首のファルコン前ララ州知事の事実上の一騎打ちで、現地時間の20日深夜(日本時間昼)には大勢が判明する予定です。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      ブラジル・ヒメネスペルー訪問

 これは、1955年、当時のヴェネズエラ大統領、マルコス・ペレス・ヒメネスがペルーを訪問した際、ペルー側が発行したヒメネスの肖像入り記念切手です。

 ヒメネスは、1914年4月25日、ヴェネズエラ西部、タチラ州生まれ。1934年にヴェネズエラの軍事アカデミーを卒業した後、ペルーのチョリヨス士官学校に留学し、若手の改革派将校として軍内の地盤を固めていきます。

 1941年に大統領に就任したイサイアス・メディーナ・アンガリータは軍人でしたが、文民政治と改革を志し、労働者の懐柔を進め、同年7月には左翼政党の民主行動党を合法化しました。

 ところが、メディーナ政権下で徐々に力を蓄えた民主行動党は、1945年10月18日、ヒメネスら若手将校を結んでクーデターを起こし、メディーナ政権を打倒。左派指導者のロムロ・エルネスト・ベタンクール・ベージョが臨時大統領に就任します。

 ベタンクール政権は1948年2月まで続き、石油メジャーとの利益配分の見直し(石油開発に伴う利益を開発会社と油田の存在する国との間で五十パーセントずつ配分するという“ヴェネズエラ方式”の導入)、農地改革、各種公社の創設、労働条件の改善など民主化政策を遂行した後、文学者のロムロ・ガジェーゴス・フレイレ政権と交代します。しかし、民主行動党のリベラルな政策に対して軍部は次第に不満を募らせ、同年11月には軍事クーデターが発生。ガジェーゴス政権は崩壊し、権力を掌握した軍事評議会は民主行動党を非合法化し、ベタンクールも亡命に追い込まれました。

 こうした経緯を経て、1952年の選挙では、反軍政を掲げる民主共和国連合が勝利を収めたものの、軍の実力者だったヒメネスは選挙結果を無視して自ら大統領に就任。1958年まで軍事独裁政権を維持しています。

 その後、ヒメネスは自らの大統領任期(5年)を延長すべく、1957年12月、自らに対する信任投票を行い、選挙干渉によって圧勝しましたが、1958年1月、そのことに反発した政党と海空軍が叛乱を起こし、ヒメネス政権は崩壊。ヒメネス本人も米国に亡命しました。なお、ヒメネスの退陣後、ウォルガング・ララサーバル将軍の暫定政権を経て、同年12月に行われた民主的選挙では、ベタンクールが大統領に当選。ベタンクールは1959年2月から1964年2月までの任期を全うし、ヴェネズエラの大統領として、次の候補者へ民主的な手続きで政権を移譲した最初の人物となりました。

 さて、現在のマドゥロ政権は、昨年5月1日、野党を封じ込めるため、従来から存在する国会(国民議会)とは別に“制憲議会”の招集を発表。7月30日、内外の反対を押し切って制憲議会選挙を強行しました。これだけでもかなりの問題ですが、この時の選挙では与党側に票の水増し疑惑が指摘されています。そして、8月4日に発足した制憲議会は、同月18日、国民議会から立法権を剥奪し、行使することを決定し、ヴェネズエラは事実上の一党独裁体制に移行しました。

 また、昨年10月の全国知事選では、事前の世論調査で野党側の圧勝が予想されていたにもかかわらず、結果は与党側の勝利で不正開票が疑われています。

 野党側が「公正な選挙が望めない」としているのはこうした事情を踏まえたもので、今回の大統領選挙でも、選挙管理当局の全国選挙評議会(CNE)はマドゥロ政権に実質的に掌握されているうえ、国連など国際的に認知された選挙監視団の派遣もないことから、公正さが疑問視されています。このため、米国や欧州連合(EU)は選挙結果を認めない方針です。

 20日早朝、投票が始まると、マドゥロ氏はカラカス市内の投票所で「人々が今日、誰を彼らの大統領に選ぶかを世界に示そう」と主張。与党陣営は投票所の外にテントを張り、与党の職員らが、与党の支持者であることを示すカードを持った有権者が実際に(与党に)投票したかどうか個別に確認し、この投票者のリストに名前がない場合、公務員は解雇し、そのほかの支持者にも食糧配給を止めるとの恫喝が横行していると伝えられています。

 このように、「どんなことをしても再選を果たす」意欲を示しているマドゥロですが、歴史的に見ると、古今東西、不正選挙で圧勝した独裁政権が国民の強い反発を招き、結局、退陣に追い込まれたケースというのは珍しくはありませんからねぇ。ほかならぬヴェネズエラでも、経済的には好調だったヒメネスが退陣に追い込まれた前例もあることですし・・・・。

 ちなみに、現在制作中の拙著『チェ・ゲバラとキューバ革命』では、若きゲバラが訪ねたヒメネス政権下のヴェネズエラやベタンクールとの交流などについてもまとめています。なお、当初、同書は、2018年5月末の刊行を予定しておりましたが、諸般の事情により、刊行予定が7月に変更になりました。あしからずご了承ください。 いずれにせよ、正式な刊行日等、同書についての詳細が決まりましたら、このブログでも随時ご案内いたしますので、よろしくお願いします。


★★★ 近刊予告! ★★★

 えにし書房より、拙著『チェ・ゲバラとキューバ革命』が7月刊行予定です!
 詳細につきましては、今後、このブログでも随時ご案内して参りますので、よろしくお願いします。

      ゲバラ本・仮書影

(画像は書影のイメージです。刊行時には若干の変更の可能性があります) 

 なお、当初、『チェ・ゲバラとキューバ革命』は、2018年5月末の刊行を予定しておりましたが、諸般の事情により、刊行予定が7月に変更になりました。あしからずご了承ください。


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 世界の切手:ペルー
2018-02-17 Sat 01:59
 ご報告がすっかり遅くなりましたが、アシェット・コレクションズ・ジャパンの週刊『世界の切手コレクション』2月7日号が刊行されました。僕が担当しているメイン特集「世界の国々」のコーナーは、今回はペルー(と一部セントルシア)を取り上げました。その記事の中から、この切手をご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

      ペルー・マンコカパック

 これは、1896年に発行されたマンコ・カパックの1センタヴォ切手です。

 インカ・クスコ王国の伝説上の初代国王、マンコ・カパックは、太陽神インティの子にして、天の神パチャカマックの兄弟とされており、その名は“素晴らしき礎”の意味です。

 伝説によると、太陽神インティはマンコらに金の杖、タパク・ヤウリを与え、その杖が地面に沈む地に太陽の神殿を作るように指示。彼らは地下の洞窟を通ってクスコに行き、神殿を建設したとされています。カパックは西暦1200年前後の約40年間、クスコ王国を統治し、法の整備、人身御供の廃止、(インカの貴族を除き)兄弟姉妹婚の禁止などの政策を行いました。ただし、マンコ本人は姉妹のママ・オクリョを妻とし、彼女との間に生まれたロカは、第2代国王となりました。

 さて、『世界の切手コレクション』2月7日号の「世界の国々」では、PSNC切手を中心としたペルー初期の郵便事情についての長文コラムのほか、世界最初の記念切手ナスカの地上絵を取り上げた切手などもご紹介しています。機会がありましたら、ぜひ、書店などで実物を手に取ってご覧ください。

 なお、「世界の国々」の僕の担当回ですが、今回のペルーの次は、14日に発売された2月21日号での南アフリカの特集になります。こちらについては、発行日の21日以降、このブログでもご紹介する予定です。


★★ NHKラジオ第1放送 “切手でひも解く世界の歴史” 次回は22日!★★

 2月22日(木)16:05~  NHKラジオ第1放送で、内藤が出演する「切手でひも解く世界の歴史」の第16回が放送予定です。今回は、前日の21日が国際母語デーということで、この国際デーの由来となったバングラデシュとベンガル語についてお話する予定です。なお、番組の詳細はこちらをご覧ください。


★★★ 世界切手展< THAILAND 2018>作品募集中! ★★★

 本年(2018年)11月28日から12月3日まで、タイ・バンコクのサイアム・パラゴンで世界切手展<THAILAND 2018>が開催される予定です。同展の日本コミッショナーは、不肖・内藤がお引き受けすることになりました。

 現在、出品作品を3月12日(必着)で募集しておりますので、ご興味がおありの方は、ぜひ、こちらをご覧ください。ふるってのご応募を、お待ちしております。


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 ペルーでAPEC首脳会議
2016-11-20 Sun 14:37
 きょう・あす(20・21日)の2日間、21の国・地域の首脳らが出席するAPEC(アジア太平洋経済協力会議)の首脳会議が、ペルーの首都リマで開催されます。というわけで、ペルーと太平洋ということで、こんな切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      ペルー・PSNC切手

 これは、1857年12月1日、太平洋蒸気船会社(PSNC: Pacific Steam Navigation Company)の切手を流用して発行されたペルー最初の切手です。

 PSNCは、1838年、ウィリアム・ホィールライトがロンドンで設立した蒸気船会社で、1840年、チリ政府から沿岸の6437キロ(4000マイル)での営業権を獲得し、ペルー号、チリ号の2隻の蒸気船を用いて、ペルーのカヤオ(首都リマの外港)とチリのヴァルパライソ(首都サンティアゴの外港)間の運行を開始しました。その後、PSNCはチリ、ペルーのみならず、マゼラン海峡を越えて大西洋を横断し、欧州まで路線を拡大していきました。

 ところで、PSNCの創業者、ホィールライトはペニー・ブラックの印刷を請け負ったパーキンス・ベーコン社のジョシュア・バタース・ベーコンと親戚関係にあったこともあって、1847年、PSNC社はペルー号とチリ号で輸送する郵便物の料金を徴収するための独自の切手発行を計画し、パーキンス・ベーコン社に発注。2分の1オンスまでの料金に相当する1レアルの切手(青色で西側方面に向かうペルー号を描く。今回ご紹介の切手です)と、1オンスまでの2レアル切手(赤色で東側方向に向かうチリ号を描く)が製造されました。なお、切手の四隅には、いずれも会社の頭文字、P、S、N、Cが1文字ずつ配されており、同図案で色違いのモノも作られました。パーキンス・ベーコン社は、これらの完成品を、1847年末にはパナマにあったPSNCの代理店に5万枚、1848年初にはカヤオにも5万枚を送ります。しかし、実際にはこれらの切手が同社の運ぶ郵便物に貼られることはありませんでした。

 ところが、1857年になって、ペルー政府は国家郵政を正式に発足させ、リマ、カヤオ、チョリヨスで切手を発行することを決定。PSNCの関係者を責任者に任じて、1857年12月1日から1858年2月28日までの3ヶ月間、PSNC社の用意していた切手を用いて試験的に郵便サービスを実施させました。この結果、1848年にPSNC社の製造した切手が、ペルー最初の切手となりました。

 3ヶ月間の試験期間の後、ペルー政府は国章を描くオリジナルデザインの切手を発行。ペルー最初の切手としてのPSNC社切手はごく短命に終わり、残りの在庫も、1860年、ペルー政府によって焼却処分されてしまいました。このため、PSNC社切手の現存数は少なく、収集家の間では名品として知られています。


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 * 8月6日付『東京新聞』「この人」欄で、内藤が『リオデジャネイロ歴史紀行』の著者として取り上げられました!

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 ナスカの地上絵を守れ!
2014-12-11 Thu 11:34
 環境保護を騙り、世界各地で卑劣なテロ行為や詐欺まがいの集金活動を繰り返している環境テロリスト集団グリーンピースの一味が、こんどは、ペルー南部の世界遺産“ナスカの地上絵”の近くに侵入し、自分たちの主張記した布を並べて遺跡を荒らしていたことが明らかになりました。相変わらずとんでもない連中です。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      ペルー・ナスカの地上絵

 これは、1986年にペルーが発行したナスカの地上絵の切手で、代表的な地上絵のコラージュと地上絵の保護に生涯をささげたドイツ人、マリア・ライヒェの肖像が組み合わされたデザインとなっています。

 ナスカの地上絵は、ペルーのナスカ川とインヘニオ川に囲まれた乾燥した盆地状の高原の地表面に描かれた幾何学文様や動植物の絵で、1939年6月22日、米国人考古学者のポール・コソックによって発見されました。

 翌1940年、第二次大戦が勃発したため、ペルーにとどまることになったドイツ人数学者・考古学者のマリア・ライヒェがコソックの助手となり、この二人を中心に地上絵の研究が進められることになりました。地上絵の地図作成が始まったのは大戦後の1946年頃からですが、コソックは1948年に帰国し、以後は、ライヒェが研究の中心となります。

 ライヒェは生涯ペルーを拠点に地上絵の研究を進めるとともに、私財をなげうって地上絵の保護にも尽力しました。その生涯は、まさに、地上絵にささげたものといっても過言ではなく、その功績に報いるため、ペルー政府は、1986年に今回ご紹介の切手を発行したほか、1993年、彼女に功労十字勲章を授与しています。

 さて、ナスカの地上絵は地上の石を線状に取り除いて作られているという構造上、その周辺一帯は遺跡保護のため、一般の立ち入りは禁じられています。ところが、グリーンピースの連中は、その立ち入り禁止地域に違法に立ち入って足跡で周囲を荒らしまわった挙句、有名なハチドリの絵(今回ご紹介の切手では右上に描かれています)からわずか数メートルの場所に布を置いて「変革の時」「未来は再生可能」などの文字を描き、ペルーで開催中の国連気候変動枠組み条約第20回締約国会議(COP20)に合わせて示威行為を行いました。このため、ペルー政府は犯行グループの出国を禁じ、彼らを文化財破損の容疑で刑事告訴する方針を明らかにしています。

 全人類の遺産ともいうべき地上絵周辺の“環境”を散々破壊していながら、「再生可能」と主張するなど、まさにヘソが茶を沸かすレベルの馬鹿げた話です。どうせ、ここで目立っておけば、環境保護を騙って善男善女からお金を巻き上げるネタができるくらいの猿知恵(と言ったらサルにも失礼ですが)でやった犯行なのでしょう。

 こういう連中は甘やかせば甘やかすほどつけあがる反面、強く出ると途端に腰砕けになるのが常です。実際、ペルー政府が本気で実行犯の摘発に乗り出したところ、グリーンピース側は、昨日(10日)になって、あわてて「道徳的な誤りを深く後悔している。当局の捜査にも進んで協力する」との声明を発表。日頃の威勢の良さはどこへやら、実行犯を“トカゲのしっぽ”として、何とか、本体に累が及ばないようごまかそうと必死になっています。主義主張の是非はともかく、自らの信念に殉じて死をもいとわず行動を起こすのが本物の“テロリスト”であるのなら、まさに、“(環境)テロリスト”の風上にも置けない情けない行動です。

 せっかくの機会ですから、この際、ペルー政府におかれましては、一応は武士の情けで彼らを“テロリスト”と見なしてやったうえで、かつての日本大使公邸人質事件の際の犯行グループに対するMRTに対するのと同様の厳しい姿勢で臨み、実行犯に対する厳罰(個人的には発見時に速射殺がベストだったと思うのですが)はもちろんのこと、犯罪者集団のグリーンピースに対しては、同国内における一切の活動禁止、非合法化くらいのことをやって、ぜひとも、全世界に率先して“テロ”には屈しないという姿勢をアピールしていただきたいものです。


 ★★★ インターネット放送出演のご案内 ★★★

      チャンネルくらら写真

 毎週水曜日、インターネット放送・チャンネルくららにて、内藤がレギュラー出演する番組「切手で辿る韓国現代史」が配信されています。青字をクリックし、番組を選択していただくとYoutube にて無料でご覧になれますので、よろしかったら、ぜひ、ご覧ください。(画像は収録風景で、右側に座っているのが主宰者の倉山満さんです)

 
 ★★★ よみうりカルチャー荻窪の講座のご案内 ★★★

 毎月1回(原則第1火曜日:1月6日、2月3日、3月3日、3月31日)、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で下記の一般向けの教養講座を担当します。

 ・イスラム世界を知る 時間は15:30-17:00です。

 次回開催は1月6日(都合により、12月はお休みをいただきます)で、途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


 ★★★ 内藤陽介の最新刊  『朝鮮戦争』好評発売中! ★★★ 

        朝鮮戦争表紙(実物からスキャン) 本体2000円+税

 【出版元より】
 「韓国/北朝鮮」の出発点を正しく知る!
 日本からの解放と、それに連なる朝鮮戦争の苦難の道のりを知らずして、隣国との関係改善はあり得ない。ハングルに訳された韓国現代史の著作もある著者が、日本の敗戦と朝鮮戦争の勃発から休戦までの経緯をポスタルメディア(郵便資料)という独自の切り口から詳細に解説。解放後も日本統治時代の切手や葉書が使われた郵便事情の実態、軍事郵便、北朝鮮のトホホ切手、記念切手発行の裏事情などがむしろ雄弁に歴史を物語る。退屈な通史より面白く、わかりやすい内容でありながら、朝鮮戦争の基本図書ともなりうる充実の内容。

 本書のご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、アマゾン他、各電子書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。

 *8月24日付『讀賣新聞』、韓国メディア『週刊京郷』8月26日号、8月31日付『夕刊フジ』、『郵趣』10月号、『サンデー毎日』10月5日号で拙著『朝鮮戦争』が紹介されました!


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 馬上の愛国者
2008-07-28 Mon 19:10
 今日はペルーの独立記念日です。というわけで、こんな切手を持ってきてみました。(画像はクリックで拡大されます)

 ペルー独立100年

 これは、1921年に発行されたペルーの独立100年の記念切手で、独立の英雄、サン・マルティン将軍の騎馬像が取り上げられています。

 16世紀、インカ帝国の滅亡後、ペルーはスペインのペルー副王の下で過酷な支配を受けていました。

 1780年、副王の圧政に耐えかねたペルーの人々は反乱を起こします。反乱は、当初、白人も含んだ大衆反乱でしたが、次第にインカ帝国の復興という目標を掲げて、白人に対する暴行、殺害が相次ぐようになっていきました。結局、首謀者のトゥパク・アマルー2世は部下の裏切りにより捕らえられ、処刑されてしまいます。

 18世紀末から19世紀初めにかけて、フランス革命とナポレオン戦争でヨーロッパが大混乱に陥ると、本国の混乱に乗じて、1809年にはキトやチャルカスで、1810年にはカラカスやブエノスアイレス、サンタフェ・デ・ボゴタ、サンティアゴ・デ・チレなどで自治政府が作られ、独立運動がおこります。しかし、ペルー副王のフェルナンド・アバスカルは遠征軍を送って自治政府を鎮圧。同時期に起こったマテオ・ガルシア・プマカワの放棄も鎮圧されてしまいました。

 こうした状況の中で、1821年、ラテン・アメリカ全体の解放を目指すシモン・ボリバルのラ・プラタ連合州がペルーにも遠征軍を派遣、同年7月28日、ホセ・デ・サン・マルティン将軍が首都のリマを解放し、独立を宣言しました。その後も、革命側と副王政府の戦闘は続きましたが、1824年、アヤクーチョの戦いでペルー副王ホセ・デ・ラ・セルナの軍は撃破され、 ペルーは事実上の独立を達成。1826年1月23日にはカヤオ要塞に籠ったスペイン軍の残党も降伏し、ようやくペルーの完全独立が達せられました。

 ところで、ネットの外信ニュースを見ていたら、ペルーでは独立記念日を前に、馬の背中に国旗を敷き、その上でヌード写真を撮影した女性モデルのことが大問題になっているという記事が出ていました。

 なんでも、この写真をめぐって、フローレス国防相が「これら愛国心の象徴には全面的な敬意が必要であり、不適切な使用には罰が与えられる」として検察当局に捜査を命じ、モデルの女性には国家侮辱罪で最高4年の禁固刑を科される可能性があるのだとか。これに対して、モデルの女性は「犯罪を犯したわけではない。ペルーを愛しており、それを全身全霊で表現する」と語っており、写真撮影も愛国心のためだったと主張しているのだそうです。

 まぁ、僕の個人的な好みということでいわせてもらえば、馬上の愛国者ということであれば、今回の切手のサン・マルティン将軍よりも、彼女の“雄姿”のほうを、ぜひとも拝んでみたいものですが…。

 トーク・イベントのご案内
 8月2・3日(土・日)に東京・大手町のていぱーくで開催のサマーペックス会場内にて、拙著『韓国現代史:切手でたどる60年』の刊行を記念したトーク・イベントを行います。2日は14:00から、いわゆる“竹島切手“についての話題を中心に、3日は14:30から、韓国切手に見る日本時代の“遺産”についての話題を中心に、お話しする予定です。サマーペックスのHPにアクセスしていただくと、無料の招待チケットをプリントアウトしていただくことができます。当日は、会場ならではの特典もご用意しておりますので、よろしかったら、ぜひ、遊びに来てください。

 もう一度切手を集めてみたくなったら 
 雑誌『郵趣』の2008年4月号は、大人になった元切手少年たちのための切手収集再入門の特集号です。発行元の日本郵趣協会にご請求いただければ、在庫がある限り、無料でサンプルをお送りしております。くわしくはこちらをクリックしてください。
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 もうひとつの太平洋戦争
2007-08-18 Sat 01:15
 南米のペルーで起こった大地震は日に日に被害が拡大しているようです。被害に遭われた方々には、心よりお見舞い申し上げます。

 さて、ペルーの地震のニュースを聞いていたら、さかんにピスコという地名が出てきました。というわけで、この地名で思い出した切手を持ってきてみました。(画像はクリックで拡大されます)

ペルー・チリ占領加刷切手

 これは、1882年、ペルーのチリ占領地域で発行された加刷切手です。

 1879年2月、南米・太平洋岸の硝石地帯をめぐって、ボリビア・ペルー連合軍とチリの間で戦争が勃発します。この戦争は、海戦が中心であったことから、スペイン語で“Guerra del Pacifico”すなわち太平洋戦争とも呼ばれているため、海外のネットオークションで“Pacific War”と検索をかけると、我々のイメージする日本の戦争ではなくって、こちらに関するマテリアルが引っかかることが時々あります。

 さて、戦争は海軍力に勝るチリが終始優位に進め、1880年10月にはチリ軍はペルーの港湾都市、ピスコへ上陸。翌1881年1月には、ペルー首都リマへ進攻します。首都を追われたペルー側は山岳地帯で抵抗を続けますが、1883年10月、ついに降伏。ペルーはタラパカ、タクナ、アリカ州を失い、ボリビアも沿岸部の領土をすべて失って内陸国になりました。

 今回ご紹介の切手は、この太平洋戦争中、ペルーのチリ占領地域で加刷・発行されたもので、ペルー切手にチリの紋章を加刷した後、さらに“万国郵便連合・ペルー”の文字が加刷されています。

 ちなみに、ピスコをはじめ、今回の地震の被災地となったペルー太平洋岸の地域では、気候が非常に乾燥していることもあって、昔ながらの日干し煉瓦の家が多く、そのことが被害を拡大させたと指摘されています。19世紀の太平洋戦争の頃と変わらぬ街並の地域も少なからずあったのでしょうが、今回のような巨大地震の前にはひとたまりもなかったのではないかと思います。

 あらためて、被災地の一日も早い復興をお祈りいたします。
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 世界最初の記念切手
2006-03-09 Thu 22:31
 今日は“記念切手記念日”。1894年、日本で最初の記念切手(明治天皇の銀婚式を記念するもの)が発行された日です。この切手に関しては、以前の記事で詳しく書いたので、今日は世界最初の記念切手をご紹介してみましょう。

世界最初の記念切手

 “記念切手”の定義にもよりますが、世界最初の記念切手というと、一般的には、1871年4月にペルーで発行されたペルー中央鉄道を題材とした切手が挙げられます。

 ペルー中央鉄道は南米最初の鉄道で、1851年、リマ=カヤオ間が開通。その後、1871年に路線がカヤオからチョリヨスにまで延長されました。山岳地域で産出する鉱山資源を、リマの外港であるカヤオまで運ぶのが目的でした。

 今回ご紹介している切手(画像はクリックで拡大されます)は、その中央鉄道の開通20周年と、カヤオまでの路線延長をあわせて記念するために発行されたものです。ただし、切手上には“開通20周年”を意味する表示も、“記念”の文字もないため、一見しただけでは、それが“記念切手”であることは分かりにくく、「こんなものは記念切手ではない」とケチを付ける人も時々います。

 さて、この切手は、印面がかすれた感じのものが多く、鮮明な印刷のものを入手しようとすると案外苦労します。まぁ、荒くれ男たちがたむろする鉱山の町で使われる切手っぽくていいじゃないか、といわれてしまえばそれまでなのですが…。

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