内藤陽介 Yosuke NAITO
http://yosukenaito.blog40.fc2.com/
World Wide Weblog
 <Brasilia 2017>出品作品決定
2017-07-24 Mon 11:47
      ブラジル・カンダンゴ像(2010)

 本年10月24-29日(火-日)の6日間、ブラジル・ブラジリア市のUlysses Guimaraes Convention Centerにて、世界切手展<BRASILIA 2017>が開催されます。僕はその日本コミッショナーを仰せつかっていますが、先日、日本からの出品作品は以下のように決定したとの連絡が主催者側から入りましたのでお伝えいたします。(以下、リストは出品者名は日本語表記・敬称略、文献を除く作品名は英文でリスト記載のとおりです。今後、修正などがある可能性もあります)

 ・吉田敬 Kingdom of Purussia: 1850-1869
 ・内藤陽介 Postal History of Auschwitz 1939-1945
 ・正田幸弘 Postal History of Brazil 1795 – 1811
 ・井上和幸 Postal History of NIUAFOOU and Tin Can Mail 1882-1947
 ・内藤陽介 A History of Hong Kong
 (以下、文献)
 ・祖父江義信 『手彫切手』
 ・公財・日本郵趣協会 『郷土の郵便印』
 ・スタンペディア Stampedia Philatelic Journal
 ・公財・日本郵趣協会 『日本普通切手専門カタログvol.1 戦前編』

 ちなみに、冒頭の画像は、2010年、ブラジリア遷都50周年を記念して発行された切手のうち、ブラジリアの三権広場の中央に建てられているカンダンゴ像を取り上げた1枚です。カンダンゴ像は、今回の切手展のロゴマークにも取り上げられておりますので、シンボリックな1枚として持ってきました。

 展覧会本番での出品者の皆様の御健闘をお祈りしております。

 ★★★ NHKラジオ第1放送 “切手でひも解く世界の歴史”  次回は27日!★★★ 

 7月27日(木)16:05~  NHKラジオ第1放送で、内藤が出演する「切手でひも解く世界の歴史」の第6回が放送予定です。今回は、8月4日の世界陸上開幕に先立ち、サニブラウン選手応援企画でガーナにスポットを当ててお話をする予定です。みなさま、よろしくお願いします。なお、番組の詳細はこちらをご覧ください。

 ★★★ ツイキャス出演のお知らせ ★★★

 7月30日(日)22:00~ 拉致被害者全員奪還ツイキャスのゲストで内藤が出演しますので、よろしかったら、ぜひ、こちらをクリックしてお聴きください。なお、告知のツイートはこちらをご覧ください。

 ★★★ 内藤陽介 『朝鮮戦争』(えにし書房) 重版出来! ★★★ 

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 「韓国/北朝鮮」の出発点を正しく知る!
 日本からの解放と、それに連なる朝鮮戦争の苦難の道のりを知らずして、隣国との関係改善はあり得ない。ハングルに訳された韓国現代史の著作もある著者が、日本の敗戦と朝鮮戦争の勃発から休戦までの経緯をポスタルメディア(郵便資料)という独自の切り口から詳細に解説。解放後も日本統治時代の切手や葉書が使われた郵便事情の実態、軍事郵便、北朝鮮のトホホ切手、記念切手発行の裏事情などがむしろ雄弁に歴史を物語る。退屈な通史より面白く、わかりやすい内容でありながら、朝鮮戦争の基本図書ともなりうる充実の内容。

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 世界切手展<BRASILIA 2017>のご案内
2017-04-24 Mon 09:00
      ブラジル・ブラジリア(1990年単片)  ブラジリア2017ロゴ

 本年10月24-29日(火-日)の6日間、ブラジル・ブラジリア市のUlysses Guimaraes Convention Centerにて、世界切手展<BRASILIA 2017>が開催されます。同展のコミッショナーは、当初、正田幸弘氏が担当の予定でしたが、諸般の事情により、急遽、正田氏に代わり、内藤がコミッショナーをお引き受けすることになりました。

 同展の出品申込の締め切りは、当初、2月中旬とされていましたが、本日(24日)の時点で4月30日まで延長されております。つきましては、同展の特別規則のうち、出品に関する事項を抜粋し、その概要をお知らせいたしますので、出品をご希望の方は、4月28日までに内藤宛に書類をお送りください。なお、今回の切手展は、チャンピオンクラスのほか、一般競争クラス・ワンフレームクラス・現代郵趣のいずれも、伝統・郵便史・ステーショナリー・テーマティクの4部門に限定した専門展で、一般出品の出品料は1フレームあたり米ドル$60です。

 正式な規則の文言ならびに出品に必要な書類の用紙は、一般社団法人全日本郵趣連合のウェブサイト左側の「国際切手展情報」に掲載のPDFファイルをクリックしてご覧ください。

 なお、すでに出品をお申込みいただいた方につきましては、今後、現地組織委員会との連絡など、コミッショナー業務は内藤が引き継ぎますのでご了承ください。

 以下、展覧会の概要です。

1.会期
 2017年10月24日 –29日(6日間)

2.会場
 Ulysses Guimaraes Convention Center, Brasilia

3.パトロネージ、運用される諸規則
 BRASILIA2017はFIPパトロネージの “Specialised World Stamp” Exhibition(専門世界切手展)に相当します。
次の規則が適用されます。
- The General Regulations of the FIP for Exhibitions (GREX)
- The General Regulations of the FIP for the Evaluation of Competitive Exhibits at FIP Exhibitions (GREV)
- The Special Regulations of the FIP for the Evaluation of Competitive Exhibits at FIP Exhibitions (SREVs)
- Individual Regulations of BRASILIA 2017 (IREX) (GREX Article 3.10)

4.参加資格
 クラス9の文献、クラス7の現代郵趣を除き、競争出品は国内展で、少なくとも金銀賞を受賞していること。

5.出品クラス:
 競争出品
― Class 1:FIPチャンピオンクラス
(過去10年(2007-2016)のFIP 展において、大金賞を3回受賞した作品)
― Class 2:伝統郵趣
 A)ブラジル
 B)アメリカ大陸(ブラジル以外)
 C)ヨーロッパ
 D)アジア、オセアニア、アフリカ
― Class 3:郵便史
 A)ブラジル
 B)アメリカ大陸(ブラジル以外)
 C)ヨーロッパ
 D)アジア、オセアニア、アフリカ
― Class 4:ポスタル・ステーショナリー
― Class 5:テーマティク
  A) Nature、B)Culture、C)Technology のいずれかのサブクラスを記入。
― Class 6:1フレーム(TR,PH,PS,TH)
― Class 7:現代郵趣(TR,PH,PS,TH)
― Class 8:ユース 
― Class 9:文献
 A) 2012年1月1日以降に出版された書籍、パンフレット、研究書
 B) 2015年1月1日以降発行の雑誌、定期刊行物
 C) 2015年1月1日以降に出版されたカタログ
 通常の出品申込書に加え、文献用の情報フォームを記入すること。

6.審査と賞
 競争クラスの出品物はFIP審査員によりGREV、SREVsに従い審査されます。

7.フレームサイズと割当数
 BRASILIA2017のフレームは98cm×120cmです。各フレームには最大で22cm x 30cmのリーフが16ページ(4×4)収容可能です。
・23cm x 29cmをわずかに超えるサイズであれば頁を重ねることで展示可能と思われますが、その場合組織委員会は頁の損傷について責任を持ちません。黒色・濃色のリーフは受け付けません。鑑定書はオリジナルをページの裏に挿入してください。

 競争クラスの各作品にはGREX の 6.4 & 6.5に従い、5または8フレームが割当てられます。クラス1は8フレームです。

8.出品申込と結果の通知
 出品申込に際しては、所定の書式(一般社団法人全日本郵趣連合のウェブサイトでダウンロードできます)に必要事項を記載の上、作品の内容を説明するページ(イントロダクトリーページ。英文で記載)のコピーを添えて、国内締切日2017年4月28日(必着)までに、ナショナル・コミッショナー(内藤陽介)宛にお送りください。

 お申込みいただいたご出品の可否は、組織委員会の検討を経て、2015年5月30日までにコミッショナーに告知される予定です。出品が受理された場合、正当な理由なく、出品をキャンセルすることはできませんのでご注意ください。

9.出品料
 出品作品の決定後、出品決定の後、振込の時点の為替レートで(日本円で)ご請求いたします。
 ユース・文献・ワンフレームを除く部門の出品料は1フレームあたり米ドル$60。
 ユースの出品料は無料
 ワンフレームは1作品あたり米ドル$75
 文献は1作品あたり米ドル$60

10.作品の取扱い
 〆切を過ぎて到着した作品は審査の対象外となります。作品未着の場合、出品料は返金されません。出品物は取り外し可能な保護カバーをつけ、各リーフの右下に展示順の番号を記してください。作品の受領後、組織委員会はしかるべき受領証を発行します。出品物は組織委員会の支給する指定の封筒に入れて搬入してください。

 フレーム出品:コミッショナーによる持ち込みが強く推奨されております。(コミッショナーによる所定の運搬手数料が出品料の他にかかります)
 文献出品については、2017年8月30日までに各2部ずつ、下記宛に送付してください。文献出品は返却されません。
 SWSE BRASILIA-2017-Organizing Committee
 SHN-Quadra 2 –Bloco H, Edificio Metropolitan / apto. 1012
 CEP 70702-905,Brasilia, DF - BRAZIL

12.作品のセキュリティ
 組織委員会は会期中の作品のセキュリティについて相応の対策を講じますが、作品の輸送時、会期中の展示・撤去の際のマテリアルの紛失・汚損などについては責任を負いません。出品物の保険については、出品者個人の責任と負担においてかけるものとします。

13.コミッショナー連絡先
 内藤陽介(ないとう・ようすけ)
 ご連絡は本ブログ右側、プロフィール下のメールフォームをご利用ください。

 なお、本日の記事の冒頭に掲げた画像の切手は、1990年にブラジリアで開催された切手展<LUBRAPEX 90>に際して発行された記念切手のうち、ブラジリアの三権広場の中央に建てられているカンダンゴ像を取り上げた1枚です。カンダンゴ像は、今回の切手展のロゴマークにも取り上げられておりますので、シンボリックな1枚として持ってきました。

 〆切までの期日が切迫しておりますが、あらためて、1人でも多くの皆様のお申込み・お問い合わせを心よりお待ちしております。

 * 昨晩、アクセスカウンターが178万PVを超えました。いつも閲覧していただいている皆様には、あらためてお礼申し上げます。

 ★★★ NHKラジオ第1放送 “切手でひも解く世界の歴史” 次回 は27日! ★★★ 

 4月27日(木)16:05~  NHKラジオ第1放送で、内藤が出演する「切手でひも解く世界の歴史」の第2回目が放送予定です。今回は、23日のフランス大統領選挙の第1回投票と5月7日の決選投票の間の放送ということで、フランスの初代大統領と切手についてのお話をする予定です。みなさま、よろしくお願いします。番組の詳細はこちらをご覧ください。


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 国際女性デー
2017-03-08 Wed 09:20
 きょう(8日)は国際女性デーです。というわけで、例年どおり、拙著の中から女性ネタということで、こんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      ブラジル・アントニオカルロスジョビン(1999)

 これは、1999年にブラジルが発行した“アントニオ・カルロス・ジョビン没後5周年”の切手で、彼の代表作、『イパネマの娘』をイメージして海岸のピアノと若い女性の後ろ姿が描かれています。

 アントニオ・カルロス・ジョビン(トム)は、1927年、リオのチジュッカ地区生まれ。14歳の頃からピアノを弾きはじめ、音楽家になることを夢見ていましたが、高校卒業後は、生活の安定を考えて建築学校に入学しました。しかし、音楽への夢を捨てきれず、ナイト・クラブでピアノを弾いていたところ、1952年、当時のブラジル音楽界の大御所、ハダメス・ジナタリに見いだされ、コンチネンタル・レコードに入社。翌1953年、オデオン・レコード(EMI・ブラジル)に移って、作編曲家として活動するようになります。

 1956年、ヴィニシウス・ヂ・モライスがプロデュースしたミュージカル『オルフェウ・ダ・コンセイサォン』(1959年に『黒いオルフェ』としてフランス・イタリア・ブラジル合作で映画化され、カンヌのパルム・ドールなどを受賞)の音楽を担当して以来、ヂ・モライスとジョビンはコンビを組んで数々の曲を発表するようになり、1958年には、“サンバ・カンサゥン(白人を中心に、比較的穏やかなリズムで叙情的な内容を歌ったサンバ)の女王”、“ブラジル音楽の至宝”などと呼ばれていた当代一の女性歌手、エリゼッチ・カルドーゾのアルバム『愛しすぎた者の歌』の全収録曲を手がけます。このアルバムの成功により、ヴィニシウスとジョビンは現代ブラジル文化を象徴するビッグ・ネームとなりました。

 彼らの代表曲『イパネマの娘』の舞台となったリオ・イパネマ区は、コパカバーナ海岸の南端から西へ500mほど行ったところからはじまる海岸とその周辺の高級住宅街で、帝政末期の1885年に“イパネマ男爵”を襲爵した不動産王、ジョゼ・アントニオ・モレイラ・フィーリョが周辺一帯を開発したことが、地名の由来となりました。ちなみに、この爵位は、彼の父親、ジョゼ・アントニオ・モレイラが、サンパウロの西96km に位置するソロカーバの地のイパネマ川沿いにイパネマ製鉄所を建設した功績に対して与えられたものです。

 さて、イパネマの海岸通りから、ヴィニシウス・ヂ・モライス通りを北に歩いて最初の角には、現在、その名も“ガロッタ・ヂ・イパネマ(イパネマの娘)”という名のショッペリア(生ビールを出すバー)がありますが、もともと、この店は1960年代初頭には“ヴェローゾ”というバール(生ビールは出さず、瓶ビールを出す食事処)でした。

 さて、1960年代初頭のヴェローゾはヂ・モライスやジョビンらボサノヴァ関係者のたまり場の店でしたが、ここには、近所に住むエロイーザ・エネイダ・メネーゼス・パエズ・ピントという少女が母親のお使いで、ちょくちょく煙草を買いに来ていました。

 1945年生まれのエロイーザは、1962年の時点で17歳。身長170センチのすらっとした美少女で、ヂ・モライスとジョビンは彼女の歩く姿を見て『イパネマの娘』のインスピレーションを得たといわれています。

 ただし、一部でいわれているように、この曲の歌詞はヂ・モライスがほぼ即興で仕上げたというわけではなく、入念な準備と推敲を重ね、2通りのバージョンを作った上で現在の歌詞のほうを選び、それにジョビンが曲をつけたという、難産の末の作品でした。

 ちなみに、『イパネマの娘』の冒頭の歌詞は「見てごらん。なんて可愛い女の子だろう 優雅さに満ち溢れていて 甘い揺れのなかで やって来ては 海辺を歩いていくよ。」となっていますが、ここでいう“甘い揺れ(doce balanco)”というのは、歩きながらお尻がプリッと揺れるようすのことです。男女ともに、セックス・アピールの対象となるパーツは圧倒的にお尻だというお国柄だからこその表現で、切手のデザインも、これを踏まえて後ろ姿の女性が描かれています。

 なお、このあたりの事情については、拙著『リオデジャネイロ歴史紀行』でも詳しくご説明しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


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 一の酉
2016-11-11 Fri 11:30
 きょう(11日)は、一の酉です。というわけで、例年同様、最新の拙著『リオデジャネイロ歴史紀行』の増刷を祈念して、同書で取り上げた“鳥”の切手の中から、こんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      ブラジル・サンバ(2005)

 これは、2005年に発行されたブラジル=キューバ友好の切手のうち、ブラジルの象徴として、ニョオウインコと“サンバ・ヂ・ガフィエイラ”を取り上げた1枚です。

 ニョオウインコはブラジルの固有種で、マットグロッソ州北部、パラー州北部、マラニョン州北部、ロンドニア州の丘陵にある熱帯雨林に生息しています。全長34cmで、全身は黄色い羽毛で被われており、翼の羽先だけが深い緑色という配色は国旗と同じ組み合わせのため、オニオオハシとならんでブラジルの国鳥とされることもあります。また、現在はワシントン条約付属書I で絶滅の恐れが高い種として保護されていますが、一定の手続きを踏めば、ペットとして飼育することも不可能ではありません。

 一方、わが国では、“サンバカーニバル”という名称にみられるように、サンバとカーニヴァルは一体のものとみられることが多いのですが、リオデジャネイロでサンバとカーニヴァルが結びつくのは1930年代以降のことです。

 音楽としてのサンバは、公式には、1916年12月16日に楽曲として登録された「電話で(Pelo Telephone)」が最初の1曲とされていますが、サンバの原型となった舞踏と音楽は、すでに19世紀初めにアフリカのアンゴラ出身の黒人奴隷たちによって、奴隷貿易の集積地であった北東部のバイーア州に持ち込まれていたと考えられています。ちなみに、サンバという語の由来についても諸説あり、アンゴラで用いられていたバントゥ系諸語で“ダンスに誘う”を意味する“Zamba”、“Zambo”、“Zambra”、“Semba”などではないかと推測されています。

 その後、1871年の新生児解放令(同法の施行以降に生まれた者は、両親が奴隷であっても自由人となる)、1888年の奴隷制を完全に廃止する黄金法の施行を経て、“解放”された奴隷たちが職を求めてリオとその周辺に集まるようになると、しぜんと、アフリカ系の音楽とダンスもリオに持ち込まれました。

 リオに流入した黒人たちが主に演奏していたのは、バトゥカーダ(打楽器のみの構成による2拍子の音楽)、ショーロ(管楽器と弦楽器のバンドリン+、カヴァキーニョ、ギター、打楽器のパンデイロを基本構成とし、即興演奏を重視した三部形式の音楽)、ルンドゥー(アフリカ系の軽快な舞踏音楽)などで、ここに、ヨーロッパの舞曲であるポルカやマズルカ要素が入り込み、舞踏音楽としてのサンバが生まれます。

 前述の「電話で」はその1曲で、1917年、バイアーノとバンダ・ヂ・オデオンの2ヴァージョンのレコードが発売されてヒットしました。この結果、「電話で」は当時の舞踏音楽の最高の名誉として、翌1918年のカーニヴァルのテーマ曲の一つとなり、さらなる大ヒットを記録。これが、サンバとカーニヴァルの最初の接点となりました。

 これに対して、1920年代以降、レコード産業が発展すると、サンバのリズムやスタイルは多様化し、音楽として聴かせることに重きを置く歌謡サンバの“サンバ・カンサォン”等も誕生します。また、サンバが広く浸透することで、カーニヴァルとは無関係に、サロンやダンスホールで行われるペアダンスとしての“サンバ・ヂ・ガフィエイラ”が白人たちの間で流行し、定着していきました。

 現在でも、ブラジルでは、ただ単に“サンバ”というと、カーニヴァルのサンバではなく、サンバ・ヂ・ガフィエイラを指すことも多く、そうした事情を反映して、今回ご紹介の切手にも、ブラジルの象徴としてサンバ・ヂ・ガフィエイラが取り上げられています。

 なお、拙著『リオデジャネイロ歴史紀行』では、今年100周年を迎えたサンバの歴史についても、1章を設けてまとめておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。 

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 * 8月6日付『東京新聞』「この人」欄で、内藤が『リオデジャネイロ歴史紀行』の著者として取り上げられました!

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 世界漫郵記:リオデジャネイロ⑨
2016-11-05 Sat 09:59
 ご報告が遅くなりましたが、『キュリオマガジン』2016年11月号が発行されました。僕の連載「郵便学者の世界漫郵記」は前回に続き、リオデジャネイロ篇の第9回目。今回は、国立歴史博物館とカテドラル・メトロポリターナにフォーカスをあてました。その記事の中から、この1点をご紹介します。(以下、画像はクリックで拡大されます)

      カテドラル・メトロポリターナ

 これは、2010年に発行されたカテドラル・メトロポリターナの切手です。

 リオには有名無名の教会が数多くありますが、中でもインパクトがあるのは、リオデジャネイロ大司教座がおかれているカンデラリア・メトロポリターナでしょう。

 もともと、リオの大司教座は、カンデラリア教会からもほど近いプリメイロ・デ・マルソに面したノッサ・セニョーラ・ド・モンテ・ド・カルモ教会(旧大聖堂)に置かれていました。

 同教会は、もともと、1590年にブラジルにやってきたカルメル修道会が建立した小さな礼拝堂でしたが、その後、礼拝堂は拡張され、1770年、“カルメル山の聖母教会”を意味するノッサ・セニョーラ・ド・モンテ・ド・カルモ教会として聖化されます。

 1808年、ポルトガル王室がリオに遷移すると、国王マリア1世がカルモ修道院を御座所としたことから、近接するノッサ・セニョーラ・ド・モンテ・ド・カルモ教会は王室礼拝堂となり、あわせて、リオの大司教座がおかれました。

 以後、1889年の帝政廃止までの間、ノッサ・セニョーラ・ド・モンテ・ド・カルモ教会は王室/皇室の教会として、ジョアン6世の戴冠式(1816年3月20日)、王太子時代のドン・ペドロ1世の結婚式(1817年11月6日)、ドン・ペドロ1世の戴冠式(1822年10月12日)、ドン・ペドロ2世の戴冠式(1841年7月18日)、皇女イザベルの結婚式(1864年10月15日)など、王室/皇室の慶事の舞台として使われています。

 共和制の発足に伴い、ノッサ・セニョーラ・ド・モンテ・ド・カルモ教会は皇室礼拝堂ではなくなりましたが、その後も、リオデジャネイロ大聖堂としての地位は維持しつづけていました。しかし、リオからブラジリアへの遷都後、リオ市内の再開発の一環として、1964年、レプブリカ・ド・パラグアイ通りとレプブリカ・ド・チリ通りに面した土地に、新たな大聖堂の建設が始まり、1976年、現在の大聖堂としてのカテドラル・メトロポリターナが完成。リオデジャネイロ大司教座もそこに移されました。

 さて、カテドラル・メトロポリターナは、教会建築としては珍しい円錐形で、直径106m、高さ96mで収容人員は2万人。円錐形の形は、人々と神との等しい関係、近さを表しているのだとそうです。天井には十字型の天窓があり、そこから床へ64mのステンドグラスが東西南北4方向に伸びており(下左の画像)、主祭壇の上空には、現代美術風にアレンジされた磔刑のキリスト像が中空に吊り下げられています。また、教会には東西南北に入口があり、東の入口にはキリスト像が、西の入口には、カトリックで人気の高い聖人、“アッシジのフランチェスコ”の像が置かれています。(下右の画像)

      カテドラル・メトロポリターナ内部  カテドラル・メトロポリターナ(フランチェスコ像)

 ちなみに、カテドラル・メトロポリターナとは通りのを挟んで反対側のビルの外壁は鏡面加工となっており、そこにカテドラルの外観が映っていますが、“近未来”風のカテドラルが、ガラスの窓枠でいくつにも細分され、ところどころで微妙に歪んでいるのは、それこそ、SF映画に出てくる時空の歪みが目の前に表現されているようで、ちょっとした奇観だったのが、印象に残っています。(下の画像)

      カテドラル・メトロポリターナ(鏡面)

 なお、カテドラル・メトロポリターナについては、拙著『リオデジャネイロ歴史紀行』でも詳しくご説明しておりますので、機会がありましたら、ぜひお手にとってご覧いただけると幸いです。なお、雑誌『キュリオマガジン』の「郵便学者の世界漫郵記:リオデジャネイロ篇」も、同書に収録しきれなかった内容を加えて、年内いっぱい連載を続けていく予定ですので、よろしくお願いいたします。
 

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 11月17日(木) 10:30-12:00 
 毎日文化センターにて、1日講座、ユダヤとアメリカをやりますので、よろしくお願いします。(詳細は講座名をクリックしてご覧ください) 
  

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 * 8月6日付『東京新聞』「この人」欄で、内藤が『リオデジャネイロ歴史紀行』の著者として取り上げられました!

       リオデジャネイロ歴史紀行(東京新聞)


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 日本ハムが10年ぶり日本一
2016-10-30 Sun 10:06
 プロ野球の日本シリーズは、北海道日本ハムファイターズ広島東洋カープを4勝2敗で下して10年ぶりの日本一となりました。というわけで、“戦士”の切手の中からこの1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

      ブラジル・モンテカステッロ攻略50年

 これは、1995年2月21日にブラジルが発行した”モンテ・カステッロ攻略50年”の記念切手で、ブラジル国旗を背景に戦うブラジルの兵士たちが描かれています。

  1939年9月に第二次大戦が勃発した当初、ブラジル国内では、陸軍の上層部はドイツに好意的でしたが、大統領のヴァルガスは中立を維持していました。

 ところが、1941年12月、日本軍による真珠湾攻撃を受けて大戦に参戦した米国は、ブラジル北東部の戦略的な位置を重視し、ブラジルを自陣営に取り込もうとします。その一環として、米国は、ヴァルガス政権の経済政策の目玉の一つであったヴォルタ・レドンダ国立製鉄所の建設資金として2000億ドルを供与し、その代償として、レシーフェに米軍基地を設置。一方、ヴァルガス政権も、中立を掲げながらも、明らかに米国寄りの外交路線に舵を切るようになっていきます。

 一方、米国と戦闘状態に突入したドイツは大西洋戦線で潜水艦Uボートを用いた連合国の通商破壊作戦を展開していましたが、その結果、1942年1月から7月までの間に13隻のブラジル商船がドイツの潜水艦攻撃によって沈められました。さらに、同年8月には、潜水艦U-507により、2日間で5隻のブラジル船が沈められ、600人以上が犠牲になっています。この8月のUボート攻撃に対して、ブラジル国内の反独世論が沸騰。ヴァルガスは陸軍内の反対論を抑え込んで、8月22日、ドイツに対して宣戦を布告しました。

 さらに、大戦末期の1944年になると、ブラジルは連合国の一員として、ラテンアメリカ諸国として唯一、米軍の指揮下に2万5000名余の遠征軍(FEB:Força Expedicionária Brasileira)をイタリア戦線に派遣しました。すでに、イタリアは前年の1943年に降伏しており、主たる戦闘対象はドイツ軍です。

 1944年7月2日にブラジルを出発したFEBの第一陣5000人は同16日にイタリア・ナポリに到着。その後、順次、後続部隊が到着し、米軍を中心とする連合軍部隊と合流しました。その中には、アフリカ系黒人で構成される米第92歩兵師団、日系人で構成される米第442歩兵連隊、ニュージーランド、カナダ、インド、グルカ、英領パレスチナ、南アフリカ出身の英連邦軍、英連邦指揮下のポーランド、チェコスロヴァキアの各亡命政府軍、イタリアの反ファシスト勢力、セネガル、モロッコ、アルジェリア出身のフランス軍など、多種多様な人々が含まれていました。

 FEBは、ドイツのケッセルリンク元帥が設定したイタリア北部の最後の防衛線“ゴシック・ライン(リグリア海から内陸に入り、標高1000メートルのアルティッシモ山の山頂を連ねた線)”の攻略戦に参加しましたが、なかでも、1944年11月25日から1945年2月21日までのモンテ・カステッロの戦いでは、FEBはドイツ軍の70名を大きく上回る443名の死傷者を出して奮闘し、連合国の勝利に貢献したことで知られています。今回ご紹介の切手は、その50周年を記念して発行されたものです。

 その後も、FEBは連合国諸部隊とともに1945年4月7日にまでに難攻不落と謳われたゴシック・ラインの制圧を完了します。さらに、米第4軍と共に北上して4月14日にはモンテーゼを攻略して4月25日にはパルマに到達し、ターロ川の戦いでは撤退する枢軸軍の激しい抵抗を受けつつも、28日にはフォルノーヴォで枢軸側を包囲してドイツ第148師団を降伏させ、1万3000人を捕虜としました。

 これにより、ドイツ軍はイタリア戦線で抵抗を続けることが不可能となり、休戦交渉が開始されます。そして、5月2日、FEBはトリノに到達し、スーザ渓谷で南下してきたフランス軍と合流したところで、5月8日の終戦を迎え、戦勝国としての地位を確保しました。

 なお、第二次大戦中のブラジルについては、拙著『リオデジャネイロ歴史紀行』でもいろいろと関連のマテリアルをご紹介しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。

 * 昨日(29日)のトークイベント「ヴィジュアルメディアから歴史を読み解く」は、無事、盛況のうちに終了いたしました。お集まりいただいた皆様、スタッフの皆様には、あらためて、この場をお借りしてお礼申し上げます。


★★★ 講座のご案内 ★★★

 11月17日(木) 10:30-12:00 
 毎日文化センターにて、1日講座、ユダヤとアメリカをやりますので、よろしくお願いします。(詳細は講座名をクリックしてご覧ください) 
  

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 * 8月6日付『東京新聞』「この人」欄で、内藤が『リオデジャネイロ歴史紀行』の著者として取り上げられました!

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 世界漫郵記:リオデジャネイロ⑧
2016-10-05 Wed 10:06
 ご報告が遅くなりましたが、『キュリオマガジン』2016年10月号が発行されました。僕の連載「郵便学者の世界漫郵記」は前回に続き、リオデジャネイロ篇の第8回目。今回は、リオの東西のメインストリート、プレジデンチ・ヴァルガス通りにフォーカスをあてました。その記事の中から、この1点をご紹介します。(以下、画像はクリックで拡大されます)

      カンデラリア教会(2007)

 これは、2007年に発行されたカンデラリア教会の切手です。

 カンデラリア教会はリオ最古の教会で、プレジデンチ・ヴァルガス通りの東端近くに中洲のようなかたちで位置しています。

 1609年、カンデラリア号に乗って航海していたスペイン人たちが嵐に見舞われて沈没寸前の状況に追い込まれましたが、彼らは、カナリア諸島の守護者で船名と同じカンデラリアの聖母に祈りつづけ、リオデジャネイロに漂着することができました。この故事にちなみ、1630年、グアナバラ湾に近いリオの地に、カンデラリアの聖母に捧げる小さな礼拝堂が建立されます。これが、現在のカンデラリア教会のルーツとなりました。

 1775年にはポルトガル人のフランシスコ・ジョアン・ロシオを責任者として大規模な州改築工事が始まり、1811年、現在のファサード部分が完成。摂政ドン・ジョアン隣席の下、落成式典が行われます。ただし、建物本体の工事はその後も続けられ、リスボン産の石材を用いたドームの屋根が最終的に完成したのは、1877年のことでした。

 一方、教会の内装は、1878年にバロック様式から新古典主義とネオ・ルネッサンス様式に改修されましたが、その際、ジョアン・ゼフェリーノ・ダ・コスタらにより、聖母マリアと彼女の美徳(「慎重さ」、「慈愛」、「信仰」、「希望」、「正義」、「節制」、「毅然とした姿勢」)を表現した天井のフレスコ画が制作されました。(下の画像です)

      カンデラリア教会・天井画

 ちなみに、プレジデンチ・ヴァルガス通りとカンデラリア教会については、拙著『リオデジャネイロ歴史紀行』でも詳しくご説明しておりますので、機会がありましたら、ぜひお手にとってご覧いただけると幸いです。なお、雑誌『キュリオマガジン』の「郵便学者の世界漫郵記:リオデジャネイロ篇」も、同書に収録しきれなかった内容を加えて、年内いっぱい連載を続けていく予定ですので、よろしくお願いいたします。


★★★ 講座のご案内 ★★★

 ・毎日文化センター
 それぞれ、1日講座をやりますので、よろしくお願いします。(詳細は講座名をクリックしてご覧ください)

 10月11日(火) 19:00-20:30 リオデジャネイロ歴史紀行
 11月17日(木) 10:30-12:00 ユダヤとアメリカ 
  

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 開催御礼
2016-09-24 Sat 10:51
      ブラジル大使館・ペドロ文化担当官

 おかげ様で、きのう(23日)、ブラジル大使館で開催された拙著『リオデジャネイロ歴史紀行』の刊行記念トークイヴェントは、無事、盛況のうちに終了いたしました。ご参加いただいた皆様、ブラジル大使館はじめ開催にあたりご支援いただいた皆様には、この場をお借りして、あらためてお礼申し上げます。(冒頭の画像は、今回のイベントの開催にご尽力いただいたブラジル大使館のペドロ・ブランカンチ文化担当官との2ショットです)

 さて、今回のイベントでは、ブラジル大使館のご厚意で、ご来場の皆様にアサイー・ドリンクをご提供いただきました。そこで、きょうは、そのお礼の意味も込めて、この切手をご紹介したいと思います。(右側に、ご提供いただいたアサイー・ドリンクの画像も貼っておきます)

      ブラジル・アサイー  アサイー・ドリンク

 切手は、1994年4月24日、ドイツ植物学者のカール・フレデリック・フィリップ・フォン・マルティウスの生誕200年を記念して発行されたもので、アサイーの木と実が描かれています。

 アサイー(和名はワカバキャベツヤシ)は、ブラジル・アマゾンが原産のヤシ科の植物で、木の高さは20-30m。ブルーベリーに似た外観の実が枝の間に房状に実り、1本の木には1房3-6kgの実が3-4房の実なります。収穫は、木を切り倒すのではなく、農家の人が木に登り手掴みで実だけを採取します。

 アサイーの実は栄養価が非常に高く、アサイー果実100g中に含まれるポリフェノールは約4.5gで、ココアの約4.5倍、ブルーベリーの約18倍ともいわれています。他にも、鉄分はレバーの3倍で、食物繊維、カルシウムなども豊富です。

 アサイー自体にはほとんど味がないため、ジュース状にした後、牛乳やヨーグルト等の乳製品、バナナやイチゴあるいはそれらの果汁などと混ぜて飲むのが一般的で、ボウルにアサイーのスムージーを入れ、バナナやクラッカーなどとともに“アサイーボウル”として食されることもあります。また、成長点(ハートオブパーム)は、野菜としてサラダなどに利用されています。

 切手の題材となったカール・フリードリヒ・フィリップ・フォン・マルティウスは、1794年4月17日、バイエルン北部のエアランゲンに生まれました。1814年にエルランゲン大学を卒業し、大学の植物園の植物目録を作成。その後も植物学の研究を続け、1817年から行われた、オーストリアのブラジル学術探検に参加します。その範囲は、ブラジル南部、東部を経て、リオデジャネイロからアマゾン川やその支流を遡上し、ブラジル北部のタバティンガにまで及んでいます。

 1820年の帰国後、ミュンヘン植物園に採用され、1826年にミュンヘン大学の植物学の教授に就任。ブラジル植物の専門家として、主著に『ブラジルの新種植物』(Nova Genera et Species Plantarum Brasiliensium, 1823–1832, 3 vols)、『ブラジルの隠花植物図鑑』(Icones selectae Plantarum Cryptogamicarum Brasiliensium, 1827))、『ヤシの自然史』(Historia naturalis palmarum, 1823–1850, 3vols)などがあります。今回ご紹介の切手の図案は、このうちの『ヤシの自然史』から採られたものです。また、植物以外にも、ともにブラジル探検をおこなったヨハン・バプチスト・フォン・スピックスの集めたブラジルの動物の研究も行ったほか、ブラジルの先住民に関する論文もあります。

 なお、切手は“国内宛ファースト・クラス”用の無額面永久保証切手ですが、切手発行時の販売価格は144クルゼイロ・レアルでした。


★★★ 講座のご案内 ★★★

 ・よみうりカルチャー荻窪 「宗教と国際政治」
 10月から毎月第1火曜の15:30より、よみうりカルチャー荻窪(読売・日本テレビ文化センター、TEL 03-3392-8891)で講座「宗教と国際政治」がスタートします。初回は10月4日です。ぜひ、遊びに来てください。詳細は、こちらをご覧いただけると幸いです。

 ・毎日文化センター
 それぞれ、1日講座をやりますので、よろしくお願いします。(詳細は講座名をクリックしてご覧ください)

 10月11日(火) 19:00-20:30 リオデジャネイロ歴史紀行
 11月17日(木) 10:30-12:00 ユダヤとアメリカ 
  

★★★ ブラジル大使館推薦! 内藤陽介の『リオデジャネイロ歴史紀行』  ★★★ 

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 * 8月6日付『東京新聞』「この人」欄で、内藤が『リオデジャネイロ歴史紀行』の著者として取り上げられました!

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 ズンビの国
2016-09-20 Tue 12:56
 きのう(現地時間18日)閉幕したパラリンピックの閉会式で、出演したブラジルの音楽グループ“ナサォン・ズンビ”のメンバーが演奏の最中、「テメル(大統領)は出ていけ」と書いた紙をステージ上で掲げる一幕がありました。というわけで、“ズンビの国(バンド名の直訳)”といえば、やはりこの切手でしょうか。(画像はクリックで拡大されます)

      ブラジル・ズンビ・ドス・パルマーレス

 これは、1995年にブラジルで発行された“ズンビ・ドス・パルマーレス没後300年”の記念切手です。

 ポルトガル植民地時代、アフリカからブラジルに連れてこられた黒人奴隷の中には過酷な労働から逃げ出して密林地帯や山間の僻地などに“キロンボ”と呼ばれる集落を形成するものが少なからずいました。1570年以降、キロンボはブラジル北東部のバイーア、ペルナンブーコ、アラゴアスに拡大し、18世紀には南東部のサンパウロ州からミナス・ジェライス州にも登場します。キロンボの規模は50軒程度の小規模なものから数千軒規模のものまでさまざまで、彼らは独自に農耕・狩猟等に従事するほか、白人の集落を襲撃したりすることもありました。

 そうしたキロンボの中でも、1597年、ペルナンブコ州で40人の奴隷が反乱を起こし、農園主などを殺害してセーラ・ダ・バヒーガ山の山頂付近に逃げ込んでつくったのが、“キロンボ・ドス・パルマーレス”のルーツです。その後、彼らの逃げ込んだ土地が肥沃だったこともあり、キロンボ・ドス・パルマーレスは順調に発展し、ポルトガルやオランダ人(一時期、ブラジル北東部を支配していました)の攻撃も退け、最盛期には約3万人の住民を擁して、事実上の独立国家の様相を呈していました。

 そうしたなかで、1655年、ポルトガル軍の司令官、ブラス・ダ・ロッシャ・カルドーゾが数人の捕虜と1人の生まれたばかりの赤ん坊を捕えてパルマーレスとの戦いから帰還。赤ん坊は、ポルト・カルヴォに住んでいたアントニオ・メロ神父の元に引き渡され、フランシスコと名付けられ、キリスト教の教義やポルトガル語、ラテン語の教育を受けて育てられた。

 フランシスコは非常に優秀で、メロン神父も彼に愛情を注いでいましたが、次第に、自分と同じ黒人の奴隷が白人の下で苦役を強いられていることに心を痛めるとともに、まだ見ぬ家族への思慕が募り、1670年、15歳にしてパルマーレスへ逃亡。住民たちは彼を歓迎し、彼のことを“ズンビ”と呼ぶようになりました。

 ズンビは、当時のパルマーレスのリーダーだったガンガ・ズンバの片腕として、ポルトガル軍の相次ぐ攻撃からキロンボを防衛することに力を注ぎます。1680年にガンガ・ズンバが毒殺されると、ズンビは25歳で後継指導者となり、キロンボを率いることになります。

 1694年、植民地政府はドミンゴス・ジョルジ・ヴェーリョひきいる9000のポルトガル軍を派遣し、パルマーレスに対して総攻撃を仕掛けてきました。圧倒的な火力を有するポルトガル軍はパルマーレスの城壁を破壊して中心地マカコに侵入。キロンボは崩壊し、ズンビも戦闘で負傷して、命からがら逃げだしました。

 しかし、信頼していた一部隊のリーダー、アントーニオ・ソアレスの裏切りによって、ポルトガル軍はズンビの潜伏場所を急襲し、彼を逮捕。翌1695年11月20日、ズンビは斬首され、その遺体はレシーフェの街の広場に遺体は晒し者にされました。今回ご紹介の切手は、ここから起算して300年になるのを記念して発行されたものです。

 現在、ズンビは、黒人の自由とアフリカ文化を守り抜いた歴史上の英雄として、彼の命日にあたる11月20日は、ブラジル各地で“黒人の意識向上の日”の記念日になっています。

 ちなみに、パラリンピックの閉会式で抗議の紙を掲げたナサォン・ズンビは、シコ・サイエンスが1991年にズンビ終焉の地レシーフェで結成した音楽グループで、ブラジル北東部の伝統音楽であるマラカトゥやコーコに、ハードロック系のノイジーなギターとサンプリング、そしてラップ風のボーカルといったヒップポップ感覚をミックスした“マンギビート”を作り出し、ブラジル現代音楽に一台革命をもたらしました。リーダーのシコは1997年に自動車事故で亡くなりましたが、グループとしての活動は現在も継続しており、閉会式でのパフォーマンスになったというわけです。

★★★ トークイヴェントのご案内 ★★★

 拙著『リオデジャネイロ歴史紀行』の刊行を記念して、東京・青山の駐日ブラジル大使館で下記の通り、トークイヴェントを開催いたします。ぜひ、ご参加ください。

 ・日時 2016年9月23日(金)18:00~20:00(17:30受付開始)
 ・会場 駐日ブラジル大使館 セミナー・ルーム
  〒107-8633 東京都港区北青山2丁目11-12 (地図はこちらをご覧ください)
 ・参加費 無料
 ・定員 30名(申込多数の場合は先着順) 

 * ブラジル大使館のご厚意で、当日いきなりのご参加もOKになりました。ただし、残席僅少です。
  
 なお、トークヴェベント終了後、20:30より近隣のブラジルレストラン「イグアス」にて懇親会を予定しております。(イグアスの地図はhttp://tabelog.com/tokyo/A1306/A130603/13048055/ をご覧ください) 
 
 お問い合わせ・懇親会のお申し込みは、下記宛にお願いいたします。

  申込先 えにし書房(担当・塚田)
  〒102-0074 千代田区九段南2-2-7-北の丸ビル3F
  Tel. 03-6261-4369 Fax. 03-6261-4379
  電子メール info★enishishobo.co.jp (スパム防止のため、★の部分を半角@に変えてご送信ください)

 一人でも多くの方にお会いできるのを楽しみにしております。

★★★ 講座のご案内 ★★★

 ・よみうりカルチャー荻窪 「宗教と国際政治」
 10月から毎月第1火曜の15:30より、よみうりカルチャー荻窪(読売・日本テレビ文化センター、TEL 03-3392-8891)で講座「宗教と国際政治」がスタートします。初回は10月4日です。ぜひ、遊びに来てください。詳細は、こちらをご覧いただけると幸いです。

 ・毎日文化センター
 それぞれ、1日講座をやりますので、よろしくお願いします。(詳細は講座名をクリックしてご覧ください)

 10月11日(火) 19:00-20:30 リオデジャネイロ歴史紀行
 11月17日(木) 10:30-12:00 ユダヤとアメリカ 
  

★★★ ブラジル大使館推薦! 内藤陽介の『リオデジャネイロ歴史紀行』  ★★★ 

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 * 8月6日付『東京新聞』「この人」欄で、内藤が『リオデジャネイロ歴史紀行』の著者として取り上げられました!

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 リオデジャネイロ・パラリンピック開幕
2016-09-08 Thu 11:10
 リオデジャネイロ・パラリンピックが、現地時間の7日夜(日本時間8日午前)、開幕しました。というわけで、きょうはストレートにこの切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      ブラジル・パラリンピック

 これは、今回のパラリンピックのマスコット“トム”を取り上げた2015年のブラジル切手です。

 トムは、オリンピックのキャラクター、ヴィニシウスとともに、アニメーション会社、“バードスタジオ(Birdo Producoes)”が制作し、2014年の11月20日に発表されました。

 南米初開催のオリンピック・パラリンピックということをふまえ、トムは、南米の豊かな植物を象徴するキャラクターとして、青と緑を基調とし、頭は葉で覆われています。また、サンバを始めとしたブラジル音楽が大好きという設定に合わせて、今回ご紹介の切手では、リオの象徴であるポン・ヂ・アスーカルを背景に、タンバリンを叩き、踊る姿がデザインされています。
 
 マスコットの名前としては、当初、同社内ではオバ、エバの名で呼ばれていたそうですが、最終的に、「イパネマの娘」などで知られるブラジル音楽の巨匠、ヴィニシウス・ヂ・モライスとアントニオ・カルロス・ジョビン(トム・ジョビン)にちなんで、オリンピックのマスコットが“ヴィニシウス”、パラリンピックのマスコットが“トム”と命名されています。

 今回ご紹介の切手のマスコットの名前の由来となったトム・ジョビンは、1927年、リオのチジュッカ地区生まれ。14歳の頃からピアノを弾きはじめ、音楽家になることを夢見ていましたが、高校卒業後は、生活の安定を考えて建築学校に入学しました。しかし、音楽への夢を捨てきれず、ナイト・クラブでピアノを弾いていたところ、1952年、当時のブラジル音楽界の大御所、ハダメス・ジナタリに見いだされ、コンチネンタル・レコードに入社。翌1953年、オデオン・レコード(EMI・ブラジル)に移って、作編曲家として活動するようになります。

 1956年、ヴィニシウス・ヂ・モライスがプロデュースしたミュージカル『オルフェウ・ダ・コンセイサォン』(1959年に『黒いオルフェ』としてフランス・イタリア・ブラジル合作で映画化され、カンヌのパルム・ドールなどを受賞)の音楽を担当して以来、ヂ・モライスとジョビンはコンビを組んで数々の曲を発表するようになり、1958年には、“サンバ・カンサゥン(白人を中心に、比較的穏やかなリズムで叙情的な内容を歌ったサンバ)の女王”、“ブラジル音楽の至宝”などと呼ばれていた当代一の女性歌手、エリゼッチ・カルドーゾのアルバム『愛しすぎた者の歌』の全収録曲を手がけるようになりました。

 このアルバム収録曲のうち、「想いあふれて」「もう一度」の2曲にギタリストとして参加したのが、ジョアン・ジルベルトです。

 ジルベルトのギターは、ジャズのコードを駆使して、1本のギターでバチーダ(サンバのリズム)を刻むという独創的なものでした。また、彼のささやくような歌い方は、当時としてはかなり斬新で、その音楽性にほれ込んだジョビンは、2ヶ月後、ジルベルトのために「想いあふれて」をアレンジしてレコーディングし、1959年にリリースします。このジルベルトの「想いあふれて」こそ、現在にいたるボサノヴァの歴史の原点となりました。

 ボサノヴァという言葉は、もともとは、“新しい傾向”を意味するポルトガル語ですが、この新ジャンルはすぐに学生たちの支持を得ます。以後、ヂ・モライスとジョビンのコンビは次々にヒット曲を生み出し、ヴィニシウスとトムは現代ブラジル文化を象徴するビッグ・ネームとなりました。

 なお、このあたりの事情につきましては、新刊の拙著『リオデジャネイロ歴史紀行』でも取り上げておりますので、機会がありましたら、ぜひお手にとってご覧いただけると幸いです。


★★★ トークイヴェントのご案内 ★★★

 拙著『リオデジャネイロ歴史紀行』の刊行を記念して、東京・青山の駐日ブラジル大使館で下記の通り、トークイヴェントを開催いたします。ぜひ、ご参加ください。

 ・日時 2016年9月23日(金)18:00~20:00(17:30受付開始)
 ・会場 駐日ブラジル大使館 セミナー・ルーム
  〒107-8633 東京都港区北青山2丁目11-12 (地図はこちらをご覧ください)
 ・参加費 無料
 ・定員 30名(申込多数の場合は先着順)

  * 9月16日(金)までに、お名前・ご連絡先・ご所属を明記の上、電子メール、ファックス等で下記宛にお申し込みください。(お送りいただいた個人情報は、大使館へ提出する以外の目的には使用しません)
  申込先 えにし書房(担当・塚田)
  〒102-0074 千代田区九段南2-2-7-北の丸ビル3F
  Tel. 03-6261-4369 Fax. 03-6261-4379
  電子メール info★enishishobo.co.jp (スパム防止のため、★の部分を半角@に変えてご送信ください)

 なお、トークヴェベント終了後、20:30より近隣のブラジルレストラン「イグアス」にて懇親会を予定しております。(イグアスの地図はhttp://tabelog.com/tokyo/A1306/A130603/13048055/ をご覧ください) 
 会費は、『リオデジャネイロ歴史紀行』1冊の代金込みで6500円(書籍不要の場合は5000円)の予定です。参加ご希望の方は、トークイベントお申し込みの際に、その旨、お書き添えください。なお、懇親会のみの御参加も歓迎いたします。


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