内藤陽介 Yosuke NAITO
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World Wide Weblog
 無事帰国しました。
2017-11-01 Wed 23:39
      ブラジリア・コミッショナー・メダル拝領

 本日19:00頃、無事、カタール経由で帰国いたしました。世界切手展<Brasilia 2017>の会期中、現地では、日本から参加された審査員の佐藤浩一さんご夫妻をはじめ、多くの方々にお世話になりました。在伯中、お世話になった全ての方々に、この場をお借りして、あらためてお礼申し上げます。冒頭の写真は、開会翌日の10月26日夜の懇親会時、今回の展覧会のFIPコンサルタントのピーター・マッキャン氏から、審査員としての参加メダルと感謝状を頂戴している場面です。

 今回頂戴したメダルのデザインは、以下のようなモノで、表面にはカンダンゴ像を取り上げた切手展のロゴマークが彫刻されています。

      ブラジリア・メダル

 また、今回の世界切手展は、ブラジル国内切手展<Brapex 2017>と併催の複合イベント<Colecionar 2017>の一部として開催された形式を取っているため、メダルの裏面には<Colecionar 2017>のロゴマークが彫刻されていました。

      ブラジリア・メダル(裏)

 一方、感謝状は下の画像のようなものでした。

      ブラジリア・賞状

 右上のロゴマークでは、<SPECIALZED WORLD STAMP EXHIBITION>となっていますが、感謝状の見出しは<WORLD STAMP EXIBITION>と“EXHIBITION”の“H”が抜けているあたりは、まぁラテンの国らしいご愛嬌といえましょうか。ちなみに、出品者用のメダルは、賞の上下に関わらず、審査員・コミッショナー用のモノと全く同一なので事前に準備されており、作品と一緒に持ち帰りましたが、賞状は審査結果を受けてからの制作で、後日、コミッショナー宛にまとめて送られてくるそうです。その際には、スペルミスが修正されていると良いのですが…。

 なお、今回の切手展の会期初日にあたる24日、ブラジル郵政は、世界遺産・ブラジリアを題材にした切手シートを発行し、その余白に<Brasilia 2017>および<Brapex 2017>のロゴを入れています。切手展の開催を直接的に記念する切手類は、今回はこれだけでした。
 
      ブラジリア・記念切手

 さて、今年の国際切手展は今回の<Brasilia 2017>でおしまいですが、次は、来年(2018年)は5月27日から31日まで、エルサレムの国際会議場でFIP(国際郵趣連盟)認定の世界切手展<WSC Israel 2018>が開催される予定です。同展には、僕もコミッショナーとして参加することになっており、現在、出品物の応募も受け付けております。今後とも、皆様にはいろいろとお世話になることがあるかと思われますが、よろしくお願いいたします。


★★★ トークイベントのご案内  ★★★ 

 11月4日(土) 12:30より、東京・浅草で開催の全国切手展<JAPEX>会場内で、拙著『パレスチナ現代史 岩のドームの郵便学』刊行記念のトークイベントを予定しております。よろしかったら、ぜひ遊びに来てください。なお、詳細は主催者HPをご覧いただけると幸いです。


★★★ 世界切手展<WSC Israel 2018>作品募集中! ★★★

  明年(2018年)5月27日から31日まで、エルサレムの国際会議場でFIP(国際郵趣連盟)認定の世界切手展<WSC Israel 2018>が開催される予定です。同展の日本コミッショナーは、不詳・内藤がお引き受けすることになりました。

 現在、出品作品を11月10日(必着)で募集しておりますので、ご興味がおありの方は、ぜひ、こちらをご覧ください。ふるってのご応募を、待ちしております。


★★ 内藤陽介の最新刊 『パレスチナ現代史 岩のドームの郵便学』 ★★

      パレスチナ現代史・表紙 本体2500円+税

 【出版元より】
 中東100 年の混迷を読み解く! 
 世界遺産、エルサレムの“岩のドーム”に関連した郵便資料分析という独自の視点から、複雑な情勢をわかりやすく解説。郵便学者による待望の通史!

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 ルターの宗教改革500年
2017-10-31 Tue 08:49
 1517年10月31日にマルティン・ルターがヴィッテンベルク城教会の扉に『95ヶ条の論題』を張り出し、いわゆる宗教改革が始まってから、きょうでちょうど500年です。というわけで、ブラジルからの帰国途中の空港ラウンジで記事を書いていることでもありますし、こんな切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

     ブラジル・ルター500年(仮)

 これは、ことし(2017年)4月13日、ブラジルがドイツと共同発行した“宗教改革500年”の記念切手で、ルターの肖像と、新約聖書「ヨハネによる福音書」の「はじめに言葉ありき(No princípio era a palavra)」の文言が記されています。なお、今回ご紹介の画像は、現地時間30日までの在伯中、切手展会場の郵便局で入手したものをスマホで撮影したものですので、帰国後、きちんとスキャンしなおして差し替えたいと思います。

 さて、ブラジルは世界最大のカトリック人口を抱える国ですが、近年、カトリックの人口が急減し、プロテスタント、特に福音派(ポルトガル語ではエヴァンジェリコ)が急速に勢力を伸ばしています。

 すなわち、2016年12月に公表されたブラジルの有力紙『ダータフォーリャ』が発表した調査結果(16歳以上のブラジル人2500人以上を対象)によると、調査時点でのカトリック人口の割合は50%で、前回(2年前)の60%から10ポイント(総人口との比率で考えると900万人)という急激な減少を示しています。ちなみに、1994年の同様の調査では、人口の75%がカトリックと回答していましたので、カトリックにとって、信徒の急減は深刻な問題と言ってよさそうです。

 これに対して、無宗教と答えた人の割合は、前回の6%から14%と倍増以上で、プロテスタントの割合は29%にまで拡大しています。

 もともと、ブラジルにおけるプロテスタントはドイツ系の移民が持ち込んだもので(それゆえ、今回ご紹介の切手もドイツとの共同発行となったわけですが)、それゆえ、伝統的なルター派教会はリオ・グランデ・ド・スル州などドイツ系移民の多い地域を中心に建設されていました。ここに、20世紀初頭、プロテスタントのうちのメソジスト、ホーリネス教会のなかから、米国で始まった聖霊運動のペンテコステが流入し、プロテスタントにおいて大きな影響力を持つようになります。

 そうした土壌の下、近年、やはり米国で勢力を急速に拡大している福音派(ブラジルでは“エヴァンジェリコ”と呼ばれる)がブラジルにも進出し、都市部に浸透していったというのがおおよその傾向です。ちなみに、地域ごとのプロテスタントの人口比ですが、最も多いのがサンパウロやリオデジャネイロ、ミナスジェライスのある南東部で43%、北東部で27%、その他の地域は15%程度となっています。

 ブラジル人のカトリック離れについては、さまざまな原因が指摘されていますが、その一つとして、ポルトガル植民地時代以来、カトリックが強い権威・権力を有してきた歴史に対する反発や、カトリック教会が信徒たちの要求に対応しきれなくなっているという事情などがあるようです。たとえば、カトリックの神父の説教が定型的すぎて現実の出来事に具体的に対応してくれないのに対して、プロテスタント、特に福音派は米国仕込みの宣教戦略が巧みで説教が分かりやすく、礼拝(ミサ)も情熱的で、病気を治したり奇跡を強調したりするところで支持を拡大しているとの指摘もあります。

 ちなみに、ブラジルの福音派の間では、ムスリム同様、禁酒を(事実上の)戒律とされており、カーニヴァル等の祝祭も、「Não agrada Deus(神が喜ばないから)」という理由で忌避される傾向があるのだとか。

 まぁ、信仰は人それぞれなので、僕のような非lクリスチャンがとやかく言うべきことではないのですが、お酒を飲みながら、女性と一緒に夜通しどんちゃん騒ぎをやるという、昔ながらのカトリックのブラジル人の方が、ずっと親近感がわくのですがね。
 
 なお、ブラジルにおける宗教事情の一端については、拙著『リオデジャネイロ歴史紀行』でもご紹介しておりますので、機会がありましたら、ぜひお手に取ってご覧いただけると幸いです。


★★★ トークイベントのご案内  ★★★ 

 11月4日(土) 12:30より、東京・浅草で開催の全国切手展<JAPEX>会場内で、拙著『パレスチナ現代史 岩のドームの郵便学』刊行記念のトークイベントを予定しております。よろしかったら、ぜひ遊びに来てください。なお、詳細は主催者HPをご覧いただけると幸いです。


★★★ 世界切手展<WSC Israel 2018>作品募集中! ★★★

  明年(2018年)5月27日から31日まで、エルサレムの国際会議場でFIP(国際郵趣連盟)認定の世界切手展<WSC Israel 2018>が開催される予定です。同展の日本コミッショナーは、不詳・内藤がお引き受けすることになりました。

 現在、出品作品を11月10日(必着)で募集しておりますので、ご興味がおありの方は、ぜひ、こちらをご覧ください。ふるってのご応募を、待ちしております。


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 <Brasilia 2017> 受賞速報
2017-10-28 Sat 00:50
      ブラジル・嬉々

 今月24日(現地時間。以下同)からブラジル・ブラジリア市のユリシス・ギマラエス・コンヴェンション・センターで開催中の世界切手展<Brasilia 2017>は、すべての作品の審査が終了し、27日午後、受賞結果が下記の通り発表されましたので、速報としてお伝えいたします。リストのうち、出品者名は日本語表記(敬称略)、文献を除く作品名は英文でリスト記載のとおり、カッコ内は点数、+SPは特別賞つきです。ただし、速報値ゆえ、誤りなどがありましたら、後日訂正いたしますので、ご容赦ください。

 ・吉田敬 Kingdom of Prussia: 1850-1869 G(91)
 ・正田幸弘 Postal History of Brazil 1795 – 1877 G(93)+SP
 ・内藤陽介 Postal History of Auschwitz 1939-1945 V(80)
 ・井上和幸 Postal History of NIUAFOOU and Tin Can Mail 1882-1947 LV(85)
 ・内藤陽介 A History of Hong Kong G(92)+SP
 (以下、文献)
 ・祖父江義信 『手彫切手』 LV(85)
 ・金井宏之(切手文化博物館) 『金井宏之コレクション 日本手彫切手』 LG(96)+SP
 ・公財・日本郵趣協会 『郷土の郵便印』 V(80)
 ・スタンペディア 『Stampedia Philatelic Journal』 G(90)
 ・公財・日本郵趣協会 『日本普通切手専門カタログvol.1 戦前編』 LV(86)

 なお、冒頭に掲げた画像は、1997年5月20日、切手デザインコンクールの優勝作品、ルシアーナ・ヒラタによる“ALEGRIA ALEGRIA”を取り上げたブラジル切手です。題名の“ALEGRIA”はポルトガル語で“喜び”の意味ですから、あえて邦題をつけると「嬉々」とでもなりましょうか。授賞をお祝いするのにふさわしい画題というだけでなく、原画作者が日系人というのも良いですね。

 受賞者の皆様、あらためて、おめでとうございます。


★★★ トークイベントのご案内  ★★★

 11月4日(土) 12:30より、東京・浅草で開催の全国切手展<JAPEX>会場内で、拙著『パレスチナ現代史 岩のドームの郵便学』刊行記念のトークイベントを予定しております。よろしかったら、ぜひ遊びに来てください。なお、詳細は主催者HPをご覧いただけると幸いです。


★★★ 世界切手展<WSC Israel 2018>作品募集中! ★★★

  明年(2018年)5月27日から31日まで、エルサレムの国際会議場でFIP(国際郵趣連盟)認定の世界切手展<WSC Israel 2018>が開催される予定です。同展の日本コミッショナーは、不詳・内藤がお引き受けすることになりました。

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 <Brasilia 2017>開幕!
2017-10-26 Thu 01:52
 世界切手展<Brasilia 2017>が、現地時間の24日18:00(日本時間25日06:00)、無事に開幕しました。というわけで、きょうは会場のウリセス・ギマランエス・コンヴェンション・センターにちなんで、この切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      ウリセス・ギマランエス ブラジリア・コンベンションセンター 

 今回の切手展会場の施設名の由来にもなっている政治家、ウリセス・ギマランエスの没後1周年に際して、1993年10月6日、ブラジルで発行された追悼切手で、ブラジリアの国会議事堂を背景に、ギマランエスと民衆が描かれています。ついでですので、隣には、シナイのテレビ塔から見たコンヴェンション・センターの全景の画像を貼っておきます。

 さて、ウリセス・ギマランエスは、1916年10月6日、サンパウロ州イチラピナで生まれました。

 サンパウロ大学を卒業後、租税法の専門家としてマッケンジー法科大学等の教授を務めるかたわら、プロサッカークラブのサントスFCの役員を務めました。

 1947年、憲法制定会議のサンパウロ州代議員に選ばれたのを機に政治に関与するようになり、1951年に連邦議員として初当選。1956-1957には下院議長を務め、1961-62年には開発・商工貿易大臣として入閣しました。

 1964年、軍事クーデターによって、カステロ・ブランコ将軍を大統領とする軍事政権が誕生すると、当初こそ、腐敗根絶を掲げるブランコ政権を支持したものの、1965年に体制内野党として“ブラジル民主運動(MDB)”が結成されると、その副党首(のち党首)となりました。

 1973年の大統領選挙には、MDBの大統領候補として出馬しましたが、与党・国家革新連盟のエルネスト・ガイゼルに敗退。その後、ガイゼル政権が国民の不満を受けて、軍政令第五号を破棄するなど前政権以来の強権統治を修正すると、民政移管をにらんで民主化運動を指導しました。

 1979年に発足したジョアン・フィゲイレード政権は、同年8月の恩赦法を制定。これにより、政治犯の釈放や追放者の帰国が認められ、カエターノ・ヴェローゾやフェルナンド・エンリケ・カルドーゾなどが帰国し、さらに、同年11月には政党法が制定され、政党の結成が自由化されます。これを受けて、1980年12月、ギマランエスは、MDBを中心に保守主義者から左派系まで広範な反軍政勢力が結集した包括政党としてブラジル民主運動党(PMDB)に結成し、その党首となりました。1980年12月に結成された。さらに、1984年には「ただちに選挙を(Diretas Já)」をスローガンに、民主化要求デモを組織しています。

 1985年1月の大統領選挙ではPMDBの有力候補と目されていましたが、最終的にタンクレード・ネーヴェスが同党の大統領候補になり、軍事政権下の与党社会民主党(PSD)から分裂した自由戦線党(PFL)の支持を得て当選を果たしました。一方、ギマランエスは、1985-86年と1987-88年の2期連続で下院議長を務めるとともに、1987-88年の憲法制定会議では議長として、現行憲法制定の中心的な人物となりました。

 1989年の大統領選挙には、PMDBの候補として出馬したものの落選。1992年10月12日、妻で前上院議員のモラとヘリコプターで移動中、墜落事故で亡くなりました。

 一方、ブラジリアのコンヴェンション・センターは、もともとは、ブラジリア建都事業の一環として、オスカー・ニーマイヤーが設計した文化センターでしたが、1978年にコンヴェンション・センターとして転用されました。1989年には、民主化後最初の選挙での開票所に使われ、そのことから、民主化運動と現憲法制定に尽力したギマランエスの功績をたたえて、1992年に彼が亡くなると、施設名にその名が冠せられることになりました。なお、現在の建物は、セルジオ・ベルナルデスの設計により拡張されたもので、ニーマイヤーの設計したオリジナルのものではありません。

 ちなみに、今回の切手展会場の入口と内部の展示はこんな感じです。

      ブラジリア展・会場入口  ブラジリア展・展示俯瞰


★★★ トークイベントのご案内  ★★★ 

 11月4日(土) 12:30より、東京・浅草で開催の全国切手展<JAPEX>会場内で、拙著『パレスチナ現代史 岩のドームの郵便学』刊行記念のトークイベントを予定しております。よろしかったら、ぜひ遊びに来てください。なお、詳細は主催者HPをご覧いただけると幸いです。


★★★ NHKラジオ第1放送 “切手でひも解く世界の歴史”  ★★★

 10月19日(木)に放送の「切手でひも解く世界の歴史」の第10回は無事に終了しました。お聞きいただいた皆様、ありがとうございました。次回の放送は、11月9日(木)16:05~の予定です。引き続き、よろしくお願いいたします。 

 なお、19日放送分につきましては、10月26日(木)19:00まで、こちらの“聴き逃し”サービスでお聴きいただけますので、ぜひご利用ください。


★★★ 世界切手展<WSC Israel 2018>作品募集中! ★★★

  明年(2018年)5月27日から31日まで、エルサレムの国際会議場でFIP(国際郵趣連盟)認定の世界切手展<WSC Israel 2018>が開催される予定です。同展の日本コミッショナーは、不詳・内藤がお引き受けすることになりました。

 現在、出品作品を11月10日(必着)で募集しておりますので、ご興味がおありの方は、ぜひ、こちらをご覧ください。ふるってのご応募を、待ちしております。


★★ 内藤陽介の最新刊 『パレスチナ現代史 岩のドームの郵便学』 ★★

      パレスチナ現代史・表紙 本体2500円+税

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 <Brasilia 2017>出品作品決定
2017-07-24 Mon 11:47
      ブラジル・カンダンゴ像(2010)

 本年10月24-29日(火-日)の6日間、ブラジル・ブラジリア市のUlysses Guimaraes Convention Centerにて、世界切手展<BRASILIA 2017>が開催されます。僕はその日本コミッショナーを仰せつかっていますが、先日、日本からの出品作品は以下のように決定したとの連絡が主催者側から入りましたのでお伝えいたします。(以下、リストは出品者名は日本語表記・敬称略、文献を除く作品名は英文でリスト記載のとおりです。今後、修正などがある可能性もあります)

 ・吉田敬 Kingdom of Prussia: 1850-1869
 ・内藤陽介 Postal History of Auschwitz 1939-1945
 ・正田幸弘 Postal History of Brazil 1795 – 1877
 ・井上和幸 Postal History of NIUAFOOU and Tin Can Mail 1882-1947
 ・内藤陽介 A History of Hong Kong
 (以下、文献)
 ・祖父江義信 『手彫切手』
 ・公財・日本郵趣協会 『郷土の郵便印』
 ・スタンペディア Stampedia Philatelic Journal
 ・公財・日本郵趣協会 『日本普通切手専門カタログvol.1 戦前編』

 ちなみに、冒頭の画像は、2010年、ブラジリア遷都50周年を記念して発行された切手のうち、ブラジリアの三権広場の中央に建てられているカンダンゴ像を取り上げた1枚です。カンダンゴ像は、今回の切手展のロゴマークにも取り上げられておりますので、シンボリックな1枚として持ってきました。

 展覧会本番での出品者の皆様の御健闘をお祈りしております。

 ★★★ NHKラジオ第1放送 “切手でひも解く世界の歴史”  次回は27日!★★★ 

 7月27日(木)16:05~  NHKラジオ第1放送で、内藤が出演する「切手でひも解く世界の歴史」の第6回が放送予定です。今回は、8月4日の世界陸上開幕に先立ち、サニブラウン選手応援企画でガーナにスポットを当ててお話をする予定です。みなさま、よろしくお願いします。なお、番組の詳細はこちらをご覧ください。

 ★★★ ツイキャス出演のお知らせ ★★★

 7月30日(日)22:00~ 拉致被害者全員奪還ツイキャスのゲストで内藤が出演しますので、よろしかったら、ぜひ、こちらをクリックしてお聴きください。なお、告知のツイートはこちらをご覧ください。

 ★★★ 内藤陽介 『朝鮮戦争』(えにし書房) 重版出来! ★★★ 

      朝鮮戦争表紙(実物からスキャン) 本体2000円+税

 【出版元より】
 「韓国/北朝鮮」の出発点を正しく知る!
 日本からの解放と、それに連なる朝鮮戦争の苦難の道のりを知らずして、隣国との関係改善はあり得ない。ハングルに訳された韓国現代史の著作もある著者が、日本の敗戦と朝鮮戦争の勃発から休戦までの経緯をポスタルメディア(郵便資料)という独自の切り口から詳細に解説。解放後も日本統治時代の切手や葉書が使われた郵便事情の実態、軍事郵便、北朝鮮のトホホ切手、記念切手発行の裏事情などがむしろ雄弁に歴史を物語る。退屈な通史より面白く、わかりやすい内容でありながら、朝鮮戦争の基本図書ともなりうる充実の内容。

 本書のご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、アマゾン他、各ネット書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。

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 世界切手展<BRASILIA 2017>のご案内
2017-04-24 Mon 09:00
      ブラジル・ブラジリア(1990年単片)  ブラジリア2017ロゴ

 本年10月24-29日(火-日)の6日間、ブラジル・ブラジリア市のUlysses Guimaraes Convention Centerにて、世界切手展<BRASILIA 2017>が開催されます。同展のコミッショナーは、当初、正田幸弘氏が担当の予定でしたが、諸般の事情により、急遽、正田氏に代わり、内藤がコミッショナーをお引き受けすることになりました。

 同展の出品申込の締め切りは、当初、2月中旬とされていましたが、本日(24日)の時点で4月30日まで延長されております。つきましては、同展の特別規則のうち、出品に関する事項を抜粋し、その概要をお知らせいたしますので、出品をご希望の方は、4月28日までに内藤宛に書類をお送りください。なお、今回の切手展は、チャンピオンクラスのほか、一般競争クラス・ワンフレームクラス・現代郵趣のいずれも、伝統・郵便史・ステーショナリー・テーマティクの4部門に限定した専門展で、一般出品の出品料は1フレームあたり米ドル$60です。

 正式な規則の文言ならびに出品に必要な書類の用紙は、一般社団法人全日本郵趣連合のウェブサイト左側の「国際切手展情報」に掲載のPDFファイルをクリックしてご覧ください。

 なお、すでに出品をお申込みいただいた方につきましては、今後、現地組織委員会との連絡など、コミッショナー業務は内藤が引き継ぎますのでご了承ください。

 以下、展覧会の概要です。

1.会期
 2017年10月24日 –29日(6日間)

2.会場
 Ulysses Guimaraes Convention Center, Brasilia

3.パトロネージ、運用される諸規則
 BRASILIA2017はFIPパトロネージの “Specialised World Stamp” Exhibition(専門世界切手展)に相当します。
次の規則が適用されます。
- The General Regulations of the FIP for Exhibitions (GREX)
- The General Regulations of the FIP for the Evaluation of Competitive Exhibits at FIP Exhibitions (GREV)
- The Special Regulations of the FIP for the Evaluation of Competitive Exhibits at FIP Exhibitions (SREVs)
- Individual Regulations of BRASILIA 2017 (IREX) (GREX Article 3.10)

4.参加資格
 クラス9の文献、クラス7の現代郵趣を除き、競争出品は国内展で、少なくとも金銀賞を受賞していること。

5.出品クラス:
 競争出品
― Class 1:FIPチャンピオンクラス
(過去10年(2007-2016)のFIP 展において、大金賞を3回受賞した作品)
― Class 2:伝統郵趣
 A)ブラジル
 B)アメリカ大陸(ブラジル以外)
 C)ヨーロッパ
 D)アジア、オセアニア、アフリカ
― Class 3:郵便史
 A)ブラジル
 B)アメリカ大陸(ブラジル以外)
 C)ヨーロッパ
 D)アジア、オセアニア、アフリカ
― Class 4:ポスタル・ステーショナリー
― Class 5:テーマティク
  A) Nature、B)Culture、C)Technology のいずれかのサブクラスを記入。
― Class 6:1フレーム(TR,PH,PS,TH)
― Class 7:現代郵趣(TR,PH,PS,TH)
― Class 8:ユース 
― Class 9:文献
 A) 2012年1月1日以降に出版された書籍、パンフレット、研究書
 B) 2015年1月1日以降発行の雑誌、定期刊行物
 C) 2015年1月1日以降に出版されたカタログ
 通常の出品申込書に加え、文献用の情報フォームを記入すること。

6.審査と賞
 競争クラスの出品物はFIP審査員によりGREV、SREVsに従い審査されます。

7.フレームサイズと割当数
 BRASILIA2017のフレームは98cm×120cmです。各フレームには最大で22cm x 30cmのリーフが16ページ(4×4)収容可能です。
・23cm x 29cmをわずかに超えるサイズであれば頁を重ねることで展示可能と思われますが、その場合組織委員会は頁の損傷について責任を持ちません。黒色・濃色のリーフは受け付けません。鑑定書はオリジナルをページの裏に挿入してください。

 競争クラスの各作品にはGREX の 6.4 & 6.5に従い、5または8フレームが割当てられます。クラス1は8フレームです。

8.出品申込と結果の通知
 出品申込に際しては、所定の書式(一般社団法人全日本郵趣連合のウェブサイトでダウンロードできます)に必要事項を記載の上、作品の内容を説明するページ(イントロダクトリーページ。英文で記載)のコピーを添えて、国内締切日2017年4月28日(必着)までに、ナショナル・コミッショナー(内藤陽介)宛にお送りください。

 お申込みいただいたご出品の可否は、組織委員会の検討を経て、2015年5月30日までにコミッショナーに告知される予定です。出品が受理された場合、正当な理由なく、出品をキャンセルすることはできませんのでご注意ください。

9.出品料
 出品作品の決定後、出品決定の後、振込の時点の為替レートで(日本円で)ご請求いたします。
 ユース・文献・ワンフレームを除く部門の出品料は1フレームあたり米ドル$60。
 ユースの出品料は無料
 ワンフレームは1作品あたり米ドル$75
 文献は1作品あたり米ドル$60

10.作品の取扱い
 〆切を過ぎて到着した作品は審査の対象外となります。作品未着の場合、出品料は返金されません。出品物は取り外し可能な保護カバーをつけ、各リーフの右下に展示順の番号を記してください。作品の受領後、組織委員会はしかるべき受領証を発行します。出品物は組織委員会の支給する指定の封筒に入れて搬入してください。

 フレーム出品:コミッショナーによる持ち込みが強く推奨されております。(コミッショナーによる所定の運搬手数料が出品料の他にかかります)
 文献出品については、2017年8月30日までに各2部ずつ、下記宛に送付してください。文献出品は返却されません。
 SWSE BRASILIA-2017-Organizing Committee
 SHN-Quadra 2 –Bloco H, Edificio Metropolitan / apto. 1012
 CEP 70702-905,Brasilia, DF - BRAZIL

12.作品のセキュリティ
 組織委員会は会期中の作品のセキュリティについて相応の対策を講じますが、作品の輸送時、会期中の展示・撤去の際のマテリアルの紛失・汚損などについては責任を負いません。出品物の保険については、出品者個人の責任と負担においてかけるものとします。

13.コミッショナー連絡先
 内藤陽介(ないとう・ようすけ)
 ご連絡は本ブログ右側、プロフィール下のメールフォームをご利用ください。

 なお、本日の記事の冒頭に掲げた画像の切手は、1990年にブラジリアで開催された切手展<LUBRAPEX 90>に際して発行された記念切手のうち、ブラジリアの三権広場の中央に建てられているカンダンゴ像を取り上げた1枚です。カンダンゴ像は、今回の切手展のロゴマークにも取り上げられておりますので、シンボリックな1枚として持ってきました。

 〆切までの期日が切迫しておりますが、あらためて、1人でも多くの皆様のお申込み・お問い合わせを心よりお待ちしております。

 * 昨晩、アクセスカウンターが178万PVを超えました。いつも閲覧していただいている皆様には、あらためてお礼申し上げます。

 ★★★ NHKラジオ第1放送 “切手でひも解く世界の歴史” 次回 は27日! ★★★ 

 4月27日(木)16:05~  NHKラジオ第1放送で、内藤が出演する「切手でひも解く世界の歴史」の第2回目が放送予定です。今回は、23日のフランス大統領選挙の第1回投票と5月7日の決選投票の間の放送ということで、フランスの初代大統領と切手についてのお話をする予定です。みなさま、よろしくお願いします。番組の詳細はこちらをご覧ください。


 ★★★ 内藤陽介 『朝鮮戦争』(えにし書房) 重版出来! ★★★ 

      朝鮮戦争表紙(実物からスキャン) 本体2000円+税

 【出版元より】
 「韓国/北朝鮮」の出発点を正しく知る!
 日本からの解放と、それに連なる朝鮮戦争の苦難の道のりを知らずして、隣国との関係改善はあり得ない。ハングルに訳された韓国現代史の著作もある著者が、日本の敗戦と朝鮮戦争の勃発から休戦までの経緯をポスタルメディア(郵便資料)という独自の切り口から詳細に解説。解放後も日本統治時代の切手や葉書が使われた郵便事情の実態、軍事郵便、北朝鮮のトホホ切手、記念切手発行の裏事情などがむしろ雄弁に歴史を物語る。退屈な通史より面白く、わかりやすい内容でありながら、朝鮮戦争の基本図書ともなりうる充実の内容。

 本書のご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、アマゾン他、各ネット書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。

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 国際女性デー
2017-03-08 Wed 09:20
 きょう(8日)は国際女性デーです。というわけで、例年どおり、拙著の中から女性ネタということで、こんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      ブラジル・アントニオカルロスジョビン(1999)

 これは、1999年にブラジルが発行した“アントニオ・カルロス・ジョビン没後5周年”の切手で、彼の代表作、『イパネマの娘』をイメージして海岸のピアノと若い女性の後ろ姿が描かれています。

 アントニオ・カルロス・ジョビン(トム)は、1927年、リオのチジュッカ地区生まれ。14歳の頃からピアノを弾きはじめ、音楽家になることを夢見ていましたが、高校卒業後は、生活の安定を考えて建築学校に入学しました。しかし、音楽への夢を捨てきれず、ナイト・クラブでピアノを弾いていたところ、1952年、当時のブラジル音楽界の大御所、ハダメス・ジナタリに見いだされ、コンチネンタル・レコードに入社。翌1953年、オデオン・レコード(EMI・ブラジル)に移って、作編曲家として活動するようになります。

 1956年、ヴィニシウス・ヂ・モライスがプロデュースしたミュージカル『オルフェウ・ダ・コンセイサォン』(1959年に『黒いオルフェ』としてフランス・イタリア・ブラジル合作で映画化され、カンヌのパルム・ドールなどを受賞)の音楽を担当して以来、ヂ・モライスとジョビンはコンビを組んで数々の曲を発表するようになり、1958年には、“サンバ・カンサゥン(白人を中心に、比較的穏やかなリズムで叙情的な内容を歌ったサンバ)の女王”、“ブラジル音楽の至宝”などと呼ばれていた当代一の女性歌手、エリゼッチ・カルドーゾのアルバム『愛しすぎた者の歌』の全収録曲を手がけます。このアルバムの成功により、ヴィニシウスとジョビンは現代ブラジル文化を象徴するビッグ・ネームとなりました。

 彼らの代表曲『イパネマの娘』の舞台となったリオ・イパネマ区は、コパカバーナ海岸の南端から西へ500mほど行ったところからはじまる海岸とその周辺の高級住宅街で、帝政末期の1885年に“イパネマ男爵”を襲爵した不動産王、ジョゼ・アントニオ・モレイラ・フィーリョが周辺一帯を開発したことが、地名の由来となりました。ちなみに、この爵位は、彼の父親、ジョゼ・アントニオ・モレイラが、サンパウロの西96km に位置するソロカーバの地のイパネマ川沿いにイパネマ製鉄所を建設した功績に対して与えられたものです。

 さて、イパネマの海岸通りから、ヴィニシウス・ヂ・モライス通りを北に歩いて最初の角には、現在、その名も“ガロッタ・ヂ・イパネマ(イパネマの娘)”という名のショッペリア(生ビールを出すバー)がありますが、もともと、この店は1960年代初頭には“ヴェローゾ”というバール(生ビールは出さず、瓶ビールを出す食事処)でした。

 さて、1960年代初頭のヴェローゾはヂ・モライスやジョビンらボサノヴァ関係者のたまり場の店でしたが、ここには、近所に住むエロイーザ・エネイダ・メネーゼス・パエズ・ピントという少女が母親のお使いで、ちょくちょく煙草を買いに来ていました。

 1945年生まれのエロイーザは、1962年の時点で17歳。身長170センチのすらっとした美少女で、ヂ・モライスとジョビンは彼女の歩く姿を見て『イパネマの娘』のインスピレーションを得たといわれています。

 ただし、一部でいわれているように、この曲の歌詞はヂ・モライスがほぼ即興で仕上げたというわけではなく、入念な準備と推敲を重ね、2通りのバージョンを作った上で現在の歌詞のほうを選び、それにジョビンが曲をつけたという、難産の末の作品でした。

 ちなみに、『イパネマの娘』の冒頭の歌詞は「見てごらん。なんて可愛い女の子だろう 優雅さに満ち溢れていて 甘い揺れのなかで やって来ては 海辺を歩いていくよ。」となっていますが、ここでいう“甘い揺れ(doce balanco)”というのは、歩きながらお尻がプリッと揺れるようすのことです。男女ともに、セックス・アピールの対象となるパーツは圧倒的にお尻だというお国柄だからこその表現で、切手のデザインも、これを踏まえて後ろ姿の女性が描かれています。

 なお、このあたりの事情については、拙著『リオデジャネイロ歴史紀行』でも詳しくご説明しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


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 一の酉
2016-11-11 Fri 11:30
 きょう(11日)は、一の酉です。というわけで、例年同様、最新の拙著『リオデジャネイロ歴史紀行』の増刷を祈念して、同書で取り上げた“鳥”の切手の中から、こんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      ブラジル・サンバ(2005)

 これは、2005年に発行されたブラジル=キューバ友好の切手のうち、ブラジルの象徴として、ニョオウインコと“サンバ・ヂ・ガフィエイラ”を取り上げた1枚です。

 ニョオウインコはブラジルの固有種で、マットグロッソ州北部、パラー州北部、マラニョン州北部、ロンドニア州の丘陵にある熱帯雨林に生息しています。全長34cmで、全身は黄色い羽毛で被われており、翼の羽先だけが深い緑色という配色は国旗と同じ組み合わせのため、オニオオハシとならんでブラジルの国鳥とされることもあります。また、現在はワシントン条約付属書I で絶滅の恐れが高い種として保護されていますが、一定の手続きを踏めば、ペットとして飼育することも不可能ではありません。

 一方、わが国では、“サンバカーニバル”という名称にみられるように、サンバとカーニヴァルは一体のものとみられることが多いのですが、リオデジャネイロでサンバとカーニヴァルが結びつくのは1930年代以降のことです。

 音楽としてのサンバは、公式には、1916年12月16日に楽曲として登録された「電話で(Pelo Telephone)」が最初の1曲とされていますが、サンバの原型となった舞踏と音楽は、すでに19世紀初めにアフリカのアンゴラ出身の黒人奴隷たちによって、奴隷貿易の集積地であった北東部のバイーア州に持ち込まれていたと考えられています。ちなみに、サンバという語の由来についても諸説あり、アンゴラで用いられていたバントゥ系諸語で“ダンスに誘う”を意味する“Zamba”、“Zambo”、“Zambra”、“Semba”などではないかと推測されています。

 その後、1871年の新生児解放令(同法の施行以降に生まれた者は、両親が奴隷であっても自由人となる)、1888年の奴隷制を完全に廃止する黄金法の施行を経て、“解放”された奴隷たちが職を求めてリオとその周辺に集まるようになると、しぜんと、アフリカ系の音楽とダンスもリオに持ち込まれました。

 リオに流入した黒人たちが主に演奏していたのは、バトゥカーダ(打楽器のみの構成による2拍子の音楽)、ショーロ(管楽器と弦楽器のバンドリン+、カヴァキーニョ、ギター、打楽器のパンデイロを基本構成とし、即興演奏を重視した三部形式の音楽)、ルンドゥー(アフリカ系の軽快な舞踏音楽)などで、ここに、ヨーロッパの舞曲であるポルカやマズルカ要素が入り込み、舞踏音楽としてのサンバが生まれます。

 前述の「電話で」はその1曲で、1917年、バイアーノとバンダ・ヂ・オデオンの2ヴァージョンのレコードが発売されてヒットしました。この結果、「電話で」は当時の舞踏音楽の最高の名誉として、翌1918年のカーニヴァルのテーマ曲の一つとなり、さらなる大ヒットを記録。これが、サンバとカーニヴァルの最初の接点となりました。

 これに対して、1920年代以降、レコード産業が発展すると、サンバのリズムやスタイルは多様化し、音楽として聴かせることに重きを置く歌謡サンバの“サンバ・カンサォン”等も誕生します。また、サンバが広く浸透することで、カーニヴァルとは無関係に、サロンやダンスホールで行われるペアダンスとしての“サンバ・ヂ・ガフィエイラ”が白人たちの間で流行し、定着していきました。

 現在でも、ブラジルでは、ただ単に“サンバ”というと、カーニヴァルのサンバではなく、サンバ・ヂ・ガフィエイラを指すことも多く、そうした事情を反映して、今回ご紹介の切手にも、ブラジルの象徴としてサンバ・ヂ・ガフィエイラが取り上げられています。

 なお、拙著『リオデジャネイロ歴史紀行』では、今年100周年を迎えたサンバの歴史についても、1章を設けてまとめておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。 

 * けさ、アクセスカウンターが172万PVを超えました。いつも閲覧していただいている皆様には、あらためてお礼申し上げます。


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 11月17日(木) 10:30-12:00 
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 * 8月6日付『東京新聞』「この人」欄で、内藤が『リオデジャネイロ歴史紀行』の著者として取り上げられました!

       リオデジャネイロ歴史紀行(東京新聞)


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 世界漫郵記:リオデジャネイロ⑨
2016-11-05 Sat 09:59
 ご報告が遅くなりましたが、『キュリオマガジン』2016年11月号が発行されました。僕の連載「郵便学者の世界漫郵記」は前回に続き、リオデジャネイロ篇の第9回目。今回は、国立歴史博物館とカテドラル・メトロポリターナにフォーカスをあてました。その記事の中から、この1点をご紹介します。(以下、画像はクリックで拡大されます)

      カテドラル・メトロポリターナ

 これは、2010年に発行されたカテドラル・メトロポリターナの切手です。

 リオには有名無名の教会が数多くありますが、中でもインパクトがあるのは、リオデジャネイロ大司教座がおかれているカンデラリア・メトロポリターナでしょう。

 もともと、リオの大司教座は、カンデラリア教会からもほど近いプリメイロ・デ・マルソに面したノッサ・セニョーラ・ド・モンテ・ド・カルモ教会(旧大聖堂)に置かれていました。

 同教会は、もともと、1590年にブラジルにやってきたカルメル修道会が建立した小さな礼拝堂でしたが、その後、礼拝堂は拡張され、1770年、“カルメル山の聖母教会”を意味するノッサ・セニョーラ・ド・モンテ・ド・カルモ教会として聖化されます。

 1808年、ポルトガル王室がリオに遷移すると、国王マリア1世がカルモ修道院を御座所としたことから、近接するノッサ・セニョーラ・ド・モンテ・ド・カルモ教会は王室礼拝堂となり、あわせて、リオの大司教座がおかれました。

 以後、1889年の帝政廃止までの間、ノッサ・セニョーラ・ド・モンテ・ド・カルモ教会は王室/皇室の教会として、ジョアン6世の戴冠式(1816年3月20日)、王太子時代のドン・ペドロ1世の結婚式(1817年11月6日)、ドン・ペドロ1世の戴冠式(1822年10月12日)、ドン・ペドロ2世の戴冠式(1841年7月18日)、皇女イザベルの結婚式(1864年10月15日)など、王室/皇室の慶事の舞台として使われています。

 共和制の発足に伴い、ノッサ・セニョーラ・ド・モンテ・ド・カルモ教会は皇室礼拝堂ではなくなりましたが、その後も、リオデジャネイロ大聖堂としての地位は維持しつづけていました。しかし、リオからブラジリアへの遷都後、リオ市内の再開発の一環として、1964年、レプブリカ・ド・パラグアイ通りとレプブリカ・ド・チリ通りに面した土地に、新たな大聖堂の建設が始まり、1976年、現在の大聖堂としてのカテドラル・メトロポリターナが完成。リオデジャネイロ大司教座もそこに移されました。

 さて、カテドラル・メトロポリターナは、教会建築としては珍しい円錐形で、直径106m、高さ96mで収容人員は2万人。円錐形の形は、人々と神との等しい関係、近さを表しているのだとそうです。天井には十字型の天窓があり、そこから床へ64mのステンドグラスが東西南北4方向に伸びており(下左の画像)、主祭壇の上空には、現代美術風にアレンジされた磔刑のキリスト像が中空に吊り下げられています。また、教会には東西南北に入口があり、東の入口にはキリスト像が、西の入口には、カトリックで人気の高い聖人、“アッシジのフランチェスコ”の像が置かれています。(下右の画像)

      カテドラル・メトロポリターナ内部  カテドラル・メトロポリターナ(フランチェスコ像)

 ちなみに、カテドラル・メトロポリターナとは通りのを挟んで反対側のビルの外壁は鏡面加工となっており、そこにカテドラルの外観が映っていますが、“近未来”風のカテドラルが、ガラスの窓枠でいくつにも細分され、ところどころで微妙に歪んでいるのは、それこそ、SF映画に出てくる時空の歪みが目の前に表現されているようで、ちょっとした奇観だったのが、印象に残っています。(下の画像)

      カテドラル・メトロポリターナ(鏡面)

 なお、カテドラル・メトロポリターナについては、拙著『リオデジャネイロ歴史紀行』でも詳しくご説明しておりますので、機会がありましたら、ぜひお手にとってご覧いただけると幸いです。なお、雑誌『キュリオマガジン』の「郵便学者の世界漫郵記:リオデジャネイロ篇」も、同書に収録しきれなかった内容を加えて、年内いっぱい連載を続けていく予定ですので、よろしくお願いいたします。
 

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 * 8月6日付『東京新聞』「この人」欄で、内藤が『リオデジャネイロ歴史紀行』の著者として取り上げられました!

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 日本ハムが10年ぶり日本一
2016-10-30 Sun 10:06
 プロ野球の日本シリーズは、北海道日本ハムファイターズ広島東洋カープを4勝2敗で下して10年ぶりの日本一となりました。というわけで、“戦士”の切手の中からこの1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

      ブラジル・モンテカステッロ攻略50年

 これは、1995年2月21日にブラジルが発行した”モンテ・カステッロ攻略50年”の記念切手で、ブラジル国旗を背景に戦うブラジルの兵士たちが描かれています。

  1939年9月に第二次大戦が勃発した当初、ブラジル国内では、陸軍の上層部はドイツに好意的でしたが、大統領のヴァルガスは中立を維持していました。

 ところが、1941年12月、日本軍による真珠湾攻撃を受けて大戦に参戦した米国は、ブラジル北東部の戦略的な位置を重視し、ブラジルを自陣営に取り込もうとします。その一環として、米国は、ヴァルガス政権の経済政策の目玉の一つであったヴォルタ・レドンダ国立製鉄所の建設資金として2000億ドルを供与し、その代償として、レシーフェに米軍基地を設置。一方、ヴァルガス政権も、中立を掲げながらも、明らかに米国寄りの外交路線に舵を切るようになっていきます。

 一方、米国と戦闘状態に突入したドイツは大西洋戦線で潜水艦Uボートを用いた連合国の通商破壊作戦を展開していましたが、その結果、1942年1月から7月までの間に13隻のブラジル商船がドイツの潜水艦攻撃によって沈められました。さらに、同年8月には、潜水艦U-507により、2日間で5隻のブラジル船が沈められ、600人以上が犠牲になっています。この8月のUボート攻撃に対して、ブラジル国内の反独世論が沸騰。ヴァルガスは陸軍内の反対論を抑え込んで、8月22日、ドイツに対して宣戦を布告しました。

 さらに、大戦末期の1944年になると、ブラジルは連合国の一員として、ラテンアメリカ諸国として唯一、米軍の指揮下に2万5000名余の遠征軍(FEB:Força Expedicionária Brasileira)をイタリア戦線に派遣しました。すでに、イタリアは前年の1943年に降伏しており、主たる戦闘対象はドイツ軍です。

 1944年7月2日にブラジルを出発したFEBの第一陣5000人は同16日にイタリア・ナポリに到着。その後、順次、後続部隊が到着し、米軍を中心とする連合軍部隊と合流しました。その中には、アフリカ系黒人で構成される米第92歩兵師団、日系人で構成される米第442歩兵連隊、ニュージーランド、カナダ、インド、グルカ、英領パレスチナ、南アフリカ出身の英連邦軍、英連邦指揮下のポーランド、チェコスロヴァキアの各亡命政府軍、イタリアの反ファシスト勢力、セネガル、モロッコ、アルジェリア出身のフランス軍など、多種多様な人々が含まれていました。

 FEBは、ドイツのケッセルリンク元帥が設定したイタリア北部の最後の防衛線“ゴシック・ライン(リグリア海から内陸に入り、標高1000メートルのアルティッシモ山の山頂を連ねた線)”の攻略戦に参加しましたが、なかでも、1944年11月25日から1945年2月21日までのモンテ・カステッロの戦いでは、FEBはドイツ軍の70名を大きく上回る443名の死傷者を出して奮闘し、連合国の勝利に貢献したことで知られています。今回ご紹介の切手は、その50周年を記念して発行されたものです。

 その後も、FEBは連合国諸部隊とともに1945年4月7日にまでに難攻不落と謳われたゴシック・ラインの制圧を完了します。さらに、米第4軍と共に北上して4月14日にはモンテーゼを攻略して4月25日にはパルマに到達し、ターロ川の戦いでは撤退する枢軸軍の激しい抵抗を受けつつも、28日にはフォルノーヴォで枢軸側を包囲してドイツ第148師団を降伏させ、1万3000人を捕虜としました。

 これにより、ドイツ軍はイタリア戦線で抵抗を続けることが不可能となり、休戦交渉が開始されます。そして、5月2日、FEBはトリノに到達し、スーザ渓谷で南下してきたフランス軍と合流したところで、5月8日の終戦を迎え、戦勝国としての地位を確保しました。

 なお、第二次大戦中のブラジルについては、拙著『リオデジャネイロ歴史紀行』でもいろいろと関連のマテリアルをご紹介しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。

 * 昨日(29日)のトークイベント「ヴィジュアルメディアから歴史を読み解く」は、無事、盛況のうちに終了いたしました。お集まりいただいた皆様、スタッフの皆様には、あらためて、この場をお借りしてお礼申し上げます。


★★★ 講座のご案内 ★★★

 11月17日(木) 10:30-12:00 
 毎日文化センターにて、1日講座、ユダヤとアメリカをやりますので、よろしくお願いします。(詳細は講座名をクリックしてご覧ください) 
  

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 * 8月6日付『東京新聞』「この人」欄で、内藤が『リオデジャネイロ歴史紀行』の著者として取り上げられました!

       リオデジャネイロ歴史紀行(東京新聞)


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