内藤陽介 Yosuke NAITO
http://yosukenaito.blog40.fc2.com/
World Wide Weblog
 世界の国々:ウルグアイ
2017-07-21 Fri 15:04
 ご報告が遅くなりましたが、アシェット・コレクションズ・ジャパンの週刊『世界の切手コレクション』2017年7月19日号が発行されました。僕が担当したメイン特集「世界の国々」のコーナーは、今回はウルグアイの特集(2回目)です。その記事の中から、この1点をご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

      ウルグアイ・1931年切手展

 これは、1931年4月に開催のモンテヴィデオ切手展に際して、会場内限定で発売された小型シートで、ウルグアイ最初の切手(ただし、額面は発行当時のものに変更されています)が田型で収められています。

 ウルグアイ最初の切手は、郵便事業の責任者だったアタナシオ・ラピドにより、1856年10月1日に発行されました。

 当時のウルグアイ国内では、旅客・貨物の長距離輸送には、民間の馬車が用いられていました。このため、1856年の切手は、国旗・国章にも描かれた太陽を中央に大きく描き、上部に“(乗合)馬車”を意味する“DILIGENCIA”の表示を入れたデザインでした。切手には、60センタヴォ(青色)、80センタヴォ(緑色)、1レアル(=120センタヴォ。赤色)の3種があり、石版印刷で1シートは7×5の35面構成。モンテヴィデオのメージュ・イ・ウィレムス印刷会社で製造されています。

 同社では、最初に60センタヴォ切手を製造し、ついで、額面部分を差し換えて80センタヴォ切手を、さらに額面部分を変えて1レアル切手を製造しました。当初の製造枚数は、2-3000枚程度と推定されています。

 ちなみに、当時のウルグアイの郵便料金は、4アダルメ(アダルメは当時のウルグアイで用いられていた重量の単位で、6アダルメ=1オンス=28.7 グラム)以下が60センテシモで、2倍の重量便が80センテシモ、3倍重量便が1レアル(=100センテシモ)dした。

 また、切手が発行された1856年10月の時点では、各地の郵便局には消印が配備されていなかったため、再使用を防ぐ手段としては担当者がペンで切手を抹消しましたが、そうした抹消なしに届けられた郵便物も少なくありません。

 1857年も後半になると、60センタヴォ切手の在庫が底をつき始めますが、最初の印刷に使用した版は摩耗が激しかったため、新たな版が作られます。この第2版の切手は1857年10月1日に発行されましたが、“DILIGENCIA”の文字が異なっているほか、太陽の光線が105本から67本に減らされているなどの相違点があるため、初版の切手との区別は難しくありません

 さて、『世界の切手コレクション』7月19日号の「世界の国々」では、ウルグアイ初期の切手についての長文コラムのほか、ウルグアイを代表する後期印象派の画家ペドロ・フィガリ絵画、リオ・ネグロ産のキャビア、タンゴ史上最高の歌手の一人とされるフリオ・ソーサの切手などもご紹介しております。機会がありましたら、ぜひ、書店などで実物を手に取ってご覧いただけると幸いです。

 なお、「世界の国々」の僕の担当回ですが、今回のウルグアイの次は、来週26日発売の8月2日号でのタンザニアの特集になります。こちらについては、発行日の8月2日以降、このブログでもご紹介する予定です。 


 ★★★ NHKラジオ第1放送 “切手でひも解く世界の歴史”  次回は27日!★★★ 

 7月27日(木)16:05~  NHKラジオ第1放送で、内藤が出演する「切手でひも解く世界の歴史」の第6回が放送予定です。今回は、8月4日の世界陸上開幕に先立ち、サニブラウン選手応援企画でガーナにスポットを当ててお話をする予定です。みなさま、よろしくお願いします。なお、番組の詳細はこちらをご覧ください。


 ★★★ 内藤陽介 『朝鮮戦争』(えにし書房) 重版出来! ★★★ 

      朝鮮戦争表紙(実物からスキャン) 本体2000円+税

 【出版元より】
 「韓国/北朝鮮」の出発点を正しく知る!
 日本からの解放と、それに連なる朝鮮戦争の苦難の道のりを知らずして、隣国との関係改善はあり得ない。ハングルに訳された韓国現代史の著作もある著者が、日本の敗戦と朝鮮戦争の勃発から休戦までの経緯をポスタルメディア(郵便資料)という独自の切り口から詳細に解説。解放後も日本統治時代の切手や葉書が使われた郵便事情の実態、軍事郵便、北朝鮮のトホホ切手、記念切手発行の裏事情などがむしろ雄弁に歴史を物語る。退屈な通史より面白く、わかりやすい内容でありながら、朝鮮戦争の基本図書ともなりうる充実の内容。

 本書のご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、アマゾン他、各ネット書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。

スポンサーサイト
別窓 | ウルグアイ | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
 “世界一貧しい大統領”来日
2016-04-05 Tue 10:43
 質素な暮らしぶりから、「世界で一番貧しい大統領」として注目を集めた南米ウルグアイのホセ・ムヒカ前大統領が、きょう(5日)、来日します。というわけで、きょうは、この切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      ウルグアイ・日本外交関係90年

 これは、2011年にウルグアイで発行された“日本・ウルグアイ外交関係開設90周年”の記念切手です。

 わが国とウルグアイの外交関係は1921年9月24日に樹立され、同日付で、在アルゼンチン公使がウルグアイ兼任となりました。その後、1940年5月10日に両国間の通商航海条約が締結されましたが、日米開戦後の1942年1月25日、両国は断交し、同年2月22日、わが国に宣戦を布告しました。戦後の国交回復は、1952年12月2日のことです。

 2001年には、日本との国交80年を記念して首都のモンテビデオに日本庭園を造り、9月24日(国交汁地記念日)の開園記念式典に紀宮清子内親王殿下(当時)が、日本の皇族として初めてウルグアイをご訪問の予定でした。ちなみに、今回ご紹介の切手のタブに取り上げられている石灯籠は、この日本庭園に置かれているものです。

 実際には、式典直前の9月11日に米国での同時多発テロが発生したため、アメリカ大陸という“危険地帯”への殿下のご訪問は延期されてしまいます。ただし、殿下の肖像を取り上げた記念切手はそのまま発行され、24日の式典当日は殿下のメッセージを現地の日本大使が代読しています。ちなみに、2003年11月、殿下のウルグアイご訪問は実現されましたが、このときは殿下の肖像切手は発行されていません。

 その後、2008年9月には、日本人ウルグアイ移住100周年記念式典に際し日本人の皇族としては2人目となる高円宮妃殿下のウルグアイご訪問があり、2011年の外交関係樹立90周年に際しては、今回ご紹介の記念切手の発行を含む様々な記念行事が行われました。

 さて、今回ご紹介の外交関係樹立90周年はムヒカ政権時代(2010-15年)の発行です。日本滞在中の前大統領のスケジュールは分刻みなのでしょうが、せっかくなら、ちょうど桜の時期でもありますので、姫路城の近くまで足を運んで、在任中に発行された切手と同じ風景をご覧いただきたいですね。


 ★★★ 講座のご案内 ★★★

 ・よみうりカルチャー荻窪 「宗教と国際政治」
 4月から毎月第1火曜の15:30より、よみうりカルチャー荻窪(読売・日本テレビ文化センター、TEL 03-3392-8891)で講座「宗教と国際政治」がスタートします。ぜひ、遊びに来てください。詳細は、こちらをご覧いただけると幸いです。
 

 ★★★ 内藤陽介の新刊  『ペニー・ブラック物語』 のご案内 ★★★ 

       ペニーブラック表紙 2350円+税

 【出版元より】
 若く美しい女王の横顔に恋しよう!
 世界最初の切手
 欲しくないですか/知りたくないですか

 世界最初の切手“ペニー・ブラック”…名前は聞いたことがあっても、詳しくは知らないという収集家も多いはず。本書はペニー・ブラックとその背景にある歴史物語を豊富なビジュアル図版でわかりやすく解説。これからペニー・ブラックを手に入れたい人向けに、入手のポイントなどを説明した収集ガイドもついた充実の内容です。

 発売元の特設サイトはこちら。ページのサンプルもご覧いただけます。


 ★★★ 内藤陽介の新刊  『アウシュヴィッツの手紙』 のご案内 ★★★ 

       アウシュヴィッツの手紙・表紙 2000円+税

 【出版元より】
 アウシュヴィッツ強制収容所の実態を、主に収容者の手紙の解析を通して明らかにする郵便学の成果! 手紙以外にも様々なポスタルメディア(郵便資料)から、意外に知られていない収容所の歴史をわかりやすく解説。

 出版元のサイトはこちら。各書店へのリンクもあります。

 インターネット放送「チャンネルくらら」にて、本書の内容をご紹介しております。よろしかったら、こちらをクリックしたご覧ください。


 ★★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★★

 郵便物の受け取りには欠かせないのが郵便ポストです。世界各国のありとあらゆるデザインよろしくポストを集めた郵便ポストの辞典ポストショップオンラインは海外ブランドから国内製まで、500種類を超える郵便ポストをみることができます。

別窓 | ウルグアイ | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
 世界の国々:ウルグアイ
2016-01-21 Thu 09:59
 アシェット・コレクションズ・ジャパンの週刊『世界の切手コレクション』2016年1月20日号が先週発行されました。僕が担当したメイン特集「世界の国々」のコーナーは、今回はウルグアイの特集です。その記事の中から、この1点をご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

      ラプラタ沖海戦70年

 これは、2009年に発行されたラプラタ沖海戦70周年のシートで、英海軍の3船(上から、エイジャックス、アキリーズ、エクゼター)を描く切手が収められているほか、余白にはドイツ側の戦艦アドミラル・グラーフ・シュペーが描かれています。

 1939年9月1日、ドイツ軍がポーランドに侵攻して第二次欧州大戦が勃発すると、欧州から遠く離れたウルグアイは局外中立を宣言したものの、基本的には親英米の立場を取っていました。

 ところで、第二次大戦が勃発した当時のドイツの海軍力は英国に比べて劣っていたため、開戦後の1939年9月24日、ドイツは、戦艦アドミラル・グラーフ・シュペーならびにドイッチュラントを用いて大西洋ならびにインド洋で通商破壊戦を開始します。

 これに対して、英海軍は大西洋からインド洋にかけて5つの部隊を配備し、ドイツの通商破壊艦を捜索していました。その結果、アドミラル・グラーフ・シュペーが、ウルグアイとアルゼンチンの国境を流れるラプラタ川の河口沖合へ向かうと予測したイギリス海軍は、12月12日、エクゼター、エイジャックス、アキリーズを同地に集結させます。

 翌13日、英独両軍はほぼ同時に互いの存在を確認。まず、アドミラル・グラーフ・シュペーが、本国からの敵戦艦との交戦禁止命令を破って砲撃を開始すると、イギリス艦隊も応戦。その結果、アドミラル・グラーフ・シュペーの砲撃により、大きな損害を受けたエクゼターは後退しました。

 一方、アドミラル・グラーフ・シュペーも燃料系統に損傷を受けたため戦場を離脱し、翌14日、中立国ウルグアイの港であるモンテヴィデオに入港します。

 国際法では中立国の港に停泊できるのは原則として24時間以内ですが、その国の同意があれば期間の延長は可能でした。このため、ドイツ側は1週間の停泊を希望しましたが、ウルグアイは親英的中立の立場から、72時間しか停泊を認めませんでした。

 この間、英海軍は2隻の軽巡洋艦でラプラタ川河口を封鎖。フォークランド諸島から重巡洋艦カンバーランドを呼び寄せるとともに、空母を含む有力なイギリス艦隊が集結中とのニセ情報を流します。

 このため、退去期限の12月17日18時、アドミラル・グラーフ・シュペーはモンテヴィデオ港を出港しましたが、英国に拿捕されることを避けるため、ハンス・ラングスドルフ艦長は自沈を決断。艦長自身も2日後の19日に拳銃で自決。こうして、英国は、第二次大戦の勃発後はじめての勝利を収めました。

 さて、『世界の切手コレクション』1月20日号の「世界の国々」では、今回ご紹介したラプラタ沖海戦関連のマテリアルのほか、第1回サッカー・ワールドカップ関連のマテリアル、タンゴの名曲「ラ・クンパルシータ」、メリノウール、街頭のキャラメル売り紀宮清子内親王のウルグアイご訪問の切手などもご紹介しています。機会がありましたら、ぜひ、書店などで実物を手に取ってご覧ください。

 なお、僕が担当する「世界の国々」は、次回は1月20日発売の1月27日号でのセントヴィンセント(3回目)の特集になります。こちらについては、来週以降、このブログでもご紹介する予定です。


 * 17日より東京・目白の切手の博物館で開催されていた第7回テーマティク出品者の会切手展は、昨日(20日)17:00、無事終了いたしました。ご参観いただきました皆様、ご出品者ならびにご尽力いただきました関係者の皆様には、この場を借りして、あらためてお礼申し上げます。

 ★★★ 講座のご案内 ★★★

 2月9日(火)から、毎月第2火曜の19時より、東京・竹橋の毎日文化センターで新講座「宗教で読む国際ニュース」がスタートします。都心で平日夜のコースですので、ぜひ、お勤め帰りに遊びに来てください。詳細は、こちらをご覧いただけると幸いです。


 ★★★ 内藤陽介の新刊  『ペニー・ブラック物語』 のご案内 ★★★ 

       ペニーブラック表紙 2350円+税

 【出版元より】
 若く美しい女王の横顔に恋しよう!
 世界最初の切手
 欲しくないですか/知りたくないですか

 世界最初の切手“ペニー・ブラック”…名前は聞いたことがあっても、詳しくは知らないという収集家も多いはず。本書はペニー・ブラックとその背景にある歴史物語を豊富なビジュアル図版でわかりやすく解説。これからペニー・ブラックを手に入れたい人向けに、入手のポイントなどを説明した収集ガイドもついた充実の内容です。

 発売元の特設サイトはこちら。ページのサンプルもご覧いただけます。


 ★★★ 内藤陽介の新刊  『アウシュヴィッツの手紙』 のご案内 ★★★ 

       アウシュヴィッツの手紙・表紙 2000円+税

 【出版元より】
 アウシュヴィッツ強制収容所の実態を、主に収容者の手紙の解析を通して明らかにする郵便学の成果! 手紙以外にも様々なポスタルメディア(郵便資料)から、意外に知られていない収容所の歴史をわかりやすく解説。

 出版元のサイトはこちら。各書店へのリンクもあります。

 インターネット放送「チャンネルくらら」にて、本書の内容をご紹介しております。よろしかったら、こちらをクリックしたご覧ください。


 ★★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★★

 郵便物の受け取りには欠かせないのが郵便ポストです。世界各国のありとあらゆるデザインよろしくポストを集めた郵便ポストの辞典ポストショップオンラインは海外ブランドから国内製まで、500種類を超える郵便ポストをみることができます。

別窓 | ウルグアイ | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
 小さな世界のお菓子たち:キャラメルの切手
2015-04-06 Mon 16:40
 ご報告が遅くなりましたが、大手製菓メーカー(株)ロッテの季刊広報誌『Shall we Lotte(シャル ウィ ロッテ)』の第27号(2015年春号)ができあがりました。僕の連載「小さな世界のお菓子たち」では、今回は、こんな切手を取り上げました。(画像はクリックで拡大されます)

       ウルグアイ・キャラメル売り

 これは、2010年にウルグアイで発行された「昔の職業シリーズ」のうち、街頭でドゥルセ・デ・レチェを売る“キャラメル売り”の切手です。

 ラテン・アメリカ諸国では、牛乳と砂糖をゆっくりと煮詰めてキャラメル状にした“ドゥルセ・デ・レチェ”が伝統的な砂糖菓子として親しまれています。その食べ方は、パンやクラッカーに伸ばして塗ったり、ケーキやアイスクリームに混ぜたり、さらに、日本の水飴のようにそのまま舐めたりするなど、実にさまざまです。また、地域によっては固形のキャンディとして固めた状態のものも食されています。

 ドゥルセ・デ・レチェの起源については諸説がありますが、アルゼンチンでは、1829年、ブエノス・アイレス知事のフアン・マヌエル・デ・ロサスの邸宅で、召使がマテ茶に入れるレチャーダ(練乳の一種)を作るため、牛乳と砂糖を煮ていたところ、他に用事ができて目を離したすきに、キャラメル状のものができあがり、それがドゥルセ・デ・レチェの原型になったという伝承があります。

 この伝承はきちんとした資料によって証明できるものではないのですが、そのほかの資料などとあわせて、2003年4月、アルゼンチン政府の文化庁が「ドゥルセ・デ・レチェはアルゼンチンの文化的な遺産である」と宣言。これに対して、ラプラタ川をはさんで対岸のウルグアイは反発し「ドゥルセ・デ・レチェは(アルゼンチンに限定されない)ラプラタ川流域の伝承料理」とみなすようユネスコに申請。両国の間でちょっとした論争になりました。

 じっさい、ウルグアイ国民のドゥルセ・デ・レチェに対する思い入れはかなり強く、2014年にブラジルで開催されたサッカーW杯でウルグアイ代表がグループリーグ初戦でコスタリカに逆転負けを喫した際には、ウルグアイ代表の敗因は、彼らが持ち込もうとした39キロものドゥルセ・デ・レチェが空港で押収されたせいだという報道が真顔で行われたほどです。

 ちなみに、2010年に南アフリカ共和国で開催されたサッカーW杯ではウルグアイは4強入りしましたが、このときのウルグアイ代表は、何の問題もなくドゥルセ・デ・レチェを南アフリカ国内に持ち込んでいます。

 その2010年にウルグアイが発行した伝統的な職業シリーズの1枚には、コックコート姿で鐘を鳴らしながら、ドゥルセ・デ・レチェを売り歩く“キャラメル売り”の姿が取り上げられています。ウルグアイの首都モンテヴィデオは、18世紀にスペイン人が建設した古い街並みが残る都市で、19世紀後半から20世紀前半にかけて英国の影響を受けて発展しました。この時期のモンテヴィデオの街頭には、まさしく、切手に描かれたようなキャラメル売りの姿がいたるところで見られたそうです。キャラメル売りの姿が、妙にいかめしい感じなのが、なんだかミスマッチで笑いを誘われますね。


 ★★★ イベントのご案内 ★★★

 ・4月25日(土) 11:00-12:00 スタンプショウ
 於 東京都立産業貿易センター台東館(浅草) 特設会場
 出版記念のトークを行います。入場は完全に無料ですので、ぜひ、遊びに来てください。スタンプショウについての詳細はこちらをご覧ください。


 ★★★ 内藤陽介の最新刊  『日の本切手 美女かるた』 発売! ★★★ 

         日の本切手 美女かるた・表紙 税込2160円

 【出版元より】
 “日の本”の切手は美女揃い!
  ページをめくれば日本切手48人の美女たちがお目見え!
 <解説・戦後記念切手>全8巻の完成から5年。その著者・内藤陽介が、こんどは記念切手の枠にとらわれず、日本切手と“美女”の関係を縦横無尽に読み解くコラム集です。切手を“かるた”になぞらえ、いろは48文字のそれぞれで始まる48本を収録。様々なジャンルの美女切手を取り上げています。

 出版元のサイトはこちら、内容のサンプルはこちらでご覧になれます。ネット書店でのご購入は、アマゾンboox storee-honhontoYASASIA紀伊國屋書店セブンネットブックサービス丸善&ジュンク堂ヨドバシcom.楽天ブックスをご利用ください。


 ★★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★★

 郵便物の受け取りには欠かせないのが郵便ポストです。世界各国のありとあらゆるデザインポストを集めた郵便ポストの辞典ポストショップオンラインは海外ブランドから国内製まで、500種類を超える郵便ポストをみることができます。

別窓 | ウルグアイ | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
 ヴェルサイユ条約90年
2009-06-28 Sun 21:23
 1919年6月28日に第一次大戦の講和条約としてヴェルサイユ条約が調印されてから、きょうでちょうど90年です。というわけで、こんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 ウルグアイ・第一次大戦平和

 これは、ヴェルサイユ条約の調印を受けて南米のウルグアイ(後述するように、最後の条約調印国です)が発行した「第一次大戦平和」のうち8センテシモ切手の試刷です。デザインは正規に発行されたものと同じですが、正規のものの刷色はオレンジブラウンと藍色で、今回ご紹介のものとは異なっています。今回ご紹介のものにはウォータールー&サン社の“見本”加刷があり、パンチ穴も開いていますが、見本というよりは色校正のカラー・トライアルといったほうが良いかもしれません。

 さて、ヴェルサイユ条約は、第一次大戦に関する講和条約のうち、原則としてドイツと各国の間で締結された条約と言う体裁をとっています。このため、オーストリア=ハンガリーやオスマン帝国など他の中央同盟諸国とはそれぞれ、別の条約が調印されました。

 また、一口に連合国といっても、その内訳は、次のように分けられます。

・主要連合国:アメリカ、イギリス、フランス、イタリア、日本
・協力諸国:ベルギー、ポルトガル、ルーマニア
・残り諸国:ボリビア、ブラジル、中国、キューバ、エクアドル、ギリシャ、グァテマラ、ハイチ、ホンジュラス、ヒジャーズ(サウジアラビアの前身)、リベリア、ニカラグァ、パナマ、ペルー、ポーランド、セルビア、クロアチア、スロベニア、シャム(タイ)、チェコスロバキア、ウルグァイ (ただし、中国は調印を拒否)

 このうち、条約の執行能力をもつのは主要連合国と協力諸国とされ、“残り諸国”(原語はThe Restです)はそれを待つことになっていました。日本と中国がともに“戦勝国”でありながら、旧ドイツ租借地の山東半島に関して、大戦中にこの地を占領した日本の権益が、中国の返還要求よりも優先されたのはこのためです。ちなみに、中国は大戦中に21ヶ条要求に屈し、すでに日本へのドイツ権益譲渡を認めていましたから、道義的にはともかく、条約上はそれを履行する義務があり、山東問題について講和条約という点から異議申し立てをすることは、国際法上はかなり無理があります。

 条約の調印は、現地時間の6月28日午後3時、ベルサイユ宮殿鏡の間でドイツの署名からスタートし、上記のリスト順(原則としてアルファベット順)に行われました。今回、ご紹介してるウルグアイは最後の調印国で、ウルグアイの調印を受けて、フランス首相のクレマンソーが「これで平和が達成された」と閉会を宣言。フランス国歌ラ・マルセエーズが演奏され、会議は終了しました。

 当時、連合諸国では“世紀のイベント”としてのベルサイユ条約調印に合わせて記念切手の発行を計画していましたが、報道されている会議の進行状況から、条約の調印は8月以降になりそうだというのが大方の予想でした。ところが、急遽、6月28日の条約調印となったため、各国ともに対応に追われ、7月以降、バタバタと記念切手が発行されることになりました。ちなみに、日本の記念切手発行は7月1日、今回ご紹介のウルグアイは7月15日です。

 ★★★ 内藤陽介の最新刊 ★★★  
   
 異色の仏像ガイド決定版 
 全国書店・インターネット書店(アマゾンbk17&Yなど)・切手商・ミュージアムショップ(切手の博物館ていぱーく)などで好評発売中!

 切手が伝える仏像  『切手が伝える仏像:意匠と歴史』 彩流社(2000円+税)       

 300点以上の切手を使って仏像をオールカラー・ビジュアル解説
 仏像を観る愉しみを広げ、仏教の流れもよくわかる!
別窓 | ウルグアイ | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
 もうひとつの911
2008-09-11 Thu 11:18
 “911”というと、2001年の同時多発テロ事件を思い出す人が多いと思いますが、ラテンアメリカでは必ずしもそうではないようです。というわけで、今日はこの切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 パラグアイ・アジェンデ

 これは、今年6月、チリの元大統領サルバドール・アジェンデの生誕100年を記念してパラグアイが発行した切手です。ホントはアジェンデの祖国であるチリの生誕100年の記念切手を持ってきたかったのですが、入手が間に合いませんでした。

 アジェンデは、1908年にチリの港町バルパライソにバスク系の子孫として生まれました。チリ国立大学の医学部を卒業した後、チリ社会党結成に参加し、1938年には急進党を中心とする人民戦線政府に保健大臣として入閣。その後、左派の有力政治家として1958年と1964年の大統領選挙にも出馬し、1970年にはついに当選を果たします。

 当時は東西冷戦の真っただ中でしたから、チリ史上初の自由選挙によって社会党政権が成立したことは、「共産主義国は暴力革命によってしか生まれない」と主張していたアメリカのCIAとチリの反共勢力に大きな衝撃を与えました。アメリカなどの西側諸国は経済封鎖を発動し、会社・店などを経営する富裕層は左翼政権を嫌ってストライキをおこなうなど、アジェンデ政権に揺さぶりをかけましたが、これはかえって、国内の貧困層を団結させる結果となり、1973年の総選挙では、人民連合は大統領選よりさらに得票率を伸ばすことになりました。

 そこで、反アジェンデ勢力は、アメリカの支援と黙認の下で、武力による国家転覆を計画。9月11日、アウグスト・ピノチェト将軍が率いる軍が大統領官邸を襲撃し、アジェンデを殺害(自殺説もある)するクーデターを起こしました。ラテンアメリカ諸国では、現在でも、“911”といえば、35年前のこのクーデターのことを指すそうです。

 その後、クーデターの首謀者であったピノチェトが大統領に就任し、チリは16年の長きにわたり、軍事独裁下に置かれることになりました。もっとも、いまになってみれば、日本の革新知事たちがそうであったように、アジェンデ政権というのも、実は放っておけば政策的な行き詰まりでそう長くはもたなかったように思うのですが、当時のアメリカとピノチェトはそう考えなかったんでしょうねぇ。逆に、アジェンデにとっては、その悲劇的な幕切れのゆえに“英雄”としてラテンアメリカ史に名を残すことになったのは、政治家としてある意味で幸せなことだったのかもしれないと思えてなりません。

 * お知らせ 
 NHKテレビの「美の壺」の切手特集にちょこっとだけですが、出演しました。うっかりして5日の本放送のお知らせを忘れてしまいましたが、NHK教育で今月11日(木)の24:45~25:10、NHK総合で13日(土)の 05:15~05:40 の時間帯に再放送があるとのことですので、よろしかったら見てやってください。

 もう一度切手を集めてみたくなったら 
 雑誌『郵趣』の2008年4月号は、大人になった元切手少年たちのための切手収集再入門の特集号です。発行元の日本郵趣協会にご請求いただければ、在庫がある限り、無料でサンプルをお送りしております。くわしくはこちらをクリックしてください。
別窓 | ウルグアイ | コメント:2 | トラックバック:0 | top↑
 ウルグアイの内親王殿下
2005-08-25 Thu 10:52
 今日はウルグアイの独立記念日だそうです。で、ウルグアイの切手といえば、紀宮内親王殿下の肖像を取り上げた2001年の1枚を外すわけにはいかないでしょう。

ウルグアイの紀宮

 この切手は、2001年9月、日本とウルグアイの国交80年を記念して発行されたものです。

 この年、ウルグアイでは日本との国交80年を記念して首都のモンテビデオに日本庭園を造り、9月24日の開園記念式典に殿下をお呼びする予定となっていました。切手に殿下のお顔が大きく取り上げられているのはこのためです。

 ところが、9月11日に米国での同時テロが発生し、アメリカ大陸という“危険地帯”への殿下のご訪問は延期されてしまいました。結局、用意された記念切手はそのまま発行されたものの、24日の式典当日は殿下のメッセージを現地の日本大使が代読しています。

 その後、2003年11月になって、殿下のウルグアイご訪問は実現されましたが、このときは殿下の肖像切手は発行されていません。

 さて、今年の秋に刊行を予定している皇室切手についての本(現在、初校が出た段階です)では、当初、この1枚を最後に取り上げる予定でしたが、最近、ホンジュラスが発行した日本との国交樹立70年の記念切手にも殿下の肖像が取り上げられたとのことで、現物の手配が間に合うようであれば、そちらも掲載したいと考えています。
別窓 | ウルグアイ | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
| 郵便学者・内藤陽介のブログ |
copyright © 2006 郵便学者・内藤陽介のブログ all rights reserved. template by [ALT-DESIGN@clip].
/