内藤陽介 Yosuke NAITO
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World Wide Weblog
 100年前のジャマイカ
2015-10-01 Thu 11:10
 安倍首相は、30日午後(日本時間では10月1日午前)、ジャマイカを訪問し、シンプソンミラー首相と首都キングストンの首相府で会談しました。日本の首相のジャマイカ訪問はこれが初めてです。というわけで、きょうはこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      キングスストリート(1915)

 これは、いまから100年前の1915年にキングトンから差し出された絵葉書で、キングストンの中心部、キングストリートの風景が取り上げられています。

 英領ジャマイカの首府は、かつては、島の南部のスパニッシュ・タウンにおかれていました。その防衛のための要塞が築かれた場所がポート・ロイヤルで、ポート・ロイヤルは奴隷貿易の中心として発展し、一時は“世界一裕福な場所”ともよばれていました。

 しかし、1692年6月7日の大地震により、ポートロイヤルは壊滅的な打撃を受けて崩壊。同年7月22日、近郊の海に面した農地が避難民の避難場所として転用されます。これが、現在の首都であるキングストンのルーツとなりました。

 こうして生まれたキングストンは、1703年に海賊船団ニック・カタニアの砲撃で大きな被害を受けたものの、その後はジョン・ゴフによって、北通り、東通り、西通り、港湾通りを中心とした碁盤の目のように街路が整備され、1716年までにジャマイカ最大の都市へと成長。1872年にはジャマイカ政庁が官公庁をスパニッシュ・タウンからキングストンに移転する法令を成立させ、キングストンは正式にジャマイカの首都となりました。

 こうして順調に発展してきたキングストンですが、1907年の大地震で800人が犠牲となる大きな被害をだし、街のパレード地区の南側の歴史的建造物のほとんどが壊滅しました。今回ご紹介の葉書の風景は再建後のものです。

 ちなみに、右下に見えるトラムは、1897年に西インド電気会社を買収した鉄道馬車会社が、1899年に開業したもので1948年まで運行されていましたが、現在は廃止されています。


 ★★★ トークイベント「切手に見る美女たち」のご案内 ★★★ 

 10月8日(木) 18:30-20:30 東京・飯田橋の東京ボランティアセンター(JR飯田橋駅横・ラムラ・セントラルプラザ10階)で、日本ガルテン協会主催のリレー講座に内藤が登場。『日の本切手 美女かるた』の著者として「切手に見る美女たち」と題するトークを行います。

 参加費は、ガルテン協会会員の方2000円(一般3000円)で、お茶とお菓子がつきます。詳細はこちらをご覧いただくか、NPO日本ガルテン協会(講座担当宛・電話 03‐3377-1477)までお問い合わせください。皆様のご参加をお待ちしております。  

 ★★★ 講座「アウシュヴィッツの手紙」(10月16日)のご案内 ★★★ 

     ポーランド・アウシュヴィッツ解放30年   アウシュヴィッツの労務風景

 10月16日(金) 19:00~20:30、愛知県名古屋市の栄中日文化センターで、「アウシュヴィッツの手紙」と題する講座を行います。

 第二次大戦中、ポーランド南部のアウシュヴィッツ(ポーランド語名・オシフィエンチム)は、ナチス・ドイツの強制収容所が置かれ、ユダヤ人を中心に150万人以上が犠牲となった悲劇の地として知られています。今回の講座では、収容者の手紙を中心に、第二次大戦以前の状況を物語る郵便物・絵葉書、アウシュヴィッツを題材とした戦後の切手などもご紹介しつつ、さまざまな角度からアウシュヴィッツを考えてみたいと思います。

 申込方法など詳細は、こちらをご覧ください。(画像は、ポーランドが発行したアウシュヴィッツ解放30周年の記念切手、右側は収容者による労務風景を取り上げた戦後作成の絵葉書です) 皆様のご参加をお待ちしております。

 
 ★★★ よみうりカルチャー荻窪の講座のご案内 ★★★

 10月から毎月1回(原則第1火曜日:10月6日、11月 3日、12月1日、1月5日、2月2日、3月1日)、よみうりカルチャー荻窪(読売・日本テレビ文化センター、TEL 03-3392-8891)で下記の一般向けの教養講座を担当します。(下の青い文字をクリックしていただくと、よみうりカルチャーのサイトに飛びます)

 ・イスラム世界を知る 時間は15:30-17:00です。

 初回開催は10月6日で、途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


 ★★★ 内藤陽介の最新刊  『日の本切手 美女かるた』  好評発売中! ★★★ 

        税込2160円

 4月8日付の『夕刊フジ』に書評が掲載されました!

 【出版元より】
 “日の本”の切手は美女揃い!
  ページをめくれば日本切手48人の美女たちがお目見え!
 <解説・戦後記念切手>全8巻の完成から5年。その著者・内藤陽介が、こんどは記念切手の枠にとらわれず、日本切手と“美女”の関係を縦横無尽に読み解くコラム集です。切手を“かるた”になぞらえ、いろは48文字のそれぞれで始まる48本を収録。様々なジャンルの美女切手を取り上げています。

 出版元のサイトはこちら、内容のサンプルはこちらでご覧になれます。ネット書店でのご購入は、アマゾンboox storee-honhontoYASASIA紀伊國屋書店セブンネットブックサービス丸善&ジュンク堂ヨドバシcom.楽天ブックスをご利用ください。


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 ブルーマウンテン販売休止
2014-09-26 Fri 12:41
 コーヒー大手UCC上島珈琲は、きのう(25日)、産地のジャマイカで病虫害などにより大幅に減産しているため、在庫限りでブルーマウンテン(以下、コーヒーの名前としてはブルマンと略)の販売を終了すると発表しました。すでに、同様の理由でキーコーヒーも直営店での販売を休止し、スーパーなどでの在庫を残すのみとなっており、しばらくブルマンとはお別れということになりそうです。というわけで、今日はこの切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      ジャマイカ・キャサリンズピーク

 これは、1932年、英領時代のジャマイカで発行された切手で、ブルーマウンテン山脈で5番目に高い頂、キャサリンズ・ピーク(1353m)とその下に広がるニュー・キャッスル村の風景が描かれています。ちなみに、キャサリンズ・ピークの名は、1760年、この山に初めて登ったキャサリン・ロングにちなんで命名されました。

 高級コーヒーの代名詞として知られるブルマンは、本来、ブルーマウンテン山脈の標高800~1200mの特定エリアで産出されたコーヒー豆のみに付けられる名前で、今回ご紹介の切手に取り上げられているニューキャッスル一帯はその産地の一つとして知られています。この地域では、1750年頃にはすでにコーヒーの栽培が始まっていたといわれており、1810年の記録では、ロバート・ハミルトンがニューキャッスルを含む山の高い地域に30万平米のコーヒー農場と173面平米の牧草地を、山麓に45万平米のコーヒー農場と107万平米の牧草地を所有していたとの記録が残されています。

 ちなみに、“ブルマン”として日本に輸出されている豆の多くは、ブルーマウンテン山脈周辺(主に標高800m以下の山麓エリア)で栽培されたもので、本来なら“ブルマンもどき”と称すべきものなのだとか。それでも、今回の一件で“ブルマンもどき”さえ入手困難ということになると、本来のブルマンはますます、僕などには手の届きにくい高嶺の花ということになりそうですな。
 

 ★★★ よみうりカルチャー荻窪の講座のご案内 ★★★

 10月から、毎月1回(原則第1火曜日:10月7日、11月4日、1月6日、2月3日、3月3日、3月31日)、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で下記の一般向けの教養講座を担当します。(詳細はそれぞれ講座名をクリックしてください)

 ・現代コリア事情 時間は13:00-14:30です。

 ・イスラム世界を知る 時間は15:50-17:00です。

 初回開催は4月1日で、講座は途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


 ★★★ 内藤陽介の最新刊  『朝鮮戦争』好評発売中! ★★★ 

 お待たせしました。約1年ぶりの新作です!

        朝鮮戦争表紙(実物からスキャン) 本体2000円+税

 【出版元より】
 「韓国/北朝鮮」の出発点を正しく知る!
 日本からの解放と、それに連なる朝鮮戦争の苦難の道のりを知らずして、隣国との関係改善はあり得ない。ハングルに訳された韓国現代史の著作もある著者が、日本の敗戦と朝鮮戦争の勃発から休戦までの経緯をポスタルメディア(郵便資料)という独自の切り口から詳細に解説。解放後も日本統治時代の切手や葉書が使われた郵便事情の実態、軍事郵便、北朝鮮のトホホ切手、記念切手発行の裏事情などがむしろ雄弁に歴史を物語る。退屈な通史より面白く、わかりやすい内容でありながら、朝鮮戦争の基本図書ともなりうる充実の内容。

 本書のご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、アマゾン他、各電子書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。

 *8月24日付『讀賣新聞』、韓国メディア『週刊京郷』8月26日号、8月31日付『夕刊フジ』、『サンデー毎日』10月5日号で拙著『朝鮮戦争』が紹介されました!


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 ブルマン、9月から4割値上げ
2014-07-26 Sat 14:36
 UCC上島珈琲はきのう(25日)、ジャマイカ産の高級コーヒー豆“ブルーマウンテン”を使った家庭用のコーヒー製品を9月1日から約4割値上げすると発表しました。ジャマイカでは、2012年10月に発生したハリケーンによりコーヒーの木が倒れたほか、病虫害の被害も拡大。今年の生産量は前年の半分ほどで、豊作だった07年の2割程度にまで落ち込み、コーヒー豆の種子が含まれるコーヒーチェリーの取引価格は2倍に跳ね上がったのが原因だそうです。というわけで、きょうはこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      ニューキャッスル(1930年)

 これは、ジャマイカのブルーマウンテン山中のニューキャッスルの風景を取り上げた絵葉書で、1930年にキングストンからオランダ・エンスケデ宛に差し出されたモノです。

 19世紀前半まで、ジャマイカ駐留の西インド連隊では、黄熱病やマラリアによる病死者の方がきわめて多く、深刻な問題となっていました。そうした中で、1840年代、代理総督のウィリアム・メイナルド・ゴム少将は、山中では黄熱病の発症率が低いことに目をつけ、ブルーマウンテン山中に軍の宿営地を設けることを提案。これを受けて拓かれたのがニューキャッスルです。ニューキャッスルの宿営地に移動したことで、西インド連隊の将兵の死亡率は激減。以後、現在に至るまで、ニュー・キャッスルにはジャマイカ駐留の軍の宿営地ないしは訓練キャンプが置かれています。

 一方、ニューキャッスルの一帯は古くからのコーヒー農園のあるエリアとしても知られており(ここで収穫されるコーヒーが、いわゆるブルーマウンテンです)、1750年頃にはすでにコーヒーの栽培が始まっていたといわれています。1810年の記録では、ロバート・ハミルトンがニューキャッスルを含む山の高い地域に30万平米のコーヒー農場と173面平米の牧草地を、山麓に45万平米のコーヒー農場と107万平米の牧草地を所有していたとの記録が残されています。

 さて、ことし(2014年)は、わが国とカリブ共同体(旧英領を中心にカリブの14か国1地域が加盟。ジャマイカも加盟国です)の事務レベル協議開始後20年が経過した年であるとともに、ジャマイカならびにトリニダード・トバゴとの国交樹立50周年にもあたることから、“日・カリブ交流年”とされています。

 8月1-3日、東京・墨田区で開催が予定されている<全日本切手展2014>でも、これにちなみ、外務省の認定を受けた“日・カリブ交流年”の行事として“カリブ切手展”を併催の予定で、同展では、今回ご紹介した絵葉書を含め、古き良き時代のジャマイカの絵葉書をご紹介するコーナーも設ける予定です。今後も、会期当日まで、同展の事前プロモーションを兼ね、機会を見つけてカリブ共同体加盟諸国・地域の切手をご紹介していきたいと考えておりますので、よろしくお付き合いください。

        
 ★★★ トークイベントのご案内 ★★★ 

 8月2日(土) 14:00より、東京・錦糸町のすみだ産業会館で開催の全日本切手展(全日展)会場内で、新著『朝鮮戦争』の刊行を記念して、トークイベントを開催することになりました。(画像は表紙のイメージ。細かい部分で、若干の変更があるかもしれません)

      朝鮮戦争・表紙

 トークそのものの参加費は無料ですが、全日展への入場料として、3日間有効のチケット(500円)が必要となります。あしからずご了承ください。皆様のお越しを心よりお待ち申しております。
 

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 アマゾン紀伊国屋書店ウェブストアなどで、6月20日から配信が開始されました。よろしくお願いします。(右側の画像は「WEB本の雑誌」で作っていただいた本書のポップです)


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 キングストン創設の日
2014-07-22 Tue 23:53
 今日(22日)は、現在のジャマイカの首都キングストンが、1692年7月22日のジャマイカ地震で被災したポートロイヤルの避難先として創設された記念日です。というわけで、今日はこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      キングストン・1904年

 これは、1904年にキングストンから英国宛の絵葉書で、絵面には、当時のキングストンの風景が取り上げられています。

 英領ジャマイカの首府は、かつては、島の南部のスパニッシュ・タウンにおかれていました。その防衛のための要塞が築かれた場所がポート・ロイヤルで、ポート・ロイヤルは奴隷貿易の中心として発展し、一時は“世界一裕福な場所”と喪よばれていました。

 しかし、1692年6月7日の大地震により、ポートロイヤルは壊滅的な打撃を受けて崩壊。同年7月22日、近郊の海に面した農地が避難民の避難場所として転用されます。これが、現在の首都であるキングストンのルーツとなりました。

 こうして生まれたキングストンは、1703年に海賊船団ニック・カタニアの砲撃で大きな被害を受けたものの、その後はジョン・ゴフによって、北通り、東通り、西通り、港湾通りを中心とした碁盤の目のように街路が整備され、1716年までにジャマイカ最大の都市へと成長しました。

 こうしたことを受けて、1755年には、政府庁舎がスパニッシュ・タウンからキングストンに移転する決定がなされます。これに対して、スパニッシュ・タウン側も抵抗を示しましたが、キングストンの成長は止められず、1780年までにキングストンの人口は1万1000人に到達。18世紀末の時点では、キングストンには3000以上もの煉瓦造りの建物が立ち並ぶようになり、キングストンの経済力はスパニッシュ・タウンを完全に圧倒するようになりました。ただし、ジャマイカ政庁が官公庁をスパニッシュ・タウンからキングストンに移転する法令を成立させ、正式にキングストンに遷都したのは1872年のことでした。

 こうして順調に発展してきたキングストンですが、1907年の大地震で800人が犠牲となる大きな被害をだし、街のパレード地区の南側の歴史的建造物のほとんどが破壊された。現在の街並みは、この地震の後に再建されたものです。

 今回ご紹介の葉書は、1907年の地震以前のキングストンの街並みを港から北に延びるキング・ストリートを中心にとらえたもので、中央の白い像は、英国海軍の英雄ホレイショ・ネルソン提督の像です。ちなみに、ネルソンは、1777年、ジャマイカ鎮守府司令長官ピーター・パーカー提督の旗艦“ブリストル”に配属されましたが、そこで、パーカーと夫人のマーガレットに気に入られ、半年後には同艦の副長に抜擢され、その後の出世の糸口をつかみんでいます。

 さて、ことし(2014年)は、わが国とカリブ共同体(旧英領を中心にカリブの14か国1地域が加盟。ジャマイカも加盟国です)の事務レベル協議開始後20年が経過した年であるとともに、ジャマイカならびにトリニダード・トバゴとの国交樹立50周年にもあたることから、“日・カリブ交流年”とされています。

 8月1-3日、東京・墨田区で開催が予定されている<全日本切手展2014>でも、これにちなみ、外務省の認定を受けた“日・カリブ交流年”の行事として“カリブ切手展”を併催の予定で、同展では、今回ご紹介した絵葉書を含め、古き良き時代のジャマイカの絵葉書をご紹介するコーナーも設ける予定です。今後も、会期当日まで、同展の事前プロモーションを兼ね、機会を見つけてカリブ共同体加盟諸国・地域の切手をご紹介していきたいと考えておりますので、よろしくお付き合いください。

        
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 海の日
2014-07-21 Mon 17:09
 きょう(21日)は“海の日”です。というわけで、海の風景を取り上げたマテリアルの中から、こんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      ポート・アントニオ絵葉書(1905)

 これは、1905年7月12日、英領ジャマイカの首府キングストンから米国経由でベルギーのブリュッセル宛に差し出された葉書で、港町ポート・アントニオの風景が取り上げられています。貼られている切手は1903年に発行された国章図案の半ペニー切手で、これは葉書にほとんど文面を書かず、“印刷物”として送ったことによる料金です。

 ちなみに、ジャマイカの国章は、1661年に英国王の権限で与えられたもので、両側から現地の男女が盾を支える形式となっており、盾の中には特産のパイナップルが描かれています。左の女性は熱帯の果実を持ち、盾の上には木材産業を意味する原木とワニが描かれています。切手では、下のリボンには、先住民のタイノ人とアラワク人が英国人入植者に隷属することを意味するラテン語の文言として“INDVS VTERQVE SERVIET VNI(2人のインディアンが1人に仕える)”が入っていましたが、この文言は、独立前年の1961年に現在の“Out of Many, One People”(多数から一つの国民に)へと変更されました。

 さて、絵葉書に取り上げられたポート・アントニオは、ジャマイカ島北東部、ポートランド教区(地名は元総督のポートランドに由来)の州都で、首都キングストンからは北東約40kmの地点に位置しています。1870年以降、米英間のバナナ貿易がさかんになったことで港町として発展し、現在でも、バナナのほか、ココナッツ、カカオ(トリニタリオ種)などの積出港となっています。周辺は熱帯植物が多く、ビーチが美しいこともあって、20世紀初頭、バナナ貿易で巨額の利益を上げたボストン・フルーツ社(ユナイテッド・フルーツ社の前身)が、400室の客室を誇るティッチフィールド・ホテルを開業したことで、観光開発が進みました。また、近郊のブルー・ホール(ブルー・ラグーンとも)は、深みあるブルーの湖面で有名な湖で、ブルック・シールズ主演の『ブルー・ラグーン』やトム・クルーズ主演の『カクテル』など、数多くの映画のロケ地にもなっています。

 さて、ことし(2014年)は、わが国とカリブ共同体(旧英領を中心にカリブの14か国1地域が加盟。ジャマイカも加盟国です)の事務レベル協議開始後20年が経過した年であるとともに、ジャマイカならびにトリニダード・トバゴとの国交樹立50周年にもあたることから、“日・カリブ交流年”とされています。

 8月1-3日、東京・墨田区で開催が予定されている<全日本切手展2014>でも、これにちなみ、外務省の認定を受けた“日・カリブ交流年”の行事として“カリブ切手展”を併催の予定で、同展では、今回ご紹介した絵葉書を含め、古き良き時代のジャマイカの絵葉書をご紹介するコーナーも設ける予定です。今後も、会期当日まで、同展の事前プロモーションを兼ね、機会を見つけてカリブ共同体加盟諸国・地域の切手をご紹介していきたいと考えておりますので、よろしくお付き合いください。

   
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 ジャマイカ版“春の庭”
2014-07-17 Thu 20:18
 第151回芥川龍之介賞の受賞作が、柴崎友香氏の『春の庭』に決まったそうです。というわけで、“春の庭”を取り上げたこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      ジャマイカ・ホープガーデン(1948)    ジャマイカ・ホープガーデン(1948)裏

 これは、1948年4月13日、ジャマイカの首都キングストンから英国宛に差し出された絵葉書とその裏面で、絵面にはキングストンの“ホープガーデン”の風景が取り上げられています。南国で四季の差がないジャマイカですが、4月差出の絵葉書なら、まぁ“春の庭”といえないことはないかと思って取り上げました。

 さて、ホープガーデンは、もともと、英国陸軍のリチャード・ホープ少佐の私有地でした。ホープは、1880年、英国政府からジャマイカ島ブルーマウンテンからダウンタウンにまで広がる2000エーカー(約800ヘクタール)の土地を取得し、パイナップルやココア、コーヒー、タバコなどの農場を経営していました。その土地の一部をジャマイカ政庁が買い取って、農業開発のために外来種の植物を実験的に育てていたのが、現在のホープガーデンのルーツです。なお、1950年代にエリザベス女王がジャマイカを訪問した際、女王は、ホープガーデンに対して“ロイヤル・ボタニカル・ガーデン”と称する許可を与えています。現在、ホープガーデンは、カリブ海の(旧)英領地域最大の植物園として、キングストンを代表する観光地の一つとなっています。

 さて、ことし(2014年)は、わが国とカリブ共同体(旧英領を中心にカリブの14か国1地域が加盟。ジャマイカも加盟国です)の事務レベル協議開始後20年が経過した年であるとともに、ジャマイカならびにトリニダード・トバゴとの国交樹立50周年にもあたることから、“日・カリブ交流年”とされています。

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 ★★ 講座「切手を通して学ぶ世界史:第一次世界大戦から100年 」のご案内 ★★ 

       中日・講座チラシ    中日・講座記事

 7月18日・8月29日・9月19日の3回、愛知県名古屋市の栄中日文化センターで、第一次大戦100年の企画として、「切手を通して学ぶ世界史」と題する講座を行います。

 講座では、ヨーロッパ、中東、日本とアジアの3つの地域に分けて、切手や絵葉書という具体的なモノの手触りを感じながら、フツーとはちょっと違った視点で第一次世界大戦の歴史とその現代における意味を読み解きます。

 詳細は、こちらをご覧ください。

 * 左の画像は講座のポスター、右は講座の内容を紹介した5月20日付『中日新聞』夕刊の記事です。どちらもクリックで拡大されますので、よろしかったらご覧ください。
 

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    外国切手に描かれた日本(表紙)     外国切手に描かれた日本(ポップ) 
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 ポート・ロイヤル大地震の日
2014-06-07 Sat 14:24
 今日(7日)は、1692年に、映画『パイレーツ・オブ・カリビアン』の舞台として知られるポート・ロイヤル(ジャマイカ)で巨大地震が発生し、一瞬にして都市が壊滅した日です。というわけで、こんな切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      ジャマイカk・ポートロイヤル地震300年

 これは、1992年にジャマイカで発行された「ポート・ロイヤル大震災300年」の切手で、地震で建物が崩壊し、地割れに人々が落ちていく様子が描かれています。震災を題材とした切手は多々ありますが、ここまで赤裸々に震災の被害を表現したものは少ないのではないかと思います。

 さて、ジャマイカの現在の首都はキングストンですが、かつては、島の南部のスパニッシュ・タウンに首都がおかれていました。ポート・ロイヤルはその防衛のための要塞 “フォート・チャールズ”を中心に発展した街で、1690年の時点では人口8000人を超えていました。奴隷貿易の中心として発展し、この地に上陸した黒人奴隷が各地のプランテーションに送られる一方で、芸術や特殊技能を持ったアフリカ系の移民たちはプランテーションに送られることなく、この地に定着したため、当時のジャマイカの文化的な中心地としても繁栄しました。

 こうしたことから、海賊からジャマイカの代理総督に転じたヘンリー・モーガンは、ポート・ロイヤルを“世界一裕福な場所”と称しましたが、1692年6月7日の大地震により、都市は崩壊して多くの人命が失われ、モーガンの墓所を含め市街地の一部は現在なお海に沈んだままとなっています。ちなみに、この大地震でポート・ロイヤルが壊滅したことにより、同年7月22日、近郊の海に面した農地が避難民の避難場所として転用されることになったのが、現在の首都であるキングストンのルーツとなりました。

 さて、ことし(2014年)は、わが国とカリブ共同体(旧英領を中心にカリブの14か国1地域が加盟。ジャマイカも加盟国です)の事務レベル協議開始後20年が経過した年であるとともに、ジャマイカならびにトリニダード・トバゴとの国交樹立50周年にもあたることから、“日・カリブ交流年”とされています。

 8月1-3日、東京・墨田区で開催が予定されている<全日本切手展2014>でも、これにちなみ、外務省の認定を受けた“日・カリブ交流年”の行事として“カリブ切手展”を併催の予定です。今後も、同展の事前プロモーションを兼ね、機会を見つけてカリブ共同体加盟諸国・地域の切手をご紹介していきたいと考えておりますので、よろしくお付き合いください。


 ★★ 講座「切手を通して学ぶ世界史:第一次世界大戦から100年 」のご案内 ★★ 

       中日・講座チラシ    中日・講座記事

 7月18日・8月29日・9月19日の3回、愛知県名古屋市の栄中日文化センターで、第一次大戦100年の企画として、「切手を通して学ぶ世界史」と題する講座を行います。

 講座では、ヨーロッパ、中東、日本とアジアの3つの地域に分けて、切手や絵葉書という具体的なモノの手触りを感じながら、フツーとはちょっと違った視点で第一次世界大戦の歴史とその現代における意味を読み解きます。

 詳細は、こちらをご覧ください。

 * 左の画像は講座のポスター、右は講座の内容を紹介した5月20日付『中日新聞』夕刊の記事です。どちらもクリックで拡大されますので、よろしかったらご覧ください。
 

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 彼女はしわくちゃの手で、給水塔の脚をペチャペチャ叩きながら、そんな風に説明してくれた。(本文より)

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 日本との深いつながりを紹介しながら、意外な「日本」を見つける旅。

 出版元特設ページはこちらです。また、10月17日、東京・新宿の紀伊國屋書店新宿南店で行われた『蘭印戦跡紀行』の刊行記念トークの模様が、YouTubeにアップされました。よろしかったら、こちらをクリックしてご覧ください。


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 ジャマイカ・労働者の日
2014-05-23 Fri 22:19
 きょう(23日)は、ジャマイカでは“労働者の日”の祝日です。というわけで、この切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      ジャマイカ・労働者の日

 これは、1968年にジャマイカで発行された“労働者の日”の記念切手で、独立後のジャマイカの初代首相を務めたウィリアム・アレクサンダー・クラーク・バスタマンテ夫妻の肖像が描かれています。

 1670年、ジャマイカの支配者はスペインから英国に変わりましたが、黒人奴隷を用いたサトウキビのプランテーションを基本とする経済には変化はありませんでした、その後、プランテーションを逃げ出した逃亡奴隷とその子孫は自由を求めてイギリス植民地政府に対する反乱を繰り返したため、1838年までに、奴隷制度やそれに準じる徒弟制度は廃止されました。このため、1840年代から1910年代にかけて、ジャマイカではインド、アフリカ、中国、ポルトガル領マデイラ諸島から年季奉公の契約労働者が流入するようになります。

 1870年、米国資本によるバナナのプランテーションが本格的に行われるようになると、それまでのサトウキビに代わってバナナがジャマイカの主要な輸出品となりましたが、その結果、サトウキビのプランテーションで働いていた多くの労働者が失業。このため、多くの黒人労働者が職を求めて、ジャマイカから米国、キューバ、コスタリカ、ニカラグア、ホンジュラス、パナマ地峡などのカリブ海沿岸に移住することになります。

 1920年代になると、ジャマイカの砂糖産業はますます衰退しましたが、1930年代になると世界恐慌の影響をまともに受けて労働者に対する給料の遅配や未払いが相次ぎ、暴動やストライキが多発するようになりました。こうした中で、1938年5月23日、ウェストモアランド教区フロームの製糖工場で大規模なストライキが発生。これを機に、ジャマイカ全土に暴動が拡大し、以後、ジャマイカの独立運動が本格化することになりました。

 大暴動発生前年の1937年、ジャマイカではアラン・クームスがジャマイカ労働組合(JWU)を結成していましたが、その会計係だったバスタマンテは、1938年のストライキに際して労働者のスポークスマンとして活躍。カリスマ的指導者として急速に台頭してJWUの実権を掌握し、JWUをバスタマンテ産業労働組合(BITU)へと改組するまでになりました。その後、1940年には破壊活動のために投獄されるものの、1942年に釈放され、1943年にジャマイカ労働党(JLP)を設立します。すでに、ジャマイカでは、バスタマンテの従弟にあたるノーマン・マンリーによって、1938年、人民国家党(PNP)が設立されており、これによって、JLPとPNPというジャマイカ2大政党制の基礎ができあがりました。

 その後、JLPとPNPの両党による英本国議会への働きかけもあり、1944年の「ジャマイカに関する勅令」により、ジャマイカでも普通選挙による議会が設置され、同時に総選挙が実施されると、JLPは最初の下院における32の席のうち22を獲得。1953年に植民地行政長官のポストが創設されるまで、バスタマンテはJLPの党首として、事実上のジャマイカ政府の指導者になりました。

 なお、バスタマンテは、1947-48年には首都キングストン市長を務めたほか、1962年にジャマイカが独立すると、初代首相に就任し、1967年まで政権を担当しています。

 ところで、独立以前のジャマイカでは、他の英連邦諸国・地域同様、ヴィクトリア女王の誕生日にあたる5月24日を“大英帝国の日”としていましたが、独立前年の1961年、英領ジャマイカの首相だったノーマン・マンリーが、大英帝国の日に代えて、独立運動の画期となった1938年5月23日の暴動の記念日を“労働者の日”として、“大英帝国の日”に代わる祝日とすることを提案。これが受け入れられて、1962年以降、5月23日がジャマイカの“労働者の日”の祝日となりました。

 今回ご紹介の切手は、1938年の暴動から30周年になるのを記念して発行されたものですが、切手に取り上げられたバスタマンテは、切手発行前年の1967年に首相を退陣しており、今回の切手にはその慰労の意味が込められていたとみることも可能かもしれません。
 
 さて、ことしは、わが国とカリブ共同体(旧英領を中心にカリブの14か国1地域が加盟。ジャマイカも加盟国です)の事務レベル協議開始後20年が経過した年であるとともに、ジャマイカならびにトリニダード・トバゴとの国交樹立50周年にもあたることから、“日・カリブ交流年”とされています。

 8月1-3日、東京・墨田区で開催が予定されている<全日本切手展2014>でも、これにちなみ、外務省の認定を受けた“日・カリブ交流年”の行事として“カリブ切手展”を併催の予定です。今後も、同展の事前プロモーションを兼ね、機会を見つけてカリブ共同体加盟諸国・地域の切手をご紹介していきたいと考えておりますので、よろしくお付き合いください。


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         サライェヴォ事件   中日講座用・顔写真

 7月18日・8月29日・9月19日の3回、愛知県名古屋市の栄中日文化センターで、第一次大戦100年の企画として、「切手を通して学ぶ世界史」と題する講座を行います。

 講座では、ヨーロッパ、中東、日本とアジアの3つの地域に分けて、切手や絵葉書という具体的なモノの手触りを感じながら、フツーとはちょっと違った視点で第一次世界大戦の歴史とその現代における意味を読み解きます。

 詳細は、こちらをご覧ください。

 * 左の画像は第一次世界大戦のきっかけとなったサライェヴォ事件で暗殺されたオーストリア=エステ大公のフランツ・フェルディナンドと妃のゾフィーを描いた切手です。
 

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 ボブ・マーリーの命日
2014-05-11 Sun 12:51
 きょう(11日)は、1981年5月11日に36歳の若さで亡くなった“レゲエの神様”ボブ・マーリーの命日です。というわけで、今日はこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

       ボブ・マーリー追悼

 これは、1981年10月20日にジャマイカが発行したボブ・マーリーの追悼切手です。

 ボブ・マーリー(本名:ロバート・ネスタ・マーリー)は、1945年2月6日、ジャマイカ島の北岸にあるセント・アン教区のナイン・マイルズで、白人の英海軍大尉でジャマイカ最大の建設会社マーリー・アンド・カンパニーの経営社だったノーヴァル・マーリーと、ジャマイカ人(黒人)のセデラ・ブッカーとの間に生まれました。当時61歳の父親は、ボブが生まれると、18歳の母親を捨て、以後、母子は父親からの養育費の仕送りを受けてナイン・マイルズで過ごしました。

 1955年、父親が亡くなり養育費が途絶えると、セデラは職を求めて首都キングストン郊外のスラム、トレンチタウンに移住。ここで、バニー・ウェイラーらと音楽活動を開始し、1959年、音楽に専念するため14歳で学校を中退しました。

 この時期のトレンチタウンには“Manny Oh”のヒット曲で後にレゲエの父”と呼ばれたジョー・ヒッグスが住んでおり、ボブ・マーリーは彼から音楽のみならず、ラスタファリ運動の教えを受けています。

 プロ・ミュージシャンとしてのレコード・デビューは1962年のことで、翌1963年、ティーネイジャーズ(ウェイラーズの前身)を結成。1972年にはアイランド・レコードと契約し、翌1973年、アルバム“Catch a Fire”でメジャー・デビューを果たし、1974年、エリック・クラプトンがカヴァーした“I Shot The Sheriff”が全米ビルボードチャート1位を獲得したことで、マーリーと彼のレゲエ・ミュージックは世界的な知名度を獲得しました。

 ところで、当時のジャマイカは、保守・中道路線のジャマイカ労働党(JLP)と、社会主義インターナショナル加盟の人民国家党(PNP)の2大政党が激しく対立し、しばしば流血事件が発生していました。特に、1976年1月、選挙戦を前に大規模な暴動が発生したため、同年6月、当時のマイケル・マンリー政権(PNP)は非常事態宣言を発令。JLP党員を含む約500名が国家転覆の容疑で起訴され、ジャマイカ駐留英軍の基地であるアップパーク・キャンプ内の特設刑務所に収容されています。

 こうした中で、マイケル・マンリーの支持者でもあったマーリーはプロデューサーのクランシー・エクルズらと共にPNP の選挙キャンペーンに参加。このことがJLP支持者の憤激を買い、同年12月3日、コンサート“スマイル・ジャマイカ”のリハーサル中に狙撃されて重傷を負い、1年ほど、バハマとロンドンで亡命生活を余儀なくされました。なお、選挙は狙撃事件後の12月15日に行われ、PNPが与党となったため、非常事態宣言は翌年まで繪院長されています。また、マーリーの狙撃事件に関して、組織としてのJLPは共犯として起訴されています。

 みずからの狙撃体験と亡命生活から、祖国の分裂に深く心を痛めたマーリーは、1978年に帰国してコンサート“One Love”を開催。ステージ上でPNP党首のマイケル・マンリー(1972-80年、1989-92年の首相)とJLP党首のエドワード・シアガ(1980-89年の首相)に握手をさせ、両者の和解を演出しようとしました。しかし、その後も暴力の応酬は収まらず、1980年の選挙では、800人のジャマイカ人が殺害されています。

 一方、マーリーはその後、世界各国での演奏活動(1979年には来日もしています)とアルバムの制作を行っていましたが、持病の癌が悪化。医師からは癌に侵された足の親指の切断を勧められましたが、宗教上の理由から部分切除に留めたため、主要が全身に転移。1981年5月11日、療養先のドイツから帰国の途のつく途中で容態が悪化し、米フロリダ州の病院で亡くなりました。その後、同月21日には首都キングストンで国葬が営まれ、10月には今回ご紹介の切手も発行されたというわけです。

 さて、ことしは、わが国とカリブ共同体(旧英領を中心にカリブの14か国1地域が加盟。ジャマイカも加盟国です)の事務レベル協議開始後20年が経過した年であるとともに、ジャマイカならびにトリニダード・トバゴとの国交樹立50周年にもあたることから、“日・カリブ交流年”とされています。8月1-3日、東京・墨田区で開催が予定されている<全日本切手展2014>でも、これにちなみ、特別企画としてカリブ切手展を併催の予定です。今後も、同展の事前プロモーションを兼ね、機会を見つけてカリブ共同体加盟諸国・地域の切手をご紹介していきたいと考えておりますので、よろしくお付き合いください。


 ★★★ 切手が語る台湾の歴史 ★★★

 5月15日13:00から、よみうりカルチャー北千住にて、よみうりカルチャーと台湾文化部の共催による“台湾文化を学ぶ講座”の一コマとして、「切手が語る台湾の歴史」という講演をやります。

 切手と郵便はその地域の実効支配者を示すシンボルでした。この点において、台湾は非常に興味深い対象です。それは、最初に近代郵便制度が導入された清末から現在に至るまで、台湾では一貫して、中国本土とは別の切手が用いられてきたからです。今回の講演では、こうした視点から、“中国”の外に置かれてきた台湾(史)の視点について、切手や郵便物を題材にお話しする予定です。

 参加費は無料ですが、事前に、北千住センター(03-3870-2061)まで、電話でのご予約が必要となります。よろしかったら、ぜひ、1人でも多くの方にご来駕いただけると幸いです。


 ★★★ 講座「世界紀行~月一回の諸国漫郵」のご案内 ★★★ 

亀戸講座(2014前期)・広告

 東京・江東区亀戸文化センターで、5月から毎月1回、世界旅行の気分で楽しく受講できる紀行講座がスタートします。美しい風景写真とともに、郵便資料や切手から歴史・政治背景を簡単に解説します。受講のお楽しみに、毎回、おすすめの写真からお好きなものを絵葉書にしてプレゼントします!

 詳細は、こちらをご覧ください。


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 彼女はしわくちゃの手で、給水塔の脚をペチャペチャ叩きながら、そんな風に説明してくれた。(本文より)

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 出版元特設ページはこちらです。また、10月17日、東京・新宿の紀伊國屋書店新宿南店で行われた『蘭印戦跡紀行』の刊行記念トークの模様が、YouTubeにアップされました。よろしかったら、こちらをクリックしてご覧ください。


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 ミス・ジャマイカの切手
2014-03-08 Sat 11:07
 きょう(8日)は国際婦人デーです。というわけで、こんな切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

       ジャマイカ・ミスワールド(1963)

 これは、1964年2月、1963年のミス・ジャマイカにしてミス・ワールドのキャロル・ジョーン・クロフォードを顕彰するためにジャマイカが発行した切手です。

 キャロル・ジョーン・クロフォードは、1943年、ジャマイカの首都キングストン生まれ。1962年にジャマイカが英国から独立したことを受けて、1963年に行われた第1回のミス・ジャマイカ・コンテストで優勝。同年11月7日にロンドンで行われたミス・ワールドで優勝しました。当時の身長は159㎝、スリーサイズは上から86–56–86でした。

 クロフォード本人はモデルの経験などはなく、たまたま出場したら優勝してしまったという意識だったようですが、独立国ジャマイカの代表として初めて、旧宗主国の首都ロンドンに乗り込んで行くということについて、周囲の期待は大きく、トリニダード出身のクリケット選手で英国の爵位を持っていたリアリー・コンスタンティンや英国の俳優ピーター・セラーズが歩き方をはじめ、ミス・コンテストで優勝するための所作などを徹底的に指導。また、他の出場者に比べて身長が低いことをカバーするため、少しでも身長が高く見えるようにと、首元まである独自のデザインの水着が作られました。こうした甲斐あって、クロフォードはミス・ニュージーランドのエレーヌ・ミスコールを下して優勝を勝ち取っています。

 ロンドンから帰国した彼女は総督主催の祝賀会に招かれ、キングストン市の純金のカギを授与されます。この鍵を授与された女性は、英国のエリザベス女王に次いで彼女が2人目でした。ちなみに、彼女がロンドンから帰国した1963年11月22日には米国でケネディ大統領がダラスでパレード中に暗殺されるという事件があったため、空港からキングストン中心部まで予定されていた彼女の凱旋パレードも、万一の事態に備えるとして中止になっています。まぁ、ケネディが暗殺されたからと言って、すべてのパレードが危険ということにはならないと思うのですが、当時のジャマイカ政府としては、それだけ、彼女を大事に扱おうということだったのでしょう。

 その後も、クロフォードは、歌手のボブ・マーレーが脚光を浴びるまで、世界で最も有名なジャマイカ人の一人として、アレクサンダー・バスタマンテ政権下のジャマイカにとっての重要な外交資源となり、国賓が来訪した際の政府公式行事や政府主催の晩餐会に出席して花を添えたほか、親善大使として世界各国を歴訪しています。今回ご紹介の切手も、そうした文脈に沿ったもので、彼女の存在を広くアピールするためのものでした。ちなみに、こうした活動は、1966年に彼女が結婚し、カナダに移住するまで続きました。

 さて、ことしは、わが国とカリブ共同体(旧英領を中心にカリブの14か国1地域が加盟。ジャマイカも加盟国です)の事務レベル協議開始後20年が経過した年であるとともに、ジャマイカならびにトリニダード・トバゴとの国交樹立50周年にもあたることから、“日・カリブ交流年”とされています。8月1-3日、東京・墨田区で開催が予定されている<全日本切手展2014>でも、これにちなみ、特別企画としてカリブ切手展を併催の予定です。今後も、同展の事前プロモーションを兼ね、機会を見つけてカリブ共同体加盟諸国・地域の切手をご紹介していきたいと考えておりますので、よろしくお付き合いください。
 

 ★★★ よみうりカルチャー荻窪の講座のご案内 ★★★   

 4月から、毎月1回(第1火曜日:4月1日、6月3日、7月1日、8月5日、9月2日)、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で下記の一般向けの教養講座を担当します。(詳細はそれぞれ講座名をクリックしてください)

 ・朝鮮半島のことを学ぼう 時間は13:00-14:30です。

 ・イスラムを学ぶ 時間は15:50-17:00です。

 初回開催は4月1日で、講座は途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


 ★★★ 文京生涯カレッジ(第13期)のご案内 ★★★

 文京学院大学が一般向け(=どなたでも受講できます)にさまざまな講師を招いて行う通年の教養講座「文京生涯カレッジ」の第13期が4月15日から始まります。僕も、7月15・22日に「バスコ・ダ・ガマのインドを歩く」、9月9日に「ドバイ歴史紀行」のお題で登場します。詳細はこちらですので、よろしかったら、ぜひご覧ください。


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