内藤陽介 Yosuke NAITO
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 ネパールが7年越しの新憲法を公布
2015-09-21 Mon 16:50
 ネパールで、きのう(20日)、連邦共和制に移行した2008年から7年以上を経て、ようやく、国内を7州に分けることなどを定めた新憲法が公布されました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      ネパール・王政復古50年

 これは、2001年にネパールで発行された“民主主義50周年”の記念切手で、1951年にインドから帰国した国王トリブヴァンを迎える国民が描かれています。

 ネパールでは、1845年のクーデターで実権を掌握したジャンガ・バハドゥルが、1847年、国王ラジェンドラを追放し、皇太子のスレンドラを傀儡の国王として擁立。以後、宰相職を世襲するラナ家(ジャンガ・バハトゥルに下賜された姓)による独裁体制が続いていました。

 1911年、第8代国王として即位したトリブヴァンの時代、ネパールは2度の世界大戦に参加し、戦勝国となりましたが、国民生活は向上せず、独裁体制に対する不満は高まります。第二次大戦後の1950年、ラナ家と対立した国王トリブヴァンがインドに亡命すると、ラナ家はトリブヴァンの孫で当時3歳のギャネンドラを新国王として擁立しました。しかし、ギャネンドラの即位に対しては、隣国のインドをはじめ国際社会がこれを承認しなかったため、1951年、トリブヴァンが帰国して複位し、首相のモハン・シャムセールは退陣を余儀なくされました。

 今回ご紹介の切手は、この時の国王帰国の場面を描いたものですが、それが、同国にとっての民主主義の原点とされているのは、国王の帰国による王政復古の結果、立憲君主制が宣言されたことを踏まえたものです。

 その後、1959年公布されたネパール最初の憲法の下で行われた総選挙では、ネパール国民会議派(現ネパール会議派)が大勝し、党首のビシュウェシュワール・プラサド・コイララが国会で首班指名を受けましたが、リベラル色の強いコイララを嫌った国王マヘンドラ(1955年に即位)は、コイララの首相就任を阻止しようとしましたが、隣国インドの圧力で断念しました。

 はたして、コイララは改革の一環として、封建的土地制度の改革に着手し、貴族への課税を強化したため国王と対立。1960年、国王はクーデターを起こして憲法を停止するとともに、内閣・議会を解散してコイララら政党指導者を逮捕したうえで、1962年には政党の禁止などを定めた新憲法が公布され、国王に極端に有利な間接民主制のパンチャヤット制が導入されます。

 その後ながらく、ネパールでは立憲君主制とは名ばかりの独裁体制が続いていましたが、1990年、パンチャヤット制廃止を求める民主化運動が発生。国王ビネンドラ(1972年即位)はこれを受けて、パンチャヤット制を廃止し、新憲法を公布します。そして、翌1991年、複数政党制による選挙が行われ、ネパール会議が圧勝しました。

 一方、1996年には、ネパール共産党毛沢東主義派(マオイスト)が王制打倒を唱えて人民戦争を開始。ネパール国内は内戦状態に陥ります。

 混乱の中で、2001年、王宮内で国王ビネンドラらの暗殺事件が発生すると、新国王となったギャネンドラは非常事態を理由に議会を停止。国王親政を行ったが、内戦は国王・議会・マオイストの三つ巴の様相となり、長期化します。

 その後、議会と内閣は復活したものの、2005年、国王は再び議会・内閣を停止して絶対王政と非常事態宣言を発令。非常事態宣言はすぐに解除されたものの、これを機に反独裁で一致する議会とマオイストの和解が成立し、2006年には反国王派によるゼネストも実施されました。

 このため、2006年4月、国王は直接統治を断念し、国民への権力移譲、議会の復活を発表。同年11月にはネパール政府とマオイストの和平が成立し、内戦は終結します。

 内戦終結を受けて、1990年憲法は廃止され、2007年に暫定憲法が成立。その規定に従い、2008年4月に実施された制憲議会選挙では、マオイストが第1党を占めたほか、王制廃止派の諸政党が議会の圧倒的多数を占め、王制の廃止と連邦民主共和制への移行が正式に宣言され、ギャネンドラは退位しました。

 しかし、その後も、州の区割りを含む連邦制のあり方をめぐり、特に、州名を民族に基づくものにするべきだと主張するマオイストと他党の溝が埋まらず、新憲法の草案の取りまとめは難航。今回、ようやく、①国家元首は大統領、②議会は2院制、③国内は7州に分け、州議会を設置、④政教分離の世俗国家(王制時代はヒンドゥーが国教)、などを骨子とする恒久憲法が成立したというわけです。

 ただし、今回の憲法案をめぐっては、南部の少数民族などが州の区分けに反対して抗議活動を展開しているほか、野党の一部がゼネストを呼びかけており、一連の抗議による死者は40人以上にも達したとの報道もあります。今年4月の大地震からの復興のためにも、新憲法が定着し、国内が安定を取り戻すことを祈るばかりです。


 ★★★ トークイベント「切手に見る美女たち」のご案内 ★★★ 

 10月8日(木) 18:30-20:30 東京・飯田橋の東京ボランティアセンター(JR飯田橋駅横・ラムラ・セントラルプラザ10階)で、日本ガルテン協会主催のリレー講座に内藤が登場。『日の本切手 美女かるた』の著者として「切手に見る美女たち」と題するトークを行います。

 参加費は、ガルテン協会会員の方2000円(一般3000円)で、お茶とお菓子がつきます。詳細は、NPO日本ガルテン協会(講座担当宛・電話 03‐3377-1477)までお問い合わせください。皆様のご参加をお待ちしております。  

 ★★★ 講座「アウシュヴィッツの手紙」(10月16日)のご案内 ★★★ 

     ポーランド・アウシュヴィッツ解放30年   アウシュヴィッツの労務風景

 10月16日(金) 19:00~20:30、愛知県名古屋市の栄中日文化センターで、「アウシュヴィッツの手紙」と題する講座を行います。

 第二次大戦中、ポーランド南部のアウシュヴィッツ(ポーランド語名・オシフィエンチム)は、ナチス・ドイツの強制収容所が置かれ、ユダヤ人を中心に150万人以上が犠牲となった悲劇の地として知られています。今回の講座では、収容者の手紙を中心に、第二次大戦以前の状況を物語る郵便物・絵葉書、アウシュヴィッツを題材とした戦後の切手などもご紹介しつつ、さまざまな角度からアウシュヴィッツを考えてみたいと思います。

 申込方法など詳細は、こちらをご覧ください。(画像は、ポーランドが発行したアウシュヴィッツ解放30周年の記念切手、右側は収容者による労務風景を取り上げた戦後作成の絵葉書です) 皆様のご参加をお待ちしております。

 
 ★★★ よみうりカルチャー荻窪の講座のご案内 ★★★

 10月から毎月1回(原則第1火曜日:10月6日、11月 3日、12月1日、1月5日、2月2日、3月1日)、よみうりカルチャー荻窪(読売・日本テレビ文化センター、TEL 03-3392-8891)で下記の一般向けの教養講座を担当します。(下の青い文字をクリックしていただくと、よみうりカルチャーのサイトに飛びます)

 ・イスラム世界を知る 時間は15:30-17:00です。

 初回開催は10月6日で、途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


 ★★★ 内藤陽介の最新刊  『日の本切手 美女かるた』  好評発売中! ★★★ 

        税込2160円

 4月8日付の『夕刊フジ』に書評が掲載されました!

 【出版元より】
 “日の本”の切手は美女揃い!
  ページをめくれば日本切手48人の美女たちがお目見え!
 <解説・戦後記念切手>全8巻の完成から5年。その著者・内藤陽介が、こんどは記念切手の枠にとらわれず、日本切手と“美女”の関係を縦横無尽に読み解くコラム集です。切手を“かるた”になぞらえ、いろは48文字のそれぞれで始まる48本を収録。様々なジャンルの美女切手を取り上げています。

 出版元のサイトはこちら、内容のサンプルはこちらでご覧になれます。ネット書店でのご購入は、アマゾンboox storee-honhontoYASASIA紀伊國屋書店セブンネットブックサービス丸善&ジュンク堂ヨドバシcom.楽天ブックスをご利用ください。


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 ネパールで大地震
2015-04-26 Sun 12:03
 ネパール中部で、きのう(25日)、マグニチュード7.8の強い地震が発生。首都カトマンドゥが壊滅的な打撃を受けたほか、エヴェレストでは雪崩が発生。この記事を書いている時点で、ネパール国内の死者は1805人に達したと報じられており、周辺のインド、中国、バングラデシュでも計約50人が亡くなったそうです。亡くなられた方のご冥福をお祈りするとともに、被災者の方には心よりお見舞い申し上げます。というわけで、きょうはこの1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

        ダラハラ塔

 これは、1994年にネパールで発行されたダラハラ塔の切手です。

 ダラハラ塔はカトマンドゥ随一の高さを誇る白亜の塔で、9階建て・高さは52m。1832年、当時の首相ビムセン・タパがネパール最初の西洋式宮殿の一部として建設したことから、ビムセン・タワーとも呼ばれています。1934年のビハール・ネパール地震で倒壊し、その後再建されましたが、今回の地震で再び倒壊しました。

 もともとは、9階にあったバルコニーを「国の重要な情報を知らせるとき」および「観兵式があるとき」に使用し、一般には非公開でしたが、2005年以降、展望施設として公開されるようになり、観光スポットとして人気を集めていました。それだけに、今回の地震でも、塔に上っていて犠牲になられた方もあるのではないかと思います。

 現在、ネパール政府はカトマンドゥなどに非常事態宣言を発し、被災者の捜索や救出活動を急いでいますが、これに対して、米国のケリー務長官は米国際開発局(USAID)が災害支援対策チームの派遣準備に入ったことを表明するとともに、緊急措置で100万ドルの資金拠出を決定。わが国も、ネパール政府の要請を受け、早ければきょう(26日)にも、70人規模の緊急援助隊をネパールに派遣する方向で調整が進められているそうです。

 2011年の東日本大震災の際には、ネパールは厳しい財政状況の中で、毛布5000枚を支援物資として届けてくれたと言い実績がありますので、今回の日本の援助隊派遣が、少しでもその恩義に報いるものとなればいいですね。まずは、一日も早く被災地の復旧・復興が進むことをお祈りしております。
        

 ★★★ 内藤陽介の最新刊  『日の本切手 美女かるた』 発売! ★★★ 

         日の本切手 美女かるた・表紙 税込2160円

 4月8日付の『夕刊フジ』書評が掲載されました!

 【出版元より】
 “日の本”の切手は美女揃い!
  ページをめくれば日本切手48人の美女たちがお目見え!
 <解説・戦後記念切手>全8巻の完成から5年。その著者・内藤陽介が、こんどは記念切手の枠にとらわれず、日本切手と“美女”の関係を縦横無尽に読み解くコラム集です。切手を“かるた”になぞらえ、いろは48文字のそれぞれで始まる48本を収録。様々なジャンルの美女切手を取り上げています。

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 世界の国々:ネパール
2015-04-15 Wed 09:47
 アシェット・コレクションズ・ジャパンの週刊『世界の切手コレクション』2015年4月15日号が、先週刊行されました。僕が担当しているメイン特集「世界の国々」のコーナーは、今回はネパールを取り上げています。その記事の中から、この1枚をご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

        ネパール・クマリ

 これは、クマリの少女を取り上げた1975年の切手です。

 クマリはネパールでは“生きる女神”とされる存在で、ネパールの守護神である女神タレジュやアルナプルナの生まれ変わりとして、ネワール族の仏教徒の家で満月に生まれた少女の中から選ばれます。ネパール国内の村々に住むローカル・クマリと、カトマンドゥのクマリの館に住む国王もひれ伏すロイヤル・クマリがありますが、今回ご紹介の切手に取り上げられたものを含め、一般にクマリというと、ロイヤル・クマリのことを指しています。

 人々に幸運をもたらす存在として信仰の対象となり、人々の病気の治療、願望を叶える祈願を行うほか、インドラ・ジャトラの祭りでは、山車に乗りカトマンドゥの町を巡り人々の繁栄と成功の力を与え、王制時代には国王がクマリの元を訪ね跪き祝福のティカを受けていました。

 切手に見られるような赤い化粧が施され、クマリの館の中で外界から隔離された生活を送っていますが、初潮を迎えると、霊力を失ったと見なされ、次のクマリと交代。その後は、毎月7500ネパール・ルピーの恩給を受けながら、普通の女性として生活することになります。

 さて、 『世界の切手コレクション』4月15日号の「世界の国々」では、2008年の王制廃止に至るまでのネパール近現代史について概観した長文コラムのほか、釈迦生誕の地ルンビニー世界最高峰のエヴェレスト日本人が初登頂したマナスル、釈迦生誕の地ルンビニー、最後の国王ギャネンドラの切手などもご紹介しております。機会がありましたら、ぜひ、書店などで実物を手に取ってご覧いただけると幸いです。

 なお、本日発売の4月22日号では、「世界の国々」はサンマリノを特集していますが、こちらについては、来週、このブログでもご紹介する予定です。


 ★★★ イベントのご案内 ★★★

 ・4月25日(土) 11:00-12:00 スタンプショウ
 於 東京都立産業貿易センター台東館(浅草) 特設会場
 出版記念のトークを行います。入場は完全に無料ですので、ぜひ、遊びに来てください。スタンプショウについての詳細はこちらをご覧ください。


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         日の本切手 美女かるた・表紙 税込2160円

 4月8日付の『夕刊フジ』書評が掲載されました!

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 ネパールで世界最大の人間国旗
2014-08-24 Sun 17:31
 ネパールの首都カトマンズで、きのう(23日)、3万5000人以上が同市中心部にある広場に集まり、国旗に使われている深紅と青、白のボール紙を手に10分間整列して世界最大の“人間国旗”作りに挑戦しました。これまで、多数の人が集まって国旗を描く人数の現在の世界記録は、今年2月にパキスタンのラホールで達成された2万8957人だそうです。というわけで、今日は、ネパール国旗の切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      ネパール・第1回総選挙

 これは、1959年2月18日、ネパールで発行された第1回総選挙の記念切手で、ネパール地図に当時の国旗が描かれています。ネパールの切手に同国の国旗が取り上げられたのは、この切手が初めてでした。

 ネパールの国旗は、1768年にネパール王国を統一した王室のシャハ家を示す三日月の入った三角旗と、宰相職を世襲で独占したラナ家を示す太陽の入った三角旗をふたつ組み合わせたもので、2つの三角形により、ヒマラヤの山並ならびに同国二大宗教のヒンドゥー教と仏教を意味を表現したものとなっています。もともと、この国旗の太陽と三日月部分には、今回ご紹介の切手に見られるように、それぞれ、顔が描かれていました。

 さて、今回ご紹介の切手の題材となっているネパール最初の総選挙は、1959年、ネパール最初の憲法が公布されたことを受けて実施されました。選挙で大勝したネパール会議派は、インドの支援を受けてビシュウェシュワール・プラサド・コイララ内閣を発足させ、封建的土地制度の改革に着手。さらに、シャハ家、ラナ家、さらに地方貴族のラジャに対する課税を行うなど、民主化改革を進めたため、マヘンドラ国王らと対立。1960年、国王はクーデターを起こして憲法を停止し、内閣・議会を解散してコイララ首相ら政党指導者を逮捕するとともに、1962年、政党の禁止などを定めた新憲法を公布します。その際、それまでの国旗中の太陽と三日月の中の顔を削除した国旗が精鋭され、それが現在のネパール国旗となりました。

 ちなみに、王制廃止を経た後の現在のネパール政府の公式の説明では、三日月と太陽に関して「この国が月や太陽と同じように持続し発展するようにという願いが込められている」と説明しており、国旗のデザインと旧王制は無関係という姿勢を取っています。

     
 ★★★ 講演会のご案内 ★★★ 

 ~韓国文化院 講演会シリーズ2014 『韓日交流史』~
 第9回は内藤陽介「韓国の切手でひも解く韓国近現代史」 です!

 ◇日時:2014年9月5日(金) 開場 18:30 開演 19:00
 ◇会場:韓国文化院 ハンマダンホール
 ◇募集人員:300名様(お申し込みはお一人様2名まで)
 ◇入場無料(事前のお申込みが必要です)
 ◇主催・お問い合わせ先:駐日韓国大使館韓国文化院 03-3357-5970

 ■ 韓国文化院のホームページ・トップの 「イベント応募コーナー」欄(こちらをクリックしてください)からお申し込みいただけます。たくさんの皆様のお申し込みを心よりお待ち申しております。


 ★★★ 内藤陽介の最新刊  『朝鮮戦争』好評発売中! ★★★ 

 お待たせしました。約1年ぶりの新作です!

        朝鮮戦争表紙(実物からスキャン) 本体2000円+税

 【出版元より】
 「韓国/北朝鮮」の出発点を正しく知る!
 日本からの解放と、それに連なる朝鮮戦争の苦難の道のりを知らずして、隣国との関係改善はあり得ない。ハングルに訳された韓国現代史の著作もある著者が、日本の敗戦と朝鮮戦争の勃発から休戦までの経緯をポスタルメディア(郵便資料)という独自の切り口から詳細に解説。解放後も日本統治時代の切手や葉書が使われた郵便事情の実態、軍事郵便、北朝鮮のトホホ切手、記念切手発行の裏事情などがむしろ雄弁に歴史を物語る。退屈な通史より面白く、わかりやすい内容でありながら、朝鮮戦争の基本図書ともなりうる充実の内容。

 本書のご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、アマゾン他、各電子書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。

 *8月24日付『讀賣新聞』読書欄、韓国メディア『週刊京郷』8月26日号で拙著『朝鮮戦争』が紹介されました!


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 ハイチ住民、国連を提訴
2013-10-11 Fri 13:43
  ハイチに展開した国連平和維持活動(PKO)のネパール軍部隊が深刻なコレラ流行を引き起こしたとして、感染による死者の遺族らが、きのう(9日)、国連に対して、コレラ根絶の費用と患者への補償として22億ドル(約2150億円)をハイチ政府と被害者に支払うよう求め、ニューヨークの米連邦地裁に集団提訴しました。という訳で、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

       ネパール・PKO部隊

 これは、1998年にネパールが発行した“ネパール軍のPKO参加40周年”の記念切手です。

 ネパールが国連に加盟したのは1955年のことで、PKOのルーツといわれるスエズ動乱への第一次国際連合緊急軍(UNEF I)派遣は翌1956年のことです。さすがにこの時はネパール軍は派遣されていませんが、早くも1958年のレバノンでの停戦監視にはネパール軍も派遣されています。以後、ネパール軍は現在までに37のPKO活動に累計9万7182人の要員を派遣し、現在までに59人の犠牲を出しました。

 今回、問題になったハイチのPKOは、2004年に創設されたMINUSTAH(国連ハイチ安定化ミッション)と呼ばれるもので、もともとは、ジャン・ベルトラン・アリスティド大統領と反政府勢力が激しく対立していたハイチで、2004年2月、かつてハイチ警察の幹部であったギ・フィリップが反政府武装勢力を率いて蜂起し、ハイチ国内が事実上の無政府状態に陥ったことを受けて創設されたもので、ハイチの治安回復と警察機構の再建支援、選挙などを含む民主的政治プロセスの回復支援、難民帰還をはじめとした人権擁護活動などが主な活動でした。
 
 MINUSTAHの尽力により、2006年には大統領選挙が行なわれ、ルネ・ガルシア・プレヴァルが当選しています。その後、プレヴァル政権下で治安情勢は徐々に安定しつつありましたが、2008年4月には国際的な食糧の高騰の影響で物価が暴騰したことをめぐり、大規模なデモが発生。またもや情勢が不安定しつつある中で、2010年1月に大地震が発生したことで、緊急の復旧・復興とハイチの安定化を支援するため、MINUSTAHの要員が増員されています。

 この時増員された3500人のうちのネパール軍部隊の宿営地が、コレラの発生源とみられており、米疾病対策センターも、ハイチのコレラはネパールから来たPKO部隊が持ち込んだ可能性が高いとの報告を発表していました。

 今回の訴訟に関して、原告側の弁護士は「ハイチは過去100年間、コレラと無縁だったが、国連の部隊が来て以来、世界で最悪のコレラ感染国になってしまった」と主張しています。果たして、過去100年間、本当にハイチでコレラが発生したことがないかどうかは疑問ですが、2010年10月以降のコレラの流行により、ハイチでは65万人以上が感染し、8300人以上が死亡したことは紛れもない事実ですので、“世界で最悪のコレラ感染国”の一つであるのは間違いなさそうです。

 なお、ハイチ大地震をめぐる関係各国の思惑については、拙著『事情のある国の切手ほど面白い』でも1章を設けてご説明しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。
 

 ★★★ トーク・イベントのご案内 ★★★

 10月17日19:00より、東京・新宿の紀伊國屋書店新宿南店ふらっとすぽっとにて、おくればせながら、拙著『蘭印戦跡紀行』の刊行記念トークをやります。

 入場無料でプレゼントもご用意しております。今年の11月は世界切手展<Brasiliana 2013>へ参加のため、ブラジルに行っており、恒例の<JAPEX>でのトークはできませんので、この機会に、ぜひ遊びに来てください。

 なお、出版元の告知ページもあわせてご覧いただけると幸いです。


 ★★★ 内藤陽介の最新作 『蘭印戦跡紀行』 好評発売中! ★★★

 『蘭印戦跡紀行』広告

 日本の兵隊さん、本当にいい仕事をしてくれたよ。
 彼女はしわくちゃの手で、給水塔の脚をペチャペチャ叩きながら、そんな風に説明してくれた。(本文より)

 南方占領時代の郵便資料から、蘭印の戦跡が残る都市をめぐる異色の紀行。
 日本との深いつながりを紹介しながら、意外な「日本」を見つける旅。

 * 出版元特設ページはこちらをご覧ください。

 ★★★ 予算1日2000円のソウル歴史散歩 ★★★   

 毎月1回、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で予算1日2000円のソウル歴史散歩と題する一般向けの教養講座を担当しています。次回開催は11月5日(原則第1火曜日)で、以後、12月3日、1月7日、2月4日、3月4日に開催の予定です。時間は各回とも13:00~14:30です。講座は途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


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 ネパールでオーバーラン
2013-05-16 Thu 16:18
 きょう(16日)正午ごろ(現地時間午前8時半ごろ)、ヒマラヤ観光の玄関口として知られるネパール北部のジョムソン空港で、乗客乗員18人を乗せたネパール航空のチャーター機がオーバーランし、近くの川に突っ込む事故がありました。チャーター機には日本人8人が乗っており、日本時間16時の時点の情報では、このうち日本人2人を含む7人が軽傷で、ネパール人の機長1人が重傷だそうです。というわけで、きょうはネパール航空に絡んで、こんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

       ネパール航空切手FDC(1958)

 これは、1958年10月16日に発行されたネパール最初の航空切手の初日カバーです。

 ネパール国内の航空路線は、当初、ニューデリーに本社を置くインディアン航空(2011年、エア・インディアが吸収合併)によって運航されていましたが、1958年7月、国営航空会社としてロイヤル・ネパール航空が創業され、同社の路線を継承しました。今回ご紹介の切手は、ロイヤル・ネパール航空による国内向け航空便の取り扱い開始に合わせて発行されたもので、手紙を咥えながら首都カトマンドゥ上空を飛ぶ鳩が描かれています。ちなみに、ロイヤル・ネパール航空による国際線の運航が始まったのは1960年のことです。また、2008年の王制廃止に伴い、同社の社名からは“ロイヤル”が削除され、現在の社名はネパール航空になっています。

 さて、ネパール航空のハブ空港は、首都カトマンドゥから6キロの地点にあるトリブヴァン国際空港ですが、同空港は周囲を高い山に囲まれていることに加え、かつては、レーダー施設がなく、無線連絡と目視に余って着陸を行っていたため、事故の多いことでも知られていました。このため、日本のODAの一環としてレーダー施設が設置され、管制官の訓練や老朽化施設の修復なども行われています。

 今回事故を起こしたジョムソン空港は、川の中州の強風地域にあり、飛行機の離着陸は比較的風の穏やかな早朝のみに限定されているという難空港ですので、これまでにも似たような事故がしばしば起きていたのではないかと思われます。今後、日本人観光客が増えてくれば、いずれは日本のODAで、防風対策を施した改修工事が行われるなり、近隣のより安全な場所に新空港を建設するという可能性もあるのかもしれません。
  

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       マリ近現代史
         『マリ近現代史』

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 毎月1回、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で予算1日2000円のソウル歴史散歩と題する一般向けの教養講座を担当しています。開催日は6月4日、7月2日、7月30日、9月3日(原則第一火曜日)で、時間は各回とも13:00~14:30です。講座は途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


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 ネパール制憲議会、時間切れ
2012-05-28 Mon 14:17
 2008年の王制廃止後の新憲法を議論してきたネパール制憲議会は、任期満了の27日までに党派間で草案の合意に至らず、憲法を制定できないまま自動的に解散となりました。これを受けて、バタライ首相は新たな議会選挙を11月22日に実施すると発表しましたが、混乱は必至の情勢です。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

        ネパール連邦民主共和国

 これは、2009年10月に発行された“ネパール連邦民主共和国”の切手です。

 1996年、ネパール共産党毛沢東主義派(マオイスト)が王制打倒を唱えて“人民戦争”を開始して以来、内戦状態に陥っていたネパールでは、2006年、ギャネンドラ国王による事実上の絶対君主の廃止をもとめる民主化運動が発生。国王は直接統治を断念し、暫定的に象徴君主制へ移行します。これに伴い、国王は国家元首としての地位を失い、国号は“ネパール王国”から“ネパール国”に変更され、内戦も終結しました。

 内戦終結を受けて、2008年4月に実施された制憲議会選挙では、マオイストが第1党を占めたほか、王制廃止派の諸政党が議会の圧倒的多数を占め、王制の廃止を連邦民主共和制への移行が正式に宣言されました。ちなみに、ネパール外務省が、各国外交団に国家の正式名称(英文)を“Federal Democratic Republic of Nepal”とするよう要請したのは同年7月24日のことで、これに伴い、同月28日には日本語での正式国号も“ネパール連邦民主共和国”に」変更されています。

 今回ご紹介の切手は、こうした状況を踏まえて、ネパールの地図と国旗、国章とともに、新たな国号を周知宣伝するために発行されたものです。このうち、地図と国旗は王制時代と変わりありませんが、国章は2006年の民主化を受けて変更されたものです。なお、ネパール国家の正式名称は、上述の通り、英文だと“Federal Democratic Republic of Nepal”なのですが、切手の国名表示としては長すぎるため、王制時代同様、単に“Nepal”とされています。

 さて、昨日いっぱいで時間切れとなった制憲議会ですが、州割を含む連邦制のあり方をめぐり、特に、州名を民族に基づくものにするべきだと主張するマオイストと他党の溝が埋まらなかったことが、新憲法の草案がまとまらなかった理由だそうです。国家建設の指針となる新憲法の制定に失敗したことで、制憲議会や主要政党、バタライ政権に対する国民の失望は大きく、首都カトマンドゥでは、少数民族の集会参加者らと治安部隊が衝突、多数が負傷する事件も発生したと伝えられています。

 そういえば、ヒマラヤ8000メートル峰全14座の完全登頂を達成したばかりの竹内洋岳さんが最後に登頂したダウラギリは、ネパール領内にありましたな。竹内さんの帰国は6月中旬の予定だそうですが、ネパール社会の混乱で、ヒマラヤの高峰から下山するよりも、ネパールから出国することの方が困難だというような事態になっては洒落になりません。ちょっと気がかりですな。

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 花まつり
2009-04-08 Wed 14:35
 きょう(8日)は、お釈迦さまの誕生を祝う“花まつり”の日です。というわけで、この1枚をもってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 ネパール・誕生仏

 これは、昨年(2008年)、ネパールが発行した切手で、デオパタン出土のレリーフが取り上げられています。

 後に仏教の開祖となるゴータマ・シッダールタ(以下、釈迦)は、インド亜大陸北部、現在のインド=ネパール国境地帯を支配していたシャーキャ族の王子として生まれました。母親のマーヤー(麻耶夫人)は白い象が体内に入る夢を見て懐妊し、ルンビニー(現在はネパール領)の庭園で沙羅双樹の枝に触れた時に産気づいて、右わきの下から釈迦を生みました。生まれたばかりの釈迦がいきなり7歩歩いて「天上天下唯我独尊」と宣言したというエピソードは広く知られています。なお、古代インドのバラモン教では、バラモン(僧)は神の頭から、クシャトリア(貴族)は神の腋から、ヴァイシャ(商工業に携わる平民)は神の股から、シュードラ(奴隷)は神の足首から生まれると考えられており、釈迦の生誕伝説もこれにちなんだものなのでしょう。

 切手に取り上げられているレリーフは8世紀頃のものと考えられており、釈迦が脇の下から生まれてきたことを示すかのように、摩耶夫人は沙羅双樹の枝につかまり、脇を開けた姿勢を取っています。また、釈迦の頭上には、彼の誕生を祝う二天が釈迦に浄水を灌いでいるようすも彫られています。 

 さて、4月下旬に刊行予定の拙著『切手が伝える仏像:意匠と歴史』では、今回ご紹介のネパールの切手をはじめ、釈迦の生涯のさまざまな場面をあらわした切手を多数、ご紹介しております。奥付上の刊行日は4月28日ですが、21日前後には実物ができあがってくる予定ですので、いましばらく、お待ちください。


 ☆★☆TV出演の予定☆★☆

 4月10日、「スーパーJチャンネル」(TV朝日系列)の両陛下大婚50年(金婚式)記念特集に、僕も『皇室切手』の著者として登場します。特集は17:36頃からの放送予定です。機会がありましたら、ぜひ、ご覧ください。なお、放送番組の常として、急遽、内容が変更となる可能性もありますが、その場合はあしからずご容赦ください。
 

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 1月15日付『夕刊フジ』の「ぴいぷる」欄に『年賀切手』の著者インタビュー(右上の画像:山内和彦さん撮影)が掲載されました。記事はこちらでお読みいただけます。

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 ネパールとエベレスト
2008-05-29 Thu 12:39
 昨日(28日)、ネパールの制憲議会が招集され、新しい政体として連邦共和制の導入を宣言し、約240年続いた王制は終了しました。また、今日(29日)は1953年5月29日にニュージーランドのエドモンド・ヒラリーとネパール人シェルパのテンジン・ノルゲイ がエベレストの東南稜で世界初登頂に成功したことにちなみ、“エベレストの日(エベレスト登頂記念日)”なんだそうです。というわけで、この1枚を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 ネパール・エベレスト

 これは、昨年(2007年)、ネパールが発行したエベレストの切手です。

 現在、一般にエベレストと呼ばれているこの山は、かつてはサンスクリット語でデヴギリ(神聖な山)またはデヴァデュルガと呼ばれていました。

 この山が、ベンガル出身のインド人数学者・測量技師、ラダナート・シクダールによって世界最高峰であることが確認されたのは1852年のことで、その後、1865年になって英国インド測量局のアンドリュー・ウォーが、局長のジョージ・エベレストにちなんで、この山を“エベレスト”と命名。局長本人は、現地名を重視すべきとの考えで、自分の名がつけられるのを嫌っていましたが、本人の死後にこの名前が定着してしまいます。

 一方、現地ネパールでは、この山はサンスクリットで“世界の頂上”を意味するサガルマーターと呼ばれていますが、これは、1960年代になってから、ネパールの歴史学者、バブラム・アチャリャが命名したものです。それ以前は、ネパールの人口が集中している首都のカトマンドゥとその周辺の人々は、そもそもこの山のことを知らなかったそうで、この山は忘れられた存在だったといわれています。

 なお、日本ではこの山をチョモランマと呼ぶことも多いようですが、これは“大地の母”を意味するチベット語で、シェルパ族の間では用いられているものの、ネパール国家としてはこの名称を正式なものとは認めていません。

 ところで、日本ではこの山のことを“中国名・チョモランマ”として紹介することも多いのですが、既に述べたように、チョモランマというのはチベット語であって中国語(北京語)ではありません。チベット語の名称を、わざわざ“中国名”として紹介するというのは、チベットは中国の不可分の領土であるという中国側の主張を追認することと表裏一体なわけですが、その点について自覚している日本人がどれほどいるのか、いささか怪しいところです。

 さて、昨日、王制を廃止したネパールの議会では、現在、ネパール共産党毛沢東主義派(マオ派)が第一党となっています。宿願の王制打倒を果たしたマオ派ですが、毛沢東主義の看板を掲げているものの、中国共産党とのつながりはほとんど無く、また思想的には毛沢東思想よりもむしろ南米の共産主義勢力に近いとされています。このため、既存の王室と外交関係のあった中国は、反体制派としてのマオ派のことを「毛沢東とは無関係」、「毛沢東の名を汚す利敵行為」として王室を支援していました。

 とはいえ、現実にマオ派がネパールの実験を握ってしまった以上、中国としても、かつてのようにマオ派を敵視すれば事足れりというわけにはいかなくなっているのが現状です。まぁ、「お前らは毛沢東主義者なんだから、チベット同様、“偉大なる祖国”である中華人民共和国に復帰すべきだ」というロジックを掲げて人民解放軍がカトマンドゥに武装進駐するということは…ないと思いたいですけどね。

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