内藤陽介 Yosuke NAITO
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World Wide Weblog
 シリアの独立記念日(撤退記念日)
2017-04-17 Mon 10:33
 きょう(17日)は、1946年にシリアからフランス軍が撤退し、シリア共和国の完全独立が達成されたことにちなみ、シリアの独立記念日(撤退記念日)です。というわけで、この切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      シリア・撤退記念日(1999)

 これは、1999年にシリアで発行された独立記念日(撤退記念日)の記念切手です。

 現在のシリア共和国に相当する地域は、第一次大戦後、フランスの委任統治下に置かれていましたが、1936年9月、「批准後3年間の暫定期間をおいてから、委任統治を終了させる」としたフランス・シリア条約が結ばれます。ただし、同条約では、3年後のシリア独立を定める一方で、「シリアは戦時の際にはフランスに協力し、空軍基地を提供するほか、シリア内にフランスが軍事拠点を維持する権利を認める」との項目も設けられていました。

 このため、1936年末にシリア議会はフランス・シリア条約を承認し、1937年1月から条約の定める“暫定期間”に入ったとしましたが、フランス議会は同条約を承認せず、独立問題は宙に浮いた状態になってしまいます。さらに、第二次大戦勃発直前の1939年5月、フランスはフランス・シリア条約の破棄を一方的に宣言。同年9月、第二次大戦が勃発すると、シリアの独立は棚上げにされてしまいました。

 1940年6月のフランス降伏当初、シリアはヴィシー政府の支配下に置かれましたが、1941年6月、英国に支援されたドゴール派の自由フランス軍がシリア・レバノンに進攻し、シリア・レバノンは自由フランスの支配地域となりました。

 自由フランスは、1941年9月27日にシリアの、同年11月26日にレバノンの、それぞれ“独立”を布告。このうち、レバノンに関しては、1943年にフランス軍が撤退して完全独立が達せられたものの、シリアに関しては英仏軍が駐留を継続し、完全独立は先延ばしにされました。

 このため、1944年1月 シリア議会は「フランスの委任統治を承認しない」と宣言。米英の支持を得て“シリア共和国”として枢軸側に宣戦布告するとともに、国際連盟創設のためのサンフランシスコ会議にも代表を派遣し、“戦勝国”としての立場を確保しようとします。

 さらに、1945年5月8日、ドイツが降伏すると、シリアでもフランス軍の撤退を求めて独立運動が本格化。これに対して、シリアの“独立”は、あくまでもフランス委任統治下での“自治”と強弁していたフランスは、5月29日、ダマスカスを空爆し、独立派の指導者を逮捕し、独立運動を力ずくで抑え込もうとしました。

 このため、サンフランシスコ会議に出席中だったシリア自治政府代表は、シリアの独立を連合諸国の首脳に訴えます。これを受けて、英国がシリア独立を支持し、他の参加国もこれに同調したため、最終的に、フランスは独立運動の鎮圧を断念。1946年2月、国連がフランス軍の撤退を決議し、4月17日、フランス軍はシリアから完全に撤退。シリア共和国の完全独立が達せられました。

 さて、現在、インターネット放送・チャンネルくららでは、原則として毎週木曜日、内藤がレギュラー出演する番組「楽しく学ぼう シリア現代史」を配信しております。番組は無料でご覧いただけますので、ぜひ、1人でも多くの皆様にご覧いただけると幸いです。


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 シリア独立70年
2016-04-17 Sun 15:51
 1946年4月17日にフランス軍がシリアから完全撤退し、シリア共和国の独立が達せられてから、きょうで70周年です。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      シリア・独立記念日(1960)

 これは、UAE(シリア)時代の1960年に発行された撤退記念日(独立記念日)の記念切手で、1945年5月29日のフランスによるダマスカス攻撃の場面と、「我々は完全独立を要求する」の文言がデザインされています。なお、シリアの撤退記念日は4月17日ですが、この切手が実際に発行されたのは5月12日でした。

 現在のシリア国家に相当する地域は、第一次大戦後、フランスの委任統治下に置かれていましたが、1936年、フランス・シリア友好条約が結ばれ、3年後の完全独立が決められました。

 しかし、1939年9月に第二次大戦が勃発したことで独立は延期され、1940年6月のフランス降伏後、シリアはヴィシー政府の支配下に置かれます。これに対して、1941年6月、英国に支援された自由フランス軍がシリア・レバノンに進攻し、シリア・レバノンは自由フランスの支配地域となりました。

 自由フランスは、1941年9月27日にシリアの、同年11月26日にレバノンの、それぞれ“独立”を布告。このうち、レバノンに関しては、1943年にフランス軍が撤退して完全独立が達せられたものの、シリアに関しては英仏軍が駐留を継続し、完全独立は先延ばしにされました。

 このため、1945年5月8日にドイツが降伏して欧州大戦が終結すると、シリアでもフランス軍の撤退を求めて独立運動が本格化。これに対して、シリアの“独立”は、あくまでもフランス委任統治下での“自治”であると強弁していたフランスは、1945年5月29日、ダマスカスを空爆する(今回ご紹介の切手に描かれているのはこの場面です)とともに独立派の指導者を逮捕しました。

 時あたかも、シリア自治政府首相のファリス・フーリーは国連創設を決めるサンフランシスコ会議に出席しており、シリアの独立を連合諸国の首脳に訴えます。これに対して、英国がシリア独立を支持し、他の参加国もこれに同調したため、最終的に、フランスは武力による独立運動の鎮圧を断念。1946年4月17日、フランス軍がはシリアから完全に撤退し、シリア共和国は独立を達成しました。

 ところで、今回ご紹介の切手では「我々は完全独立を要求する」の文言の英文で、“N”の代わりに“И (N の鏡文字) ”が使われています。欧米などでは、デザイン上の理由から、ラテン文字を字形の似たキリル文字と置き換える“偽キリル文字”の手法がときどき用いられますが、これもその一例です。

 ただし、この切手が発行された当時は東西冷戦の真只中で、米国のイスラエル支援に対抗して、ソ連はイスラエルと敵対するエジプトやシリアを支援していましたから、シリアの切手に偽キリル文字が用いられたのも、支援国としてのソ連に対する敬意の表れと見ることも可能かもしれません。


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 昔日のパルミラ
2015-10-06 Tue 12:24
 シリア文化省は、きのう(5日)、シリア中部にある世界遺産のパルミラ遺跡で、イスラム国こと過激派組織のダーイシュが古代ローマ時代の2世紀から3世紀にかけて建てられた凱旋門を爆破したと発表しました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      シリア・パルミラ(国際観光の日)

 これは、1984年の“国際観光の日”にシリアが発行した切手で、パルミラ遺跡の凱旋門を背景にした男女の観光客が描かれています。

 パルミラは、シリアの首都ダマスカスの北東約215kmのシリア砂漠の中にあり、紀元前1世紀から紀元後3世紀まで、シルクロードの中継都市として繁栄しました。西暦2世紀、ローマがペトラを吸収すると、パルミラはその通商権を引き継ぎ絶頂期を迎え、市内には数多くのローマ建築が建てられました。一時は、その支配はエジプトの一部にも及んでいましたが、ローマ皇帝ルキウス・ドミティウス・アウレリアヌスの攻撃を受けて273年に陥落。以後は放置されて旧市街地は廃墟となりました。その文化的な価値が再認識されるようになったのは、1751年にこの地を訪れた英国の探検隊が1753年に報告書を出版してからのことで、1980年にはユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されています。

 今回、ダーイシュが破壊した凱旋門は遺跡の柱廊の入口に位置しており、アーチ型の建造物には東洋と西洋の特徴を兼ね備えた装飾がほどこされるなど、パルミラを象徴するものとされています。

 さて、かつて、アフガニスタンでターリバーンがバーミヤンの大仏を破壊した時も世界各国は文化遺産の破壊を厳しく非難しましたが、それでも、バーミヤン大仏の場合は、偶像崇拝を禁じたイスラムの教えに忠実であったという弁明が成り立つかも入れません。しかし、今回の凱旋門は、誰がどう見ても、それ自体はいわゆる偶像ではありませんから、ダーイシュの行動は、ただ単に、自分たちの存在を誇示するだけの暴挙にすぎず、全く、同情の余地はありません。

 ちなみに、ダーイシュの連中に言わせれば、女性が髪を露出させて男性と一緒に歩くことなどとんでもないということになるでしょうから、連中を駆逐して遺跡の再現作業を進め、最終的にこの切手の描かれたような風景が復活するのはいつのことになるやら…考えただけでも気が遠くなりそうです。


 ★★★ トークイベント「切手に見る美女たち」のご案内 ★★★ 

 10月8日(木) 18:30-20:30 東京・飯田橋の東京ボランティアセンター(JR飯田橋駅横・ラムラ・セントラルプラザ10階)で、日本ガルテン協会主催のリレー講座に内藤が登場。『日の本切手 美女かるた』の著者として「切手に見る美女たち」と題するトークを行います。

 参加費は、ガルテン協会会員の方2000円(一般3000円)で、お茶とお菓子がつきます。詳細はこちらをご覧いただくか、NPO日本ガルテン協会(講座担当宛・電話 03‐3377-1477)までお問い合わせください。皆様のご参加をお待ちしております。  

 ★★★ 講座「アウシュヴィッツの手紙」(10月16日)のご案内 ★★★ 

     ポーランド・アウシュヴィッツ解放30年   アウシュヴィッツの労務風景

 10月16日(金) 19:00~20:30、愛知県名古屋市の栄中日文化センターで、「アウシュヴィッツの手紙」と題する講座を行います。

 第二次大戦中、ポーランド南部のアウシュヴィッツ(ポーランド語名・オシフィエンチム)は、ナチス・ドイツの強制収容所が置かれ、ユダヤ人を中心に150万人以上が犠牲となった悲劇の地として知られています。今回の講座では、収容者の手紙を中心に、第二次大戦以前の状況を物語る郵便物・絵葉書、アウシュヴィッツを題材とした戦後の切手などもご紹介しつつ、さまざまな角度からアウシュヴィッツを考えてみたいと思います。

 申込方法など詳細は、こちらをご覧ください。(画像は、ポーランドが発行したアウシュヴィッツ解放30周年の記念切手、右側は収容者による労務風景を取り上げた戦後作成の絵葉書です) 皆様のご参加をお待ちしております。


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 <解説・戦後記念切手>全8巻の完成から5年。その著者・内藤陽介が、こんどは記念切手の枠にとらわれず、日本切手と“美女”の関係を縦横無尽に読み解くコラム集です。切手を“かるた”になぞらえ、いろは48文字のそれぞれで始まる48本を収録。様々なジャンルの美女切手を取り上げています。

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 パルミラ美人を守れ!
2015-05-21 Thu 17:58
 “イスラム国”を称する過激派組織ダーイシュが、きょう(21日)までに、シリア中部のパルミラを制圧し、遺跡がある地区に入ったことが明らかになりました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

       シリア・パルミラ美人

 これは、1962年にシリアで発行された航空切手で、、“パルミラ美人(英語ではthe Beauty of Palmyra)”の名で世界的に知られる女性像が取り上げられています。

 パルミラは、シリアの首都ダマスカスの北東約215kmのシリア砂漠の中にあり、紀元前1世紀から紀元後3世紀まで、シルクロードの中継都市として繁栄しました。西暦2世紀、ローマがペトラを吸収すると、パルミラはその通商権を引き継ぎ絶頂期を迎え、市内には数多くのローマ建築が建てられました。一時は、その支配はエジプトの一部にも及んでいましたが、ローマ皇帝ルキウス・ドミティウス・アウレリアヌスの攻撃を受けて273年に陥落。以後は放置されて旧市街地は廃墟となりました。その文化的な価値が再認識されるようになったのは、1751年にこの地を訪れた英国の探検隊が1753年に報告書を出版してからのことで、1980年にはユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されました。

 切手に取り上げられたパルミラ美人は石灰岩の胸像で、西暦190-210年頃の制作と考えられています。モデルは不明ですが、インド彫刻の強い影響がうかがえる作風で、もともとは目にはガラスがはめ込まれており、装飾には宝石が使われていたと考えられています。なお、実際の像には鼻や左腕に欠損がありますが、切手の図案ではその部分が補われています。(下の画像は、正面から撮影された実際の像の写真です)

       パルミラ美人(実物)

 さて、報道によると、現時点では、ダーイシュによる遺跡の破壊は行われていないとのことですが、彼らはこれまでにも、イラクの占領地でニムルド遺跡やハトラ遺跡などを破壊し、自らその映像を公開した前科がありますからねぇ。パルミラ美人についても安心はできません。

 余談ですが、学生時代の一時期、それなりに一生懸命にアラビア語をやっていたことがあるのですが、「なんでそんなモノをやるのか」とちょくちょく聞かれて往生したことがあります。そういうときには、「大学に入ったとき、第2外国語でドイツ語かフランス語を選ぶのなら、美人が多そうなフランス語の方がいいと思った。でも、その後、シリアにはもっと美人が沢山いるのだと聞いて、シリア人は何語を話すのか調べたらアラビア語だったので、アラビア語を勉強することにした」と応えることにしていました。そういう経験があるだけに、今回のようなニュースを聞くと、切手でもなじみの深い“パルミラ美人”のことがなんとも気がかりで、なんとか無事でいてほしいと願うばかりです。

 
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 岩のドームの郵便学(20)
2014-08-11 Mon 06:34
 ご報告が遅くなりましたが、『本のメルマガ』544号が先月25日に配信となりました。僕の連載「岩のドームの郵便学」では、今回から、1977-78年にエジプト以外の各国で発行された岩のドームの切手をご紹介していこうかと考えています。その第1回目として、今回はこの切手をご紹介しました。(画像はクリックで拡大されます)

      シリア・岩のドーム

 これは、1977年にシリアで発行された“パレスチナにおける自由の戦士と殉難者の遺家族の福祉のために”の切手で、ムスリムの聖地としてのエルサレムの象徴として、岩のドームが大きく取り上げられています。

 第4次中東戦争後、イスラエルとの交渉によって“占領地”の奪還を進めつつあったエジプトに対して、アラブ諸国は次第に不信感を抱くようになっていましたが、もう一方のアラブ側の主役であったシリアのパレスチナに対する対応も微妙なものがありました。

 その背景にあったのが、レバノン内戦です。

 イスラエルの北隣に位置するレバノンは、第一次大戦後、オスマン帝国が解体される過程において人工的に作られた国です。

 すなわち、19世紀から、フランスはオスマン帝国内のカトリック勢力を支援することでこの地域に進出。第一次大戦後、サイクス・ピコ協定によって獲得した地域(歴史的シリア)を委任統治領とし、現在のシリアとレバノンに分割しました。これは、フランスの拠点として、カトリック傘下のマロン派キリスト教徒が人口の過半数を占める国を創出することを目的としたていたためです。

 1943年の独立後、レバノンでは「国民憲章」に基づき、大統領をマロン派から、首相をスンナ派ムスリムから、それぞれ選出したうえで、その他の“宗派(キリスト教系では、ギリシア正教会、ギリシア・カトリック、アルメニア正教会、アルメニア・カトリック、プロテスタントなど、イスラム系では、シーア派の一二イマーム派、イスマーイール派、ドルーズ派など)”に対しても公職その他の利権が人口に応じて分配されるという独自の宗派制度が採用されました。この結果、レバノンの“宗派”には、単なる宗教集団以上に、一種の利権集団化した側面が付与されることになり、政治的な有力者達は、多宗派の共存を前提に、他宗派の有力者との合従連衡を通じて宗派横断的な派閥を形成するようになります。

 1948年にイスラエルが建国を宣言して第一次中東戦争が勃発すると、内陸アラブ諸国への中継貿易港であったパレスチナのハイファがその地位を失い、ベイルートが東地中海地域における物流の最大の拠点となります。また、パレスチナ資本や英語を理解する熟練労働者が流入することで、フランス語を話すレバノン人と英語を話すパレスチナ人から成る労働市場が形成され、ベイルートは外国企業の進出にとって魅力的な地域になりました。さらに、1956年の第2次中東戦争(スエズ戦争)以降、それまでイスラエルとエジプトに集中していたヨーロッパの投資もレバノンへと大量に流入します。

 くわえて、レバノン政府がレッセ・フェール経済政策を採ったことともあいまって、レバノンは経済的発展の道を歩むことになり、レバノンは“中東における近代化の優等生”として“中東のスイス(銀行秘密法による金融の発展とレバノン山脈の景観からこう呼ばれた)”とも呼ばれるようになりました。特に、首都ベイルートについては、貿易とマスメディア、観光や各種産業の発達ゆえに“中東のパリ”とも呼ばれる繁栄を謳歌します。端的にいえば、レバノンの繁栄は中東地域の紛争の余徳によるものであったともいえましょう。

 しかし、宗派制度に基づく国家のシステムは、結果として地域間・宗派間の不平等を温存することになり(地域ごとの電圧が大きく異なっているのはその典型的な例です)、急激な経済発展と共に、所得の再分配や貧困層への救済措置が取られないまま、貧富の差はますます拡大していきました。キリスト教系諸派よりも出生率が高く、人口比率が急激に拡大したシーア派系住民の居住地区が開発から取り残されたまま放置されていたのも、こうした宗派制度の弊害の一つでした。

 ところが、こうした状況は、1970年9月の“ブラック・セプテンバー事件”の後、PLOの軍事部隊がレバノン南部に移駐したことで大きな変容を迫られることになります。

 すなわち、パレスチナ問題の根本的な解決のためには中東全体の構造改革が不可欠であると考えていたPLOは、各国の改革派と提携して自分達に共鳴する政府を樹立しようとしてヨルダンでの共和革命を志向しましたが、これに対して、ヨルダン政府は自国の体制維持のために弾圧を持ってこれに臨みました。このため、PLOは、部族勢力が強固なヨルダンではなく、民族主義者や左派勢力も成長しつつあったレバノンに着目。レバノン内の改革派との連携を模索し、レバノンを“(民族解放闘争の最前線という意味で)中東の北ベトナム”化しようとしたわけです。

 しかし、こうしたPLOと体制改革派の連携は、必然的に既存の体制派からは危機感を持って受け止められ、1970年代前半には、PLOの武力に対抗するための民兵組織が結成されていくことになります。

 こうして緊張が高まる中、1974年4月から5月にかけて、レバノンのパレスチナ人武装勢力によるユダヤ系市民に対する殺傷事件があいついで発生。このため、PLOを匿うことにより、欧米の不信感を招くことを恐れたレバノンのキリスト教右派勢力はパレスチナ人への反発を強め、1975年4月、アイン・ルンマーナでマロン派キリスト教民兵によるバス襲撃事件が発生。これを機にレバノン全土は本格的な内戦へと突入しました。

 当初、内戦はムスリム有利に展開され、PLOは実質的にレバノン全土を制圧する勢いでした。また、内戦のムスリム側の指導者カマール・ジュンブラートは、ドゥルーズ派にしてソ連の支持者で、PLOと連携してレバノンの宗派体制(=マロン派偏重の体制)を打破してアラブ民族主義政権を樹立しようと考えていました。

 しかし、レバノンがPLOならびに急進改革派の支配下に置かれることで従来の宗派体制が崩壊すれば、レバノンの新政権とイスラエルの全面戦争が勃発しかねません。

 すでに、1974年5月31日、第4次中東戦争に関してイスラエルと停戦協定を調印し、両国の兵力分離と国連監視下の緩衝地帯設置、そして、それに伴うクネイトラの返還という果実を勝ち取っていたシリアにとって、イスラエルとの新たな戦争によって、それらが一挙に白紙に戻ってしまうというのは悪夢でしかありません。

 こうしたこともあって、シリアは、米国の仲介により、イスラエルとの間に“レッド・ライン協定”と呼ばれる密約を交わしたうえで、1976年6月、シリアは、レバノン大統領スレイマン・フランジェの要請に応えて派兵し、レバノン全土を制圧します。このときの密約では、レバノンへのシリアの軍事介入があくまでも内戦終結を目的としたもので、イスラエルを攻撃するものではないことを示すため、シリア軍は、(1)ベイルート以南に旅団規模を上回るシリア軍主力部隊を駐留させない、(2)レバノンにおいてイスラエルを射程圏内に収める長距離砲・ミサイル・ロケット弾を配備しない、(3)一切の戦闘機・爆撃機をレバノン国内に駐留させない、ということになっていました。

 シリア軍によるレバノン制圧を受けて、1976年10月には、サウジアラビアとクウェートの仲介により、サウジアラビアのリヤドで内戦終結のためのアラブ首脳会議が開催され、内戦の当事者間で停戦合意が成立した。そして、この合意を受けて、シリアを主力とする停戦監視のための平和維持軍がレバノン全土に展開。11月21日、レバノン政府は内戦の終結を宣言します。

 当然のことながら、PLOやジュンブラートらレバノンの左派勢力はシリアを“裏切り者”として激しく非難。アラブ社会からも、彼らに同調する声が上がり、シリア政府は窮地に立たされた。このため、シリア政府は、イスラエルとの全面戦争に発展しない程度にPLOがイスラエル北部で破壊活動を行うことを容認・支援してガス抜きをはかります。ちなみに、シリア批判の急先鋒であったジュンブラートは、1977年3月、何者かによって暗殺されました。

 今回ご紹介の切手も、そうした政治的文脈に沿って発行されたもので、その建前としては、イスラエルを打倒しパレスチナ全土を解放するという“アラブの大義”を謳いあげた内容ともいえます。しかし、切手の文言は、反イスラエル闘争を煽るというよりは、“大義”に準じた人々とその遺家族を慮った内容となっています。

 いずれにせよ、アラブ側がイスラエルを軍事的に妥当しうる可能性は、すでに第3次中東戦争の時点で完全に消滅し、エジプトのみならず、シリアもイスラエルとの交渉によってなにがしかの利を得ていたことは否定しようのない事実でした。それでも、現実を直視して“アラブの大義”を否定することができないという、アラブ世界の閉鎖された言語空間こそが、こうした切手を生み落してきたのだということは記憶にとどめておいた方が良いかもしれません。

        
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 パルミラから後漢女性の人骨
2013-08-29 Thu 13:40
 シルクロード沿いにあるシリアの世界遺産・パルミラ遺跡の地下墓で出土した人骨に、後漢時代の中国の女性とみられる骨があったことが、奈良県立橿原考古学研究所などの調査でわかったそうです。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

       シリア・中国国交50年

 これは、2006年にシリアが発行した“シリア・中国外交関係樹立50年”の記念切手で、両国の象徴として万里の長城とパルミラ遺跡が並べて取り上げられています。

 パルミラは、シリアの首都ダマスカスの北東約215kmのシリア砂漠の中にあり、紀元前1世紀から紀元後3世紀まで、シルクロードの中継都市として繁栄しました。西暦2世紀、ローマがペトラを吸収すると、パルミラはその通商権を引き継ぎ絶頂期を迎え、市内には数多くのローマ建築が建てられました。一時は、その支配はエジプトの一部にも及んでいましたが、ローマ皇帝ルキウス・ドミティウス・アウレリアヌスの攻撃を受けて273年に陥落。以後は放置されて旧市街地は廃墟となりました。その文化的な価値が再認識されるようになったのは、1751年にこの地を訪れた英国の探検隊が1753年に報告書を出版してからのことで、1980年にはユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されました。

 パルミラでは紀元前3世紀頃から多数の地下墓地が建設されましたが、これまで、シリア政府の要請で奈良県などが調査し、160体余の人骨が出土しています。そのうち、1991-92年に発掘された1体の特徴が、石器時代から中国にいた東アジア系の人々のモノと一致したというのが、今回のニュースです。

 『後漢書』には、後漢の将軍・班超が“大秦(ローマ帝国)”と国交を開くため紀元後97年、甘英を使節として派遣。使節団は“安息(パルティア=イラン周辺)”を経て“条支(シリア)”に至ったが引き返したとの記述がありますので、今回話題となった人骨もその関係者のモノではないかと見られています。

 さて、アサド政権が自国の反政府誠意力に対して化学兵器を使用したとされる問題をめぐって、近々、米国が軍事攻撃(地中海に停泊している米軍艦からの艦砲射撃でしょうかね)を行う可能性もささやかれているシリアですが、これまでのところ、中国は一貫してシリアに対する制裁に反対しています。

 もともと、シリアの政権政党であったバアス党は(疑似)社会主義政党で、東西冷戦時代には、ソ連から巨額の援助を受けていましたし(その代償として、地中海に面したタルトゥースには、現在なおロシア海軍の吉が置かれています)、秘密警察の創設にあたっては、北朝鮮の制度がほとんどそのまま移入されたといわれています。

 こうした過去の経緯に加え、チベットやウイグルでの人権弾圧に対する批判を“内政干渉”として退けるため、世界中のいかなる第3国に対する制裁も阻止しようとするという中国外交の基本方針ゆえ、中国はこれまで一貫してシリア・アサド政権に対する制裁に反対し続けてきました。もちろん、シリアの側も台湾問題に関しては中国政府を完全に支持し、2008年春の中国政府によるチベット大弾圧の際にはいちはやく中国支持を表明するなど、中国との友好関係を重視しています。その結果として、中国はシリアにとってのきわめて重要な貿易相手国となっており、(ちょっと古い数字ですが)2009年には中国からシリアへの輸出額は約22億ドルを計上しました。

 現在、米国のオバマ政権は、軍事攻撃を行うとしても、それは、アサド政権を転覆させるためにではなく、化学兵器の使用を止めさせるためのものだと説明していますが、アサド政権が化学兵器を使用したという物的証拠がは提示されていないわけですし、まぁ、これまでの経緯からして、フツーに考えれば、シリアの友好国である中国は納得しないでしょうな。

 ところで、国連事務総長の潘基文が、シリア情勢が緊迫する中で、わざわざニューヨークを離れて韓国にお国入りし、日本の“右傾化”と憲法改正論を批判を行いましたが、このことについて、きのう(28日)、中国外務省の副報道局長、洪磊は「積極的に評価する。歴史の正義を擁護し、日本に侵略の歴史を直視して反省するよう促すことは、国際社会共通の要望だ」との談話を発表したそうです。一見、シリア問題とは何の関係もなさそうなニュースですが、案外、潘が国連事務総長としての中立性を冒してまで(下手すりゃ、辞任に追い込まれても文句を言えないでしょう)日本に対する内政干渉まがいの発言(憲法を改正するかしないかは、それこそ、その国の国民が決めることです)をした背景には、アサド政権に化学兵器の使用を止めさせるという“国際社会共通の要望”を黙認してもらうため、自分の本音を語って中国の歓心を買ったという面もあるのかもしれませんな。

 
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 ヤルムーク難民キャンプ砲撃
2012-09-07 Fri 13:04
 在英人権団体「シリア人権監視団」によると、きのう(6日)、シリアの首都ダマスカス南部、ヤルムークのパレスチナ難民キャンプが政府軍の砲撃を受け、少なくとも20人が死亡したそうです。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

         シリア・難民救済

 これは、1968年にシリアで発行されたパレスチナ難民救済の寄附金つき切手です。

 いわゆるパレスチナ難民は、1947年12月の国連でのパレスチナ分割決議採択後、英領パレスチナが内戦状態に陥り、アラブ系住民が大量にパレスチナから脱出したことで発生したもので、翌1948年5月の第一次中東戦争の勃発とイスラエル建国により、彼らの帰還は事実上不可能となりました。

 英領パレスチナで内戦が勃発し、アラブ系の難民が大量に発生すると、アラブ諸国では“同胞”の難民への同情が沸き起こり、アラブが団結することで、イスラエルの建国を阻止し、パレスチナを解放することが“アラブの大義”とされます。この結果、第一次中東戦争の後もイスラエルの存在を認めないというのがアラブ諸国の建前となり、アラブ民族主義としていたシリアでは、今回ご紹介の切手にみられるように、アラブの大義やパレスチナとの連帯を題材とする切手を数多く発行してきました。1967年の第3次中東戦争以降、“アラブの大義”は実現不可能であることが明らかになりましたが、それでも、究極の目標としてのパレスチナ解放という建前が完全に放棄されたわけではなく、アラブ諸国では“パレスチナ”を題材とした切手が発行され続けています。

 今回、政府軍の砲撃を受けたとされるヤルムークの難民キャンプはダマスカスの郊外にあり、第一次中東戦争時の1948年に設置されて以来、60年以上の歴史があります。30万人という人口はシリア国内では最大の規模で、すでにこの地で生まれ育った2世・3世も相当数おり、パレスチナ難民の悲劇を象徴するような場所といってよいでしょう。

 報道によると、最近、難民キャンプ周辺のタダムン地区やハジャルアスワド地区では、反体制派武装勢力の活動が活発化しており、アサド政権側は、キャンプに逃げ込んだ反体制派をパレスチナ難民が保護していることを疑い、砲撃した可能性があるのだとか。ただ、きのう(6日)は、パレスチナ人とシリア人の不法移民を載せたトルコの漁船がイズミル沖で沈没し、60人以上(うち半数は子供)が犠牲になったという事件も起きており、中東諸国では、パレスチナならびに難民というキーワードが改めてクローズアップされることは必至の状況です。

 仮に、難民キャンプへの砲撃事件が事実であるとすると、“アラブの大義”を国是としてきたシリア・バース党政権は深刻な自己矛盾に陥るばかりでなく、周辺アラブ諸国はもとより、広くイスラム諸国もシリアを全く擁護できなくなるわけで、後から振り返ると、今回の内戦の大きな転換点になる可能性は十分にあるのではないかと思われます。


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・よみうりカルチャー北千住 9月19日(水)13:00-15:00

 T-moneyで歩くソウル歴史散歩 
・よみうりカルチャー荻窪
 10月2日、10月30日、12月4日、1月29日、2月5日、3月5日 13:00-14:30
 
・よみうりカルチャー北千住
 10月17日、12月19日、1月16日、2月20日、3月20日 13:00-15:00


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 レスリング60㎏級・松本が銅
2012-08-07 Tue 09:09
 きのう(現地時間6日)のロンドン五輪では、レスリング男子グレコローマンスタイル60キロ級の松本隆太郎が銅メダルを獲得しました。日本のレスリング切手は、すでに全部紹介してしまいましたので、きょうは1964年の東京五輪の際の記念切手の中から、この1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

       シリア東京五輪レスリング

 これは、1964年にシリアで発行された東京五輪の記念切手の1枚で、レスリングが描かれています。図案を見る限り、五輪競技のレスリングというより、黒い皮ズボンのクスベットを身に付け、全身に大量のオリーブオイルを浴びて組み合うトルコ式レスリング(トルコ語ではヤールギュレシですが、シリアの言語であるアラビア語での呼称はわかりませんでした)のようです。背景の太鼓をたたく人も、なんとなく雰囲気があっていいですね。

 さて、独立国家としてのシリアが、夏季五輪に選手団を派遣したのは1948年のロンドン五輪が最初です。ただし、1952年のヘルシンキ大会から、今回ご紹介の切手の1964年の東京大会までと、1976年のモントリオール大会は不参加で、1980年のモスクワオリンピック以降は参加を続けています。これまでに、金銀銅の各メダルを一つずつ獲得していますが、最初のメダルとなった1984年のロサンゼルス大会での銀メダルはレスリングでのものです。

 今回のロンドン大会には6人の選手が参加していますが、シリア五輪委員長のモワファク・ジュマアは国軍の将軍でアサド大統領に近い人物でもあることから、現在進行中の内戦でアサド政権が反政府勢力への武力弾圧を続けることへの抗議として、開会式への出席を拒否されました。

 そのシリア情勢ですが、先月15日から戦闘が続いていた首都ダマスカスで、反政府勢力の“自由シリア軍”が一時制圧していた地区を政府軍が奪還し、首都を完全に掌握したと発表する一方で、きのうは午前中に首都中心部にある国営テレビの建物で爆発事件が起き、首相のリヤド・ヒジャブが政権から離反して反政府勢力に参加するなど、ますます混迷の度合いを強めています。シリア情勢に限らず、ロンドン五輪の陰に隠れて見落とされがちな重要事件・事案も少なからずあるということは、やはり、忘れてはなりませんな。

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 各国でシリア大使追放
2012-05-29 Tue 22:10
 今月25日、シリア中部ホムスのホウラ地区で、シリア政府軍の砲撃により、女性や子どもを中心に少なくとも108人が死亡、約300人が負傷した事件を受けて、ドイツとフランスの政府が、きょう(29日)、自国駐在のシリア大使を追放する方針を明らかにしたほか、オーストラリアもシリアの外交官に国外退去を命じました。というわけで、きょうはこの切手です、(画像はクリックで拡大されます)

        シリア・撤退1周年

 これは、1947年にシリアで発行された“(フランス軍の)撤退1周年”の記念切手です。
 
 現在のシリア国家に相当する地域は、第一次大戦後、フランスの委任統治下に置かれていましたが、1936年、フランス・シリア友好条約が結ばれ、一時は3年後の完全独立が決められました。しかし、1939年9月に第2次大戦が勃発したことで独立は延期され、1940年6月のフランス降伏後、シリアはヴィシー政府の支配下に置かれます。これに対して、1941年6月、イギリスに支援された自由フランス軍がシリア・レバノンに進攻。シリア・レバノンは自由フランスの支配地域となりました。

 自由フランスの支配下では、1943年にレバノンの独立が認められましたが、シリアの独立はさらに延期されます。このため、第2次大戦後、シリアでは独立運動が本格化。ダマスカスでは大規模な対仏叛乱も発生しました。

 当初、フランス側は叛乱を武力で鎮圧しようとしたものの、結局断念し、1946年4月17日にシリアから完全に撤退。これにより、シリアは独立を達成します。今回ご紹介の切手の“撤退”とはこのことを意味しています。

 さて、ホウラの一件で、ますます国際社会から孤立することになったシリアのアサド政権ですが、今回は切手とは逆に、フランスから駐在大使が撤退させられることになりました。もっとも、本国のアサド政権は、ホウラでの攻撃の責任はイスラム過激派武装グループにあると主張するなど強気の姿勢を崩しておらず、国際社会もアサド政権を非難するものの、具体的な打開策を提示できず、事態は手詰まりになっている状況です。アサド政権の“撤退”を記念する切手が発行される日は、果たしていつになったら来るんでしょうかねぇ。

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 シリアで国民投票
2012-02-27 Mon 12:25
 反体制派への武力弾圧が続くシリアで、きのう(26日)、新憲法案の是非を問う国民投票が行われました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

        バアス党55年

 これは、2002年にシリアで発行されたバアス党創立55周年の記念切手で、ダマスカスのバアス党本部の建物が描かれています。

 バアス党は、アラブ民族主義・アラブ社会主義・汎アラブ主義を掲げる政党で、究極の目標として、西洋列強によって分断された現在のアラブ諸国を再統合し、アラブの統一国家を建国することを掲げています。なお、彼らの主張する統一アラブ国家の範囲は、東西はイランのフーゼスターン州(イラクのサダム・フセイン政権が、かつて、アラベスタンとして領有権を主張し、対イラン戦争を発動した地域ですな)からモーリタニアまで、南北はシリアからソマリアまでという実に広範なもので、規模の大小や合法・非合法の別はともかく、アラブ諸国にバアス党が存在するのはこのためです。

 このうち、シリアのバアス党は、フランス委任統治時代の1940年にダマスカスで秘密結社として結成されたのが源流で、独立後の1947年、ミシェル・アフラクとサラーフッディーン・ビータールらが中心となって結党大会を開き、政党として正式に発足しました。現在のアラブ社会主義バアス党となったのは、1953年にアラブ社会党と合併してからのことで、1963年3月8日にクーデター(バアス革命)で政権を掌握。さらに、1970年に現在の大統領であるバッシャール・アサドの父親であるハーフェズが政権を掌握しました。

 今回、改正案が出されたシリアの憲法は、ハーフェズ政権下の1973年3月13日に制定されたもので、シリア国家の政体を、社会主義、人民民主主義国家と規定するとともに、バアス党を「国家を指導する政党」と定めています。

 現在の政権与党は、このバアス党を中心に、アラブ社会主義連合党やシリア共産党などが与党連合「国民進歩戦線」を結成しているという体裁をとっていますが、合法的な野党は存在しません。また、国家元首である大統領は、バアス党の提案を受け人民議会が1名を大統領候補とし、国民投票で承認するという選任方法で、大統領の任期は7年。再選は無制限となっています。

 今回の新憲法案では、バース党を「国家を指導する政党」と規定した現行憲法第8条を削除し、複数政党制に基づく政治制度を導入するなどとした点が目玉とされていますが、宗教政党の結成は依然として禁じられています。また、新憲法案第88条では大統領の任期は7年間で2期までと定めていますが、同時に、同第155条で、これらの条件は2014年に予定されている次の大統領選後に発効するとされているため、アサド大統領がさらに16年間権力の座にあることが可能な内容になっています。

 このため、反アサド派勢力は、国民投票は政府が批判をかわすためのポーズのひとつにすぎないと批判。離反兵士で組織する自由シリア軍(FSA)は、政府が市民らに圧力をかけて賛成票を投じさせていると主張し、投票へのボイコットを呼びかけましたが、結果的に、シャール内相は「投票はほとんどの地域で“正常”に行われ、“一部を除いて非常に高い投票率”を記録した」と発表する状況となりました。

 なお、CNNの報道によれば、今回の投票期間中もシリア各地では暴力が続いており、55人の死亡が報告されています。少なくとも、政権側が“民主改革の成果”と自称する新憲法の制定によって、事態が沈静化することはないのは間違いなさそうですな。  

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 ★ TBSラジオ・ニュース番組森本毅郎・スタンバイ(2011年11月17日放送)、11月27日付『東京新聞』読書欄、『週刊文春』12月1日号、12月1日付『全国書店新聞』『週刊東洋経済』12月3日号、12月6日付『愛媛新聞』地軸、同『秋田魁新報』北斗星、TBSラジオ鈴木おさむ 考えるラジオ(12月10日放送)、12月11日付『京都新聞』読書欄、同『山梨日日新聞』みるじゃん、12月14日付『日本経済新聞』夕刊読書欄、同サイゾー、12月15日付『徳島新聞』鳴潮、エフエム京都・α-Morning Kyoto(12月15日放送)、12月16日付『岐阜新聞』分水嶺、同『京都新聞』凡語、12月18日付『宮崎日日新聞』読書欄、同『信濃毎日新聞』読書欄、12月19日付『山陽新聞』滴一滴、同『日本農業新聞』あぜ道書店、[書評]のメルマガ12月20日号、『サンデー毎日』12月25日号、12月29日付エキレピ!、『郵趣』2012年1月号、『全日本郵趣』1月号、CBCラジオ「朝PON」(1月26日放送)、『スタンプマガジン』2月号、『歴史読本』2月号、『本の雑誌』2月号で紹介されました。

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