内藤陽介 Yosuke NAITO
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World Wide Weblog
 切手に見るソウルと韓国:李巌の『母犬図』 
2018-02-12 Mon 12:24
 ご報告が遅くなりましたが、 『東洋経済日報』1月26日号が発行されました。月一で同紙に僕が連載している「切手に見るソウルと韓国」は、今回は、2018年最初の掲載ということで、干支にちなんで犬の切手の中からこの1枚をご紹介しました。(画像はクリックで拡大されます)

      韓国・李巌『母犬図』(1970)

 これは、1970年10月30日に発行された“名画シリーズ”の切手うち、李巌の『母犬図』を取り上げた1枚です。名画シリーズには目打アリと無目打がありますが、今回は、無目打の切手を持ってきました。

 切手に取り上げられた『母犬図』の作者、李巌は、朝鮮王朝(李氏朝鮮)時代の燕山君5(1499)年生まれ。世宗(第4代朝鮮王)の第4子、臨瀛大君・李谷の曾孫で、字は静仲。朝鮮王朝宗室の出身として、正五品の杜城令の官職も与えられています。本貫は全羅北道全州で、これにちなんで、完山(全州の旧称で、現在は全州市南部の区名に残っています)と号しました。

 没年の記録はありませんが、『朝鮮王朝実録』の仁宗元(1545)年1月の条に、李巌が官命を受け、図画署の画員だった李上佐とともに、前年の1544年に崩御した中宗の肖像画の制作に参加したとの記録がありますので、少なくとも、1545年までは健在だったことが確認できます。

 日本では“完山静仲”の名で古くから知られており、狩野永納(1631-97)の『本朝画史』(1693年刊)では、李巌を室町時代の日本の画僧と誤解したうえで「完山、彩色狗子を善画す 宋の毛益に学ぶ 而して最も佳なり」と紹介しています。その後、幕末に朝岡興禎が著した『古画備考』では、『本朝画史』の誤りが修正され“朝鮮画人”と記載されました。

 李巌が範とした毛益は、中国・南宋の画家で、孝宗の乾道年間(1165-73)、画家として最高の位である画院待詔となりました。翎毛(小鳥や小動物)、花竹を得意とし、渲染(色のぼかし)の技法に優れ、鳥を描けば鳴き出して飛び立つばかりに真に迫っていたと伝えられています。李巌は毛益の画風を学び、犬の絵を得意としていました。

 現在、李巌の作であることが確実な絵は6点(うち2点は双幅のため、8幅)が伝えられており、その内訳は以下の通りです。

 ①双狗子図(日本・個人蔵)
 ②狗子図(日本・個人蔵、双幅)
 ③母犬図(韓国・国立中央博物館
 ④花鳥狗子図(韓国・湖巌美術館)
 ⑤花鳥猫犬図(北朝鮮・平壌美術館、双幅)
 ⑥花鳥双雁図(同上)

 このほか、作風から李巌の作品と考えられている無印の絵としては、以下の4点(5幅)がある。

 ①翎毛図(韓国・国立中央博物館)
 ②花鳥図(韓国・湖巌美術館)
 ③狗子図(日本・個人蔵)
 ④狗子図(米・フィラデルフィア美術館)

 今回ご紹介の切手に取り上げられた『母犬図』は、無邪気な雰囲気の犬を描いたもので、上述のように、ソウルの国立中央美術館の所蔵品。李巌の代表作として知られており、日本の俵屋宗達の犬図にも影響を与えたといわれています。

 ところで、李巌の『母犬図』に限らず、朝鮮の伝統絵画では、犬は木の下にいる姿で描かれるのが定番となっています。

 古来、朝鮮では、犬は悪鬼・妖怪などがもたらす禍を祓い、家庭の幸福を守る力があると信じられており、中国の吉林省集安県に残る高句麗時代の古墳、角抵塚の壁面には、墓を守るためと思しき犬が描かれています。

 さらに、犬の意味でも用いられる“戌”の字が、“守る”という意味の“戍”と形が似ていること、さらに、韓国語の発音では、“戍”“守”“樹”がいずれも“ス”となることから、「泥棒に入られないようよく守る」という意味で「戌戍守樹」の語が使われるようになり、そこから、木の下に犬を描く画題が好まれるようになりました。朝鮮王朝時代には、木の下にいる犬の絵は泥棒除けになるとの俗信も広く信じられていたそうです。
 

★★ NHKラジオ第1放送 “切手でひも解く世界の歴史” ★★

 2月8日(木)に放送の「切手でひも解く世界の歴史」第15回は無事に終了しました。お聞きいただいた皆様、ありがとうございました。次回の放送は、2月22日(木)16:05~の予定です。引き続き、よろしくお願いいたします。
 
 なお、2月8日放送分につきましては、2月15日(木)19:00まで、こちらの“聴き逃し”サービスでお聴きいただけますので、ぜひご利用ください。


★★★ 世界切手展< THAILAND 2018>作品募集中! ★★★

 本年(2018年)11月28日から12月3日まで、タイ・バンコクのサイアム・パラゴンで世界切手展<THAILAND 2018>が開催される予定です。同展の日本コミッショナーは、不詳・内藤がお引き受けすることになりました。

 現在、出品作品を3月12日(必着)で募集しておりますので、ご興味がおありの方は、ぜひ、こちらをご覧ください。ふるってのご応募を、お待ちしております。


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 切手に見るソウルと韓国:自由の家(板門店)
2017-11-28 Tue 15:35
 『東洋経済日報』11月17日号が発行されました。月一で同紙に僕が連載している「切手に見るソウルと韓国」は、今回は、北朝鮮兵士が板門店で越境した直後の号でしたので、この切手をご紹介しました。(画像はクリックで拡大されます)

      韓国・自由の家(板門店)

 これは、1966年2月15日に発行された“自由の家(板門店)”の切手です。切手に取り上げられた旧“自由の家”は、切手発行の前年(1965年)に完成。伝統建築風の壁や展望台が印象的な外観でしたが、老朽化のため、1998年7月9日、現在の建物に建て替えられました。

 1950年6月25日に始まった朝鮮戦争の休戦交渉は、1951年7月10日から開城で休戦交渉が開始されました。

 当初、国連軍側は、交渉は1ヵ月程度で妥結するものと楽観視していましたが、会談は議題の設定をめぐって最初から難航。①議題の採択、②非武装地帯の設定と軍事境界線の確定、③停戦と休戦のための具体的取り決め、④捕虜に対する取り決め、⑤双方の関係各国政府に対する通告、という5項目を議題とすることが決定されたのは7月26日のことでした。

 その後も、軍事境界線は、現在の勢力圏の北側にすべきとする国連側と、あくまでも38度線にすべきとする共産側との溝は埋まらず、交渉はただちに暗礁に乗り上げます。そして、8月22日、共産側は、国連軍機による開城上空の侵犯を理由に会談の打ち切りを通告しました。

 その後、2ヶ月半の中断の後、会談は再開されるが、その際、会談場所として選ばれたのが板門店でした。

 板門店は、ソウルと新義州(朝鮮半島北西部の中朝国境の都市)を結ぶ京義街道の一寒村で、北緯38度線の南方5キロ、北朝鮮・開城市の東方9キロの地点、現在の休戦ライン上の西端に位置しています。ちなみに、ソウルからは北西に62キロ、平壤からは南方に215キロ、それぞれ離れています。

 休戦会談が行われるようになった当初、この地は、パンムンジョムではなく、ノルムンリ(板門里)と呼ばれていました。当初の会談場所は、現在、テレビなどでおなじみの“板門店”と呼ばれている場所から約1キロ北側で、周辺には、草屋4棟の他は、会談場として使われたプレハブ2棟、簡易式の宿舎3棟しかなかったそうです。

 その後、会談場が現在の地点に移された際、この会談に参加する中国の代表の便宜をはかり、会談場近くの雑貨店を漢字で「板門店」と表記したことから、この名が定着しました。

 さて、10月25日に板門店で再開された休戦会談は、紆余曲折の末、11月27日になって「現在の接触線を基にする」との国連側の主張に沿って、「議題の採択」に次ぐ第2の議題(実質的な第1議題)であった「非武装地帯の設定と軍事境界線の確定」の問題が妥結。しかし、その後も、第3の議題であった「停戦と休戦のための具体的取り決め」や第4の議題であった「捕虜に対する取り決め」などをめぐって会談は紛糾が続き、延々、1076回にも及ぶ会談の末、板門店の休戦会談本会議場において、国連軍首席代表のハリソンと朝鮮人民軍(朝鮮人民軍)代表の南日との間で休戦協定が調印されたのは、1953年7月27日のことでした。

 休戦協定の調印後、板門店内には、同年10月以降、“中立国監視委員会”と“軍事停戦委員会”の本会議場が設置され、停戦協定遵守の監視を行うことになりました。なお、軍事停戦委員会の本会議場は韓国(国連)側、中立国監視委員会は北朝鮮側の施設となっています。

 中立国監視委員会は、スイス、スウェーデン、チェコスロバキア、ポーランドの4ヵ国で構成されていました。このうち、チェコスロバキアとポーランドは(少なくとも形式的には)朝鮮戦争に関しては中立という立場を取っていましたが、1955年にワルシャワ条約機構に加盟したため、名実ともに中立国ではなくなりました。なお、両国の共産主義政権は1989年の革命で崩壊しましたが、いずれも1999年に北大西洋条約機構(NATO)に加盟したため、再び“中立国”ではなくなり、さらに、現在では両国とも委員会そのものから脱退。現在の委員会メンバーはスイスとスウェーデンだけになっています。

 板門店は、現在でも、南北間唯一の公式の接点として、南北間の軍事連絡特別委員会や南北赤十字会談所が置かれています。また、北朝鮮側には「板門閣」が、韓国側には「自由の家」が、それぞれ設置され、各種の南北会談に用いられているだけでなく、報道関係者や観光客(原則として団体のみ)が訪れています。

 ちなみに、板門店経由での北朝鮮兵士の亡命は、1998年2月と2007年9月に発生しているが、JSA(共同警戒区域)で「銃声」が響いたのは1984年11月、北朝鮮の板門店観光ツアーに訪れていたソ連人大学生が軍事境界線を越えて韓国領内に闖入したのを機に、南北双方で銃撃戦になって以来、33年ぶりのことでした。

 なお、 朝鮮戦争と板門店については、拙著『朝鮮戦争』でもいろいろご説明しておりますので、機会がありましたら、ぜひお手に取ってご覧いただけると幸いです。


★★ NHKラジオ第1放送 “切手でひも解く世界の歴史”  次回は30日!★★

 11月30日(木)16:05~  NHKラジオ第1放送で、内藤が出演する「切手でひも解く世界の歴史」の第12回が放送予定です。今回は、12月1日に予定されているパレスチナの西岸地区とガザ地区の統治一元化にちなんで、ガザ地区の歴史についてお話する予定です。なお、番組の詳細はこちらをご覧ください。


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 切手に見るソウルと韓国:韓国畜産史
2017-02-25 Sat 18:54
 ご報告が遅くなりましたが、『東洋経済日報』2016年2月10日号が発行されました。僕の月一連載「切手に見るソウルと韓国」は、今回は、忠清北道と全羅北道の農場で同時に口蹄疫が発生し、農林畜産食品部が全国規模での移動停止命令を出した直後の号でしたので、この切手をご紹介しました。(画像はクリックで拡大されます)

      韓国・セマウル運動(1973)

 これは、1973年12月10日に発行されたセマウル運動(日本統治時代の農村振興運動をモデルにした韓国の地域開発運動)の宣伝切手で、“漢江の奇跡”の象徴・高速道路の脇での畜産風景が描かれています。

 朝鮮王朝時代、家畜としての牛は食用というより、農耕用もしくは荷駄用が中心で、牛肉を口にできるのはごく一部の限られた上流階級のみでした。ただし、一般庶民が牛肉を食べられるのは冠葬祭の時ぐらいしかなかったことから、逆に、牛一頭、内臓まで余すことなく食べられる調理方法が生み出されることになります。

 日本統治時代になると朝鮮の一般家庭でも肉食が徐々に普及しましたが、それが本格化するのは朝鮮戦争以降のことです。その後、朴正熙政権下での経済成長に伴い食肉需要が高まったことから、1968年、「農漁村所得増大特別事業」が始まり、農民が養蚕・畜産・商品作物などを共同で展開するための補助金の支給や低利融資が開始されます。これらは、1970年に始まるセマウル運動でもこの方針は継続されました。今回ご紹介の切手のデザインも、こうした事情を反映したものです。

 こうした畜産奨励の結果、農産物品目別生産額の構成中、1962年に6.6%しかなかった畜産は、朴正熙政権末期の1979年には17%にまで急増します。

 1980年代初頭、韓国における牛の飼養頭数は150万頭前後でしたが、オリンピック景気に牽引される形で牛肉需要がさらに増加したため、韓国政府は肉牛を海外から輸入。その結果、1985年には飼養頭数が255万頭を超えるまでに増加し、肉牛の価格も下落しました。

 その後も、韓国内の牛肉消費は拡大し、牛飼養頭数も増加しましたが、1997年の通貨危機や牛肉の輸入拡大から、国内の飼養頭数は減少に転じます。

 2001年の牛肉の輸入自由化はこうした状況の下で行われたため、国内の畜産農家に打撃を与えることが懸念されましたが、国内経済の回復もあって、肉用牛飼養頭数は、2001年以降は底を打ち、2007年の韓牛飼養頭数は、203万4000頭にまで回復。これは、韓牛のみの頭数データが入手できる2003年と比較すると、59.3%増、頭数にして75万7000頭の増加となりました。

 なお、屠蓄前の雄牛が攻撃的になるとエネルギーとグリコーゲンが大量に消費され、解体後、肉の色が悪くなって質の低下を招くため、日本では肉用牛の牛は原則として去勢されるのですが、韓国には伝統的に雄牛を去勢しないで肥育する習慣があったため、韓牛のうち去勢される比率は3分の1程度にとどまっています。これは、韓国の食習慣では、肉の柔らかさを求めるのではなく、煮込みや骨付き肉でスープを取ることが重視されたことに加え、脂肪の少ない非去勢牛も一定の需要があるため、去勢することにより肉質を良くするよりも“量”で収入を確保するという、韓国畜産農家の経営判断によるものです。


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 切手に見るソウルと韓国:スケトウダラ
2016-11-16 Wed 10:21
 ご報告がすっかり遅くなりましたが、『東洋経済日報』10月21日号が発行されました。僕の月一連載「切手に見るソウルと韓国」は、今回は、毎年恒例の“統一高城スケトウダラ祭り”(10月20-23日に開催)の会期中の号でしたので、この切手をご紹介しました。(画像はクリックで拡大されます)

      韓国・スケトウダラ(シート)

 これは、1966年に発行された動物シリーズの切手のうち、スケトウダラの切手(の小型シート)です。

 さて、ことし10月11日、韓国の海洋水産部は、世界で初めてスケトウダラの完全養殖技術の開発に成功したと発表しました。

 スケトウダラは韓国の伝統料理には欠かすことのできない食材で、プゴ(北魚)、ソンテ(鮮太)、マンテ(網太)、カンテ(江手、杆太)などとも呼ばれますが、一般にはミョンテ(明太)の名で知られています。ちなみに、今回ご紹介の切手でも、しっかりと“명태(ミョンテ)”の文字が入っています。

 ミョンテという名前の由来には諸説がありますが、朝鮮王朝時代に、咸鏡北道南部、明川の太という漁師が獲った魚ということで、明太の字を当ててミョンテと呼ばれるようになったと説明されることが多いようです。この明太が、中国に入って“ミンタイユー(ユーは魚)”と呼ばれ、日本語のメンタイとなったと考えられています。ちなみに、わが国の中国地方から九州にかけての地域ではスケトウダラをメンタイと呼び、明太子は一般的なタラコのことですが、全国的には、明太子といえば辛子明太子を指すのが一般的です。ただし、日本の辛子明太子に近いものとされる韓国の“明卵漬(ミョンナンジョ)”は、タラコをトウガラシとニンニクに漬け込んだもので、日本の辛子明太子とはかなり味わいが違います。

 韓国では、年間25万トンのスケトウダラが消費されていますが、これは、海産物の中ではトップで、韓国料理でのスケトウダラの利用法も、焼き物、煮込み、チゲ、チムなど多岐にわたっています。日本でも、一時期、美肌によいとしてプゴク(干しスケトウダラのスープ)が注目されたことは記憶に新しいところです。

 このように、韓国の国民魚ともいうべきスケトウダラですが、近年、韓国近海で獲れるものはほとんどなく、大半はロシアなどからの輸入に頼るという状況が続いていました。

 これは、1970年代、急激な経済成長と人口の増加に対応して、ノガリ(スケトウダラの幼魚)漁が解禁されたため乱獲が進んだことが大きいと考えられています。具体的な数字で見てみると、1980年代には7万4000トンあった韓国近海でのスケトウダラの漁獲高は、2000年代中盤には100トン未満にまで落ち込み、2007年以降は1-2トンと急落しています。

 こうした状況に危機感を抱いた海洋水産部は、2014年、スケトウダラ復活のためのプロジェクトを開始。国立水産科学院東海水産研究所などが、天然スケトウダラの母魚1尾から受精卵53万個を確保して幼魚を育て、昨年12月、20センチ程度に成長したスケトウダラのうち200尾余を選別して、35センチの母魚に育てました。

 そのうち7尾が今年(2016年)の9月18日に産卵に成功。受精卵10万個余のうち、3万尾余が0.7センチに成長したところで、「スケトウダラの完全養殖に成功」と発表したわけです。その過程で、スケトウダラの生育に適した水温が10度であることが明らかになり、この温度にあわせて餌となる動物性プランクトンが開発されるなど、養殖のための環境が整えられ、その結果として、自然界では3年かかるスケトウダラの成熟期間も1年8ヶ月に短縮できたそうです。

 また、海洋水産部は養殖とは別に20センチに育ったスケトウダラ1万5000尾を江原道高城近海に放流し、天然スケトウダラの生態系を回復することも計画しているとか。

 高城といえば、毎年10月には“統一高城スケトウダラ祭り”が開催される場所としても知られています。

 スケトウダラ祭りは1999年から始まり、今年で18回目となりますが、祭りの始まった時期は韓国近海でのスケトウダラの漁獲高が急減していった時期と重なっており、これまで、祭りで供されるスケトウダラはロシア産でした。

 海洋水産部の計画では、2017年にスケトウダラの稚魚を大量生産するための施設を作り、早ければ、2018年以降、スケトウダラの本格的な養殖生産に乗り出すということなので、数年後のスケトウダラ祭りには韓国産のスケトウダラが登場することになると期待されています。

 *毎日文化センターの講座の申し込み受付は終了いたしました。


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 * 8月6日付『東京新聞』「この人」欄で、内藤が『リオデジャネイロ歴史紀行』の著者として取り上げられました!

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 切手に見るソウルと韓国:韓日「国宝」の仏像
2016-06-22 Wed 18:41
 『東洋経済日報』6月17日号が発行されました。僕の月一連載「切手に見るソウルと韓国」は、今回は、きのう(21日)から東京・上野の国立博物館で始まった“日韓国交正常化50周年記念 特別展「ほほえみの御仏―二つの半跏思惟像―」”にちなんで、この切手をご紹介しました。(画像はクリックで拡大されます。なお、掲載記事のタイトルは韓国系メディアでの掲載でしたので、日韓ではなく韓日となっていますが、ご了承ください)

      韓国・78号弥勒菩薩(白紙)

 これは、1962年に発行された韓国の50チョン切手で、今回、日本で展示されている国宝78号の弥勒菩薩像が取り上げられています。

 国交正常化50周年記念事業の一環として、日韓でそれぞれ国宝に指定されている仏像の半跏思惟像を1体ずつ、すなわち、奈良・斑鳩の中宮寺の本尊、半跏菩薩像と韓国の国宝78号の金堂半跏思惟像(奈良・広隆寺の弥勒菩薩と似ていることで有名な国宝83号とは別の像)を2体並べて展示する企画展のうち、ソウル国立中央博物館での“韓日国宝半跏思惟像の出会い”展が5月24日から6月12日まで開催されたことを受けて、日本での展示「ほほえみの御仏―二つの半跏思惟像―」がきのうから7月10日まで、東京国立博物館で開催されています。

 そもそも、菩薩はサンスクリット(インドの仏典の言語)のボーディサットヴァを音訳したもので“悟りを求める人々”の意。悟りを目指して修行し、如来(悟りを開いた者)になる以前の者を指しますが、大乗仏教の発展に伴い、すでに悟りを得た如来の化身として人々の救済にあたるケースもあります。仏像としては、釈迦が出家する以前の例にならい、古代インドの貴族の姿を表現したものが多くなっています。サンスクリットで“マイトレーヤ”と呼ばれる弥勒菩薩は、釈迦の次に如来となることが約束された最高位の菩薩で、釈迦の入滅後、56億7000万年後の未来に姿を現し、多くの人々を救うとされています。

 ところで、展覧会の名称にも含まれている“半跏思惟像”というのは、椅坐して左足を下ろし、右足を上げて左膝上に置き、右手で頬づえをついて瞑想する姿を表現した仏像で、日本では弥勒菩薩像と言えば、この像容を連想する人も多いでしょう。たしかに、朝鮮半島ならびに日本の古い時代の弥勒菩薩像は、おおむね、半跏思惟像です。

 ただし、諸外国にも目を転じてみると、全ての弥勒菩薩像が半跏思惟像なわけではなく、インドでは水瓶を手にする像が作られていました。イスラム原理主義者のターリバーンによって破壊されたアフガニスタン・バーミヤーンの巨大石仏も弥勒菩薩像として建立されたものですし、唐代以前の中国では足を交差させ椅子に座る像もつくられています。朝鮮半島でも、高麗時代の10世紀に建立された論山市・潅燭寺の弥勒菩薩像は、当時の風俗を反映して、細長く伸びた頭と角帽のような2段の宝冠をかぶった立像という独特の風貌になっています。

 さて、国宝78号の半跏像は、高さ82センチの金銅製で、宝冠の上に三日月と丸い太陽を載せた日月飾の装飾は、イランのササン朝の王冠から由来したものと考えられています。この宝冠が像の特徴となっているため、国宝78号は“日月飾三山冠思惟像”と呼ばれることもあります。

 また、国宝78号の身体表現はしなやかで弾力があり、羽のような衣、X字型の天衣の裾、形式的な衣のしわの表現などは、中国の東魏及び西魏の仏像様式が反映されていることから、(資料が残されていないので正確な年代は特定できませんが)6世紀後半頃の三国時代の制作と推定されています。

 なお、ソウルでの展示では、像を保護する観点から、中宮寺の半跏像については照明を100ルクス以下に抑えて展示していたのに対して、国宝78号については照明をやや明るくして展示していたが、東京での展示についても両者の照明が異なっているかどうか、チェックしてみるのも面白いかもしれません。


 ★★★ 講座のご案内 ★★★

 下記の通り、各地のよみうりカルチャーで公開講座を行います。ぜひ、ご参加ください。

・イスラムを知る―ISはなぜテロに走るのか
 よみうりカルチャー荻窪 6/26(日) 14:00~15:30
 よみうりカルチャー横浜 7/2(土) 13:00~14:30

・切手でたどる東京五輪とその時代
 よみうりカルチャー荻窪 7/9(土) 13:00~14:30

 詳細につきましては、それぞれの会場・時間をクリックしてご覧いただけると幸いです。


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 切手に見るソウルと韓国:韓国の石炭産業
2016-05-29 Sun 17:01
 『東洋経済日報』5月20日号が発行されました。僕の月一連載「切手に見るソウルと韓国」は、今回は、韓国の石炭産業を牽引してきた大韓石炭公社(以下、石炭公社)が廃業の予定であることが明らかになったというニュースにちなんで、韓国の石炭産業を題材にしたこの切手をご紹介しました。

      韓国・石炭(1971)

 これは、朴正煕政権下の1971年に韓国で発行された“経済発展”の切手のうち、石炭産業を取り上げた1枚です。

 日本統治時代の朝鮮での炭鉱開発は半島北部に集中していました。

 1944年度の朝鮮全体の石炭の生産量は745万トン(926万トンの消費量とのギャップは日本内地産の石炭によって賄われていました)で、単純計算では、月間約62万トンになります。

 ところが、米ソの南北分割占領により、北朝鮮地域からの石炭の供給が止まると、1945年9月から翌1946年3月までの間、米軍政下の南朝鮮の生産量は月平均6373トンにまで激減。鉄道の運行もままならなくなってしまいます。

 事態を深刻に受け止めた米軍政庁は、1946年3月、石炭生産委員会と石炭鉱業資金制度を設け、朝鮮石炭配給会社による国営炭の販売を開始。その後、石炭の生産は徐々に回復し、1948年4月には8万4351トンに達しましたが、それでも、南朝鮮の石炭需要を満たすことは到底できず、日本からの輸入に頼らざるを得ませんでした。

 1948年8月、大韓民国が正式に発足すると、米国は北朝鮮に対抗しうる経済力を韓国に付けさせるべく、江原道の炭田開発に対する大規模な支援を開始。韓国政府も1950年に石炭増産5カ年計画を策定し、1949年に104万4000トンだった石炭の生産を1954年には249万6000トンに増やすことを目標に、具体的な政策を開始しました。

 ところが、その主な担い手として、大韓石炭公社の設立準備が進められていたさなかの1950年6月25日、北朝鮮の南侵により朝鮮戦争が勃発します。戦闘により、炭鉱施設が破壊されただけでなく、従業員も戦前の3分の1にまで減少。石炭の生産量も年間7万8174トンにまで激減し、韓国の石炭産業は危機的な状況に陥りました。

 こうした中で、ともかくも石炭の生産を確保するために公社設立の準備が急ピッチで進められ、1950年10月には総裁の許政以下、役員人事が発令され、11月には最初の政府出資金40億ウォンが払い込まれ、ようやく石炭公社が発足します。翌1951年1月には中国人民志願軍がソウルに侵入すると、石炭公社は釜山に臨時本部を置いて旧石炭配給会社の事業を継承するかたちで、翌2月から石炭の需給事業を開始しました。

 その後、石炭公社は戦災復旧3カ年計画を策定し、石炭産業の再建に乗り出しましたが、戦時インフレが昂進したことから生産原価が急騰して資材の確保が困難になり、また、収益の悪化から従業員給与の遅配も相次いだことからストライキも起こるなど、経営は苦難の連続でした。

 このため、休戦後の1955年、韓国政府は軍の余剰人員を公社に派遣し、軍所有の機材やトラック、食糧などを持ち込むとともに、陸軍の規律やノウハウを公社に導入するなどして、経営の再建に乗り出します。これと並行して、政府は炭鉱地域と大都市圏を結ぶ“三大産業線”鉄道などのインフラを整備し、石炭産業の育成に力を注いぎました。

 鉄道インフラの整備により輸送コストが下がると、小規模の民営炭鉱が市場に参入するようになり、市場の競争が発生。そこで、石炭公社は民間の江原炭鉱社長の鄭寅旭を総裁として招聘し、コストダウンをはじめ民家企業の経営ノウハウを取り入れることで黒字経営を実現し、従業員の給与も上昇しました。

 こうした基盤の上に、1960-70年代の朴正熙政権下で深部炭田開発が進められ、1971年には漢江の奇跡を支えた重要産業として、石炭産業は今回ご紹介の切手にも取り上げられることになったわけですが、時代の変化により、それも“今は昔”の話となってしまったわけです。ちなみに、現状では、石炭公社は、昨年(2015年)末の時点で1兆5989億ウォン(約1470億円)の負債を抱えているだけでなく、毎年1000億ウォン(約90億円)近い赤字を計上していますから、今回の廃業決定も、まぁやむを得ないでしょう。

 なお、現在、韓国国内には5カ所の炭鉱がありますが、来年(2017年)には全羅南道の和順炭鉱が、2019年には江原堂の長省炭鉱がそれぞれ廃鉱になり、2021年以降には最後に残った江原堂の道渓炭鉱も廃鉱になる可能性が高いとみられています。その後、練炭需要のための石炭は、民間所有の炭鉱2カ所が生産する予定だそうです。

 
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 切手に見るソウルと韓国:韓国・華厳寺
2016-03-19 Sat 14:38
 『東洋経済日報』3月11日号が発行されました。僕の月一連載「切手に見るソウルと韓国」は、今回は、きょう(19日)から始まる山茱萸祭りにちなんで、祭りの行われる全羅南道・智異山麓の求禮郡にゆかりの深いこの切手をご紹介しました。

      韓国・華厳寺(1964年)

 これは、1964年に発行された観光シリーズのうち、智異山麓の名刹、華厳寺を取り上げた1枚です。

 伝承によれば、華厳寺は、百済時代の544年、縁起祖師が創建し、その名は『華厳経』に由来するといわれています。その後、643年に慈蔵律師が増築し、670年には、新羅における華厳宗の開祖とされる義湘祖師が丈六殿(現覚皇殿)を建て、『華厳経』を石に刻んで壁にめぐらしました。

 朝鮮王朝時代の仏教弾圧制作により、華厳寺も一時廃寺に追い込まれましたが、世宗の時代の1424年になって禅宗18寺の一つとして存続を許されることになります。その後、文禄・慶長の役の際に焼失しましたが、1630-36年、碧岩禅師によって再建されました。また、日本統治時代の1924年には、1911年に朝鮮総督府が指定した“朝鮮三十本山”に追加され、これにより、朝鮮三十本山が朝鮮三十一本山になったことでも知られています。

 華厳寺には、現存する木造建築物としては韓国最大規模のものであり、朝鮮王朝の粛宗(在位1674-1702)の時代、王を覚らせたとの意味で命名された“覚皇殿”をはじめ、国宝4点、宝物5点、天然記念物1点、地方文化財2点が保有されています。

 今回ご紹介の切手は、境内西北の高台から智異山を望むデザインで、右側には、供養石燈が見えます。

 供養石燈は、華厳寺を開山した縁起尊者が「偏袒右肩、右膝着地」の姿勢で頭に石燈をのせている形を表現しています。“偏袒右肩”は、相手に恭敬の意を表すため、右肩を肩脱ぎにし、左肩のみを覆って袈裟を着ることで、切手では見えませんが、実際の像では、左手には供養のための茶碗を持ち、その上に如意珠が置かれており、尊者が母親に茶を供養している姿が表現されています。

 その母親の像は、供養石燈の正面に置かれている四獅子三層石塔(国宝第35号)の中にあるが、こちらの石塔は、1978年に発行された石塔シリーズの切手(下の画像)に取り上げられています。

      韓国・華厳寺石塔

 四獅子三層石塔は、新羅時代の645年、慈蔵律師が縁起尊者の功徳と仏の教えを称えるため、中国の唐から持ち帰った73粒の仏舎利を奉安するために作った塔で、高さ5・5m。その由来から、仏舎利供養塔とも呼ばれており、佛國寺多寶塔と並んで、新羅石塔の傑作として国宝にも指定されています。

 石塔は、2層の基壇上部に3層塔身を置き、頂上に相輪部を載せたスタイルで、上層基壇には隅柱のかわりに蓮花臺の上で跪く雌雄2対の獅子が支柱として四つ角に配置されています。その中央に合掌した比丘尼の像を置き、この5体で舎利塔を支える構造になっていますが、この比丘尼こそ、縁起尊者の母親といわれています。

 四獅子三層石塔と供養石燈は、一対となって、出家の修行者には精進を、在家の信者にはには孝の精神を説くものです。したがって、本来は二つの塔は1枚の切手に収めるのが好ましいはずなのですが、1964年の切手の原画を制作した姜博は、単純にデザイン上の視点から、こういう構図にしたのでしょう。その結果、息子の像がある石燈のみを取り上げた切手が発行されてから、14年の月日を経て、ようやく母親の像がある石塔の切手が発行されることになったわけで、なにやら、“離散家族”の再会を連想させるようなところがありますな。
  

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 4月から毎月第1火曜の15:30より、よみうりカルチャー荻窪(読売・日本テレビ文化センター、TEL 03-3392-8891)で講座「宗教と国際政治」がスタートします。ぜひ、遊びに来てください。詳細は、こちらをご覧いただけると幸いです。
 

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 切手に見るソウルと韓国:河回の仮面劇
2015-12-27 Sun 10:19
 ご報告が遅くなりましたが、『東洋経済日報』12月11日号が発行されました。僕の月一連載「切手に見るソウルと韓国」は、今回は、ソウルで覆面を着用しているデモ参加者に対して朴槿恵大統領が「“IS(イスラム国)”のようだ」と評し、覆面着用を規制する“覆面禁止法”の問題が話題となっていた時期の発行でしたので、この切手をご紹介しました。(画像はクリックで拡大されます)

      韓国・河回面(1967)

 これは、1967年に発行された民俗シリーズ第1集のうち、河回の仮面を取り上げた1枚です。

 宗教的・呪術的な意味を込め仮面をつけて舞を舞うということは、洋の東西を問わず、古代社会で自然発生的に行われてきましたが、朝鮮半島では新石器時代の貝面や土面が出土しており、三国時代以降は大陸の影響を受けて発達したとされています。『日本書紀』にも、612年に百済出身の味摩之が中国南部の呉の国で学んだ伎楽(面をかぶって舞う舞踏劇で、獅子舞の原型ともいわれる)を日本に伝えたとの記述があります。

 韓国の伝統芸能として最も有名な仮面劇といえば、なんといっても、河回(慶尚北道安東市)の仮面劇でしょう。

 伝承によれば、高麗時代の中期、河回に移住してきた若者、許道令は神の命を受けて誰にも見られずに仮面を作ることになったものの、彼に思いを寄せた女性が命令に背いて面打ちの作業場を覗いたため、許は絶命してしまいました。その後、彼の霊を慰めるため、仮面劇が行われるようになったとされています。

 朝鮮王朝時代、河回の仮面劇は、神を楽しませ、五穀豊穣と厄除けを願うための演劇として、年に2回(陰暦1月15日と陰暦4月8日)に行われていました。

 河回の仮面劇は、そもそも、神(実際には村人)を楽しませることが目的でしたから、素朴な踊りと衣装を使いながらもユーモラスな内容となっており、①チュジ(悪霊を追い払う獅子)の物語、② 白丁(食肉加工などに従事していた最下層の被差別民)の物語、③ハルミ(老婆)の物語、④破戒僧の物語、⑤両班とソンビ(学者)の物語、の5幕で構成されており、劇全体としては、上流階級に対する喜劇的な風刺と批判が中心になっています。

 左右対称の均整のとれた人工美を重んじるとされる韓国人ですが(美容整形が多いのもそのためです)、仮面に関しては、喜怒哀楽の表情が際立つように左右非対称で作られており、特に、河回の面では、両班、ソンビ(学識があって高潔な人格者)、僧侶、白丁(朝鮮王朝時代の被差別民)などは、顔の本体と分離した顎が紐で結びつけられており、実際に台詞を話すとき、あごの動きがリアルに見える仕組になっているのが特徴です。このうち、最も有名な両班の面は、頭をのけぞると大笑いする顔に、下げると怒った表情になるようにデザインされています。

 怒りの表情も表現できる面であるなら、昨今の覆面デモでも河回の両班の面をつけた参加者がいてもよさそうなものですが、報道されている写真や映像を見る限り、そうした人はほとんどいないようです。もっとも、デモというのは、一般に、顔を上げてシュプレヒコールを連呼するのが常ですから、その格好で両班の面が大笑いの顔になってしまっては格好がつかないということなのかもれません。

 今回ご紹介の切手は、河回の仮面(両班)を取り上げたモノとしては最初の1枚なのですが、河回の仮面劇は、日本統治時代の1928年の祭祀を最後に行われなくなっており、この切手が発行された時点では途絶状態になっていました。このため、1973年、地元の若者たちが仮面劇の再生を目指して保存会を作り、唯一の伝統劇保存者であったイ・チャンヒの指導を受けて、ようやく1977年に復活させ、1980年に国の重要無形文化財第69号指定されたという経緯があります。ちなみに、この間の1978年に発行の世宗文化会館開館の記念切手には、伝統芸能として復活したばかりの河回の仮面も描かれています。


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 切手に見るソウルと韓国:浦項総合製鉄
2015-11-02 Mon 10:04
 ご報告が大変遅くなりましたが、『東洋経済日報』10月9日号が発行されました。今回の刊行時期は、変圧器などに使われる方向性電磁鋼板の製造技術を不正取得したとして新日鉄住金が韓国の鉄鋼最大手POSCO(ポスコ)に対して損害賠償支払いなどを求めていた訴訟で、ポスコが新日鉄住金側に300億円の和解金を支払ったことが話題になっていた時期ですので、この切手をご紹介しました。(画像はクリックで拡大されます)

      浦項総合製鉄

 これは、1973年7月3日、の竣工式には、ポスコの前身、国策会社・浦項総合製鉄株式会社の第1期工事の竣工式に合わせて発行された記念切手で、工場と電気炉が描かれています。

 韓国が巨大製鉄所の建設を検討するようになったのは、1966年に訪米した朴正煕大統領が現地の製鉄工場を視察して以来のことといわれています。

 その後、“鉄は国家なり”と考えた朴正煕は、地元・慶尚北道の港町、浦項の広大な荒地に目をつけ、1968年4月1日、国策会社として浦項製鉄株式会社を創立。軍出身で首相経験者の朴泰俊を社長に据えて、製鉄所の建設に本格的に乗り出しました。

 製鉄所の規模は、ソウル・汝矣島の3倍に達する270万坪の敷地に、道路の長さだけで80キロを超えるという巨大なもので、1970年4月に着工されました。工事費の総額は1215億ウォン。これは、1970年6月に開通した京釜高速道路の建設費用の約3倍に相当する額です。

 当然のことながら、これだけの巨大プロジェクトであったため、韓国側にとって資金調達には相当の困難がありました。しかも、重化学工業の育成を急ぐため、浦項製鉄所のプロジェクトと併行して、麗水の石油化学プロジェクトが行われていたこともあり、日本の通産省(当時)に協力を求めて陳情に訪れた関係者が、日本側の担当者から“万博と五輪を同時にやるようなもの”と揶揄されたこともあったとそうです。

 最終的に、1973年に完了した第1期工事の費用のうち、約6割に相当する1億6800万ドルは外国資本によって得られましたが、その内訳は、①日韓基本条約に伴う請求権資金(経済協力金)より無償3080万ドル、②同有償4642万8000ドル(年利3.5%、7年猶予、13年返済)。③日本輸出入銀行より5449万8000ドル(年利5.875%、1年猶予、11.5年返済)、④Japan oriental cottonより1398万7000ドル(年利6.5%、1年猶予、10年返済)、⑤VOEST company of Austriaより2434万5000ドル(年利6.5%、3.4年猶予、8.5年返済)で、日本からの資金が圧倒的です。

 一方、技術面では、1968年の会社設立当初より、八幡製鉄と富士製鐵、さらに日本鋼管(現JFEスチール)が技術支援を行っています。このうち、八幡製鉄と富士製鉄は1970年に合併して新日本製鉄となり、その後、住友金属工業と合併して現在の新日鉄住金になったという経緯がありますから、ポスコとは当初から浅からぬ因縁があったということになります。

 浦項総合製鉄の第1期工事が完成し、生産が開始されたのは1973年6月9日午前7時半過ぎのことで、7月3日の竣工式には、今回ご紹介の記念切手も発行されています。ちなみに、1973年当時の粗鋼生産高は、年産103万トンでした。

 その後、日本の援助によって3回にわたって拡張事業が行われ、1983年には粗鋼生産能力910万トン規模の浦項製鉄所が完成。さらに、1985年からは、全羅南道で光陽製鉄所第一期設備が着工し、1992年、四半世紀にわたる製鉄所建設が最終的に完成しました。ちなみに、現在は浦項ではなく、光陽の製鉄所が主要拠点です。

 その後、浦項製鉄は2000年に民営化された後、2002年、社名をPOSCO(ポスコ)に変更して現在にいたっています。

 なお、浦項総合製鉄に限らず、日本の経済支援・技術支援が漢江の軌跡を支えていたということについては、拙著『韓国現代史』でもいろいろとご説明しておりますので、機会がありましたら、ご覧いただけると幸いです。


 ★★★ イベントのご案内 ★★★ 

 ・11月7日(土) 09:30- 切手市場
 於 東京・日本橋富沢町8番地 綿商会館
 詳細は主催者HPをご覧ください。新作の『アウシュヴィッツの手紙』ならびに『ペニー・ブラック物語』を中心に、拙著を担いで行商に行きます。 会場ならではの特典もご用意しております。ぜひ遊びに来てください。

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 11月11日刊行予定ですが、現在、版元ドットコムamazonhontoネットストア新刊.netの各ネット書店で予約受付中ですので、よろしくお願いします。

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 独脚鬼
2015-02-03 Tue 11:30
 きょう(3日)は節分です。というわけで、“鬼”の切手の中から、拙著『朝鮮戦争』の重版を願って、韓国切手の中からこの1枚を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      フンブとノルブ(独脚鬼)

 これは、1970年5月5日に韓国で発行された民話シリーズの「フンブとノルブ」のうち、物語の終盤、独脚鬼(トッケビ、도깨비)が出てきてノルブ夫婦を懲らしめる場面が描かれています。

 「フンブとノルブ」は、朝鮮王朝時代のハングル小説「興夫伝」をもとにした物語です。そのあらすじは、主人公のフンブは貧乏ではあるものの善良で、足を治してやった燕が恩返しとしてもたらした瓢箪の種を植えたところ、その実から財宝が出てきたのに対して、意地悪で欲深の兄・ノルブは、弟を真似ようとして故意に燕の足を折ったものの、燕のもたらした瓢箪の種から生じた実からは独脚鬼が出てきて身の破滅を招くというもので、日本でいえば、正直爺さんと意地悪爺さんを対比した“花さかじじい”や“こぶりじいさん”などに通じるものがあるかもしれません。

 物語に登場する独脚鬼は、朝鮮の伝統文化に登場する妖怪の一種で、本来は、一本脚の鬼です。民話に登場する場合には、いたずら好きで、好物の豚肉などをめぐって、人間に知恵比べや相撲での勝負を挑むものの、最終的に人間には勝てず肉も得られないというオチの内容が多いようです。また、精力絶倫で、独脚鬼と一緒になった女性は福をもたらされるものの、日に日にやつれていくとも言われています。

 なお、現在の韓国では、独脚鬼を1本足で描くことは少なく、2本足の化物として描かれることがほとんどです。この切手でも、瓢箪から出てくる独脚鬼は2本足です。なお、独脚鬼は砧(布をたたいて柔らかくし、同時につやを出すための道具)を持っているのが標準的な姿ですが、切手の独脚鬼が持っている棘つきの武器も砧の変形(実際の砧に棘がついていたら、布地が傷んでしまいますので…)なのでしょう。

 ところで、「フンブとノルブ」の物語では、独脚鬼に家を壊されて無一文になったノルブに対して、燕のもたらした財宝で豊かになった弟のフンブが救いの手を差し伸べるという結末になっています。最後の場面で、おのれの強欲を悔い、号泣する兄に対して、フンブは「お兄さん、これから、私の家で、一緒に暮らしましょう」といってノルブ夫婦を暖かく迎えるというわけです。朝鮮儒学の伝統的な華夷秩序の発想では、朝鮮が兄で日本が弟だそうですが、「フンブとノルブ」をみると、困ったときには弟が助けてくれるという意味で、日本を弟扱いしているのじゃないかと、ついつい勘ぐりたくなりますな。


 ★★★ イベント「みんなで絵手紙」(2月8日)のご案内 ★★★

      狛江絵手紙チラシ・表     狛江絵手紙チラシ・裏

 2月8日(日) 10:00-17:00に東京・狛江のエコルマホールにて開催のイベント「みんなで絵手紙 見て、知って、書いて、楽しもう」のトークイベントに内藤陽介が登場します。内藤の出番は13:30-14:15。「切手と絵・手紙」と題してお話しする予定です。是非、遊びに来てください。主宰者サイトはこちら。画像をクリックしていただくと、チラシの拡大画像がごらんになれます。


 ★★★ 講座「切手と郵便物に刻まれた“終戦”」(2月20日)のご案内 ★★★ 

       ミズーリの消印

 2月20日13:00~14:30、愛知県名古屋市の栄中日文化センターで、「切手と郵便物に刻まれた“終戦”」と題する講座を行います。

 2015年は第二次世界大戦の終戦から70周年にあたります。終戦の年の1945年はあらゆる意味で社会が激変した年ですが、その影響は切手や郵便物にもさまざまな痕跡を残しています。今回の講座では、当時の切手や郵便物を読み解いていくことで、一般の歴史書では見落とされがちな終戦の諸相を、具体的なモノの手触りとともに明らかにしてみたいと思っています。

 詳細は、こちらをご覧ください。(画像は、日本の降伏文書調印が行われた米軍艦ミズーリ号から降伏文書調印日に差し出された郵便物の一部分です) 

 
 ★★★ よみうりカルチャー荻窪の講座のご案内 ★★★

 毎月1回(原則第1火曜日:2月3日、3月3日、3月31日)、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で下記の一般向けの教養講座を担当します。

 ・イスラム世界を知る 時間は15:30-17:00です。

 次回開催は2月3日で、途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


 ★★★ 内藤陽介の最新刊  『朝鮮戦争』好評発売中! ★★★ 

        朝鮮戦争表紙(実物からスキャン) 本体2000円+税

 【出版元より】
 「韓国/北朝鮮」の出発点を正しく知る!
 日本からの解放と、それに連なる朝鮮戦争の苦難の道のりを知らずして、隣国との関係改善はあり得ない。ハングルに訳された韓国現代史の著作もある著者が、日本の敗戦と朝鮮戦争の勃発から休戦までの経緯をポスタルメディア(郵便資料)という独自の切り口から詳細に解説。解放後も日本統治時代の切手や葉書が使われた郵便事情の実態、軍事郵便、北朝鮮のトホホ切手、記念切手発行の裏事情などがむしろ雄弁に歴史を物語る。退屈な通史より面白く、わかりやすい内容でありながら、朝鮮戦争の基本図書ともなりうる充実の内容。

 本書のご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、アマゾン他、各電子書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。

 *8月24日付『讀賣新聞』、韓国メディア『週刊京郷』8月26日号、8月31日付『夕刊フジ』、『郵趣』10月号、『サンデー毎日』10月5日号で拙著『朝鮮戦争』が紹介されました!


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