内藤陽介 Yosuke NAITO
http://yosukenaito.blog40.fc2.com/
World Wide Weblog
 春節愉快 萬事如意
2015-02-19 Thu 00:49
 きょう(19日)は旧正月・春節です。というわけで、未年の正式なスタートですから、昨年刊行の拙著『朝鮮戦争』にちなんで、羊を描いた韓国切手の中から、この1枚を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

       韓国・マビノギ

 これは、2006年に韓国で発行された“オンラインゲーム”の切手のうち、「マビノギ」を取り上げた1枚です。

 「マビノギ」は、韓国のゲーム会社・NEXON KoreaのdevCATスタジオが開発・運営するオンラインゲームで、韓国では、2004年6月から正式商用サービスが開始されました。日本ではネクソンによって2005年4月26日にサービスが開始され、2007年10月11日よりハンゲームでプレイ可能になっています。

 ゲームはケルト神話などをもとに構成されており、タイトルの“マビノギ”は吟遊詩人たちの間で伝承される歌のことを意味しています。その名の通りゲーム内で作曲や楽器演奏を活用して、自作のオリジナル曲を披露できる点が、ゲームとしての大きな特徴のひとつになっています。

 切手に描かれているのは、ゲームを紹介するアニメ動画『ロナとパンのファンタジーライフ』に登場する主人公の少女、ロナ・リサク(ロナ)と人間の言葉を話す黒羊のパンです。動画では、パンはゲーム初心者のロナを指導する先輩でありながら、一言多い性格ゆえに、叩きのめされるという役回りになっています。

 さて、ことしは、日韓国交正常化50周年ということで、7月17-19日、東京・墨田区で開催が予定されている<全日本切手展2015>でも、これにちなみ、特別企画として韓国切手展を併催の予定です。今後も、同展の事前プロモーションを兼ねた記事を、随時、このブログでも掲載していきたいと考えておりますので、よろしくお付き合いください。
 

 ★★★ 講座「切手と郵便物に刻まれた“終戦”」(2月20日)のご案内 ★★★ 

       ミズーリの消印

 2月20日13:00~14:30、愛知県名古屋市の栄中日文化センターで、「切手と郵便物に刻まれた“終戦”」と題する講座を行います。

 2015年は第二次世界大戦の終戦から70周年にあたります。終戦の年の1945年はあらゆる意味で社会が激変した年ですが、その影響は切手や郵便物にもさまざまな痕跡を残しています。今回の講座では、当時の切手や郵便物を読み解いていくことで、一般の歴史書では見落とされがちな終戦の諸相を、具体的なモノの手触りとともに明らかにしてみたいと思っています。

 詳細は、こちらをご覧ください。(画像は、日本の降伏文書調印が行われた米軍艦ミズーリ号から降伏文書調印日に差し出された郵便物の一部分です) 

 
 ★★★ よみうりカルチャー荻窪の講座のご案内 ★★★

 毎月1回(原則第1火曜日:3月3日、3月31日)、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で下記の一般向けの教養講座を担当します。

 ・イスラム世界を知る 時間は15:30-17:00です。

 次回開催は3月3日で、途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


 ★★★ 内藤陽介の最新刊  『朝鮮戦争』好評発売中! ★★★ 

        朝鮮戦争表紙(実物からスキャン) 本体2000円+税

 【出版元より】
 「韓国/北朝鮮」の出発点を正しく知る!
 日本からの解放と、それに連なる朝鮮戦争の苦難の道のりを知らずして、隣国との関係改善はあり得ない。ハングルに訳された韓国現代史の著作もある著者が、日本の敗戦と朝鮮戦争の勃発から休戦までの経緯をポスタルメディア(郵便資料)という独自の切り口から詳細に解説。解放後も日本統治時代の切手や葉書が使われた郵便事情の実態、軍事郵便、北朝鮮のトホホ切手、記念切手発行の裏事情などがむしろ雄弁に歴史を物語る。退屈な通史より面白く、わかりやすい内容でありながら、朝鮮戦争の基本図書ともなりうる充実の内容。

 本書のご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、アマゾン他、各電子書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。

 *8月24日付『讀賣新聞』、韓国メディア『週刊京郷』8月26日号、8月31日付『夕刊フジ』、『郵趣』10月号、『サンデー毎日』10月5日号で拙著『朝鮮戦争』が紹介されました!


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 仁川・永宗大橋で玉突き事故
2015-02-12 Thu 17:16
 昨日(11日)、韓国・仁川国際空港近くの永宗大橋で、空港リムジンバスや乗用車など約100台が衝突する大規模な玉突き事故が発生。2人が死亡、66人が重軽傷を負いました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      韓国の橋(永宗大橋)

 これは、2007年に発行された「韓国の橋シリーズ」のうち、今回の事故が起きた永宗大橋を取り上げた1枚です。

 2001年に開港した仁川国際空港は、仁川広域市西方の京畿湾に浮かぶ島、永宗島に建設されました。このため、島北東部と、陸側の西区獐島とを結ぶ長さ4420mの橋として2000年12月に開通したのが永宗大橋です。

 永宗大橋は、サムソングループ傘下のサムソン物産により、1995年に着工。世界初の3次元自定式つり橋で、仁川国際空港高速道路(6車線および4車線)とKORAIL空港鉄道が通り、橋の下を1万トン級の船舶が通過できる構造になっています。強風、地震、波浪対策も施されており、2001年には、日本の土木学会田中賞を韓国の建築として初めて受賞しました。ちなみに、田中賞は、1966年、社団法人土木学会が制定したもので、関東大震災後の首都の復興に際し、帝都復興院初代橋梁課長として永代橋や清洲橋を設計した田中豊博士にちなみ、橋梁・鋼構造工学での優れた業績に対して与えられる賞だそうです。

 さて、仁川気象台によると、事故直前のきのう午前9時の時点で仁川空港近隣の可視距離は600m程度だったそうですが、事故現場は空港から離れた海上の橋の上であったため、海上霧の影響で可視距離はわずか10m程度で、自動車の運転席からは、ほとんど何も見えなかったようすが車載カメラの映像などからも明らかになっています。

 まぁ、お天気が相手のことですから、今後も、永宗大橋の上で同様の事故が起きる可能性は十分にあるわけで、今回の事故を教訓として、今後は濃霧対策にも力を入れていただきたいものです。なんだかんだで、ほぼ毎年、ソウルに行っている僕としては、またこの橋を使う可能性が大いにあるわけですから、切にそう思います。

 なお、末筆ながら、今回の事故で亡くなられた方のご冥福を謹んでお祈りするとともに、負傷された方々の一日も早いご快癒をお祈りしております。


 ★★★ 講座「切手と郵便物に刻まれた“終戦”」(2月20日)のご案内 ★★★ 

       ミズーリの消印

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 2015年は第二次世界大戦の終戦から70周年にあたります。終戦の年の1945年はあらゆる意味で社会が激変した年ですが、その影響は切手や郵便物にもさまざまな痕跡を残しています。今回の講座では、当時の切手や郵便物を読み解いていくことで、一般の歴史書では見落とされがちな終戦の諸相を、具体的なモノの手触りとともに明らかにしてみたいと思っています。

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 日本からの解放と、それに連なる朝鮮戦争の苦難の道のりを知らずして、隣国との関係改善はあり得ない。ハングルに訳された韓国現代史の著作もある著者が、日本の敗戦と朝鮮戦争の勃発から休戦までの経緯をポスタルメディア(郵便資料)という独自の切り口から詳細に解説。解放後も日本統治時代の切手や葉書が使われた郵便事情の実態、軍事郵便、北朝鮮のトホホ切手、記念切手発行の裏事情などがむしろ雄弁に歴史を物語る。退屈な通史より面白く、わかりやすい内容でありながら、朝鮮戦争の基本図書ともなりうる充実の内容。

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 仁川上陸の記念碑
2014-09-20 Sat 14:23
 4年に1度開催される第17回アジア大会の開会式が、きのう(19日)、韓国・仁川競技場で行われました。というわけで、開催地の仁川にちなんでこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      仁川・マッカーサー将軍銅像

 これは、韓国の仁川局の風景印で、仁川自由公園の“マッカーサー将軍銅像”が大きく取りあげられています。ちなみに、MacArthur の日本語表記は“マッカーサー”ですが、ハングルをそのままカタカナに直すと“メッカド”になります。まぁ、外来語の常といえばそれまでですが、言語によって音の聞こえ方はずいぶん違うモノですな。

 さて、切手に取り上げられた銅像のある仁川自由公園は、朝鮮王朝が開国して間もない1889年頃、仁川在住の外国人のため、仁川港を見下ろす鷹凰山の高台に開設された朝鮮半島最初の西洋式公園で、当初は“万国公園”と呼ばれていました。しかし、日本統治時代の1916年、天照大神と明治天皇を祭神とする“仁川神社”が埋立地につくられ、周辺一帯の土地が“東公園”となったため、万国公園は“西公園”と改名されます。

 1948年の大韓民国成立後、公園は旧称の万国公園に戻されましたが、朝鮮戦争休戦後の1957年、1950年9月の仁川上陸作戦を記念して園内の東寄りの場所にマッカーサーの銅像を建立するとともに、現在の“仁川自由公園”に改称されました。

 マッカーサー像を制作した彫刻家・金景承は、1915年生まれ。1934年、東京美術学校(現・東京芸術大)彫刻科に入学し、在学中の1937年に朝鮮美術展覧会で入選して彫刻家としてのデビューを飾りました。1941年、国民総力朝鮮連盟傘下の朝鮮美術家協会で評議員と彫刻分科会の委員を務めたほか、1944年には決戦美術展覧会の審査員を務めています。

 1945年の解放後はこうした経歴が問題視され、一時、朝鮮美術建設本部への参加が認められませんでしたが、1949年にソウル市の文化委員に選ばれ、その後の韓国の美術教育の基盤づくりに尽力しました。

 1950年6月の朝鮮戦争勃発時には、鐘路区の豊文女子高校の校長職にあり、戦争中はパルチザン討伐作戦に参加。休戦後は、今回の風景印に取り上げられているマッカーサー像のほか、国会議事堂内に長らく展示されていた李舜臣像、ソウル・南山の白凡広場の金九像(閔福鎮との共作)など、現代韓国において政治的に重要な銅像を数多く手掛けています。

 ところで、今回ご紹介の風景印は2003年に使用されたものだが、この頃から、マッカーサー像の存在は一部左派勢力によって政治問題化され、韓国では困惑している国民も多いようです。

 すなわち、2003年、親北・左派色が顕著な盧武鉉政権が発足。その流れを汲んで、2004年6月、仁川市が“平和都市”を宣言すると、同年11月、左派系市民団体の“仁川連帯”が「南北を分断した戦争の張本人」として、マッカーサー像の撤去を要求しています。以後、左派系市民団体によるマッカーサー像撤去の運動が展開され、上陸作戦55周年を控えた2005年9月には、“全国民衆連帯”の主催の下、4000名余の参加者が自由公園内で銅像の撤去と在韓米軍の撤退等を叫び、警備の警官隊との間で乱闘事件が発生しました。

 なお、一連の銅像撤去運動に対して、朝鮮労働党の機関紙『労働新聞』」は「反米反戦、米軍撤退闘争の炎を激しく燃え上がらせるべきだ」、「銅像を直ちに爆破せよ」との論説を掲載しており、銅像撤去を求める左派系市民団体と北朝鮮当局が連携して行動していることは明白といえましょう。

 当然のことながら、こうした左派系の動きに対しては韓国内の反発も強く、上陸作戦55周年当日の2005年9月15日には、海兵隊戦友会が銅像前で「国家安保およびマッカーサー銅像死守決起大会」を開催し、太極旗と星条旗を振って韓米同盟の維持を訴えています。また、米国でも下院国際関係委員会のヘンリー・ハイド委員長ら5人の議員が、9月15 日、「米議会と米国人たちは、韓国を2度も解放した英雄を“良民虐殺戦犯”のようにみなすことを容認できない。仁川上陸作戦は韓米同盟の基盤であり、仁川での勝利がなかったならば、今日の韓国は存在しなかった」との内容の書簡を盧武鉉大統領に送付。韓国政府にマッカーサー像の保護を求め、それが不可能な場合には銅像の米国への引き渡すことを要請しました。

 結局、この問題に関しては、盧武鉉政権が銅像を撤去しないことを明らかにしたものの、その後も、韓米同盟の破棄を主張する左派系市民団体は倦むことなく銅像の撤去を求め続けています。

 ちなみに、同じく盧武鉉政権下の2005年、民間団体の親日人名辞典編纂委員会が“日本統治時代に親日活動を行なった人物”の名簿として「親日人名事典」を発表。その中には、マッカーサー像の作者である金景承もリストされていたことから、韓国政府は彼を“親日派”と断定してしまいました。

 しかし、これに対しては、弘益大学の金永元教授が金景承の遺作などの調査を通じて、解放後の金景承の彫刻家としての業績を評価すべきと政府に訴えたことから、政府もこれを受け入れて「(金景承は)親日派の作家とはいえない」という確認書を送付するなど、この問題をめぐる韓国政府の対応は迷走を重ねています。

 なお、仁川上陸作戦ならびにマッカーサーと韓国との関係については、拙著『朝鮮戦争』でもいろいろ書いておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


 ★★★ よみうりカルチャー荻窪の講座のご案内 ★★★

 10月から、毎月1回(原則第1火曜日:10月7日、11月4日、1月6日、2月3日、3月3日、3月31日)、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で下記の一般向けの教養講座を担当します。(詳細はそれぞれ講座名をクリックしてください)

 ・現代コリア事情 時間は13:00-14:30です。

 ・イスラム世界を知る 時間は15:50-17:00です。

 初回開催は4月1日で、講座は途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


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 <PHILAKOREA 2014>開幕
2014-08-08 Fri 00:18
 昨日(7日)、ソウルのCOEXを会場として世界切手展<PHILAKOREA 2014>が開幕しました。僕自身は現地に着いたのが夕方でしたので、午前中の開会式には出席できなかったのですが、夜の“ウェルカム・レセプション”には出席することができました。その席上、ちょっと面白い光景を目にしたので、関連の切手と併せてご紹介したいと思います。(以下、画像はクリックで拡大されます)

      PHILAKOREAケーキカット     韓国・ケーキ(2004)

 左の画像は、ウェルカム・レセプションで切手展が始まったことを祝うセレモニーとして、FIPの鄭会長をはじめお歴々がケーキカットをしている写真です。ケーキカットそのものの切手は探せなかったので、右側には、ケーキを中心にしたお祝いの場面を描いた2004年の切手趣味週間の切手を並べてみました。

 さて、ケーキカットというと日本人にとっては結婚式の定番の行事というイメージが強いのですが、韓国では、結婚式に限らず、物事の始まりに際してケーキカットと行うということは珍しくないそうです。

 ちなみに、結婚式のケーキカットで用いられるケーキは、もともとは、現在の我々がイメージするような、スポンジと生クリームでできているモノではなく、堅いシュガーケーキでした。これは、3段重ねのケーキの下段はパーティの参加者にふるまい、中段は当日欠席した人に後日贈り、上段は夫婦の最初の子供のために保存しておくという意味があったためなのだそうです。当然のことながら、日持ちのする堅いケーキを新婦が一人で切り分けて配ることは困難で、米国では新郎が手を添えて手伝ったことが夫婦としての最初の共同作業とみなされるようになり、後に、結婚式の儀礼として定着するようになったともいわれています。(まぁ、この手の話の常として、異説もいろいろありますが)

 ところで、おじさんたち(失礼!)によるケーキカットという、日本ではまず見られない光景が強く印象に残ったため、ホテルに戻った後、いろいろと調べていたら、韓国でケーキカットに用いられるケーキには土台に餅を使ったものが多く使われているのだとか。(残念ながら、今回のケーキがどうなっていたのかは確認しそびれてしまいましたが…)

 ただし、朝鮮半島での“餅”とされているモノは、日本とは異なり、米粉を水で溶いたものを捏ねて作るもので、日本語でいうと、餅よりも団子に近い味と食感ですので、いわゆる“雪見だいふく”のようなイメージでとらえると、生クリームとあわせても違和感はないということになるのでしょう。逆に言うと、そうした食文化の背景があればこそ、韓国系の企業であるロッテが“雪見だいふく”を商品化したというのも得心がいきます。そう考えると、右側の切手も、なんだか、餅の土台にチョコレートをかけたようにも見えてくるから不思議なものです。
 
 いずれにせよ、先日刊行したばかりの拙著『朝鮮戦争』を含め、朝鮮半島がらみの仕事はそれなりにしてきたつもりではいましたが、まだまだ知らないことがたくさんありますね。今回の滞在はわずか1週間ほどですが、切手展以外にも、現地のことを注意深く観察して、少しでも知見を広げられるように努力しなければ…と気分を新たにした次第です。


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 お待たせしました。約1年ぶりの新作です!

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 切手に描かれたソウル:KTX
2014-05-10 Sat 23:07
 ご報告がすっかり遅くなりましたが、『東洋経済日報』4月18日号が刊行されました。僕の月1連載「切手に描かれたソウル」では、今回は、今年4月で開業10周年を迎えたKTX(韓国高速鉄道)について取り上げました。その中から、この1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

       KTX開業

 これは、KTXの開業に合わせて、2004年4月1日に発行された記念切手で、ソウル駅を出発するKTX-Iの車両が描かれています。原画作者はパクウンギョンです。

 朴正煕政権時代の1970年6月に京釜高速道路が開通して以来、韓国政府は“全国の1日生活圏化(全国を1日で往復できるようにする)”を進めていました。当初、1日生活圏化は高速道路の建設を中心に進められていましたが、2度の石油危機や自動車の急増による渋滞の悪化などもあり、全斗煥政権下の1983年頃から、京釜高速鉄道建設にむけた調査が開始されます。

 この時点では、韓国の土木建設は1988年の五輪関連のものが優先されていましたが、五輪後の1989年、韓国政府は京釜高速鉄道建設方針を正式に決定します。

 具体的な建設作業を進めるための韓国高速鉄道建設公団が発足したのは1992年3月のことで、同年6月に着工。翌1993年にはフランスTGVを基本とした車両KTX-Iが決定されます。KTX-Iは、TGV車両の韓国仕様ですが、先頭部のデザインがフランスのものよりもやや丸みを帯びているほか、車両構造が強化されているなどの点が異なっています。

 車両には、フランス・アルストム社の製品をそのまま輸入したものと、同社から主要部品を輸入して、韓国メーカーのロテム(現・現代ロテム)が組み立てるノックダウン方式で車両がつくられたものの2種類あり、2002年7月、忠清南道の天安=鳥致院間での試験運行で時速309キロを記録しました。

 在来線直通運転区間での試運転が開始されたのは、翌2003年5月のことで、2004年4月1日、京釜高速線(ソウル=釜山間)、湖南高速線(龍山=木浦間)、京義線(ソウル=幸信間:車両基地への引込線として使われている路線)が開業しました。ちなみに、東大邱=釜山間の開業により、ソウル=釜山間の京釜線が全線開通したのは、2010年11月1日のことです。

 開業当時のKTXは、全区間において専用路線は一部に限られており、大部分は在来線と線路を共有していましたが、それでも、この開業によりソウル=釜山間の移動時間はそれまでの4時間20分から2時間40分にまで短縮されるなど、大きな成果を上げています。

 KTXの営業開始に合わせてソウル駅では大規模な改修工事が行われ、開業前年の2003年、現在のガラス張りの新駅舎が竣工しました。なお、以前はソウル発の長距離列車はソウル駅を始発としていましたが、KTXの開通により、湖南線(京釜線の大田から分岐して木浦へ)・全羅線(益山で湖南線から分岐して麗水まで)・長項線(京釜線の天安から分岐して益山まで)への直通列車は龍山駅始発に変更されています。
 
 ちなみに、開業直前の3月12日、大統領選挙における不正資金疑惑により、国会で大統領への弾劾訴追が可決されたことを受けて、盧武鉉は5月14日まで大統領職務を停止され、この間、国務総理(首相)だった高健が大統領代行になった。高はソウル駅で行われた開業式典にも主賓として招かれ、盧に代わってテープカットなどのセレモニーを行っています。

 ところで、KTXといえば、昨年(2013年)10月、通関書類や検査機関の認証書を偽造して、基準に達しない韓国製のブレーキ系統の部品を“フランス製純正部品”と偽り、韓国鉄道公社に納入していた不正が明らかになっています。この時は、「11月以降、フランスの専門家が参加して点検する」ということで幕引きが図られたように記憶していますが、昨今の旅客船「セウォル号」沈没事故や地下鉄2号線の衝突事故のニュースなどを見ると、KTXも本当に大丈夫なのかなという疑念がぬぐえないのは僕だけではないと思います。

 * 本日、カウンターが136万PVを越えました。いつも閲覧していただいている皆様には、あらためてお礼申し上げます。  


 ★★★ 切手が語る台湾の歴史 ★★★

 5月15日13:00から、よみうりカルチャー北千住にて、よみうりカルチャーと台湾文化部の共催による“台湾文化を学ぶ講座”の一コマとして、「切手が語る台湾の歴史」という講演をやります。

 切手と郵便はその地域の実効支配者を示すシンボルでした。この点において、台湾は非常に興味深い対象です。それは、最初に近代郵便制度が導入された清末から現在に至るまで、台湾では一貫して、中国本土とは別の切手が用いられてきたからです。今回の講演では、こうした視点から、“中国”の外に置かれてきた台湾(史)の視点について、切手や郵便物を題材にお話しする予定です。

 参加費は無料ですが、事前に、北千住センター(03-3870-2061)まで、電話でのご予約が必要となります。よろしかったら、ぜひ、1人でも多くの方にご来駕いただけると幸いです。


 ★★★ 講座「世界紀行~月一回の諸国漫郵」のご案内 ★★★ 

亀戸講座(2014前期)・広告

 東京・江東区亀戸文化センターで、5月から毎月1回、世界旅行の気分で楽しく受講できる紀行講座がスタートします。美しい風景写真とともに、郵便資料や切手から歴史・政治背景を簡単に解説します。受講のお楽しみに、毎回、おすすめの写真からお好きなものを絵葉書にしてプレゼントします!

 詳細は、こちらをご覧ください。


 ★★★ 内藤陽介の最新作 『蘭印戦跡紀行』 好評発売中! ★★★

 『蘭印戦跡紀行』広告

 日本の兵隊さん、本当にいい仕事をしてくれたよ。
 彼女はしわくちゃの手で、給水塔の脚をペチャペチャ叩きながら、そんな風に説明してくれた。(本文より)

 南方占領時代の郵便資料から、蘭印の戦跡が残る都市をめぐる異色の紀行。
 日本との深いつながりを紹介しながら、意外な「日本」を見つける旅。

 出版元特設ページはこちらです。また、10月17日、東京・新宿の紀伊國屋書店新宿南店で行われた『蘭印戦跡紀行』の刊行記念トークの模様が、YouTubeにアップされました。よろしかったら、こちらをクリックしてご覧ください。


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 切手に描かれたソウル:聖水大橋
2013-09-15 Sun 11:03
 ご報告が遅くなりましたが、『東洋経済日報』8月30日号が刊行されました。僕の月1連載「切手に描かれたソウル」では、今回は刊行日の30日から、旧ソウル市庁舎前のソウル広場を中心に「ソウル文化の夜(ソウルオープンナイト)」が開催されることにちなみ、韓国の夜景を取り上げた切手の中から、この切手をご紹介しました。(画像はクリックで拡大されます)

       聖水大橋

 これは、2007年に発行された「韓国の橋シリーズ」のうち、聖水大橋を取り上げた1枚です。ソウルの夜景を題材として切手としては、崇礼門(南大門)汝矣島の国会議事堂の切手などもあるのですが、それらは過去の連載で取り上げてしまいましたので、今回は今まで取り上げていないものということでこの切手を選びました。

 さて、聖水大橋は、城東区の聖水洞と江南の繁華街、狎鴎亭を結ぶ橋で、全長1160メートルのトラス橋。1977年4月、東亜建設により着工し、1979年10月、漢江に架かる11番目の橋として開通しました。

 ところが、設計時には18トンと見込まれていた標準車両荷重が、実際には24トンで利用されていたことに加え、杜撰な手抜き工事(たとえば、中央の吊り桁を鋼製トラスから吊っていたI型断面の吊り部材の溶接が不十分であったことや目視検査でも簡単に分かる手抜き施工の箇所が見逃されていたことなどが指摘されています)も原因となって、利用者からは、走行中に揺れが激しいと苦情が寄せられていました。

 このため、ソウル市当局は応急の補修工事を行ったものの、そのまさに翌日の1994年10月21日午前7時40分ごろ、橋の中央部分が突如崩落し、通行中の乗用車や市内バスが巻き込まれて、舞鶴女子高校の生徒8人を含む32人が亡くなる大惨事となりました。

 この事故に続き、翌1995年には、やはりソウル市内の三豊百貨店が手抜き工事による崩落事故を起こしたこともあって、怒った韓国国民の間には対策を求める声が高まり、災難管理法が制定され、消防防災庁直属の中央119救助隊が組織されています。

 一方、聖水大橋の復旧工事に関しては、国内企業に対する国民の不信感もあって、工事の統括と技術的アドバイスは、英国のコンサルタント、レンデル・パルマ-・アンド・トリトン社が契約を落札。その後、設計を変更したうえで、1995年5月、現代建設が約22億円で受注して再建工事を開始し、1997年7月、聖水大橋は4車線に拡幅されて再開通しました。ただし、現代建設による工事に関しても、2001年の調査で手抜き工事が発覚しており、韓国土木業界の体質があらためて問題視されています。

 その後、聖水大橋は、2004年には8車線への拡幅工事が行われ、橋は現在の姿となったが、とりあえず、深刻なトラブルは報告されていないようです。

 なお、切手に取り上げられたような聖水大橋の夜景は、漢江の遊覧船に乗ると見ることができます。汝矣島から蚕室行きの船か、蚕室から出てひとつ先の東湖大橋まで行って戻ってくる船のどちらを選ぶかは、まぁ、好みの問題でしょうな。


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 切手に描かれたソウル:北岳山
2012-11-28 Wed 08:23
 ご報告が遅くなりましたが、『東洋経済日報』11月16日号が刊行されました。僕の月1連載「切手に描かれたソウル」では、今回は大統領官邸・青瓦台の背後にそびえる北岳山を取り上げました。その記事の中から、この切手をご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

       北岳山     青瓦台と北岳山

 左は2007年4月5日に発行された“北岳山全面開放”の記念切手で、右は、今年8月、青瓦台前から撮った北嶽山の写真です。

 ソウルの基本的な地形は、四方を山に囲まれ、漢江が東西を流れる構造となっていますが、北岳山は、その名の通り、その北側の主峰で、白岳山とも呼ばれています。花崗岩が基盤で、ソウルを囲んでいる内四山(北岳山、南山、駱山、仁王山)の中では、一番高いのだが、それでも、高さは約342メートルしかありません。

 したがって、物理的に登っていくのは決して難しくはないのですが、青瓦台を近くから見下ろす位置にあることもあって、周辺一帯は特定警備地域に指定されており、3カ所の入口(馬岩・彰義門・粛靖門の各案内所)から先のハイキング・コースへは、身分証がなければ入ることはできません。

 この地域への立入規制が特に厳しくなったのは、1968年1月、朴正煕大統領(当時)の暗殺を企てる北朝鮮の特殊部隊(第124部隊第1中隊第1小隊)が休戦ラインを突破して青瓦台から800メートルの地点にまで侵入した“青瓦台襲撃未遂事件”の影響です。この時、北朝鮮の特殊部隊が侵入したのは北漢山でしたが、青瓦台に近い北岳山も当然のことながら規制の対象となり、事件後、およそ40年間にわたって一般国民は自由に立ち入ることができなくなりました。

 北岳山への一般の立ち入りが一部解放されたのは盧武鉉政権下の2006年のことで、おそらく、その背景には、同政権による対北融和政策があったのでしょう。この時は、まず、粛靖門付近の1.1キロの区間が開放され、ついで翌2007年には馬岩案内所から彰義門までの4.3キロの区間が全面開放されました。

 今回ご紹介の切手は、2007年の北岳山の全面開放に合わせて発行されたもので、山中の粛靖門が描かれています。鉛筆画風のタッチで描かれた門楼と石垣は、山中の静謐な雰囲気が良く表現された1枚です。

 切手に取り上げられた粛靖門は別名・北大門とも呼ばれ、南大門・東大門・西大門とならぶ4大門の一つとされており、おなじく北岳山中にある彰義門は、この北大門と西大門の中間に位置しています。

 北岳山中にある二つの門は、朝鮮王朝時代の1413年、風水を理由として通行が禁じられたそうです。日本統治時代には、朝鮮王朝による禁令は解かれたが、山中ゆえに訪れる人も少なく、さらに、1968年の青瓦台襲撃未遂事件以降、周辺一帯にはほとんど人が立ち入らなくなったため、下界の開発がどんどん進められていくのとは裏腹に、結果として、天然の森の豊かな自然が保存されることになりました。

 粛靖門も長らく石門のみが残る質素なものでしたが、現在では復元され、楼上からは木々の向こうに、高層ビルが立ち並ぶソウルの街並みが一望できます。全面開放に先立ち、チョン・ギヨン文化財委員(当時)は「ここでソウル市を眺めるとソウルを愛する気持ちがわいてくるほど美しい所」だとメディアの取材に答えていたが、たしかに、ソウルを代表する絶景ポイントであることは間違いありません。

 さて、わが国では解散・総選挙一色のきょうこの頃ですが、韓国でも、12月19日投開票の大統領選に向けて、きのう(27日)から公式の選挙戦がスタートしました。これに伴い、テレビなどで青瓦台の映像が流れる機会も増えるでしょうが、それにあわせて、背景の北岳山のメディアへの露出も増えるはずですので、そのときは、このブログ記事のことも思い出していただけると幸いです。


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 韓米FTA発効
2012-03-16 Fri 23:02
 きのう(15日)、韓米自由貿易協定(FTA)が発効しました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

        韓国8大輸出産業

 これは、2006年3月に、韓国が発行した“8大輸出産業”の切手で、自動車、半導体、石油化学、電器、機械、造船、鉄鋼、繊維自動車、半導体、石油化学、電器、機械、造船、鉄鋼、繊維の各産業を象徴するデザインの切手の連刷となっています。切手が発行された2006年3月は、韓国が米国とのFTA締結に向けた交渉を開始した時期であり、今回ご紹介の切手は、貿易立国としてFTA交渉の早期妥結にかける韓国側の意気込みをしましたものと理解されています。

 韓米FTA交渉を開始した盧武鉉政権は、いわゆる左派政権として、企業により大きな社会的負担を求める経済政策を採用していましたので、国内総生産(GDP)を基準とした経済成長率は前政権までと比べて大きく落ち込んむことになりました。すなわち、金泳三時代の平均成長率は、前期(1993-95年)7.9%、後期(1996-97年)5.9%、金大中時代は前期(1999-2000年)9.0%、後期(2001-02年)5.4%だったのに対して、盧武鉉時代は初年度の2003年で3.1%、2005年までの政権前半の3年間平均でも3.9%にとどまっており、潜在成長率(4%代後半)さえクリアできませんでした

 このため、政府としては、EU(ヨーロッパ連合)、NAFTA(北米自由貿易協定)に次ぐ、世界3位の経済規模となる韓米FTAを実現し、①関税・非関税障壁の撤廃により貿易を増大させ、企業の収益を増大させる、②外国人投資家の活動を保証し、韓国への投資環境を向上させて外国新投資を増大させ、国内への投資が増大させる、③競争の促進、新技術の導入、システムの近代化などを通して生産性を向上させ、国民所得を増大させる、というシナリオを構想。早くも2007年4月には協定の調印にこぎつけます。通常のFTA交渉の場合、両国の関係当事者・有識者による共同研究会や個別事案についての政府間交渉などで、少なくとも3年はかかりますから、異例のスピードといえましょう。

 その後、2010年12月初旬に追加交渉が署名され、米国では合意法案が2011年10月に上下両院を通過し可決。韓国では、2011年6月に韓国国会に批准同意案が提出され、野党が激しく反対し、同年10月28日にはデモ隊が国会に乱入したものの、その後11月には可決されました。

 今回のFTA発効により、両国間では直ちに約80%の品目への関税が撤廃され、今後5年以内に95%の品目への関税が撤廃されることになっています。

 きょう(16日)付の『中央日報』紙によると、韓国の自動車部品会社は、輸出関税の4%がなくなったことで、米国の自動車会社から大量の注文が入り、自動車用電気部品を生産する大星電機の担当者は「GMなど米国自動車会社から注文を受けた量は昨年の6倍にのぼる」と話しているそうです。また、大手スーパーなどでは、米国産のオレンジ、牛肉、ワインなどが軒並み値下げされ、活況を呈したのだとか。

 こういうニュースだけ聞くと、韓米FTAは良いことづくめのようにも見えますが、その一方で、以下のような問題点も指摘されています。すなわち、

 1.サービス市場を全面的に開放しなければならず、禁止する品目は例外的に明記しなければならない。リストに明記されていない新たなサービス市場などについては、国内産業を保護することができない。

 2.ラチェット条項:一度規制を緩和するとどんなことがあっても元に戻せない。たとえば、狂牛病が発生しても牛肉の輸入を中断できない。

 3.未来最恵国待遇:今後、韓国が他の国とFTAを締結した場合、その条件が米国に対する条件よりも有利な場合は、米国にも同じ条件を適用する。

 4.スナップ・バック:自動車分野で韓国が協定に違反した場合、または米国製自動車の販売・流通に深刻な影響を及ぼすと米企業が判断した場合、米の自動車輸入関税2.5%撤廃を無効にする。

 5.ISD:韓国に投資した企業が、韓国の政策によって損害を被った場合、(米国が絶大な影響力を行使できる)世界銀行傘下の国際投資紛争仲裁センターに提訴できる。韓国で裁判は行わない。また、この条項は韓国にだけ適用される。

 6.非違反申立:米国企業が期待した利益を得られなかった場合、韓国がFTAに違反していなくても、米国政府が米国企業の代わりに、国際機関に対して韓国を提訴できる。例えば米の民間医療保険会社が「韓国の公共制度である国民医療保険のせいで営業がうまくいかない」として、米国政府に対し韓国を提訴するよう求める可能性がある。

 7.韓国政府が規制の必要性を立証できない場合は、市場開放のための追加措置を取る必要が生じる。

 8.米企業・米国人に対しては、韓国の法律より韓米FTAを優先適用する。例えば牛肉の場合、韓国では食用にできない部位を、米国法は加工用食肉として認めており、韓国はそういった部位も輸入しなければならなくなる。また韓国法では、公共企業や放送局などの基幹となる企業において、外国人の持分を制限しているが、韓国の全企業が外国人持分制限を撤廃する必要がある。

 9.知的財産権を米が直接規制:例えば米国企業が、韓国のブログやウェブサイトに対して、米国の基準に基づく著作権侵害を理由として閉鎖を求める訴訟を米国内で起こし、判決によっては当該ウェブサイトを閉鎖させることができる。

 10.公企業の民営化

 これらの10項目から予想されるダメージと、現時点ではほくほく顔の自動車部品会社などの利益とを差し引きしてみた場合、韓国の社会と経済に対してFTAがもたらすプラスとマイナスの収支がどのようなものになるのかは、現時点では神のみぞ知るとしかいえません。もちろん、プラスの面が天文学的に大きければ、ダメージなど吹き飛んでしまうという楽観論も完全には否定できないのでしょうが、僕などは、上記10の問題点を見る限り、わが国が幕末に欧米列強と結ばされた不平等条約を連想してしまいますな。

 いずれにせよ、韓米FTAは、現在、国論を二分する問題となっているTPPの先例ともいうべき事例となるはずですから、わが国も、その成否を見極めたうえで対応するという選択肢があってもいいように思います。少なくとも、「バスに乗り遅れるな」と呼号して、TPPへの参加を急ごうとする人に対しては、なぜ、議会と政党の自殺行為ともいうべき大政翼賛会結成の時のフレーズを繰り返したがるのか、ぜひとも、ご説明を求めたいところです。

 ★★★ 内藤陽介、カルチャーセンターに登場 ★★★
   
 3月下旬から、下記の通り、首都圏各地のよみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)で一般向けの教養講座を担当します。詳細につきましては、各講座名(青色)をクリックしてご覧いただけると幸いです。皆様のご参加を心よりお待ちしております。(掲載は開催日順)

よみうりカルチャー柏
 3月23日(金)13:00-15:00(公開講座)
 「ご成婚切手の誕生秘話――切手でたどる昭和史」
 *柏センター移転、新装オープン記念講座です。

 4月24日、5月22日、6月26日、7月24日、8月28日、9月25日
 (毎月第4火曜日)13:30~15:30

 切手でたどる昭和史


・よみうりカルチャー荻窪
 3月27日(火) 13:30~15:30(公開講座)
 「ご成婚切手の誕生秘話——切手でたどる昭和史」

 4月10日、5月8日、6月12日、7月10日、8月7日、9月11日
 (毎月第2火曜日)13:30~15:30

 切手でたどる昭和史


・よみうりカルチャー錦糸町 
 3月31日(土) 12:30-14:30(公開講座)
 皇室切手のモノ語り

 4月7日、6月2日、7月7日、8月4日、9月1日
 (毎月第1土曜日) 12:30~14:30

 郵便学者・切手博士と学ぶ切手のお話
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 切手に描かれたソウル:漢江大橋
2011-05-31 Tue 16:46
 ご報告が遅くなりましたが、『東洋経済日報』5月27日号ができあがりました。僕の連載「切手に描かれたソウル」では、今回は漢江大橋を取り上げましたが、きょうはその中からこの1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

        漢江大橋

 これは、2005年9月23日に発行された「韓国の橋」シリーズ第2集のうち、漢江大橋を取り上げた1枚です。

 漢江大橋は、前身の漢江人道橋の時代から含めると、現在、ソウル特別市と京畿道の範囲で漢江にかかる27のうち、1900年に竣工の漢江鉄橋(韓国鉄道公社の京仁線が走る橋)に次ぎ、2番目に古い近代橋梁です。

 漢江鉄橋の東側、ソウルの龍山区と銅雀区を結ぶ漢江人道橋の最初の橋梁は1917年10月に完成しました。しかし、この橋は1925年7月の洪水で流失してしまったため、1935年10月、2度目の橋がかけられました。

 この2度目の橋は、1950年6月28日、朝鮮戦争の際に南侵してきた朝鮮人民軍(北朝鮮軍)のソウル侵入を遅らせるため、橋を渡っている途中の避難民もろとも、漢江鉄橋などとともに爆破され、休戦まで再建されませんでした。ちなみに、朝鮮人民軍の漢江人道橋到達は、爆破から6時間後のことです。

 1953年に朝鮮戦争が休戦となると、漢江人道橋は1954年に完全復旧します。その後、1961年の“516革命”では、朴正煕・陸軍少将らのひきいる約3600名の“革命軍”(空挺団、海兵第一旅団、第五砲兵団)が、海兵隊を先鋒として、この橋を渡り、ソウル市内に侵入。橋の付近で憲兵隊と短時間の銃撃戦の後、陸軍本部と放送局、ついで、中央庁や国会議事堂などソウル市内の主要部分を制圧しました。これにちなみ、事件から1年後の1962年5月16日、朴政権が発行した“革命1周年”の記念切手には、漢江人道橋を渡る革命軍の姿が描かれています。

 なお、現在の橋は、1981年の拡幅工事で、1954年に復旧された橋に車線が追加したもので、このとき、橋の名称も漢江人道橋から現在の漢江大橋へと改称されました。


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 切手に描かれたソウル:弥勒菩薩像
2010-09-21 Tue 11:45
 『東洋経済日報』9月17日号ができあがりました。僕の連載「切手に描かれたソウル」では、今回は国立中央博物館の弥勒菩薩像を取り上げましたが、きょうはその中からこの1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

         韓国国立中央博物館開館

 これは、2005年に発行された“韓国国立中央博物館移転開館記念”の切手で、博物館の新庁舎を背景に国宝第83号の弥勒菩薩像が取り上げられています。

 韓国には著名な金銅弥勒菩薩半跏思惟像(椅坐して左足を下ろし、右足を上げて左膝上に置き、右手で頬づえをついて瞑想する姿)として、国宝第78号と同83号があります。最初に切手に取り上げられたのは、第78号のほうで、朴正熙政権発足間もない1962年に50チョン切手に取り上げられています。一方、第83号を取り上げた最初の切手が発行されたのは、書状の基本料金が10ウォンだった1969年のことでした。

 第83号については、わが国の奈良・広隆寺の弥勒菩薩像と①宝冠が無紋で王冠形、②右膝を大きく誇張し、裳が二重に巻かれている、③左脛に衣紋が無い、などの類似点があるため、第83号が広隆寺の像のルーツだと主張する韓国人が多いのですが、そもそも、韓国の国宝第83号の制作年代が特定できておらず、広隆寺の像が第83号そのものを模倣して作られたと断定するのは無理があります。ちなみに、第83号は金銅像ですが、広隆寺の像は木造で、韓国には818年以前の木造仏は残されていません。

 さて、第83号の仏像は博物館3階の彫刻・工芸館の一番奥の仏教彫刻の展示室で拝めます。暗い室内にスポットライトで浮かび上がる仏像は、なんともいえない神秘的な姿で、さすがに、博物館のホームページで“世界最高傑作の一つとして挙げられる”との形容詞がつけられているのもうなずけます。ただし、像の撮影はOKなのですが、フラッシュを使用してはいけないということで、僕が使っている安物のデジカメでは綺麗な写真が撮れないのが残念です。第83号の切手は、このブログでご紹介していないモノもまだありますので、いずれ実物の写真を取ってきて並べてご紹介したいところです。

 なお、今回ご紹介の第83号をはじめとする弥勒菩薩像の切手については、拙著『切手が伝える仏像』でもいろいろとご紹介しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


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