内藤陽介 Yosuke NAITO
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 ネイヴィス島出身の“建国の父”
2014-07-04 Fri 12:32
 今日(4日)は、言わずと知れた米国の独立記念日です。というわけで、米国の“建国の父”とされる人物を描いた切手の中から、この1枚を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      アレクサンダー・ハミルトン生誕200年

 これは、カリブ海の島国セントキッツ・ネイヴィス(セントクリストファー・ネイヴィスとも)が、英領時代の1957年、ネイヴィス島出身で米国の初代財務長官として、米国の10ドル紙幣にも取り上げられたアレクサンダー・ハミルトンの生誕200年を記念して発行した切手です。

 アレクサンダー・ハミルトンは、1755年1月、英領西インド諸島のネイヴィス島で生まれました。

 アレクサンダーの父親のジェイムズは、14世紀にまでさかのぼることができるスコットランドの名門の出身でしたが、4男だったため家の財産を相続することはできず、西インド諸島で砂糖や農業用品の売買に手を出したものの、典型的な“士族の商法”でことごとく失敗し、アレクサンダーが生まれた時には落魄の身でした。

 一方、母親のレイチェルは、ネイヴィス島で小さな砂糖農園を営む家に生まれました。16歳の時、彼女の財産目当てに近づいてきたデンマーク人商人のヨハン・ラビーンと結婚しましたが、夫が自分の財産を食いつぶしていくだけなのに耐え切れなくなって、夫の元から出奔。しかし、“金づる”を失うことを恐れたラビーンは離婚を承諾せず、彼女はセントキッツ島(セントクリストファー島)へと逃れ、この地で知り合ったジェイムズと暮らし始めるようになります。ただし、正式な離婚は成立していないので、二人は内縁関係ということになります。

 こうしたことから、“私生児”として生まれたハミルトンは、青年時代まで非常に苦労を重ね、1773年にニューヨークのキングズ・カレッジ(現在のコロンビア大学)に入学。在学中に独立戦争がはじまったことから、これに参加して頭角を現し、総司令官のジョージ・ワシントンの副官を務め、各ステイツの寄り合い所帯でしかなかった北米植民地を統一国家としてまとめあげるため、1787年にフィラデルフィアで憲法起草会議を開催することを提案。憲法の草案を実質的にまとめあげ、1789年にワシントン政権が発足すると、34歳の若さで初代財務長官となり、税関や連邦中央銀行、造幣局の創設などを主導してアメリカ資本主義の基礎を築きました。

 ワシントン政権の政策実務を実質的に一人で取り仕切っていた彼は、いずれは大統領になりたいという野心を抱いていましたが、1796年にワシントンが引退した時点では、61歳だった副大統領のジョン・アダムズや53歳だった元国務長官のトマス・ジェファーソンに比べて、41歳と若すぎたことや、カリブ海の島国で“私生児”(両親は正式な結婚ができなかった)として生まれたという出自の問題、さらにはハミルトンの剛腕に対して反感を持つ者が多かったことなどから、彼を大統領として擁立しようという雰囲気は、ついに、大きな動きとはなりませんでした。

 第2代大統領に当選したアダムズは、ハミルトンに政府を牛耳られることを嫌い、彼を遠ざけましたが、閣僚たちはハミルトンの影響を受けた者が多数派を占めていました。1797年には、マリア・レイノルズという人妻との不倫関係や彼女の夫、ジェイムズに強請られていたスキャンダルが持ち上がりますが、これはハミルトンの名声にとって必ずしも致命的な打撃とはなりませんでした。
 
 しかし、1799年、長年の庇護者であったワシントンが亡くなり、1801年、長年対立してきたジェファーソンが大統領に就任すると、ハミルトンの政治的な影響力は急速に減退。1804年のニューヨーク州知事選を前に、地元メディアが選挙に立候補した副大統領のアーロン・バーとハミルトンの対立を面白おかしく煽ったことで、名誉を傷つけられたと感じたバーと決闘するはめになり、同年7月11日、バーの銃弾に斃れてしまいます。享年49歳。その墓碑銘には「アメリカ国家を創った人物 アレクサンダー・ハミルトン、ここに眠る」と刻まれています。

 なお、彼の生涯については、拙著『大統領になりそこなった男たち』でも1章を設けて詳しく説明しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。

 さて、ことし(2014年)は、わが国とカリブ共同体(旧英領を中心にカリブの14か国1地域が加盟。セントキッツ・ネイヴィスも加盟国です)の事務レベル協議開始後20年が経過した年であるとともに、ジャマイカならびにトリニダード・トバゴとの国交樹立50周年にもあたることから、“日・カリブ交流年”とされています。

 8月1-3日、東京・墨田区で開催が予定されている<全日本切手展2014>でも、これにちなみ、外務省の認定を受けた“日・カリブ交流年”の行事として“カリブ切手展”を併催の予定です。今後も、同展の事前プロモーションを兼ね、機会を見つけてカリブ共同体加盟諸国・地域の切手をご紹介していきたいと考えておりますので、よろしくお付き合いください。


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       中日・講座チラシ    中日・講座記事

 7月18日・8月29日・9月19日の3回、愛知県名古屋市の栄中日文化センターで、第一次大戦100年の企画として、「切手を通して学ぶ世界史」と題する講座を行います。

 講座では、ヨーロッパ、中東、日本とアジアの3つの地域に分けて、切手や絵葉書という具体的なモノの手触りを感じながら、フツーとはちょっと違った視点で第一次世界大戦の歴史とその現代における意味を読み解きます。

 詳細は、こちらをご覧ください。

 * 左の画像は講座のポスター、右は講座の内容を紹介した5月20日付『中日新聞』夕刊の記事です。どちらもクリックで拡大されますので、よろしかったらご覧ください。
 

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 海賊の末路
2012-05-14 Mon 23:13
 環境保護を騙る卑劣なテロリスト集団、シー・シェパードの頭目、ポール・ワトソンがドイツのフランクフルトで逮捕されました。逮捕の直接の容疑は、2002年に中米コスタリカのサメ漁船の通航を妨害したことによるもので、ワトソンは今後、同国に引き渡されることになりそうです。というわけで、ワトソンとその一味にふさわしい末路を表した切手として、きょうはこの1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

        海賊キッド

 これは、カリブ海の島国、セントクリストファー(セントキッツ)・ネイヴィス連邦のネイヴィスで発行されたミレニアムの切手のうち、海賊ウィリアム・キッドの処刑の場面を取り上げた1枚です。

 ウィリアム・キッドは、1645年、スコットランドのグリーノック生まれ。ニューヨークに移住し、裕福な商人として生計を立てていましたが、イギリスとの貿易活動の過程で、英国政府から海賊退治を含む私掠船の許可を獲得します。

 私掠船というのは、敵国の船を攻撃しその船や積み荷を奪う許可(私掠免許)を得た個人の船のことで、もともとは、一種の傭兵に類するものです。キッドの場合は、貴族たちをスポンサーとして必要な資金を集め、36門の大砲と70人の乗員を擁するアドベンチャー・ギャリー号で華々しく出航しました。しかし、キッドはフランスと非合法の海賊船に対する略奪の許可しか得ていなかったこともあって、“投資”に見合う利益を確保することができず、徐々に、英国船以外のすべての船舶を略奪するようになります。

 1697年10月30日、船員のウィリアム・ムーアを殺害したのを機に、キッドは本格的に海賊活動を行うようになりましたが、1698年4月、マダガスカル島で、かつての部下で海賊として活動していたロバート・カリフォードとその船を襲撃することを企図するも、部下の造反により敗走。ニューヨークへ戻ったところを逮捕され、イギリスへ護送された後、海賊行為とウィリアム・ムーアの殺人で起訴され、有罪判決を受けて、1701年5月23日、ロンドンで絞首刑にされました。その遺体は、遺体はテムズ川の上に鉄の檻にいれられ、海賊を志すものに対する警告として放置されたそうです。

 さて、環境保護を騙り、主として欧米諸国のリベラル派人士から資金を集めて、漁船や捕鯨調査船等へ攻撃を行うシーシェパードの連中は、政治的信念を持ったテロリストというような立派なものとはとうていいえず、単なる卑劣な犯罪集団でしかありません。その意味では、現在の海賊といっても差し支えありません。

 今回、ワトソンを拘束したドイツも、逮捕の直接の容疑で彼を国際手配していたコスタリカも、残念ながら、現在は死刑制度を廃止しています。しかし、幸いなことに、死刑制度を継続している我が国の海上保安庁も2010年6月、南極海での日本の調査捕鯨船に対する妨害を指示したとして、傷害容疑などで彼を国際手配しているわけですから、ワトソンがコスタリカでの刑期を終えた後、きちんと身柄の引き渡しを受けたうえで、シーシェパード一味の犯罪行為を余さず精査したうえで、きっちりと死刑判決を下し、即日、執行していただきたいものです。その際には、“海賊”としての名誉を尊重して、処刑の瞬間を全世界に生中継するとともに、その遺体は、さらし者にしてやるのが良いでしょうな。環境テロリストに対する見せしめのためにも。

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 セントクリストファーかセントキッツか
2011-08-29 Mon 13:57
 まずはお知らせです。

        週刊ポスト9月9日号表紙       週刊ポスト・特集扉

 本日(29日)発売の『週刊ポスト』9月9日号(小学館 税込み定価400円)は、巻頭グラビアで「懐かしの切手大全」と題して8頁の大特集を組んでいます。内容は、拙著『切手百撰 昭和戦後』の同じコンセプトで、懐かしの昭和の切手を通覧してみようというもので、僕のインタビューも掲載されています。。全国書店はもとより、駅売店・コンビニなどでも実物をお手に取っていただけますので、ぜひ、ご覧いただけると幸いです。

 さて、韓国の大邱で行われている陸上の第13回世界選手権では、きのう(28日)の男子100メートル決勝で、世界記録保持者のウサイン・ボルト(ジャマイカ)がまさかのフライングで失格となったことが大いに話題となりましたが、個人的には、セントキッツ・ネイヴィスのキム・コリンズが銅メダルを獲得したことが興味を引きました。というわけで、きょうは、こんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

        セントキッツ・KGVI戴冠

 これは、1937年5月に英領時代のセントキッツ・ネイヴィスで発行された英国王ジョージ6世戴冠式の記念切手の初日カバーです。切手上の国名表記は、セントクリストファー・アンド・ネイヴィスとなっていますが、首都のバセテールの消印の局名表示はセントキッツになっています。

 セントキッツ・ネイビス連邦は、西インド諸島の小アンティル諸島内のリーワード諸島に位置するセントキッツ(セントクリストファー)島とネイビス島の2つの島から構成されており、1983年9月、英連邦加盟国として独立しました。

 首都バセテールのある島は、島の発見者であるクリストファー・コロンブスにちなみ、セントクリストファー島と命名されましたが、クリストファーの愛称(略称)がキッツであるため、セントキッツ島とも呼ばれるようになりました。

 現在、日本の外務省では、セントクリストファーを採用しており、マスコミ各社もこれに倣っているようですが、肝心の同国外務省は、セントクリストファーでもセントキッツでもどちらも正式名称という立場をとっており、切手の国名表示はセントキッツになっています。じっさい、コリンズ選手の画像をネットでいくつか探してみたら、下のように、いずれもセントキッツとなっていました。

        キムコリンズA     キムコリンズB

 ちなみに、きのうの決勝でも、コリンズ選手のユニフォームの表示はセントキッツでしたが、報道各社は選手の国籍をセントクリストファーと報じていました。

 もちろん、同国外務省がどちらも正式名称としている以上、メディアがどちらの名称を使おうと間違いではないのですが、実際に流れている映像がセントキッツとなっている以上、セントクリストファー(セントキッツ)というような説明の仕方があった方が親切だろうと思います。かつて、北朝鮮報道に際しては、少なくとも初出時には、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)と必ず言っていたことを考えると、決して無理なことではないと思うんですが…。それとも、北朝鮮に対しては配慮できても、カリブ海のマイナー国のことなんて知ったことか、ということなんでしょうか。

 もっとも、当の御本人たちはセントクリストファーでもセントキッツでもどっちでも良いという姿勢で、1通のカバーで切手と消印の表示が違っているというありさまですからねぇ。僕がぶつくさ言ってみても、しょうがないのかもしれませんな。

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 コロンブスと望遠鏡
2008-09-19 Fri 15:28
 カリブ海のセントキッツ・ネイビス(セントクリストファー・ネイビスとも)が1983年9月19日に英連邦の一国として独立してから、今日でちょうど25周年です。というわけで、今日はこの切手をもってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 セントキッツ・ネイビスのコロンブス

 これは、英領セントキッツ・ネイビス時代の1903年に発行された1シリング切手で、望遠鏡を使うコロンブスが描かれています。ちなみに、英領セントキッツ・ネイビスとしての切手発行は1903年に発行されたこの切手のシリーズが最初で、それ以前は、この地域では1890年からは英領リーワード諸島の切手が、それ以前はそれぞれの島で別の切手が使われていました。

 セントキッツ島の“キッツ”というのは、クリストファーの愛称ですが、ここでいうクリストファーとは、島の発見者であるクリストファー・コロンブスのことです。島の名前を、セントクリストファー島と言ったり、セントキッツ島と言ったりするのは、このためです。一方、ネイビス島は、スペイン語で“雪”を意味するニエベ(Nieve)に由来していますが、これは、コロンブスらスペイン人が島を発見した時、島の最高峰であるネイビス山の頂上が真っ白な雲に覆われている様子を見て、山の頂上が雪が積もっていると勘違いしたことによります。

 ところで、コロンブスがセントクリストファー島とネイビス島を発見したのは、1493年11月12日のことでしたが、望遠鏡の歴史は、一般に、1608年10月、オランダ・ミッテルブルフの眼鏡職人ハンス・リパシューが2枚のレンズ組み合わせた望遠鏡についての特許申請をオランダ総督に提出したことに始まるとされています。したがって、コロンブスの時代には望遠鏡は存在していなかったわけで、この切手のデザインは“間違い図案”ということになります。

 なお、ネイビス島といえば、アメリカの初代財務長官を務めたアレクサンダー・ハミルトンが、この島の出身です。彼の波乱に満ちた生涯については、拙著『大統領になりそこなった男たち』で詳しくご紹介していますので、機会がありましたら、ぜひ、ご一読いただけると幸いです。

 イベントのご案内
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