内藤陽介 Yosuke NAITO
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 サミュエル・ドゥ処刑25年
2015-09-09 Wed 12:40
 リベリア内戦の当事者の一人だった独裁者サミュエル・ドゥが1990年9月9日に処刑されてから、きょうでちょうど25年です。というわけで、きょうはこの切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      リベリア・第2共和国

 これは、1988年にリベリアで発行された“第2共和政発足”の記念切手で、大統領就任に際して、法服の最高裁長官エマニュエル・グバラゼと握手する背広姿のドゥが描かれています。

 ドゥは、1951年5月6日、リベリア内陸部グランドゲデ郡の寒村トゥゾンの先住民クラン族の農家に生まれました。1969年に高校を中退して陸軍に入隊し、米軍から派遣されたグリーンベレー出身者による訓練を受けます。上級軍曹時代の1980年4月12日、軍事クーデターを敢行し、ウィリアム・R・トルバート大統領を殺害しました。

 もともと、リベリアは、米国の解放奴隷が“帰還”して建国した国で、そうした解放奴隷の子孫であるアメリコ・ライベリアンが支配層を形成していましたから、ドゥのクーデターはそうした国家の基本構造を根本から覆すものでした。

 クーデター後、ドゥは憲法を停止。統治機溝として人民救済評議会(PRC)を設置し、ドウ本人は評議会議長(事実上の大統領)となって独裁体制を敷き、批判勢力を容赦なく弾圧していました。その一方で、タックス・ヘイブンとして西側の船舶・資本を集める政策を推進していたため、米国はドゥ政権による人権抑圧には批判的であったものの、東西冷戦下でアフリカの振興独立国の多くが東寄りのスタンスを採っていたこともあり、基本的には、ドゥ政権を支援していました。

 その後、国際社会からの批判を受けたドゥ政権は、1985年までに文民統治に復帰すると宣言。公約通り、1985年10月15日には総選挙が行われましたが、9野党のうち3党しか参加が許されず、政権側による露骨な選挙干渉や投票箱の不法投棄などの不正が横行。選挙後、ドゥは51%の支持を獲得し、PRCを母体に結成された与党リベリア国民民主党(NDPL)が上院で全26議席中21議席、下院では全64議席中51議席を得たとの選挙結果が発表されました。今回ご紹介の切手の題材となっている“第2共和政発足”とは、この不正選挙による“民政復帰”のことを指しています。

 独裁傾向を強めるドゥに対しては、選挙後の1985年11月12日、1980年のクーデターに際してはドゥの同志であったトーマス・クィウォンパ(ギオ族出身)が、亡命先のシエラレオネから潜入してマノ族らともにクーデターを試みたものの失敗。その報復として、ドゥは、出身部族のクラン族のみで結成したリベリア軍(AFL)をギオ族とマノ族の居住地域に派兵し、徹底した破壊と虐殺を行いました。

 反対派を粛清したドゥは、翌1986年1月6日、大統領に就任(切手に描かれているのはこの場面です)すると、野党議員による新聞の発行停止、政治活動の禁止など強権支配をさらに強めていきました。

 これに対して、1987年、アメリコ・ライベリアンのチャールズ・テーラーは、ドゥ政権打倒を掲げ、リビアでリベリア国民愛国戦線(NPFL)を結成。NPFLはカダフィ政権の支援で軍事訓練を受けた後、1989年12月24日、コートディヴワール側から国境を越えリベリアのニンバ郡ブトゥオ村に侵入してリベリア軍部隊を襲撃。リベリア軍の兵士250人を殺害しました。

 この事件が契機となって、いわゆるリベリア内戦が勃発。1990年に入ると戦火はリベリア全土に拡大します。

 独裁体制に対する国民の不満もあって、反政府側は政権側を徐々に追い詰め、ドゥ政権の支配は首都モンロビアとその近郊にしか及ばなくなっていきます。しかし、反政府側も、リビアとの関係を深めるテーラーのやり方に反発した親米派のプリンスジョンソンがNPFLから離脱してリベリア独立国民愛国戦線(INPEL)を結成するなど、分裂状態に陥っていきます。

 こうした中で、首都モンロヴィアでは、1990年5月、米海兵隊による在留米国人の救出作戦が行われましたが、これを受けて、現地のキリスト教関係者は内戦終結のために米軍介入を求めるデモを展開。ここにいたり、ドゥは米国への亡命を申請しますが、米国はこれを拒否します。

 米国に見放されたドゥは、西アフリカ諸国経済共同体監視団(ECOMOG)の仲介でINPELとの交渉を行おうとしましたが、モンロヴィアのECOMOGに現れたところを逮捕され、INPEL側に身柄を引き渡されます。その後、耳や指、鼻を切り落とすなど残酷な拷問の後、9月9日、銃殺刑に処せられました。なお、ドゥの拷問・処刑の場面はINPELによって撮影されて全世界に配信され、前年末のルーマニアのチャウシェスク処刑同様、全世界に大きな衝撃を与えました。

 こうして、内戦の原因となったドゥ政権は打倒されたわけですが、その後も、NPFLとINPELの抗争に加え、反テーラーを揚げるマンディンゴ族のアルハジ・クロマー ひきいるムスリム系組織リベリア民主統一解放運動(ULIMO)が武装蜂起するなど、諸派が入り乱れてのリベリア内戦は、1996年に西アフリカ諸国経済共同体(ECOWAS)の監視の下で総選挙が行われ、テーラーが大統領に当選するまで続くことになります。

 
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 リベリア最初の切手
2014-10-28 Tue 22:50
 エボラ出血熱が流行するリベリアに滞在し、昨日(27日)午後、羽田空港で入国した男性が発熱を訴え、国立感染症研究所で血液検査を受けていた問題で、厚生労働省は、きょう(28日)、男性からエボラ・ウィルスが感染されなかったと発表しました。一方、成田空港では、ODAの一環として、日本の自治体が提供した救急車など緊急車両13台がリベリアとシエラレオネに寄贈されることになり、今日(28日)、リベリアのヤンゴー・テレウォダ駐日大使らが出席して出発式が行われました。というわけで、きょうはリベリア切手の中からこの1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

      リベリア最初の切手

 これは、1860年に発行されたリベリア最初の切手です。
 
 リベリアは、1816年にアメリカで設立されたアメリカ植民協会が、黒人の解放奴隷をアフリカへ帰還させ、黒人のための“祖国再建運動”としてリベリア建国運動を開始したことがルーツとなっており、首都のモンロヴィアはアメリカ第5代大統領のジェームズ・モンローにちなむものです。合衆国憲法を元にしたリベリア憲法を制定しての共和国正式独立は1847年7月26日のことで、初代大統領に就任したのはジョセフ・ジェンキンス・ロバーツでした。

 新生リベリア国家は、1850年1月20日、英国と郵便条約を調印。1852年には英国経由での外国郵便の取り扱いを開始しました。さらに、1852年には500ポンドの総予算を投じて、首都モンロヴィアのほか、ブキャナン、グリーンヴィルにも郵便局を開設しました。

 今回ご紹介している最初の切手は、1860年に発行されました。ロンドンのダンド・トッドハンター・アンド・スミス社による平版印刷で、槍と盾を抱えた女神リバティが腰を下ろし、解放奴隷を乗せて港へ向かってくる船を守っているようすが描かれています。今回ご紹介の6セントのほか、同図案・色違いで12セントならびに24セントの切手があります。


 ★★★ トークイベントのご案内 ★★★

 ・11月1日(土) 14:30- 全国切手展<JAPEX>
 東京・浜松町で開催される全国切手展<JAPEX>会場内で、拙著『朝鮮戦争』のトークイベントを予定しております。よろしかったら、ぜひ遊びに来てください。なお、詳細は主催者HPをご覧いただけると幸いです。
 

 ★★★ インターネット放送出演のご案内 ★★★

      チャンネルくらら写真

 インターネット放送・チャンネルくららにて、10月8日より、内藤がレギュラー出演する新番組「切手で辿る韓国現代史」が毎週水曜日に配信となります。青字をクリックし、番組を選択していただくとYoutube にて無料でご覧になれますので、よろしかったら、ぜひ、ご覧ください。(画像は収録風景で、右側に座っているのが主宰者の倉山満さんです)

 
 ★★★ よみうりカルチャー荻窪の講座のご案内 ★★★

 10月から、毎月1回(原則第1火曜日:11月4日、1月6日、2月3日、3月3日、3月31日)、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で下記の一般向けの教養講座を担当します。

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 次回開催は11月4日で、途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


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 【出版元より】
 「韓国/北朝鮮」の出発点を正しく知る!
 日本からの解放と、それに連なる朝鮮戦争の苦難の道のりを知らずして、隣国との関係改善はあり得ない。ハングルに訳された韓国現代史の著作もある著者が、日本の敗戦と朝鮮戦争の勃発から休戦までの経緯をポスタルメディア(郵便資料)という独自の切り口から詳細に解説。解放後も日本統治時代の切手や葉書が使われた郵便事情の実態、軍事郵便、北朝鮮のトホホ切手、記念切手発行の裏事情などがむしろ雄弁に歴史を物語る。退屈な通史より面白く、わかりやすい内容でありながら、朝鮮戦争の基本図書ともなりうる充実の内容。

 本書のご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、アマゾン他、各電子書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。

 *8月24日付『讀賣新聞』、韓国メディア『週刊京郷』8月26日号、8月31日付『夕刊フジ』、『郵趣』10月号、『サンデー毎日』10月5日号で拙著『朝鮮戦争』が紹介されました!


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 リベリアといえば…
2011-10-08 Sat 17:23
 今年のノーベル平和賞は、西アフリカ・リベリアのエレン・ジョンソン・サーリーフ大統領、同じくリベリアのレイマ・ゴーウィ氏、イエメンのタワックル・カルマン氏の女性3人に決定しました。というわけで、きょうはリベリア切手のうち、日本人にとって定番のこの1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

        リベリア・三波春夫

 これは、1970年の大阪万博に際してリベリアが発行した記念切手で、万博のテーマソング「世界の国からこんにちは」の歌詞の一部と歌手の三波春夫が取り上げられています。切手は、某切手商(あえて名を秘す)が日本の収集家をターゲットとして販売するために企画したもので、いわゆる“いかがわしい切手”の代表格とも言われていますが、大阪万博やジャポニカ切手の歴史を語る上では避けて通ることのできない1枚です。このあたりの事情については、拙著『事情のある国の切手ほど面白い』でも書いたことがありますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。

 昭和の国民的歌手として知られる三波春夫(本名:北詰文司)は、1923年、新潟県長岡市塚野山(旧・三島郡越路町)で生まれました。1936年、13歳で上京し、米穀商や製麺所を経て築地市場に住み込みで働きながら、1939年、16歳で日本浪曲学校に入学し、南篠文若の芸名で少年浪曲師としてデビューします。

 1944年、20歳で陸軍に入隊し渡満。入隊後も部隊をまわって浪曲の口演を行い、“浪曲上等兵”とあだ名されていました。1945年8月9日、ソ連軍の侵攻時には北満のフウキンでソ連軍との戦闘に入り、9月9日、投降。同月11日に武装解除され、10月24日、ハバロフスクの収容所へ抑留されました。

 収容所では強制労働に動員されましたが、このうち極東美術館裏側のコンサートホールは、彼が改修工事にかかわった建物が現在でも残っています。

 こうした作業の傍ら、三波は他の抑留者の求めに応じて浪曲を講演するとともに、芝居を制作、上演していました。抑留者に対する思想教育を重視していたソ連当局は、三波の浪曲や芝居をその手段として活用することとし、上演内容にもことごとく干渉しました。

 その後、ナホトカの収容所へ移された三波は、1949年9月20日、26歳の時に4年間の抑留生活を終えて帰還船「明優丸」で舞鶴に帰国しました。当初、シベリア時代に収容所で演じていた“思想浪曲”を演じていたものの、すぐにオーソドックスな浪曲に戻ります。しかし、ほどなくして、戦後復興の時流の中で歌手への転身を決意。1957年、芸名を三波春夫と改めて「チャンチキおけさ」「船方さんよ」でデビュー。この曲の大ヒットで歌手としての地位を確立し、以後、昭和を代表する歌手となったことはあらためて言うまでもないでしょう。

 ハバロフスクの抑留所での上演経験を通じて、三波は、浪曲よりも短時間で人の心をとらえる“歌”の力を意識するようになったのだとか。当時、彼は「日本へ帰ったら必ずオーケストラをバックに歌うんだ」と仲間に語っていたそうですが、コンサート・ホールの改修工事に動員された経験もまた、その背景にあったにちがいありません。

 さて、10月下旬に切手紀行シリーズ④として発売予定の拙著『ハバロフスク』では、三波春夫と彼が改修工事にかかわったコンサートホールについてもご紹介しております。すでに、見本はできあがっているとのことで、ひょっとしたらきょう・あすにも拙宅に何冊か届くかもしれません。現物が到着次第、このブログでもご案内しますので、よろしくお願いいたします。 

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 オバマの切手
2009-01-20 Tue 17:44
 1月20日(アメリカ時間で、日本では21日ですが)、アメリカ・オバマ新大統領の就任式が行われます。というわけで、今日はストレートにこの切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 オバマ

 これは、大統領選挙投票日の翌日にあたる2008年11月5日、西アフリカのリベリアが発行した小型シートで、当選したばかりの次期大統領バラク・オバマと副大統領ジョゼフ・バイデンの切手が収められています。

 リベリアは、1816年にアメリカで設立されたアメリカ植民協会が、黒人解放奴隷をアフリカへ帰還させ、黒人のための“祖国再建運動”としてリベリア建国運動を開始したことがルーツとなっており、首都のモンロビアはアメリカ第5代大統領のジェームズ・モンローにちなむものです。合衆国憲法を元にしたリベリア憲法を制定しての共和国正式独立は1847年7月26日のことで、初代大統領に就任したのはジョセフ・ジェンキンス・ロバーツでした。

 ロバーツは1809年3月15日、アメリカ・バージニア州で、白人と黒人の混血児として生まれ、20歳の時に母親の住むリベリアに移住。その後、貿易業者として経済的な成功をおさめて、1838年にリベリア連邦が結成されるとで副知事になっています。その後、1842年にトマス・ブキャナン知事がなくなると、入植地最初の黒人知事に任命され、1847年の共和国発足とともに初代大統領になりました。もちろん、黒人が国家元首としての“大統領”の地位に就任したのはこれが世界史上はじめてのことです。ちなみに、アメリカ初の黒人大統領となるオバマは、ケニア人男性とアメリカ人女性の子どもで、2歳の時に両親は別居して翌年離婚、その後、母親の再婚に伴い、インドネシアへ移住しているというキャリアですから、“世界初”のロバーツとイメージが重なるところもありますな。

 以上のような歴史的経緯もあって、リベリアでは、いままでにもアメリカの次期大統領が決まると、早々に新大統領の肖像切手を発行しています。今回のオバマ切手もその一環というわけですが、投票日翌日の発行ということは、とりあえず、マケイン陣営の切手も用意しておいて、廃棄したということなんでしょうか。昨年、大統領選挙の時期にあわせて『大統領になりそこなった男たち』という本を出した僕としては、幻の“マケイン切手”の行方も気になるところです。

 いずれにせよ、今後、世界の収集家をターゲットに外貨稼ぎを狙ったオバマ切手がいろいろと出てくることになると思いますが、リベリアの切手は、その中では比較的まともな部類ということになるんでしょうね。

 * 本日未明、カウンターが46万PVを越えました。いつも遊びに来ていただいている皆様には、この場を借りて、あらためてお礼申し上げます。

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 1月15日付『夕刊フジ』の「ぴいぷる」欄に『年賀切手』の著者インタビュー(左の画像)が掲載されました。 こちらでお読みいただけます。また、日本郵政本社ビル・ポスタルショップでは、『年賀切手』の販売特設コーナー(右の画像)も作っていただきました。 *写真はいずれも:山内和彦さん撮影

 夕刊フジ(イメージ)   日本郵政特設コーナー 
 
 
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