内藤陽介 Yosuke NAITO
http://yosukenaito.blog40.fc2.com/
World Wide Weblog
 世界の国々:ラオス
2016-09-17 Sat 11:54
 アシェット・コレクションズ・ジャパンの週刊『世界の切手コレクション』2016年9月14日号が先週、発行されました。僕が担当したメイン特集「世界の国々」のコーナーは、今回はラオスの特集(2回目)です。その記事の中から、この1点をご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

      ラオス・第2タイ=ラオス友好橋

 これは、2006年に発行された第2タイ=ラオス友好橋開通の記念切手です。

 第2タイ=ラオス友好橋は、ノーンカーイ(タイ)=ヴィエンチャン(ラオス)間の友好橋に次いで、両国国境のメコン川に架けられた2本目の橋で、 ムックダーハーン(タイ)=サワンナケート(ラオス)間の2050mを結んでいます。基本構造は多径間連続ラーメンPC箱桁橋ですが、中間地点に仏教の“合掌”をモチーフとして取り入れるため、一部はエクストラドーズド橋となりました。日本のODA融資資金の円借款ローン(約80億円)により、三井住友建設が施工し、2006年12月20日に開通。これにより、ヴェトナム、ラオス、タイ、ミャンマーの国々を結ぶ東西経済回廊が完成しました。今回ご紹介の切手では、日本の支援に感謝する意味を込めて、“合掌”の部分の上方に日章旗が描かれているのも良いですね。

 さて、『世界の切手コレクション』9月14日号の「世界の国々」では、ラオス内戦とパテート・ラーオについてまとめた長文コラムのほか、辻政信の失踪の地として知られるジャール平原ワット・セーンの釈迦牟尼仏バーシー・スー・クワンの儀式、伝統的な稲作の風景、日本の援助によるポンプ式井戸の切手などもご紹介しております。機会がありましたら、ぜひ、書店などで実物を手に取ってご覧いただけると幸いです。

 なお、「世界の国々」の僕の担当回ですが、次回は、来週水曜日(21日)発売の9月28日号でのニカラグアの特集(2回目)になります。こちらについては、発行日以降、このブログでもご紹介する予定です。


★★★ トークイヴェントのご案内 ★★★

 拙著『リオデジャネイロ歴史紀行』の刊行を記念して、東京・青山の駐日ブラジル大使館で下記の通り、トークイヴェントを開催いたします。ぜひ、ご参加ください。

 ・日時 2016年9月23日(金)18:00~20:00(17:30受付開始)
 ・会場 駐日ブラジル大使館 セミナー・ルーム
  〒107-8633 東京都港区北青山2丁目11-12 (地図はこちらをご覧ください)
 ・参加費 無料
 ・定員 30名(申込多数の場合は先着順)

  * 9月19日(月)までに、お名前・ご連絡先・ご所属を明記の上、電子メール、ファックス等で下記宛にお申し込みください。(お送りいただいた個人情報は、大使館へ提出する以外の目的には使用しません)
  申込先 えにし書房(担当・塚田)
  〒102-0074 千代田区九段南2-2-7-北の丸ビル3F
  Tel. 03-6261-4369 Fax. 03-6261-4379
  電子メール info★enishishobo.co.jp (スパム防止のため、★の部分を半角@に変えてご送信ください)

 なお、トークヴェベント終了後、20:30より近隣のブラジルレストラン「イグアス」にて懇親会を予定しております。(イグアスの地図はhttp://tabelog.com/tokyo/A1306/A130603/13048055/ をご覧ください) 
 会費は、『リオデジャネイロ歴史紀行』1冊の代金込みで6500円(書籍不要の場合は5000円)の予定です。参加ご希望の方は、トークイベントお申し込みの際に、その旨、お書き添えください。なお、懇親会のみの御参加も歓迎いたします。


★★★ ブラジル大使館推薦! 内藤陽介の『リオデジャネイロ歴史紀行』  ★★★ 

       リオデジャネイロ歴史紀行(書影) 2700円+税

 【出版元より】
 オリンピック開催地の意外な深さをじっくり紹介
 リオデジャネイロの複雑な歴史や街並みを、切手や葉書、写真等でわかりやすく解説。
 美しい景色とウンチク満載の異色の歴史紀行!
 発売元の特設サイトはこちらです。

 * 8月6日付『東京新聞』「この人」欄で、内藤が『リオデジャネイロ歴史紀行』の著者として取り上げられました!

       リオデジャネイロ歴史紀行(東京新聞)


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 花まつり
2016-04-08 Fri 18:35
 きょう(8日)は、お釈迦様の誕生を祝う“花まつり”の日です。というわけで、恒例のお釈迦様ネタの1枚を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      ラオス・ワットセーンの仏像

 これは、2003年のバンコク世界切手展に際してラオスが発行した記念切手で、ルアン・パバーンにあるワット・セーンの釈迦牟尼仏立像が取り上げられています。ちなみに、実際の仏像と像を収める祠はこんな感じでした。

      ワット・セーン祠  ワット・セーン仏像

 ワット・セーンはワット・セーン・スーク・ハラムともいい、ルアンパバーンのサッカリン通りにあり、1718年に建立されました。寺名の“セーン”はラオ語で10万の意味ですが、これは、建立に際してキン・キッサラート王によりメコン川から取られた10万個の石が用いられたことによるという説が有力ですが、ほかにも、建立に際して10万キップの寄付があったからとか、本堂の壁面の装飾の蓮が10万あるためという説もあります。仏陀入滅2500年の記念事業として1957年に大修理が行われ、現在の姿になりました。

 切手に取り上げられた仏像は巨大な立像ですが、釈迦の身体的特徴とされる三十二相のうち、正立手摩膝相(直立したとき手先が膝に触れるほど長く、哀れみの思いが深く大きいことを意味しています)、足下安平立相(扁平足。足の裏が凹凸がなく平らで、地面を歩くとき足裏と地面とが密着しており、慈悲の平等を意味しています)などが強調された造形となっています。

 なお、拙著『切手が伝える仏像』では、今回ご紹介の切手を含め、世界のさまざまな仏像切手をご紹介しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


 ★★★ 講座のご案内 ★★★

 ・よみうりカルチャー荻窪 「宗教と国際政治」
 4月から毎月第1火曜の15:30より、よみうりカルチャー荻窪(読売・日本テレビ文化センター、TEL 03-3392-8891)で講座「宗教と国際政治」がスタートします。ぜひ、遊びに来てください。詳細は、こちらをご覧いただけると幸いです。
 

 ★★★ 内藤陽介の新刊  『ペニー・ブラック物語』 のご案内 ★★★ 

       ペニーブラック表紙 2350円+税

 【出版元より】
 若く美しい女王の横顔に恋しよう!
 世界最初の切手
 欲しくないですか/知りたくないですか

 世界最初の切手“ペニー・ブラック”…名前は聞いたことがあっても、詳しくは知らないという収集家も多いはず。本書はペニー・ブラックとその背景にある歴史物語を豊富なビジュアル図版でわかりやすく解説。これからペニー・ブラックを手に入れたい人向けに、入手のポイントなどを説明した収集ガイドもついた充実の内容です。

 発売元の特設サイトはこちら。ページのサンプルもご覧いただけます。


 ★★★ 内藤陽介の新刊  『アウシュヴィッツの手紙』 のご案内 ★★★ 

       アウシュヴィッツの手紙・表紙 2000円+税

 【出版元より】
 アウシュヴィッツ強制収容所の実態を、主に収容者の手紙の解析を通して明らかにする郵便学の成果! 手紙以外にも様々なポスタルメディア(郵便資料)から、意外に知られていない収容所の歴史をわかりやすく解説。

 出版元のサイトはこちら。各書店へのリンクもあります。

 インターネット放送「チャンネルくらら」にて、本書の内容をご紹介しております。よろしかったら、こちらをクリックしたご覧ください。


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 エーラーワン本来の姿
2015-08-18 Tue 12:50
 きのう(17日)夜、バンコク中心部のエーラーワン廟前で爆弾テロとみられる大きな爆発があり、これまでに外国人8人を含む少なくとも22人の死亡が確認され、多数が負傷する惨事となりました。亡くなられた方のご冥福をお祈りするとともに、被害を受けられた方には心よりお見舞い申し上げます。というわけで、きょうは“エーラーワン”に関連して、この1枚を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      ラオス・インドラ

 これは、1974年にラオスで発行されたインドラの切手です。本来であれば、タイの切手を持ってきたかったのですが、適当なモノが思い浮かばなかったのと、現在の国名でいうタイとラオスの地域は伝統的な文化・宗教という面ではほぼ一体化していますので、今回はご容赦ください。

 インドラは古代インド神話の最強の神で、馬車または白象に乗り、金剛杵を持って大地に雨を降らせ、恵みを与えるとされています。仏教へは“帝釈天”として取り込まれ、釈迦の修業時代から彼を助け、その説法を聴聞しました。ちなみに、現在のラッタナコーシン王朝を開いたラーマ1世は、1784年、王都バンコクの建設にあたって、インドラの降臨を仰いだとされており、それゆえ、バンコクの正式名称ではインドラの名前も登場しています。

 今回の事件現場の名前である“エーラーワン(サンスクリットではアイラーヴァタ)は、インドラの乗物とされる白い象のことで、神話では、冥界まで鼻を伸ばし、吸い上げた水を空に向けて吹き上げて雲を作り、インドラがそれを雨へと変えるとされています。タイやラオスなど東南アジアでは、今回ご紹介の切手にみられるように、3首の姿で描かれるのが一般的です。

 ところで、少しややこしいのですが、事件現場となっている“エーラーワン廟”は、旧エーラーワン・ホテル(現グランド・ハイアット・エラワン・バンコク)前に建てられたことからこの名がつけられましたが、廟の祭神はインドラではなく、ヒンドゥーの最高神とされるブラフマー(プラ・プロム)です。ブラフマーの乗物は象ではなく、水鳥ハンサですから、廟の中の像もエーラーワンには乗っていません。

 廟は、1953年に着工したエラワンホテルの建設工事に際して、当初、事故が多発したため、占星術に通じた海軍少将ルワン・スウィチャーンペートの勧めにより、敷地内に建立されたもので、以後、工事は順調に進み、無事、ホテルは開業にこぎつけました。このことから、エーラーワン廟のブラフマー像は「願い事がかなう神様」として、日々、多くの参拝者を集める場所となってきました。

 報道された画像を見る限り、ご本尊の像そのものには大きな打撃はなかったようですが、そういう場所に爆弾を仕掛けるなんて、何とも罰当たりな話です。犯人一味には厳しい神罰が下り、一日も早く、善男善女が集う、エーラーワン廟本来の姿に戻ってほしいものですな。

 なお、古代インドの神々と仏教の関係については、拙著『切手が伝える仏像』でもいろいろと解説しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。

 * 昨日、カウンターが155万PVを超えました。いつも閲覧していただいている皆様には、この場をお借りして、お礼申し上げます。
 
 ★★★ 内藤陽介の最新刊  『日の本切手 美女かるた』  好評発売中! ★★★ 

        税込2160円

 4月8日付の『夕刊フジ』に書評が掲載されました!

 【出版元より】
 “日の本”の切手は美女揃い!
  ページをめくれば日本切手48人の美女たちがお目見え!
 <解説・戦後記念切手>全8巻の完成から5年。その著者・内藤陽介が、こんどは記念切手の枠にとらわれず、日本切手と“美女”の関係を縦横無尽に読み解くコラム集です。切手を“かるた”になぞらえ、いろは48文字のそれぞれで始まる48本を収録。様々なジャンルの美女切手を取り上げています。

 出版元のサイトはこちら、内容のサンプルはこちらでご覧になれます。ネット書店でのご購入は、アマゾンboox storee-honhontoYASASIA紀伊國屋書店セブンネットブックサービス丸善&ジュンク堂ヨドバシcom.楽天ブックスをご利用ください。


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 ラオスとコリア
2015-07-12 Sun 22:45
 北朝鮮を訪問中のラオスのセンヌアン国防相らラオス人民軍幹部が、昨日(11日)、北朝鮮側の人民武力部長(国防相)として朝鮮人民軍の朴永植大将と会談したことが公表されました。北朝鮮の人民武力部長については、今年5月、当時の人民武力部長だった玄永哲が粛清されたとみられていたものの、北朝鮮当局はこの件について対外的にノーコメントの立場を取っていましたが、今回の一件で、人民武力部長の交代が公式に確認されたことになります。というわけで、きょうは、この事実を明らかにするきっかけとなったラオス人民軍にちなんで、こんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      ラオス人民軍60年(カイソーン・ポムウィハーン)

 これは、2009年にラオスで発行されたラオス人民軍創建60周年の記念切手のうち、前線で指揮を執るカイソーン・ポムウィハーンを取り上げた1枚です。

 旧仏領インドシナのうち、現在のラオスの地では、第2次大戦末期の1945年3月、日本軍によっていわゆる明号作戦が発動され、同年4月、日本の影響下でシーサワーンウォン王がラオス独立を宣言しました。

 ところが、戦後、インドシナ支配の復活をもくろむフランスが再進駐して第一次インドシナ戦争が勃発すると、シーサワーン・ウォンは独立を撤回。これに不満を持つ民族主義者はラオ・イサラ(自由ラオス)を結成しましたが、フランスはシーサワーン・ウォンに内政の自治権を与えて懐柔するとともに、ラオ・イサラを攻撃。このため、ラオ・イサラの指導者たちはタイに亡命政府を樹立して抵抗を続けました。

 その後、ラオ・イサラの指導者はシーサワーン・ウォンと妥協し帰国する者と、あくまでも妥協を拒否する強硬派に分裂し、後者のスパーヌウォン王子らは1950年8月、北東部のサムヌア省を拠点に左派のネーオ・ラーオ・イサラ(ラオス自由戦線)政府を樹立。1951年にはホー・チ・ミン率いるヴェトミン等とインドシナ合同民族統一戦線を結成し、抗仏闘争を展開します。その際、自由戦線側の軍事組織として、1950年に創設されたのがパテート・ラーオで、これが、現在のラオス人民軍の直接の母体となりました。
 
 ところで、パテート・ラーオの創設以前、ラオス内にはさまざまな軍事勢力がありましたが、その中で、インドシナ戦争の中軸を担ったヴェトナムが後押ししていたのが、ヴェトナム人の父親を持ち(母親はラオス人)、ハノイ大学で学び、ヴェトナムで半植民地運動に参加して1949年にはインドシナ共産党に入党していたカイソーン・ポムウィハーンでした。カイソーンは、後にラオス人民革命党の書記長となり、1975年12月2日、王政が廃止されてラオス人民民主共和国が建国されると、初代首相を兼任し、1992年に亡くなるまで、独裁者としてラオスに君臨するようになります。

 それに伴い、パテート・ラーオの創設以前、カイソーンが1949年1月20日に創設された(とされる)ラーサウォン隊で司令官を務めていたことがクローズアップされ、同隊こそがラオス人民解放軍の前身であるというのが、ラオス国家の公式な歴史観となりました。今回ご紹介の切手も、ここから起算したため、2009年に“60周年記念”として発行されたというわけです。

 まぁ、北朝鮮でも、歴史的な事実としては朝鮮人民軍の創建は1948年2月8日であるにもかかわらず、金日成から金正日への権力世襲の過程で、満州での金日成の抗日武装闘争の経歴が誇張して宣伝されるようになった結果、1978年以降、朝鮮人民軍のルーツは“朝鮮人民革命軍”(金日成の抗日遊撃隊)であるとして、建軍記念日も朝鮮人民革命軍が結成されたとされる1932年4月25日(ただし、これは北朝鮮当局がそう主張しているだけであって、資料的な裏付けはありません)に変更されていますからねぇ。独裁国家というのは、似たようなことを考えるものだと言えばそれまでですが。

 なお、1975年の革命以前、ラオス王国は韓国と国交があり、北朝鮮とは国交がありませんでしたが、革命後のカイソーン政権は韓国と断交し、北朝鮮と国交を樹立します。しかし、韓国との関係が完全に途絶したわけではなく、1988年のソウル五輪にはラオスは選手団を派遣しており、1995年には韓国とも国交を回復。現在、南北双方と国交関係があります。ちなみに、現在、ラオス最大の民間企業は、自動車販売などを手掛ける韓国資本のKOLAOグループです。

 
 ★★★ 全日本切手展+韓国切手展のご案内 ★★★ 

 7月17-19日(金ー日) 東京・錦糸町のすみだ産業会館で全日本切手展(全日展)ならびに日韓国交正常化50周年記念・韓国切手展が開催されます。詳細は、主催団体の一つである日本郵趣連合のサイト(左側の“公式ブログ”をクリックしてください)のほか、フェイスブックのイベントページ(全日展はこちら、韓国切手展はこちら)にて、随時、情報をアップしていきますので、よろしくお願いいたします。

      全日展チラシ  全日展チラシ(裏)

 *画像は全日展実行委員会が制作したチラシです。

 なお、内藤は、会期中の18日(土)11:00より、韓国切手展の展示解説を、16:00より「切手と郵便に見る韓国現代史と日本」と題する記念講演を行いますので、皆様、是非、遊びに来てください。
 
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 日本=ラオス国交60年
2015-03-06 Fri 23:13
 ことし(2015年)は、1955年3月5日の日本=ラオス国交樹立60周年ということで、これにあわせ、今月4日から7日まで、ラオスのトンシン首相が訪日しており、きょう(6日)は、安倍首相とも会談しました。というわけで、こんな切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

       ラオス・日本からの援助

 これは、1965年3月30日にラオスが発行した“各国の援助(に感謝)”の切手のうち、日本の援助として、農村でのポンプ式の井戸が描かれています。

 第二次世界大戦末期の1945年3月、日本軍が明号作戦を発動してフランス軍を制圧。これに伴い、同年4月、日本の影響下でシーサワーンウォン王がラオス独立を宣言しました。

 ところが、戦後、インドシナ支配の復活をもくろむフランスが再進駐して第一次インドシナ戦争が勃発すると、国王シーサワーンウォンは独立を撤回。これに不満を持つ民族主義者はラオ・イサラ(自由ラオス)を結成し、いわゆる第一次インドシナ戦争の一環として、フランスに対する独立闘争が続けられました。

 その後、シーサワーンウォンのラオス王国は、1953年10月22日に完全独立を達成。翌1954年にジュネーヴでインドシナ停戦協定が調停され、全外国軍隊のラオス王国からの撤退、パテート・ラーオ軍の中南部10県からの撤収と北部2県への結集と軍事的中立等が決められました。

 これを受けて、1955年3月5日、わが国はラオスと国交を樹立。1957年には、岸信介首相が日本の要人として初めてラオスを訪問しました。以後、わが国はラオスに対してさまざまな援助を行っていますが、その一環として、かつてはラオス各地でポンプ式井戸の掘削を支援。これにより、ラオス国民の水環境は大きく改善されました。今回ご紹介の切手は、そのことへの感謝の意を示すために発行されたものです。

 さて、今日の会談では、両国首脳は、ラオスへの日本のインフラ開発支援や両国間の投資促進などを通じて経済関係を強化する方針で一致したほか、安全保障分野やテロ対策での連携も確認し、共同声明に署名しました。共同声明には「テロに屈せず世界の平和と安定に共に貢献していく」との一文も明記されており、これは、“イスラム国”を自称する犯罪者集団・ダーイシュを意識したものとみられていますが、昨日(5日)、韓国で駐韓米国大使が暴漢に襲われた事件などもあっただけに、ますます重みを増す文言となりましたな。なお、東アジアの一部の国々とは異なり、ラオスのトンシン首相は、日本の“積極的平和主義”を支持するとも明言しており、今回の首相の訪日を機に、両国の友好関係が深まることが期待されます。


 ★★★ よみうりカルチャー荻窪の講座のご案内 ★★★

 毎月1回(原則第1火曜日:3月31日、4月7日、6月2日、7月7日、8月4日、9月1日)、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で下記の一般向けの教養講座を担当します。(下の青い文字をクリックしていただくと、よみうりカルチャーのサイトに飛びます)

 ・イスラム世界を知る 時間は15:30-17:00です。

 次回開催は3月31日で、途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


 ★★★ 内藤陽介の最新刊  『日の本切手 美女かるた』 3月25日発売! ★★★ 

         日の本切手 美女かるた・表紙 税込2160円

 【出版元より】
 “日の本”の切手は美女揃い!
  ページをめくれば日本切手48人の美女たちがお目見え!
 <解説・戦後記念切手>全8巻の完成から5年。その著者・内藤陽介が、こんどは記念切手の枠にとらわれず、日本切手と“美女”の関係を縦横無尽に読み解くコラム集です。切手を“かるた”になぞらえ、いろは48文字のそれぞれで始まる48本を収録。様々なジャンルの美女切手を取り上げています。

 本書のご注文はこちら(出版元の予約受付サイトです)へ。内容のサンプルはこちらでご覧になれます。


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 世界の国々:ラオス
2014-10-29 Wed 21:39
 アシェット・コレクションズ・ジャパンの週刊『世界の切手コレクション』2014年10月29日号が、先週、刊行されました。僕が担当しているメイン特集「世界の国々」のコーナーは、今回はラオスの特集です。その記事の中から、こんなモノをご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

      ワット・ポー・ハケオ

 これは、1952年、フランス連合内のラオス王国として発行された切手で、ヴィエンチャンのワット・ホー・パケオが描かれています。ちなみに、現在のワット・ホー・パケオの実際の外観はこんな感じです。

      ワット・ホー・パケオ(実物)

 現在のラオス国家の領域は、かつて“百万頭の象の王国”を意味するラーンサーンと呼ばれていました。16世紀後半、ラーンサーンの王であったセーターティラートは、王都ヴィエンチャンを建設するとともに、新都に王室の守護寺院としてワット・ホー・パケオを建立。旧都ルアンパバーンから本尊のエメラルド仏(実際には濃緑色の硬玉でできています)を移して都としての体裁を整えました。

 しかし、17世紀末、ラーンサーンの王国は、ルアンパバーン、ヴィエンチャン、チャンパーサックに分裂。彼らは対立・抗争を繰り返しながら徐々に弱体化し、1779年にシャム(現タイ)のとの戦争に負けて、その属領となってしまいます。この過程で、ヴィエンチャンのエメラルド仏はシャムに持ち出され、1784年、現王朝(ラッタナコーシン朝)の始祖であるラーマ1世がバンコクの王宮付属寺院であるワット・プラケーオにエメラルド仏を移しました。これがバンコクのエメラルド寺院のルーツです。

 1885年以降、すでにヴェトナムを掌中に収めていたフランスは漢族ホー(太平天国の残党といわれている武装集団)の襲撃から、タイの属国であったラーンサーンを守ることで、彼らの信頼を獲得。そのうえで、1893年、ラーンサーン地域の領有権を主張して砲艦外交を展開し、1905年までにラオスの全地域を保護国化しました。

 このため、1940年6月、第二次大戦でフランスがドイツに降伏し、さらに、日中戦争下の日本が、同年9月、中国との国境封鎖を求めて仏領インドシナ北部に軍事進駐すると、タイはフランスに国境紛争を挑み、ラオス(の一部)を自国の“領土”として回復しました。

 これに対して、フランスは、自らの支配下に残ったルアンパバーンを強化することで対抗すべく、ルアンパバーン域内各地に小学校を新設するとともに、現地の住民に対して“母なる祖国・フランス”への奉仕を強調。このことが、結果的に、現在の“ラオス”という枠組でのナショナリズムを生み出し、ラオス現代史の起点となりました。

 さて、『世界の切手コレクション』10月29日号の「世界の国々」では、日本との関係も深いルアンパバーン国王シーサワーンウォンとその生涯や、メコン川周辺の自然と文化、内戦時代のパテート・ラーオとその切手などもご紹介しております。機会がありましたら、ぜひ、書店などで実物を手に取ってご覧いただけると幸いです。

 なお、本日発売の11月5日号では、「世界の国々」はニカラグアにフォーカスを当てておりますが、こちらについては、来週水曜日に、このブログでもご紹介する予定です。


 ★★★ トークイベントのご案内 ★★★

 ・11月1日(土) 14:30- 全国切手展<JAPEX>
 東京・浜松町で開催される全国切手展<JAPEX>会場内で、拙著『朝鮮戦争』のトークイベントを予定しております。よろしかったら、ぜひ遊びに来てください。なお、詳細は主催者HPをご覧いただけると幸いです。
 

 ★★★ インターネット放送出演のご案内 ★★★

      チャンネルくらら写真

 インターネット放送・チャンネルくららにて、10月8日より、内藤がレギュラー出演する新番組「切手で辿る韓国現代史」が毎週水曜日に配信となります。青字をクリックし、番組を選択していただくとYoutube にて無料でご覧になれますので、よろしかったら、ぜひ、ご覧ください。(画像は収録風景で、右側に座っているのが主宰者の倉山満さんです)

 
 ★★★ よみうりカルチャー荻窪の講座のご案内 ★★★

 10月から、毎月1回(原則第1火曜日:11月4日、1月6日、2月3日、3月3日、3月31日)、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で下記の一般向けの教養講座を担当します。

 ・イスラム世界を知る 時間は15:30-17:00です。

 次回開催は11月4日で、途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


 ★★★ 内藤陽介の最新刊  『朝鮮戦争』好評発売中! ★★★ 

 お待たせしました。約1年ぶりの新作です!

        朝鮮戦争表紙(実物からスキャン) 本体2000円+税

 【出版元より】
 「韓国/北朝鮮」の出発点を正しく知る!
 日本からの解放と、それに連なる朝鮮戦争の苦難の道のりを知らずして、隣国との関係改善はあり得ない。ハングルに訳された韓国現代史の著作もある著者が、日本の敗戦と朝鮮戦争の勃発から休戦までの経緯をポスタルメディア(郵便資料)という独自の切り口から詳細に解説。解放後も日本統治時代の切手や葉書が使われた郵便事情の実態、軍事郵便、北朝鮮のトホホ切手、記念切手発行の裏事情などがむしろ雄弁に歴史を物語る。退屈な通史より面白く、わかりやすい内容でありながら、朝鮮戦争の基本図書ともなりうる充実の内容。

 本書のご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、アマゾン他、各電子書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。

 *8月24日付『讀賣新聞』、韓国メディア『週刊京郷』8月26日号、8月31日付『夕刊フジ』、『郵趣』10月号、『サンデー毎日』10月5日号で拙著『朝鮮戦争』が紹介されました!


 ★★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★★

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 ラオスで軍用機墜落
2014-05-17 Sat 16:49
 ラオス北東部のシエンクワーン県で、けさ(現地時間17日06時15分頃)、ドゥアンチャイ・ピチット副首相兼国防相夫妻や国会議長ら少なくとも18人を乗せたラオス空軍機(アントノフ74型)が墜落。副首相兼国防相ら少なくとも5人の死亡が確認され、女性1人を含む3人の生存者が見つかったものの、現時点では詳細は不明だそうです。というわけで、シエンクワーン県にちなんでこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      パテートラーオ・ジャール平原

 これは、1961年にパテート・ラーオが発行した切手で、ジャール平原で国旗を掲げるパテート・ラーオの兵士が描かれています。

 ラオス北東部、ヴェトナムのゲアン省と接するシエンクワーン県のうち、アンナン山脈の北端に位置する平原には、紀元前500-後800年に古代モン・クメール族が使っていた石壺 が散らばって埋められています。1930年代にこの地を発掘調査したフランス人考古学者は、石壺(jars)にちなんで、この地を“ジャール平原”と命名。後に、この地名は平原全体を指す言葉としても使われるようになりました。

  旧仏領インドシナのうち、現在のラオスの地では、第2次大戦末期の1945年3月、日本軍によっていわゆる明号作戦が発動され、同年4月、日本の影響下でシーサワーンウォン王がラオス独立を宣言しました。

 ところが、戦後、インドシナ支配の復活をもくろむフランスが再進駐して第一次インドシナ戦争が勃発すると、国王シーサワーン・ウォンは独立を撤回。これに不満を持つ民族主義者はラオ・イサラ(自由ラオス)を結成しましたが、フランスはシーサワーン・ウォンに内政の自治権を与えて懐柔するとともに、ラオ・イサラを攻撃。このため、ラオ・イサラの指導者たちはタイに亡命政府を樹立して抵抗を続けました。

 その後、ラオ・イサラの指導者はシーサワーン・ウォンと妥協し帰国する者と、あくまでも妥協を拒否する強硬派に分裂し、後者のスパーヌウォン王子らは1950年8月、北東部のサムヌア省を拠点に左派のネオ・ラオ・イサラ政府を樹立。1951年にはホー・チ・ミン率いるヴェトミン等とインドシナ合同民族統一戦線を結成し、抗仏闘争を展開しました。

 シーサワーン・ウォンのラオス王国は、1953年11月に完全独立を達成しますが、ネオ・ラオ・イサラも、ラオス北東部のサムヌア省を拠点に、ヴェトミンと連携してラオス北部をほぼ支配。そして、翌1954年にジュネーヴでインドシナ停戦協定が調停されると、①全外国軍隊はラオス領内から撤退する、②ネオ・ラオ・イサラ軍は中南部10県から撤収し北部2県に結集する(=北部2県の実効支配は認める)、③国際休戦監視委員会による停戦監視を行う、ことが決められました。

 その後、1957年にはシーサワーン・ウォン政府とパテート・ラーオ(1956年にネオ・ラオ・イサラが改称)、さらに中立派の3派による統一政府が樹立されましたが、1958年に発足した親米右派のプイ・サナニコーン政権は左派系の政治家を追放したため、パテート・ラーオ派の兵士が王国軍から集団脱走。1959年にはスパーヌウォン自身が一時政府に軟禁され、パテート・ラーオ軍と政府軍の間で内戦が勃発します。

 その後、1960年8月9日、落下傘部隊の司令官コン・レーが、右派政権に対するクーデターを起こして首都ヴィエンチャンを制圧。スワンナ・プーマを首班とする中立派政権を樹立します。

 しかし、プーマは政権にパテート・ラーオを取り込もうとしたため、ノーサヴァン率いる軍の親米派が米国とタイの支援を受けて反攻。タイがラオスへの物資輸送を凍結したこともあって、プーマ政権は1960年12月には崩壊し、プーマ自身もカンボジアに亡命し、親米派のブン・ウムが首相となりました。ただし、プーマは首相辞任を拒否し、1961年2月にはカンボジアから帰国してジャール平原のカンカーイでコン・レー軍と合流して抵抗。3月9日からの戦闘では、パテート・ラーオと中立派の連合軍がノーサヴァン率いる親米派に大打撃を与え、首都ヴィエンチャンは陥落寸前に追い込まれた。

 今回ご紹介の切手は、こうした状況の下で、パテート・ラーオ側が発行した切手で、ジャール平原の兵士たちを描き、同地での勝利を表現したものです。ちなみに、内戦の勃発に伴い、パテート・ラーオ側は王国政府の正統性を認めないという立場から従来の切手の使用を拒否し、自らの支配地域においては独自の切手を発行していましたが、指導者のスパーヌウォンが王族であったこともあり、自分たちこそが“ラオス王国”の正統な後継者であるとの意を込めて、切手の国名表示は“ラオス王国”を意味する“ROYAUME DU LAOS”としていました。

 さて、親米派が危機に陥ったことで、1961年1月に発足したばかりの米ケネディ政権は、「もしラオスが共産主義者の手に落ちたら、タイ、カンボジア、南ヴェトナムに信じられないほどの大きな圧力をもたらすであろう」との“ドミノ理論”のアドヴァイスを前任者のアイゼンハワーから受けていたこともあって、米軍のラオス出動準備を発令。第7艦隊がシャム湾に急派され、ヴィエンチャンからも近いタイ国内のウドーン空軍基地内に秘密裏にヘリコプター部隊用の基地が設置されました。その上で、3月23日、ケネディは「ソ連や北ヴェトナムに支援されたラオス共産軍の大攻勢に対して、米国はラオスの中立を守るため何らかの対応策を取る」と述べ、ラオスへの軍事介入を示唆します。

 4月に入ると、ラオスの隣国、タイのサリット政権から「航空管制システムを確立するために」との要請を受けたことを理由に米空軍の先遣隊がドーンムアンに到着。さらに、フィリピンのクラーク空軍基地から第509要撃飛行隊からF-102戦闘機もドンムアンに派遣され、自力での防空が難しかったタイ空軍の防衛力を補完しています。

 米国の強硬姿勢を受けて、1961年5月3日、ラオス国内では3派の停戦合意が成立。同月6日から、タイを含む関係14ヵ国会議がジュネーヴで開かれ、米ソ両国が“ラオス人により選ばれた政府の下での、中立で独立したラオス”を支援することで合意し、6月23日、中立派のプーマを首班とする連合政府が発足し、内戦はいったん収束しました。

 しかし、翌1962年5月には、パテート・ラーオが、ラオス北西部の親米派5000の軍が駐留していたナムターを攻略。このため、5月11日、米国が第7艦隊をシャム湾に派遣し、5月15日には海兵隊1800人をタイに派遣すると、パテート・ラーオが攻撃を止めて親米派と妥協するなど、その後も、ラオスの内戦は1975年まで間欠的に続いていくことになります。
 
 なお、ジャール平原といえば、日本では、1961年に謎の失踪を遂げた辻政信が最後に確認された場所と行った方が通りが良いかもしれません。ノモンハンやガダルカナルなどで陸軍の参謀だった辻は、敗戦後の数年間を国内外で潜伏したのち、戦記を発表してベストセラー作家となり、1952年以降、衆議院議員(4期)、参議院議員(1期)を歴任しました。参議院議員在任中の1961年4月、北ヴェトナムでホーチミンと会うことを目的として東南アジアを外遊。ラオス入りした後、仏教の僧侶に扮してラオス北部のジャール平原へ単身向かった後、行方不明となり、1968年7月20日付で死亡宣告が出されています。

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 ラオスの新年
2014-04-14 Mon 22:46
 きょう(14日)は、インドシナ諸国では伝統的な暦で新年にあたります。というわけで、きょう新年を迎える国のうち、昨年、実際に僕が訪ねたラオスの切手の中からこの1枚を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

       ラオス・バーシー
       
 これは、1966年にラオスで発行された伝統儀礼の切手で、バーシー・スー・クワンの光景が描かれています。

 ラオスに限らず、インドシナでは仏教の伝来以前からあった土着の精霊信仰が残っており、人間には32の魂(クワン)が宿っていると考えられています。クワンは、新年や誕生、結婚、就職、旅行などの節目の時に体外に出ようとしますが、クワンが体外に出るとその人間は不幸になるので、クワンが出ないように(あるいはクワンを呼び戻す)儀式を行う必要があります。

 それが、バーシー・スー・クワンです。バーシーとは手首に巻きつける白い木綿の糸(ヴィエンチャンでは黄色、ピンク、オレンジ色なども使われるそうです)のことで、人々は、お互いに相手の手首にバーシーを結びクワンに守って貰えるよう祈りを捧げます。切手に描かれているのは、まさにバーシーを結びつけている場面です。

 なお、切手の背後に置かれている捧げものは“パー・クワン”と呼ばれているもので、式台の中央にはバナナの葉と各種の花で飾った塔を置き、その周囲に米、お菓子、果物等が飾られています。儀式の後、それらは、参加者に振舞われます。

 新年度・新学期のスタートとしては、ちょっと時間がたってしまいましたが、この1年皆様に幸ありますようにということで、こんな切手をご紹介したという次第です。

 * システムの不具合で画像がなかなかアップできず、更新が遅くなりま、ご愛読者の皆様にはご迷惑をおかけしました。この場をお借りして、お詫び申し上げます。


 ★★★ ポスタル・メディアと朝鮮戦争 ★★★

 4月19日(土)14:00から、東京・水道橋の日本大学法学部三崎町キャンパス本館2階 第2会議室(以前ご案内していた会場から変更になりました)にて開催のメディア史研究会月例会にて、昨年(2013年)夏、バンコクで開催された世界切手展<Thailand 2013>に出品した“Korea and the Cold War 1945-1953”の内容を中心に、切手や郵便物などによって朝鮮戦争とその時代を再構成しようとする試みについてお話しします。

 なお、メディア史研究会はまったく自由な研究会で、会員以外の方でも気楽にご参加いただけますので(もちろん、無料)、よろしかったら、ぜひ、遊びに来てください。


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 鬼退治の切手
2014-02-03 Mon 22:30
 きょうは節分です。というわけで、鬼と戦う場面を取り上げた切手の中から、この1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

       ラオス・トッカサンとジャターユ

 これは、1969年にラオスが発行した航空切手で、ラオス版『ラーマーヤナ』のうち、羅刹(鬼神)の王トッサカン(ヒンドゥーの『ラーマーヤナ』ではラーヴァナ)と鳥王サダーユ(『ラーマーヤナ』ではジャターユ)の格闘場面が取り上げられています。

 『ラーマーヤナ』の物語では、トッサカンが主人公ラーマ王子の婚約者シーダ妃(『ラーマーヤナ』ではシーター妃。実は、トッサカンの娘)を奪うため、魔術師マーリーチを黄金の鹿に化けさせ、2人の前に出現させます。その鹿の姿に魅了されたシーダが鹿を捕えるようラーマに頼むと、ラーマは彼女の願いを聞いて鹿を追って森の中へと入っていきますが、ラーマが彼女の傍を離れた隙をついて、トッサカンは彼女をさらって逃走しようとします。

 その際、たまたま近くの樹上で眠っていたサダーユが彼女の叫び声で目を覚まし、トッサカンに襲いかかったというのが、切手に取り上げられた場面です。サダーユに対してトッサカンは弓矢で応戦しつつ逃げ去ろうとしましたが、サダーユは追いかけてその背中に傷を負わせます。これに対して、トッサカンは剣でサダーユの翼を切り裂き、トッサカンは瀕死の状態となりますが、最後の力を振り絞ってラーマに事件を知らせ、息を引き取りました。以後、物語は、シーターを取り戻すためのラーマの戦いを軸に展開していくことになります。

 切手では、シーダ妃の姿は描かれていませんが、昨年、ルアンパバーンの劇場で見たパフォーマンスでは、下の画像のように、トッサカンの傍にシーダ妃が控えていました。

       トッカサンとジャターユ(舞台)

 なお、ラーマーヤナに題材を取った芸術・芸能とそれにまつわる切手については、拙著『タイ三都周郵記』『蘭印戦跡紀行』でもいくつかご紹介しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


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 ヴィエンチャンに来ています
2013-08-05 Mon 08:29
 世界切手展<Thailand 2013>も後半戦に突入ですが、僕は今回、コミッショナーでもなければ審査にタッチしているわけでもありませんので、比較的、時間に余裕があります。そこで、パルマレスまでの合間を利用して、思い切ってバンコクを抜け出し、現在、ラオスの首都ヴィエンチャンに来ています。バンコクへは今夜の夜行列車で戻りますので、せっかくなら現地にいるうちにと思い、この切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

       タート・ルアン

 これは、王制時代のラオスで1959年に発行されたタート・ルアンの切手です。ちなみに、きのう(4日)、僕が実際に見てきたタートルアンはこんな感じでした。

       タートルアン・実物(塀の外から)

 タート・ルアンは、ラオスの国章にも描かれている仏塔で、ヴィエンチャンの、というよりもラオスのシンボルとして、切手にも何度か取り上げられています。もともと13世紀初頭に建てられたクメール様式の仏塔で、その後、廃墟になっていたものを、ルアンパバーンからヴィエンチャンに遷都したラーンサーン王国のセーターティラート王の命で1566年に改修したのが直接のルーツです。

 度重なる戦乱で何度も破壊され、現在の塔は1930年代の大修復後のもので、外壁の一辺は85mの正方形、その中に60mの正方形の土台があり、その上に塔が立っているという構造です。あいにく、塔の内部に入ることができず、周辺から外観を眺めるだけでした。実物のタート・ルアンは前身これすべて金ぴかという感じでしたが、切手を見ると中心となる大仏塔の周囲の塔は金色ではありませんので、金ぴかになったのは最近のことなのかもしれません。そういえば、タイ・チェンマイの古刹ワット・スワンドークも、1973年の切手では石肌が見える渋いつくりなのに、現在は金ぴかですからねぇ。日本人の感覚としては、時代を経て少しくすんで来たり、色が落ちて素材の地肌が自然と出ていたりする方が、味があって良いと思うのですが、そのあたりは美意識の差ということなんでしょう。

 なお、ワット・スワンドークに関しては、拙著『タイ三都周郵記』でも取り上げておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


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