内藤陽介 Yosuke NAITO
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 世界の国々:旧ユーゴスラヴィア
2015-10-17 Sat 11:35
 ご報告が遅くなりましたが、アシェット・コレクションズ・ジャパンの週刊『世界の切手コレクション』2015年10月14日号が先週刊行されました。僕が担当したメイン特集「世界の国々」のコーナーは、今回は旧ユーゴスラヴィアの特集です。その記事の中から、この1点をご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

      ユーゴスラヴィア・イヴァン・メシュトロヴィッチ

 これは、1963年にユーゴスラヴィアで発行された“イヴァン・メシュトロヴィッチの彫刻”の切手のうち、メシュトロヴィッチの代表作の一つ「母」を取り上げた1枚です。

 イヴァン・メシュトロヴィッチは、1883年、現在はクロアチア領となっているウルボルイェの農家に生まれました。1896年、スポラトで石工の徒弟となり、1899-1904年、ウィーンのアカデミーに学びました。ロダンやゼツェッシオン(分離派)の影響を受け、1818年の新国家成立後は、“ユーゴスラヴィア”の民族的表現を意識した作品を意欲的に制作しました。

 その作風は力強く明快で、早くも大正時代には日本でも詳しく紹介されるなど、世界的にも知られています。晩年は米国インディアナ州サウス・ベンドの近郊で過ごし、1962年、同地で亡くなりました。今回ご紹介の切手は、翌1963年に彼の追悼切手として発行されたものです。

 さて、 『世界の切手コレクション』10月14日号の「世界の国々」では、ティトー時代のユーゴスラヴィアと旧ユーゴスラヴィアの崩壊過程を扱った長文コラム2本のほか、軍需産業のザスタヴァ、“東欧のグランドキャニオン”と呼ばれるタラ渓谷、サライェヴォ五輪、ダルメシアンなどの切手をご紹介しています。機会がありましたら、ぜひ、書店などで実物を手に取ってご覧ください。

 なお、次回の僕が担当する「世界の国々」は、1週お休みをいただいて、10月21日発売の10月28日号でのタイの特集になります。こちらについては、10月28日以降、このブログでもご紹介する予定です。

 * 昨日(16日)、栄中日文化センターで開催された講座「アウシュヴィッツの手紙」は、無事、盛況のうちに終了いたしました。お集まりいただいた皆様ならびにスタッフの方々には、この場をお借りして、あらためてお礼申し上げます。ありがとうございました。


 ★★★ <JAPEX> トークイベントのご案内 ★★★

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 東京・浅草で開催される全国切手展<JAPEX>会場内で、下記の通り、拙著『アウシュヴィッツの手紙』ならびに『英国郵便史 ペニー・ブラック物語』の刊行記念のトークイベントを予定しております。よろしかったら、ぜひ遊びに来てください。なお、詳細は主催者HPをご覧いただけると幸いです。

 ・10月30日 15:30~ アウシュヴィッツの手紙
 ・11月1日  14:00~ 英国郵便史 ペニーブラック物語


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 アウシュヴィッツ強制収容所の実態を、主に収容者の手紙の解析を通して明らかにする郵便学の成果! 手紙以外にも様々なポスタルメディア(郵便資料)から、意外に知られていない収容所の歴史をわかりやすく解説。

 11月上旬刊行予定ですが、現在、版元ドットコムならびにアマゾンで予約受付中ですので、よろしくお願いします。

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 雪害お見舞い申し上げます
2014-02-17 Mon 15:16
 関東甲信と東北で先週末に降った記録的な大雪の影響で、現在なお、積雪で道路が通行できなくなり孤立したままの地域が少なからずあります。要請を受けた陸上自衛隊の部隊によって除雪作業が進められているとのことですが、作業は難航しているとのことで、雪害に遭われた皆様には、心よりお見舞い申し上げるとともに、不幸にして亡くなった方のご冥福をお祈り申し上げます。というわけで、きょうはこんな切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

       ユーゴスラヴィア・赤十字(雪害)

 これは、1956年5月6日、ユーゴスラヴィアで発行された強制貼付切手で、雪の重み(雪崩でしょうか?)で崩壊した建物が描かれています。

 日本では例はありませんが、諸外国では、戦争や災害などへの義捐金、赤十字への寄附金などを集めるため、一定の期間、郵便物を差し出す際には、郵便料金とは別に、一定の額面の切手を添付することを義務づけることがあります。そのために用いられるのが強制貼付切手で、今回ご紹介のものは、同国の“子供週間”に合わせて赤十字の募金を集めるために発行されました。

 災害の被災者を救済するための切手というと、台風や水害地震を対象としたモノがほとんどで、雪害を題材とした切手は少ないように思います。今回の切手も、雪害そのものを題材としているわけではなく、赤十字による救援活動の一対象として雪害を取り上げたものです。

 さて、各種報道によりますと、本日11時現在、特に雪害が深刻とされている山梨県内では、国道20号線や国道139号線などで少なくとも1000台以上の車が立往生しているとのことです。また、碓氷バイパスから車両が連なって通行止め区間が続いている長野県小諸市周辺では、国道18号線が小諸市の柏木から約30キロ離れた群馬県側まで全て通行止めとなっており、滞留している車両は400台に及ぶとみられています。多くのドライバーが3日間、車の中でエンジンをかけたまま過ごしていますが、燃料切れが心配されています。

 一方、高速道路が不通となったことで物流網も寸断され、被災地では食料や燃料が品薄になっているほか、孤立した集落も少なからずあるようで、こちらも、大いに心配なところです。

 あらためて、これ以上被害が拡大せず、一日も早く被災地が復旧することをお祈りしております。


 ★★★ 予算1日2000円のソウル歴史散歩 ★★★   

 毎月1回、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で予算1日2000円のソウル歴史散歩と題する一般向けの教養講座を担当しています。次回開催は3月4日13:00~14:30です。講座は途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。(4月以降の講座については、近々、ご案内いたします)


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 日本の兵隊さん、本当にいい仕事をしてくれたよ。
 彼女はしわくちゃの手で、給水塔の脚をペチャペチャ叩きながら、そんな風に説明してくれた。(本文より)

 南方占領時代の郵便資料から、蘭印の戦跡が残る都市をめぐる異色の紀行。
 日本との深いつながりを紹介しながら、意外な「日本」を見つける旅。

 出版元特設ページはこちらです。また、10月17日、東京・新宿の紀伊國屋書店新宿南店で行われた『蘭印戦跡紀行』の刊行記念トークの模様が、YouTubeにアップされました。よろしかったら、こちらをクリックしてご覧ください。


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 切手が語る宇宙開発史(13)
2011-04-15 Fri 23:37
 雑誌『ハッカージャパン』の2011年5月号が出来上がりました。僕が担当している連載「切手が語る宇宙開発史」では、今回は、こんな切手を取り上げました。(画像はクリックで拡大されます) 

     ユーゴ・国際地球観測年

 これは、ユーゴスラヴィアが1958年に発行した「国際地球観測年」の記念切手です。

 第二次大戦後のソ連は自国の周辺を自分たちの意のままになる衛星国で固め、西側からの攻撃を防ぐための防波堤とすることを基本政策としていましたが、それが可能であったのは、第二次大戦中、枢軸国の支配下に置かれていた東欧諸国の多くが、ソ連によって“解放”されたという過去があったためです。

 ところが、バルカン半島南西、イタリアの対岸に位置する旧ユーゴスラヴィア王国の地域では、ヨシップ・ティトー率いるパルチザンが自力で国土の解放を進め、はやくも1943年11月には、ソ連とは無関係に臨時議会と臨時政府を樹立していました。その後、1944年10月にベオグラードを解放したティトーは、翌1945年3月、人民政府を樹立。同年11月には王制の廃止とユーゴスラヴィア人民共和国連邦(以下、ユーゴ)の成立を宣言します。

 こうした経緯もあって、ティトーの権威は国境を越えて周辺諸国にも及んでおり、ユーゴにも他の東欧諸国のようにソ連に従属する必然性はありませんでした。しかし、このことはスターリンをいらだたせ、1948年にはユーゴはコミンフォルムから追放され、両国関係は事実上断絶します。

 1953年3月、スターリンが亡くなると、フルシチョフが共産党第一書記としてソ連の権力を掌握。フルシチョフは、スターリン時代に悪化したユーゴとの関係改善に乗り出すべく、1955年5月、首相のブルガーニンとともに、ベオグラード(ユーゴの首都)を訪問します。その結果、ユーゴとの和解のためにはスターリン路線との決別が不可欠と考えたフルシチョフは、1956年初、ソ連共産党第20回大会でスターリン批判を行いました。

 ところが、フルシチョフのスターリン批判は、“スターリン主義者”の圧制に苦しんでいた東欧諸国の国民の反ソ感情に火をつけることになり、1956年10月には、ハンガリーで、かつてソ連の圧力で失脚した改革派の元首相、ナジ・イムレの復権を求める大規模な反ソ・反共騒乱が発生した。いわゆるハンガリー動乱です。

 結局、動乱はソ連軍の軍事介入によって鎮圧され、一時的に復権したナジも逮捕され、1958年6月には処刑されてしまいました。

 この間、ソ連は軍事介入へのユーゴの支持を得るべく、対ユーゴ宥和政策を推進しようとしましたが、ナジの改革路線を支持していたティトーはソ連軍によるハンガリー動乱への介入を非難し、両者の関係は再び断絶しました。

 ナジ処刑後の1958年10月24日にユーゴが発行した「国際地球観測年」の記念切手には、月と地球の周りをまわる人工衛星の軌道が描かれています。曲がりなりにも、ソ連の人工衛星を想起させるデザインの切手が発行された背景には、1956年のスターリン批判を受けての対ソ宥和路線が一定程度反映されていたのは間違いないでしょう。

 しかし、ソ連に忠実な他の共産主義諸国が人工衛星やロケットを描き、東側世界の盟主としてのソ連の技術力を誇示しているのに対して、ユーゴの切手には衛星やロケット等のメカは登場していません。こうしたところからも、他の東欧諸国とは違う、ユーゴのソ連に対する微妙なスタンスが見えてくるといっても良いのではないかと思います。


  ★★★ イベントのご案内 ★★★

     切手百撰ポスター(小)

 以前の記事でも少しお話ししましたが、4月25日付で平凡社から拙著『切手百撰 昭和戦後』を上梓いたします。これにあわせて、下記のイベントに登場します。

 ・4月30日(土) 15:00- 出版記念トーク
 於 東京・浅草 都立産業貿易センター台東館6階特設会場
 スタンプショウのイベントの一つとして、出版記念のトークを行います。また、会場内で『切手百撰 昭和戦後』をお買い上げの方に、素敵なプレゼントをご用意しております。(画像は、会場内に掲示予定のポスターです。こちらもご覧ください)

 ・5月7日(土) 10:15- 切手市場
 於 東京・池袋 東京セミナー学院
 詳細は主催者HPをご覧ください。最新作の『切手百撰 昭和戦後』を中心に、拙著を担いで行商に行きます。

 どちらも入場無料ですので、ぜひ、遊びに来てください。


  ★★★ 内藤陽介の最新刊 ★★★

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 チトー化
2006-05-22 Mon 23:02
 旧ユーゴスラビア連邦を構成していた6つの共和国のうち、最後まで国家連合を維持していたセルビア・モンテネグロ共和国のモンテネグロで、21日、独立の是非を問う国民投票が行われ、独立賛成派が小差で勝利したとのこと。これにより、旧ユーゴスラビア連邦は、完全に解体される可能性が高くなったようです。

 というわけで、今日はこんなカバーを1枚、持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

ティトーのカバー

 このカバーは、1945年に旧ユーゴの首都であったベオグラードからアメリカ宛に差し出されたもので、チトーの肖像を描く切手が貼られています。消印の日付は何月なのか良くわからないのですが、裏面にはアメリカの11月18日・20日の到着印も押されています。

 第二次大戦中、枢軸諸国によって分割占領されていた旧ユーゴスラビア王国の地域では、ヨシップ・ティトー率いるパルチザンが国土の解放を進め、1943年11月には、はやくも臨時議会と臨時政府を樹立しています。その後、1944年10月にベオグラードを解放したティトーは、翌1945年3月、人民政府を樹立。同年11月には王制の廃止と人民共和国連邦の成立を宣言し、ここに、旧ユーゴが誕生することになります。

 今回ご紹介しているのは、まさにそうした社会主義政権としてのユーゴスラビア連邦の揺籃期に差し出されたものですが、すでに、チトーの肖像の切手が日常的に用いられているなど、彼の権力基盤が十分に確立されていた様子がうかがえます。

 旧ユーゴの存在は、チトーという強烈なカリスマがいればこそ、のものだったわけで、1980年にチトーが死去すると各地から不満が噴出。まずは、コソヴォで独立運動が起こり、ついでスロベニアで連邦からの分離を求める声が強まっていきます。さらに、クロアチアでは政府がセルビアに牛耳られていることへの不満があり、セルビアはセルビアで人口に比して自分達の権限が押さえ込まれていることへの不満が爆発するなど、情勢は次第に緊張していって、最終的にユーゴ紛争へと繋がっていったことは皆さんご存知の通りです。

 ちなみに、チトー(Tito)という名前は「お前(Ti)があれもこれ(to)もしろ」という横柄な文章から取られたものだそうです。とすると、「お前が全部やれ」といわれながら生活している僕なんかは、言葉の本来の意味での“チトー化”が進んでいる真っ只中にあるといえそうです。

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