内藤陽介 Yosuke NAITO
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 二の酉
2015-11-17 Tue 09:36
 きょう(17日)は二の酉です。というわけで、一の酉の時と同様、拙著『アウシュヴィッツの手紙』の増刷を祈念して、同書で取り上げた“鳥”の切手の中から、こんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      ロシア・オデッサ発オシフィエンチム経由

 これは、1880年4月、ロシア領オデッサからブラウンシュヴァイク宛に差し出された書留便で、双頭の鷲(ロシア帝国の紋章)を描く印面の切手つき封筒に、同じく双頭の鷲を描く7コペイカ切手が貼られています。双頭の鷲は、もともとは、東ローマ帝国で東洋と西洋の両方にローマ皇帝の支配を意味するものとして使われていました。東ローマ帝国の後継者を自負していたロマノフ朝は、東ローマ帝国にならい「西(ヨーロッパ)」と「東(アジア)」にまたがる統治権を象徴するため、この紋章を採用し、それが切手にも取り上げられたわけです。

 今回ご紹介のカバーの逓送ルートは、オデッサからオシフィエンチム(ドイツ語名アウシュヴィッツ)まで運ばれた後、オシフィエンチム=ブレスラウ(現ポーランド領ヴロツワフ)間の鉄道便でドイツ国内に入り、宛先地のブラウンシュヴァイクまで運ばれるというルートをたどっています。ハプスブルク支配下のオシフィエンチムとプロイセン支配下のブレスラウ間を結ぶ国際鉄道路線は、当時の中欧における物流の重要なルートの一つとなっており、その旨を表示したドイツ側の鉄郵印も用いられていましたが、今回のカバーでは、“オシフィエンチム=ブレスラウ鉄道経由で外国から”との表示のある書留ラベルが貼られているのがミソです。

 さて、拙著『アウシュヴィッツの手紙』では、そもそも、アウシュヴィッツ/オシフィエンチムとはどのような土地であったのか、ハプスブルク帝国以前にも遡ってその歴史をご説明しておりますが、特に、アウシュヴィッツ/オシフィエンチムが中央の物流ルートにおいて重要な位置にあったことを示すマテリアルに力点を置いてご紹介しております。機会がありましたら、ぜひ、ご覧いただけると幸いです。


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 世界の寄附金つき切手③
2015-03-09 Mon 19:31
 ご報告がすっかり遅くなりましたが、雑誌『キュリオマガジン』2015年3月号ができあがりました。僕の連載「世界の寄附金つき切手」は、今回は、旧陸軍記念日の3月10日に合わせて、この切手を取り上げました。(画像はクリックで拡大されます)

       ロシア・日露戦争募金(5コペイカ)

 これは、日露戦争に敗北した帝政ロシアが、日露戦争の戦没者遺児に対する義捐金を募る目的で1905年に発行した寄附金つき切手の1枚で、モスクワ・ワシリー聖堂前のクジマ・ミーニンとドミトリー・ポジャルスキーの像(1818年、マールトルス作)が取り上げられています。

 17世紀初頭のスムータ(ロシア大動乱)時代の1610年9月、ポーランド軍はモスクワを占領しました。これに対して、1611年秋、ロシア東部のニジニ・ノヴゴロドで、肉商人のクジマ・ミーニンは義勇軍の結成を提唱。同地の商人たちは、これに賛同して郡資金を拠出し、反ポーランド民衆軍(第2次義勇軍、第2次国民軍)が組織され、ミーニンの依頼を受けて、ドミトリー・ポジャルスキー公爵が軍を率いることになりました。

 翌1612年1月、ポーランド軍の一部が給料不払いを理由に撤退すると、義勇軍はモスクワに向けて進撃し、クレムリンを包囲。1612年11月、ポーランド軍は降伏し、ロシア人はモスクワを回復します。この結果、ミーニンとポジャルスキーはロシア救国の英雄となり、翌1613年、ミハイル・ロマノフがツァーリとして即位し、ロマノフ朝が創建された際、ミーニンも貴族に列せられ、帝国議会の議員となりました。

 さて、今回ご紹介している切手ですが、発行当時、郵便局の窓口では、額面の5コペイカに対して3コペイカを上乗せした8コペイカで発売されており、帝政ロシアにおける最初の付加金つき切手となりました。また、日露戦争がらみということで言えば、ヨーロッパ諸国で“日本”に関連して発行された最初の切手としても知られています。

 なお、このとき発行された切手には、モスクワのクレムリンピョートル大帝の銅像など、いずれも大国ロシアのプライドを誇示するものばかりで、対日戦争の敗戦というロシア側にとっての忌まわしい出来事を連想させる要素は全くありません。一方、日本でも、日露戦争後の1906年、陸軍凱旋観兵式の記念切手が発行されていますが、こちらは小型で単色ですから、切手だけを見ていると、どちらが戦勝国だか…という感じですな。


 ★★★ よみうりカルチャー荻窪の講座のご案内 ★★★

 毎月1回(原則第1火曜日:3月31日、4月7日、6月2日、7月7日、8月4日、9月1日)、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で下記の一般向けの教養講座を担当します。(下の青い文字をクリックしていただくと、よみうりカルチャーのサイトに飛びます)

 ・イスラム世界を知る 時間は15:30-17:00です。

 次回開催は3月31日で、途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


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         日の本切手 美女かるた・表紙 税込2160円

 【出版元より】
 “日の本”の切手は美女揃い!
  ページをめくれば日本切手48人の美女たちがお目見え!
 <解説・戦後記念切手>全8巻の完成から5年。その著者・内藤陽介が、こんどは記念切手の枠にとらわれず、日本切手と“美女”の関係を縦横無尽に読み解くコラム集です。切手を“かるた”になぞらえ、いろは48文字のそれぞれで始まる48本を収録。様々なジャンルの美女切手を取り上げています。

 本書のご注文はこちら(出版元の予約受付サイトです)へ。内容のサンプルはこちらでご覧になれます。


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 クリミア併合
2014-03-19 Wed 01:08
 ロシアのプーチン大統領は、きのう(18日)、クレムリンで上下両院議員を前に演説し、「クリミアは強く揺るぎないロシアの主権下になければならない」と述べ、ウクライナ南部クリミア自治共和国とセヴァストポリ特別市を編入すると発表。続けて、自治共和国、特別市の代表と編入に関する条約に署名し、前日、ウクライナから独立したばかりのクリミア共和国はロシアに併合されました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

       タウリダ県(1890)

 これは、1890年、クリミア半島ならびに隣接するウクライナ南部に相当するタヴリダ県で発行されたゼムストヴォ切手です。

 ゼムストヴォは、1861年の農奴解放により、従来の領主による農村・農民支配に代わり、一種の地方自治機関として導入されたもので、34の県とドン軍管区、その下の行政単位である群に導入されました。その業務は、初等教育、医療、郵便、保険、農業技術援助、家畜の病気治療、緊急時における食糧供給・確保、道路整備、地方の商工業振興などで、そうした公共事業を行うための財源を確保するため、独自の税金を徴収することも認められていました。切手に関しては、1865年、サンクトぺテルスブルクから35キロ東のシュリッセリブルクで導入されたのが最初で、以後、1918年までに県・郡あわせておよそ150のゼムストヴォで3000種以上の切手が発行されています。

 今回ご紹介の切手を発行したタヴリダ県は、1783年にロシアがクリミア・ハン国を併合した後、同国の領土を継承するかたちで、1802年に設けられました。1918年、ロシア革命によりゼムストヴォの制度が廃止されると、旧タヴリダ県は、1921年にロシア・ソビエト連邦社会主義共和国支配下のクリミア自治ソビエト社会主義共和国(半島部)と、ウクライナ支配地域に分割されました。

 1954年、クリミア半島がウクライナに移管されると、旧タヴリダ県の領域はすべてウクライナの支配下に入り、1991年のウクライナ独立後もその状態が続いていましたが、今回のロシアによるクリミア併合の結果、ふたたび、ロシアの支配地域とウクライナの支配地域に分割されることになりました。

 なお、プーチン大統領は、ドネツィク(ロシア名ドネツク)など、ウクライナ東部のロシア系住民が多い地域で騒擾が起これば、ロシア系住民を保護するために軍事介入も辞さないという姿勢を示しています。仮に、ウクライナ東部ないしはクリミア半島に隣接した南東部にロシア軍が侵攻し、そうした地域を併合するようなことがあれば、それこそ、旧タヴリダ県の領域すべてが再びロシアの版図に加わるわけですが、それがまんざら絵空事とも思えないのが恐ろしい話ですな。


 ★★★ よみうりカルチャー荻窪の講座のご案内 ★★★   

 4月から、毎月1回(第1火曜日:4月1日、6月3日、7月1日、8月5日、9月2日)、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で下記の一般向けの教養講座を担当します。(詳細はそれぞれ講座名をクリックしてください)

 ・朝鮮半島のことを学ぼう 時間は13:00-14:30です。

 ・イスラムを学ぶ 時間は15:50-17:00です。

 初回開催は4月1日で、講座は途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


 ★★★ 講座「世界紀行~月一回の諸国漫郵」のご案内 ★★★ 

亀戸講座(2014前期)・広告

 東京・江東区亀戸文化センターで、5月から毎月1回、世界旅行の気分で楽しく受講できる紀行講座がスタートします。美しい風景写真とともに、郵便資料や切手から歴史・政治背景を簡単に解説します。受講のお楽しみに、毎回、おすすめの写真からお好きなものを絵葉書にしてプレゼントします!

 詳細は、こちらをご覧ください。


 ★★★ 文京生涯カレッジ(第13期)のご案内 ★★★

 文京学院大学が一般向け(=どなたでも受講できます)にさまざまな講師を招いて行う通年の教養講座「文京生涯カレッジ」の第13期が4月15日から始まります。僕も、7月15・22日に「バスコ・ダ・ガマのインドを歩く」、9月9日に「ドバイ歴史紀行」のお題で登場します。詳細はこちらですので、よろしかったら、ぜひご覧ください。


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 南方占領時代の郵便資料から、蘭印の戦跡が残る都市をめぐる異色の紀行。
 日本との深いつながりを紹介しながら、意外な「日本」を見つける旅。

 出版元特設ページはこちらです。また、10月17日、東京・新宿の紀伊國屋書店新宿南店で行われた『蘭印戦跡紀行』の刊行記念トークの模様が、YouTubeにアップされました。よろしかったら、こちらをクリックしてご覧ください。


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 元関脇・阿覧が引退
2013-10-08 Tue 17:47
 大相撲の元関脇でロシア出身の幕内力士、阿覧(本名:アラン・ガバライエフ)が、きょう(8日)、日本相撲協会に引退届を提出しました。三保ケ関親方が11月で定年を迎えるため、秋場所限りで入門時から所属していた三保ケ関部屋が閉鎖となったことで、制度上は春日野部屋に移籍したものの、相撲を続ける気力がなくなったのが最大の原因のようです。というわけで、きょうは阿覧関の出身地ウラジカフカースにちなんでこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

       ウラジカフカース鉄郵印

 これは、ロシア帝国時代の1909年3月、ウラジカフカースから差し出された葉書で、ウラジカフカース駅の鉄郵印が押されています。

 現在、ロシア連邦北オセチア共和国の首都となっているウラジカフカースは、1784年、ロシア帝国のカフカース支配の中心都市としてテレク河畔に建設された都市で、都市名に含まれるウラジは、ウラジオストク同様、「領有する」という意味の動詞の派生語です。

 1801年、ロシア帝国はグルジアを支配していたカルトゥリ・カヘティ王国を併合しますが、これに伴い、グルジアの首都であったトビリシとウラジカフカースを結ぶ全長約210キロの道路の建設が開始されると、ウラジカフカースはその北側の終着点にして、チェチェン、イングーシ、ダゲスタン方面に至る交通の要衝となりました。ちなみに、今回ご紹介の絵葉書の裏面には、20世紀初頭のグルジア軍用道路の写真が印刷されています。

       ウラジカフカース・軍用道路

 その後、ソ連時代の1931年には、帝政時代の痕跡を消し去るべく、革命家セルゴ・オルジョニキーゼの名をとってオルジョニキーゼと改称されました。その後、1944-54年にオセット語で「ザーウガの集落」を意味するジャウジカウと呼ばれていた時期を除き、ソ連時代には基本的にオルジョニキーゼと呼ばれていましたが、ソ連末期の1990年、旧称のウラジカフカースに戻され、現在にいたっています。

 いわゆるカフカース(コーカサス)地方は、行政上の変更が頻繁に行われ、それに伴い、地名もいろいろと変化しているので、収集対象としてはなかなか楽しめそうです。そんなことを考えて、今年の1月に開催されたヨーロッパ切手展には、北カフカースに関するミニ・コレクションを出品してみたのですが、その後はそのまま放置する状態が続いています。この分野で何かまとまった仕事を残すためには、来年開催のソチ五輪が格好のタイミングであることは間違いないので、ロシア国内の聖火リレーが始まったというニュースを聞いて、いまさらながら、気合を入れて企画を売り込まねば…と思っています。


 ★★★ トーク・イベントのご案内 ★★★

 10月17日19:00より、東京・新宿の紀伊國屋書店新宿南店ふらっとすぽっとにて、おくればせながら、拙著『蘭印戦跡紀行』の刊行記念トークをやります。

 入場無料でプレゼントもご用意しております。今年の11月は世界切手展<Brasiliana 2013>へ参加のため、ブラジルに行っており、恒例の<JAPEX>でのトークはできませんので、この機会に、ぜひ遊びに来てください。

 なお、出版元の告知ページもあわせてご覧いただけると幸いです。


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 * 出版元特設ページはこちらをご覧ください。

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 毎月1回、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で予算1日2000円のソウル歴史散歩と題する一般向けの教養講座を担当しています。次回開催は11月5日(原則第1火曜日)で、以後、12月3日、1月7日、2月4日、3月4日に開催の予定です。時間は各回とも13:00~14:30です。講座は途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


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 ピョートル大帝以来
2013-06-08 Sat 10:55
 ロシアのプーチン大統領が30年近く連れ添ってきたリュドミラ夫人と離婚しました。ロシアの国家元首の離婚は、かのピョートル1世以来のことだそうです。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

       ピョートル大帝(1913)

 これは、1913年に帝政ロシアで発行されたピョート1世を描く4コペイカ切手です。

 ピョートル1世は、モスクワ・ロシアのにツァーリ、アレクセイ・ミハイロヴィチとの子として生まれました。1682年にツァーリとして即位し、ロシアをヨーロッパ列強の一員とし、スウェーデンからバルト海海域世界の覇権を奪取してバルト海交易ルートを確保するとともに、黒海海域をロシアの影響下におくことに力を注ぎ、長年にわたって大北方戦争を戦いました。また、行政改革を断行して海軍を創設したほか、帝都サンクトペテルブルクを建設し、正教会を国家の管理下におくなど、ツァーリによる権力の集中を進め、1721年には、大北方戦争の勝利を機に、ロシアを東方の辺境国家から脱皮させたその功績により“皇帝(インペラートル)”となり、モスクワ・ロシアをロシア帝国に昇格させるなど、文字通り、ロシアの“建国の父”ともいうべき君主です。

 さて、ピョートル1世は、1689年、モスクワの貴族の娘、エヴドキヤ・フョードロヴナ・ロプーヒナと最初の結婚をしました。2人の間には3人の子が生まれましたが、エヴドキヤの親族は保守的な思想信条の持ち主だったため改革派のピョートルとはことごとく対立。そうしたこともあり、夫婦関係は冷却し、ピョートルはオランダ人女性のアンナ・モンスを寵愛するようになります。

 こうしたことから、1698年、エヴドキヤはピョートル1世側近の説得により、スーズダリのポクロフスキー修道院に送られましたが、次第に、彼女と息子のアレクセイの周囲には、ピョートル1世の改革に反対する保守派の聖職者たちが終結するようになります。彼らの間でエヴドキヤ待望論が高まったことに危機感を抱いたピョートル1世は、1718年、エヴドキヤ周圍の反ピョートル派を一挙に粛清。皇子アレクセイは拷問によって殺害され、エヴドキヤ自身もスタラヤ・ラドガの修道院に追放されました。

 この間の1707年、ピョートルは、農民の娘であったマルファ・マルファ・サムイロヴナ・スカヴロンスカヤと極秘裏に結婚。1712年には、彼女を正式に皇后とし、名前もエカチェリーナ・アレクセーエヴナと改めさせました。なお、新皇后のエカチェリーナは、1725年にピョートル1世がなくなると、皇位を継承し、エカチェリーナ1世となります。

 さて、今回離婚を発表したプーチン大統領は、強権的な剛腕政治で知られていますが、彼の理想は、ピョートル1世の時代のロシアを復活させることだとも言われています。まさか、ピョートル1世を敬愛するあまり離婚まで真似をしたということではないのでしょうが…。

 そういえば、2008年、アテネ五輪金メダリストの元新体操選手、アリーナ・カバエワとの再婚が一部メディアで報じられたことはご記憶の方もあるかと思います。その後、大統領側は再婚説を一蹴しましたが、再婚を報じたタブロイド紙『モスコフスキー・コレスポンデント』は、突如、資金難を理由に一時休刊(ただしすぐに再開)となりました。ちなみに、カバエワは、2008年のロシア連邦下院選挙で統一ロシアより出馬して国会議員に当選しており、翌2009年12月には男児を出産しましたが、父親の名前は明らかにされていません。

 まぁ、これで近々、次期大統領候補としてカバエワの名前が挙がってくるということにでもなれば、まさに、プーチン閣下は現代版ピョートル1世ということになるんですがね。
 

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 スタンプショウ・ヒロシマ 2013
2013-05-25 Sat 14:11
 きょう・あす(25・26日)の2日間、広島の広島県立産業会館・西展示館で<スタンプショウ=ヒロシマ 2013>が開催されます。僕自身は現地へはいけないのですが、「VISIT CAUCASUS 露西亜篇」と題するミニ・コレクションを出品しています。その作品の予告編を兼ねて、展示したマテリアルの中からこんなモノをご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

     デルベント     デルベント(絵面)

 これは、帝政ロシア時代の1915年、ダゲスタンのデルベントからベラルーシのモズィル宛に差し出された絵葉書で、国内葉書料金(3コペイカ)未納のため、到着地のモズィル・ドプラティト局で6コペイカ徴収が徴収されています。右側には、デルベントの風景を取り上げた絵面の画像も貼っておきました。

 ダゲスタンは北カフカースのカスピ海に面した山岳地域で、現在のロシア連邦を構成する共和国としては、連邦内の最南部に位置し、グルジア、アゼルバイジャンと隣接しています。地名は“山が多い地域”を意味するトルコ語が由来で、多種多様な民族が混在していますが、宗教的にはムスリムが圧倒的多数を占めています。最近では、今月20日前後に相次いで首都のマハチカラで連続テロが起きたほか、米国のボストン・マラソンでのテロ事件で逮捕されたチェチェン系の容疑者出身地として報道されたこともあるので、ご記憶の方も多いかもしれません。

 今回ご紹介の葉書の差出地となっているデルベントはロシア最南端の都市で、歴史的には、ユーラシア草原と柱頭を結ぶ交通の要衝で、その歴史は紀元前8世紀にさかのぼるとされています。アレクサンドロスの門の伝説の地で、9世紀にはカフカース最大の都市でした。ちなみに、デルベントという地名はペルシャ語の「閉じられた門」に由来するもので、1813年のグリスタン条約によってロシア領となりました。ロシアにおけるブランデー生産の中心地としても知られています。

 さて、今回の展示は、来年のソチ五輪を前に、ソチを含む北カフカース地方の諸都市に関するマテリアルをご紹介しようというもので、競争展ではないので、テーマティクないしは郵便史の作品としてルールに沿ってきっちりまとめたものというよりも、観光案内・地理案内に近い気楽な内容となっています。なかなか日本ではなじみのない地域だと思いますので、可能な方は、ぜひ会場でご覧いただけると幸いです。


 ★★★ イベントのご案内 ★★★

 ・6月1日(土) 11:00- 切手市場
 於 東京・浅草 台東民会館 9階ホール
 詳細は主催者HPをご覧ください。新作の『マリ近現代史』を中心に、拙著を担いで行商に行きます。 会場ならではの特典もご用意しておりますので、ぜひ、遊びに来てください。


 ★★★ 内藤陽介の最新作 ★★★

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 ★★★ 予算1日2000円のソウル歴史散歩 ★★★   

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 エカチェリノダール
2012-07-09 Mon 13:49
 1762年7月9日(ロシア暦6月28日)にロシアの女帝エカチェリーナ(エカテリーナとも)2世が即位したから、きょうでちょうど250年です。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

       エカチェリーナ2世

 これは、1913年に帝政ロシアで発行されたエカチェリーナ2世を描く14コペイカ切手です。

 後にエカチェリーナ2世となるゾフィー・アウグスタ・フレデリーケは、1729年5月2日、シュテッティン(現ポーランド領)の貴族の娘として生まれました。1745年、ロシア皇太子ピョートルと結婚し、1754年、パーヴェル(のちのロシア皇帝パーヴェル)を出産しました。

 1762年、エリザヴェータ女帝が崩御し、ピョートルがピョートル3世として即位すると、夫婦仲が悪かったエカテリーナは廃后されそうになります。しかし、親独派のピョートルが即位するや対プロイセン戦争(戦局はロシア有利に展開されていました)を停戦に持ち込み、プロイセン有利の講和条約を結んだことで、これに反発する軍事クーデターが発生。ピョートル3世は暗殺され、皇后エカチェリーナが女帝として即位することになりました。

 彼女の治世は34年間に及び、ロシア帝国の領土をポーランドやウクライナに拡大するとともに、啓蒙思想に傾倒してロシアの近代化を促したと評価されており、それゆえ、大帝と呼ばれることもあります。

 さて、先週末からロシア南部のクラスノダール地方では、豪雨による洪水や土砂崩れが発生し、日本時間のけさ未明までの死者は170人を超える大惨事となりました。このクラスノダール地方は、もともと、エカチェリノダールと呼ばれていましたが、これは、エカチェリーナ2世がこの地方の広大な土地を黒海コサック軍に与えたことを記念してつけられた名前です。ちなみに、現在のクラスノダールに改称されたのは、ロシア革命後の1920年12月のことで、皇帝の名前を冠した地名が忌避されたためです。

 今回の被害を受けて、プーチン大統領は、ロシア全土できょう(9日)を“服喪の日”とする大統領令を出したそうです。亡くなられた方のご冥福を謹んでお祈りするとともに、一日も早い復旧・復興(この機会に、都市の名前も由緒あるエカチェリノダールに戻すのも良いんじゃないかと思いますが…)をお祈りしております。

 ★★★ 内藤陽介・韓国進出! ★★★

   『韓国現代史』の韓国語訳、出ました
    
       韓国現代史・韓国語版
     우표로 그려낸 한국현대사
    (切手で描き出した韓国現代史)

     ハヌル出版より好評発売中!


    米国と20世紀を問い直す意欲作

       切手、歴史を送る(正面)
       우표,역사를 부치다
       (切手、歴史を送る)

      延恩文庫より好評発売中!

 *どちらも書名をクリックすると出版元の特設ページに飛びます。


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 国際女性デー
2012-03-08 Thu 13:57
 きょう(8日)は国際女性デーです。というわけで、女性を取り上げたこんな絵葉書のご紹介です。(画像はクリックで拡大されます)

        ナナイ・絵葉書

 これは、1908年にハバロフスクから差し出された帝政ロシア時代の絵葉書で、シベリア先住民族の母子が取り上げられています。絵葉書のキャプションでは、女性は“ゴリド”とされていますが、これは、いわゆるナナイのことです。

 ナナイは、アムール川とウスリー川、スンガリー川(松花江)の合流する地域を中心にロシアと中国にまたがって住むツングース系の民族です。ロシア国内には約1万人が住み、ハバロフスク州内にはトロイツコィエ村を首府とするナナイ自治区もあります。一方、中国国内には赫哲(読み方はホジェンまたはホーチォ)族として約4600人が住んでいます。

 黒澤明の映画『デルス・ウザーラ』の主人公、デルスはナナイの猟師という設定ですが、一般的にナナイは漁撈の民として知られ、河川でのサケ・マス漁などの漁業を主な生計の手段とし、日本の刺身同様、魚の生肉も食べます。また、映画の設定となった20世紀初頭の時代には、魚の皮を材料とした民族衣装を身につけ、川沿いに半地下式の住居を立てて生活する者が主流を占めていました。

 もちろん、現在でも、半地下式の住居が漁の際の一時的な寝泊まりのために使われることもありますし、トロイツコィエ村では、観光客用のパフォーマンスとして、民族衣装を着た女性がシャーマニズムの儀式を行うこともあるのですが、基本的には、ナナイの人たちも我々と同じような洋服を着て、我々と同じような近代住宅で生活し、バスで学校や勤務先へと通う者がほとんどです。

 今回ご紹介の絵葉書の写真は、帝政ロシアのシベリア先住民族を撮影したものの中では有名な一枚で、現在では、ナナイではなく、ニヴフ(かつてはギリヤークと呼ばれていた別の民族)の母子とされています。じっさい、ハバロフスクの郷土誌博物館に展示されているパネルの説明文もニヴフとなっていました。

 なお、シベリアの先住民族については、拙著『ハバロフスク』でも取り上げておりますので、機会がありましたら、ぜひ、ご覧いただけると幸いです。
 

 ★★★ 内藤陽介、カルチャーセンターに登場 ★★★
   
 3月下旬から、下記の通り、首都圏各地のよみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)で一般向けの教養講座を担当します。詳細につきましては、各講座名(青色)をクリックしてご覧いただけると幸いです。皆様のご参加を心よりお待ちしております。(掲載は開催日順)

よみうりカルチャー柏
 3月23日(金)13:00-15:00(公開講座)
 「ご成婚切手の誕生秘話――切手でたどる昭和史」
 *柏センター移転、新装オープン記念講座です。

 4月24日、5月22日、6月26日、7月24日、8月28日、9月25日
 (毎月第4火曜日)13:30~15:30

 切手でたどる昭和史


・よみうりカルチャー荻窪
 3月27日(火) 13:30~15:30(公開講座)
 「ご成婚切手の誕生秘話——切手でたどる昭和史」

 4月10日、5月8日、6月12日、7月10日、8月7日、9月11日
 (毎月第2火曜日)13:30~15:30

 切手でたどる昭和史


・よみうりカルチャー錦糸町 
 3月31日(土) 12:30-14:30(公開講座)
 皇室切手のモノ語り

 4月7日、6月2日、7月7日、8月4日、9月1日
 (毎月第1土曜日) 12:30~14:30

 郵便学者・切手博士と学ぶ切手のお話
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 プーチン凱旋
2012-03-05 Mon 12:11
 きのう(4日)、投票が行われたロシアの大統領選挙は、ウラジーミル・プーチン首相が、予想通り、4人の対立候補に大差をつけて1回目で当選を決め、4年ぶりの大統領復帰を決めました。というわけで、プーチン閣下の凱旋にちなみ、きょうはこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

        ハバロフスク・凱旋門

 これは、ハバロフスクの凱旋門を描いた帝政時代の絵葉書です。

 ハバロフスクの大聖堂広場の西側には、現在、内戦勝利記念碑が建てられていますが、もともと、ロマノフ王朝最後の皇帝ニコライ2世が皇太子時代の1891年にハバロフスクを訪問した際に建てられた凱旋門がありました。

 皇太子時代のニコライは、1890年から91年にかけて、ウラジオストクでのシベリア鉄道起工式に参加するという名目の下、帝王学の一環として、世界各国に対する見聞を広めるため、長期の外遊を行いました。

 すなわち、1890年11月4日にロシアを出発した皇太子は、11月7日にトリエステから欧州を後にし、エジプト(11月22日~12月10日)、インド(12月23日~1891年1月12日)、セイロン(1月12日~2月11日)などを経て、1891年3月19日にタイに到着。同月25日までタイにとどまった後、香港、日本(4月27日~5月19日)を経て、5月23日にウラジオストクに到着。この間、日本滞在中の5月11日には、京都から琵琶湖への日帰り観光の途中、大津で護衛にあたっていたはずの警官、津田三蔵に斬りつけられる暗殺未遂事件(大津事件)が起きたことは広く知られているとおりです。

 その後、皇太子は6月2日までウラジオストクにとどまり、8月16日にサンクトペテルスブルクに帰着しましたが、途中、極東の政治的中心地であったハバロフスクに立ち寄りました。このとき、皇太子を歓迎するために建てられたのが凱旋門で、皇太子はこの門をくぐって大聖堂広場に入城し、集まった群衆の熱烈な歓迎を受けています。

 しかし、ロシア革命でロマノフ王朝が倒れ、社会主義者たちが政権を掌握すると、王家のシンボルである双頭の鷲を誇らしげに掲げた凱旋門のみならず、広場の名前の由来でもあったウスペンスキー大聖堂も取り壊されました。そして、その代わりに、1918年から22年までのロシア内戦期の赤軍とパルチザンの活動を顕彰する記念碑がムラヴィヨフ・アムールスキー通りの起点として建てられ、現在にいたるというわけです。

 なお、かつて凱旋門、現在は内戦勝利記念碑を起点とする、ハバロフスクのムラヴィヨフ・アムールスキー通りの今昔については、拙著『ハバロフスク』でもいろいろとご紹介しておりますので、機会がありましたら、ぜひ、ご覧いただけると幸いです。

 ★★★ 内藤陽介、カルチャーセンターに登場 ★★★
   
 3月下旬から、下記の通り、首都圏各地のよみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)で一般向けの教養講座を担当します。詳細につきましては、各講座名(青色)をクリックしてご覧いただけると幸いです。皆様のご参加を心よりお待ちしております。(掲載は開催日順)

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 明日、トークやります
2011-11-18 Fri 00:07
 かねてご案内の通り、明日(19日)13:10より、東京・目白の切手の博物館3階で開催の(財)日本郵趣協会コーリア部会例会にて、拙著『ハバロフスク』の刊行を記念して、「金正日生誕の地、ヴャツコエを訪ねて」と題するトーク・イベントを行います。というわけで、きょうはこんなマテリアルを持ってきました(画像はクリックで拡大されます)

        ヴャツコエ葉書

 これは、第一次大戦中、ハバロフスクの捕虜収容所から中部シベリアのアチンスクの収容所宛てに差し出されたドイツ系捕虜のはがきですが、名宛人の所在不明でハバロフスクに戻される過程で、ヴャツコエの軍事施設を通過したことを示す印が押されているのがミソです。

 ヴャツコエは、ハバロフスクから北東方向70キロほど、アムール川沿いの小さな村で、帝政ロシア時代から軍の施設があります。ヤロスラヴリ州のニクラソフスキー地区の同じ地名と区別するため、ヴャツコエ・ナ・アムーレと呼ばれることもあります。

 北朝鮮の“首領様”こと金日成(本名:金成柱)は、1912年4月、平壌郊外の万景台の農家に生まれました。1931年10月、当時のコミンテルンの一国一党原則に従い中国共産党(以下、中共)に入党。1932年には、中共の指導下で、豆満江沿岸で抗日パルチザンを組織して抗日武装闘争を展開したといわれています。その後、1935年2月には中共系の東北人民革命軍第2軍第2独立師第1団第3師隊長に就任。その後、同じく中共系の抗日聯軍第1路軍第2軍第6師・師長、同第2方面軍・軍長として活動しました。

 パルチザン時代の彼の最大の“功績”とされているのが、1937年6月4日に起きた普天堡事件です。

 この日、金成柱ひきいるパルチザン部隊は、朝鮮と満洲国の国境地帯、咸鏡南道(現在の北朝鮮の行政区分では両江道)の甲山郡普天面保田里(普天堡)で駐在所を襲撃。一味は警察官の妻と幼子を殺害し、駐在所から武器弾薬を奪った後、面事務所(村役場)や郵便局も襲い、書類に火を放ったほか(その火は近隣の小学校にも延焼しています)、近隣の商店と住宅も襲撃に遭い、現金合計4000円を強奪しています。さらに、逃走途中で日本の警察となり、日本側は7名の警察官が殉職しました。

 事件後、首謀者の金成柱は2000円(最終的には2万円に増額)の懸賞首となったほか、当時の朝鮮の治安に責任を負う立場の日本側は、朝鮮内における非合法独立活動の取締りを強化。1937年10月には、共産ゲリラ勢力の指導者を一網打尽に逮捕する恵山事件が起こり、満洲との国境地帯での抗日武装闘争は事実上、不可能になりました。

 このため、金成柱を含む抗日パルチザンはあいついでソ連領内に逃亡。金成柱も1940年末ごろ、最初の妻である金貞淑とともにソ連領に逃れています。

 金貞淑は、1917年、咸鏡北道・会寧の生まれ。5歳の時に母親とともに満洲の間島へ渡りましたが、母の死後、1935年に16歳でパルチザン部隊に炊事婦として入隊。後に東北抗日聯軍第2軍第6師(師長・金成柱)の部隊付となり、1940年頃、金成柱と結婚しました。

 アムール川を渡ってソ連領内に逃れた東北抗日聯軍の面々は、沿海地方のヴォロシーロフ・ウスリースク郊外に北野営(または野営A)、トルクメニスタンのケルキ郊外に南野営(または野営B)を設け、ソ連軍の軍事訓練を受けています。その後、この野営地をベースに、満洲から逃れてきた中国人および朝鮮人の遊撃隊員による第88独立狙撃旅団(以下、88特別旅団)が編成されるのですが、その所在地が、ヴャツコエだったというわけです。

 金成柱も同旅団の第1独立狙撃大隊長としてソ連赤軍の大尉の階級を与えられ、中国共産党東北東組織特別支部局委員会常任委員、同委員会朝鮮工作団責任者などを歴任しつつ、ヴャツコエでソ連軍による軍事訓練を受けていましたが、金正日は、そんな金成柱・金貞淑夫妻の間に最初の子として1942年2月16日にヴャツコエで生まれたというわけです。

 今回のトークでは、そうしたヴャツコエを訪れたときに撮影した写真などもご紹介しながら、金正日の誕生前後のソ連と朝鮮人パルチザンの話などをする予定です。

  今回のコーリア部会例会は特別例会ということで、部会の会員でなくとも、どなたでも自由にご参加いただけます。また、トークのみのご参加の場合、博物館の入館料はかかりませんので、ぜひ、遊びに来てください。


 ★★★ トーク・イベントのご案内 ★★★

 11月19日(土)13:10より、東京・目白の切手の博物館3階で開催の(財)日本郵趣協会コーリア部会例会にて、拙著『ハバロフスク』の刊行を記念して、以下のトークを行います。

 ・題目 金正日生誕の地、ヴャツコエを訪ねて
 
 現在、北朝鮮当局は、金正日が北朝鮮内の白頭山中で生まれたと主張していますが、これは事実と異なり、金日成・金貞淑夫妻がソ連領内で軍事訓練を受けている間に生まれたことが確認されています。その具体的な生誕地については諸説がありますが、最も有力視されているのは、ハバロフスク近郊のヴャツコエです。

 拙著『ハバロフスク』では、本編とは別の“付録”として、近郊のヴャツコエを訪れた体験記も収録しておりますが、今回のトークでは、現在のヴャツコエのようすなどもご紹介しつつ、お話ししたいと思います。

 * 今回のコーリア部会例会は特別例会ということで、部会の会員でなくとも、どなたでも自由にご参加いただけます。また、トークのみのご参加の場合、博物館の入館料はかかりません。 


  ★★★ 内藤陽介の最新刊 ★★★

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   ★★★ 好評既刊より ★★★

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