内藤陽介 Yosuke NAITO
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 ルーマニアで革命以来の大規模デモ
2017-02-02 Thu 14:50
 ルーマニアで、きのう(1日)、汚職を免罪する緊急命令を発令した政府への抗議デモが全土で30万人にまで拡大し、1989年にニコラエ・チャウシェスク大統領の社会主義政権を打倒したデモ以来、最大の規模となったそうです。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      ルーマニア・1989年革命(ブカレスト)

 これは、1990年、1989年革命1周年を記念してルーマニアで発行された寄附金つき切手で、首都ブカレストでのチャウシェスク政権に対する反政府デモのようすが描かれています。

 社会主義経済が破綻していたルーマニアのチャウシェスク政権は、起死回生の策として、1988年3月、“農村再編計画”を発表。生産を高めるためとの名目で、農地整備のためにトランシルヴァニアを中心に8000もの村落を破壊し、農民を強制移住させようとしました。

 当然のことながら、“農村再編計画”は国民、なかでも、強制移住の対象者が多かったハンガリー系(当時のルーマニアの人口の27%を占めていました)の猛反発を招き、体制に絶望したハンガリー系住民のハンガリーへの逃亡が続出。ハンガリー政府もルーマニアの政策を人権侵害として国連人権委員会に提起するなかで、ラースロー・テケシュという一人のカルヴァン派牧師の存在がにわかにクローズアップされていくことになります。

 テケシュは1952年生まれ。最初の任地であったデジュで当局の意向に反してハンガリーの文化と歴史を講じて解職され、2年間のブランクの後、1986年、ティミショアラに赴任しました。

 ティミショアラでの彼は、次第に体制批判の度を強め、ハンガリー系のみならずすべての抑圧されたルーマニア人のための人権擁護運動を展開し、幅広い支持を集めるようになります。これに対して、テケシュの行動を苦々しく思っていたルーマニア政府は、1989年7月、厄介払いの意味も込めて、彼の申請を受理してハンガリー行きの旅券を発給しました。

 出国したテケシュはハンガリーでカナダのテレビ局のインタビューを受け、トランシルヴァニアのハンガリー系住民の苦境について語り、そのインタビューがハンガリーで放映されると、大きな話題となりました。

 当然、テケシュはそのままハンガリーに亡命するものと思われていたのですが、予想に反して、ルーマニアに帰国してしまいます。

 その後、テケシュの元には毎日のように脅迫状が舞い込み、9月には支持者が謎の“自殺”に追い込まれました。さらに、治安当局は彼を12月15日限りでティミショアラからの退去と北部の寒村、ミネウへの強制移住を命じます。

 これに対して、ティミショアラからの強制退去期限の12月15日が近づくと、その数日前から、彼を守ろうとする信者たちが教会に泊まり込むようになりました。そして、15日の当日はさらに多くの信者や市民が集まって教会を取り囲み、出動した治安警察部隊に激しく抗議します。さらに、翌16日、期限切れを理由に治安警察がテケシュを連行しようとすると、ついに市民の怒りが爆発。多数の市民が市内中心部に集まり、共産党ティミショアラ県委員会本部がある市役所に乱入して、書類を破り、チャウシェスクの肖像画を窓から投げ捨て、街路で火をつけるなど、ティミショアラは騒乱状態となりました。

 報告を受けた党政治執行委員会は緊急会議を招集し、チャウシェスクは治安警察部隊に実弾を供給していなかったとして、ヴァシレ・ミレア国防相とトゥドル・コスタニク内相、ユリアン・ブラッド秘密警察長官(内務副相)の三人を厳しく叱責。「党の建物に侵入した者を生きたまま帰すな」と厳命します。

 さらに、17日、チャウシェスクはティミショアラに内務省秘密警察、国境警備隊、治安警察の応援部隊を派遣し、市内中心部のオペラ劇場付近に集まっていた市民に対して自動小銃や装甲車の車載銃などで発砲。多数の死傷者が生じ、大聖堂正面の階段は、堂内に逃げ込もうとしたものの、背後から治安部隊の銃弾を受けた子供たちの鮮血で赤く染まりました。こうして、“暴徒”を鎮圧したチャウシェスクはすっかり安心し、予定通り、翌12月18日から外遊先のイランへと旅立ちます。

 一方、治安部隊の発砲によりティミショアラで多数の犠牲者が出たという情報は、ただちにVOA(アメリカの声)などによって全世界に伝えられました。ルーマニア国内では事件についての報道はなく、首都ブカレストも表面的には平穏を保っていましたが、17日の流血事件の情報は口コミでルーマニア国内を駆け巡り、ブラショフ、アラド、シビウ、クルージュなどでも暴動が発生。翌19日にはルーマニア全土に非常事態宣言が布告されました。

 チャウシェスクは20日にイランから帰国し、情勢報告を受けると、国営ルーマニア放送のテレビを通じて演説をおこない、発砲は“暴徒”鎮圧のためにやむを得なかったと説明。しかし、ティミショアラの市民や犠牲者たちを“フーリガン”“外国のスパイ”と非難した彼の演説は、結果的に、多くの国民の猛反発を買います。

 そして、21日、チャウシェスクはブカレスト中心部の勝利広場で官製集会を開きましたが、群衆の中から「チャウシェスク打倒」、「ティミショアラ」の野次が飛び、爆竹が炸裂し、演説を中断。翌22日、全土に戒厳令を発し、軍に治安回復を命じましたが、軍は命令を拒否し、かえって装甲車で大統領官邸のある共和国広場に押し寄せてきました。ここにいたり、チャウシェスク夫妻は党本部からヘリコプターで脱出。独裁政権は崩壊しました。

 さて、今回の大規模デモは、昨年12月の選挙で政権を奪還した社会民主党(PSD)ひきいるルーマニア政府が、先月31日夜、一部の汚職犯罪について免罪するとの緊急命令を出し、汚職による損失額が4万4000ユーロ以上だった場合のみ収監対象とすると宣言したことに対して、現在2万4000ユーロの汚職容疑で起訴されているPSD党首のリビウ・ドラグネアを救済しようとする意図が露骨だとして、抗議活動が広がったもので、首都ブカレストでは、昨晩、一部のデモ参加者がペットボトルや爆竹、石などを治安部隊に投げつけ、治安部隊側が催涙ガスで応酬。警官とデモ参加者、合わせて数人が軽傷を負う騒ぎになったそうです。

 なお、1989年のルーマニア革命については、拙著『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行』でも解説しておりますので、機会がありましたら、ぜひ、ご覧いただけると幸いです。


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 ルーマニアの英雄犬
2014-12-09 Tue 19:23
 ルーマニア政府は、きのう(8日)、アフガニスタンで従軍後に病気を患い衰弱した軍用犬マックスを救うための法改正を命じたそうです。というわけで、きょうはこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      ルーマニア・ISAF

 これは、2002年、ルーマニアが発行した「ルーマニア NATOへの道」と題する記念葉書の1種で、国際治安支援部隊(ISAF)の一員としてアフガニスタンで活動するルーマニア兵が取り上げられています。

 1989年の民主革命以降、ルーマニアを含む旧共産圏諸国の多くは、EU加盟という最終目標のための一段階として、まずは、NATOへの加盟を目指していました。このため、ルーマニアは、コソヴォやソマリア、アンゴラなどにPKO部隊を派遣。さらに、2001年12月、アフガニスタンの治安維持を通じアフガニスタン政府を支援するための組織としてISAFが設立されると、これに1000名弱の兵員を派遣しました。こうした実績が認められ、ルーマニアは2004年にNATOに加盟を認められ、2007年、EUにも正式加盟を果たしました。

 さて、今回話題となった軍用犬のマックスは5歳のジャーマンシェパードで、アフガニスタンで2度従軍し、爆発物の探知活動に当たっていましたが、帰国後、病気を患って衰弱していました。ルーマニアの法律には引退した軍用犬の飼育を政府が引き継ぐための規定がないため、現状では、マックスは保護施設送りもしくは殺処分となる可能性が高かったのですが、このことを知った動物愛護運動の活動家らがキャンペーンを展開。2万7000人近くがオンライン請願書に署名し、政府を動かしたというわけです。

 なお、1989年の民主革命後のルーマニアについては、拙著『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行』でも、いろいろと書いておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


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 毎週水曜日、インターネット放送・チャンネルくららにて、内藤がレギュラー出演する番組「切手で辿る韓国現代史」が配信されています。青字をクリックし、番組を選択していただくとYoutube にて無料でご覧になれますので、よろしかったら、ぜひ、ご覧ください。(画像は収録風景で、右側に座っているのが主宰者の倉山満さんです)

 
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 毎月1回(原則第1火曜日:1月6日、2月3日、3月3日、3月31日)、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で下記の一般向けの教養講座を担当します。

 ・イスラム世界を知る 時間は15:30-17:00です。

 次回開催は1月6日(都合により、12月はお休みをいただきます)で、途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


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 ルーマニア大統領選は決選投票へ
2014-11-03 Mon 21:25
 昨日(2日)、ルーマニアの大統領選挙が行われ、中道左派のビクトル・ポンタ首相と中道右派で中部シビウ市長のクラウス・ヨハニス氏の2人が他候補を大きくリードし、16日の決選投票に進む見通しとなりました。というわけで、今日はシビウに絡めてこの切手です。

      シビウ(2007年ヨーロッパ文化首都)

 これは、2007年、シビウが同年の欧州文化首都に指定されたことを記念して発行された小型シートで、城壁に囲まれた中世のシビウが描かれています。

 欧州文化首都というのは、1985年にギリシャの文化大臣だったメリナ・メルクーリが提唱したもので、EU加盟国の文化閣僚会議でEU加盟国の中から2都市を選んで“欧州文化首都”に指定し、1年間を通して様々な芸術文化に関する行事を開催することで、加盟国の相互理解を深めようというもの。欧州文化首都に指定されれば、ヨーロッパはもとより世界各国から観光客が大挙して押し寄せるため、2007年に新たにEU加盟を果たしたルーマニアにとってはシビウが文化首都の指定を受けたことは、EUからの何よりのご祝儀になったといえましょう。

 現在のシビウ市を中心とするシビウ県の地域は、12世紀半ばにハンガリー王ゲーザ二世が辺境防衛のためにザクセン人(ドイツ人)を招いて入植させたことから拓かれました。シビウに直接つながる名前は、1191年のヴァチカンの文書に“シヴィニウム”という地名が登場しています。

 なお、シビウというのはルーマニア語の地名ですが、近代以前は、ザクセン人がハンガリー人やセーケイ人とともにトランシルヴァニアの特権階級を構成しており、人口の多数を占めるルーマニア人は小作農として二級市民の地位に甘んじていました。ちなみに、この土地は、ドイツ語ではヘルマンシュタット、ハンガリー語ではナジセベンです。

 中央ヨーロッパとバルカン半島を結ぶルートの途中に位置することから、ザクセン人の町、ヘルマンシュタットは商工業の拠点として早くから発達しましたが、その反面、幾度となく外敵の侵攻を受けてきました。1241年にモンゴルが攻め込んできたときには、最初期の城塞は破壊され、生き延びた住民も百人ほどしかいなかったといわれています。その後、シビウは急速に復興を果たし、14世紀にはトランシルヴァニアの商業の中心地として復活。市民は1350年に街区を30の城壁で囲み、1452年にはオスマン帝国の侵攻に備えて4番目の城壁を築いています。

 16世紀に入り、ルターによる宗教改革の嵐がヨーロッパを吹き荒れる中で、ザクセン人たちの多くはルター派に改宗しましたが、当時のトランシルヴァニアは宗教的には寛容で、ドイツからは迫害を逃れてきたプロテスタントがヘルマンシュタット近郊に数多く移住。1691年以降、トランシルヴァニアはハンガリーから切り離され、カトリックを奉じるハプスブルク家の支配下に置かれましたが、ザクセン人の特権はほぼ維持され、ヘルマンシュタットはトランシルヴァニアの文化的・経済的な中心のひとつとして繁栄しました。

 その後、1867年にオーストリア・ハンガリー二重帝国が発足すると、ヘルマンシュタットを含むトランシルヴァニアはハンガリー王国に編入され、消印の地名表記もザクセン人が慣れ親しんでいたヘルマンシュタットから、ハンガリー語の“ナジセベン”へと改められています。さらに、第一次大戦終結後の1918年12月1日、ハプスブルク帝国の崩壊により、トランシルヴァニアがルーマニア領となると、それまでヘルマンシュタットもしくはナジセベンと呼ばれていた都市は、ようやく、住民の多数を占めるルーマニア人の呼び名である“シビウ”が正式名称となりました。

 なお、シビウとその歴史については、拙著『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行』でも1章を設けて解説しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


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 毎週水曜日、インターネット放送・チャンネルくららにて、内藤がレギュラー出演する番組「切手で辿る韓国現代史」が配信されています。青字をクリックし、番組を選択していただくとYoutube にて無料でご覧になれますので、よろしかったら、ぜひ、ご覧ください。(画像は収録風景で、右側に座っているのが主宰者の倉山満さんです)

 
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 毎月1回(原則第1火曜日:11月4日、1月6日、2月3日、3月3日、3月31日)、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で下記の一般向けの教養講座を担当します。

 ・イスラム世界を知る 時間は15:30-17:00です。

 次回開催は11月4日で、途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


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 羅馬尼亜桃花
2012-03-03 Sat 21:50
 きょう(3日)は桃の節句です。というわけで、桃の花に絡んでこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

        ルーマニア・桃の花FDC

 これは、昨年(2011年)6月にルーマニア(漢字で書くと羅馬尼亜)で発行された桃の花の切手の初日カバーです。

 この切手の発行に際してルーマニア郵政が発表したプレスリリースでは、桃についての植物学上の説明に加え、桃が中国原産でアレキサンダー大王によってヨーロッパにもたらされ、大航海時代のスペイン人によってアメリカ大陸にもたらされたこと、17世紀には英仏の宮廷でもてはやされたこと、古代中国では不老長寿の象徴としてみなされていたことなどが説明されています。また、プレスリリースには、「この切手と合わせて2011年3月に発行された芍薬の切手もあわせてどうぞ」といった趣旨の文言も見られます。

 このように、今回ご紹介の切手を発行するに際して、ルーマニア郵政は“中国”を強く意識している様子がうかがえますが、その背景には、昨今のルーマニア社会において中国(人)のプレゼンスが急速に高まっているという事情があるとみて間違いないでしょう。

 もともと、共産主義時代のルーマニアは、ソ連と距離を置く独自路線を推し進めていたことに加え、チャウシェスク夫妻は1971年に中国・北朝鮮を訪問し、かの地で毛沢東ないしは金日成に対する異常な個人崇拝やマスゲームなどを目にし、自国でもこれと同じことを行うべく、帰国後の同年7月、“ルーマニア文化大革命”を発動して独裁体制を強化していったという経緯があります。したがって、共産政権時代、ルーマニアと中国・北朝鮮は強い友好関係にあり、チャウシェスク政権の崩壊後、北朝鮮は政権崩壊のプロセスをかなり詳細に分析したレポートを残していたとされています。

 共産政権の崩壊後の1990年代、中国とルーマニアの政治的な関係は以前ほど緊密ではなくなりましたが、中国が急激な経済成長を遂げると、今度は経済という点から中国はルーマニアに注目するようになります。特に、2004年にルーマニアが北大西洋条約機構 (NATO) に参加し、2007年1月に欧州連合(EU)に加盟すると、中国はかつての友誼を持ち出してルーマニアに対するアプローチを加速させていきました。
 
 中国からすれば、NATOの1票を持つルーマニアを取り込んでおくことで、NATOにおける対中批判に対する反撃の拠点を確保することができます。また、EU加盟国であるルーマニアの国内に工場を設けて製品を生産すれば、EU域内の産品としてEU全域へ無関税で持ち出すことができます。さらに、中国とルーマニアの総合的な国力を比較してみれば、中国が圧倒的な優位に立っていることは明白です。こうしたことから、中国にとって、ルーマニアは対EU工作の拠点として格好の存在といえましょう。

 一方、人口2100万人強、経済規模でほぼ広島県並みといわれるルーマニアにしてみれば、中国の経済力は非常に魅力的で、それゆえ、近年、中国への傾斜を急速に強めています。

 たとえば、2011年8月10日から16日にかけて、ルーマニアのエミル・ボック首相以下、外相、公共財務相、運輸・社会基盤相らを含む大代表団が訪中。ドナウ川・ブカレスト間の運河建設、ブカレスト環状道路の整備に水力発電所の建設、さらには原発2期の増設など、ルーマニアのインフラ整備に関して、中国のより一層の関与を要請しています、これ以外にも、ルーマニア政府は、炭鉱経営や地下鉄建設を中国に任せる意向を示しています。

 もちろん、こうした対中依存ともいうべき外交政策に関しては、ルーマニア国内でも国家の基幹インフラを外国にゆだねるのはいかがなものかとの反対意見もあるのですが、訪中団を組織したボック首相は「中国は大事な国だからもっと早く行くべきだった」と応じて、全く意に介するようすはなかったそうです。

 一方、中国資本の進出に伴い、ルーマニア国内で働く中国人労働者の数も急増していますが、昨年8月には、古都ヤシの建設現場で働く中国人約50人が待遇への不平から暴動を起こす事件も発生しています。この暴動に際して、中国から派遣された管理者が説得に失敗したことから、ルーマニア警察が催涙ガスを打ち込んで暴動を鎮圧しましたが、このことは、あらためて、ルーマニアの社会と経済における中国のプレゼンスを見せつける結果となりました。

 いずれにせよ、今回ご紹介の切手が発行された背景には、現在のルーマニアと中国との抜き差しならぬ関係があるということは、留意しておいた方が良さそうです。

 なお、ルーマニアについては、拙著『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行』でもいろいろとご紹介しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。

  ★★★ 内藤陽介、カルチャーセンターに登場 ★★★
   
 3月下旬から、下記の通り、首都圏各地のよみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)で一般向けの教養講座を担当します。詳細につきましては、各講座名(青色)をクリックしてご覧いただけると幸いです。皆様のご参加を心よりお待ちしております。(掲載は開催日順)

よみうりカルチャー柏
 3月23日(金)13:00-15:00(公開講座)
 「ご成婚切手の誕生秘話――切手でたどる昭和史」
 *柏センター移転、新装オープン記念講座です。

 4月24日、5月22日、6月26日、7月24日、8月28日、9月25日
 (毎月第4火曜日)13:30~15:30

 切手でたどる昭和史


・よみうりカルチャー荻窪
 3月27日(火) 13:30~15:30(公開講座)
 「ご成婚切手の誕生秘話——切手でたどる昭和史」

 4月10日、5月8日、6月12日、7月10日、8月7日、9月11日
 (毎月第2火曜日)13:30~15:30

 切手でたどる昭和史


・よみうりカルチャー錦糸町 
 3月31日(土) 12:30-14:30(公開講座)
 皇室切手のモノ語り

 4月7日、6月2日、7月7日、8月4日、9月1日
 (毎月第1土曜日) 12:30~14:30

 郵便学者・切手博士と学ぶ切手のお話 
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 北日本で部分日食
2011-06-02 Thu 08:56
 きょう(2日)の明け方、北海道・東北・北陸では部分日食がありました。というわけで、きょうは日食の切手です。(画像はクリックで拡大されます)

        ルーマニア・日食

 これは、1999年8月11日のヨーロッパでの皆既日食に合わせてルーマニアが発行した記念切手のマキシマムカードです。切手は、日食のイメージとルーマニア国土の上を通る軌跡を組み合わせたデザインで、太陽の前を横切る月をデザインした特印もなかなか愛嬌がありますねぇ。

 今回の日食は、日付変更線を挟む関係で、6月2日の夜明けに中国北部とシベリアで始まり、6月1日(現地時間)の夕方早くにカナダ北東部、北極で終わるそうです。わが国では、天気が良ければ、午前4時55分頃、稚内で最も大きな欠けが見えたはずですが、きょうは全国的に曇りや雨のようなので、ちょっと難しかったかもしれませんね。まぁ、仮に天気が良くても、その時間帯に起きて日食を見るのは、なかなか容易なことではないのですが。

 なお、2週間後の今月16日には、こんどは月食が起こるそうです。1ヶ月の間に日食と月食が立て続けに起こるのは珍しいことですが、それにより重力場の作用が強まるという話を聞くと、また大きな地震が来るんじゃなかろうかとちょっと不安になります。まぁ、自然が相手のことゆえ、我々にできることなど限られてはいるのでしょうが、それでも、今一度できる限りの準備をしておくにこしたことはありませんな。

 * 昨晩、カウンターが86万PVを超えました。いつも、遊びに来ていただいている皆様には、この場をお借りして、改めてお礼申し上げます。

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 開催御礼
2009-12-23 Wed 19:24
 おかげ様で、昨日(22日)、東京・中野坂上のレストラン“ルーマニア”にて開催いたしました『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行』の出版記念パーティーは、盛況のうち、無事に終了いたしました。 ご参加いただきました皆様ならびにご支援・ご協力賜わりました皆様には、この場を借りて、あらためてお礼申し上げます。というわけで、今日はルーマニア+感謝ということで、この1枚を選んでみました。(以下、画像はクリックで拡大されます)

      ルーマニア革命1周年小型シート

 これは、1990年にルーマニアが発行した革命1周年の小型シートで、革命後の混乱の中で新生ルーマニアに対して寄せられた各国の支援に感謝する内容の図案として、食糧援助を行うフランスの自動車と医療援助を行うオーストリアの救急車が描かれています。僕も、多方面の方々のご支援・ご協力に感謝して、この1枚を持ってきたというわけです。

      公使挨拶    演奏中の古館さん

 さて、昨日のパーティーは、ルーマニアの革命記念日(12月22日)にあわせたいとの僕のわがままな思いつきのせいで、年末、それも天皇誕生日の前日という皆さんご多忙の時期にもかかわらず、会場のレストランが満員になるほどのお客様にお集まりいただきました。本当にありがたいことです。また、ルーマニア大使館からは、経済担当公使のネゴイツァ・エウジェン閣下にご出席いただき、あたたかいご挨拶をいただいたほか(上の画像・左)、日本におけるジプシー・バイオリンの第一人者・古館由佳子さんの演奏(上の画像・右)も実にすばらしいものでした。もちろん、料理も質・量ともに評判がよく、ご参加いただいた方々にはご満足いただけたようで、主催者としてはホッと胸をなでおろしているところです。

 なお、『キュリオマガジン』の連載「郵便学者の世界漫郵記」は、2009年はルーマニアを特集してきましたが、2010年は1年間かけて、マカオ半島の“マカオ歴史市街地区”として世界遺産に指定された史跡等を中心にご紹介していく予定です。そして、この連載をもとに、11月には彩流社の“切手紀行シリーズ”の第3弾としてマカオに関する書籍を刊行し、年末には今回同様、忘年会を兼ねたパーティーを開催したいと思っていますので、引き続き、ご支援・ご協力を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。


 ★★★ イベントのご案内 ★★★

 下記の日程で、拙著『昭和終焉の時代』の即売・サイン会(行商ともいう)を行います。入場は無料で、当日、拙著をお買い求めいただいた方には会場ならではの特典をご用意しておりますので、よろしかったら、遊びに来てください。

 1月10日(日) 切手市場 於・桐杏学園(東京・池袋) 10:15~16:30
 詳細はこちらをご覧ください。


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  総項目数552 総ページ数2256  
  戦後記念切手の“読む事典”(全7巻) ついに完結!

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 2001年のシリーズ第1巻『濫造濫発の時代』から9年。<解説・戦後記念切手>の最終巻となる第7巻は、1985年の「放送大学開学」から1988年の「世界人権宣言40周年年」まで、NTT発足や国鉄の分割民営化、青函トンネルならびに瀬戸大橋の開通など、昭和末期の重大な出来事にまつわる記念切手を含め、昭和最後の4年間の全記念・特殊切手を詳細に解説。さらに、巻末には、シリーズ全7巻で掲載の全記念特殊切手の発行データも採録。

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 ルーマニア革命20年
2009-12-22 Tue 10:02
 チャウシェスク独裁政権が崩壊した1989年12月22日のルーマニア革命から20年がたちました。というわけで、きょうはこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      シビウの穴あき国旗     穴あき国旗(軍事博物館)

 左の切手は、1990年にルーマニアが発行した民主革命1周年の記念切手でチャウシェスク政権の崩壊に際して、共産国家の国章を切り取った国旗(穴あき国旗)を掲げるシビウの市民が描かれています。右の写真は、ブカレストの軍事博物館の展示品で、革命直後の穴あき国旗の実物です。ちなみに、ここに示したように旧国章を切り抜く前の共産主義時代の国旗については、下に、国連が発行した国旗シリーズの1枚をご覧ください。

      ルーマニア国旗

 1989年12月17日、ハンガリー系の人権派神父であったラースロー・テケシュの強制退去をめぐり、これに反対するティミショアラ市民と治安部隊の衝突で多くの犠牲者が発生しました。いわゆるティミショアラ事件です。

 “暴徒”を鎮圧したチャウシェスクはすっかり安心し、予定通り、翌12月18日から外遊先のイランへと旅立ちました。

 しかし、治安部隊の発砲によりティミショアラで多数の犠牲者が出たという情報は、ただちにVOA(アメリカの声)などによって全世界に伝えられます。ルーマニア国内では事件についての報道はなく、首都ブカレストも表面的には平穏を保っていたが、ティミショアラ事件の情報は口コミでルーマニア国内を駆け巡り、ブラショフ、アラド、シビウ、クルージュなどでも暴動が発生。翌19日にはルーマニア全土に非常事態宣言が布告されました。

 チャウシェスクは20日にイランから帰国し、情勢報告を受けると、国営ルーマニア放送のテレビを通じて演説をおこない、発砲は“暴徒”鎮圧のためにやむを得なかったと説明。しかし、ティミショアラの市民や犠牲者たちを“フーリガン”“外国のスパイ”と非難した彼の演説は、結果的に、多くの国民の猛反発を買います。

 そして、21日、チャウシェスクはブカレスト中心部の勝利広場で官製集会を開きましたが、群衆の中から「チャウシェスク打倒」、「ティミショアラ」の野次が飛び、爆竹が炸裂し、演説を中断。翌22日、全土に戒厳令を発し、軍に治安回復を命じましたが、軍は命令を拒否し、かえって装甲車で大統領官邸のある共和国広場に押し寄せてきました。ここにいたり、チャウシェスク夫妻は党本部からヘリコプターで脱出し、独裁政権は崩壊したのです。

 なお、ルーマニア革命については、拙著『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行』でもいろいろとご説明しておりますので、機会がありましたら、ぜひ、ご覧いただけると幸いです。


 ★★★ 出版記念パーティーのご案内 ★★★

 『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行』の刊行を記念して、ルーマニア民主革命20周年の記念日にあたる12月22日、下記のとおり出版記念パーティーを開催いたします。当日は、僕のトークのほか、日本におけるジプシー・バイオリンの第一人者、古館由佳子さん(当日は彼女のCDも販売します)による生演奏もお楽しみいただけますので、ぜひ、遊びに来てください。

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 ・日時 2009年12月22日 18:30~

 ・会場 レストラン・ルーマニア(本格的ルーマニア料理のレストランです。)
     *東京都中野区本町1-32-24(東京メトロおよび都営地下鉄中野坂上駅1分)
      tel: 03-5334-5341 地図などはこちらをご覧ください。
      料理は下の画像のようなイメージで、ブッフェ・スタイルです。
      ルーマニアのワイン(もちろん飲み放題)も出ます。

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 ・会費 7000円(『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行』1冊つき)
     *当日会場にてお支払いをお願いいたします。

 ・参加ご希望の方は、キュリオマガジン編集部まで、電子メール(info@fujimint.com)にてお申し込みください。たくさんの方々のお越しを心よりお待ちしております。

 
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 ティミショアラ事件20年
2009-12-17 Thu 09:56
 1989年のルーマニア革命の直接のきっかけとなった“ティミイショアラ事件”から、きょう(12月17日)でちょうど20年です。というわけで、きょうはこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      ティミショアラ事件1ヶ月記念印

 これは、1989年12月17日のティミショアラ事件から1か月後の1990年12月17日に使われた犠牲者追悼の印です。

 社会主義経済が破綻していたルーマニアのチャウシェスク政権は、起死回生の策として、1988年3月、“農村再編計画”を発表。生産を高めるためとの名目で、農地整備のためにトランシルヴァニアを中心に8000もの村落を破壊し、農民を強制移住させようとしました。

 当然のことながら、“農村再編計画”は国民、なかでも、強制移住の対象者が多かったハンガリー系(当時のルーマニアの人口の27%を占めていました)の猛反発を招き、体制に絶望したハンガリー系住民のハンガリーへの逃亡が続出。ハンガリー政府もルーマニアの政策を人権侵害として国連人権委員会に提起するなかで、ラースロー・テケシュという一人のカルヴァン派牧師の存在がにわかにクローズアップされていくことになります。

 テケシュは1952年生まれ。最初の任地であったデジュで当局の意向に反してハンガリーの文化と歴史を講じて解職され、2年間のブランクの後、1986年、ティミショアラに赴任しました。

 ティミショアラでの彼は、次第に体制批判の度を強め、ハンガリー系のみならずすべての抑圧されたルーマニア人のための人権擁護運動を展開し、幅広い支持を集めるようになります。これに対して、テケシュの行動を苦々しく思っていたルーマニア政府は、1989年7月、厄介払いの意味も込めて、彼の申請を受理してハンガリー行きの旅券を発給しました。

 出国したテケシュはハンガリーでカナダのテレビ局のインタビューを受け、トランシルヴァニアのハンガリー系住民の苦境について語り、そのインタビューがハンガリーで放映されると、大きな話題となりました。

 当然、テケシュはそのままハンガリーに亡命するものと思われていたのですが、予想に反して、ルーマニアに帰国してしまいます。

 その後、テケシュの元には毎日のように脅迫状が舞い込み、9月には支持者が謎の“自殺”に追い込まれました。さらに、治安当局は彼を12月15日限りでティミショアラからの退去と北部の寒村、ミネウへの強制移住を命じます。

 これに対して、ティミショアラからの強制退去期限の12月15日が近づくと、その数日前から、彼を守ろうとする信者たちが教会に泊まり込むようになりました。そして、15日の当日はさらに多くの信者や市民が集まって教会を取り囲み、出動した治安警察部隊に激しく抗議します。さらに、翌16日、期限切れを理由に治安警察がテケシュを連行しようとすると、ついに市民の怒りが爆発。多数の市民が市内中心部に集まり、共産党ティミショアラ県委員会本部がある市役所に乱入して、書類を破り、チャウシェスクの肖像画を窓から投げ捨て、街路で火をつけるなど、ティミショアラは騒乱状態となりました。

 報告を受けた党政治執行委員会は緊急会議を招集し、チャウシェスクは治安警察部隊に実弾を供給していなかったとして、ヴァシレ・ミレア国防相とトゥドル・コスタニク内相、ユリアン・ブラッド秘密警察長官(内務副相)の三人を厳しく叱責。「党の建物に侵入した者を生きたまま帰すな」と厳命します。

 さらに、17日、チャウシェスクはティミショアラに内務省秘密警察、国境警備隊、治安警察の応援部隊を派遣し、市内中心部のオペラ劇場付近に集まっていた市民に対して自動小銃や装甲車の車載銃などで発砲。多数の死傷者が生じ、大聖堂正面の階段は、堂内に逃げ込もうとしたものの、背後から治安部隊の銃弾を受けた子供たちの鮮血で赤く染まりました。

 こうして、治安部隊の発砲によりティミショアラで多数の犠牲者が出たという情報は、ただちにVOA(アメリカの声)などによって全世界に伝えられました。ルーマニア国内では事件についての報道はなく、首都ブカレストも表面的には平穏を保っていましたが、17日の流血事件の情報は口コミでルーマニア国内を駆け巡り、ブラショフ、アラド、シビウ、クルージュなどでも暴動が発生。翌19日にはルーマニア全土に非常事態宣言が布告され、ついには、22日のチャウシェスク政権打倒へとつながるのです。

 なお、1989年の革命とティミショアラについては、拙著『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行』でも解説しておりますので、機会がありましたら、ぜひ、ご覧いただけると幸いです。


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 『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行』の刊行を記念して、ルーマニア民主革命20周年の記念日にあたる12月22日、下記のとおり出版記念パーティーを開催いたします。当日は、僕のトークのほか、日本におけるジプシー・バイオリンの第一人者、古館由佳子さん(当日は彼女のCDも販売します)による生演奏もお楽しみいただけますので、ぜひ、遊びに来てください。

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     *当日会場にてお支払いをお願いいたします。

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 世界漫遊記:5つの修道院④
2009-11-21 Sat 11:25
 『キュリオマガジン』2009年12月号が出来上がりました。僕の連載「郵便学者の世界漫遊記」ですが、ルーマニア篇は今回が最終回。前回に続きルーマニア北東部・南ブコヴィナの“5つの修道院”の4回目。今回は、そのなかから、こんなモノをもってきました。(以下、画像はクリックで拡大されます)

 プトナ(切手)   プトナ(実物)

 これは1991年に発行されたプトナ修道院の切手と、その実際の写真です。“5つの修道院”というタイトルによれば、今回は記事中のアルボーレ修道院を取り上げるべきなのでしょうが、同修道院については、以前の記事でもご紹介したことがありますので、今回はいままで取り上げたことのないプトナ修道院を持ってきました。

 モルダヴィアの、というより全ルーマニア人にとっての民族的英雄であるシュテファン大公は、戦で勝利を収めるたびに修道院を一つずつ寄進することを誓い、それを実行に移した人物で、キリアの戦いでオスマン帝国を破った後、1466年7月10日、神への感謝を示すために聖母マリア(正教会では“生神女マリヤ”のが一般的)にささげる教会を建設することを決意。ブコヴィナのヴィコヴ・デ・スス村を200ズロトで購入。村を見渡せる丘の上から3本の矢を放ち、1本目が落ちた場所に修道院の聖なる井戸を、2本目が落ちた場所に祭壇を、3本目が落ちた場所に鐘楼を建てたといわれています。

 修道院の建設は、近隣の洞窟に住んでいた隠者ダニエル(後にヴォロネツ修道院の初代院長となった人物)の指導の下、およそ3年がかけられ、1470年9月3日、大公とその家族が参列する中、成聖式(聖職者の祈りによって、礼拝の器具や建造物などを聖なるものとする儀式)が行われました。この結果、プトナ修道院はモルダヴィアにおける宗教・芸術・文化の中心地としての地位を獲得。1504年に亡くなったシュテファン大公のみならず、息子のボグダン三世やペトゥル・ラレシュ(モルドヴィツァ修道院を建立したモルダヴィア公)もここに埋葬されています。

 当初の建物は、1484年の火災によりほとんど焼失し、2年後に再建されましたが、その後も、戦乱や火災、さらには地震などで何度か損傷し、そのたびに再建されるという歴史が繰り返され、1881年9月に周囲の壁と塔が建設され、ほぼ現在のかたちとなりました。

 聖堂の外壁は真っ白で、壁画が描かれていないがゆえに世界遺産には指定されていないものの、ほとんど飾りがないことがかえって修道院としての品格や威厳といったものを強く感じさせます。
 
 さて、「郵便学者の世界漫郵記」ですが、2008年11月号掲載の“ブラン城”から14回続いたルーマニア篇は今回で終了し、次回・2010年1月号からは新たにマカオ篇がスタートします。ぜひ、ご期待ください。

 また、プトナ修道院に関しては、拙著『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行』でも詳しくご紹介しておりますので、あわせてご覧いただけると幸いです。


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 『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行』の刊行を記念して、ルーマニア民主革命20周年の記念日にあたる12月22日、下記のとおり出版記念パーティーを開催いたします。ちょっと変わったオフ会あるいは忘年会としていかがでしょうか。当日は、僕のトークのほか、楽しいアトラクションを予定しております。

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 スチャヴァ駅
2009-10-14 Wed 18:52
 きょう(10月14日)は“鉄道の日”(昔は鉄道記念日といいましたな)です。というわけで、近日刊行の拙著『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行』のなかから、こんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 スチャヴァ=ロマン間の鉄道

 これは、2008年に発行されたルーマニア鉄道150年の記念切手のうちの1枚で、1869年12月に開通したスチャヴァ=ロマン間の路線図と開業時の列車が描かれています。

 1359年にモルダヴィア公国が建国された時、最初の首都はモルドヴァ川沿いのバイアに置かれていました。その後、首都はシレトに移転し、1388年、ペトゥル・ムシャト一世によってスチャヴァが公国の首都と定められ、1546年のヤシ遷都まで、首都としての地位を保ちました。

 その後、ブコヴィナがハプスブルク帝国の支配下に入ると、現在のスチャヴァ市の南東を流れるスチャヴァ川がハプスブルク帝国とモルダヴィア公国(ないしはルーマニア)との国境となります。この結果、両国はそれぞれの国境近くまで引いて別個に鉄道を敷き、別々にスチャヴァ駅を作りました。そのハプスブルク側の駅が北駅で、ルーマニア側の駅が南駅です。なお、現在、単に“スチャヴァ駅”というと南駅を指します。

 ちなみに、現在のスチャヴァ北駅はこんな感じです。

 スチャヴァ北駅・外観  スチャヴァ北駅・内装

 一方、スチャヴァ駅(南駅)はこんな感じ。右端はホールで、歴史的建造物として立ち入り禁止になっていましたが、写真の撮影はできました。

 スチャヴァ駅・外観  スチャヴァ駅・内装  スチャヴァ駅・ホール

 ガイドブックなどには北駅のほうが主要駅と書かれていることにくわえ、ハプスブルク帝国とルーマニアの国力の差から考えて、南駅は大したことはなかろうと僕はタカをくくっていたのですが、レンガ造りの駅舎は予想していたよりもずっと立派なもので、個人的には南駅の方が気に入りました。

 モルダヴィアとワラキアの統一によって、近代ルーマニア国家が誕生したのは1861年のことでした。スチャヴァ駅の開業は、そのわずか8年後のことです。新生ルーマニアとしては、国家の威信をかけて、隣国(ハプスブルク帝国)に負けないよう、北方の玄関口としての国境の駅の建設に取り組んだのかもしれません。

 さて、かねてこのブログでもご案内している拙著『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行』ですが、本日、予定よりも早くサンプルができあがってきました。奥付上の刊行日は11月5日ですが、10月23日には全国の主要書店に配本される予定です。実物を見かけることがありましたら、ぜひ、お手にとってご覧いただけると幸いです。
 

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 10月31日(土) 11:00から、<JAPEX09>会場内(於・サンシャイン文化会館)で刊行記念のトークイベントを行いますので、よろしかったら、ぜひ、遊びに来てください。


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