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内藤陽介 Yosuke NAITO
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 スーダンで軍事クーデター
2019-04-12 Fri 03:51
 昨年末からオマル・バシール(バシルとも)大統領の退陣を求める反政府デモが拡大していたスーダンで、昨日(11日)、軍事クーデターが発生。アフマド・アワド・イブンオウフ国防相は、国営テレビを通じ、バシール氏を大統領から解任し、拘束していることを明らかにするとともに、憲法を停止して“暫定軍事評議会”を設置し、今後2年間にわたり国家を統治したうえで、民政移管のための大統領選挙を実施すると発表しました。というわけで、きょうはこんな切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      スーダン・軍事電信切手

 これは、1898年にスーダンで発行された軍事電信切手で、ラクダに乗って行軍する黒人兵が描かれています。先の国防相の発表では、現在、軍は国境を閉じるとともに、24時間は空域も閉鎖するとのことで、ハルトゥームでは軍や治安部隊兵士が国防省や主要な道路・橋の付近に展開しているそうです。そうした都市部の軍は自動車や戦車を使って移動しているのでしょうが、道路が未整備な国境地帯の一部では、今回ご紹介の切手のように、昔ながらのラクダ兵が展開しているケースもあるのかもしれません。

 さて、今回失脚したバシール前大統領は、1944年、現在のスーダン・北部州のホシュ・バンナガで、アラブ系スーダン人の家庭に生まれ、首都ハルツームで中等教育を受けた後、独立後の1960年、スーダン軍に入隊。1966年にカイロに留学して士官学校を卒業した後は、落下傘部隊で士官を務め、1973年の第四次中東戦争にはエジプト軍の一員として従軍しました。

 その後は、スーダン国軍で昇進を重ね、UAE駐在武官(1975-79年)、部隊司令官(1979-81年)、ハルトゥームの機甲落下傘旅団長(1981-87年)を歴任。1983年、第二次スーダン内戦が勃発すると、1989年、民族イスラム戦線のハサン・トラービーと手を結んで軍事クーデターを成功させ、政権を掌握。すべての政党や労働組合などを禁止し、報道管制を敷いて議会を解散し、救国革命指導評議会を設けて、自ら国家元首、首相、軍司令官、防衛相を兼務しました。

 1991年には、キリスト教や伝統宗教が普及している南部にシャリーア(イスラム法)を強要し、南部の村を空爆し住民を奴隷化するなどして、北部対南部の内戦を拡大させました。また、トラービーの影響でイスラム原理主義政策を行っていたことから、国際テロ組織アルカーイダの指導者ウサーマ・ビン・ラーディンら多数のテロリストがスーダンを拠点としたことから、1993年にはテロ支援国家に指定されています。

 さらに、2003年以降、いわゆるダルフール紛争では民兵に約7万人を虐殺させ、2万人以上の難民を発生させたことから、2009年2月には、現職の国家元首として初めて、オランダ・ハーグの国際刑事裁判所から、ダルフールにおける人道に対する罪、ジェノサイド罪で起訴され、逮捕状が出されています。

 2011年に南スーダンが分離独立した後も、バーシルの独裁体制は長らく維持されてきましたが、2018年12月19日、政府がパンの値段を3倍に引き上げたことをきっかけとして複数の州で抗議デモが発生。政権側はこれを力ずくで抑え込もうとしたものの、食料価格の高騰だけでなく、燃料や外貨の慢性的な不足を招いた経済失政の非難も加わり、大統領の退陣を求める反政府運動が全土に拡大していました。

 これに対して、バシール政権は、2019年2月23日、スーダン全土に1年間の非常事態宣言を発令。翌24日にはジャジーラ州知事のモハメド・ターヒル・アヤラを新首相に任命したうえで、25日には無許可での会合や集会を禁止したほか、国民や統治体制に悪影響を及ぼすと当局が判断したニュースについて、ソーシャルメディアを含むあらゆる媒体での公開を禁じるなどの強硬策を打ち出しました。

 しかし、長年の圧政に対する国民の怒りは収まらず、4月6日にはデモ隊が軍本部前に到達。4月8日、デモを主導する自由・変革同盟が軍に対し、暫定政府樹立に向けた直接協議の開始を呼び掛けます。こうした状況の下、バシール政権与党、国民会議もデモ鎮圧に加わることを拒否するなど、バシール大統領の孤立が深まっていくなかで、きのう(11日)の軍事クーデターとなったわけです。

 クーデターを受けて、バシール体制を支えてきた国家情報治安局は、全土で政治犯を釈放すると発表するなど、一部、“民主化”に向けた動きも始まっているようです。ただし、スーダンでは、1956年の独立以来、クーデターと内戦が繰り返されており、今回も民主化が実現できるかどうかは不透明です。

 いずれにせよ、今回のスーダンの政変は、最近のアルジェリアの混乱と併せて、2011年の“アラブの春”再現のきっかけになる可能性もあるわけで、しばらくは事態を注視しておく必要がありそうです。


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 4月20日(土) 14:00から、東京・水道橋の日本大学法学部三崎町キャンパス4号館地下1階 第4会議室A(地図はこちらをご覧ください)にて開催のメディア史研究会月例会にて、拙著『チェ・ゲバラとキューバ革命』の内容を中心に、「メディアとしての“英雄的ゲリラ”」と題してお話しします。

 なお、メディア史研究会はまったく自由な研究会で、会員以外の方でも気楽にご参加いただけますので(もちろん、無料)、よろしかったら、ぜひ、遊びに来てください。

      
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 世界の切手:スーダン
2019-03-14 Thu 02:58
 ご報告がすっかり遅くなりましたが、アシェット・コレクションズ・ジャパンの週刊『世界の切手コレクション』2019年2月20日号が発行されました。僕が担当したメイン特集「世界の国々」のコーナーは、今回はスーダン(と一部ギニアビサウ)の特集です。その記事の中から、この1点をご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

      スーダン・独立50年

 これは、2006年にスーダンで発行された“独立50年”の記念切手です。

 1881-99年にエジプトの南に存在していたマフディー王国は、現在のスーダンと南スーダン(2011年に旧スーダンから分離独立)をあわせた地域にほぼ相当していた。1899年、マフディー王国が滅亡すると、その領域は“スーダン”としてエジプトと英国の両国による共同統治下に置かれました。

 英埃領スーダン内部では、イスラム・アラブ系・アラビア語を中心とする北部と、アニミズム・キリスト教・アフリカ系・英語を中心とする南部の相違が大きかったこともあり、1924年以降、南北分割統治が行われていました。その際、マラリアなどの予防の名目で北緯8度以北の者が南へ、同10度以南の者が北に行くことはどちらも違法とされたことなどもあり、南北の分裂が加速されていきます。

 第二次大戦後、植民地再編の過程で、スーダン南部を支配していた英国は南部スーダンとウガンダの統合を望みましたが、1947年のジュバ会議で南北スーダンの統合が決められ、1954年の自治政府発足を経て、1956年1月1日、旧スーダン国家が独立しました。

 しかし、その過程で、1955年、南北の内戦が勃発すると、スーダンの主要産業であった綿花の生産は大きな打撃を受け、スーダン経済は苦境に見舞われます。こうしたなかで、1958年11月、今回ご紹介の切手の中央、軍服姿で国旗を持つイブラヒム・アブード将軍がクーデターを起こしました。

 アブードは1900年生まれ。ハルトゥームの陸軍士官学校卒業後、当初はエジプト軍に配属され、後にスーダン防衛軍に転属となり、1949年には副司令官に昇進。1956年のスーダン独立に伴い、国軍司令官に就任しましたが、1958年11月にクーデターを敢行し、軍最高評議会議長として実権を掌握し、独裁体制を構築します。

 1964年、アブードは民政移管を決定しますが、民政移管後も権力を維持すべく、同年10月の大統領選挙に立候補し、当選しています。しかし、その直後の11月にクーデターが発生し、英国への亡命を余儀なくされました。

 ちなみに、アブードが政権発足後の1959年8月、チェ・ゲバラを団長とするキューバ親善使節団は世界各国を歴訪する過程で、スーダンにも立ち寄り、アブードと会談しています。その後、ゲバラは、1965年2月にもアフリカ歴訪の一環としてアブードとの会談を予定していましたが、1964年10月の政変でアブードが失脚し、1965年4月にウンマ党と国民統一党の連立政権が成立するまでの過渡期のタイミングにあたっていたため、スーダン訪問は見送られました。このあたりの事情については、拙著『チェ・ゲバラとキューバ革命』でも触れておりますので、機会がありましたら、お手にとってご覧いただけると幸いです。

 さて、『世界の切手コレクション』2月20日号の「世界の国々」では、英埃領時代のスーダンとキャメル・ポストの切手についてまとめた長文コラムのほか、青ナイルやヌビアの遺跡の切手などもご紹介しています。機会がありましたら、ぜひ、書店などで実物を手に取ってご覧ください。

 なお、「世界の国々」の僕の担当ですが、今回のスーダン(と一部ギニアビサウ)の次は、2月20日発売の同27日号でのナミビア、3月6日発売の同13日号でのアンゴラ(と一部トーゴ)、同13日発売の同20日号でコロンビア(と一部パラグアイ)の特集となっています。これらについては、順次、このブログでもご紹介する予定です。


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 母乳で逮捕
2011-06-28 Tue 23:53
 アメリカで、警察官に向かって母乳を噴射した女が逮捕されたというニュースが話題になっているそうです。というわけで、母乳がらみの切手はないかと探してみたら、手元にこんなモノがありました。(画像はクリックで拡大されます)

        スーダン・授乳

 これは、“こどもの健康”と題して1988年にスーダンで発行された切手で、母乳を与える母親を図案化して描いています。イスラム教徒が人口の多数派を占める国ですので、特定の女性の授乳場面を連想させるような原画は作れなかったのでしょうが、マチス並みに単純化された線によるデザインは、かえって、インパクトがありますな。

 さて、問題の事件は、フォックス・ニュースなどによると、6月25日の未明、デラウェア郡の警察署に「結婚式の披露宴会場で、客の夫婦が激しい口論をしている」との通報から始まりました。

 警察官が現場に出向くと、そこには足下もおぼつかず床に座り込んだ30歳の女性教師、ステファニー・ロビネッテロビネッテとその夫がいました。そこで、警察官は、とりあえず彼らを自宅に帰そうと泥酔した彼女を車いすで駐車場まで連れて行くと、彼女は夫を殴りつけ、自分の車の助手席に乗り込んで、夫や警察官などに罵声を浴びせたばかりか、いきなり「私はいま授乳中なのよ!」と叫び、胸をあらわにして母乳を警察官に向かって噴射したのだとか。

 その後、彼女は駆け付けた応援の警察官によって車から引きずり出され、“体液”を他人に浴びせた暴行ならびに公務執行妨害の罪で逮捕されたそうです。まぁ、警察も、唾液や精液、血液や尿などを他人にかけるケースは想定していたのでしょうが、まさか母乳とは…とさぞかし驚いたことでしょうな。

 ところで、今回ご紹介の切手が発行された1988年のスーダンは、1983年から始まった第二次内戦のさなかにありました。その内戦の過程で、切手発行翌年の1989年に権力を掌握したオマル・バシールは強権的な独裁体制を敷き、いわゆるダルフール紛争では民兵に約7万人を虐殺させ、2万人以上の難民を発生させたことから、2009年2月には、現職の国家元首として初めて、オランダ・ハーグの国際刑事裁判所から、ダルフールにおける人道に対する罪、ジェノサイド罪で起訴され、逮捕状が出されています。

 ところが、そのバシールは、きょう(28日)北京入りし、あす(29日)には国家主席の胡錦濤をはじめ、中国指導者と相次いで会談するのだそうです。

 1990年代後半以降、中国は、かつての帝国主義列強と同様、資源と市場を求めてアフリカ諸国への進出を急加速させてきました。特に、地下資源の利権を確保するため、人権侵害などを理由に西側諸国から経済制裁を受けている独裁国家に対して、中国は“内政不干渉”を掲げて莫大な経済援助を行い、国際的な批判を浴びているのは周知のとおりです。

 ダルフール紛争に関しても、中国は、非アラブ系に対する大規模な“民族浄化”を行うスーダン政府ならびにアラブ系民兵組織のジャンジャウィードを積極的に支援し(彼らの兵器のほとんどは中国製です)、スーダン産の石油を独占的に確保するとともに、多数の労働者を派遣しています。一方、バシール政権のみならず、国際的に孤立する独裁国家にとっては、同じく、共産党の一党独裁体制にある中国が、国連安保理の常任理事国という立場で後ろ盾となってくれるのは非常に心強いことであり、両者の関係はますます緊密化していくことになるのです。

 こうした中国外交の一端については、拙著『マカオ紀行』でも触れておりますので、機会がありましたら、ぜひ、ご覧いただけると幸いです。
 

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 南部スーダンの独立確定
2011-02-08 Tue 21:46
 先月10日、南部の分離独立の是非を問う住民投票が行われたスーダンで、きのう(7日)、住民投票管理委員会は投票者の98.83%が独立を支持したと発表、これにより、南部スーダンの独立が確定しました。というわけで、きょうはこの切手をもってきました。(画像はクリックで拡大されます)

        南部の月(スーダン)

 これは、1966年にスーダンで発行された“南部の月”の切手で、エクアトリアが題材として取り上げられています。

 今回、新たに分離・独立することになったスーダン南部は、上ナイル州、ユニティ州、ジョングレイ州、北バハル・ガザール州、西バハル・ガザール州、ワラブ州、レイク州、西エクアトリア州、東エクアトリア州、中央エクアトリア州の10州から構成されていますが、南部スーダンの首都であるジュバは、そのうちの中央エクアトリア州に属しています。

 1966年の切手は、独立以来、南北対立の絶えなかったスーダンで南北の融和を訴えるために発行されたもので、上ナイル、エクアトリア、バハル・ガザールの3種があります。なお、切手に描かれている地図は、南北をあわせたスーダン全土のシルエットです。

 南部スーダンの首都・ジュバは、白ナイルの交易の拠点で、ケニア、ウガンダ、ザイールへの中継地でもありました。したがって、イギリス統治時代のジュバ発着ないしは経由のカバーというのはそれなりの数が残されているのでしょうが、現時点では僕はまだ手に入れてません。

 いずれにせよ、今回の投票の結果を踏まえ、早ければ7月にも、アフリカ大陸で54番目の独立国として“南部スーダン”(という国名になるかどうかは未定ですが)が誕生することになっていますから、そのときにはなにか気の利いたマテリアルをご紹介できるよう、探してみるつもりです。

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 南部スーダンの住民投票
2011-01-10 Mon 23:01
 南部スーダンの分離・独立を問う住民投票が始まりました。投票では南部スーダンの独立が可決される見通しで、今年7月にもアフリカ大陸で54番目となる新国家が誕生する可能性が高まっています。というわけで、きょうはスーダンの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

        スーダン加刷

 これは、1897年に発行されたスーダン最初の切手で、エジプト切手にスーダンとフランス語(UPUの公用語)ならびにアラビア語で加刷されたものです。

 現在のスーダンの地における最初の近代郵便制度は、1867年、スワキンにエジプト局が設置されたのが最初です。当時、エジプトはイギリスの支援を受けてスーダンを支配していましたが、1883年、これに反発する現地住民はムハンマド・アフマドを指導者とするマフディー運動(マフディーの乱)を起こし、1885年にはチャールズ・ゴードンをハルツームで戦死させ、マフディー国家を建設します。しかし、その後も郵便事業はエジプト郵政が担っており、今回ご紹介の切手が発行されるまでは、無加刷のエジプト切手がそのまま使われていました。

 さて、マフディーの乱鎮圧後、スーダンはエジプトとイギリスの両国による共同統治下に置かれ、1924年以降は南北での分割統治が行われます。その際、マラリアなどの予防の名目で北緯8度以北の者が南へ、同10度以南の者が北に行くことはどちらも違法とされたことなども、南北の分裂を加速することになりました。

 その後、南部を支配していたイギリスは南部スーダンとウガンダの統合を望みましたが、1947年のジュバ会議で南北スーダンの統合が決められ、1954年の自治政府発足を経て、1956年1月1日、現在のスーダン国家が独立します。しかし、1955年以降、南北の内戦が勃発。以後、石油利権や民族問題をめぐって2度の内戦がおこり、計約200万人が死亡。2005年にようやく和平合意が結ばれ、今回の住民投票が実施されたという経緯があります。

 日本ではなじみのないスーダンですが、同国は現時点ではアフリカ最大の国であるだけでなく、ダルフール問題も抱えており、欧米のメディアでは今回の分離・独立問題も大いに注目を集めているようです。このブログでも、今後、ニュースにあわせて、スーダンがらみのマテリアルをご紹介する機会が増えるかもしれません。


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 ラクダの郵便配達
2010-04-27 Tue 12:31
 今月11-15日、24年ぶりに複数政党で民主的に実施されたスーダン大統領選挙で、きのう(26日)、同国の選挙管理委員会は現職のオマル・バシル大統領の再選を発表しました。というわけで、スーダン切手といえば、やっぱりこの1枚でしょうか。(画像はクリックで拡大されます)

      スーダン・ラクダ

 これは、1898年3月1日に発行された1ミリーム切手で、ラクダに乗った郵便配達夫が描かれています。

 現在のスーダンの地における最初の近代郵便制度は、1867年、スワキンにエジプト局が設置されたのが最初です。当時、エジプトはイギリスの支援を受けてスーダンを支配していましたが、1883年、これに反発する現地住民はムハンマド・アフマドを指導者とするマフディー運動(マフディーの乱)を起こし、1885年にはチャールズ・ゴードンをハルツームで戦死させ、マフディー国家を建設します。しかし、その後も郵便事業はエジプト郵政が担っており、1897年に“SOUDAN"加刷の切手が発行されるまでは、無加刷のエジプト切手がそのまま使われていました。

 その後、ホレイショ・キッチナー率いるイギリス・エジプト軍はオムドゥルマンの戦いなどでマフディー国家を制圧。1899年以降、スーダンはエジプト・イギリスの両国による共同統治下に置かれます。

 これと並行して、1898年3月1日から、今回ご紹介しているようなラクダの郵便配達夫を描く切手が発行されました。切手の原画作者はE.A.スタントンで、印刷はロンドンのデラリュー社です。このデザインの切手は、用紙を変えたり、切手上の字体を変更したりして第二次大戦後まで使われました。

 さて、スーダンといえば、約30万人の犠牲者、200万人以上の避難民が発生したダルフール紛争のことを連想する人も多いかと思われます。僕も、ダルフール紛争がらみのカバーをずっと探しているのですが、残念ながら、入手できていません。来年1月に南部の分離独立を問う住民投票が行われるまでには、なんとか、手に入れたいものですな。


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 2001年のシリーズ第1巻『濫造濫発の時代』から9年。<解説・戦後記念切手>の最終巻となる第7巻は、1985年の「放送大学開学」から1988年の「世界人権宣言40周年」まで、NTT発足や国鉄の分割民営化、青函トンネルならびに瀬戸大橋の開通など、昭和末期の重大な出来事にまつわる記念切手を含め、昭和最後の4年間の全記念・特殊切手を詳細に解説。さらに、巻末には、シリーズ全7巻で掲載の全記念特殊切手の発行データも採録。

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