内藤陽介 Yosuke NAITO
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 タウデニの岩塩
2015-05-06 Wed 14:35
 GWも今日で最終日ですが、皆様いかがお過ごしだったでしょうか。僕のような物書き稼業の人間は、世間の休日も平日もあまり関係なく、毎日、一定の分量の原稿を書いているだけなのですが、それでも、気分転換を兼ねて、近所にリニューアルオープンしたばかりのたばこと塩の博物館に行ってみました。(下の画像は同館リニューアルオープンのチラシ。以下、画像はクリックで拡大されます)

        たばこと塩の博物館・チラシ

 展示はいろいろと見応えがあったのですが、展示の一部にマリ・タウデニの岩塩についてのコーナーがあって、ミュージアムショップでは、実際にタウデニの岩塩(下の画像・左はパッケージに入った状態。右は中身を取り出した状態です)も売られていたのには、ちょっとビックリしました。

         マリ・タウデニの岩塩(実物)   マリ・タウデニの岩塩(中身)

 タウデニは、マリ北部、サハラ砂漠の中にある盆地の集落で、かつての塩湖の湖底に相当する場所に岩塩の鉱床が広がっています。行政上はトンブクトゥ州に属していますが、最も近い集落まで500キロ、州都のトンブクトゥまでは750キロ離れており、近代的なインフラはほとんど整備されていません。このため、現在なお、労働者が人力で岩塩を板状に切り出し、それを、ラクダによる隊商で南のトンブクトゥまで運んでいますが、気候があまりにも過酷なため、隊商の活動は10月から3月までの秋冬の時期に限られています。そのようすを取り上げた20世紀初頭の絵葉書と、その裏面の画像を下に貼っておきましょう。

         タウデニ→トンブクトゥ タウデニ→トンブクトゥ(裏)

 絵葉書は、フランスの西アフリカ経営の拠点であったダカールで仏領西アフリカ各地の風俗を題材に民間で作られたシリーズの1枚で、仏領スーダン(マリの前身)の光景として、タウデニから岩塩を運んできた駱駝の隊商がトンブクトゥに到着したところが取り上げられています。葉書の説明文を読むと、タウデニからトンブクトゥまでは、20日間かかったようです。なお、貼られている切手は仏領セネガルの5サンチーム切手で1909年12月2日のダカールの消印が押されています。

 ちなみに、博物館にも岩塩を運ぶ駱駝の隊商の写真パネルが展示してありましたが、比較的最近、撮影されたカラー写真でした。参考までに、僕の手元にあるカラーの絵葉書(1981年製との表示が裏面にあります)の画像も下に貼っておきます。

         マリ・塩の隊商(1981)

 この絵葉書が作られた1981年といえば、マリ国内は、ムーサ・トラオレの独裁政権下にあった時代で、タウデニには政治犯収容所が置かれ、囚人たちが過酷な環境の下、岩塩の採掘作業などの従事させられていました。ムーサ・トラオレ政権の崩壊後、タウデニの政治犯収容所はアルファ・ウマル・コナレ政権下の民主化により廃止されたそうです。

 なお、このあたりの事情については、拙著『マリ近現代史』でもいろいろとご説明しておりますので、機会がありましたら、ぜひ、お手に取ってご覧いただけると幸いです。

 * 毎週水曜日発売の『世界の切手コレクション』ですが、今週は、連休のため、明日7日の発行です。つきましては、僕のブログでの、先週号の内容につきましても、あす、ご紹介する予定です。


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 4月8日付の『夕刊フジ』に書評が掲載されました!

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 <解説・戦後記念切手>全8巻の完成から5年。その著者・内藤陽介が、こんどは記念切手の枠にとらわれず、日本切手と“美女”の関係を縦横無尽に読み解くコラム集です。切手を“かるた”になぞらえ、いろは48文字のそれぞれで始まる48本を収録。様々なジャンルの美女切手を取り上げています。

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 岩のドームの郵便学(26)
2015-02-02 Mon 23:41
 『本のメルマガ』562号が先月25日に配信となりました。僕の連載「岩のドームの郵便学」では、1977-78年にエジプト以外の各国で発行された岩のドームの切手をご紹介する7回目。今回はこの切手を取りあげました。(画像はクリックで拡大されます)

      セネガル・パレスチナ支援

 これは、第一次中東戦争勃発から30周年にあわせて、1978年5月16日にセネガルが発行した“パレスチナにおける自由の戦士と殉難者の遺家族の福祉のために”の切手です。

 セネガル国民の90%以上はムスリムですが、1960年の独立を主導し、初代大統領に就任したレオポール・セダール・サンゴールは、かなりの程度に“フランス化”されたカトリックでした。

 サンゴールは1906年、ダカールの南東114キロの地点にあるジョアルの生まれ。ウィリアム・ポンティ高等師範学校(当時は、ダカールの東25キロのリュフィスクにありました)を経て、1928年、フランスに留学。ソルボンヌで学び、後に大統領となるジョルジュ・ポンピドゥらと親交を深めています。

 1935年からはパリの大学で教鞭をとっていましたが、第二次大戦が勃発すると、志願してフランス軍に入隊。ドイツ軍と戦って捕虜となり、釈放後も対独レジスタンスに関わりました。戦後はその実績をもとに大学に復帰。フランス語の詩人としても高く評価されています。宗教的にはカトリックであり、妻はフランス人でした。

 彼が参加していた仏領西アフリカおよび赤道アフリカにまたがる植民地横断の連合政党、“アフリカ民主連合(RDA:Rassemblement Démocratique Africain)”は、もともと、フランスからの完全独立ではなく、フランスによる同化政策を受け入れ、フランス連合内での権利の拡大を目指していた組織で、サンゴール本人も、政治的には共産党や急進民族主義者とは距離を置く穏健左派の立場です。

 独立後の政権与党であるセネガル社会党は“アフリカ社会主義”を掲げ、“ライシテ”(公共の場からの宗教的要素の徹底的な排除)を基盤とするフランス法体系を継承し、政教分離を旨とする世俗国家として国家建設を進めていました。

 ムスリム国家ともいうべきセネガルで、サンゴールとセネガル社会党が政権を獲得しえたのは、彼らが、宗教を否定するマルクス・レーニン主義と一線を画していたことに加え、いわゆるイスラム原理主義的な運動とも距離を置いていたという面があります。

 実は、セネガル国民の大半はムスリムではありますが、アラブ世界とは異なり、その主流となっているのはムリーディー教団およびティジャーニー教団というスーフィー教団です。

 セネガルにおけるスーフィー教団、特にムリーディー教団は、唯一絶対なるアッラーを信仰し、モスクで礼拝を行うという意味ではムスリムですが、その日常的な信仰のあり方は多分に土着の要素を含んでおり、聖者崇拝なども行われているほか、他の宗教や思想にはかなり寛容です。このため、いわゆる原理主義的なムスリムからは“(彼らの考える)純粋なイスラム”ではないとして、しばしば攻撃の対象となってきました。逆に言えば、スーフィー教団を基盤とする社会においては、原理主義的な思想傾向は受け入れられにくいということになります。

 こうしたこともあって、スーフィー教団の民衆に対する影響力に着目した為政者は、スーフィー教団を優遇することで民衆の不満を抑えて政権の安定をはかるとともに、スーフィー教団の側もその配下にある民衆の声を代弁して圧政を牽制するという構図ができあがりました。

 仏領時代のフランス植民地政府も、スーフィー教団を統治機構の枠組に取り込んでいましたが、そうした構造は、独立後のサンゴール政権下でも継承され、カトリックの信徒であるサンゴールもムリーディー教団の幹部と個人的な信頼関係を築いていました。

 1962年12月、首相のディアをクーデター未遂の容疑で拘束したサンゴールは、翌1963年の大統領選挙で再選を果たし、憲法を改正して大統領制を導入して一党体制を確立。1968年、1973年、1978年の選挙でも勝利を収め、1980年までの長期政権を維持していますが、この間、1963年には、トゥーバに大モスクが建立され、ながらく“荒野の中の聖地”だったトゥーバの本格的な開発が進むことになります。

 トゥーバはセネガル中部の都市で、ムリーディー教団の創始者であるアマドゥ・バンバの埋葬地として教団の“聖地”になっています。1976年まで、トゥーバには、セネガル政府の警察、税関、公教育、公立の診療所は存在せず、教団がそれらの行政サービスを担っていました。このため、関税の差益を利用して隣国ガンビアから密輸されたコメ、砂糖、小麦、茶などの商品(ガンビアの関税はセネガルに比べて低かった)がトゥーバの大市場にならび、セネガル政府の追及を逃れた犯罪者がトゥーバに逃げ込んで逮捕を免れるという事態が横行。トゥーバは、あたかも、半独立の様相を呈していました。

 サンゴール政権はこうした状況を黙認し、その代償として、ムリーディー教団は、選挙の際にはサンゴールに投票するよう信徒に指示を出して政権を支え続けました。こうした癒着関係の下、1978年の大統領選挙を控えた1976年にはトゥーバは通常の行政自治区とは別格の自治農村共同体の認定を受け、1977年には政府の支出により、大市場は冷蔵設備を備えた近代的な施設へと建て替えられています。

 ところで、セネガルは移民の送り出し国で、フランスやイタリアを中心としたヨーロッパ各地、アメリカ東海岸にはセネガル人のコミュニティが存在しています。彼らの中には、海外に出たことでオーソドックスなイスラムの教義・慣習に触れたことで、セネガルの土着化したイスラムのあり方や政府と教団の癒着に疑問を持つようになる者もあらわれるようになりました。このため、1970年代以降、ムリーディー教団は海外に“トゥーバのセリンの家”(セリンは教団指導者に対する尊称)を次々に建設し、土着の信仰・習慣の維持に努めています。

 特に、1976年、セネガルで複数政党制が復活すると、これに呼応して、保守的なイスラム色の強い政党が生まれ、(オーソドックスな)イスラムの教義に即したな社会改革を求める声もあがるようになりました。

 1978年2月に行われた大統領および議会の総選挙では、結果的に、サンゴールと彼の率いるセネガル社会党が圧勝しましたが、対立候補のアブドゥライ・ワッドは、国民の大半がムスリムであるという現実を踏まえ、建国の理念の一つであったライシテを修正し、イスラム教育の導入を訴え、17万4817票(有効投票數の17.8%)を得ています。これは、社会的に決して無視できる数字ではありません。ちなみに、ワッドは2000年の大統領選挙で当選し、2012年まで第3代セネガル大統領を務めましたが、この間、基本は親西側のリベラルな政策を取りつつも、イスラム教育の導入など、イスラム色の強い政策も実行しています。

 こうした状況を踏まえて、サンゴール政権としては、ライシテという国家の根本理念を掲げつつも、決して“イスラム”を軽んじているわけではなく、全世界のムスリムと連帯する意思があることを示す必要に迫られました。その際、“宗教”とは必ずしも直接的な関係のないパレスチナ問題は左派リベラル政権としても、比較的、扱いやすい題材だったのでしょう。

 かくして、建国以来、ライシテの原則を守って、国家の名において発行される切手においては、ほとんど、“イスラム”を感じさせる切手を発行してこなかったサンゴール政権は、1978年5月に、それまでの先例を覆すようなかたちで“岩のドーム”を大きく描く切手を発行したというわけです。


 ★★★ イベント「みんなで絵手紙」(2月8日)のご案内 ★★★

      狛江絵手紙チラシ・表     狛江絵手紙チラシ・裏

 2月8日(日) 10:00-17:00に東京・狛江のエコルマホールにて開催のイベント「みんなで絵手紙 見て、知って、書いて、楽しもう」のトークイベントに内藤陽介が登場します。内藤の出番は13:30-14:15。「切手と絵・手紙」と題してお話しする予定です。是非、遊びに来てください。主宰者サイトはこちら。画像をクリックしていただくと、チラシの拡大画像がごらんになれます。


 ★★★ 講座「切手と郵便物に刻まれた“終戦”」(2月20日)のご案内 ★★★ 

       ミズーリの消印

 2月20日13:00~14:30、愛知県名古屋市の栄中日文化センターで、「切手と郵便物に刻まれた“終戦”」と題する講座を行います。

 2015年は第二次世界大戦の終戦から70周年にあたります。終戦の年の1945年はあらゆる意味で社会が激変した年ですが、その影響は切手や郵便物にもさまざまな痕跡を残しています。今回の講座では、当時の切手や郵便物を読み解いていくことで、一般の歴史書では見落とされがちな終戦の諸相を、具体的なモノの手触りとともに明らかにしてみたいと思っています。

 詳細は、こちらをご覧ください。(画像は、日本の降伏文書調印が行われた米軍艦ミズーリ号から降伏文書調印日に差し出された郵便物の一部分です) 

 
 ★★★ よみうりカルチャー荻窪の講座のご案内 ★★★

 毎月1回(原則第1火曜日:2月3日、3月3日、3月31日)、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で下記の一般向けの教養講座を担当します。

 ・イスラム世界を知る 時間は15:30-17:00です。

 次回開催は2月3日で、途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


 ★★★ 内藤陽介の最新刊  『朝鮮戦争』好評発売中! ★★★ 

        朝鮮戦争表紙(実物からスキャン) 本体2000円+税

 【出版元より】
 「韓国/北朝鮮」の出発点を正しく知る!
 日本からの解放と、それに連なる朝鮮戦争の苦難の道のりを知らずして、隣国との関係改善はあり得ない。ハングルに訳された韓国現代史の著作もある著者が、日本の敗戦と朝鮮戦争の勃発から休戦までの経緯をポスタルメディア(郵便資料)という独自の切り口から詳細に解説。解放後も日本統治時代の切手や葉書が使われた郵便事情の実態、軍事郵便、北朝鮮のトホホ切手、記念切手発行の裏事情などがむしろ雄弁に歴史を物語る。退屈な通史より面白く、わかりやすい内容でありながら、朝鮮戦争の基本図書ともなりうる充実の内容。

 本書のご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、アマゾン他、各電子書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。

 *8月24日付『讀賣新聞』、韓国メディア『週刊京郷』8月26日号、8月31日付『夕刊フジ』、『郵趣』10月号、『サンデー毎日』10月5日号で拙著『朝鮮戦争』が紹介されました!


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 マンデラ元大統領入院
2012-12-10 Mon 11:20
 南アフリカのズマ大統領は、きょう(10日)までに、ネルソン・マンデラ元大統領が検査のためにプレトリアの病院に入院したと明らかにしました。ただし、検査のための入院で体調は良好だとのことで、まずは一安心ということでしょうか。というわけで、きょうはマンデラ切手の中からこの1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

         セネガル・マンデラ(死神)

 これは、1986年に西アフリカのセネガルで発行された反アパルトヘイトの切手で、アパルトヘイトの死神を地球から追い払う平和の鳩をメインに、右上にマンデラの肖像を配するデザインとなっています。

 ネルソン・マンデラは、1918年7月18日、東ケープ州トランスカイのウムタタ近郊クヌ村で、テンブ人の首長の子として生まれました。ウィットワーテルスランド大学法学部在学中の1944年、アフリカ民族会議(ANC:African National Congress)に入党し、独立運動家としての道を歩き始めます。

 1948年、マラン政権が“アパルトヘイト”政権を発動すると、ANCはこれに抵抗。1955年6月には、人種差別に反対する多人種の人民会議の開催を呼びかけ、ヨハネスバーグ近郊のクリップタウンで、“人種差別のない民主南アフリカ”を目指す「自由憲章」を採択し、1960年には当時議長のアルバート・ルツーリがアフリカ出身者として初のノーベル平和賞を受賞しました。

 当初、ANCは非暴力主義を掲げていましたが、1960年3月、デモ隊に対する警官隊の発砲で67名が犠牲となるシャープビル事件が発生すると、これを機に、副議長のネルソン・マンデラを指揮官とする軍事部門、ウムコント・ウェ・シズウェ(“民族の槍”の意味)を設立。これに対して、南ア政府は非常事態宣言を発してANCを非合法化。1963年にはマンデラら幹部が一斉逮捕され、ロベン島の監獄に送られました。

 その後、マンデラの身柄は、1982年、ケープタウン郊外のポルスモア刑務所に移監されましたが、1990年2月の釈放まで、彼は27年間を獄中で過ごし、アパルトヘイトに抵抗する南ア黒人の象徴的な存在となりました。

 この間、世界各国でマンデラの釈放を求める切手が発行されたり、絵葉書が作られたりしたのですが、アパルトヘイト時代の南ア政府はマンデラの姿を対外的に公表しなかったため、各国で発行されたマンデラ切手の肖像は、逮捕前の写真をもとに、デザイナーの空想によって描かれています。今回ご紹介の切手もそうした1枚で、現在から見ると、マンデラとされている人物の肖像は「誰だこりゃ?」という感は否めませんな。

 ちなみに、拙著『喜望峰』では、今回ご紹介の切手以外にも、マンデラとアパルトヘイトについて、関連の切手や郵便物をご紹介しながらまとめております。書店などで実物を目にする機会がありましたら、ぜひ、お手にとってご覧いただけると幸いです。

* 昨晩、カウンターが114万PVを越えました。いつも閲覧していただいている皆様には、この場をお借りして、改めてお礼申し上げます。


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 セネガル共和国発足50年
2010-08-20 Fri 12:30
 1960年8月20日にセネガル共和国が発足してから、きょうでちょうど50年です。というわけで、きょうはこんなモノをもってきました。(画像はクリックで拡大されます)

         セネガル独立1周年

 これは、1961年4月4日にセネガルが発行した“独立記念祭”の記念切手のマキシマムカードです。

 現在のセネガル、マリギニアコート・ディヴォワールに相当する地域は、かつて、仏領西アフリカと呼ばれていましたが、1958年、フランス共同体内の自治権を持つ国として、仏領スーダン(現マリ)、セネガル、オートヴォルタ(現ブルキナファソ)、ダオメー(現ベナン)、ニジェールトーゴ、コートディヴォワールなどの自治共和国がつくられました。このうちスーダンとセネガル、オートヴォルタ、ダオメーの4ヵ国は1959年1月、14世紀にニジェール川流域で繁栄した黄金の帝国“マリ”にちなみ、マリ連邦を結成することになりました。

 ところが、連邦のあり方をめぐっては、完全な独立国家を目指す旧仏領スーダンおよびセネガルと、フランス共同体の中で対等な地位を目指そうとするオートヴォルタおよびダオメーが対立。1959年4月4日、スーダンとセネガルだけでフランス共同体内のマリ連邦を結成。翌1960年6月20日、同連邦として完全独立を達成します。今回ご紹介の切手は、同連邦の結成記念日である4月4日を“独立記念日”としたものです。

 ところが、仏領西アフリカの首都でアフリカ有数の大都市ダカールを有するセネガルに対して、面積・人口は多いものの経済的には貧しい旧仏領スーダンの格差は埋めがたく、連邦政府の税収の大半がセネガルからのものでありながら、旧仏領スーダンが政治的主導権を握ることに対してセネガル側の不満は次第に増大。さらに、フランスとの協調路線を掲げるセネガルと反仏闘争の闘士モディボ・ケイタが率いる旧仏領セネガルとの政治路線の対立もあり、1960年8月20日、セネガルは連邦からの分離独立を宣言し、現在のセネガル共和国が発足しました。

 なお、セネガルは、1982年2月、ガンビアとセネガンビア国家連合を発足させたものの、旧仏領のセネガルと旧英領イギリス領であったガンビアの体制の違い、主権問題、経済格差などの問題で対立し、1989年9月に国家連合を解消しています。懲りないなぁ。

 さて、ことしは“アフリカの年”50年なので、1960年にアフリカで独立した国のうち、いままでこのブログで取り上げたことのない国についても1度は取り上げてみようと考えました。そうした国々の独立記念日は8月に集中していましたので、それにあわせて記事をアップしていったため、今月はなんだかアフリカ特集のようなかたちになってしまいました。次は、9月22日にマリ連邦解体後のマリ共和国発足の話(今回の記事の姉妹編ということになりますかね)を書くことになると思いますので、しばらく、ブラック・アフリカがらみのネタもお休みとなりそうです。


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