内藤陽介 Yosuke NAITO
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World Wide Weblog
 レーニン像復活の物語
2015-09-11 Fri 22:05
 ドイツ統一後の1991年にベルリン近郊の森に埋められていたレーニン像の頭部が掘り起こされ、市内の博物館で展示されることになったそうです。というわけで、きょうはこんな切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      アイスレーベンのレーニン像(縦型)

 これは、1960年に東ドイツで発行された“アイスレーベンのレーニン像”の切手です。

 東西冷戦の時代、東側諸国の各地にはおびただしい数のレーニン像が立てられていましたが、それらのレーニン像にはさまざまなバリエーションがあります。そのうち、レーニンのトレードマークともいうべき禿頭を露出しておらず、スーツにレーニン・キャップをかぶり、右手をズボンのポケットに突っ込み、左手でジャケットの襟をつかんでいるタイプは、1927年に彫刻家のマニザーが原型をつくったモノです。

 さて、第二次大戦中の1943年、レニングラード近郊のプシュキノはドイツ軍の占領下に置かれており、ドイツの占領当局は、この地にあったマニザー・タイプの像を鋳つぶそうとします。これを察知したアイスレーベン出身のドイツ人が、像をひそかに隠し、ドイツ敗戦まで保管していました。ちなみに、アイスレーベンは、旧東ドイツ地域のザクセン=アンハルト州の郡の一つで、マルティン・ルターの生誕の地にして終焉の地であったことにちなんで、1946年、ルター生誕400年を機に“ルターシュタット”の称号を与えられました。
 
 1945年7月2日、ソ連赤軍がアイスレーベンに進駐すると、この地の共産主義者は赤軍を歓迎して記念碑建立の計画を発表。これを受けて、アイスレーベンの出身者によるプシュキノでの“英雄的行為”がクローズアップされ、ソ連は“感謝のしるし”としてプシュキノにあった像と同型の、マニザー・タイプのレーニン像をアイスレーベンに贈りました。この答礼として、1949年に発足した東ドイツ政府は、プシュキノにドイツ共産党の党首だったテールマンの像を贈っています。

 こうしたことから、アイスレーベンの像は、“アイスレーベンのレーニン”で反ナチスのレジスタンスと東独=ソ連友好の象徴とされ、東ドイツの切手にも取り上げられたというわけです。まぁ、今回とは事情が異なりますが、これもまた、レーニン像復活の物語の一つといえましょうか。ちなみに、アイスレーベンのレーニンは東ドイツに設置された最初のレーニン像ということもあり、現在はベルリンの歴史博物館の収蔵品となっています。

 さて、今回、掘り起こされるレーニン像は、もともと1970年に設置されたものですが、1991年、130個に分解したうえで、これまで埋められていました。当局者の話によると、今回掘り起こされるのは頭部のみで、その他の部分は、今後も埋めたままになるそうです。まぁ、レーニンの一般的な漢字表記は列寧ですから、博物館の展示も仏頭ならぬ列頭ということになるのでしょうが、この字面だと、レーニンの頭部だけがずらっと並んだ風景が連想されて、ちょっと不気味ですな。


 ★★★ 講座「アウシュヴィッツの手紙」(10月16日)のご案内 ★★★ 

     ポーランド・アウシュヴィッツ解放30年   アウシュヴィッツの労務風景

 10月16日19:00~20:30、愛知県名古屋市の栄中日文化センターで、「アウシュヴィッツの手紙」と題する講座を行います。

 第二次大戦中、ポーランド南部のアウシュヴィッツ(ポーランド語名・オシフィエンチム)は、ナチス・ドイツの強制収容所が置かれ、ユダヤ人を中心に150万人以上が犠牲となった悲劇の地として知られています。今回の講座では、収容者の手紙を中心に、第二次大戦以前の状況を物語る郵便物・絵葉書、アウシュヴィッツを題材とした戦後の切手などもご紹介しつつ、さまざまな角度からアウシュヴィッツを考えてみたいと思います。

 申込方法など詳細は、こちらをご覧ください。(画像は、ポーランドが発行したアウシュヴィッツ解放30周年の記念切手、右側は収容者による労務風景を取り上げた戦後作成の絵葉書です) 

 
 ★★★ よみうりカルチャー荻窪の講座のご案内 ★★★

 10月から毎月1回(原則第1火曜日:10月6日、11月 3日、12月1日、1月5日、2月2日、3月1日)、よみうりカルチャー荻窪(読売・日本テレビ文化センター、TEL 03-3392-8891)で下記の一般向けの教養講座を担当します。(下の青い文字をクリックしていただくと、よみうりカルチャーのサイトに飛びます)

 ・イスラム世界を知る 時間は15:30-17:00です。

 初回開催は10月6日で、途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


 ★★★ 内藤陽介の最新刊  『日の本切手 美女かるた』  好評発売中! ★★★ 

        税込2160円

 4月8日付の『夕刊フジ』に書評が掲載されました!

 【出版元より】
 “日の本”の切手は美女揃い!
  ページをめくれば日本切手48人の美女たちがお目見え!
 <解説・戦後記念切手>全8巻の完成から5年。その著者・内藤陽介が、こんどは記念切手の枠にとらわれず、日本切手と“美女”の関係を縦横無尽に読み解くコラム集です。切手を“かるた”になぞらえ、いろは48文字のそれぞれで始まる48本を収録。様々なジャンルの美女切手を取り上げています。

 出版元のサイトはこちら、内容のサンプルはこちらでご覧になれます。ネット書店でのご購入は、アマゾンboox storee-honhontoYASASIA紀伊國屋書店セブンネットブックサービス丸善&ジュンク堂ヨドバシcom.楽天ブックスをご利用ください。


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 W杯はドイツが優勝
2014-07-14 Mon 22:56
 ブラジルで開催されていたサッカーのW杯は、ドイツの優勝で幕を閉じました。というわけで、きょうは最近入手したドイツ関連のマテリアルの中から、こんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      東独・ピカソの鳩絵葉書     東独・ピカソの鳩絵葉書(裏)

 これは、1950年11月に英国シェフィールドで開催される予定だった“平和擁護世界大会”に際して東ドイツで制作された絵葉書とその裏面で、絵面にはピカソの“平和のハト”が大きく取り上げられています。

 平和擁護世界大会は、国際平和の実現と擁護を目的とする国際組織というのが建前ですが、実際には冷戦下の東側諸国から西側へのプロパガンダ色が濃厚な団体でした。このため、1949年4月にパリで第1回大会が開かれた際には、フランス政府が東側諸国代表の入国を拒否したため、チェコ・スロヴァキアのプラハでも会議が同時に行われています。今回ご紹介の葉書の第2回大会に関しても、当初は英国のシェフィールドで行われる予定でしたが、英国政府により入国拒否となった関係者が多かったため、実際には、11月16日から22日の日程で、ポーランドのワルシャワで開催されています。

 ちなみに、この間の1950年3月に開催された平和擁護世界大会第3回常任委員会では、(1)原子兵器の無条件使用禁止、(2)原子兵器禁止のための厳格な国際管理の実現、(3)最初に原子兵器を使用した政府(=米国)を人類に対する犯罪者とみなす――とする“ストックホルム・アピール”が採択され、全世界に署が呼び掛けられています。 

 ちなみに、ワルシャワで行われた第2回平和擁護世界大会には81か国から2065人が参加。朝鮮戦争で北朝鮮が崩壊寸前に追い込まれるという状況の中で、「われわれは朝鮮でいま行われている戦争が朝鮮人民に計り知れない不幸をもたらしているのみならず新しい世界戦争に発展する脅威をはらんでいる点を重視し、この戦争の終結、外国軍隊の朝鮮撤退、朝鮮人民の代表が参加しての南北朝鮮の国内紛争の平和的解決を主張する」とのアピールを採択したほか、日本と西ドイツの“再軍備”を非難し(ただし、組織の性格上、東ドイツやポーランドの“再軍備”は全く問題視されていません)、米国に対して(のみ)核兵器の使用禁止が呼び掛けられました。

 一方、第二次大戦中の1944年、フランス共産党に入党したパブロ・ピカソは、共産主義者として1949年4月の第1回平和擁護世界大会のポスターを制作しました。そのポスターは鳩を大きく取り上げたもので、大いに人気を博したものであったため、その後も、ピカソは平和運動のシンボルとして好んでハトを描くようになり、その多くは、著作権フリーの素材として、切手のみならず、さまざまな場所で用いられています。現在、鳩を平和のシンボルとするイメージが世界的にも定着するようになったのは、ピカソの影響が大きかったといわれています。

 さて、以前のブログでも少し書きましたが、現在、『朝鮮戦争』と題する拙著を今夏に刊行すべく、準備を進めています。すでに、本文の原稿はできあがっており、現在、粛々と編集作業を進めているところで、8月の全日展の前にも見本ができあがってきそうです。正式なタイトルや刊行日などが決まりましたら、随時、このブログでもご案内していきますので、よろしくお願いいたします。

*昨晩、カウンターが139万PVを越えました。いつも閲覧していただいている皆様には、あらためてお礼申し上げます。 

 ★★ 講座「切手を通して学ぶ世界史:第一次世界大戦から100年 」のご案内 ★★ 

       中日・講座チラシ    中日・講座記事

 7月18日・8月29日・9月19日の3回、愛知県名古屋市の栄中日文化センターで、第一次大戦100年の企画として、「切手を通して学ぶ世界史」と題する講座を行います。

 講座では、ヨーロッパ、中東、日本とアジアの3つの地域に分けて、切手や絵葉書という具体的なモノの手触りを感じながら、フツーとはちょっと違った視点で第一次世界大戦の歴史とその現代における意味を読み解きます。

 詳細は、こちらをご覧ください。

 * 左の画像は講座のポスター、右は講座の内容を紹介した5月20日付『中日新聞』夕刊の記事です。どちらもクリックで拡大されますので、よろしかったらご覧ください。
 

 ★★★ 『外国切手に描かれた日本』 電子書籍で復活! ★★★

      1枚の切手には 思いがけない 真実とドラマがある

    外国切手に描かれた日本(表紙)     外国切手に描かれた日本(ポップ) 
    光文社新書 本体720円~

 アマゾン紀伊国屋書店ウェブストアなどで、6月20日から配信が開始されました。よろしくお願いします。(右側の画像は「WEB本の雑誌」で作っていただいた本書のポップです)


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 明日(19日)、トークやります!
2014-04-18 Fri 11:26
 かねてご案内の通り、あす4月19日(土)14:00から、東京・水道橋の日本大学法学部三崎町キャンパス本館2階 第2会議室にて開催のメディア史研究会月例会にて、「ポスタル・メディアと朝鮮戦争」と題する発表を行います。というわけで、きょうはその予告編を兼ねて、こんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

       東ドイツ・朝鮮戦争プロパガンダ

 これは、朝鮮戦争中の1952年に東ドイツで差し出された郵便物で、朝鮮半島に延びる米国の手(指がミサイルでカフスが$になっています)を押しとどめる人々の手を描き、「朝鮮での米国の戦争を止めさせよう!」とのスローガンが入ったラベルが貼られています。朝鮮戦争に関する東側のプロパガンダの典型例と言ってよいでしょう。

 1950年6月25日に勃発した朝鮮戦争は、当初、奇襲攻撃の利を生かした朝鮮人民軍(北朝鮮軍)が破竹の勢いで南侵を進め、韓国政府は釜山を中心とした一角にまで追い詰められましたが、同年9月の仁川上陸作戦によって戦況は逆転。10月には韓国・国連軍が中朝国境の鴨緑江まで到達します。これに対して、中国は“唇滅べば歯寒し”として人民志願軍を派遣。この結果、国連軍は中国側の人海戦術により危機的な状況に陥りました。

 こうした中で、11月30日、米国大統領トルーマンは、定例記者会見後の質疑応答で「保有するあらゆる兵器」を使用する用意があり、「原爆の使用についても、常に積極的な考慮が払われている」と発言しました。

 米国が朝鮮で原爆の使用を検討し始めたのは1950年9月頃のことといわれています。当時は、仁川上陸作戦の直前で、国連軍は日本海に追い落とされかねない状況にありました。このため、米軍が最強の兵器である核兵器を使って形成を逆転しようと考えたのも(その是非は別として)自然なことだったといえましょう。

 戦略核爆撃を実際に行うための具体的な作戦レポートを作成したのは、ジョンズ・ホプキンス大学の研究者を中心とするプロジェクト・チームで、彼らの最初のレポート「朝鮮における核爆弾の戦術的使用」は、1950年12月末、極東軍司令部に提出され、以後、1951年3月の最終レポート「核兵器の戦術的使用」にいたるまで、戦況に応じて、さまざまなレポートが作成されています。

 先のトルーマン発言は、こうした背景の下でなされたもので、記者会見後、大統領報道官が、核兵器の使用は軽々に決定されることはないとして大統領発言の修正を試みましたが、核兵器の使用が現実のものとなりつつあるという印象は拭えませんでした。

 特に、西欧諸国は、米国が朝鮮で核兵器を使えば、ソ連がヨーロッパで報復に出るであろうとの懸念から、トルーマン発言に敏感に反応。英国首相アトリーがただちに訪米してトルーマンと会談し、トルーマンから核不使用の言質を取り付けて、事態の収拾が図られています。

 もっとも、米国があっさりと核兵器の使用を断念した背景には、先のプロジェクト・チームによる研究の結果、当時の技術では、朝鮮戦争のように、目標が激しく移動する場合の戦略核爆撃はきわめて難しいということが明らかになっていたという事情がありました。

 一方、東側陣営にとっては、トルーマン発言は格好の攻撃材料となります。

 すなわち、米国による朝鮮“侵略”を非難していた東側諸国は、当時唯一の核保有国だった米国がその最終兵器を朝鮮でも使用しうるとしたことをもって、野蛮な“アメリカ帝国主義”の本性が剥き出しになったと主張。特に、第3次世界大戦の勃発をおそれるヨーロッパにおいて、“反核”の名の下に反米感情を煽動するようになりました。今回ご紹介のマテリアルもその一環として作られたものです。

 日本でも、いわゆる進歩的知識人の影響力が強かったこともあり、ながらく、核の力で朝鮮を支配しようとする米国とその傀儡・南朝鮮(韓国)という北朝鮮側のプロパガンダが無批判に受け入れられてきましたが、トルーマン発言は、不幸にして、そうした日本人の偏った朝鮮半島イメージを作り上げる上で大きな役割を果すことにもなったといえましょう。

 さて、明日の発表は、(公財)韓昌祐・哲文化財団の研究助成を受けたプロジェクト「郵便学的視点による韓国戦争史の再構成」による成果発表の一部として行うもので、今回ご紹介のマテリアルを含め、昨年(2013年)夏、バンコクで開催された世界切手展<Thailand 2013>に出品した“Korea and the Cold War 1945-1953”の内容を中心に、切手や郵便物などによって朝鮮戦争とその時代を再構成しようとする試みについてお話しします。

 なお、メディア史研究会はまったく自由な研究会で、会員以外の方でも気楽にご参加いただけますので(予約不要・参加費無料)、よろしかったら、ぜひ、遊びに来てください。

 * 昨晩、カウンターが135万PVを越えました。いつも閲覧していただいている皆様には、あらためてお礼申し上げます。  

 ★★★ ポスタル・メディアと朝鮮戦争 ★★★

 4月19日(土)14:00から、東京・水道橋の日本大学法学部三崎町キャンパス本館2階 第2会議室(以前ご案内していた会場から変更になりました)にて開催のメディア史研究会月例会にて、昨年(2013年)夏、バンコクで開催された世界切手展<Thailand 2013>に出品した“Korea and the Cold War 1945-1953”の内容を中心に、切手や郵便物などによって朝鮮戦争とその時代を再構成しようとする試みについてお話しします。

 なお、メディア史研究会はまったく自由な研究会で、会員以外の方でも気楽にご参加いただけますので(もちろん、無料)、よろしかったら、ぜひ、遊びに来てください。


 ★★★ 講座「世界紀行~月一回の諸国漫郵」のご案内 ★★★ 

亀戸講座(2014前期)・広告

 東京・江東区亀戸文化センターで、5月から毎月1回、世界旅行の気分で楽しく受講できる紀行講座がスタートします。美しい風景写真とともに、郵便資料や切手から歴史・政治背景を簡単に解説します。受講のお楽しみに、毎回、おすすめの写真からお好きなものを絵葉書にしてプレゼントします!

 詳細は、こちらをご覧ください。


 ★★★ 内藤陽介の最新作 『蘭印戦跡紀行』 好評発売中! ★★★

 『蘭印戦跡紀行』広告

 日本の兵隊さん、本当にいい仕事をしてくれたよ。
 彼女はしわくちゃの手で、給水塔の脚をペチャペチャ叩きながら、そんな風に説明してくれた。(本文より)

 南方占領時代の郵便資料から、蘭印の戦跡が残る都市をめぐる異色の紀行。
 日本との深いつながりを紹介しながら、意外な「日本」を見つける旅。

 出版元特設ページはこちらです。また、10月17日、東京・新宿の紀伊國屋書店新宿南店で行われた『蘭印戦跡紀行』の刊行記念トークの模様が、YouTubeにアップされました。よろしかったら、こちらをクリックしてご覧ください。


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 小さな世界のお菓子たち:レープクーヘンの切手
2012-12-22 Sat 15:02
 大手製菓メーカー(株)ロッテの季刊広報誌『Shall we Lotte(シャル ウィ ロッテ)』の第18号(2012年冬号)ができあがりました。僕の連載「小さな世界のお菓子たち」では、今回は、クリスマス・シーズンでもありますので、こんな切手を取り上げました。(画像はクリックで拡大されます)

        東独・ビスケット

 これは、1969年に東ドイツ(当時)で発行されたクリスマス切手で、左はレープクーヘンの焼型、右は男女のペアをかたどったレープクーヘンが描かれています。

 クッキーやビスケットの原型といわれるレープクーヘンは、シュトーレンと並んで、クリスマスの時期のドイツを代表する焼き菓子で、一説には、童話の「ヘンゼルとグレーテル」に登場するお菓子の家の材料ともいわれています。

 レープクーヘンは、アーモンド、スパイス、蜂蜜、オレンジやレモンのピールを合わせた生地をオブラートに塗るように盛って焼きます。その発祥には諸説ありますが、ベルギーのディナンで考案された焼き菓子が、ベルギー・オランダとの国境に近いドイツの街、アーヘンに受け継がれ、そこから各地の修道院に広まり、14世紀に南ドイツ、ニュルンベルクの修道院で作られていたものは、現在の姿とほぼ同じであったと考えられています。

 修道院でレープクーヘンが好んで作られたのは、長期の保存が可能なためで、もともとはクリスマスの時期に限らず、復活祭や四旬節(復活祭の日曜日を除く40日前=日曜日を含めると46日前の水曜日から復活祭前日までの期間のこと)の際にも“料理”の一品として、ビールなどとともに供されていました。たしかに、レープクーヘンに使われるスパイスは、シナモン、クローブ、アニスが基本で、これに、カルダモン、コリアンダー、ショウガ、ナツメグが加わることもありますから、蜂蜜の甘みを抑えれば、ビールとの相性も悪くなさそうです。

 さて、ドイツでは、毎年、クリスマスの4週間前の日曜日からアドベントと呼ばれるクリスマスの準備期間が始まり、多くの家庭では、レープクーヘンづくりが行われます。レープクーヘンづくりはクリスマス前、初冬のドイツの風物詩となっており、家庭によっては、この期間に冬の間のクッキーをまとめて焼いてしまうこともあるのだとか。

 今回ご紹介の切手は、それに合わせるかのように、1969年11月25日に東ドイツで発行されたもので、右側の切手のレープクーヘンは、生地にチョコレートを練りこみ、ピンクのアイシングなどで装飾を施しているのが、何とも楽しげな雰囲気です。

 生地を成型してオーブンに入れたら、焼き上がるまでの間に、レープクーヘンの切手を見ながら母娘で一緒にクリスマスカードを書いている――かつての東ドイツの家庭で見られたであろう、そんな光景が目に浮かんできそうです。


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 中国大使館員のスパイ疑惑
2012-05-30 Wed 16:42
 中国人民解放軍の情報機関である総参謀部出身で、スパイ疑惑がある在日中国大使館の一等書記官・李春光が、日本警察当局の出頭命令(外国人登録証を不正に更新した疑いと外交官の商業活動を禁じたウィーン条約違反による)を拒否して帰国していたことが昨日(29日)、明らかになりましたが、その後、問題の外交官が民主党の筒井信隆農水副大臣と接触し、結果的に、農林水産省の機密文書の内容を把握していた疑いのあることがわかりました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

        ゾルゲ(東ドイツ)

 これは、1976年に東ドイツで発行されたリヒャルト・ゾルゲの切手です。

 いわゆるゾルゲ事件の首謀者として知られるリヒャルト・ゾルゲは、1895年、ソ連支配下のアゼルバイジャンの首都、バクーでドイツ人鉱山技師の家に生まれました。

 3歳の時、家族とともにベルリンに帰国した彼は、第一次大戦が勃発すると、1914年10月、ドイツ陸軍に志願しましたが、西部戦線で両足を負傷。入院中に社会主義思想を学び、終戦後はベルリン、キールの大学を経て、1919年にハンブルク大学で政治学の博士号を取取得しました。1919年、ドイツ共産党が結成されるとハンブルク支部に加入し、1924年にはモスクワに渡ってソ連共産党に加入し、軍事諜報部門である労農赤軍参謀本部第4局に配属されました。

 1930年代には、ドイツの有力紙「フランクフルター・ツァイトゥング」の記者という身分を隠れ蓑として、上海で諜報活動を行い、中国各地に情報網を築くことに成功します。朝日新聞記者だった尾崎秀実と知り合ったのは、この時代のことです。

 1932年の第1次上海事変を報道した後、ゾルゲはいったんモスクワに戻りましたが、1933年9月、日本やドイツの動きを探るために「フランクフルター・ツァイトゥング」紙の東京特派員にしてナチス党員として日本に赴任。駐日ドイツ大使を務めたオイゲン・オットの信頼を勝ち取り、最終的に大使の私的顧問の地位を獲得し、近衛内閣のブレーンであった尾崎を通じて収集した日本の情報をモスクワに送っていました。

 スパイとしてのからの最大の“業績”は、①駐日ドイツ大使との関係を利用して、ドイツによるソ連侵攻の正確な開始日時を事前に察知し、モスクワに報告したこと、②独ソ戦開始後、日本軍の矛先が同盟国のドイツが求める対ソ参戦に向かうのか、仏領インドシナやイギリス領マレー、フィリピンなどの南方へ向かうのかという点について、日本が南進を決定したことを、いわゆる太平洋戦争の開戦以前にモスクワに報告したこと、の2点となりましょう。このほかにも、日本の武器弾薬、航空機、輸送船などのための工場設備や生産量、鉄鋼の生産量、石油の備蓄量などについて、彼は正確な情報を探知して、モスクワに報告しています。

 ゾルゲのスパイ活動が発覚した発端は、1941年6月に逮捕された日本共産党員の伊藤律が、アメリカ共産党員で当時日本に住んでいた北林トモの名を自供したことで、そこから北林の同志である宮城与徳が逮捕され、芋づる式にゾルゲや尾崎の逮捕につながりました。逮捕されたゾルゲは、1942年に国防保安法、治安維持法違反などにより起訴され、一審によって死刑が確定し、1944年11月7日のロシア革命記念日に巣鴨拘置所にて処刑されました。

 ゾルゲの逮捕後、ソ連政府はゾルゲが自国のスパイであることを否定し続けていました。しかし、スターリン批判を行ったフルシチョフが失脚した直後の1964年11月5日、ソ連政府はゾルゲに対して“ソ連邦英雄勲章”を授与。今回ご紹介の東ドイツの切手も、こうした文脈に沿って発行されたものです。

 ゾルゲと尾崎については、一部で、悲劇のヒーローとしてもてはやすような人もいますが、純然たる冤罪ならともかく、スパイ行為を働き、国家機密を外国に漏洩したことは紛れもない事実であることを忘れてはなりません。

 今回発覚した李春光の事件では、現時点では、政府高官としては筒井副大臣の名前しか出ていないようですが、李は松下政経塾に外国人インターンとして参加していたことがあり、民主党を中心に政官界との人脈を築いていたことが明らかになっています。ただでさえ、現在の民主党政権は、中国に対しては過剰なまでに配慮する体質が染みついているだけに、下手をすると、李から求められてもいない情報まで流していたんじゃなかろうかと大いに不安になりますな。

 まぁ、周辺諸国の動静を探るために各国とも必死に諜報活動を行うのは、その国としては当然の行為なわけですから、中国大使館によるさまざまな工作をけしからんと怒ってみても、彼らが活動を中止するということはありえません。むしろ、こちらの守りを固めて、彼らに付け入るすきを与えないよう対策を講じることが先決でしょう。

 いいかげん、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」などと妄想は捨て、今回の事件を機にスパイ防止の法整備をきちんと進めていただきたいものです。国が乗っ取られたら、消費税もへったくれもないんですから。

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 第一書記
2012-04-12 Thu 08:59
 きのう(11日)、北朝鮮の朝鮮労働党は代表者会を開き、昨年12月に亡くなった金正日を“永遠の総書記”に指名し、後継者の金正恩を新設ポストの“第1書記”に指名しました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

        フルシチョフ

 これは、1964年、東ドイツで発行された“フルシチョフをたたえる切手”のうち、発明家とその作品を手に取るフルシチョフを描く25ペニヒ切手です。

 いわゆる第一書記という肩書は、スターリン没後の1953年、ソ連の権力を掌握したニキータ・フルシチョフが、スターリン時代の反省として、党首はあくまでも書記の筆頭にすぎないという意味を込めて使用し始めたもので、個人崇拝否定の象徴と理解されていました。

 ソ連共産党第一書記としてのフルシチョフは、1956年の第20回党大会でスターリン批判を行い、軍事力を含む総合的な国力ではアメリカに対抗しきれないという現実を踏まえて対米融和路線を打ち出し、軍縮を促進。その一方で、軍事力の劣勢を挽回するため、スプートニクボストークの打ち上げを成功させ、西側世界に対して、宇宙開発とミサイル防衛でソ連が優位にあるかのような印象を与えることに成功しました。

 しかし、1958年に閣僚会議議長(首相)を兼任してからは、当初共産党内で合意されていた集団指導体制を無視した独断が目立つようになり、農業政策の失敗等もあって、1964年10月、黒海沿岸のピツンダで休暇中に発生した“宮廷クーデター”で党と政府の役職を解任され、1971年に亡くなるまで事実上の軟禁状態に置かれていました。ちなみに、フルシチョフの死後、ソ連共産党のトップの役職名は、第一書記からスターリン時代と同じ書記長に戻されています。

 さて、今回、北朝鮮の金正恩に与えられた第一書記というポストは、金日成の国家主席、金正日の総書記というポストをいわば“永久欠番”化したために、代替ポストとして考え出されたということなのでしょう。ただし、第一書記というのは、上述のように、絶対的な権力者ではなく、あくまでも比較第一位にすぎないという意味を込めたポストですから、ある意味で、現在の金正恩の置かれている立場を正確に表現したものといえそうです。あるいは、就任祝いの祝砲として、衛星と称するミサイル打ち上げを行うというのも、第一書記の先達であるフルシチョフ時代にソ連の宇宙開発が進展したということを踏まえてのことなのかもしれません。

 ちなみに、今回ご紹介の切手は、ソ連の衛星国としての東ドイツがソ連の歓心を買うため、スターリン時代に倣って発行したものですが、そもそも、フルシチョフはスターリンの個人崇拝を否定することで権力基盤を固めて来た人物ですからねぇ。この切手が発行されたのは1964年5月15日のことでしたが、それからわずか5か月後にはフルシチョフは失脚していますから、やはり、第一書記に個人崇拝は相性が悪いということなのかもしれません。

 北朝鮮では、昨年末、金正日追悼切手の1枚として、正日・正恩父子が並んだ写真の切手を収めた小型シートも発行されていますが、いずれ、金正恩単独の肖像をでかでかと取り上げた個人崇拝の切手が発行されるのでしょう。ただし、第一書記という自分の立場を忘れて、文字通りの絶対権力者であった父親の真似をして個人崇拝切手を乱発するようになると、フルシチョフの先例に倣った宮廷クーデターが発生することになるかもしれませんな。


 ★★★ 内藤陽介、カルチャーセンターに登場 ★★★
   
 下記の通り、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)で一般向けの教養講座を担当します。

・よみうりカルチャー柏
 4月24日、5月22日、6月26日、7月24日、8月28日、9月25日
 (毎月第4火曜日)13:30~15:30

 切手でたどる昭和史

 詳細につきましては、各講座名(青色)をクリックしてご覧いただけると幸いです。皆様のご参加を心よりお待ちしております。

 *よみうりカルチャー荻窪での講座のお申込み受付は終了いたしました。

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 アルジェリアのジャミーラ
2012-03-18 Sun 15:58
 アルジェリア独立戦争の休戦協定であるエヴィアン協定が1962年3月18日に調印されてから、ちょうど50年になりました。というわけで、きょうはこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

        ブーヒレド

 これは、1953年3月、東ドイツからフランス大統領ルネ・コティ宛にアルジェリア独立運動の女性闘士、ジャミーラ・ブーヒールドの解放を求めた嘆願の葉書です。

 第二次大戦中の1940年6月、フランス本国がドイツに降伏するとアルジェリアは親独ヴィシー政府の支配下に入りますが、1942年11月に連合国が上陸。1943年6月にはドゴールの自由フランス政府がアルジェに本拠を構えました。

 これに対して、アラブ系およびベルベル系の住民は戦争協力の代償として戦後の自治・独立を要求しましたが、既得権の維持をはかろうとするフランス人入植者は抵抗を続けていました。こうした状況の下で、1954年7月、ジュネーヴ協定で曲がりなりにもインドシナ諸国の独立が認められると、これに刺激を受けたアルジェリアでも同年10月、それまでの独立運動を統合するかたちでアルジェリア民族解放戦線(FLN)が結成され、翌11月、独立戦争が勃発しました。

 独立運動を力ずくで弾圧しようとするフランス側に対して、FLNはアルジェを中心とした都市でのゲリラ戦術で抵抗し、戦争は7年半にも及びましたが、1962年3月18日、FLNとフランス政府との間でエヴィアン協定が結ばれ、同年7月の国民投票を経て、アルジェリアの独立が達成されることになりました。

 今回ご紹介の嘆願葉書に取り上げられたジャミーラ・ブーヒールドは、1935年、アルジェ生まれ。学生時代からFLNに参加し、西洋人風の風貌を生かして、FLNの指導者、ヤセフ・サーディの連絡係としてフランス兵の屯所などにも潜入するなどの活動を行っていました。

 独立戦争中の1957年4月、フランス軍部隊との戦闘で負傷して捕えられ、過酷な拷問を受けた後、死刑判決を受けましたが、フランス人弁護士ジャック・ヴェルジェスらのメディアを通じての運動により、刑の執行を停止されています。なお、アルジェリア独立運動の女性闘士としては、ほかに、カフェに爆弾を仕掛けた容疑で逮捕され、死刑判決を受けたジャミーラ・ブーパシャがいて、しばしば混同されていますが、全くの別人です。

 ちなみに、ウルトラマンの怪獣ジャミラの名前のもとになったのは、ジャミーラ・ブーパシャのほうで、ジャミーラ・ブーヒールドではありません。また、2人のジャミーラはともに、1962年のアルジェリア独立後、釈放され、新生アルジェリア国家の英雄として迎えられています。

 ★★★ イベントのご案内 ★★★

 国立市〈歴史講座〉“もの”が語る戦争の歴史

 3月27日(火) 19:00-21:00 於・国立市公民館3階講座室
 *お問い合わせ・お申し込みは、国立市公民館(電話 042-572-5141)までお願いいたします。

 ★★★ 内藤陽介、カルチャーセンターに登場 ★★★
   
 3月下旬から、下記の通り、首都圏各地のよみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)で一般向けの教養講座を担当します。詳細につきましては、各講座名(青色)をクリックしてご覧いただけると幸いです。皆様のご参加を心よりお待ちしております。(掲載は開催日順)

よみうりカルチャー柏
 3月23日(金)13:00-15:00(公開講座)
 「ご成婚切手の誕生秘話――切手でたどる昭和史」
 *柏センター移転、新装オープン記念講座です。

 4月24日、5月22日、6月26日、7月24日、8月28日、9月25日
 (毎月第4火曜日)13:30~15:30

 切手でたどる昭和史


・よみうりカルチャー荻窪
 3月27日(火) 13:30~15:30(公開講座)
 「ご成婚切手の誕生秘話——切手でたどる昭和史」

 4月10日、5月8日、6月12日、7月10日、8月7日、9月11日
 (毎月第2火曜日)13:30~15:30

 切手でたどる昭和史


・よみうりカルチャー錦糸町 
 3月31日(土) 12:30-14:30(公開講座)
 皇室切手のモノ語り

 4月7日、6月2日、7月7日、8月4日、9月1日
 (毎月第1土曜日) 12:30~14:30

 郵便学者・切手博士と学ぶ切手のお話
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 ANC100年
2012-01-08 Sun 21:24
 南アフリカの与党で、かつてアパルトヘイト(人種隔離)政策と闘ったアフリカ民族会議(ANC)が1912年1月8日に同国中部のブルームフォンテーンの教会で設立されてから、きょうでちょうど100年です。というわけで、きょうはANCがらみの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

        ANC75年(東独)

 これは、1987年6月16日、ANC創立75周年に合わせて東ドイツが発行した「反アパルトヘイトのための国際的連帯」の切手です。切手の発行日の6月16日は、1976年にいわゆるソウェト蜂起が1976年に起きた日です。ソウェト蜂起をきっかけに国連安保理が南アフリカを非難する決議案を全会一致で可決し、南アフリカのアパルトヘイト体制は国際的に孤立していくことになりましたから、“国際的連帯”というテーマとしてはふさわしい日取りといえるかもしれません。

 なお、切手にはANCの文字はありませんが、切手発行に合わせて使われた記念印にはしっかりとANC17周年を記念する表示が入っているほか、この切手の初日カバーにはANC75周年の記念封筒が使われたケースが多いようです。

 アパルトヘイトの時代、ANCは獄中のネルソン・マンデラをシンボルとして白人政権と戦い、その実績のゆえに、1994年、黒人の参加による民主的な全人種参加選挙で圧勝し、政権を獲得しました。以来、現在にいたるまで、17年以上にわたり、政権を維持しています。この間、マンデラ、タボ・ムベキ、ジェイコブ・ズマの3人が大統領に就任しています。

 ちなみに、ANCの党名は、インドの政権与党の一つで、かつてガンディーが率いたインド国民会議(1885年設立)に範をとったものだそうです。ガンディーはそもそも南アフリカでのインド系移民の差別に対する権利回復運動で名を挙げましたが、その活動期間は1913年から1915年ですから、彼の活動がANCに影響を及ぼしたということはありません。

 なお、ANCは社会主義・社会民主主義を掲げ、社会主義インターナショナルにも加盟していますが、南アフリカ共産党もその傘下に収めるという変則的な形態となっています。まぁ、どちらにしても左派政党というわけで、アパルトヘイトの時代に東側諸国が反アパルトヘイトの切手を盛んに発行していた背景には、そうした事情もあったことは記憶しておいてよいでしょうな。


 ★★★ ラジオ出演のご案内 ★★★

 ・1月9日(月・祝)10:00~ ラジオ・白熱教室
 文化放送(ラジオ)系で放送のくにまる ジャパン内の同コーナーに『年賀状の戦後史』の著者として、内藤が出演する予定です。なお、放送番組の常として、事情により、急遽、予定が変更になる可能性がございますが、その場合はあしからずご了承ください。


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    日本人は「年賀状」に何を託してきたのか?
    「年賀状」から見える新しい戦後史!

 ★ TBSラジオ・ニュース番組森本毅郎・スタンバイ(2011年11月17日放送)、11月27日付『東京新聞』読書欄、『週刊文春』12月1日号、12月1日付『全国書店新聞』『週刊東洋経済』12月3日号、12月6日付『愛媛新聞』地軸、同『秋田魁新報』北斗星、TBSラジオ鈴木おさむ 考えるラジオ(12月10日放送)、12月11日付『京都新聞』読書欄、同『山梨日日新聞』みるじゃん、12月14日付『日本経済新聞』夕刊読書欄、同サイゾー、12月15日付『徳島新聞』鳴潮、エフエム京都・α-Morning Kyoto(12月15日放送)、12月16日付『岐阜新聞』分水嶺、同『京都新聞』凡語、12月18日付『宮崎日日新聞』読書欄、同『信濃毎日新聞』読書欄、12月19日付『山陽新聞』滴一滴、同『日本農業新聞』あぜ道書店、[書評]のメルマガ12月20日号、『サンデー毎日』12月25日号、12月29日付エキレピ!、『郵趣』2012年1月号で紹介されました。

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 リストの手
2011-04-11 Mon 22:46
 3月29日からオランダ・ユトレヒトで行なわれていた<第9回フランツ・リスト国際ピアノコンクール>で、日本人の後藤正孝が優勝しました。同コンクールでの日本人の優勝は、1999年の第5回大会での岡田将に続き、2人目の快挙だそうです。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

        リストの手

 これは、1961年、今回のコンクールの名前の由来となったフランツ・リストの生誕150年を記念して東ドイツが発行した切手で、リストの手が描かれています。

 リストは、1811年、ハプスブルク支配下のハンガリー王国のライディング(現在はオーストリア共和国ブルゲンラント州)で生まれ、パリやウィーン、ブダペスト、ワイマールなどで活躍し、1886年、バイロイト音楽祭でワーグナーの楽劇『トリスタンとイゾルデ』を見た後に慢性気道閉塞と心筋梗塞で亡くなりました。

 超絶的な技巧を駆使することから“ピアノの魔術師”と呼ばれ、「指が6本あるのではないか」とまで噂されたほどで、現在、ブダペストのリスト記念博物館には彼の手から型を取ったブロンズ像が展示されています。(もちろん、6本目の指はありません)

 一般に、ピアノの白鍵1オクターブ分の幅は18センチで、ピアニストは手を最大に広げたときに1オクターブ+鍵盤1つ分に手が届けばほとんどの作品が弾けるとされています。これに対して、リストの手は、親指7センチ、人さし指11センチ、中指が12センチ、薬指11センチ強、小指が8.8センチとかなり大きく、軽々と1オクターブを押さえることができたため、そうした奏法を駆使した超絶技巧の作品を数多く残しました。もちろん、後代の演奏家は、多くの場合、リストのような手を持っているわけではありませんから、リストの局を引きこなすのは大変に苦労するそうです。

 今回、後藤さんが優勝したコンクールは、リストの名前を冠した多くの国際ピアノコンクールの中でも、リストの作品のみを課題曲として、1986年から3年に1度、ユトレヒトで開催されているものとのこと。リストの演奏で世界一になったという、その手はどんなふうになっているのか、一度拝んでみたいものですな。
 

  ★★★ イベントのご案内 ★★★

     切手百撰ポスター(小)

 以前の記事でも少しお話ししましたが、4月25日付で平凡社から拙著『切手百撰 昭和戦後』を上梓いたします。これにあわせて、下記のイベントに登場します。

 ・4月30日(土) 15:00- 出版記念トーク
 於 東京・浅草 都立産業貿易センター台東館6階特設会場
 スタンプショウのイベントの一つとして、出版記念のトークを行います。また、会場内で『切手百撰 昭和戦後』をお買い上げの方に、素敵なプレゼントをご用意しております。(画像は、会場内に掲示予定のポスターです。こちらもご覧ください)

 ・5月7日(土) 10:15- 切手市場
 於 東京・池袋 東京セミナー学院
 詳細は主催者HPをご覧ください。最新作の『切手百撰 昭和戦後』を中心に、拙著を担いで行商に行きます。

 どちらも入場無料ですので、ぜひ、遊びに来てください。


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 ドイツ“緑の党”躍進に思う
2011-03-28 Mon 23:35
 きのう(27日)投開票が行われたドイツ南部バーデン・ビュルテンベルクの州議会選挙で、“反核”や“反原発”の環境政党を標榜する緑の党が得票率24.2%で第2党に躍進。第3党の社会民主党との左派連立により、ドイツ史上初の環境政党出身の州首相が誕生することがほぼ確実となりました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

        東ドイツ・反核

 これは、1950年に東ドイツで発行された反戦キャンペーン切手のうち、“反核”を取り上げた1枚です。

 東西冷戦下において、核戦争の脅威が語られるようになると、さまざまな反核運動が展開されましたが、その多くは、アメリカや西側の核を非難するものの、中ソの核に対しては「自衛のために最小限必要なもの」などと称してほとんど批判をしないという奇妙なものでした。それもそのはずで、そうした反核運動には、東側諸国が国際世論を誘導するために背後で操っていたプロパガンダ工作だったという側面が少なからずありました。

 日本でも、1970年代後半から80年代にかけて、“反核”という言葉が左派系市民運動の世界でクローズアップされていくことになりますが、その仕掛け役として重要な役割を果たしたのは、いわゆる“よど号”グループのメンバーとその支援者たちであり、その背後には北朝鮮の朝鮮労働党がいました。“ダイ・イン”と称して地面に寝転び“死んだふり”をする奇怪なパフォーマンスが流行ったことをご記憶の読者もあるかもしれませんが、あのパフォーマンスも、実は、ウィーンを工作の拠点としていた“よど号”グループの関係者(彼らは、1970年に北朝鮮入りしてからずっと北朝鮮にいたわけではなく、しばしば、ヨーロッパなどに出張し、日本人拉致などのさまざまな工作活動に従事してきました)が、日本に持ち込んだものといわれています。
 
 さて、バーデン・ビュルテンベルク州の首相の座をほぼ手中に収めたドイツの緑の党は、もともとは保守系の市民が祖国ドイツの美しい自然を子々孫々に伝えていこうという趣旨で始まったもので、長らく、マイナーな保守系諸派の域を出ませんでした。

 ところが、1960年代に左翼学生運動を展開してきた左翼過激派集団が、ベトナム戦争の終結後、“反戦”に代わって“環境”を持ち出してきたことから、緑の党の内部は、彼らを受け入れて党勢を拡大しようと考えるグループと、あくまでも保守団体としての矜持を守り、左翼勢力にはくみしないというグループが対立するようになります。特に、1979年11月4日にオッフェンバッハで行われた党大会で、左翼過激派の参加が認められるようになると、以後、大量の左派系活動家が相次いで入党。党の運営は実質的に左派に牛耳られるようになり、これに不満を持った保守系党員が1982年に脱退してドイツ独立環境党を創設すると、緑の党は完全に左派政党と化してしまいました。

 すなわち、反原発と自然エネルギーの推進という彼らの主張は環境保護という観点から、まぁ(賛否は別として)理解できないこともないのですが、彼らが掲げてきた反核、反軍国主義、反NATO、“平和主義、移民規制反対、反中絶、マリファナ使用の自由化、同性愛者の権利向上などは、環境問題とは全く無関係の左派・リベラル勢力の主張にすぎません。これでは、真の意味での環境保護を考える保守系の人たちが出ていくのは当然ですし、どこが“環境政党”なんだと素朴な疑問を感じますな。

 今回、福島原発の事故が起こると、彼らは「それみたことか」とドイツ国民の不安を煽るだけ煽り、投票日前日には25万人を動員した(と彼らは主張する)反原発の大集会を開催し、反原発を錦の御旗として選挙での躍進を果たしましたが、それでは、原発を廃止した場合の代替エネルギーをどうやって確保するのかという点については、なんら現実的な提案をしていません。また、彼らの主張する“反原発”は、あくまでもドイツ国内の原発に限られており、フランス国内の原発によって作られた電力を購入することについては必ずしも否定されていないというご都合主義ぶりです。

 福島原発の事故以降、わが国でも、世論は反原発・脱原発の方向に大きく傾いているようですが、はたして原発に代わる発電方法をどうやって確保するのか、説得力のある代案が提示されているようには思えません。あるいは、電力供給がへればそれに見合った“エコな生活”をすれば良いという人もいるでしょう。そう主張する人が個人の主義主張や趣味嗜好で個人的に“エコな生活”をなさることについては、僕は決して止めはしませんが、喫緊の課題である被災地復興のためには十分な電力を確保しなければならないはずです。そのためには、まずは、無駄を省きつつも、使えるものは何でも(もちろん原発も含めて)使うという、總動員体制が電力においても必要なのではないでしょうか。

 もちろん、今後の原発建設については、今回の事故の経験も踏まえて慎重に議論を進めるべきですが、反原発・脱原発のムードを利用して、反原発を隠れ蓑にした怪しげな集団が跋扈することのないよう、十分に気をつけなければならないと思います。

 なお、反核や環境保護を唱える一部の国家や団体のいかがわしさについては、拙著『事情のある国の切手ほど面白い』でもいろいろと実例を挙げてご説明しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


  【無錫アジア展のご案内】

 僕が日本コミッショナーを仰せつかっているアジア国際切手展 <China 2011> の作品募集要項が発表になりました。くわしくはこちらをご覧ください。


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