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内藤陽介 Yosuke NAITO
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 大祖国戦争勝利記念日
2019-05-09 Thu 01:14
 きょう(9日)は、ロシアなどでは大祖国戦争(ロシアなど旧ソ連諸国での第二次欧州大戦の呼称)の戦勝記念日です。というわけで、きょうはこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      アウシュヴィッツ宛・戦後返戻便

 これは、第二次大戦後の1946年2月7日、英軍占領地区のビュッケンから、旧アウシュヴィッツ収容所跡に設置されたソ連軍の収容所に抑留されていたドイツ軍の捕虜宛に差し出されたものの、差出人戻しとなった葉書です。

 1945年1月27日、ソ連軍がアウシュヴィッツ強制収容所を解放すると、同年2月初、旧第1収容所のブロック14、21、22にポーランド赤十字社が病院を開設。ジョゼフ・ベラート率いる30人の医療チームがクラクフから派遣され、ビルケナウの旧第2収容所、モノヴィッツの旧第3収容所から集められた元収容者たちの治療に当たっていました。

 その後、1945年5月(西ヨーロッパ夏時間では8日午後11時15分、モスクワ時間では9日午前2時15分)のドイツ降伏を経て、同年6月、ソ連軍は旧アウシュヴィッツ収容所を接収し、ドイツ人捕虜のための収容所としました。スターリン政権下で刑事警察、秘密警察、国境警察、諜報機関を統括していた内務人民委員部(NKVD)は、1947年まで、ここにドイツ人捕虜を抑留しています。

 今回ご紹介の葉書は、そうした旧アウシュヴィッツ収容所跡に抑留されていたドイツ人捕虜宛に差し出されたものです。ただし、ソ連軍の捕虜・抑留者との通信には、専用の往復はがきを使うことが義務付けられていたため、この葉書はその規則に違反するものとして“Zurück an absender Nur Antwortkarten der Amtlichen Doppelkarte zugelassen(差出人戻し 当局支給の往復はがき以外は認められていません)”との事情説明の印を押して差出人に返送されています。

 さて、2015年に刊行した拙著『アウシュヴィッツの手紙』ですが、おかげさまで在庫がほぼなくなりつつあります。また、同書の刊行以降、 Postal History o Auschwitz 1939-1945 と題するコレクションを、2017年のブラジリア2018年のエルサレムと2度の国際切手展に出品し、マテリアルもかなり充実してきました。そこで、2015年の拙著の増補改訂版を作ることになりました。詳細につきましては、随時、このブログでもご案内していきますので、よろしくお願いいたします。
 

★★ 5月10日(金) 文化放送「おはよう寺ちゃん 活動中」 出演します!★★

 5月10日(金)05:00~  文化放送で放送の「おはよう寺ちゃん 活動中」に内藤がコメンテーターとして出演の予定です。番組は早朝5時のスタートですが、僕の出番は6時台になります。皆様、よろしくお願いします。なお、番組の詳細はこちらをご覧ください。


★★ 今さら聞けないチェ・ゲバラ ★★

   今さら聞けない

 5月12日(日) 21:00~  『チェ・ゲバラとキューバ革命』の著者、内藤陽介が、Schooに登場し、ゲバラについてお話しします。(ライブ配信は無料でご視聴頂けます)

 誰もが一度は見たことがある、彼の肖像。
 革命家である彼は、どんな生涯を送ったのでしょうか。
 切手や郵便物から彼の足跡を辿ります。

 詳細はこちらをご覧ください。

★★ 内藤陽介の最新刊 『チェ・ゲバラとキューバ革命』 好評発売中!★★

      チェ・ゲバラとキューバ革命 表紙カバー 本体3900円+税
 
 【出版元より】
 盟友フィデル・カストロのバティスタ政権下での登場の背景から、“エルネスト時代”の運命的な出会い、モーターサイクル・ダイアリーズの旅、カストロとの劇的な邂逅、キューバ革命の詳細と広島訪問を含めたゲバラの外遊、国連での伝説的な演説、最期までを郵便資料でたどる。冷戦期、世界各国でのゲバラ関連郵便資料を駆使することで、今まで知られて来なかったゲバラの全貌を明らかする。

 本書のご予約・ご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、アマゾン他、各ネット書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。

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 ドイツマルクの復活なるか
2013-04-15 Mon 16:17
 9月に総選挙が予定されているドイツでユーロの廃止と独自通貨の導入を目指す新政党“ドイツのための選択肢”が結成され、きのう(14日)、ベルリンで初の党大会が開かれました。彼らが導入を目指している独自通貨としては、同党内では、旧通貨マルクの再導入が多数意見ということなので、今日はこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

        米英占領地区・ポストホルン加刷

 これは、1948年の“ドイツマルク”導入に伴って発行されたポストホルン加刷切手です。ドイツの公式通貨としてのマルクには、1871年のドイツ帝国統一以来、さまざまなバリエーションがありますが、1999年1月1日のユーロ導入により廃止されるまで使われていたのが、今回ご紹介のドイツマルクです。

 1945年5月、第二次大戦に敗れたドイツは、米ソ英仏の4カ国によって分割占領されました。その後、東西冷戦の進行とともに、米軍占領地区と英軍占領地区は占領円滑化のため合同してバイゾーンを形成。さらにこれにフランス軍占領地区が加わってトライゾーンを形成し、ソ連軍占領地区との亀裂が深まっていきます。

 ところで、占領下のドイツではハイパー・インフレが進行していたため、1948年6月20日、米英仏の3国は、英米仏各占領地区で独自に発行されていた通貨を統合してトライゾーンでの統一通貨(ドイツマルク)を発行。これに対して、ソ連側も6月24日に東ドイツマルク(オストマルク)を発行するとともに、ドイツマルクを使用する西ベルリンを経済封鎖することで対抗しました。これが、いわゆるベルリン封鎖です。

 さて、ドイツマルクの導入に伴い、西ベルリンを除く西側占領地区では、6月21日から、旧通貨が10分の1に切り下げ、6月23日までは旧通貨時代に発行された切手・葉書の額面も10分の1の価値で有効とされました。これに対して、新通貨に対応した新図案の切手発行は間に合わなかったため、とりあえず、米英占領地区では、旧通貨の切手にポストホルンを加刷した切手を暫定的に発行することで対応することになりました。今回ご紹介の切手は、その1枚です。なお、新通貨対応の正刷切手としては、1948年8月15日発行のケルン大聖堂再建700年の寄附金つき切手が最初となります。

 今回旗揚げをした“ドイツのための選択肢”が、仮に、秋の総選挙で圧勝し、ドイツがユーロ圏から離脱して旧ドイツマルクが復活するということになったら、切手の額面も再びマルク表示に戻ることになるはずで、そうすると、ユーロと新ドイツマルクの切手の混貼使用例というのが生まれることになりますな。まぁ、そういう事態になったら経済的には大混乱で、勘弁してくれというのが常識的なところでしょうが、収集家としては、ついつい、妙な期待をしてしまいます。


 ★★★ トークイベントのご案内 ★★★

・4月27日(土) 15:00- 『マリ近現代史』出版記念トーク
 於 東京・浅草 都立産業貿易センター台東館6階特設会場
 スタンプショウのイベントの一つとして、出版記念のトークを行います。書店に並ぶ前の先行販売はスタンプショウ会場内が最初となります。入場は完全に無料です。


 ★★★ 予算1日2000円のソウル歴史散歩 ★★★   

 4月から、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で予算1日2000円のソウル歴史散歩と題する一般向けの教養講座を担当しています。開催日は5月7日、6月4日、7月2日、7月30日、9月3日(原則第一火曜日)で、時間は各回とも13:00~14:30です。講座は途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


 ★★★★ 内藤陽介の最新刊 ★★★★

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 戦時下・占領下のクリスマス:ドイツ-1946年
2005-12-21 Wed 14:51
 第二次大戦に敗れたドイツが米英仏ソの4カ国によって分割占領されたことは広く知られています。占領下の常として、国民生活にはさまざまな制約が加えられていましたが、郵便もまた例外ではありませんでした。そんなことを見せ付けるようなマテリアルが↓の1枚です。

 ドイツクリスマス返戻

 この葉書は、1946年のクリスマスに際して、ベルリンの米英占領地区から差し出されたもので、“メリー・クリスマス(ドイツ語ではFroehliche Weihnachten)”の文字も大書されています。

 しかしながら、この葉書は「絵葉書の使用は認められていない」との理由で差出人に返戻されてしまい、相手には届けられませんでした。そのことを示しているのが、デカデカと押されている紺色の印です。

 ちなみに、占領当局からお叱りを受けた絵葉書というのは、こんな感じです。

 ドイツクリスマス返戻裏面

 僕には、ごくごく平穏な雪景色のようにしか見えないのですが、あるいは、「この絵はアルプスをイメージしており、独墺両国の合邦を永遠に禁じた占領国の意図に反する!」なんて強引な言いがかりをつけられてしまったんでしょうか。

 いずれにせよ、こういうものまで“絵葉書はダメ”という理由で差し出せないところに、占領下の悲哀というものがあるわけで、あらためて自由にクリスマスを祝う(僕の場合は、どちらかというと“楽しむ”かな)ことができるありがたみを感じさせられます。
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 解放後の収容所
2005-10-26 Wed 14:19
 第二次大戦を語る際に避けて通れないのが、ナチス・ドイツによるホロコーストの問題ですが、今週金曜日(28日)からスタートの<JAPEX >に出品する僕の作品「“戦後”の誕生」では、↓のカバーを持ってきて、「戦後、収容所の実態が明らかになり、世界は戦慄した」というかたちで表現することにしました。

ベルゲンベルゼン

 これは、ベルゲンベルゼン強制収容所(アウシュビッツから移送されたアンネフランクが亡くなった収容所です)から解放されたユダヤ系元収容者のために、米軍が提供した無料郵便のカバー(封筒)です。宛先はニューヨークのユダヤ系団体です。角型の赤い印は薄くて読みづらいのですが、“PAID”の表示(実際には無料ですが)は画像でも見えることと思います。9月9日の記事 でご紹介した上海の事例と似たようなものとお考えいただいても良いかもしれません。

 ナチス・ドイツによる強制収容所の実態は、ドイツの敗戦まで、なんとなく囁かれてはいたものの、外部ではうかがい知ることのできないものでした。それだけに、終戦と同時に、悲惨な実態が明らかになるにつれ、世界は戦慄し、欧米ではホロコーストの被害者に対する贖罪意識が社会全体に浸透していくことになります。

 そのことじたいは、人間として当然の反応だと思いますが、問題は、そうしたホロコーストに対する贖罪意識が、安直に“パレスチナでのユダヤ人国家建設は善である”というロジックと結び付けられたことにあります。その際、イギリスの委任統治下にあったパレスチナには、もともと多くのアラブ系住民が住んでおり、ユダヤ系移民の急増で、アラブ系とユダヤ系の軋轢が深刻な社会問題となっていたという事情は、ほとんど顧慮されることがありませんでした。その結果、国連では、実際にパレスチナに住んでいるパレスチナ人の意向を完全に無視して、パレスチナをユダヤ国家とアラブ国家に分割する決議案が採択され、中東戦争につながっていくことになるのです。

 その意味では、ヨーロッパでの第二次大戦の終結は、東西冷戦を生み出したのと同時に、アラブ世界にも極めて大きな影響を与えたという点も見落としてはならないのですが、今回の「“戦後”の誕生」では、割り当てられたスペースの都合や僕の能力的な問題もあり、残念ながら、そこまで踏み込むことはできませんでした。他日を期したいところです。
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