内藤陽介 Yosuke NAITO
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 ベルリンのソ連軍
2005-10-29 Sat 14:30
 <JAPEX >は今日が中日です。

 今回、“1945年”の特集で「“戦後”の誕生」を作るにあたって、一番頭を悩ませたのは、最初に展示するマテリアルを何にするかという点です。結局、全体の総タイトルにあたる部分は文字だけにして、悩んだ末に、展示を構成する作品群のうち、冒頭の作品「欧州:東西冷戦の開幕」のトップに持ってきたのが↓の葉書です。

ベルリンのソ連軍

 この葉書は、ドイツ降伏後のベルリンから占領ソ連軍が差し出した軍事郵便です。葉書の書き込みはドイツ降伏の日である“1945年5月8日 ベルリン”となっていますが、実際に押されている消印の日付は5月23日です。やはり、占領直後の混乱の中では、郵便物の処理にもそれなりの時間がかかったということなのでしょうか。なお、葉書にはこの葉書が検閲を受けたことを示す3行書きの印と(非常に薄くて読みにくいのですが)モスクワ到着時の6月何日かの郵便印も押されています。

 第二次大戦に敗れたドイツは米英仏ソの4カ国に分割占領され、やがて東西分断国家が誕生します。その後、1990年の東西ドイツの統一まで、分断国家となったドイツ、なかでも、東ドイツに浮かぶ西側の孤島となった西ベルリンの存在は、ヨーロッパにおける東西冷戦の象徴的な存在となったことは、皆様ご存知の通りです。

 この葉書は、そうした東西冷戦の原点を象徴するものとして、「“戦後”の誕生」では、一番最初に登場するマテリアルとして展示してみました。是非、会場にお運びいただき、作品をご意見・ご感想などをお聞かせいただけると幸いです。

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 東ドイツのルーツ
2005-10-02 Sun 13:24
 東西ドイツが統一されたのは1990年10月3日のことでしたから、15年前の10月2日は、“東ドイツ”最後の日だったということになります。で、東ドイツ(ドイツ民主共和国)という国が正式に発足したのは1949年のことでしたが、そのルーツは第二次大戦後、ドイツが米英仏ソの4国によって分割占領されたことにまでさかのぼります。

 その第二次大戦後のドイツ占領後初期のカバー(封筒)の実例として、こんなものを引っ張り出してみました。

墨塗りヒトラー

 このカバーは、ナチス降伏から1ヵ月後の1945年6月8日、ドレスデンから差し出されたものです。ドレスデンはザクセン州の州都で大戦末期の1945年2月、連合国の空襲を受けて市内の中心部はほぼ灰燼に帰し、戦後はソ連軍の占領下に置かれました。

 さて、ナチスの時代、ドイツではヒトラーの肖像切手が日常的に使われていましたが、敗戦とともにこの切手は使用停止となります。とはいえ、新しいデザインの切手を用意するためには相応の時間が必要ですから、しばらくは、ここに示すように、ヒトラーの肖像部分を塗りつぶした切手が使われていました。

 その後、米英仏ソの占領地域では、米英地区・フランス地区・ソ連地区それぞれが独自の切手を発行し始めます。一時、米英地区とソ連地区は共通の切手を使ったこともありますが、東西冷戦の進行とともに、1949年には東西分断国家が誕生し、以後、1990年にいたるまで両国は別個の切手を発行し続けることになります。

 10月28~30日に東京・池袋のサンシャイン文化会館で開催の<JAPEX >では、今年が戦後60年ということにちなみ、“1945年”にスポットをあてた特別展示を行います。僕も“戦後世界の形成”と題する作品を出品する予定です。作品は日本を含むアジア地域が中心ですが、スペースの許す限り(おかげさまで、“1945年”の企画コーナーでは、予想を大幅に上回る作品があつまり、僕の展示も当初の予定を大幅に圧縮することになりました)、ドイツの分割占領についても多少は触れたいと思っています。是非、月末は池袋にお運びいただき、“1945年”の企画展示をご覧いただけると幸いです。
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