内藤陽介 Yosuke NAITO
http://yosukenaito.blog40.fc2.com/
World Wide Weblog
 南アの複葉機
2016-12-17 Sat 12:21
 1920年代から1930年代にかけて製造された複葉機12機がギリシャ・クレタ島から南アフリカ共和国・ステレンボッシュ(ケープタウン東方50kmの都市)までの約1万3000kmを36日間かけて縦断するレース、“ヴィンテージ・エア・ラリー”は、きのう(16日・現地時間)、終着地のステレンボッシュに参加機が到着しました。というわけで、今日はこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      南ア・航空(1925・1d)

 これは、1925年2月26日に南アフリカ連邦(当時)が発行した南ア最初の航空切手で、郵便機として利用されていた複葉機が描かれています。今回の“ヴィンテージ・エア・ラリー”の参加機は1920-30年代の複葉機ということですから、まさに、その時代に南アの空を飛んでいた飛行機の切手ということで持ってきました。

 現在の南アの地における航空事業の歴史は、南ア連邦創設以前の1907年、英領オレンジ川植民地のブランドフォートで、民間人技師のジョン・ウェストンが自作の飛行機制作を始めたことからスタートします。ただし、ウェストンは飛行能力のあるエンジンを自作できなかったため、フランスの航空機メーカー、ヴォワザン社の協力を得て、1910年、グノーム・ロータリー・エンジンを搭載した機体を用いて、フランスでの試験飛行に成功しました。

 一方、1908年にはヴォワザン社の飛行機がケープタウンに輸入され、翌1909年12月28日には、イースト・ロンドンのケニルワース城でフランス人パイロット、M. キンメリングを招いての試験飛行も行われました。これが、南ア域内における動力飛行の最初となります。

 その後、主要都市近郊での試験飛行を経て、南ア連邦創設後の1911年12月27日、最初の航空郵便(試験飛行)が行われます。この時のルートは、ケープタウンのケニルワース競馬場からミューゼンバーグのオールダム競技場までの13km で、イヴリン・フレデリック・ドライヴァーの操縦する単葉機が7分半でエアメールを運びました。

 連邦域内で航空郵便が定期的に行われるようになったのは1919年のことで、1925年には今回ご紹介の航空切手も発行されました。ちなみに、海外向けの航空郵便の開始は1932年のことです。

 なお、今回ご紹介の切手が使われていた頃の南ア連邦、特にケープタウンとその近郊のようすについては、拙著『喜望峰』でもいろいろご紹介しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


★★★ ブラジル大使館推薦! 内藤陽介の『リオデジャネイロ歴史紀行』  ★★★ 

       リオデジャネイロ歴史紀行(書影) 2700円+税

 【出版元より】
 オリンピック開催地の意外な深さをじっくり紹介
 リオデジャネイロの複雑な歴史や街並みを、切手や葉書、写真等でわかりやすく解説。
 美しい景色とウンチク満載の異色の歴史紀行!
 発売元の特設サイトはこちらです。

 * 8月6日付『東京新聞』「この人」欄で、内藤が『リオデジャネイロ歴史紀行』の著者として取り上げられました!

       リオデジャネイロ歴史紀行(東京新聞)


 ★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★

 郵便物の受け取りには欠かせないのが郵便ポストです。世界各国のありとあらゆるデザインよろしくポストを集めた郵便ポストの辞典ポストショップオンラインは海外ブランドから国内製まで、500種類を超える郵便ポストをみることができます。

スポンサーサイト
別窓 | 南アフリカ連邦 | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
 ナポレオンの愛したワイン
2015-09-24 Thu 19:49
 きのう(23日)、英イングランド南部ソールズベリーで開催されたオークションで、セントヘレナ島で流刑生活を送っていた皇帝ナポレオン1世の食事ぶりを示す目録が976ポンド(約18万円)で落札され、ワイン50本、カモ4羽、ブタの丸焼きなどの豪華な内容が話題となっているそうです。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      グルート・コンスタンシア

 これは、南アフリカ連邦が1939年に発行した南ア最古のワイナリー、グルート・コンスタンシアの切手(国名表記が英語のモノとアフリカーンス語のモノの連刷)です。
 
 南アフリカのテーブル・マウンテンの山麓にオランダ人が建設したステレンボッシュの開拓地は1682年に地方自治体となり、翌年には学校も開設されるなど、急速に発展。1685年には総督のファン・デル・ステルが近郊にマナー・ハウスと呼ばれる住居を建設するとともに、オランダ改革派教会の教区も設定されました。さらに、1689年、マナー・ハウスの周囲に750ヘクタールのブドウ畑を開拓。これが、現在、南ア有数のワイン生産地となっているコンスタンシア地区のルーツとなり、マナーハウスは、切手に取り上げられているグルート・コンスタンシアとなりました。

 1778年、グルート・コンスタンシアの経営者であったヘンドリック・クローテは、デザート・ワインの傑作とされる“コンスタンシア”を作り出すことに成功。ヘンドリックの死後、コンスタンシアのワイナリーは息子のヘンドリックJrを経て、孫のヤコブ・ピーターが後を継ぎます。このヤコブ・ピーターはフランス語を巧みに操り、パリにコンスタンシアの代理店を開設しました。

 時あたかも、ナポレオン戦争の時代で、フランスのワイン産業が大きな打撃を受けたことに加え、英仏間の貿易も途絶したことから、コンスタンシアはその空白を埋めるかのように、シャトー・ディケム(フランス産の最高級貴腐ワイン)、トカイ(ハンガリー産貴腐ワイン)、マデイラ(ポルトガル産ワイン)に勝るとも劣らぬ最上級のデザート・ワインとしてヨーロッパの上流社会を席捲します。

 ナポレオン失脚後、王政復古を果たしたフランス国王、ルイ・フィリップはコンスタンシアを輸入するためケープ植民地に使者を派遣し、セントヘレナに流された失意のナポレオンもコンスタンシアを飲み無聊を慰めたとされています。今回のニュースに登場した目録にも、おそらく、コンスタンシアについての記述があるはずです。

 その後、クローテ家はグルート・コンスタンシアの経営権を南ア政府に売却。その結果、グルート・コンスタンシアは実験的なワイン農場となり、コンスタンシアの生産も下火になっていました。しかし、コンスタンシア地区の農場の一部を引き継いだワイナリー、クレイン・コンスタンシアが、1980年代に入り、かつての記録をもとに“ヴィン・デ・コンスタンス”の名でコンスタンシア・ワインを復活させました。

 その製法は、干しぶどうになるまで完熟させてから収穫したムスカデ・フロンティニャン種をステンレス・タンクで発酵させた後、フレンチ・オークの樽で18ヶ月熟成させ、さらに瓶詰め後2年熟成させるというもので、出荷までには4年以上の年月が必要となします。また、ワイナリーのこだわりとして、ボトルも、19世紀以前の職人が手作業で作っていた時代の形を再現し、わざとゆがんだ形になっています。(画像はボトルの写真です)

      コンスタンシア・ボトル

 手間のかかるワインだけに量産は不可能で、年間の生産数はわずか3000本。日本国内には数十本しか入荷しないという貴重品で、1本1万数千円の値がつけられていることが多いようです。世界の高級ワインの中には、1本3万円以上というものもざらにあることを考えると、絶対に手が届かない高嶺の花ということにはならないでしょうが、何分にも数が少ないので、値段以上に入手は難しいのではないかと思います。僕自身は1回だけ飲んだ経験からすると、まぁ、デザート・ワインですから、基本的に甘いことは甘いのですが、たしかに、上品で王侯貴族が好みそうな雰囲気ではありましたな。

 なお、コンスタンシア・ワインを含む南アワインの歴史については、拙著『喜望峰』でもまとめておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。
 

 ★★★ トークイベント「切手に見る美女たち」のご案内 ★★★ 

 10月8日(木) 18:30-20:30 東京・飯田橋の東京ボランティアセンター(JR飯田橋駅横・ラムラ・セントラルプラザ10階)で、日本ガルテン協会主催のリレー講座に内藤が登場。『日の本切手 美女かるた』の著者として「切手に見る美女たち」と題するトークを行います。

 参加費は、ガルテン協会会員の方2000円(一般3000円)で、お茶とお菓子がつきます。詳細はこちらをご覧いただくか、NPO日本ガルテン協会(講座担当宛・電話 03‐3377-1477)までお問い合わせください。皆様のご参加をお待ちしております。  

 ★★★ 講座「アウシュヴィッツの手紙」(10月16日)のご案内 ★★★ 

     ポーランド・アウシュヴィッツ解放30年   アウシュヴィッツの労務風景

 10月16日(金) 19:00~20:30、愛知県名古屋市の栄中日文化センターで、「アウシュヴィッツの手紙」と題する講座を行います。

 第二次大戦中、ポーランド南部のアウシュヴィッツ(ポーランド語名・オシフィエンチム)は、ナチス・ドイツの強制収容所が置かれ、ユダヤ人を中心に150万人以上が犠牲となった悲劇の地として知られています。今回の講座では、収容者の手紙を中心に、第二次大戦以前の状況を物語る郵便物・絵葉書、アウシュヴィッツを題材とした戦後の切手などもご紹介しつつ、さまざまな角度からアウシュヴィッツを考えてみたいと思います。

 申込方法など詳細は、こちらをご覧ください。(画像は、ポーランドが発行したアウシュヴィッツ解放30周年の記念切手、右側は収容者による労務風景を取り上げた戦後作成の絵葉書です) 皆様のご参加をお待ちしております。

 
 ★★★ よみうりカルチャー荻窪の講座のご案内 ★★★

 10月から毎月1回(原則第1火曜日:10月6日、11月 3日、12月1日、1月5日、2月2日、3月1日)、よみうりカルチャー荻窪(読売・日本テレビ文化センター、TEL 03-3392-8891)で下記の一般向けの教養講座を担当します。(下の青い文字をクリックしていただくと、よみうりカルチャーのサイトに飛びます)

 ・イスラム世界を知る 時間は15:30-17:00です。

 初回開催は10月6日で、途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


 ★★★ 内藤陽介の最新刊  『日の本切手 美女かるた』  好評発売中! ★★★ 

        税込2160円

 4月8日付の『夕刊フジ』に書評が掲載されました!

 【出版元より】
 “日の本”の切手は美女揃い!
  ページをめくれば日本切手48人の美女たちがお目見え!
 <解説・戦後記念切手>全8巻の完成から5年。その著者・内藤陽介が、こんどは記念切手の枠にとらわれず、日本切手と“美女”の関係を縦横無尽に読み解くコラム集です。切手を“かるた”になぞらえ、いろは48文字のそれぞれで始まる48本を収録。様々なジャンルの美女切手を取り上げています。

 出版元のサイトはこちら、内容のサンプルはこちらでご覧になれます。ネット書店でのご購入は、アマゾンboox storee-honhontoYASASIA紀伊國屋書店セブンネットブックサービス丸善&ジュンク堂ヨドバシcom.楽天ブックスをご利用ください。


 ★★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★★

 郵便物の受け取りには欠かせないのが郵便ポストです。世界各国のありとあらゆるデザインポストを集めた郵便ポストの辞典ポストショップオンラインは海外ブランドから国内製まで、500種類を超える郵便ポストをみることができます。

別窓 | 南アフリカ連邦 | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
 ウィーン体制200年
2015-06-09 Tue 23:50
 1815年6月9日にウィーン議定書が調印され、いわゆる“ウィーン体制”が発足してから、きょうでちょうど200年です。というわけで、こんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      キャスル・オブ・グッド・ホープ葉書  キャスル・オブ・グッド・ホープ・実物

 左は、現在の南アフリカ共和国の前身、南アフリカ連邦時代に発行された絵入りはがきで、ケープタウンのキャスル・オブ・グッド・ホープ(以下、キャスル)が取り上げられています。右側は、現在のキャスルの画像です。

 1488年に喜望峰を“発見”したのはポルトガル人のバルトロメウ・ディアスでしたが、1652年、この地に最初の植民地としてケープタウンを築いたのはオランダ人でした。その後、ナポレオン戦争中の1806年、英国はそれまでオランダ領だったアフリカ南端のケープ植民地を接収し、1815年のウィーン議定書により、正式に英領として編入します。

 今回ご紹介の葉書に取り上げられているキャスル・オブ・グッド・ホープは、もともとはオランダ東インド会社の総督の居城として1666-79年にかけて建てられた城砦でした。五角形に囲まれた城壁の一辺は175メートルで、高さ10メートル。現在でも西ケープ陸軍の司令部として使われていますが、その一部は公開されています。

 鐘楼のある正門はケープタウンを代表する建造物として有名です。城砦の完成当時、正門は海側に設けられていましたが、鐘楼のある現在の門は1683年に現在の位置に建てられました。鐘はアムステルダムで製造されたもので1697年に据え付けられ、定時に鳴らされるだけでなく、危機が迫った時や火事の時、さらには葬儀の際に鳴らされてきました。現在でも、特別の行事などがある際には、鐘が鳴らされるそうです。

 正門の上部に刻まれているのは、王冠を戴き、剣と7本の矢を持つライオン、すなわち、オランダの国章です。その下には、オランダ東インド会社の本国内オフィスが置かれていたホールン、デルフト、アムステルダム、ミッデルブルグ、ロッテルダム、エンクホイゼンの各都市の紋章の盾が掲げられており、その両脇には、東インド会社を示すVOCのモノグラムも刻まれているなど、オランダ時代の名残が色濃く残っています。下に、その部分の画像を貼っておきましょう。

      キャスル・オブ・グッド・ホープ・紋章

 なお、1815年のウィーン議定書以前のオランダ統治時代の名残が、現在の南アフリカ共和国にもどのように残されているかという点については、拙著『喜望峰』でもいろいろとご紹介しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。

 
 ★★★ 内藤陽介の最新刊  『日の本切手 美女かるた』  好評発売中! ★★★ 

        税込2160円

 4月8日付の『夕刊フジ』に書評が掲載されました!

 【出版元より】
 “日の本”の切手は美女揃い!
  ページをめくれば日本切手48人の美女たちがお目見え!
 <解説・戦後記念切手>全8巻の完成から5年。その著者・内藤陽介が、こんどは記念切手の枠にとらわれず、日本切手と“美女”の関係を縦横無尽に読み解くコラム集です。切手を“かるた”になぞらえ、いろは48文字のそれぞれで始まる48本を収録。様々なジャンルの美女切手を取り上げています。

 出版元のサイトはこちら、内容のサンプルはこちらでご覧になれます。ネット書店でのご購入は、アマゾンboox storee-honhontoYASASIA紀伊國屋書店セブンネットブックサービス丸善&ジュンク堂ヨドバシcom.楽天ブックスをご利用ください。


 ★★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★★

 郵便物の受け取りには欠かせないのが郵便ポストです。世界各国のありとあらゆるデザインポストを集めた郵便ポストの辞典ポストショップオンラインは海外ブランドから国内製まで、500種類を超える郵便ポストをみることができます。

別窓 | 南アフリカ連邦 | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
 パンの記念日
2013-04-12 Fri 13:13
 きょう(12日)は、天保13年4月12日(1842年5月21日)、伊豆韮山代官・江川英龍が日本で最初のパンとされる軍用携帯食糧の乾パンが初めて焼かれたことにちなみ“パンの記念日”だそうです。というわけで、パンに絡んでこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

        肉とパンを節約しよう

 これは、第二次大戦直後の1946年10月19日に南アフリカ連邦(以下、南ア)から米国宛のカバーで、戦中・戦後のモノ不足の時代を反映して“肉とパンを節約しよう”という趣旨の英語とアフリカーンス語の標語印が押されています。切手の大きさも小型で、当時のモノ不足の状況がよくわかるカバーです。

 1910年に発足した南ア連邦の初代首相には、ボーア戦争後、旧トランスヴァールの首相を務めたルイス・ボータが就任し、1919年にボータが急死した後はボーア戦争の軍事的英雄で第一次大戦の指揮官でもあったヤン・スマッツが政権を継承しました。これに対して、白人至上主義を唱えるジェームズ・バリー・ミューニック・ヘルツォークらは、ボータならびにスマッツの南アフリカ党政権が親英的で黒人に対して譲歩しすぎると批判。1914年、国民党を結成します。

 ヘルツォークの国民党は1924年の総選挙で政権を獲得し、新国旗の制定などアフリカーンス民族主義の制作を推進するとともに、白人労働者にのみ労働者の権利を認める(=黒人およびカラードの労働者には権利を認めない)産業調整法を制定するなど、黒人とカラードの犠牲の上に白人の権利を確保する セグレゲーション(隔離)政策を強烈に推進しました。

 1929年、世界大恐慌が起こると、南ア経済も深刻な打撃を受けたため、国難を打開するには超党派の連立政権を樹立すべしとの声が高まり、1933年、国民党と南アフリカ党は合同し、あらたに統一党(連合党とも)が結成されました。首相の地位には、ヘルツォークがそのまま留まります。

 しかし、旧国民党内の強硬派は、対英協調路線を掲げるスマッツら旧南アフリカ党との連立を潔しとせず、1934年、ダニエル・フランソワ・マランを党首として純正国民党を結成しました。

 1939年、ヘルツォークに代わり、再び政権を掌握したスマッツは、英連邦、すなわち連合国の一員として第2次大戦に参戦することを決定。第2次大戦は連合国側の勝利に終わり、南アは戦勝国としての地位を確保します。その一方で、戦争を銃後で支えた黒人の発言力も増大。連合党がこれに譲歩の姿勢を示すと、もともと、第二次大戦への参戦そのものにも反対していたマランの国民党は連合党政権の“対英従属・アフリカーナー軽視”を徹底的に批判し、1948年の総選挙では、マラン率いる国民党が第一党に躍進。政権を獲得し、南アはアパルトヘイトの時代に突入していくことになります。

 なお、両大戦間期の南アの歴史については、拙著『喜望峰』でも簡単にまとめておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


 ★★★ イベントのご案内 ★★★

・4月14日(日) 15:00- 東京五輪と切手
 於 東京国立近代美術館 ギャラリー4(2F)
 現在開催中の展覧会東京オリンピック1964 デザインプロジェクトの4月のギャラリートークに内藤が登場します。展覧会本体も、東京五輪関連の切手原画の展示をはじめ見ごたえのある内容ですので、ぜひ、遊びに来てください。(展覧会へ入場するための観覧券は必要になります)

・4月27日(土) 15:00- 『マリ近現代史』出版記念トーク
 於 東京・浅草 都立産業貿易センター台東館6階特設会場
 スタンプショウのイベントの一つとして、出版記念のトークを行います。書店に並ぶ前の先行販売はスタンプショウ会場内が最初となります。入場は完全に無料です。


 ★★★ 予算1日2000円のソウル歴史散歩 ★★★   

 4月から、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で予算1日2000円のソウル歴史散歩と題する一般向けの教養講座を担当しています。開催日は5月7日、6月4日、7月2日、7月30日、9月3日(原則第一火曜日)で、時間は各回とも13:00~14:30です。講座は途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


 ★★★★ 内藤陽介の最新刊 ★★★★

         『喜望峰』表紙画像
 
  『喜望峰:ケープタウンから見る南アフリカ』

  いままでなかった喜望峰とケープタウンの物語
  美しい風景とウンチク満載の歴史紀行!!     

 アマゾンセブンネット版元ドットコム楽天ブックスe-honhmvhontoJBOOKlivedoor BOOKSなどで好評発売中!
 
 なお、本書をご自身の関係するメディアで取り上げたい、または、取り上げることを検討したい、という方は、是非、ご連絡ください。資料を急送いたします。

 
 ★★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★★

 郵便物の受け取りには欠かせないのが郵便ポストです。世界各国のありとあらゆるデザインポストを集めた郵便ポストの辞典ポストショップオンラインは海外ブランドから国内製まで、500種類を超える郵便ポストをみることができます。

別窓 | 南アフリカ連邦 | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
 QEII、10年ぶり入院
2013-03-04 Mon 15:20
 英国のエリザベス女王が、きのう(3日)、胃腸炎でロンドン市内の病院に入院しました。王室報道官によると、「陛下はお元気で、念のための措置だ」そうで、入院期間は2日程度だそうですが、7日に予定していたローマ訪問などは中止されました。陛下のご入院はひざの手術を受けた2003年以来10年ぶりだそうです。というわけで、御快癒をお祈りして、きょうはQEIIの切手の中から、この1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

        南ア・QEII戴冠

 これは、1953年に南アフリカ連邦で発行されたエリザベス女王戴冠式の記念切手です。

 現在の南アフリカ共和国の直接のルーツは、1910年5月31日、ケープ植民地トランスヴァール共和国、オレンジ自由国、ナタール共和国の4州が統合して組織された英自治領としての南アフリカ連邦で、翌1911年には白人労働者の保護を目的とした最初の人種差別法が制定されています。

 1931年、いわゆるウェストミンスター憲章が採択されると、南ア連邦は実質的に英本国と同等の主権国家となり、1934年、正式に主権国家として、英連邦内で独立しました。今回ご紹介のような女王戴冠の記念切手が発行されているのは、当時の南ア連邦が英連邦に属していたためです。

 ところで、1910年の発足以来、南ア連邦の内部では親英派と対英自立・白人至上主義を掲げるアフリカーンス系民族主義派が対立していました。1939年に第二次大戦が勃発すると、南ア連邦は英連邦、すなわち連合国の一員として第2次大戦に参戦し、南アは戦勝国としての地位を確保します。同時に、戦争を銃後で支えた黒人の発言力も増大。与党・連合党がこれに譲歩の姿勢を示すと、もともと、第二次大戦への参戦そのものにも反対していたダニエル・フランソワ・マランひきいる国民党は連合党政権の“対英従属・アフリカーナー軽視”を徹底的に批判し、1948年の総選挙では、マランの率いる国民党が第一党に躍進。政権を獲得しました。

 このときの選挙キャンペーンとして、国民党が大々的に掲げたのが、アフリカーンス語で分離ないしは隔離を意味する“アパルトヘイト”のスローガンです。

 もともとオランダ改革派教会の聖職者だったマランは、「アフリカーナーによる南ア統治は神によって定められた使命である」との信念の下、「国内の諸民族をそれぞれ別々に、純潔を保持しつつ存続させることは政府の義務である」と主張。1950年、全国民をいずれかの“人種”に分類するための人口登録法を制定し、これと前後して、人種間通婚禁止法や背徳法(異人種間の性交渉を禁止する法律)を制定。さらに、都市およびその近郊の黒人居住地から黒人を強制移住させ、その跡地を白人(主としてアフリカーナー)のために区画整理するなどの、差別的政策を強行していきました。

 これと並行して、軍を含む公職からアフリカーナーの国民党員以外の人物を締め出し、全国の選挙区の区割りを政権側に都合の良いように変更した上で集会の自由などの国民の権利を制限。もちろん、“抑圧された人々”の団結を唱える共産主義は御法度です。

 こうして、1954年にマランが80歳で引退するまでの間に、国民党政権はアパルトヘイト体制の基盤を確立しましたが、国際世論の非難を亜ぴることになります。特に、1960年3月、デモ隊に対する警官隊の発砲で67名が犠牲となるシャープビル事件が発生し、連邦政府が非常事態宣言を発すると、南ア連邦は従来以上に世界的に孤立。これに反発した南ア連邦は、英連邦を脱退し、現在の南アフリカ共和国が成立することになりました。

 なお、ケープ植民地以来の南アフリカ史の概要については、拙著『喜望峰』でもいろいろとご紹介しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。

 *本日午前中、カウンターが118万PVを越えました。いつも閲覧していただいている皆様には、この場をお借りして、改めてお礼申し上げます。

★★★ 内藤陽介、カルチャーセンターに登場 ★★★   

 4月から、下記の通り、首都圏各地のよみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)で一般向けの教養講座を担当します。詳細につきましては、各講座名(青色)をクリックしてご覧いただけると幸いです。皆様のご参加を心よりお待ちしております。(掲載は開催日順)

・よみうりカルチャー荻窪
 4月2日、5月7日、6月4日、7月2日、7月30日、9月3日
 (原則・毎月第1火曜日)13:00~14:30
 予算1日2000円のソウル歴史散歩

・よみうりカルチャー川崎
 4月12日、5月10日、6月14日、7月12日、8月30日、9月13日
 (原則・毎月第2金曜日)13:00~14:30
 切手で歩く世界遺産


 【世界切手展BRASILIANA 2013・出品募集期間延長!】

 今年11月、ブラジル・リオデジャネイロで世界切手展 <BRASILIANA 2013> が開催される予定です。当初、現地事務局への出品申し込みは2月28日〆切(必着)でしたが、〆切日が3月31日まで延長されました。つきましては、2月14日に締め切った国内での出品申し込みを再開します。出品ご希望の方は、3月20日(必着)で、日本コミッショナー(内藤)まで、書類をお送りください。なお、同展の詳細はこちらをご覧ください。


 ★★★★ 内藤陽介の最新刊 ★★★★

         『喜望峰』表紙画像
 
  『喜望峰:ケープタウンから見る南アフリカ』

  いままでなかった喜望峰とケープタウンの物語
  美しい風景とウンチク満載の歴史紀行!!     

 アマゾンセブンネット版元ドットコム楽天ブックスe-honhmvhontoJBOOKlivedoor BOOKSなどで好評発売中!
 
 なお、本書をご自身の関係するメディアで取り上げたい、または、取り上げることを検討したい、という方は、是非、ご連絡ください。資料を急送いたします。

 
 ★★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★★

 郵便物の受け取りには欠かせないのが郵便ポストです。世界各国のありとあらゆるデザインポストを集めた郵便ポストの辞典ポストショップオンラインは海外ブランドから国内製まで、500種類を超える郵便ポストをみることができます。

別窓 | 南アフリカ連邦 | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
 スケボーでスピード違反
2013-02-09 Sat 10:42
 南アフリカの有名スケートボーダー、デシオ・ロレンソが、ケープタウン市内クルーフ・ネックの公道で、制限時速60キロのところを110キロで滑走。その模様を撮影したヴィデオがユー・テューブで人気を集めるとともに、ロレンソは危険運転で逮捕される可能性もあることが明らかになりました。というわけで、きょうはこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

        クルーフ・ネックからのキャンプス・ベイ

 これは、南アフリカ連邦(以下、南ア)で発行された観光宣伝葉書の1枚で、ケープ・タウン郊外のキャンプス・ベイを取り上げた1枚です。キャンプス・ベイは南アを代表する観光地ですので、絵葉書などにもさまざまな構図で取り上げられていますが、そのうちの定番ネタの一つともいうべきなのが、今回ご紹介の葉書に取り上げられているクルーフ・ネックから見下ろした構図です。

 クルーフ・ネクはケープタウン市内からテーブルマウンテンを越えて大西洋岸にいたる道路としては最も早い時期に建設された道路で、テーブルマウンテンへのケーブルウェイ乗り場があるほか、ビーチやライオンズヘッドの景観が楽しめる場所としても知られており、観光客も少なからず訪れる場所です。ケープタウンでも最も傾斜がきつい道路の1つでもあることから、以前、交通を封鎖した上でスケートボードの大会に使われたこともあります。

 今回問題となったロレンソのビデオでは、幸い、彼の滑走が事故を引き起こしたわけではないようですが、制限時速60キロの急な坂道を50キロオーバーで下っていくというのは、どう考えても危険きわまりない行為ですからねぇ。彼自身が激突するなり、カーブを曲がりきれずに道から落下して死んだとしても自業自得ですが、無謀なスケートボーダーをよけようとして善良なドライバーが事故に遭ったりしたらと思うとぞっとします。こういう輩はユーテューブのアクセスが多いと自分がヒーローになったものと勘違いするのが常ですから、ぜひとも、南ア当局はきっちり彼を逮捕して、しっかりとお灸をすえていただきたいものですな。

 ちなみに、今回ご紹介の葉書には1952年のケープタウンの機会印が押されていますが、その標語部分が英語とアフリカーンス語“道路の安全はあなた次第”となっています。ロレンソや彼をもてはやす人たち、標語の意味がわからないとわ言わせませんよ。

 なお、ケープタウンとその近郊については、拙著『喜望峰』でもいろいろとご紹介しております。機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


 【世界切手展BRASILIANA 2013・出品募集中】

 今年11月、ブラジル・リオデジャネイロで世界切手展 <BRASILIANA 2013> が開催される予定です。現在(国内での受付期間は14日まで)、僕が日本コミッショナーとして、その出品作品を募集しております。詳細はこちらをご覧ください。


 ★★★★ 内藤陽介の最新刊 ★★★★

         『喜望峰』表紙画像
 
  『喜望峰:ケープタウンから見る南アフリカ』

  いままでなかった喜望峰とケープタウンの物語
  美しい風景とウンチク満載の歴史紀行!!     

 アマゾンセブンネット版元ドットコム楽天ブックスe-honhmvhontoJBOOKlivedoor BOOKSなどで好評発売中!
 
 なお、本書をご自身の関係するメディアで取り上げたい、または、取り上げることを検討したい、という方は、是非、ご連絡ください。資料を急送いたします。

 
 ★★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★★

 郵便物の受け取りには欠かせないのが郵便ポストです。世界各国のありとあらゆるデザインポストを集めた郵便ポストの辞典ポストショップオンラインは海外ブランドから国内製まで、500種類を超える郵便ポストをみることができます。

別窓 | 南アフリカ連邦 | コメント:3 | トラックバック:0 | top↑
 返り咲き
2012-12-27 Thu 11:03
 きのう(26日)、第182特別国会が召集され、自民党の安倍晋三総裁が衆参両院本会議での首相指名選挙の結果、第96代首相に選出されました。一度、首相の職を辞した政治家が政権の座にカムバックするという事例は、1948年の吉田茂以来、戦後2例目のことです。というわけで、きょうは“返り咲き”の切手のご紹介です。(画像はクリックで拡大されます)

        南ア・新三角

 これは、1926年に南アフリカで発行された4ペンス切手です。ケープ植民地時代に発行された三角切手とほぼ同図案ですが、国名表示は英語ないしはアフリカーンス語で南アフリカとなっています。今回ご紹介のモノは、そのうちの英語バージョンのモノです。ちなみに、印刷所は、1853年の三角切手はパーキンス&ベーコン社ですが、今回ご紹介の切手はブラッドバリー・ウィルキンソン社でした。

 ケープ植民地の三角切手は1900年にすべて使用禁止となり、それ以降は、ケープ植民地およびそれを継承した南アフリカ連邦では目打入りの四角切手のみが使われていました。それが、1926年になって、突如、普通切手として無目打の三角切手が復活した理由については、いろいろ調べてみたのですが、どうもよくわかりません。

 ちなみに、切手の発行日は表向きには1926年1月1日ですが、この日は日曜日だったため、ケープタウン市内の一部の局を除いて営業しておらず、大半の局では翌2日から発売されました。このため、初日カバーには1日のモノと2日のモノがありますが、1日のモノは数が少なく高価なために後押しのモノも多いので、鑑定書なしには手を出さない方が無難なようです。

 さらに、この切手に関しては、マージンの狭いシートと広いシート(今回ご紹介の切手はこちらから切り取った単片です)の2種類があり、マージンの広いシートは1926年4月26日の発売です。また、シェードについても基本の青味灰色のほか、緑味灰色のモノがあります。

 無目打の三角切手というのは、記念切手としてならともかく普通切手としては使いづらかったようで、この切手を貼ったまともな(=フィラテリックではない)国内宛の実逓カバーというのは滅多にお目にかかれません。考えようによっては、ケープ植民地時代の三角切手のカバーよりも、入手は難しいともいえそうです。

 なお、ケープ植民地ならびに南アフリカの三角切手をめぐる物語については、拙著『喜望峰』でも詳しくまとめておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。

 【世界切手展BRASILIANA 2013のご案内】

 僕が日本コミッショナーを仰せつかっている世界切手展 <BRASILIANA 2013> の作品募集要項が発表になりました。国内での応募受付は2月1―14日(必着)です。詳細はこちらをご覧ください。


 ★★★★ 内藤陽介の最新刊 ★★★★

         『喜望峰』表紙画像
 
  『喜望峰:ケープタウンから見る南アフリカ』

  いままでなかった喜望峰とケープタウンの物語
  美しい風景とウンチク満載の歴史紀行!!     

 アマゾンセブンネット版元ドットコム楽天ブックスe-honhmvhontoJBOOKlivedoor BOOKSなどで好評発売中!
 
 なお、本書をご自身の関係するメディアで取り上げたい、または、取り上げることを検討したい、という方は、是非、ご連絡ください。資料を急送いたします。

 
 ★★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★★

 郵便物の受け取りには欠かせないのが郵便ポストです。世界各国のありとあらゆるデザインポストを集めた郵便ポストの辞典ポストショップオンラインは海外ブランドから国内製まで、500種類を超える郵便ポストをみることができます。
別窓 | 南アフリカ連邦 | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
 シャルジャーに行ってきます!
2012-11-17 Sat 06:10
         南ア・トレッキング

 私事で恐縮ですが、アラブ首長国連邦(UAE)シャルジャーで開催されるアジア国際切手展<SHARJAH 2012>にコミッショナー兼審査員として参加するため、きょう(17日)、現地に向けて出発します。成田発の飛行機は午前中の便ですが、途中、経由地のタイで1泊し、明日(18日)、ドバイからUAEに入国し、シャルジャーに向かうという段取りです。 展覧会の会期は20日から25日(現地時間)なのですが、作品を搬入しなければなりませんので、主催者側指定の18日に入国すべく、今日の出発となりました。帰国は27日午後の予定です。

 この間、ノートパソコンを持っていきますので、このブログも可能な限り更新していく予定ですが、なにぶんにも海外のことですので、無事、メール・ネット環境に接続できるかどうか、不安がないわけではありません。場合によっては、諸般の事情で、記事の更新が遅れたり、記事が書けなかったりする可能性もありますが、ご容赦ください。

 さて、冒頭に掲げた画像(クリックで拡大されます)は、1927年に南アフリカ(以下、南ア)で発行された2シリング6ペンスの通常切手で、ケープタウンから現在の南ア北部への“グレート・トレック”と呼ばれるアフリカーナーの集団移住の様子が描かれています。今年6月のジャカルタ展へ出発する際にも、当時の僕の最新作『韓国現代史(韓国語版)』に絡めて“いざ出陣”という雰囲気の韓国切手を持ってきましたので、今回も現時点での最新作である『喜望峰』に絡めて“旅立ち”のイメージの南ア切手を持ってきたという次第です。

 1815年、ケープ植民地は正式に英領となりましたが、イギリスの統治はアフリカーナーの利害と反することが少なくありませんでした。たとえば、1833年のイギリスによる奴隷解放令は、奴隷労働力に頼っていたアフリカーナーにとって大きな打撃となりました。また、移民が増えるにつれ、新たな開拓地も必要となりました。

 このため、1836年以降、数千名のアフリカーナーがケープ植民地を後にし、内陸に集団移住。1839年にナタール共和国を建設しましたが、1842年、イギリスは軍隊を派遣し、1845年にここを植民地化してしまいます。このため、アフリカーナーはさらに移動し、ヴァール川の北方に拠点を建設。1852年に南アフリカ共和国(通称は“ヴァール側の向こう”を意味するトランスヴァール共和国)を建国したほか、1854年にはオレンジ自由国を建国しています。

 こうしたアフリカーナーたちの苦難に満ちた移住の旅は“グレート・トレック(Great Trek)”と呼ばれますが、この“トレック”には、「移住」のほか「(長い骨の折れる)旅行」という意味もあります。今回のシャルジャー行きは、アフリカーナーのグレート・トレックに比べればたしかに快適な道中ではありましょうが、日本人出品者の皆さんの貴重なコレクションを無事に搬入し、無事に持ち帰るという点では“(長い骨の折れる)旅行”であることには変わりありません。気合を入れて頑張っていきたいと思います。
 
 では、いざ出発!

 ★★★★ 内藤陽介の最新刊 ★★★★

         『喜望峰』表紙画像
 
  『喜望峰:ケープタウンから見る南アフリカ』

  いままでなかった喜望峰とケープタウンの物語
  美しい風景とウンチク満載の歴史紀行!!     

 アマゾンセブンネット版元ドットコム楽天ブックスe-honhmvhontoJBOOKlivedoor BOOKSなどで好評発売中!
 
 なお、本書をご自身の関係するメディアで取り上げたい、または、取り上げることを検討したい、という方は、是非、ご連絡ください。資料を急送いたします。

 
 ★★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★★

 郵便物の受け取りには欠かせないのが郵便ポストです。世界各国のありとあらゆるデザインポストを集めた郵便ポストの辞典ポストショップオンラインは海外ブランドから国内製まで、500種類を超える郵便ポストをみることができます。

別窓 | 南アフリカ連邦 | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
 日本シリーズは巨人が優勝
2012-11-04 Sun 12:42
 プロ野球の日本シリーズは巨人が日本ハムを下して日本一となりました。というわけで、きょうは拙著『喜望峰』に掲載の切手の中から“巨人”ネタということで、この1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

         南アUPU75年

 これは、1949年10月1日に南アフリカ連邦(当時。以下、南ア)で発行された“万国郵便連合(UPU)75年”の記念切手で、地球に立つマーキュリーが描かれています。

 1949年はUPUの創立75周年にあたっていました。このため、戦後最初の連合の大会議となった1947年のパリ大会議において、加盟各国は1949年に記念切手を発行するよう、申し合わせがなされました。この結果、1924年の創立50周年に際しては、ドイツ(シュテファンの母国)・スイス(連合事務局の所在地)・スウェーデン・エルサルバドルの4ヶ国しか記念切手を発行しなかったのに対して、今回は、5月16日のスイスを皮切りに、100を超える加盟国から続々と記念切手が発行されることになり、かなりにぎやかなラインナップとなりました。

 ちなみに、パリ大会議には、敗戦国の日本とドイツ、それから会議開催時には独立を達成していなかった韓国が参加できなかったため、連合側では、これら各国も連合国の許可を得れば連合に復帰できることを同会議の最終議定書第17号第2項で規定。これを受け、1948年6月、わが国はUPUへの復帰を果たしています。

 さて、今回ご紹介の南アの切手に取り上げられたヘルメスは、ゼウスとマイアの子でオリュンポス12神の1柱。 旅人、泥棒、商業、羊飼いの守護神で、神々の伝令役であることから通信の象徴ともされており、ギリシャの切手でもおなじみです。ギリシャ切手のヘルメスは顔の部分だけですが、神話では、ヘルメス翼のある帽子とサンダルを身につけ、2匹の蛇が巻き付いた杖(カドゥケウス)を持った若者の姿で描かれることが多く、今回の切手でもそれが踏襲されています。

 なお、切手はアフリカーンス語表示と英語表示の2種連刷ですが、右側の英語表示の切手には、印刷に用いられた版に傷があり、アフリカ大陸の部分に川と湖のような白抜けの部分ができているのがミソです。

 さて、今週土曜日(10日)の午前11時より、東京・池袋で開催される全国切手展<JAPEX>会場内で、拙著『喜望峰』刊行記念のトークイベントを予定しております。収集家にとって喜望峰のシンボルともいうべき“三角切手”の話をはじめ、切手から見えるケープタウンの面白さをいろいろとお話しする予定ですので、ぜひ、遊びに来ていただけると幸いです。


 ★★★ イベントのご案内 ★★★

 ・11月10日(土) 11:00- 全国切手展<JAPEX>
 東京・池袋で開催される全国切手展<JAPEX>会場内で、拙著『喜望峰』刊行記念のトークイベントを予定しております。よろしかったら、ぜひ遊びに来てください。なお、詳細は主催者HPをご覧いただけると幸いです。(展覧会の入場料はかかりますが、入場後、トークへはどなたでも無料でご参加いただけます)


 ★★★★ 内藤陽介の最新刊 ★★★★

         『喜望峰』表紙画像
 
  『喜望峰:ケープタウンから見る南アフリカ』

  いままでなかった喜望峰とケープタウンの物語
  美しい風景とウンチク満載の歴史紀行!!     

 アマゾンセブンネット版元ドットコム楽天ブックスe-honhmvhontoJBOOKlivedoor BOOKSなどで好評発売中!
 
 なお、本書をご自身の関係するメディアで取り上げたい、または、取り上げることを検討したい、という方は、是非、ご連絡ください。資料を急送いたします。

 
 ★★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★★

 郵便物の受け取りには欠かせないのが郵便ポストです。世界各国のありとあらゆるデザインポストを集めた郵便ポストの辞典ポストショップオンラインは海外ブランドから国内製まで、500種類を超える郵便ポストをみることができます。

別窓 | 南アフリカ連邦 | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
 ファイターズがV
2012-10-02 Tue 22:49
 プロ野球のパ・リーグは、きょう(2日)、北海道日本ハムファイターズが3年ぶり6度目(前身の東映時代含む)の優勝を果たしました。というわけで、“ファイターズのV”にちなんで、この切手です。(画像はクリックで拡大されます)

       南ア・第二次大戦勝利

 これは、1945年12月3日、南アフリカで発行された第二次大戦勝利の記念切手のうち、Vの字を背景に国旗を掲げる戦士を描いた1ペニー切手で、左側が英語表示、右側がアフリカーンス語表示の連刷です。

 1910年に発足した南アフリカ連邦の初代首相には、ボーア戦争後、旧トランスヴァールの首相を務めたルイス・ボータが就任し、1919年にボータが急死した後はボーア戦争の軍事的英雄で第一次大戦の指揮官でもあったヤン・スマッツが政権を継承しました。これに対して、白人至上主義を唱えるジェームズ・バリー・ミューニック・ヘルツォークらは、ボータならびにスマッツの南アフリカ党政権が親英的で黒人に対して譲歩しすぎると批判。1914年、国民党を結成します。

 ヘルツォークの国民党は1924年の総選挙で政権を獲得し、新国旗の制定などアフリカーンス民族主義の制作を推進するとともに、白人労働者にのみ労働者の権利を認める(=黒人およびカラードの労働者には権利を認めない)産業調整法を制定するなど、黒人とカラードの犠牲の上に白人の権利を確保する セグレゲーション(隔離)政策を強烈に推進しました。

 1929年、世界大恐慌が起こると、南ア経済も深刻な打撃を受けたため、国難を打開するには超党派の連立政権を樹立すべしとの声が高まり、1933年、国民党と南アフリカ党は合同し、あらたに統一党(連合党とも)が結成されました。首相の地位には、ヘルツォークがそのまま留まります。

 しかし、旧国民党内の強硬派は、対英協調路線を掲げるスマッツら旧南アフリカ党との連立を潔しとせず、1934年、ダニエル・フランソワ・マランを党首として純正国民党を結成しました。

 1939年、ヘルツォークに代わり、再び政権を掌握したスマッツは、英連邦、すなわち連合国の一員として第2次大戦に参戦することを決定。第2次大戦は連合国側の勝利に終わり、南アは戦勝国としての地位を確保します。今回ご紹介の切手は、そのことを記念して発行されたものです。

 その一方で、戦争を銃後で支えた黒人の発言力も増大。連合党がこれに譲歩の姿勢を示すと、もともと、第二次大戦への参戦そのものにも反対していたマランの国民党は連合党政権の“対英従属・アフリカーナー軽視”を徹底的に批判し、1948年の総選挙では、マランの率いる国民党が第一党に躍進。政権を獲得してしまいました。

 このときの選挙キャンペーンとして、国民党が大々的に掲げたのが、アフリカーンス語で分離ないしは隔離を意味する“アパルトヘイト”のスローガンで、南アは世界最悪の人種差別主義国家への道を歩んでいくことになるのです。

 さて、毎年秋に刊行している彩流社の<切手紀行シリーズ>の第5巻として今月末に刊行予定の拙著『喜望峰:ケープタウンから見る南アフリカ』は、ケープタウンと喜望峰を中心に、今回ご紹介の第2次大戦やアパルトヘイトの話を含む南アフリカの歴史をさまざまな角度から切手や郵便物、絵葉書などで再構成した歴史紀行です。すでにアマゾンでは予約の受け付けも始まりました。実物が出来上がってきましたら、このブログでもご案内いたしますので、なにとぞよろしくお願いします。


 ★★★ 内藤陽介、カルチャーセンターに登場 ★★★
   
 10月から、下記の通り、首都圏各地のよみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)で8月の韓国取材で仕入れたネタを交えながら、一般向けの教養講座を担当します。詳細につきましては、青色太字をクリックしてご覧いただけると幸いです。皆様のご参加を心よりお待ちしております。(掲載は開催日順)

 T-moneyで歩くソウル歴史散歩 
・よみうりカルチャー荻窪
 10月30日、12月4日、1月29日、2月5日、3月5日 13:00-14:30
 * 10月2日のお試し講座は無事終了いたしました。ご参加いただきました皆様、ありがとうございました。
 
・よみうりカルチャー北千住
 10月17日、12月19日、1月16日、2月20日、3月20日 13:00-15:00


 ★★★★ 電子書籍で復活! ★★★★

 歴史の舞台裏で飛び交った切手たち
 そこから浮かび上がる、もうひとつの昭和戦史

         切手と戦争

   『切手と戦争:もうひとつの昭和戦史』
    新潮社・税込630円より好評配信中!
    出版元特設HPはこちらをクリック

 ★★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★★

 郵便物の受け取りには欠かせないのが郵便ポストです。世界各国のありとあらゆるデザインポストを集めた郵便ポストの辞典ポストショップオンラインは海外ブランドから国内製まで、500種類を超える郵便ポストをみることができます。

別窓 | 南アフリカ連邦 | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
| 郵便学者・内藤陽介のブログ | NEXT
copyright © 2006 郵便学者・内藤陽介のブログ all rights reserved. template by [ALT-DESIGN@clip].
/