内藤陽介 Yosuke NAITO
http://yosukenaito.blog40.fc2.com/
World Wide Weblog
 モザンビークの鉄道
2017-03-16 Thu 14:36
 今月13日からきょう(16日)まで日本を訪問中のモザンビークのフィリペ・ジャシント・ニュシ大統領が、きのう(15日)、安倍首相との会談後、両陛下とも会見したそうです。というわけで、モザンビーク鉄道港湾公社出身の大統領にちなんで、今日は、こんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      モザンビーク会社領・ベイラ鉄道はがき

 これは、1904年、モザンビーク会社領で発行された葉書で、ザンベジ川の鉄橋を渡るベイラ鉄道が取り上げられています。

 1822年、ポルトガルにとってドル箱の植民地だったブラジルが独立すると、ポルトガル国内では政治の混乱が続き、経済も低迷。国家財政も急速に悪化し、ポルトガルは鉄道や鉱山の利権を担保に英国から借金を重ねました。

 こうした経緯を経て、19世紀後半、列強諸国によるアフリカ分割の過程で、ポルトガルはモザンビークとアンゴラを横断する“バラ色地図計画”を発表したものの、1890年には英国の圧力で現在のザンビアジンバブエマラウイに相当する地域の領有を断念し、1891年の条約で“ポルトガル領モザンビーク”の領域が確定されます。

 さらに、1891年、ポルトガルは英仏資本の勅許会社、モザンビーク会社ニアサ会社に対して、ポルトガル植民地政庁の裁判所の運営経費を負担し、宗教活動に援助することを条件に、50年間、両者の“会社領”とされた地域において司法権を除く各種の権利(警察権や徴税権、通貨発行権や郵便事業、鉄道建設、鉱山開発、農場経営などの権利)を与えます。

 このうち、モザンビーク会社領とされたのは、現在のモザンビーク中央部、マニッカ州およびソファラ州に相当する地域で、同社の植民地経営の拠点となったのが、港湾都市のベイラでした。
 
 なお、モザンビークには、中部のベイラの他、マプート、ナカラ、ケリマネ、ペンバ、パライアの計6ヵ所の港湾がありますが、そのうち、北部の拠点となるのがナカラ、中部がベイラ、南部がマプートです。これらの港湾は周辺内陸国からの商品作物や鉱産資源の積出港となっていたため、港湾と併せて鉄道が整備されることになりました。ニュシ大統領が以前勤めていた鉄道港湾公社という組織は、こうした事情から生まれたものです。なお、主要な3港湾から後背地域へのアクセス経路はナカラ回廊、ベイラ回廊、マプート回廊と呼ばれています。

 今回ご紹介の葉書に取り上げられているベイラ鉄道は、1892年、モザンビーク会社がベイラから内陸のイギリス南アフリカ会社領のムタレ(現・ジンバブエ。ベイラから290km、モザンビーク会社領との境界からは8km)までの区間で建設を開始し、1898年に開通しました。20世紀初頭には、英領ケープ植民地(現・南アフリカ共和国)のフライバーグやソールズベリー(現・ジンバブエの首都ハラレ)を結ぶ鉄道路線と接続して南東アフリカにおけるイギリスの物流を支える大動脈となり、ベイラは域外に輸出する物心の集散地として経済的に繁栄しました。

 さらに、ボーア戦争後、ポルトガル領東アフリカに対する英国の介入は一層露骨になって、ベイラ港の港湾施設や鉄道は、モザンビーク会社からイギリス南アフリカ会社へ譲渡されただけでなく、両社の間では役員の交換も行われて一体化が進みます。またモザンビーク会社は南ローデシアトランスヴァールで南アフリカ会社が経営する鉱山に、黒人労働者を送り込み、最盛期にはモザンビークから年間10万人が出稼ぎに行きました。

 モザンビークの鉄道網は、独立後の内戦で大きな打撃を受け、その後の修復が不十分な状況が続いきましたが、近年、日本を含む各国の支援により、モザンビーク・マラウィ両国にまたがるナカラ鉄道の682kmの既存鉄道路線の整備と230kmの路線新設(ナカラ港における石炭ターミナルの新設・一般貨物ターミナルの整備を含む)が進められており、今後の地域開発と産業振興が期待されています。


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 キリンが絶滅危惧種に
2016-12-09 Fri 12:53
 国際自然保護連合(IUCN、本部・スイス)は、きのう(8日)、絶滅の恐れがある動植物を記載した「レッドリスト」の最新版を発表しましたが、その中で、キリンが新たに絶滅危惧種として指定されました。農業や鉱業開発で生息する場所の環境が破壊されたり、密猟されたりして、過去30年間でキリンの個体数は4割減少したそうです。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      ニヤサ(1901.キリン)

 これは、1901年、ポルトガル領東アフリカ(現モザンビーク)のニヤサ(ニアサとも)会社領が発行した切手で、キリンを描く切手としては世界最初の1点とされています。

 現在のモザンビーク国家に相当する領域は、16世紀末のヴァスコ・ダ・ガマの航海以来、喜望峰経由でインドへ進出したポルトガルが中継地として確保したていましたが、ポルトガル人は、ながらく沿岸部に拠点を築くだけで、内陸部は放置していました。

 1822年、ポルトガルにとってドル箱の植民地だったブラジルが独立すると、ポルトガル国内では政治の混乱が続き、経済も低迷。国家財政も急速に悪化し、ポルトガルは鉄道や鉱山の利権を担保に英国から借金を重ねて行きました。

 こうした状況の中で、19世紀後半、列強諸国によるアフリカ分割の過程で、ポルトガルはモザンビークとアンゴラを横断する“バラ色地図計画”を発表したものの、1890年には英国の圧力で現在のザンビア、ジンバブエ、マラウイに相当する地域の領有を断念し、1891年の条約で“ポルトガル領東アフリカ”の領域が確定されました。これが、現在のモザンビークの領域となります。なお、同じく1891年にはポルトガルは英仏資本の勅許会社、モザンビーク会社とニアサ会社に対して、ポルトガルの植民地政庁に対して、裁判所の運営経費や宗教活動への援助を負担する代償として、司法権を除く各種の権利(警察権や徴税権、通貨発行権や郵便事業、鉄道建設、鉱山開発、農場経営などの権利)開発を与えました。

 このうち、ニアサ会社が行政権を掌握していたのは、モザンビーク北部、ドイツ領東アフリカ(現タンザニア)との国境に接するの20万平方キロの地域です。ちなみに、英国は、ポルトガルがさらなる借款を申し込んできた際には、英独でポルトガル領モザンビークを南北に分割・領有する密約を1898年にドイツと結んでいましたが、翌1899年にボーア戦争が勃発すると、英国は、ポルトガル領内における英軍の通行券と引き換えに、ポルトガル領の保全を約束したため、ニアサ会社の領域が英領に組み込まれることはありませんでした。

 さて、ニアサ会社では、1895年、域内の郵便事業を展開するため、英国製の切手(額面合計で約1億5800ヘアイス相当)を準備しました。しかし、英葡間の協定では、同社が支配地域で郵便事業を展開する場合には、ポルトガル製の切手を使用しなければならないとの条項があったため、ポルトガル側は英国製の切手の使用を認めず、これらの切手は廃棄されています。

 ニヤサ会社領としての最初の切手は、1898年、ポルトガル領モザンビーク切手に“NYASSA”と加刷して発行されました。その後、切手に関して英葡間の妥協が成立し、ポルトガル国王カルロス1世の肖像を入れるという条件で、ロバート・エッジカンブが原画を制作し、ロンドンのウォータールー&サン社で印刷した英国製の切手が、1901年から発行されました。今回ご紹介の切手はそのうちの1枚で、同時に発行された13種の切手のうち、50ヘアイス以下の低額面がキリン、75ヘアイス以上の高額面が駱駝のデザインとなっています。

 
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 * 8月6日付『東京新聞』「この人」欄で、内藤が『リオデジャネイロ歴史紀行』の著者として取り上げられました!

       リオデジャネイロ歴史紀行(東京新聞)


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 世界の国々:モザンビーク
2015-12-02 Wed 10:32
 アシェット・コレクションズ・ジャパンの週刊『世界の切手コレクション』2015年12月2日号が先週刊行されました。僕が担当したメイン特集「世界の国々」のコーナーは、今回はモザンビークの特集です。その記事の中から、この1点をご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

モザンビーク・英雄広場

 これは、1979年にモザンビークで発行された独立4周年の記念切手で、首都マプートの英雄広場外壁に描かれた巨大な歴史壁画が取り上げられています。

 壁画はポルトガル人の上陸とそれに対する先住民の抵抗を描くところから始まり、独立戦争の末、1975年に独立が達せられるまでを独自のスタイルで表現した印象的なもので、切手は、長大な壁画の一部分を抜き出して再構成しており、左から、①植民地支配下での先住民族に対する虐待、②独立運動組織・モザンビーク解放戦線(FRELIMO)の結成と指導者モンドラーネ、③独立闘争の展開とモンドラーネの死、④最後の戦闘、⑤初代大統領マシェルの独立宣言、の場面が取り上げられています。

 ちなみに、実際の壁画はこんな雰囲気です。

      マプト・英雄広場A  マプト・英雄広場B

 英雄広場はマプートの空港にも近い場所にあって、周辺には軍の施設もあるため、撮影には事前の許可申請が必要です。ところが、2010年にマプートを訪ねた際、僕はそのことを知らずに写真を撮ってしまったため、警備の兵士に咎められ、司令部に連行されて将校の尋問を受けることになりました。

 その時は、ある程度、モザンビーク史についてのにわか勉強をしていましたので、「自分は日本の作家で、日本でモザンビークについての本を書きたいと思っている。いま、たまたま車でここを通りかかったのだが、この壁画を見て非常に感銘を受けた。FRELIMOの独立運動やモンドラーネ将軍、マシェル大統領の活動(ここで、年号やら具体的な事件やらを交えて説明)をわかりやすく表現しており、日本の読者にモザンビークとその歴史を理解してもらう上で、最良の教材だと思うので写真を撮った。軍事機密に触れるものが写っていたらデータは削除するので、ご理解いただけないだろうか」と縷々説明したところ、将校は写真をチェックして問題がないことを確認したうえで、「君のいうことはよくわかったし、わが国のことをよく勉強しているのも感心した。しかし、この場所の撮影には、事前に内務省の許可がいる。次は必ず、事前に許可を取ってきてほしい。必要なら、私の名前を出してもらって構わない」と言われて解放されました。なお、別れ際に、その将校から「本ができたらぜひ1冊送ってほしい」ともいわれましたが、肝心の送り先は聞きそびれてしまいましたし、なにより、現在なお、モザンビークについての本を書くという企画が全く進行していないので、いささか心の痛みを感じております。

  さて、 『世界の切手コレクション』12月2日号の「世界の国々」では、モザンビークの歴史についてまとめた長文コラムに加え、第二次大戦中の日米交換船のマテリアルヴァスコ・ダ・ガマが訪れたモザンビーク島の切手、独立の英雄モンドラーネや日本にも輸出されているエビ漁の切手などもご紹介しています。機会がありましたら、ぜひ、書店などで実物を手に取ってご覧ください。

 なお、今週発売の12月9日号では「世界の国々」はソ連の特集で、僕が原稿を書いていますが、こちらについては、来週以降、このブログでもご紹介する予定です。 
     

 ★★★ 内藤陽介の新刊  『ペニー・ブラック物語』 のご案内 ★★★ 

       ペニーブラック表紙 2350円+税

 【出版元より】
 若く美しい女王の横顔に恋しよう!
 世界最初の切手
 欲しくないですか/知りたくないですか

 世界最初の切手“ペニー・ブラック”…名前は聞いたことがあっても、詳しくは知らないという収集家も多いはず。本書はペニー・ブラックとその背景にある歴史物語を豊富なビジュアル図版でわかりやすく解説。これからペニー・ブラックを手に入れたい人向けに、入手のポイントなどを説明した収集ガイドもついた充実の内容です。

 発売元の特設サイトはこちら。ページのサンプルもご覧いただけます。

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       アウシュヴィッツの手紙・表紙 2000円+税

 【出版元より】
 アウシュヴィッツ強制収容所の実態を、主に収容者の手紙の解析を通して明らかにする郵便学の成果! 手紙以外にも様々なポスタルメディア(郵便資料)から、意外に知られていない収容所の歴史をわかりやすく解説。

 出版元のサイトはこちら。各書店へのリンクもあります。

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 鶴見俊輔と逆コース
2015-07-25 Sat 11:43
 リベラル派の重鎮として知られた哲学者の鶴見俊輔氏が今月20日に亡くなっていたことが、きのう(24日)、明らかになりました。享年93。謹んでご冥福をお祈りいたします。で、鶴見氏がらみということで、こんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      日米交換船(モザンビーク)   日米交換船(モザンビーク・裏)

 これは、1942年7月25日、第1次日米交換船で帰国した米国人(鶴見氏は、これとは逆のルートで日本に帰国)が寄港地のロレンソ・マルケス(現マプート)から香港宛に差し出したものの、送達不能で差出人戻しとなったカバーとその裏面(見やすいように向きは変えてあります)です。

 いわゆる太平洋戦争の開戦に伴い、日本の勢力圏内では、敵国籍の外国人は隔離収容され、その多くは交換船に乗せられてそれぞれの母国へと帰国しました。同様に、敵国となった連合諸国からも引き揚げてくる日本人を乗せた交換船が出航し、双方は中立国の港で落ち合って乗客・物資を交換しています。

 日米間での帰国船は、1942年と1943年の2回運航されましたが(1945年の第3次帰国船は計画の実で実現せず)、このうち、1942年の第1次交換船に関しては、日本側は6月17日に横浜を出港した浅間丸と同28日に上海を出港したイタリア船コンテ・ヴェルデ号が7月22日にポルトガル領東アフリカ(現モザンビーク)のロレンソ・マルケスに入港。米国側は、6月18日にニューヨークを出航したスウェーデン船グリップスホルム号が7月20日にロレンソ・マルケスに入港。ここで、お互いの帰還者を交換し、北米諸国からの帰還者は浅間丸へ、中南米諸国からの帰還者はコンテ・ヴェルデ号へ乗船し、日本およびその勢力圏内からの帰還者はグリップスホルム号に乗船。浅間丸とコンテヴェルデ号は、7月26日にロレンソ・マルケスを出航し、途中、タイ人を下船させるために昭南を経由してし、8月20日に帰国、グリップスホルム号は7月28日にロレンソ・マルケスを出港して8月25日にニューヨークに帰港しました。

 今回ご紹介のカバーは、差出人の住所表示から浅間丸もしくはコンテヴェルデ号に乗ってロレンソマルケスにやってきた米国人が、到着後の7月25日、現地から香港宛に差し出されたものです。横浜に向かう浅間丸とコンテヴェルデ号の出港は翌26日でしたので、そのどちらかに搭載されていれば日本占領下の香港にも無事配達されたのでしょうが、途中で連合国側の南アフリカ連邦の開封・検閲を受け、「(日本占領下の香港宛の郵便物は)取り扱い停止」として差出人戻しになっていますから、浅間丸には間に合わなかったと見るのが妥当だと思われます。

 さて、日米交換船の寄港地であるロレンソ・マルケス(マプート)については、前々から個人的に興味を持っており、2010年には、ヨハネスブルクで開催された世界切手展<JOBURG 2010>の終了後、実際に何日か現地に滞在して、いろいろと取材したこともあります。いずれは、ロレンソ・マルケスをテーマにした本も作りたいのですが…。

 
 ★★★ 内藤陽介の最新刊  『日の本切手 美女かるた』  好評発売中! ★★★ 

        税込2160円

 4月8日付の『夕刊フジ』に書評が掲載されました!

 【出版元より】
 “日の本”の切手は美女揃い!
  ページをめくれば日本切手48人の美女たちがお目見え!
 <解説・戦後記念切手>全8巻の完成から5年。その著者・内藤陽介が、こんどは記念切手の枠にとらわれず、日本切手と“美女”の関係を縦横無尽に読み解くコラム集です。切手を“かるた”になぞらえ、いろは48文字のそれぞれで始まる48本を収録。様々なジャンルの美女切手を取り上げています。

 出版元のサイトはこちら、内容のサンプルはこちらでご覧になれます。ネット書店でのご購入は、アマゾンboox storee-honhontoYASASIA紀伊國屋書店セブンネットブックサービス丸善&ジュンク堂ヨドバシcom.楽天ブックスをご利用ください。


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 モザンビークのワニ
2015-01-13 Tue 23:19
 モザンビーク北西部のテテ州で行われた葬儀で、自家製の伝統酒フォンベを飲んだ人が次々と中毒症状を起こし、昨日(12日)までに69人が死亡。依然として30人以上が入院し、治療を受けているそうです。原因としては、フォンベに非常に毒性の強いワニの胆汁が混入していた可能性があるとか。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      モザンビーク会社・ワニ

 これは、1937年にモザンビーク会社領で発行されたワニの切手です。

 ヴァスコ・ダ・ガマの航海以来、現在のモザンビーク沿岸はポルトガルのインド洋進出の重要な拠点となっていましたが、内陸の開発はながらく放置されていました。

 列強諸国によるアフリカの分割が進む中で、1891年、財政破綻に陥っていたポルトガルは、借款の担保として、英仏資本のモザンビーク会社にモザンビーク中央部の行政権を与えます。同社には警察権や徴税権、通貨発行権や郵便事業権などが与えられ、鉄道の建設や鉱山の開発、農場経営などがすすめられましたが、司法権はポルトガルのモザンビーク政庁が保持し、裁判所の運営経費などは同社が負担していました。

 さて、今回問題となったテテ州は、旧モザンビーク会社領に含まれる地域ではないのですが、旧モザンビーク会社領とは隣接する地域ですので、現地には、この切手に描かれているようなワニが実際にいるのかもしれません。まぁ、ワニ肉というのは種類によっては食用にもなりますので、今回のお酒の中毒も、素人が食肉の処理を誤った結果ということなのかもしれません。それにしても、「フグは喰いたし 命は惜しし」とは聞いたことがありますが、それがワニに置き換わることもあるとは思いもよりませんでしたな。

 
 ★★★ イベント「みんなで絵手紙」(2月8日)のご案内 ★★★

      狛江絵手紙チラシ・表     狛江絵手紙チラシ・裏

 2月8日(日) 10:00-17:00に東京・狛江のエコルマホールにて開催のイベント「みんなで絵手紙 見て、知って、書いて、楽しもう」のトークイベントに内藤陽介が登場します。内藤の出番は13:30-14:15。「切手と絵・手紙」と題してお話しする予定です。是非、遊びに来てください。主宰者サイトはこちら。画像をクリックしていただくと、チラシの拡大画像がごらんになれます。


 ★★★ 講座「切手と郵便物に刻まれた“終戦”」(2月20日)のご案内 ★★★ 

       ミズーリの消印

 2月20日13:00~14:30、愛知県名古屋市の栄中日文化センターで、「切手と郵便物に刻まれた“終戦”」と題する講座を行います。

 2015年は第二次世界大戦の終戦から70周年にあたります。終戦の年の1945年はあらゆる意味で社会が激変した年ですが、その影響は切手や郵便物にもさまざまな痕跡を残しています。今回の講座では、当時の切手や郵便物を読み解いていくことで、一般の歴史書では見落とされがちな終戦の諸相を、具体的なモノの手触りとともに明らかにしてみたいと思っています。

 詳細は、こちらをご覧ください。(画像は、日本の降伏文書調印が行われた米軍艦ミズーリ号から降伏文書調印日に差し出された郵便物の一部分です) 

 
 ★★★ よみうりカルチャー荻窪の講座のご案内 ★★★

 毎月1回(原則第1火曜日:2月3日、3月3日、3月31日)、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で下記の一般向けの教養講座を担当します。

 ・イスラム世界を知る 時間は15:30-17:00です。

 次回開催は2月3日で、途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


 ★★★ 内藤陽介の最新刊  『朝鮮戦争』好評発売中! ★★★ 

        朝鮮戦争表紙(実物からスキャン) 本体2000円+税

 【出版元より】
 「韓国/北朝鮮」の出発点を正しく知る!
 日本からの解放と、それに連なる朝鮮戦争の苦難の道のりを知らずして、隣国との関係改善はあり得ない。ハングルに訳された韓国現代史の著作もある著者が、日本の敗戦と朝鮮戦争の勃発から休戦までの経緯をポスタルメディア(郵便資料)という独自の切り口から詳細に解説。解放後も日本統治時代の切手や葉書が使われた郵便事情の実態、軍事郵便、北朝鮮のトホホ切手、記念切手発行の裏事情などがむしろ雄弁に歴史を物語る。退屈な通史より面白く、わかりやすい内容でありながら、朝鮮戦争の基本図書ともなりうる充実の内容。

 本書のご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、アマゾン他、各電子書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。

 *8月24日付『讀賣新聞』、韓国メディア『週刊京郷』8月26日号、8月31日付『夕刊フジ』、『郵趣』10月号、『サンデー毎日』10月5日号で拙著『朝鮮戦争』が紹介されました!


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 カラシニコフ没す
2013-12-24 Tue 11:47
 自動小銃“AK-47”の生みの親として知られるロシアの銃器設計者、ミハイル・カラシニコフ氏(以下、敬称略)が、きのう(23日)、ウラル地方のイジェフスクの病院で亡くなりました。享年94。謹んでご冥福をお祈りいたします。というわけで、きょうはこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

       モザンビーク独立3周年

 これは、1978年にモザンビークが発行した独立3周年の小型シート(単片の記念切手4種を収めた無目打のモノで、目打状の印刷あり)で、右上の切手にはモザンビークの国章(当時)が、左上にはモザンビーク国旗(当時)が取り上げられています。余白には、初代大統領のサモラ・マシェルによる独立宣言の写真が印刷されています。

 現在のモザンビークの国旗と国章は、切手に取り上げられたものとは若干違うのですが、(モザンビーク政府の説明による)基本的なコンセプトとして、国民の連帯(と社会主義)を示す星、独立への苦闘(あるいは国土の防衛と警備)を示すAK-47、農業と農民を示す鍬、工業と労働を示す歯車、教育を示す本というシンボルは変わらずに受け継がれています。

 描かれている“AK-47”については、モザンビーク独立戦争が始まったのが1964年であることから、厳密にいうと、1949年にソ連軍が正式化したオリジナルのAK-47ではなく、その改良型として1959年に正式化されたAKMをシンボル化したものではないかと思います。ただし、AKMを含め、AK-47から派生した同系統の銃については、一般にAK-47と総称されることも多いので、モザンビーク政府の説明についても、目くじらを立てることもなさそうです。いずれにせよ、AK-47が、一国の国旗・国章に独立の象徴として描かれるほどの重要な存在であったことは記憶にとどめておいてよいでしょう。

 AK-47を設計したカラシニコフは、1919年11月生まれ。独ソ戦が勃発すると戦車長として従軍しましたが、1941年10月に重傷を負いました。この時の経験から、圧倒的な戦闘力のドイツ軍に対抗すべく銃器設計の道を志し、療養中に処女作としてサブマシンガンを設計。この銃自体は軍用として採用されなかったものの、これがきっかけで、当時、ソ連最高の重機設計者として知られていたフィヨドル・バジレヴィッチ・トカレフに才能を認められ、1943年、ソ連最大の兵器工場だったトゥーラ造兵廠に迎えられました。

 トカレフによれば、銃器は緻密・精密な芸術品に近い存在であり、部品と部品の間は「蚊のクチバシも入れるな」「女と抱き合うように密着させよ」という発想に基づいて設計されるべきものでした。しかし、実際の戦場はトカレフの“芸術品”に取ってはあまりにも過酷な環境で、たとえば、薬室にゴミが入ると次の弾が発射できなくなるなどの致命的なトラブルが続出しました。

 そこで、カラシニコフは発想を180度逆転させ、専門教育を受けていない新兵にも扱いやすいよう設計を極端に単純化するとともに、部品と部品の間に“遊び”を作ることで手入れをしやすくしたAK-47を設計しました。新しい銃は、命中精度こそやや劣っていたものの、シンプルな設計ゆえに量産に適していたことに加え、泥汚れなどにも耐える確実な作動性を実現。多くの軍人から信頼を得て、1950年代以降、旧共産圏をはじめ、発展途上国などで急速に普及することになりました。その一方で、ソ連およびロシア政府は、AK-47の製造・売買・使用に関する国際的な規制をほとんど設けていないため、不正な武器ブローカーを通じて、武装民兵、犯罪者、テロリストがAK-47で武装し、世界各国の紛争やテロを悪化させるという負の側面ももたらしています。

 こうした現状に対して、カラシニコフ本人は「銃はあくまで祖国を守るために開発したもので、このような状況は予想しておらず、残念なことである」とコメントしています。このあたりは、ダイナマイトの発明者アルフレッド・ノーベルにも通じるところがありますな。武器イコール悪と短絡的に考えがちな方には、こうした開発者の苦悩はわからないのかもしれませんが…。

 なお、世界の紛争地域にAK-47が蔓延している原因のひとつとして、中国によるAK-47のコピー生産の問題がありますが、この点について、生前のカラシニコフは「中国はライセンス切れにもかかわらず、ロシア政府や関係者にことわりなくAKの生産を続けている。彼らは、買い手さえあればどこにでも売る。それがAKの評価を落とすことになる。開発者としてはきわめて不愉快なことだ。」と嫌悪感をあらわにしていました。このことは、故人の名誉のためにも、決して忘れてはなりますまい。


 ★★★  絵葉書と切手でたどる世界遺産歴史散歩  ★★★

 2014年1月11日・18日・2月8日のそれぞれ13:00-15:00、文京学院大学生涯学習センター(東京都文京区)で、「絵葉書と切手でたどる世界遺産歴史散歩」と題する講座をやります。(1月18日は、切手の博物館で開催のミニペックスの解説)

 新たに富士山が登録されて注目を集めるユネスコの世界遺産。 いずれも一度は訪れたい魅力的な場所ばかりですが、実際に旅するのは容易ではありません。そこで、「小さな外交官」とも呼ばれる切手や絵葉書に取り上げられた風景や文化遺産の100年前、50年前の姿と、講師自身が撮影した最近の様子を見比べながら、ちょっと変わった歴史散歩を楽しんでみませんか? 講座を受けるだけで、世界旅行の気分を満喫できることをお約束します。

 詳細はこちら。皆様の御参加を、心よりお待ちしております。


 ★★★ 予算1日2000円のソウル歴史散歩 ★★★   

 毎月1回、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で予算1日2000円のソウル歴史散歩と題する一般向けの教養講座を担当しています。次回開催は1月7日(原則第1火曜日)で、以後、2月4日と3月4日に開催の予定です。時間は各回とも13:00~14:30です。講座は途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


 ★★★ 内藤陽介の最新作 『蘭印戦跡紀行』 好評発売中! ★★★

 『蘭印戦跡紀行』広告

 日本の兵隊さん、本当にいい仕事をしてくれたよ。
 彼女はしわくちゃの手で、給水塔の脚をペチャペチャ叩きながら、そんな風に説明してくれた。(本文より)

 南方占領時代の郵便資料から、蘭印の戦跡が残る都市をめぐる異色の紀行。
 日本との深いつながりを紹介しながら、意外な「日本」を見つける旅。

 出版元特設ページはこちらです。また、10月17日、東京・新宿の紀伊國屋書店新宿南店で行われた『蘭印戦跡紀行』の刊行記念トークの模様が、YouTubeにアップされました。よろしかったら、こちらをクリックしてご覧ください。


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 東日本大震災から2年
2013-03-11 Mon 14:13
 2011年3月11日の東日本大震災から、今日でちょうど2年です。というわけで、きょうはこんなモノを持て来ました。(画像はクリックで拡大されます)

        モザンビーク・東日本大震災

 これは、昨年、モザンビークで発行された“日本の犠牲者に捧ぐ”と題された小型シートで、東日本大震災が取り上げられています。シートのデザインについては、椙山哲太郎さんのHyper Philatelistの記事に詳しいので、そちらをご参照いただくのがよろしいかと思いますが、とりあえず、シート地の左下部分に取り上げられた「自衛隊員に救出された赤ちゃん」は、震災発生後68時間ぶりに救助された石川彩花さん(当時生後4ヶ月)を抱いている陸上自衛隊の千葉浩司2等陸曹を撮影した報道写真が元になっていることだけ、記録のためにご紹介しておきます。

 さて、椙山さんの記事の後追いというだけではちょっと芸がないので、ここでは、この切手を見て僕なりに考えたことを書いてみたいと思います。

 今回ご紹介の切手を発行したモザンビークは、いわゆる全世界の切手収集家をターゲットに、国内の郵便に使うためではなく、外貨稼ぎのために“いかがわしい切手”を濫発することで知られています。実際、モザンビークの首都、マプトの中央郵便局に行ってみると(その時の体験談はこちらをご覧ください)、そうした“いかがわしい切手”(現地では“フィラテリーの切手”と呼ばれていました)を販売する窓口と、実際に郵便に使うための切手を販売する窓口は完全に別になっており、“フィラテリーの切手”は郵便料金の前納の証紙としては無効とされています。“フィラテリーの切手”と実際に郵便に使える切手はどのように見分けたらよいのか、その基準は現地の郵便局員に聞いても定かではないのですが、常識的に考えて、今回ご紹介の切手は“フィラテリーの切手”と考えるのが妥当だと思われます。

 “フィラテリーの切手”すなわち“いかがわしい切手”というと、コレクターの収集対象としてはそれだけで忌避されることが多いのですが、ちょっと角度を変えて考えてみると、興味深い情報が浮かび上がってきます。

 すなわち、切手の発行を単純に外貨獲得のための輸出ビジネスととらえるのなら、切手の題材は、発行国の国内事情とは無関係に、より国際市場で人気を得られるようなもの、すなわち、より多くの売り上げが見込めるものこそが適切であるということになります。“いかがわしい切手”を発行する国(正確にはそうした切手に発行者としての名義を貸す国)や、そうした切手を企画するエージェントにとっては、どれほど立派な主義主張や思想信条、愛国心などを掲げてみても、“商品”としてその切手が売れないのであれば、全く意味がないからです。

 したがって、“いかがわしい切手”の題材を丹念に分析していけば、どこにそうした切手を買うだけの資金があるのか、マーケットがその時点で何に関心を持っているのか、逆算して理解できるということになります。1964年の東京五輪に際して諸外国が発行した切手の多くが、日本の収集家を意識して日本的な題材を盛り込んだものというよりも、五輪切手のコレクターを意識して純然たるスポーツ切手だったのに対して、1970年の大阪万博に際して諸外国が発行した記念切手の多くが“日本”を強調した内容となっているのは、1964年の時点では“日本”よりも“五輪”の方が金になると彼らが考えていたことの証左ともいえましょう。

 また、近年、中国の経済力が強くなったことで、チャイナ・マネーを意識した“いかがわしい切手”が盛んに発行されているのも同様の事情で、逆に、そうした中国(人)向けの“いかがわしい切手”がいつごろから、どのようなテーマと頻度で発行されてきたのかを丹念にたどってみれば、中国の経済成長と中国人の関心の所在を歴史的にトレースできるはずです。

 こうした観点から今回ご紹介の切手を眺めてみると、この切手を企画したエージェントなりモザンビーク郵政の“フィラテリーの切手”の担当者なりは、日本向けの輸出商品として「自衛隊員に救出された赤ちゃん」というコンテンツが商品価値を持っていると判断したということがわかります。そして、それは、2年前の大震災を通じて、不眠不休で多くの国民のために奮闘してくださった自衛隊員の皆さんに対して、多くの日本人が感謝の気持ちを持っているという至極当然のことを、彼らが見て取った結果といえましょう。

 かつて、悪意を持って“自衛隊を暴力装置”と罵った元官房長官や、反自衛隊活動にはやたらと熱心な前科1犯(詐欺罪)の女性国会議員がいましたが、そういう連中が日本国民の多数派を占めている(と彼らが判断した)のであれば、日本向けの輸出商品にこのようなデザインが取り上げられることはありえません。なんといっても、商売なのですから。

 本来なら、自衛隊の祖国である日本こそ、率先して東日本大震災での自衛隊の活躍を称える切手などを発行して当然なわけですが、現状ではそうなっていないのは、一国民としてなんとも恥ずかしい限りです。来年(2014年)は、1954年7月1日に自衛隊が設立されてから60年という節目でもありますので、なんとか、そうした切手が発行されないものでしょうかねぇ。

 
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 4月から、下記の通り、首都圏各地のよみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)で一般向けの教養講座を担当します。詳細につきましては、各講座名(青色)をクリックしてご覧いただけると幸いです。皆様のご参加を心よりお待ちしております。(掲載は開催日順)

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 4月2日、5月7日、6月4日、7月2日、7月30日、9月3日
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 4月12日、5月10日、6月14日、7月12日、8月30日、9月13日
 (原則・毎月第2金曜日)13:00~14:30
 切手で歩く世界遺産


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 今年11月、ブラジル・リオデジャネイロで世界切手展 <BRASILIANA 2013> が開催される予定です。当初、現地事務局への出品申し込みは2月28日〆切(必着)でしたが、〆切日が3月31日まで延長されました。つきましては、2月14日に締め切った国内での出品申し込みを再開します。出品ご希望の方は、3月20日(必着)で、日本コミッショナー(内藤)まで、書類をお送りください。なお、同展の詳細はこちらをご覧ください。


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 世界漫郵記:ゴア②
2012-11-30 Fri 23:12
 『キュリオマガジン』2012年12月号が出来上がりました。僕の連載「郵便学者の世界漫郵記 インド西海岸篇」は、前回に引き続き、ゴアの2回目です。その記事で使ったモノの中から、こんなモノをもってきてみました。(以下、画像はクリックで拡大されます)

      マンドヴィー川絵葉書(絵面)     マンドヴィー川絵葉書

 これは、ゴア市内を流れるマンドヴィー川を行きかう船を取り上げた1945年の絵葉書です。葉書はポルトガル領モザンビークからポルトガル本国のセトゥーバル宛(7月の着印はありますが、差出時の日附は読めません)で、経由地の南アフリカ共和国(南ア)で検閲を受けたことを示す印が押されています。検閲印の文言は、英語の“PASSED BY CENSOR”とアフリカーンス語(南アのオランダ系白人の言語)の“DEUR DIE SENSOR COEDCRKEUR”というバイリンガルです。

 第二次大戦中、ポルトガルは中立国だったため、ポルトガル領のマカオやゴア、モザンビークは、連合国・枢軸国の双方にとって、物流の重要な拠点となっていました。この葉書の差出人も、ゴアでこの葉書を買ってモザンビークへと移動し、そこから葉書を差し出したのではないかと思われます。
 
 さて、マンドヴィー川では一日に何便か川下りの船が出ていて、僕も、夕暮れ時のクルーズに参加しました。

 18時15分の出発に合わせて、18時ちょうどに船に乗り込むと、白人の老夫婦など、ビデオカメラを構えた観光客の姿がちらほらと見えたのですが、出発の時刻が近づくにつれ、外国人観光客よりも地元の若者と思しきインド人の数が増えて行き、出発時には、満員の船内で、明らかに外国人という風情の人間は圧倒的少数派に転落してしまいます。

 定刻を少し過ぎて船が動き出し、対岸の建物や看板などを見ていたら、突如、ビートの効いた音楽が大音量で鳴りだし、夕陽を背にダンサーたちが踊りだすと、それに合わせて、地元のインド人たちも舞台下のフロアでガンガン踊りだし、船内は一挙にディスコと化し、白人の老夫婦は目をぱちくりさせていたのが印象的でした。

 老夫婦が期待していたのは、遊覧船で川下りをしながら、船から見える建物や景色についての解説を聴き、安手の民族舞踊などを見るという、型通りの“リバー・クルーズ”だったのでしょう。明らかに場違いなスペースに迷い込んでしまった老夫婦には、お気の毒様としか言いようがありませんでしたな。
 
 今回の記事では、インド人のノリノリのダンス空間の様子なども含めて、マンドヴィー川クルーズの様子を取り上げてみました。機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。

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 マプート郵便局訪問記・補遺
2011-03-02 Wed 23:53
 ご報告が遅くなりましたが、雑誌『郵趣』3月号が出来上がりました。僕は「南アフリカ&モザンビーク郵趣事情」と題して、昨年の南アフリカおよびモザンビーク旅行で見聞きしたことをレポートとして寄稿しました。きょうは、そのうちの「マプート中央郵便局訪問記」について、補足しながらご紹介したいと思います。(以下、画像はクリックで拡大されます)

      マプート中郵外観     マプート局入口

 画像左はマプートの中央郵便局の外観で、右はその入り口部分の写真です。建物は、ポルトガル領ロレンソマルケス時代の雰囲気が色濃く残っていますが、外壁の塗装は近年になって塗り直されており、長年にわたって続いた内戦の時代の痕跡は、郵便局に関する限りは感じられません。なお、右の写真の中央の入口から、“LOJA POSTAL”と表示されたブースが見えると思います。そのブースを局内に入って撮影したのが下の画像です。

      マプート中郵内売店

 このブースは局内の売店で、文房具類などと一緒に輸出用の“いかがわしい切手”の類も販売していました。ちなみに、売店の脇には、この売店で売っている“いかがわしい切手”をリーフにまとめて、こんな感じで展示していました。

      マプート中郵の“いかがわしい切手”

 さっそく、売店の店員に「ここで売っている切手を貼って郵便を出したいのだが…」と尋ねてみたのですが、店員は「郵便を出すのなら郵便の窓口へ行ってくれ」と返答。そこで、「この切手は郵便には使えないのか?」と訊いてみたところ、「フィラテリーだから使えない。郵便に使う切手は郵便の窓口で買ってくれ」との返事でした。「それでは、フィラテリーの切手を売っているくらいだから、モザンビーク切手のカタログはあるのか」とも訊いてみましたが、「モザンビークでは切手のカタログは出していない。たしか、アメリカかドイツで世界の切手カタログが出てるはずだから、必要なら、そっちを見てくれ」と言われて、あえなく撃沈されてしまいました。
 
 「そういうことなら…」と、気を取り直して郵便の窓口に行き、日本宛に書留便を出したいと言ってみました。その際、売店の方を指さして「あそこで売っている切手を封筒に貼ってはいけないのか?」と訊いてみましたが、女性局員いわく「封筒に貼るのは構わないけど、あっちの切手はフィラテリーだから、料金は別にこちらの切手で払わないといけません」とのこと。どうやら、海外の郵趣エージェントが企画した“いかがわしい切手”は、モザンビークの場合、郵政当局からも正規の切手とはみなされていないようです。

 さて、日本宛ての書留料金は、232MT(モザンビークの通貨単位は、単数形でメティカル、複数形でメティカス。ただし、ネイティヴの発音だと“メティカシュ”に聞こえます)。1MTが3~4円でしたから(ただし、日本円からの両替はできず、米ドルかユーロ、南アのランドからしか両替できませんでした)、1通700円前後という勘定です。なお、モザンビークでは、2006年7月1日、1000分の1のデノミを行い、旧1000MTが新1MTになりましたが、現在なお、新旧両通貨の切手が混用されています。

 モザンビークの物価からすると、記念のために232MTもの書留便を気前よく差し出す日本人というのは上客のようで、窓口の女性局員は「素敵な切手を選んで貼りましょう」と上機嫌です。彼女が差し出してくれた切手は、モザンビークの民家と動物、大統領が外国要人と握手している場面、SLの4種類でしたが、このうち、SLの切手は、以前は“フィラテリー”として売られていたと思しきモノに新額面を加刷したものでした。また、動物の切手は、“フィラテリー”といわれても違和感のないデザインです。(下の画像は、女性局員が切手を張った封筒を処理している場面です)

      マプート中郵・女性局員

 そこで、「“フィラテリー”の切手と郵便で使う切手はどう見分けるのか?」と訊いてみたのですが、彼女の答えは「この窓口で売っているものは郵便に使えるけれど、あの売店で売っているものは“フィラテリー”で郵便には使えません」の一点張り。どうやら、当人たちにも両者の区別がきちんとついていないようで、“フィラテリー”の切手を貼ってポストに差し出したら、案外、そのまま通ってしまうのかもしれません。

 消印の押印作業で興味深かったのは、高額の切手を貼っていたせいか、書留の原符と切手を張った郵便物を割り印にしていたことです。やはり、高額切手の場合は、途中で切手を剥がしてしまう“事故”が多いということなのでしょうか。

 かくして、差出からほぼ2週間後、わが家に届いたカバーが下の画像です。

      マプートからの実逓便     マプートからの実逓便(裏)

 昨年刊行の拙著『事情のある国の切手ほど面白い』では、いわゆる“いかがわしい切手”(国外の収集家の懐を狙った輸出用のトピカル切手で、実際に郵便に使用することがほとんど想定されていない切手)について、簡単にまとめてみたのですが、モザンビークでの体験は、その実態の一端に触れることができたという点で、実に有意義なものでした。

 なお、これ以外にも、マプートでは旧ロレンソマルケス時代の痕跡を訪ね歩いて、いろいろと興味深い体験をすることができました。いずれ、激動のモザンビーク近現代史についての記述も加えて、『ロレンソマルケス物語』と題して1冊の本にまとめられたらなぁ…と漠然と考えている今日この頃です。
      
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 モザンビーク到着
2010-11-02 Tue 05:53
 現地時間の1日15:00頃、無事にモザンビークの首都・マプトに到着しました。というわけで、きょうはこの1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

         モザンビーク航空
 
 これは、1935年に発行されたモザンビーク会社の航空切手で、モザンビーク第二の都市ベイラ上空を飛ぶ飛行機が描かれています。

 ヴァスコ・ダ・ガマの航海以来、現在のモザンビーク沿岸はポルトガルのインド洋進出の重要な拠点となっていましたが、内陸の開発はながらく放置されていました。

 列強諸国によるアフリカの分割が進む中で、1891年、ポルトガルは英仏資本のモザンビーク会社にモザンビーク中央部の行政権を与え、本格的な開発に乗り出します。同社には警察権や徴税権、通貨発行権や郵便事業権などが与えられ、鉄道の建設や鉱山の開発、農場経営などがすすめられましたが、司法権はポルトガルのモザンビーク政庁が保持し、裁判所の運営経費などは同社が負担していました。

 切手に取り上げられたベイラは、モザンビーク会社領の中心地で、南北ローデシアやニヤサランドからの農産物・鉱産物の積み出し港として繁栄し、現在でもマプト(旧ロレンソマルケス)に次ぐモザンビーク第2の都市となっています。ちなみに、今回、飛行機の窓から写したマプトの街並みはこんな感じでしたが、切手に取り上げられた現在はベイラも似たような雰囲気になってるんでしょうかねぇ。

         マプト上空

 さて、今後の予定としては、4日に南アに再入国してダーバンに向かいますので、モザンビーク滞在は都合3日間です。ヴァスコ・ダ・ガマゆかりのモザンビーク島へ行くのは日程的に無理なのですが、マプトはかつてロレンソマルケスと呼ばれ、郵便史の世界では重要な港湾都市ですから、それなりに、いろいろと興味深い体験ができるのではないかと期待しています。


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 11月13日(土)13:00から、東京・池袋で開催される全国切手展<JAPEX>会場内で、拙著『マカオ紀行:世界遺産と歴史を歩く』刊行記念のトークイベントを予定しております。一般書店での販売は11月25日以降の予定ですが、今回は会場限定での先行発売も行いますので、よろしかったら、ぜひ遊びに来てください。


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