内藤陽介 Yosuke NAITO
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 年賀状の切手
2017-01-04 Wed 10:52
 毎年のことですが、“郵便学者”という看板を掲げて生活している関係から、僕は毎年、年賀状には干支にちなんだ切手を取り上げることにしています。もっとも、ただ単に干支の切手を持ってくるだけではつまらないので、①できるだけ他の人が使いそうにないモノ、②その年の仕事の予告編になりそうなモノ、③可能な限り、干支を取り上げた年賀切手は除く、という基準で選んでいます。きょう(4日)は仕事始めでオフィスで僕の年賀状をご覧になるという方もあると思いますので、今回の年賀状の切手について簡単にご説明いたします。(画像はクリックで拡大されます)

      イスラエル・動物の親子(2010・部分)

 これは、2010年にイスラエルが発行した“動物の親子”のシートの右上の切手とタブ(と耳紙)の部分です。“動物の親子”のシートは、9面構成で、上段3枚がニワトリ、中段3枚がネコ、下段3枚がウサギで、それぞれ、左側が動物の子供を描く切手、中央が親子を描くタブ、右側が親を描いた切手となっています。ちなみに、シートの全体像の画像も下に貼っておきます。

       イスラエル・身近な動物(2010)

 元日のご挨拶でも少し触れましたが、ことしこそは、チャンネルくららで配信中の「きちんと学ぼう ユダヤと世界史」と連動した書籍を刊行せねば…と思っております。また、タイミング的にも、2017年は、英国がパレスチナに“ユダヤ人の民族的郷土”を作ることを支持するとしたバルフォア宣言(1917年)から100年、イスラエル国家建国の根拠とされる国連のパレスチナ分割決議(1947年)から70年、中東現代史の原点ともいうべき第3次中東戦争(1967年)から50年という年回りになっていますので、この機会を逃してはなりますまい。

 さて、人間と鶏の関係は、いまから5000年ほど前、インド東北部から中国西南部にかけての地域で、この地に広く分布するセキショクヤケイを飼い慣らしたのが始まりと考えられています。その後、家禽として鶏を買う習慣は中東から地中海地域に広まり、いかまら2300年ほど前の紀元前4世紀頃には、エルサレムの南西45kmのラキシュで食肉と卵を取るための養鶏が行われていたことが確認されています。

 現在のイスラエルは卵の消費量が多い国で、20世紀には、国民1人あたりの卵の年間消費量(加工食品を含む)が350個程度と、世界で断トツの1位でした。2000年代以降、イスラエル政府は統計データの発表を止めてしまったため、世界の消費ランキングからは外れてしまったものの、イスラエル国民の食生活が大きく変わったわけではないので、現在でもイスラエルが“隠れ1位”の可能性は大いにあります。ちなみに、公開されている統計データによると、2014年の国別の(1人あたり)卵の消費量のランキングは、1位がメキシコの352個、2位がマレーシアの343個で、わが国は329個で3位にランクされています。

 余談ですが、昨年6月、イスラエル国内では、パキスタンからの卵の密輸が警察と税関、イスラエル卵業養鶏協会によって摘発され、国内の食用基準を満たさない4万個が廃棄されるという事件がありました。卵の消費量が世界トップクラスの国ならでは事件といえますが、イスラエルへの卵の密輸相手が、政治的には親アラブ・反イスラエルの姿勢を鮮明にしているパキスタンだったというのも興味深いですな。

 なお、例によって、年賀状の投函は年末ぎりぎりになってしまいましたので、まだお手元に届いていない方もあるかと思います。(ちなみに、拙宅には、明らかに昨年の御用納め以前に投函されたと思しき、オフィスからの年賀状が昨日の夕方にも何通か届きました)

 早々に賀状をお送りいただきながら、僕の賀状がまだ届いていないという方々におかれましては、今しばらくお待ちいただきますよう、伏してお願い申し上げます。
      

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 岩のドームの郵便学(46)
2016-12-04 Sun 20:58
 『本のメルマガ』628号が先月25日に配信となりました。僕の連載「岩のドームの郵便学」では、今回は、1985年にテルアヴィヴで開催された世界切手展<Israphil '85>について取りあげ、その会期初日に発行された記念切手(下の画像。クリックで拡大されます)をご紹介しました。

            イスラエル・Israphil '85

 イスラエルでの世界切手展の開催は建国10年目にあたる1957年9月17-23日にテルアヴィヴで開催された<Tabil '57>が最初のことで、ついで、1974年3月25日から4月2日まで2回目の展覧会として<Jerusalem '73>エルサレムで行われました。1974年の開催であるにも関わらず、展覧会の名称が<Jerusalem '73>となっているのは、当初の会期予定が1973年12月19-30日だったものの、同年10月に第4次中東戦争が勃発したため、会期が延期されたという事情によるものです。

 <Israphil '85>はこれに続くイスラエル3回目の世界切手展の開催で、1985年5月14日から22日まで、テルアヴィヴで改愛されました。今回ご紹介の切手は、その会期初日に発行されたもので、エルサレム旧市街の3宗教の聖地、岩のドーム(イスラムの聖地)、嘆きの壁(ユダヤ教の聖地)、聖墳墓教会(キリスト教の聖地)を一つずつ取り上げています。

 さて、1974年の切手展はエルサレムで開催されたにもかかわらず、記念切手はエルサレムを想起させるデザインではなく、1948年に発行されたイスラエル最初の切手をデザインしたものでした。これに対して、1985年の切手展はテルアヴィヴでの開催にもかかわらず、エルサレムを象徴するデザインとなっているのが興味深いところです。

 1949年、第一次中東戦争の休戦協定により、エルサレムは東西に分断され、3宗教の聖地のある旧市街を含む東エルサレムはヨルダン領に、新市街のある西エルサレムはイスラエル領となりました。これを受けて、1950年、イスラエル議会はエルサレムを首都と宣言して、テルアヴィヴの首都機能を西エルサレムに移転します。

 その後、1967年6月の第三次中東戦争でイスラエルは東エルサレムを含むヨルダン川西岸を占領しましたが、同年11月22日の国連安保理はイスラエルの占領を無効とする安保理決議242を全会一致(中華民国、フランス、イギリス、アメリカ、ソビエト連邦、アルゼンチン、ブラジル、ブルガリア、カナダ、デンマーク、エチオピア、インド、日本、マリ、ナイジェリア)で可決。ただし、同決議では撤退期限は定められず、経済制裁などの具体的なイスラエルへの対抗措置も行われなかったため、イスラエルは決議を無視し、占領地の支配を継続しました。

 こうした事情もあって、東エルサレムの占領を誇示するようなデザインの切手は“平和維持に反する意図をもつ切手”として、そうした切手の貼られた郵便物の逓送を拒否する国もあったほどです。

 1974年にエルサレムで開催された切手展に関しても、そうした事情を反映して、“エルサレム”を想起させるデザインの切手を発行すれば、親アラブ諸国(ソ連東欧諸国など)からの作品の出品やブース出店がキャンセルされる可能性は十分にありました。この切手展に関しては、イスラエル郵政としては、ともかくも世界各国の出品者や郵政機関、切手商を1人でも多くエルサレムに集め、イベントを無事に成功させることで、“イスラエル支配下のエルサレム”という枠組みを認知させることが最優先課題でしたから、余計な摩擦を避けるためにも、“イスラエル最初の切手”という切手収集家・郵政関係者の関心を呼びそうな題材を記念切手に採用したものと考えられます。

 その後も、現在に至るまで安保理決議242は有効であり、国際社会はエルサレムがイスラエルの首都であることを認めていませんが、1979年のイスラエル=エジプト平和条約を経て、1980年、イスラエル議会は、あらためて、東西エルサレムを統合した“統一エルサレム”はイスラエルの永遠の首都であると宣言しました。エジプトとの平和条約により国境が画定し、エルサレムの支配も追認されたというのがイスラエル側の主張です。

 しかし、これに対して同年の国連総会は、安保理決議242が有効であることを改めて確認したうえで、イスラエルによる東エルサレムの占領を非難し、エルサレムを首都としたイスラエルの決定の無効を143対1(反対はイスラエルのみ、棄権は米国など4)で決議しています。

 1985年の切手展がテルアヴィヴで開催されたにもかかわらず、その記念切手がエルサレムを題材としたものとなっていたのも、1980年のエルサレム首都宣言後最初の世界切手展として、東エルサレムがイスラエルの支配下にあること、そして、彼ら自身はエルサレムが首都であると主張していることを、あらためて、全世界の収集家・郵政関係者にアピールする意図が込められていたものと考えるのが妥当でしょう。

 ちなみに、その後も、現在に至るまで、イスラエルはエルサレムを首都と宣言していますが、多くの国はこれを認めておらず、エルサレムに大使館・領事館を置いている国は一つもありません。先日の米国大統領選挙で当選したドナルド・トランプは、選挙期間中、親イスラエルの立場を明確にするため、イスラエル首相のベンヤミン・ネタニヤフ首相に対して「エルサレムは(東エルサレムも含め)イスラエルの不可分で永遠の首都だ」と伝えていますが、同様の“リップ・サービス”は歴代の大統領や大統領候補も繰り返しており、特に目新しいものではありません。
 

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 現存最古の「十戒」、85万$に
2016-11-18 Fri 21:12
 現存最古とみられるモーセの「十戒」を刻んだ石板が、きのう(17日)、米国のオークションに出品され、85万ドル(約9400万円)で落札されました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      イスラエル・石板を受け取るモーセ(1981)

 これは、1981年にイスラエルが発行した『出エジプト記』の切手のうち、シナイ山に登ったモーセが、「十戒」(の刻まれた石板)を授けられ下山する場面が描かれています。タブの部分には、そのことを示す『出エジプト記』第34章29節の文言「(モーセが山を降りて来たとき)その手に二枚のあかしの石の板を持っていた」が記されています。

 さて、現在の一般的なイメージでは、今回ご紹介の切手に描かれているように、「十戒」の石板は、上部がかまぼこ型で、その下に長方形がついている形となっていますが、ユダヤ教やキリスト教の古い時代の古い石板は、今回落札された石板(下の画像)のように、丸みのない長方形でした。上部がかまぼこ型になったのは、中世以降のことで、レプリカとオリジナルの区別を容易にするためとの配慮によるものだそうです。

      最古の十戒の石板(実物)

 今回、落札された石板は大理石製で、縦横61センチ程度の四角形で、重さは52キロ。1913年、オスマン帝国支配下のパレスチナでの鉄道駅建設の際、ヤブネ近郊で発見されました。「十戒」の文言はサマリア語で刻まれていますが、その文字の形状からローマ帝国時代後期またはビザンツ帝国時代の紀元300-500年前後と推測され、それゆえ、現存最古の「十戒」と認定されています。

 石板の落札者は明かされていませんが、石板を出品したリビング・トーラー博物館(ニューヨーク)は、落札者が石板を公共の場に展示することを売却の条件としているため、遠からず、この石板はどこかで展示されることになるはずです。それが、どこになるのか、そちらもちょっと気になりますね。
       

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 HAPPY DIWALI!
2016-10-31 Mon 15:42
 きょう(31日)は、ヒンドゥーの新年のお祝い“ディーワリー”の日です。というわけで、この切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      イスラエル・インドとの国交20年

 これは、2012年11月5日、イスラエルが発行したイスラエル=インド国交20年の記念切手のうち、インドの象徴として、ディーワーリーの灯明を描いた1枚です。

 インド亜大陸には、すでに紀元前10世紀のソロモン王の時代から、象牙や銀の交易のため、ユダヤ人が来訪していたとされています。その後、ローマによって古代イスラエル王国が滅亡させられると、離散したユダヤ人の一部はインドに逃れ、南インドのコーチン北方、クランガノールにはユダヤ人の居住区が成立します。

 ケーララの藩王(地方君主)たちは、比較的異教徒に対して寛大であったこともあって、クランガノールのユダヤ人たちは地元の地方君主と協調関係を築き、香辛料貿易を独占することに成功。彼らはユダヤ教徒としての信仰や伝統を維持しつつも、南インドの生活様式も取り込んでいったため、“ユダヤ人”としては、かなりユニークな存在となりました。

 1341年、クランガノールが水害で壊滅的な打撃を受け、ケーララの中心がコーチンへと移ると、ユダヤ人たちもコーチンへ移住してユダヤ人街を形成。コーチンのユダヤ人コミュニティは20世紀半ばにいたるまで、活況を呈していました。

 一方、インド独立運動の指導者であったガンディーはパレスチナにユダヤ人国家を建国するという計画には批判的で、1947年の国連のパレスチナ分割決議案は反対票を投じており、第一次中東戦争後の1949年に出されたイスラエルの国連加盟申請にも反対しています。ただし、1950年、インドはイスラエルとの正式の国交は樹立しないものの、現実にはイスラエル国家が存在しているという理由で、国家承認はするという微妙な立場を取っています。また、コーチン在住のユダヤ人も、その多くがイスラエルへと“帰還”し、インド国内のユダヤ人コミュニティは急激に縮小しました。

 その後、パレスチナ問題が東西冷戦の文脈に組み込まれていく中で、イスラエルが米国の支援を受けていたのに対して、インドはソ連寄りの姿勢を取っていたことに加え、インド国内には多数のムスリム(の有権者)が存在していたこともあって、インドはイスラエルとは距離を置き続けました。たとえば、、1974年には非アラブ諸国として初めて、PLOをパレスチナの代表として承認していますし、インドはイラク空軍の訓練に協力しています。また、スリランカ内戦に際して、1988年5月、インドの平和維持軍がスリランカに派遣されると、インドに併呑されるのではないかとの恐怖を抱いたスリランカ政府はイスラエルの支援を仰いでいます。

 ところが、1989年、ソ連軍がアフガニスタンから撤退すると、行き場を失ったムジャーヒディーンの一部がインドでテロ活動を展開するようになったため、インドはテロを封じ込めるためにもイスラエルとの関係改善が必要になり、1992年、両国間の正式の国交が樹立されました。今回ご紹介の切手はここから起算して20周年になるのを記念して発行されたものです。
 
 なお、インド=イスラエル国交樹立20周年の記念切手は、今回ご紹介のディーワーリーとあわせてイスラエルの代表的な行事としてハヌカーの切手との2種セットで発行され、インドでも同時に同図案の切手が発行されています。

 
★★★ 講座のご案内 ★★★

 11月17日(木) 10:30-12:00 
 毎日文化センターにて、1日講座、ユダヤとアメリカをやりますので、よろしくお願いします。(詳細は講座名をクリックしてご覧ください) 
  

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 神殿の丘とハラム・シャリーフ
2016-10-16 Sun 16:56
 イスラエルは、きのう(15日)までに、国連教育科学文化機関(ユネスコ)がエルサレム旧市街のユダヤ教とイスラムの両方の聖地について、イスラエルがムスリムの礼拝を制限しているとの決議を採択しただけでなく、決議での聖地の名前がイスラム名の“ハラム・シャリーフ”とだけ記載され、ユダヤ名の“神殿の丘”が表記されなかったことに抗議して、ユネスコへの協力を一時停止すると表明しました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      イスラエル・嘆きの壁(小型シート)

 これは、1979年3月26日、エジプトとの平和条約調印を記念してイスラエルが発行した記念の小型シートで、切手部分には嘆きの壁の割れ目に置かれた手紙が取り上げられています。

 神殿の丘もしくはハラム・シャリーフと呼ばれている場所は、もともとは自然の高台で、紀元前10世紀頃、ソロモン王がここにエルサレム神殿(第一神殿)を建造しました。第一神殿は、紀元前587年、バビロニアにより破壊されましたが、紀元前515年に再建されます。これが第二神殿で、紀元前19年頃、神殿はヘロデ王によって大幅に拡張され、周囲は壁に覆われました。この時の神殿の範囲が現在の“神殿の丘”になります。

 その後、紀元後70年、第二神殿はローマ帝国によるエルサレム攻囲戦によって破壊され、ヘロデ王時代の西壁の幅490m、高さ32m(うち、地上に現れている部分は幅57m、高さ19m)が残るのみとなります。これが、今回ご紹介の切手にも取り上げられた“嘆きの壁”です。なお、この壁に対して各国語で“嘆き”の形容詞が付けられているのは、神殿の破壊を嘆き悲しむため、残された城壁に集まるユダヤ人の習慣を表現したもので、ヘブライ語では“西の壁”と呼ばれています。

 132-135年のバル・コクバの乱(ユダヤ属州でのローマ帝国に対する反乱)の後、ユダヤ教徒は原則としてエルサレムへの立ち入りを禁止され、4世紀以降は1年に1日、例外的に立ち入りを認められるという状況が続いていました。これに対して、638年、いわゆるアラブの大征服の一環として、ムスリムがエルサレムを占領すると、ムスリムの支配下で、ローマ時代以来禁止されていたユダヤ教徒のエルサレムへの立入が認められるようになります。この結果、生活上の権利に一定の制約は設けられたものの、ユダヤ教徒はキリスト教徒とともに、アブラハム以来の一神教の系譜に属する「啓典の民」として、この地でムスリムとともに共存していくことになりました。

 ところで、イスラムでは、エルサレムはメッカメディナに次ぐ第3の聖地とされており、691年には、アラブ系のウマイヤ朝によって、ムハンマドの天界飛翔伝説にちなむ聖なる石を包むように、“神殿の丘”の敷地内に岩のドームが建設されます。当時、メッカはウマイヤ朝の支配に異を唱えるイブン・ズバイルの一派により占領されており、ウマイヤ朝はメッカを回復できないという最悪の可能性も考慮して、ドームの建設を計画したといわれています。

 当然のことながら、“神殿の丘”はユダヤ教にとっての聖地でしたが、正統派のユダヤ教においては、世界の終末に救世主が現れて神殿を再建するまで、ユダヤ教徒は神殿跡に入ってはならないとの教義もあります。したがって、神殿の丘の敷地内にイスラムの聖地としてモスクが建造されても、少なくとも世界の終末までは、ユダヤ教徒にとって実質的なダメージはないというロジックが導き出されることになり、岩のドームを聖地とするムスリムと、嘆きの壁を聖地とするユダヤ教徒住み分けが可能となりました。

 その後、十字軍による侵略はあったものの、ラテン王国(キリスト教徒の占領軍が建国)の消滅後は、キリスト教側も聖地の奪還を断念。聖地への自由な通行権の確保と、現地キリスト教徒の保護を主要な関心とするようになり、エルサレムは三宗教共通の聖地(ただし、その具体的な場所は重ならない)として、ムスリムの支配者の下で、各宗教の信徒が共存する状況が20世紀に入るまで続くことになります。

 神殿の丘を含むエルサレムの旧市街は、英国によるパレスチナ委任統治の終了後、1948-67年にはヨルダンの支配下に置かれ、イスラエル国籍の保有者の立ち入りは禁止されていました。

 1967年の第三次中東戦争により、イスラエルはエルサレム旧市街を占領し、自国領への編入を宣言しましたが、その後も、神殿の丘の管理権はムスリムが維持しているため、敷地内でユダヤ教およびキリスト教の宗教儀式を行うことはできません。

 さて、今回のユネスコの決議は、エジプトやレバノンなどアラブ諸国が提案したもので、委員会を構成する58ヵ国のうち、24ヵ国が賛成、6カ国が反対、26ヵ国が棄権しています。たしかに、イスラエルが第三次中東戦争で占領したエルサレム旧市街から撤退しないことについて、イスラエルを非難するという議論は成り立ちうるのですが、その一方で、ユネスコの職掌である“文化”という観点からいえば、エルサレムが歴史的にユダヤ教・キリスト教・イスラムの3宗教の共通の聖地であることも事実なわけで、その意味では、聖地の名をイスラム名の“ハラム・シャリーフ”とだけ記載し、ユダヤ名の“神殿の丘”を無視するというのは、ユダヤ教徒に対する明らかな挑発行為と言ってよいでしょう。

 なお、今回の決議については、ユネスコのイリナ・ボコバ事務局長も不快感を表明し、「エルサレムの普遍的な価値とユネスコの世界遺産への登録理由は統合にある。それは対話への訴えであり、対立を意味しない」と述べています。決議は18日に行われるユネスコ執行委員会で採決にかけられ、全会一致で可決した場合は採択され、そうでない場合は継続審議となるので、実際には、採択の可能性は低いでしょう。ただ、いわゆる慰安婦問題や南京事件の例を持ち出すまでもなく、ユネスコや世界遺産が各国の政治・イデオロギー闘争の場に堕しているという現状を考えると、そろそろ、それらを全面的に見直すべき時期に来ているのではないかと思わずにはいられませんな。


★★★ イヴェントのご案内 ★★★

 10月29日(土) 13:45-15:15 ヴィジュアルメディアから歴史を読み解く

 本とアートの産直市@高円寺フェス2016内・会場イヴェントスペースにて、長谷川怜・広中一成両氏と3人で、トークイヴェントをやります。入場無料ですので、よろしかったら、ぜひ遊びに来てください。(本とアートの産直市@高円寺については、主催者HPをご覧ください)


★★★ 講座のご案内 ★★★

 11月17日(木) 10:30-12:00、東京・竹橋の毎日文化センターにてユダヤとアメリカと題する一日講座を行います。詳細は講座名をクリックしてご覧ください。ぜひ、よろしくお願いします。 
 

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 世界の国々:イスラエル
2016-07-20 Wed 10:08
 アシェット・コレクションズ・ジャパンの週刊『世界の切手コレクション』2016年7月20日号が先週発行されました。僕が担当したメイン特集「世界の国々」のコーナーは、今回はイスラエルの特集です。その記事の中から、この1点をご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

      イスラエル・貨幣(1948)

 これは、1948年5月16日、イスラエル建国後発行された最初の切手で、古代の貨幣が描かれています。

 1920年7月、英国はパレスチナの委任統治を開始しましたが、在地のアラブ系住民と新たに入植してくるシオニストの対立から、社会状況は安定しませんでした。特に、1933年にドイツでナチスが政権を掌握し、組織的なユダヤ人迫害が始まると、迫害を逃れてパレスチナに流入するユダヤ系移民が急増。このため、英当局はユダヤ系難民の流入を制限しましたが、その結果、シオニスト過激派による反英テロも激化しました。

 第二次大戦後の1947年2月、事態を収拾しきれなくなったイギリスは、問題の解決を国連に一任すると宣言。これを受けて、5月に設立された国連パレスチナ問題特別委員会は、パレスチナにアラブ、ユダヤの二独立国を創設し、エルサレムとその周辺は国連信託統治下に置くというパレスチナ分割案を多数派意見として発表。同案は、同年11月29日、国連決議第181号(パレスチナ分割決議)として採択されます。

 しかし、この内容にはアラブ側が猛反発し、パレスチナ全土で反シオニストの武装闘争が再燃。パレスチナ全土は事実上の内戦に突入します。

 こうした状況の中で、1948年5月15日、パレスチナにおけるイギリスの委任統治期間終了を受けて、ユダヤ人国家・イスラエルの建国が宣言されましたが、これを認めない周辺アラブ諸国はイスラエルに宣戦を布告。イスラエルの独立戦争ともいうべき第一次中東戦争が勃発。これを受けて、米国のトルーマン政権は、即日、主要国の中で最初にイスラエルを承認。ついで、5月17日にはソ連もイスラエルを承認しています。

 今回ご紹介しているイスラエル最初の切手は、こうした状況の下で発行されたわけですが、切手上には「ヘブライ郵便」との表記はあるものの、「イスラエル」との表記がないのは注目に値します。これは、切手の制作時にはまだ新国家の正式な国号が決定されていなかったことによるもので、このことからも、イスラエル国家の建設準備がいかに慌ただしく進められたか、イメージがわいてきます。

 さて、『世界の切手コレクション』7月20日号の「世界の国々」では、シオニズムの発生からイスラエル建国までをまとめた長文コラムのほか、『旧約聖書』の詩篇死海、嘆きの壁、ローシュ・ハッシャナー(ユダヤ暦新年)イスラエル・ワインの切手などもご紹介しております。機会がありましたら、ぜひ、書店などで実物を手に取ってご覧いただけると幸いです。

 なお、「世界の国々」の僕の担当回ですが、次回は、本日発売の7月27号でのベリーズの特集になります。こちらについては、発行日以降、このブログでもご紹介する予定です。


 ★★★ 全日本切手展(+内藤陽介のトーク)のご案内 ★★★

 7月22-24日(金ー日) 東京・錦糸町のすみだ産業会館で全日本切手展(全日展)ならびにオリンピックとブラジル切手展が開催されます。詳細は、主催団体の一つである日本郵趣連合のサイト(左側の“公式ブログ”をクリックしてください)のほか、フェイスブックのイベントページにて、随時、情報をアップしていきますので、よろしくお願いいたします。

      全日展2016チラシ

 *画像は全日展実行委員会が制作したチラシです。クリックで拡大してご覧ください。

 会期中の7月23日15:00から、すみだ産業会館9階会議室にて「リオデジャネイロ歴史紀行」と題するトークイベントを行います。ぜひ、ご参加ください。


 ★★ 内藤陽介の最新刊  『リオデジャネイロ歴史紀行』  8月9日発売! ★★ 

       リオデジャネイロ歴史紀行(書影) 2700円+税

 【出版元より】
 オリンピック開催地の意外な深さをじっくり紹介
 リオデジャネイロの複雑な歴史や街並みを、切手や葉書、写真等でわかりやすく解説。
 美しい景色とウンチク満載の異色の歴史紀行!

 発売元の特設サイトはこちらです。


 ★★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★★

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 プリムの祭日
2016-03-23 Wed 18:43
 きょう(24日)は、ユダヤ暦では5776年アダル月14日、プリム(プーリームとも)の祝祭の日です。というわけで、こんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      イスラエル・プリム(1976)

 これは、1976年にイスラエルで発行されたプリムの切手3種を収めた小型シートです。

 『旧約聖書』「エステル記」によれば、紀元前538年、ユダヤ人はペルシャ帝国によってバビロン捕囚から解放されましたが、その後も、エルサレムに帰還せず、ペルシャ帝国の領内に残ったユダヤ人も少なからずいました。そうした中で、ユダヤ人のモルデガイは、養女のエステルを、彼女がユダヤ人であることを隠したまま、王妃としてペルシャのアハシュエロス王(クセルクセスとも)に嫁がせていました。

 その後、アハシュエロス王の宰相ハマンに対して、敬虔なユダヤ教徒であったモルデガイが敬礼を拒否する事件が発生。これに怒ったハマンは、モルデガイのみならず帝国内のユダヤ人を全員殺害するという勅書を送ります。なお、虐殺の日付は、くじ(プル)によってユダヤ暦のアダル月13日と決められました。

 このため、エステルは決死の覚悟で王に自分がユダヤ人であることを明かし、勅書の取り消しを求めます。これを受けて、王はハマンを処刑し、モルデカイは高官に取り立てられることになりました。

 このエピソードに倣い、ユダヤ人の間では、(毎年)アダル月14日を“ユダヤ人が敵をなくして安らぎを得た日”として、宴会を開いてその日を楽しみ、贈り物を交換することが習慣として定着し、現在に至っているというわけです。

 今回ご紹介の小型シートには、左から「エステル記」の一節とその内容に合わせたイラストが描かれた切手が収められています。物語としては、右→中→左の順で展開されており(やはり、ヘブライ語が右から左へ書くということを意識しているのでしょう)、その具体的な文言の日本語訳は以下の通りです。

 ・右の切手(「エステル記」第1章1-3節) アハシュエロス王が首都スサで、その国の位に座していたころ、 その治世の第3年に、彼はその大臣および侍臣たちのために酒宴を設けた。ペルシャとメデアの将軍および貴族ならびに諸州の大臣たちがその前にいた。

 ・中央の切手(同第2章16-17節) エステルがアハシュエロス王に召されて王宮へ行ったのは、その治世の第7年の10月、すなわちテベテの月であった。 王はすべての婦人にまさってエステルを愛したので、彼女はすべての処女にまさって王の前に恵みといつくしみとを得た。王はついに王妃の冠を彼女の頭にいただかせ、ワシテに代って王妃とした。

 ・左の切手(同第6章11節 ) そこでハマンは衣服と馬とを取り寄せ、モルデカイにその衣服を着せ、彼を馬に乗せて町の広場を通らせ、その前に呼ばわって、「王が栄誉を与えようと思う人にはこうするのだ」と言った。

 ちなみに、 プリムの宴会では、お祝いの表現として、「モルデカイに祝福あれ」と「ハマンに呪いあれ」の区別がつかなくなるまで泥酔することになっているのだとか。僕はユダヤ教徒はありませんが、二つのフレーズが区別がつかなくなるまで泥酔するのは得意なので、ぜひ、参加させてもらいたいですな。


 ★★★ 講座のご案内 ★★★

 ・よみうりカルチャー荻窪 「宗教と国際政治」
 4月から毎月第1火曜の15:30より、よみうりカルチャー荻窪(読売・日本テレビ文化センター、TEL 03-3392-8891)で講座「宗教と国際政治」がスタートします。ぜひ、遊びに来てください。詳細は、こちらをご覧いただけると幸いです。
 

 ★★★ 内藤陽介の新刊  『ペニー・ブラック物語』 のご案内 ★★★ 

       ペニーブラック表紙 2350円+税

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 若く美しい女王の横顔に恋しよう!
 世界最初の切手
 欲しくないですか/知りたくないですか

 世界最初の切手“ペニー・ブラック”…名前は聞いたことがあっても、詳しくは知らないという収集家も多いはず。本書はペニー・ブラックとその背景にある歴史物語を豊富なビジュアル図版でわかりやすく解説。これからペニー・ブラックを手に入れたい人向けに、入手のポイントなどを説明した収集ガイドもついた充実の内容です。

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 ★★★ 内藤陽介の新刊  『アウシュヴィッツの手紙』 のご案内 ★★★ 

       アウシュヴィッツの手紙・表紙 2000円+税

 【出版元より】
 アウシュヴィッツ強制収容所の実態を、主に収容者の手紙の解析を通して明らかにする郵便学の成果! 手紙以外にも様々なポスタルメディア(郵便資料)から、意外に知られていない収容所の歴史をわかりやすく解説。

 出版元のサイトはこちら。各書店へのリンクもあります。

 インターネット放送「チャンネルくらら」にて、本書の内容をご紹介しております。よろしかったら、こちらをクリックしたご覧ください。


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 イエメンのユダヤ人、脱出
2016-03-21 Mon 23:14
 イスラエル当局は、きょう(21日)、内戦下のイエメンに残っていた最後のユダヤ人のうち19人をイスラエル国内へ移送したと明らかにしました。というわけで、こんな切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      イスラエル・イエメンからの移住

 これは、2003年4月27日、イスラエルが発行した“イエメンからの移住”の切手です。

 近代以前のイエメンには、ソロモン王の時代以来、数多くのユダヤ教徒が生活していました。オスマン帝国支配下の1869年、スエズ運河が開通すると、イエメンから東地中海方面へのアクセスは飛躍的に容易となり、イエメンからパレスチナへの移住を希望する者が増加。1881年から1882年にかけて、200-300人のユダヤ人がサナアから集団でエルサレムおよびヤッファ近郊に移住しました。今回ご紹介の切手は、この時のイエメン系移民を題材としたものです。

 その後も、イエメンからパレスチナへの移民は断続的に行われていましたが、1947年に国連でパレスチナ分割決議が採択され、アラブ諸国でこれに対する反発が強まると、アデンでも反ユダヤ暴動が発生し、82人のユダヤ教徒が殺害されました。さらに、1948年に入り、ムスリムの少女2人が殺害されると、これに対する報復としてユダヤ教徒の資産が接収されます。

 一方、1948年に建国を宣言したイスラエル国家は、「全世界に離散したユダヤ人が“民族的郷土”のパレスチナに帰還し、ユダヤ人国家を建設する」というシオニズムを建国の理念としていました。そこで、こうしたイエメン在住のユダヤ教徒の窮状を救い、彼らをイスラエルに移住させるというプランが浮上し、“マジック・カーペット作戦”の名の下に、1949-50年、米英の航空機を利用し、380回に分けて、ザイド派のムタワッキル王国支配地域からの4万7000人、英保護領アデンからの1500人をアデン経由でイスラエルに脱出させました。

 その後も一部のユダヤ人はイエメン国内にとどまっていましたが、その数は1948年以前に比べると激減。今回、19人がイスラエルに脱出したことで、イエメンに残っているユダヤ人の数は約50人になったそうです。また、今回、脱出した人の中には、500-600年前のものと思われる『トーラー』を持っているラビも含まれていたことも報告されています。


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 “空飛ぶ巻物”と税
2016-03-15 Tue 11:05
 所得税の確定申告は今日(15日)までですが、皆さんは無事に済まされましたか?手回し良く2月中に済ませたという方も多いのでしょうが、僕は今年もまた〆切ギリギリ、先ほどようやく書類を提出したところです。というわけで、というわけで、毎年恒例“TAX”ネタの1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

      イスラエル・空飛ぶ巻物(1948)

 これは、1948年9月26日、建国後間もないイスラエルで発行されたユダヤ暦5709年新年を寿ぐ切手で、古代ユダ王国の時代、王への税として納められる油ないしワインの壺に使われた“空飛ぶ巻物”の封印が描かれています。
 
 “空飛ぶ巻物”というと、『旧約聖書』「ゼカリヤ書」第5章で、ユダヤの預言者ゼカリヤが、神の啓示を示す幻として、十戒と、それに違反した場合の罰が記されたと思しき巻物が飛んでいるのを見たとの記述があります。ただし、ゼカリヤは、紀元前6世紀後半、バビロン捕囚(紀元前 597-538年)から帰還してエルサレムでの神殿の再建に取り組んだ人物ですが、“空飛ぶ巻物”のモチーフそのものは、バビロン捕囚以前の古代ユダ王国(紀元前586年に完全滅亡)の時代の詩にも取り上げられています。

 ちなみに、『出エジプト記』第30章には、神がモーセに対して「すべて数に入る者は聖所のシケルで、半シケルを払わなければならない。1シケルは20ゲラであって、おのおの半シケルを主にささげ物としなければならない。」と命じたとの記述があります。シケ(シェケル)というのは、もともとは小麦180粒の質量に相当する度量衡の単位とそれに基づく通貨単位で、時代によってばらつきはありますが、『出エジプト記』では約10グラムと推定されています。ただし、歴史的事実としては、古代のユダヤ社会において貨幣が定着するのはバビロン捕囚以降のことで、古代ユダ王国時代の税は物納だったため、今回ご紹介の切手に描かれたような封印が使われていたわけです。

 さて、インターネット放送「チャンネルくらら」で毎週水曜日に配信中の僕の番組、『ユダヤと世界史』は、昨年4月の配信開始から間もなく1年を迎えます。当初の予定では、番組を10-15回程度配信したところで、その内容をまとめた書籍を昨年秋ごろには出す予定でいたのですが、実際に作業を始めてみると、あまりにもテーマが巨大すぎて、番組の回数は膨らんでしまい、書籍に関しても、どこからどう手を付けたらよいやら、途方に暮れているというのが正直なところです。なんとか、年内には『ユダヤと世界史』の書籍を刊行し、来年の確定申告の時期には、「昨年刊行の拙著の内容に関連して…」というかたちで、ユダヤないしはイスラエル関連の“TAX”ネタの記事を書けるよう頑張りたいと思っておりますので、今しばらくのご猶予をただけると幸いです。
 

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 ・よみうりカルチャー荻窪 「宗教と国際政治」
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 体育の日
2015-10-12 Mon 16:44
 きょう(12日)は“体育の日”です。というわけで、スポーツ切手の中から、この1枚を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      イスラエル・第3回マカビア競技大会

 これは、1950年にイスラエルが発行した第3回マカビア競技大会の記念切手です。

 20世紀初頭ユダヤ人が“国家なき民族”とされていた時代、世界各国のユダヤ人はそれぞれの居住国の代表としてオリンピックに参加していました。こうした中で、ロシアからオスマン帝国支配下のパレスチナに移住したヨゼフ・イェクティエリは、1912年のストックホルム五輪についてのパンフレットを見て、少なからぬユダヤ系アスリートがメダルを獲得していることに感銘を受け、ユダヤ人だけで国際スポーツ大会が開催できないかと考えました。

 その後、第一次大戦を経て英委任統治領パレスチナ(以下、英領パレスチナ)が発足すると、イェクティエリはユダヤ人の国際スポーツ大会の開催に向けて本格的な活動を開始します。シオニストだったイェクティエリは、当初、パレスチナがユダヤ人の“民族的郷土”であることを広く世界に印象付けるためにも、第1回のユダヤ国際スポーツ大会は、西暦129年に起きたバル・コクバの乱(ローマ帝国支配に対しておきたユダヤ属州での反乱で、以後、135年までユダヤ側はエルサレムの支配を回復しました)から1800年にあたる1929年の開催を目指していました。

 しかし、英領パレスチナ当局は、パレスチナへのユダヤ系移民の急増が在地のアラブ系住民との摩擦を引き起こし、社会状況を不安定にしている中で、シオニズムの政治宣伝臭が強い大会の開催はアラブ系住民を不必要に刺激するとして難色を示し、イェクティエリの計画をなかなか承認しませんでした。結局、1931年、親シオニストのアーサー・フォーカプが英国のパレスチナ駐在高等弁務官に任命され、ようやく、計画は承認され、1932年3月に第1回大会が開催されました。ちなみに、競技大会の冠となっている“マカビア”は、紀元前2世紀、シリアの支配下にあったユダヤの独立を達成するマカバイ戦争を指導したユダヤの英雄として旧約聖書外典の『マカバイ記』に登場するユダ・マカバイにちなむものです。

 第1回マカビア競技大会の成功で手ごたえをつかんだイェクティエリは、翌1933年、(英領)パレスチナ・オリンピック委員会を組織。同委員会は、当初、1936年のベルリン五輪に参加する予定でしたが、同年1月にドイツで発足したヒトラー政権の下で、英領パレスチナのユダヤ系選手の五輪参加は拒否されてしまいます。このため、イェクティエリらは、急遽、ユダヤ系アスリートのための代替措置として、テルアビブで第2回マカビア競技大会を開催することを決定。1935年4月、第2回大会が開催されました。

 この先例に倣い、3年後の1938年に第3回大会を開催することが計画されましたが、英領パレスチナ当局は、ナチス・ドイツによるユダヤ人迫害を逃れてパレスチナに流入するユダヤ人が急増し、当局としては移住制限に躍起になっている中で、第3回大会を開催すれば、相当数のユダヤ系不法移民が流入することをおそれ、大会の開催を認めませんでした。

 その後、1939-45年の第二次大戦、1948-49年の第一次中東戦争のため、第3回大会の開催は延び延びになり、1950年になってようやく開催されました。今回ご紹介の切手は、この時の第3回大会の開催に合わせて発行されたもので、1948年に建国宣言したイスラエル国家としては、最初のマカビア競技大会の記念切手となります。


 ★★★ 講座「アウシュヴィッツの手紙」(10月16日)のご案内 ★★★ 

     ポーランド・アウシュヴィッツ解放30年   アウシュヴィッツの労務風景

 10月16日(金) 19:00~20:30、愛知県名古屋市の栄中日文化センターで、「アウシュヴィッツの手紙」と題する講座を行います。

 第二次大戦中、ポーランド南部のアウシュヴィッツ(ポーランド語名・オシフィエンチム)は、ナチス・ドイツの強制収容所が置かれ、ユダヤ人を中心に150万人以上が犠牲となった悲劇の地として知られています。今回の講座では、収容者の手紙を中心に、第二次大戦以前の状況を物語る郵便物・絵葉書、アウシュヴィッツを題材とした戦後の切手などもご紹介しつつ、さまざまな角度からアウシュヴィッツを考えてみたいと思います。

 申込方法など詳細は、こちらをご覧ください。(画像は、ポーランドが発行したアウシュヴィッツ解放30周年の記念切手、右側は収容者による労務風景を取り上げた戦後作成の絵葉書です) 皆様のご参加をお待ちしております。


 ★★★ 内藤陽介の最新刊  『日の本切手 美女かるた』  好評発売中! ★★★ 

        税込2160円

 4月8日付の『夕刊フジ』に書評が掲載されました!

 【出版元より】
 “日の本”の切手は美女揃い!
  ページをめくれば日本切手48人の美女たちがお目見え!
 <解説・戦後記念切手>全8巻の完成から5年。その著者・内藤陽介が、こんどは記念切手の枠にとらわれず、日本切手と“美女”の関係を縦横無尽に読み解くコラム集です。切手を“かるた”になぞらえ、いろは48文字のそれぞれで始まる48本を収録。様々なジャンルの美女切手を取り上げています。

 出版元のサイトはこちら、内容のサンプルはこちらでご覧になれます。ネット書店でのご購入は、アマゾンboox storee-honhontoYASASIA紀伊國屋書店セブンネットブックサービス丸善&ジュンク堂ヨドバシcom.楽天ブックスをご利用ください。


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