内藤陽介 Yosuke NAITO
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 セント・パトリックス・デー
2017-03-17 Fri 18:29
 きょう(17日)は、セント・パトリックス・デー(アイルランドにキリスト教を広めた聖パトリックの命日で、アイルランド最大の祝祭日)です。というわけで、こんな切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      アイルランド・聖パトリックス大隊

 これは、1847年にアイルランドで発行されたセント・パトリックス大隊150年の記念切手です。

 1836年にメキシコから独立したテキサス共和国は、当初から、米国との統合を求める声が強かったものの、米議会では併合慎重派が多数を占めていました。ところが、1844年の米大統領選挙で、テキサス併合を公約に掲げるジェイムズ・ポークが当選。1845年2月、米議会は「1846年1月1日までにテキサス共和国が併合を承認すれば、州として連邦への加盟を認める」とする決議を採択する。これを受けて、テキサス議会は米国への併合に同意。1845年12月、ポークはテキサスを合衆国の州として受け入れる法案に署名します。

 テキサスを併合した米国は、その西側の領土の買収もメキシコに持ちかけましたが、メキシコはこれに猛反発し、1846年5月、米墨戦争が勃発します。

 ところで、開戦後、プロテスタントが主流を占める米軍は、メキシコのカトリックの教会に避難していた人々に対して、容赦なく発砲。このため、もともと、米国社会で不遇をかこっていたアイルランド系カトリック兵約500名は米軍を離脱し、カトリックの進行を同じうするメキシコ軍に合流。彼らは、1846年9月21日のモンテレーの戦い以降、ジョン・ライリー司令官の下、メキシコ軍の砲兵隊“セント・パトリックス大隊(スペイン語名:サン・パトリシオス)”として戦いました。

 セント・パトリックス大隊は、多くの犠牲を出しながらも勇敢に戦いましたが、1847年8月20日のチュルブスコの戦いでは35名の戦死者を出して敗北し、85名が米軍の捕虜となり、“脱走兵”としてタクバヤおよびサンアンヘルの軍事裁判にかけられました。ちなみに、米墨戦争中の米軍の脱走兵は9000人以上いましたが、軍事裁判にかけられて処罰の対象となったのはセント・パトリックス大隊のメンバーだけでした。

 裁判の欠陥、タクバヤの法廷で30名が、サンアンヘルの法廷で20名が反逆罪として絞首刑の判決を受け、1847年9月10日、刑が執行されました。その他の者には、米軍の軍歴がなかった(=“脱走兵”にはならない)ことが証明されて無罪となった2名を除き、裸の背中に50回、鞭打ちをした後、脱走兵(deserter)を示すDの文字を焼き付け、戦争が続いている間は首の周りに鉄のくびきをつけるという判決が下されています。

 米墨戦争は、最終的に、米国の勝利に終わり、1848年2月に結ばれたグアダルーペ・イダルゴ条約により、メキシコは、リオ・グランデ以北、テキサスからカリフォルニアまでの広大な領土をわずか1500万ドルで米国に売却させられました。戦後の1850年、メキシコ軍は、正式に、セント・パトリックス大隊の任を解きましたが、現在なお、メキシコ・アイルランド両国では、彼らは英雄とされており、処刑後150周年の節目には、今回ご紹介のアイルランド切手と同図案の記念切手がメキシコでも発行されています。


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 アイルランド、111年目の金星
2016-11-06 Sun 14:45
 ラグビーのテストマッチがきのう(5日)、米シカゴで行われ、2015年のW杯イングランド大会王者ニュージーランド代表(オールブラックス)が29-40でアイルランド代表に史上初の敗戦を喫し、先月達成した世界最長の連勝記録は18で途切れました。オールブラックスの敗戦は2015年8月のオーストラリア戦以来で、アイルランドは、1905年の初対戦から111年、通算29回目の対戦で初めてオールブラックスに勝利しました。といわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      アイルランド・ラグビー協会100年

 これは、1974年にアイルランドで発行されたアイルランドラグビー協会(IRFU)100年の記念切手です。

 アイルランドラグビー協会は、アイルランド島(アイルランド共和国および北アイルランド)のラグビー(ラグビーユニオン)を統括する競技運営団体で、1874年に設立されました。アイルランド代表としての初のテストマッチは1875年2月15日のイングランド戦です。

 ラグビーのアイルランド代表は、現在でも、アイルランド全島の代表となっているため、チーム内には英領北アイルランド(アルスター)の選手とアイルランド共和国(エール)の選手が混在しています。このため、かつては、試合前の“国歌斉唱”に際してアイルランド共和国の国歌「兵士の歌」が演奏されていましたが、1972年にアイルランド紛争が激化すると、無用の対立を避けるためとして国歌斉唱そのものが中止され、以後、試合前には対戦相手の国家のみが流れるという異常な事態が続いていました。ちなみに、1985年の日本遠征の際には、日本国内にも国歌斉唱に否定的な人たちがいたためか、「兵士の歌」だけでなく「君が代」の演奏も行われませんでした。

 1995年、W杯南アフリカ大会を前に、試験的に試合前に「兵士の歌」の吹奏が行われましたが、このときも、代表選手たちはその出身地によってはっきりと動作が分かれてしまったため、ラグビーナショナルチーム用のチーム歌として「アイルランズ・コール」が作られ、以後、共和国内で開催するホームゲームでは国歌の「兵士の歌」と「アイルランズ・コール」の両方を、アウェイゲームでは「アイルランズ・コール」のみを使用するということで決着が図られています。


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 11月17日(木) 10:30-12:00 
 毎日文化センターにて、1日講座、ユダヤとアメリカをやりますので、よろしくお願いします。(詳細は講座名をクリックしてご覧ください) 
  

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 * 8月6日付『東京新聞』「この人」欄で、内藤が『リオデジャネイロ歴史紀行』の著者として取り上げられました!

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 Erin go Bragh
2016-04-24 Sun 11:15
 1916年4月24日にアイルランドで起きたイースター蜂起から、今日でちょうど100周年です。というわけで、きょうはこの切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      アイルランド・イースター蜂起25年

 これは、1941年にアイルランドで発行された“イースター蜂起25周年”の記念切手です。

 1534年、イングランド王ヘンリー8世が国王至上法(首長令)を公布し、イングランド国教会がカトリックから独立しましたが、イングランドとウェールズ、後にはスコットランドがプロテスタントを受け入れたのに対して、アイルランドではカトリックの教義を守り続けました。このため、17世紀のクロムウェルによる植民地化以来、アイルランドでは、カトリックが多数を占めるアイルランド人に対する英国国教会の差別や弾圧が続きます。

 さらに、1801年、グレートブリテンおよびアイルランド連合王国が成立すると、アイルランドは国外植民地としての自主性も失い、完全に英国に併合され、同化政策が行われました。このため、19世紀に入ると、アイルランドでは英本国からの分離独立を求める民族運動が高揚しましたが、全島32州のうちプロテスタント住民が多数派を占める北部のアルスター6州では、独立に反対する声も少なくありませんでした。

 こうした背景の下、1912年、アイルランド自治法案が英国下院に提出され、1914年9月に成立します。しかし、第一次世界大戦の勃発によりアイルランドの自治が凍結されてしまいます。その過程で、1913年、アイルランドの独立に反対する北部6州でプロテスタント系武装組織としてアルスター義勇軍が結成されると、これに対抗して、独立派のアイルランド共和主義同盟(IRB)のパトリック・ピアーズらはカトリック系武装組織としてアイルランド義勇軍を組織します。

 こうした中で、IRBは、「イングランドの困難はアイルランドの機会である」との古い格言に基づき、大戦が終わる前に何らかの行動を起こすことを決定。アイルランド義勇軍にも参加していたパトリック・ピアースやジョセフ・プランケット、英外交官だったサー・ロジャー・ケースメントが中心となり、アイルランド市民軍を率いるジェームズコノリーを指揮官として武装蜂起の計画を進めました。

 彼らは、1916年4月23日のイースター当日の蜂起決行に向けて準備を進め、4月初、ピアースが「イースターの日曜日から3日間、ダブリン市内でパレードと演習を行なう」と新聞紙上で発表します。一般の義勇軍メンバーには知らされていませんでしたが、ピアースはパレードと演習に動員した兵力を、そのまま、対英叛乱に転用しようと考えたわけです。

 彼らは、敵の敵は味方というわけで、ドイツから2万5000丁のライフル銃と100万の弾薬を入手しましたが、計画は英政府に察知され、武器を積んでいた船は英側に拿捕されてしまいます。このため、いったんは蜂起の中止が決定されましたが、ピアースやコノリーは、アイルランド人の独立意識を覚醒するためには血を流すことが必要と考え、予定より1日遅れた4月24日のイースター・マンデーに、義勇軍1000、市民軍250での蜂起を敢行しました。これが、いわゆるイースター蜂起です。

 蜂起当日、叛乱側は、オコンネル通りにあったダブリン中央郵便局を占拠して本部とし、その玄関ポーチの会談から、臨時大統領に就任したピアースが「アイルランド共和国宣言」を読みあげます。しかし、当初、優勢であった叛乱軍でしたが、しだいに英国に圧倒され、28日には、叛乱軍1600人に対して英国軍は約2万人を動員して総攻撃を開始。このため、翌29日、叛乱側は無条件降伏を余儀なくされました。この間の死傷者数は3000人以上に上っています。

 蜂起の鎮圧当初、アイルランド人の中にも叛乱軍の無謀さを非難する声は少なくありませんでしたが、5月2日から始まった軍法会議で19人に対して死刑が宣告され、早くも翌3日からピアス、コノリーを含む叛乱指導部がキルメイナム刑務所やダブリン城で処刑されたことで、アイルランド人の愛国心と反英感情が一挙に高まり、独立運動が高揚。1918年の総選挙では独立派のシン・フェイン党が勝利し、1919年のアイルランド共和国の独立宣言を経て、アイルランド独立戦争が勃発します。この結果、1921年、独立派とイギリスは英愛条約を結び、南部26州(南アイルランド)は英国王を元首とする同君連合国家(ドミニオン)アイルランド自由国として分離することになりました。


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 アイルランドのソネット
2016-03-17 Thu 14:55
 きょう(17日)は、セント・パトリックス・デー(アイルランドにキリスト教を広めた聖パトリックの命日で、アイルランド最大の祝祭日)です。というわけで、切手の世界で最も有名なアイルランド人、ウィリアム・マルレディ(いわゆるマルレディ・カバーのデザイナー)にちなんで、この切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      マルレディ・ソネット

 これは、1986年、ウィリアム・マルレディの生誕200年を記念してアイルランドが発行した切手で、マルレディの代表作の一つ『ソネット』が取り上げられています。

 画題の“ソネット”は14行で構成されるヨーロッパの詩の形式ですが、切手に取り上げられた作品では、若い男が恋人に思いを告げる詩を贈り、その反応を待っている場面が描かれています。贈られた詩を読む女性の顔の雰囲気は、下の画像のマルレディ・カバーの右下の母親に、彼女の姿勢は左下の女性に何となく似ているように思えるのですが、いかがでしょうか。

      マルレディ・カバー

 さて、ウィリアム・マルレディは、1786年、アイルランド中西部エニスの貧しい家庭に生まれました。12歳から絵を描き始め、14歳で王立美術院(ロイヤル・アカデミー)に入学。田園に取材した作品を数多く残し、風景画家として画壇で確固たる地位を築き、アカデミーの会員になりました。油彩のみならず、銅版画やレタリングの技術にも習熟しており、たとえば、1807年に出版されたウィリアム・ロスコーの『ちょうちょうの舞踏会とバッタの宴会(The Butterfly’s Ball and the Grasshopper’s Feast)』には、若き日のマルレディの手になる挿絵が13枚収められています。同書の挿絵は、当時、大いに評判となり、1807年1年間で4万部を売るベストセラーとなりました。

 こうしたキャリアが見込まれて、マルレディは新たに発足する全国統一ペニー・ポストのため、1ペニーの郵便料金込みの封筒、マルレディ・カバーのデザインを制作しました。なお、マルレディ・カバーは、マルレディの原画をもとに、ジョン・トンプソンが原版を彫刻し、1840年4月14日以降、クロウエス父子会社が印刷しています。

 しかし、実際に売り出されたマルレディ・カバーのデザインは「詩的にすぎる」と不人気で、しかも、カバーの代金としては便料金に封筒代が上乗せされていたため、利用者の割高感も強く、売れ行きは芳しくありませんでした。
たとえば、当時、マルレディ・カバーを題材に作られた詩には、以下のようなものがあります。

 A set of those odd-looking envelope-things,
 (あのへんちくりんなデザインの封筒に描かれているものといえば)
 Where Britannia who seems to be crucified flings
 (まるで磔にされているみたいなブリタニアの)
 To her right and her left, funny people with wings
 (左右には、翼のついたおかしなやつがいて、)
 Amongst elephants, Quakers, and Catabaw kings,—
 (その周りにはクエーカー教徒と先住民カタボー族の酋長がいる)
 And a taper and wax, and small Queen’s-heads in packs,
 (蝋燭と封蝋で、小さな女王陛下のお顔を封に入れて)
 Which, when notes are too big you must stick on their backs
 (手紙の文章多すぎたなら、裏側に貼りつけなくちゃいけない)

 ちなみにこの詩で歌われているクエーカー教徒(正式名称はキリスト友会もしくはフレンド派)というのは、17世紀にイングランドで生まれたプロテスタントの一派で、教会の制度化・儀式化に反対し、人は神からの啓示を直接に受け得ると説き、米国ペンシルヴァニア州の名前の由来となったウィリアム・ペンの活動により、北米にも拡大しました。マルレディ・カバーの右半部に描かれているような帽子をかぶっているのが特徴で、絶対平和主義を唱えて兵役なども拒否する者が多かったことに加え、内なる光(聖霊)の語りかけに耳を傾けていると体が震え出すというのが他の宗派からは奇行に見えたこと、さらに、儀式や教義を否定することなどから、異端に近い存在として、ながらく迫害を受けていました。

 ちなみに、マルレディ本人はアイルランド出身の敬虔なカトリックの信徒ですから、彼の目から見れば“異端”にも近いクエーカー教徒をわざわざ封筒に描いたとは考えにくいのですが、クエーカー教徒のように見える人物が描かれていたということは、それ自体、当時の英国社会では揶揄の対象となったわけです。

 なお、マルレディ・カバーの評判が散々なものであったことは、かえって、皮肉屋の英国人たちのインスピレーションを掻き立て、さまざまなパロディ封筒が作られ、郵便に使用されることになりました。

 このあたりの事情については、拙著『英国郵便史 ペニー・ブラック物語』でもいろいろご紹介しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。 


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 アイルランドで同性婚承認
2015-05-24 Sun 21:34
 アイルランドで、おととい(22日)、同性婚を認める憲法改正の賛否を問う国民投票があり、きのう(23日)行われた開票の結果、賛成多数で合法化が決まりました。同性婚合法化を国民投票で決めた国は世界で初めてだそうです。というわけで、きょうはこんな切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

       アイルランド・オスカーワイルド

 これは、2000年にアイルランドで発行されたオスカーワイルド没後100周年の小型シートです。切手に取り上げられている写真は、1882年、ニューヨークでナポレオン・サロニーによって撮影されたものです。
 
 オスカー・ワイルドは、1854年、英国支配下にあったアイルランドのダブリンで生まれ、幼少期は母親によって女子の格好で育てられました。

 オックスフォード大学に学び、芸術至上主義を唱えて、小説「ドリアン=グレイの肖像」、戯曲「サロメ」、童話集「幸福な王子」をはじめ、詩や批評など多彩な文筆活動で名声を獲得。日本の文学者にも大きな影響を与えました。

 ところで、英国では、1885年に刑法が改正され、その第11条で「男性間の性的な行為は、公的に行われたか私的かの区別なく、2年を最長とする重労働つき懲役に処する」ことが規定されました。

 前年の1884年、ワイルドは王室顧問弁護士の娘コンスタンス・ロイドと結婚しましたが、刑法改正翌年の1886年、15歳年下の少年、ロバート・ロスと同性愛の関係になります。さらに、作家としてのピークを迎えていた1891年、スコットランドの名門貴族、クィーンズベリー侯爵の3男、アルフレッド・ダグラスと同性愛の関係になりました。

 しかし、同性愛を心の底から忌み嫌うクィーンズベリー侯爵は、ワイルドに対して「男色家を気取るオスカー・ワイルドへ」と書いた名刺を送って彼を挑発。1895年、ワイルドが侯爵を文書誹毀罪で告訴すると、逆に、私立探偵を雇ってワイルドとアルフレッドの間に性的な関係があることを立証するとともに、複数の男娼にワイルドに不利な証言させ、ワイルドを男性に対する強制猥褻罪で刑事告発することに成功しました。その裁判の結果、ワイルドは有罪となり、懲役2年の実刑判決を受けて、英国内の収監先を転々としながら服役しています。

 出所後、ワイルドはフランスに渡ったものの、作家としてはすでに忘れられた存在となっており、1900年、失意のまま、梅毒による脳髄膜炎で亡くなりました。享年46。

 ちなみに、英国全土で同性愛が完全に合法化されたのは1980年のことで、カトリックの強いアイルランドでの合法化はさらに遅れて1993年のことでした。今回ご紹介の切手も、そうした社会の変化がなければ、決して日の目を見ることがなかったのではないかと思います。まさに、隔世の感がありますな。
 

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 英女王のアイルランド訪問
2011-05-18 Wed 17:21
 イギリスのエリザベス女王がきのう(17日)、イギリスの君主としては1911年以来およそ100年ぶり、1937年のアイルランド独立後としては初めて、アイルランドを訪問しました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

        ペニーレッド・ダブリン消

 これは、1841年にイギリスで発行されたペニー・レッドの切手で、アイルランドのダブリンの消印が押されているのがミソです。イギリス初期の消印(抹消印)はその形状からマルタ十字と呼ばれますが、このマルタ十字は各局ごとに微妙に形が違うので、このサイトのリストなどと対照させれば、どの局で使われたものか識別することが可能です。ちなみに、ダブリンで使われたマルタ十字には、ふたつのタイプがありますが、今回ご紹介の消印はタイプ2と呼ばれているものです。

 1801年、グレートブリテンおよびアイルランド連合王国が成立すると、アイルランドは国外植民地としての自主性も失い、完全にイギリスに併合され、イギリスによるアイルランドの同化政策が進みました。これを不満として、アイルランドではイギリスからの分離・自治運動が激化。このため、1912年、アイルランド自治法案がイギリス下院に提出され、1914年9月に成立します。

 しかし、第一次世界大戦の勃発によりアイルランドの自治が凍結されたため、これを不満とする独立派は1916年の復活祭に“アイルランド共和国”の樹立を宣言し、武装蜂起しました。いわゆるイースター蜂起です。

 イースター蜂起はまもなく鎮圧されましたが、1918年の総選挙では独立派のシン・フェイン党が勝利し、1919年にアイルランド共和国の独立が宣言され、アイルランド独立戦争が勃発します。この結果、1921年、独立派とイギリスは英愛条約を結び、南部26州(南アイルランド)はイギリス国王を元首とする同君連合国家(ドミニオン)アイルランド自由国として分離することになりました。

 これに伴い、1922年2月17日、イギリス切手に“アイルランド臨時政府(Rialtas Sealadach na hEireann) 1922”と加刷した切手が発行され、無加刷のイギリス切手は、1922年3月31日限りでアイルランドでの使用が禁止されました。なお、アイルランドは1937年にはイギリスから完全に独立し、アイルランド(エール)と改称して共和制に移行。1949年にはイギリス連邦も離脱しています。

 アイルランドといえば、去年11月、深刻な財政難から、自力再建を断念し、欧州連合(EU)と国際通貨基金(IMF)に財政支援を要請したことが記憶に新しいところですが、おととい(16日)、IMFによる財政・金融再建策の進捗状況の調査が終了し、IMFによる15億8000万ユーロ(約1800億円)の融資が実行可能となったとの発表がありましたな。イギリスとの歴史的和解を演出する前に、まずは、経済再生への道筋がついたところで、関係者としてはホッと一息というところでしょうか。

 なお、昨年刊行の拙著『事情のある国の切手ほど面白い』では、ユーロ圏での経済破綻の最初の国としてギリシャを取り上げましたが、いずれ、アイルランドやポルトガルの状況についても概観した続編を作りたいものです。


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 アイルランドが支援要請
2010-11-22 Mon 15:15
 深刻な財政難に陥っているアイルランドが21日夜(現地時間。日本時間では22日未明)、自力再建を断念し、欧州連合(EU)と国際通貨基金(IMF)に財政支援を要請しました。これを受け、EUなどは支援を決定。今年5月のギリシャに次いでユーロ圏では2ヵ国目の救済国になります。というわけで、きょうはアイルランドの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

        アイルランド自由国加刷

 これは、1922年に発行された“アイルランド自由国”加刷の切手です。

 1801年、グレートブリテンおよびアイルランド連合王国が成立すると、アイルランドは国外植民地としての自主性も失い、完全にイギリスに併合され、イギリスによるアイルランドの同化政策が進みました。これを不満として、アイルランドではイギリスからの分離・自治運動が激化。このため、1912年、アイルランド自治法案がイギリス下院に提出され、1914年9月に成立します。

 しかし、第一次世界大戦の勃発によりアイルランドの自治が凍結されたため、これを不満とする独立派は1916年の復活祭に“アイルランド共和国”の樹立を宣言し、武装蜂起しました。いわゆるイースター蜂起です。

 イースター蜂起はまもなく鎮圧されましたが、1918年の総選挙では独立派のシン・フェイン党が勝利し、1919年にアイルランド共和国の独立が宣言され、アイルランド独立戦争が勃発します。この結果、1921年、独立派とイギリスは英愛条約を結び、南部26州(南アイルランド)はイギリス国王を元首とする同君連合国家(ドミニオン)アイルランド自由国として分離することになりました。

 今回ご紹介の切手は、こうした状況の下で、1922年2月17日、イギリス切手に“アイルランド臨時政府(Rialtas Sealadach na hEireann) 1922”と加刷して発行されたもので、アイルランド自由国政府の正式発足までの移行期間の切手と使用されたものです。これに伴い、無加刷のイギリス切手は、1922年3月31日限りでアイルランドでの使用が禁止されました。ちなみに、アイルランド自由国 (Saorstat Eireann)加刷の切手が発行されたのは1922年12月11日のことです。

 その後、アイルランド自由国は1931年にウェストミンスター憲章が成立したことで、イギリスと同格の独立国(英連邦王国)となりましたが、1937年にはイギリス王冠から独立し、アイルランド(エール)と改称して共和制に移行。1949年にはイギリス連邦も離脱することになります。

 さて、ユーロ圏では、今回のアイルランドに続き、ポルトガルやスペインも巨額赤字に苦しんでおり、今後も金融市場で信用不安が消えなければ、ユーロ圏全体に危機的状況が波及する恐れがあるとされています。今年8月に刊行の拙著『事情のある国の切手ほど面白い』では、ユーロ圏での経済破綻の最初の国としてギリシャを取り上げましたが、同書の続編を作る機会があれば、ぜひとも、アイルランドについては1章を設けてみたいものです。


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