内藤陽介 Yosuke NAITO
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 モンテネグロ、EU加盟候補に
2010-12-18 Sat 17:00
 欧州連合(EU)はきのう(17日)の首脳会議で、旧ユーゴスラビアのモンテネグロをEU加盟交渉開始の前提となる「加盟候補国」とすることを承認しました。というわけで、きょうはモンテネグロの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

        モンテネグロ・1874

 これは、1874年に発行されたモンテネグロ最初の切手のうち、5ノビ切手です。

 モンテネグロとは“黒い山”を意味するイタリアのヴェネツィア方言で、現地語では同じ意味の“ツルナ・ゴーラ”が国名となります。

 現在のモンテネグロ国家のルーツは、1516年にツェティニェ家がこの地域の支配を確立したことに求められます。1852年、オスマン帝国の宗主権下でツェティニェ家によるモンテネグロ公国が成立。1878年、露土戦争の結果、同公国は独立を承認されました。

 現在のモンテネグロの領内における最初の近代郵便は、1854年、アンティヴァリ(現バル)にオーストリア局が設けられ、オーストリア・ロイド社が郵便実務を担当しました。なお、モンテネグロのオーストリア局は、モンテネグロ公国の完全独立に伴い閉鎖されています。

 この間、モンテネグロ公国は、1874年に独自の郵便制度を導入。今回ご紹介の切手は、これに伴い発行されたもので、モンテネグロ公ニコラ1世の肖像が取り上げられています。

 第一次大戦中、モンテネグロはセルビアを支援したため、オーストリアに占領されます。その後、セルビア軍がこの地を再占領し、戦後は、セルビア・クロアチア・スロベニア王国(のちユーゴスラビア王国)に取り込まれました。第二次大戦中は、枢軸国によるユーゴスラビア分割に伴い、イタリア占領下のモンテネグロ王国となりましたが、戦後、再びユーゴスラビアに復帰します。

 1991年以降のユーゴ紛争では、セルビアと共同歩調を取り、最後までユーゴスラビアから離脱しませんでしたが、2003年2月にはユーゴスラビアは国家連合のセルビア・モンテネグロとなり、2006年6月、セルビアから分離独立を宣言しました。なお、旧セルビア・モンテネグロの継承者は、モンテネグロではなく、セルビアです。

 ちなみに、今回のモンテネグロ以外に、現在、EU加盟候補国となっているのは、トルコ、クロアチア、マケドニア、アイスランドですが、このうち、マケドニアだけはこのブログでいままで取り上げていませんでしたね。いずれ、取り上げないといけないのでしょうが、さて、どういうきっかけがあるかなぁ。


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