内藤陽介 Yosuke NAITO
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 ボーパールのトラ対策
2017-05-01 Mon 23:09
 インド中部のボーパール(マディヤプラデシュ州)で29日に開かれた集団結婚式で、州政府が花嫁への贈り物として長さ約30センチの木製のへらを配り、夫の酒癖が悪くなったり暴力を振るうようになったりしたら武器として使うよう助言したそうです。というわけで、こんな切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      ボーパール・虎(1940)

 これは、1940年にボーパール藩王国で発行された“トラ”の切手です。 20世紀初頭のインド亜大陸では、野生のベンガルトラが約10万頭が棲息していました。当時のインドの山間地域では、ベンガルトラに襲われて怪我をしたり、命を落としたりする人も少なからずあり、トラの脅威からいかにして身を守るかということが重要な課題となっていましたが、その後、開発に伴う棲息地の自然環境の破壊に加え、毛皮や骨(漢方薬で用いられるため、高値で取引されます)を目的とした乱獲によりトラの個体数は激減し、現在ではワシントン条約の規制対象となっています。

 その一方で、飲酒によって“大トラ”となるインド人男性は増加傾向にあり、酒に酔った夫が暴力をふるうなどの虐待を妻に対して行ったり、妻の貯金を無断で引き下ろして酒を買ったりするなどの事例が後を絶たないそうです。しかしながら、多くの場合、妻たちの訴えに対して警察が動くことはほとんどなく、大半は泣き寝入りせざるを得ないのが実情で、そのことが、今回の新婦への木ヘラの配布につながりました。ちなみに、木ヘラには「飲んだくれのお仕置き用」、「警察は仲裁してはくれない」と印字されているそうです。

 さて、1947年のインド独立以前、ボーパールの地は1707年に創立されたボーパール藩王国の支配下に置かれていました。

 1868年に即位した女性君主のスルターン・シャー・ジャハーン・ベグムは藩王国の近代化に努め、その治世下で最初の切手も発行されました。その発行年代は、スタンリー・ギボンズのカタログでは1872年とされていますが、1876年説もあります。当初の切手石版印刷で、八角形の枠の中に“シャー・ジャハーン”の印章をエンボスしたものでした。

 今回ご紹介の切手は、1928年に即位した最後の藩王、ナワーブ・ムハンマド・ハミードゥッラーの治世下で1940年に発行された4分の1アンナ切手で、右側には、藩王国の紋章が入っています。

 なお、1947年8月15日のインド独立後、ボーパール藩王国は、一時期、インド・パキスタンのどちらにも属さない独立国家としての存続を模索しましたが、最終的に断念。1949年6月1日、ナワーブは正式にインドとの統合条約に調印します。これに伴い、ボーパールでも1950年4月1日からインド切手が発売されるようになり、5月1日付で、旧藩王国時代の切手は無効となりました。

 
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 世界漫郵記:コーチン⑥
2012-09-01 Sat 09:12
 『キュリオマガジン』2012年9月号が出来上がりました。僕の連載「郵便学者の世界漫郵記 インド西海岸篇」は、前回に引き続き、コーチン(コーチ)の6回目です。その記事で使ったモノの中から、こんなモノをもってきてみました。(以下、画像はクリックで拡大されます)

      チャイニーズ・フィッシング・ネット     チャイニーズ・フィッシング・ネット(実物)

 左は、1949年にインド藩王国のコーチンで発行された2アンナ切手で、藩王ヴァルマ4世の肖像とチャイニーズ・フィッシング・ネットが描かれています。右側には、実際のチャイニーズ・フィッシング・ネットの様子の画像を貼っておきました。

 チャイニーズ・フィッシング・ネットは、海中に網を沈めておき、それを太い丸太で引き上がるという魚法で、インドではコーチンとその周辺でしか見られない独特の漁法です。香辛料貿易の拠点であったケーララと中国との交流は古く、その過程で、この漁法も西暦1400年頃、中国から伝えられたといわれています。

 ネットは、一辺が10メートルくらいの四角形で、その四隅にくくりつけられた4本の丸太が頂点で合わさり、その頂点を上げ下げすることで、網を動かす構造です。網を引き揚げるためには、最低でも4人のスタッフが必要となるため、機械化が進んだ現代の漁業では実用性に乏しいのですが、伝統漁法として観光客の目を楽しませています。付近の海岸には、ネットで上がってきた魚を売る店があり、買った魚を近所のレストランに持ち込んで手数料を払えば、その場で料理してくれるのが嬉しいところです。

 さて、今回の連載記事では、このほか、中国・廣州から輸入されたタイルのあるシナゴーグについても詳しくご紹介しております。機会がありましたら、ぜひ雑誌の実物を手にとってご覧いただけると幸いです。


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 世界漫郵記:コーチン③
2012-05-31 Thu 16:10
 『キュリオマガジン』2012年6月号が出来上がりました。僕の連載「郵便学者の世界漫郵記 インド西海岸篇」は、前回に引き続き、コーチン(コーチ)の3回目です。その記事で使ったモノの中から、こんなモノをもってきてみました。(以下、画像はクリックで拡大されます)

        トラヴァンコール・コーチン葉書

 これは、旧トラヴァンコール・コーチンの葉書で、印面は、向かい合う2頭の象を取り上げたトラヴァンコール・コーチンの紋章となっています。

 現在のインド各州の境界は、1956年11月1日、使用言語に沿ってほぼ決められました。現在のケーララ州もこの時の州割によって誕生しましたが、その範囲は、旧トラヴァンコール・コーチン州を母体として、旧トラヴァンコールの南端をマドラス州に割譲する代わりに、マドラス州マラバル県が統合されました。この時採用されたケーララ州の紋章は、向かい合う2頭の象の間にホラ貝(トラヴァンコール藩王の紋章)と“アショーカの獅子柱頭”を配したデザインです。

 現在のケーララ州の前身にあたるトラヴァンコール・コーチンは、英領インド時代の藩王国だった北ケーララのコーチンと南ケーララのトラヴァンコールが合併して1949年7月1日に発足しました。当初は、藩王国としての立場を維持した“連合政権”でしたが、1950年の憲法施行により、インド共和国のトラヴァンコール・コーチン州となります。

 このトラヴァンコール・コーチンの紋章は、現在のケーララ州の紋章の獅子柱頭の部分がインド国旗に用いられているのと同じ法輪のデザインでした。

 ところで、1947年にインドとパキスタンが分離独立した後も、インドに加わったコーチンとトラヴァンコールでは独立以前同様、藩王国時代の先例を踏襲し、ケーララ域内でのみ有効な独自の切手の発行が続きました。そればかりか、1949年にトラヴァンコール・コーチンとして両者が合併した後も、トラヴァンコール・コーチンとして、インド中央とは別の切手が発行・使用されています。

 そこで、トラヴァンコール・コーチン郵政をインド郵政に統合するための第一段階として、まず、トラヴァンコール・コーチン州発足後の19501年6月6日、トラヴァンコール・コーチン切手をインド切手同様にインド全域のみならず外国宛郵便物にも有効なものとして、両郵政の差異をなくしたうえで、翌1951年7月1日、トラヴァンコール・コーチン切手の使用を停止しました。ただし、いわゆる公用切手に関しては、使用停止は1951年9月までずれ込んでいます。

 さて、今回の連載記事では、現地で見たプーラムの話を中心に書きました。そこで、ケーララの象に関するマテリアルをいくつかご紹介しましたが、今回ご紹介のマテリアルもその一つというわけです。機会がありましたら、ぜひ雑誌の実物を手にとってご覧いただけると幸いです。

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 シッキムで大地震
2011-09-19 Mon 23:12
 昨晩(18日)、インド北東部、シッキムの州都ガントクの北西68キロの地点を震源とする強い地震があり、インド、ネパール、チベットの3国にまたがり、多数の死傷者が出ている模様です。亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたします。さて、シッキムといえば、この“切手”でしょうか。(画像はクリックで拡大されます)

        シッキム・ロケット郵便用切手

 これは、1935年4月にシッキムで試験的に行われたロケット郵便用の“切手”です。

 シッキムは、ヒマラヤ南麓のネパールとブータンのあいだに位置しており、かつてはチベットから逃れてきたチベット仏教ニンマ派の建国したシッキム王国が支配していましたが、1861年、イギリスの保護国となりました。

 1935年4月、ステファン・ヘクター・スミスは、山がちのシッキムの地形に着目し、シッキム宮廷の許可を得て、ロケットに郵便物を搭載して発射するロケット郵便の実験を行います。

 時あたかも、英国王ジョージ5世の即位25周年にあたっていたため、スミスは英国王夫妻の肖像と、ロケット郵便があらゆる運搬手段よりも早いことを示すイラストを描いた“切手”を制作。シッキム宮廷の許可を得たうえで、“ロケット郵便試験 シッキム宮廷認可”と加刷し、ロケットに搭載する郵便物に貼付しました。切手は、今回ご紹介のものを含め、同図案で色違いの4種各2000枚が発行されています。

 実験は区間を変えて合計9回行われましたが、最初のロケット郵便は、1935年4月7日午前10時30分に、ガントク郵便局から発射され、シッキム王立高校まで200通の郵便物を運びました。

 さて、今回の地震では、インド政府が被災地に軍や警察の部隊を派遣していますが、土砂崩れなどで道路が寸断され、連絡が取れない所も少なからずあるそうです。こういうときこそ、ロケット郵便を復活させてみたら良いのでは…と、ふと考えてしまいました。


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 コーチンにいます
2011-02-15 Tue 17:55
 きのう(14日)、カリカット(コージコート)を発ち、現在、インド西南部ケララ州最大の都市・コーチン(コーチ)に来ています。というわけで、まずはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

        コーチン最初の切手

 これは、1892年、当時のコーチン藩王国が発行した最初の切手です。

 コーチンはインドの中でも最も早くヨーロッパ人が来航した都市のひとつで、1502年にはヴァスコ・ダ・ガマによりポルトガル人の拠点が築かれました。

 コーチンの藩王が領内に郵便網を敷設したのは1791年のことでした。もともと、この郵便網は公用便を扱うためのものでしたが、ほどなくして民間の利用にも開放されました。ちなみに、コーチン藩王国では、1865年までは公営郵便は無料で取り扱われていました。

 藩王国としての最初の切手は1892年4月1日に発行され、コーチン藩王国と隣国のトラヴァンコール藩王国の領域内に置いてのみ有効でした。なお、インドがイギリスから独立したことに伴い、1949年7月1日、この両藩王国は合併して“トラヴァンコール・コーチン”となり、コーチン藩王国としての切手発行も終焉を迎えました。

 コーチンにはシナゴーグや教会などいろいろと見どころがありますので、きょうもこれから、暑さに負けず、歩き回ってくるつもりです。


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 ムルタンの兵士
2010-08-21 Sat 21:42
 パキスタン北西部の豪雨による洪水の被災者支援のため、国際緊急援助隊派遣法に基づき派遣される自衛隊のヘリコプター部隊の第1陣が、きょう(21日)、福岡空港を出発しました。あす、パキスタン陸軍の飛行場がある同国中部のムルタンに到着する予定だそうです。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

         ムルタンの戦い

 これは、1948年にインドの藩王国の一つであったバハワルプールが発行したムルタンの戦い100年の記念切手で、1848年と1949年の兵士が並べて描かれています。

 旧英領インド帝国時代のパンジャブ州は、1947年にインドとパキスタンが分離独立した際、インドとパキスタンで2分されましたが、このうちのパキスタン・パンジャブ州の南東は、かつてはバハワルプール藩王国の支配下に置かれていました。同国最後の君主であったサーディク・ムハンマド・ハーン5世は熱心な収集家で、1945年から1949年にかけて、自分の趣味を満足させるために英国製の美麗な切手をいくつか発行しましたが、今回ご紹介しているモノもその一例です。

 切手の題材となったムルタンの戦いは、19世紀前半にパンジャブ州を支配していたシーク教国とイギリスとの一連の戦争のうち、1848-49年の第2次シーク戦争の発端となったムルタンでのイギリス士官殺害事件と、それに続く暴動のことを指しているものと思われます。なお、当初、シーク側の士気は高く、イギリス側は苦戦を強いられ、1849年1月にはチリアンワーラで大敗を喫しました。しかし、後にシーク内部の裏切りによって戦況が逆転し、同年3月には、イギリスが前パンジャブの併合を宣言して戦争は終結しました。

 さて、今回、わが自衛隊が救援活動の拠点とするムルタンは、地理的にはだいたいパキスタンのほぼ中央にあり、道路、鉄道、空路などの集まる交通の要衝です。本来であれば、自衛隊の活動は国際協力の一環として行われる人道的な救援活動ですから、地元住民の攻撃対象となるものではないのですが、パキスタンでは、イスラム過激派も多発しており、自衛隊には恨みはないがパキスタンの現政権を揺さぶるために外国の支援者を攻撃するテロリストが出現する可能性は否定できません。にもかかわらず、今回の派遣部隊は武器を携行しないのだとか。

 まぁ、自衛隊の最高指揮官であるはずの菅直人は「防衛大臣は自衛隊員じゃないんですね」と発言して国民を唖然とさせた人物ですからねぇ。憲法9条を掲げていれば日本は他国から攻撃を受けることはないとの信仰心をお持ちの方は武器をもたずに危険地帯に赴くことも平気なのでしょうが、もう少し、わが国を代表して困難な任務についておられる方々のことを親身になって考えてもいいんじゃないでしょうか。

 とまれ、自衛隊の皆様のご活躍と、無事のご帰還を、一国民として心よりお祈りしております。

 なお、ここ数年のパキスタン情勢については、来週刊行予定の拙著『事情の明日国の切手ほど面白い』でも1章を設けて解説しておりますので、機会がありましたら、ぜひ、お手にとってご覧いただけると幸いです。


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 カシミールの切手
2008-07-29 Tue 19:48
 インドとパキスタンの双方が領有権を主張しているカシミール地方で、昨日(28日)から今日(29日)にかけ、両国軍が12時間以上にわたり衝突。一部報道によると、2003年の停戦合意以降、最悪となる死者(パキスタン側4人、インド側1人)が発生した模様です。というわけで、今日はこの1枚を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 カシミールの切手

 これは、1866年にジャム・カシミールで発行された1/2アンナ切手です。独立以前のインドでは、英領インド帝国の切手は別に、各地の藩王国では独自の切手が発行されていたケースがあります。ジャンムー・カシミールもその一例で、この切手はランヒール・シンの時代に発行されたものです。

 1846年、イギリスは、現在のカシミール地方を含む広大なギルギットやラダック地方を含む広範な領土を治めていたシーク教徒の藩王(マハラジャ)と戦い、これを撃破しました。戦後、イギリスは、このときの戦いで自分たちに協力したジャンムー地方の藩王に土地を売却。これが、藩王国としてのジャムー・カシミールのルーツとなります。  

 それから1世紀後の1947年8月、英領インド帝国は解体され、インドとパキスタン(当時は、現在のパキスタンに相当する西パキスタンと、現在のバングラデッシュに相当する東パキスタンから構成されていた)が分離・独立すると、各地の藩王はインドとパキスタンのどちらに帰属するかを自分の意志で決めることができましたが、その際、カシミールの藩王は両国とは別に独立することを企図していました。

 これに対して、住民の70%がムスリムであったという事情もあって、パキスタンはカシミールが自国に帰属するのは当然と考えており、藩王に決断を迫ります。しかし、色よい返事が得られなかったため、1947年10月、ムスリムの山岳部族をカシミールに侵入させます。このため、藩王はインド帰属の文書調印と引き換えに、インド軍の支援を仰ぎ、カシミールの帰属をめぐる第1次印パ戦争が勃発しました。

 戦争は1949年1月、国連の仲介で停戦となり、カシミールは、インド寄りの3分の2をインド領「ジャンムー・カシミール州」、パキスタン寄りの3分の1をパキスタン領「アーザード・カシミール州」(北部地区)として分割されましたが、その後も、カシミールの帰属をめぐる両国の対立が続いていることは周知のとおりです。

 もっとも、インド・パキスタンの両国とも、本音ではカシミール問題は現状維持のままがベストと考えているともいわれています。その背景としては、カシミール問題の存在が、巨額の軍事支出を正当化する最大の根拠となっていることに加え、国民の不満が高まった場合にガス抜きの手段として有効な材料となっていることなどが指摘されています。この解釈が正しいとすると、今回の両国の紛争も、一種の“なれあい”のようなものと見ることができるのかもしれません。
 
 ただし、そうはいっても、両国ともに、中央の思惑とは別に、ひょんなことから事態が急展開するということもありえない話ではありません。現に、カシミールの停戦ラインをめぐる緊張は今年春以降、急速に高まっており、5月以降、少なくとも4回の交戦が起きているわけで、ちょっと気になるところではあります。

 トーク・イベントのご案内
 8月2・3日(土・日)に東京・大手町のていぱーくで開催のサマーペックス会場内にて、拙著『韓国現代史:切手でたどる60年』の刊行を記念したトーク・イベントを行います。2日は14:00から、いわゆる“竹島切手“についての話題を中心に、3日は14:30から、韓国切手に見る日本時代の“遺産”についての話題を中心に、お話しする予定です。サマーペックスのHPにアクセスしていただくと、無料の招待チケットをプリントアウトしていただくことができます。当日は、会場ならではの特典もご用意しておりますので、よろしかったら、ぜひ、遊びに来てください。

 もう一度切手を集めてみたくなったら 
 雑誌『郵趣』の2008年4月号は、大人になった元切手少年たちのための切手収集再入門の特集号です。発行元の日本郵趣協会にご請求いただければ、在庫がある限り、無料でサンプルをお送りしております。くわしくはこちらをクリックしてください。
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