内藤陽介 Yosuke NAITO
http://yosukenaito.blog40.fc2.com/
World Wide Weblog
 日印海軍が合同演習
2013-12-20 Fri 11:53
 中国の軍事侵略に備えるため、インド軍と海上自衛隊の艦艇によるベンガル湾での合同演習がきのう(19日)から始まりました。日印両国が手を携えて共通の敵に立ち向かうということでいえば、やはり、この切手でしょうか。(画像はクリックで拡大されます)

       チャロー・デリー

 これは、1944年にチャンドラ・ボースの自由インド仮政府が発行しようとして、果たせなかった“切手”です。

 英国の植民地支配下で、反英独立運動の闘士として戦っていたボースは、第2次大戦が始まると、“敵の敵は味方”というロジックでナチス・ドイツの協力を得てイギリスと戦おうとします。さらに、いわゆる太平洋戦争が始まると、1943年、東南アジアを占領してインド侵攻を計画していた日本の要請を受け、ボースはドイツから潜水艦に乗って日本にわたり、同年10月21日、シンガポールで日本の支援を得て自由インド仮政府を組織しました。また、ボースは、日本軍の捕虜となったインド兵を中心に結成されたインド国民軍の最高司令官にも就任。インド国民軍が、“Chalo Delhi(デリーへ進め)”のスローガンを掲げ、日本軍とともにインパール作戦で戦ったことは広く知られています。

 自由インド仮政府は、その発足とともに、自らの存在をアピールするための手段として切手を発行することを計画し、切手の製造をドイツに発注しました。しかし、戦況の悪化で、完成品をドイツから仮政府の拠点があったラングーンまで届けることが困難となり、ドイツ製の切手を発行することは不可能となりました。このため、1944年、急遽、ラングーンで製造されたのが今回ご紹介の切手です。

 切手は、デリーの象徴である“赤い城壁”を描き、その下には“Chalo Delhi(デリーへ進め)”のスローガンが入っています。インパール作戦が成功し、自由インド仮政府がインド本土に拠点を築いた暁には、その支配地域で使用することが想定されていましたが、インパール作戦が失敗に終わったため、切手も日の目を見ずに終わりました。

 なお、インパール作戦に関する切手については、拙著『切手と戦争』(電子版)でもいろいろとご紹介しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


 ★★★  絵葉書と切手でたどる世界遺産歴史散歩  ★★★

 2014年1月11日・18日・2月8日のそれぞれ13:00-15:00、文京学院大学生涯学習センター(東京都文京区)で、「絵葉書と切手でたどる世界遺産歴史散歩」と題する講座をやります。(1月18日は、切手の博物館で開催のミニペックスの解説)

 新たに富士山が登録されて注目を集めるユネスコの世界遺産。 いずれも一度は訪れたい魅力的な場所ばかりですが、実際に旅するのは容易ではありません。そこで、「小さな外交官」とも呼ばれる切手や絵葉書に取り上げられた風景や文化遺産の100年前、50年前の姿と、講師自身が撮影した最近の様子を見比べながら、ちょっと変わった歴史散歩を楽しんでみませんか? 講座を受けるだけで、世界旅行の気分を満喫できることをお約束します。

 詳細はこちら。皆様の御参加を、心よりお待ちしております。


 ★★★ 予算1日2000円のソウル歴史散歩 ★★★   

 毎月1回、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で予算1日2000円のソウル歴史散歩と題する一般向けの教養講座を担当しています。次回開催は1月7日(原則第1火曜日)で、以後、2月4日と3月4日に開催の予定です。時間は各回とも13:00~14:30です。講座は途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


 ★★★ 内藤陽介の最新作 『蘭印戦跡紀行』 好評発売中! ★★★

 『蘭印戦跡紀行』広告

 日本の兵隊さん、本当にいい仕事をしてくれたよ。
 彼女はしわくちゃの手で、給水塔の脚をペチャペチャ叩きながら、そんな風に説明してくれた。(本文より)

 南方占領時代の郵便資料から、蘭印の戦跡が残る都市をめぐる異色の紀行。
 日本との深いつながりを紹介しながら、意外な「日本」を見つける旅。

 出版元特設ページはこちらです。また、10月17日、東京・新宿の紀伊國屋書店新宿南店で行われた『蘭印戦跡紀行』の刊行記念トークの模様が、YouTubeにアップされました。よろしかったら、こちらをクリックしてご覧ください。


 ★★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★★

 郵便物の受け取りには欠かせないのが郵便ポストです。世界各国のありとあらゆるデザインポストを集めた郵便ポストの辞典ポストショップオンラインは海外ブランドから国内製まで、500種類を超える郵便ポストをみることができます。

スポンサーサイト
別窓 | 自由インド仮政府 | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
 Chalo Delhi!
2011-02-10 Thu 06:33
        自由インド仮政府(黒一色)

 私事で恐縮ですが、インドで開催される世界切手展<INDIPEX 2011>に参加するため、この記事を書いたら、デリーに向けて出発します。

 展覧会の会期は12日から18日までなのですが、前日の11日までに作品を搬入しなければなりませんので、きょう(10日)午前11時に成田を発ち、現地時間の18時にデリー入りする予定です。なお、せっかくインドまで行くのに、展覧会終了と同時に帰ってきてはもったいないので、会期終了後はデリーを離れ、ゴアなどをまわり、23日朝に帰国の予定です。

 この間、ノートパソコンを持っていきますので、このブログも可能な限り更新していく予定ですが、なにぶんにも海外のことですので、無事、メール・ネット環境に接続できるかどうか、不安がないわけではありません。場合によっては、諸般の事情で、記事の更新が遅れたり、記事が書けなかったりする可能性もありますが、ご容赦ください。

 さて、冒頭に掲げた画像(クリックで拡大されます)は、1943年にチャンドラ・ボースの自由インド仮政府が発行しようとして、果たせなかった“切手”です。

 イギリスの植民地支配下で反英独立運動の闘士として戦っていたボースは、第二次大戦が始まると、“敵の敵は味方”というロジックでナチス・ドイツの協力を得てイギリスと戦おうとします。さらに、太平洋戦争が始まると、1943年、東南アジアを占領してインド侵攻を計画していた日本の要請を受け、ボースはドイツから潜水艦に乗って日本にわたり、同年10月21日、シンガポールで日本の支援を得て自由インド仮政府を組織しました。また、ボースは、日本軍の捕虜となったインド兵を中心に結成されたインド国民軍の最高司令官にも就任。インド国民軍が、“Chalo Delhi(デリーへ進め)”のスローガンを掲げ、日本軍とともにインパール作戦で戦ったことは広く知られています。

 自由インド仮政府は、その発足とともに、自らの存在をアピールするための手段として切手を発行することを計画。上に掲げたものを含めて切手の製造をドイツに発注しました。しかし、戦況の悪化で、完成品がドイツから仮政府の拠点があったラングーンまで届けらることが困難となり、この切手も発行されないまま終わってしまいました。

 今回ご紹介の切手は、本来は黒・朱・緑の3色刷ですが、今回ご紹介のモノのように、朱・緑の印刷漏れ(=黒1色刷)や緑の印刷漏れなども存在しています。

 それでは、僕も自分の作品を抱えて“Chalo Delhi!”と参りましょうか。


  ★★★ 内藤陽介の最新刊 ★★★

        マカオ紀行・表紙カバー

   マカオ紀行:世界遺産と歴史を歩く
       彩流社(本体2850円+税) 

   マカオはこんなに面白い!
   30の世界遺産がひしめき合う街マカオ。
   カジノ抜きでも楽しめる、マカオ歴史散歩の決定版!
   歴史歩きの達人“郵便学者”内藤陽介がご案内。

 全国書店・インターネット書店(amazonbk1boox storeconeco.netDMM.comHMVJBOOKlivedoor BOOKSYahoo!ブックスカラメル紀伊国屋書店BookWebゲオEショップジュンク堂セブンネットショッピング丸善楽天ブックスなど)で好評発売中! 

別窓 | 自由インド仮政府 | コメント:1 | トラックバック:0 | top↑
 インド国民軍の葉書?
2006-06-02 Fri 22:08
 ワシントンで開催中の世界切手展<Washington 2006>の賞が発表となりました。僕の作品は、5年前の東京での展示とおなじく、なんとか金賞を取ることができました。で、今回はもう一人、日本からは小岩明彦さんがインドの軍事郵便のコレクションで金賞を受賞されました。おめでとうございます。

 というわけで、今日は小岩さんに敬意を表して、僕の作品の中からインドがらみのマテリアルということで、こんな葉書をご紹介してみましょう。(画像はクリックで拡大されます)

インド国民軍?

 この葉書は、インパール作戦に参加したインド国民軍の兵士が差し出した軍事郵便ではないかと考えられているモノです。切手は貼られていませんが、左上に“検閲済(Censored)”の書き込みがあるほか、右上には1944年4月18日に相当するヒンドゥー暦の日付が書き込まれています。葉書は、日本軍占領下のマレー半島、スレンバンの訓練キャンプから、おなじくマレーのアロスター宛に差し出されたもので、日本語のフリガナが付されています。

 裏面を引っくり返してみると、「いつでもデリーへ行って母なるインドのために戦う準備はできている」とか「インド万歳(Jai Hind)」といった類の文面が読めて、インド独立のために戦うインド国民軍の兵士の意気込みが伝わってくるようです。

 消印の類が押されていないので見た目はあまりパッとしないマテリアルですし、そもそも、インド国民軍の軍事郵便というものがどういうものだったのか、不勉強な僕は、イマイチよく分かっていないのですが、まぁ、後から作られたニセモノではないだろうなという感触は持っているのですが、さて、いかがでしょうか。この辺の事情にお詳しい方が折られたら、いろいろとご教示いただけると幸いです。

 * 米国滞在中の5月31日から6月4日にかけて、ネットの接続環境が悪く、記事を書けるものの、アップできたりできなかったり、という状況が続いていました。このため、5日の帰国後、まとめての更新となりました。あしからず、ご了承ください。

別窓 | 自由インド仮政府 | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
 インド独立連盟のカバー
2006-01-26 Thu 23:53
 1月26日はインドの共和国記念日(1950年に独立インドの新憲法が採択された日)だそうです。というわけで、インドがらみのネタを一つ。

インド独立連盟

 このカバー(封筒)は、ラングーンのインド独立連盟(IIL)本部からイポ(マレー)の同支部宛の公用便と思われるもので、本部で押された検閲印の日付は(26)05年(=1945年)1月16日の書き込みがあります。(画像はクリックで拡大されます)

 インド独立連盟は、日本軍の支援を受け、日本の勢力圏内に在留のインド人が組織した反英独立運動の団体です。当初は、日英開戦直前の1941年に、当時日本に亡命していたビハリ・ボースが中心になって東京で結成されましたが、日本軍の東南アジア占領後、本部をバンコク(のちラングーン)に置いてインド国民軍を創設し、その活動を支えるため東南アジアの各地に支部を開設していました。その後、1943年7月に、チャンドラ・ボースが亡命先のドイツから帰国すると、彼がビハリ・ボースに代わって連盟の指導者となり、自由インド仮政府を樹立する母体となっています。

 自由インド仮政府ないしはインド国民軍の郵便については、いろいろと不明な点も多く、このカバーについても詳しいことはよく分かりません。まぁ、カバーの中に入っていた手紙にも、封筒に押されていたのと同じ検閲印が押されていますし、全体の雰囲気からして、当時のインド独立連盟の関係者が差し出したものと見てまず間違いないとは思うのですが、どなたか、詳しい事情をご存じの方がおられたら、ご教示いただけると幸いです。

別窓 | 自由インド仮政府 | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
 ボースのトラ
2005-09-30 Fri 12:10
 プロ野球のセリーグはタイガースが優勝しましたね。僕は別段、ひいきのチームというのはないのですが(いつだったか、むさい男たちを見ているよりは綺麗なお姉さんたちを見てるほうが良いと冗談で言ったら、周りの連中はすっかり本気にしてしまい、以来、誰も野球やサッカーの話を僕には振ってくれなくなりました)、まぁせっかくの話題ですから、トラの切手の中からこんな1枚をご紹介しましょう。

自由インド仮政府

 この1枚は、1943年にチャンドラ・ボースの自由インド仮政府が発行しようとして、果たせなかった“切手”です。

 イギリスの植民地支配下で、反英独立運動の闘士として戦っていたボースは、第二次大戦が始まると、“敵の敵は味方”というロジックでナチス・ドイツの協力を得てイギリスと戦おうとします。さらに、太平洋戦争が始まると、1943年、東南アジアを占領してインド侵攻を計画していた日本の要請を受け、ボースはドイツから潜水艦に乗って日本にわたり、同年10月21日、シンガポールで日本の支援を得て自由インド仮政府を組織しました。また、ボースは、日本軍の捕虜となったインド兵を中心に結成されたインド国民軍の最高司令官にも就任。インド国民軍が、日本軍とともにインパール作戦で戦ったことは広く知られています。

 さて、自由インド仮政府は、その発足とともに、自らの存在をアピールするための手段として切手を発行することを計画。上に掲げたものを含めて切手の製造をドイツに発注しました。しかし、戦況の悪化で、完成品がドイツから仮政府の拠点があったラングーンまで届けらることが困難となり、この切手も発行されないまま終わってしまいました。

 切手には、インド国民軍の旗が大きく取り上げられていますが、その中央にトラが描かれているので、今日の切手としてご紹介してみたというわけです。

 トラを取り上げた切手というと、8月24日の日記 でご紹介した台湾民主国の切手をはじめ、まだまだ、面白いものがいくつかあるので、日本シリーズで阪神が優勝してもネタに困るということはなさそうです。次は、パリーグの優勝チームにちなんだネタで何か探すことになりそうですが、さてさて、こちらはどうなるでしょう。
別窓 | 自由インド仮政府 | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
| 郵便学者・内藤陽介のブログ |
copyright © 2006 郵便学者・内藤陽介のブログ all rights reserved. template by [ALT-DESIGN@clip].
/