内藤陽介 Yosuke NAITO
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 建国記念の日
2015-02-11 Wed 11:11
 私事で恐縮ですが、昨年末から郵趣サービス社のオンラインショップ“スタマガネット”で連載中のコラム「日ノ本切手美女かるた」が、読者の方からの反響が予想よりもはるかに大きいということで、急遽、『日の本切手美女かるた』の題名で書籍化が決まりました。刊行予定日は3月25日です。というわけで、今日(11日)は建国記念の日でもありますので、同書の事前プロモーションを兼ねて、記紀神話がらみの切手の中から、この1枚を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      新高額切手(10円)

 これは、1924年に発行された神功皇后の10円切手です。

 記紀神話に登場する神宮皇后の三韓征伐の物語は、皇后の夫、仲哀天皇が九州南部の豪族、熊襲を征討しようとした際に、シャーマンの術にすぐれていた皇后に「西の方に国有り。金銀を本と為て、目の炎耀く種種の珍しき寶、多に其の国に在り。吾今其の国を帰せ賜はむ」(西方に金銀財宝の豊かな国がある。それを服属させて与えよう)との神託が下ったところから始まります。

 ところが、天皇はこの神託を信じなかったため、神の怒りにふれて急死。そこで、天皇を葬った後、皇后が再び神意を問うと、さらに「この国は皇后の御腹に宿る御子が治めるべし」との託宣がありました。そこで、皇后は妊娠中でしたが、遠征中に出産とならないよう、卵形の美しい石を2個、腰のところにつけて呪いとし、出産を後らせることを願い、住吉三神を守り神として軍船を整えて新羅に遠征し、百済・高句麗ともどもこれを平定して凱旋。帰国後、無事に誉田別命(後の応神天皇)を出産しました。

 明治時代の『尋常小学国史』では、皇后の三韓征伐や、その後、百済から多くの人々が渡来して日本に学問・技術などを伝えたことは「神功皇后の御てがらに基づきしなり」と教えられていました。じっさい、1895年に日清戦争に勝利するまでの大日本帝国は、実際に自分たちが朝鮮半島を支配できるとは考えていなかったでしょうから、当初は神功皇后に関しても、三韓征伐の軍事的な成功というより、西方から富と技術をもたらした文明開化の先駆者というイメージの方が強かったのではないかと思います。

 1878年、イタリア出身のお雇い外国人、エドアルド・キヨッソーネは印刷局の女性職員をモデルに、紙幣の原画として西洋の貴婦人を思わせる容貌の神功皇后の肖像を描いていますが、当時の日本社会には、それを違和感なく受け入れる雰囲気がありました。じっさい、キヨッソーネの神功皇后像は好評で、明治10年代には何度も紙幣に採用されています。その後、明治20年代に入り、行き過ぎた欧化主義に対して国民の批判が強まると、彼女の肖像も紙幣から外され、菅原道真、武内宿禰、藤原鎌足、和気清麻呂など、歴史上の天皇の忠臣が紙幣に登場するようになりました。

 1908年、キヨッソーネによる神功皇后像は突如切手の顔として復活します。いわゆる旧高額切手です。

 すでに1905年、第2次日韓協約で韓国の外交権を接収し、韓国を保護国化していた日本は、1907年のハーグ密使事件(ハーグの万国平和会議に韓国皇帝の密使が現れて各国代表に韓国の独立を訴えた事件)を理由に韓国皇帝を退位させ、その内政権も手中に収めていました。

 神功皇后像が切手において復活したのも、こうした時代背景の下で、あらためて、伝説の三韓征伐のヒロインとしての彼女の存在にスポットライトがあてられたからと考えるのが自然でしょう。

 ところで、1923年9月の関東大震災で印刷局が罹災し、旧高額切手の原版が焼失したため、翌1924年12月1日、神功皇后という題材はそのままに、デザインを変更した“新高額切手”(今回ご紹介の切手です)が発行されました。

 ちなみに、新旧の高額切手のデザインでは、特に皇后の髪型が大きく異なっています。すなわち、旧高額切手では皇后は長い髪をそのまま垂らしていますが、新高額切手では髪を結いあげたスタイルです。これは、皇后が出征前にその成否を占った際、海水に髪を浸して髪が二つに割れるという吉兆が出たため、そのまま髪を結って船に乗り込んだという『日本書紀』神功皇后巻の記述に合わせたものです。また、肖像の周囲には、古墳の壁画などに見られる直弧紋と呼ばれる文様も配されています。

 こうした変更について、当時の逓信省は「考古学的考証を加えたため」と説明しましたが、単純なルックスという点でいえば、やはりキヨッソーネの原画による旧高額切手の方が美人じゃないでしょうかねぇ。もちろん、歴史的考証も大事ではありましょうが…。

 さて、以前の記事にも書きましたが、天孫降臨や神武東征などの記紀神話は、それがそのまま歴史的事実であるとは考えられません。ただし、そういうレベルでいえば、『聖書』の記述なんかも歴史的事実としては認めがたいわけで、欧米のキリスト教世界で(信じるか信じないかは別の問題として)『聖書』の物語をたしなみとして国民に教えているのであれば、わが国でも民族の物語としての記紀神話を日本人の大半が常識として共有しているのが本来の姿でしょう。

 したがって、僕に言わせれば、歴史の授業ではなく、国語の授業で、小学生のうちから徹底的に記紀神話を教え込むべきだと思うのですが、そういうことを言うと、左巻きの人たちは「戦前の皇国史観が大日本帝国の侵略戦争を支える役割を果たした」などと主張して反対するんでしょうな。困ったものです。

 
 なお、3月25日刊行予定の拙著『日の本切手美女かるた』では、神宮皇后については、旧高額切手を主役に取り上げました。実物ができあがりましたら、ぜひ、お手に取ってご覧いただけると幸いです。


 ★★★ 講座「切手と郵便物に刻まれた“終戦”」(2月20日)のご案内 ★★★ 

       ミズーリの消印

 2月20日13:00~14:30、愛知県名古屋市の栄中日文化センターで、「切手と郵便物に刻まれた“終戦”」と題する講座を行います。

 2015年は第二次世界大戦の終戦から70周年にあたります。終戦の年の1945年はあらゆる意味で社会が激変した年ですが、その影響は切手や郵便物にもさまざまな痕跡を残しています。今回の講座では、当時の切手や郵便物を読み解いていくことで、一般の歴史書では見落とされがちな終戦の諸相を、具体的なモノの手触りとともに明らかにしてみたいと思っています。

 詳細は、こちらをご覧ください。(画像は、日本の降伏文書調印が行われた米軍艦ミズーリ号から降伏文書調印日に差し出された郵便物の一部分です) 

 
 ★★★ よみうりカルチャー荻窪の講座のご案内 ★★★

 毎月1回(原則第1火曜日:3月3日、3月31日)、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で下記の一般向けの教養講座を担当します。

 ・イスラム世界を知る 時間は15:30-17:00です。

 次回開催は3月3日で、途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


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        朝鮮戦争表紙(実物からスキャン) 本体2000円+税

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 「韓国/北朝鮮」の出発点を正しく知る!
 日本からの解放と、それに連なる朝鮮戦争の苦難の道のりを知らずして、隣国との関係改善はあり得ない。ハングルに訳された韓国現代史の著作もある著者が、日本の敗戦と朝鮮戦争の勃発から休戦までの経緯をポスタルメディア(郵便資料)という独自の切り口から詳細に解説。解放後も日本統治時代の切手や葉書が使われた郵便事情の実態、軍事郵便、北朝鮮のトホホ切手、記念切手発行の裏事情などがむしろ雄弁に歴史を物語る。退屈な通史より面白く、わかりやすい内容でありながら、朝鮮戦争の基本図書ともなりうる充実の内容。

 本書のご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、アマゾン他、各電子書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。

 *8月24日付『讀賣新聞』、韓国メディア『週刊京郷』8月26日号、8月31日付『夕刊フジ』、『郵趣』10月号、『サンデー毎日』10月5日号で拙著『朝鮮戦争』が紹介されました!


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 最初の“前島密”切手
2015-02-05 Thu 22:43
 昨日(4日)は、日本の“郵便の父”と称される前島密が1835年2月4日(天保6年1月7日)に生まれてから、ちょうど180年の日でした。というわけで、1日おくれですが、前島密に絡めて、こんな切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      郵便創始50年(10銭)

 これは、1921年4月20日に発行された「郵便創始50年」の記念切手のうち、当時の逓信省の庁舎を描いた10銭切手で、敷地の一部に立っていた前島密の銅像もしっかり描かれています。その部分を拡大した画像を下に貼っておきましょう。

      郵便創始50年(10銭・部分)

 前島密の顔がきちんと識別できる前島切手としては、1927年発行の万国郵便連合加盟50年の記念切手が最初ですが、図案の一部に副次的要素として前島が登場する前島切手まで含めると、今回ご紹介のものが最初の切手となります。なお、前島本人は今回ご紹介の切手が発行される以前の1919年に亡くなっていますので、存命中の人物は切手に取り上げないという原則には適っています。

 さて、切手に取り上げられた逓信省の庁舎は、1910年3月、東京府京橋区木挽町(現在の中央区京橋)に完成したもので、地上3階・地下1階で総煉瓦造で、当時の東京府内では最大規模を誇る建物でした。

 前島の銅像は、1915年10月、彼の傘寿を記念して費用が集められ、翌1916年7月に序幕式が行われました。作者は新海竹太郎で、台座の設計者は伊藤忠太郎。地面よりの像の頂点までは6mの高さがあり、台座の表面には「男爵前島密君」の文字が、裏面には壽像記が、それぞれ、刻まれています。

 その後、1923年の関東大震災で逓信省庁舎が全焼したため、逓信博物館(当時は牛込見附内にありました)の玄関前に移設されます。戦争中は金属回収令により、あやうく回収され溶解されるところでしたが、終戦のために回収を免れ、逓信博物館の玄関前に横倒しのまま放置されていましたが、その後、新潟県上越市池部の前島記念館に移設され、現在に至っています。


 ★★★ イベント「みんなで絵手紙」(2月8日)のご案内 ★★★

      狛江絵手紙チラシ・表     狛江絵手紙チラシ・裏

 2月8日(日) 10:00-17:00に東京・狛江のエコルマホールにて開催のイベント「みんなで絵手紙 見て、知って、書いて、楽しもう」のトークイベントに内藤陽介が登場します。内藤の出番は13:30-14:15。「切手と絵・手紙」と題してお話しする予定です。是非、遊びに来てください。主宰者サイトはこちら。画像をクリックしていただくと、チラシの拡大画像がごらんになれます。


 ★★★ 講座「切手と郵便物に刻まれた“終戦”」(2月20日)のご案内 ★★★ 

       ミズーリの消印

 2月20日13:00~14:30、愛知県名古屋市の栄中日文化センターで、「切手と郵便物に刻まれた“終戦”」と題する講座を行います。

 2015年は第二次世界大戦の終戦から70周年にあたります。終戦の年の1945年はあらゆる意味で社会が激変した年ですが、その影響は切手や郵便物にもさまざまな痕跡を残しています。今回の講座では、当時の切手や郵便物を読み解いていくことで、一般の歴史書では見落とされがちな終戦の諸相を、具体的なモノの手触りとともに明らかにしてみたいと思っています。

 詳細は、こちらをご覧ください。(画像は、日本の降伏文書調印が行われた米軍艦ミズーリ号から降伏文書調印日に差し出された郵便物の一部分です) 

 
 ★★★ よみうりカルチャー荻窪の講座のご案内 ★★★

 毎月1回(原則第1火曜日:2月3日、3月3日、3月31日)、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で下記の一般向けの教養講座を担当します。

 ・イスラム世界を知る 時間は15:30-17:00です。

 次回開催は2月3日で、途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


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 本書のご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、アマゾン他、各電子書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。

 *8月24日付『讀賣新聞』、韓国メディア『週刊京郷』8月26日号、8月31日付『夕刊フジ』、『郵趣』10月号、『サンデー毎日』10月5日号で拙著『朝鮮戦争』が紹介されました!


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 年賀状のスタンプ
2015-01-05 Mon 11:11
 例年のことですが、“郵便学者”という看板を掲げて生活している関係から、僕は毎年、年賀状には干支にちなんだ切手・スタンプを取り上げることにしています。もっとも、ただ単に干支の切手・スタンプを持ってくるだけではつまらないので、①できるだけ他の人が使いそうにないモノ、②その年の仕事の予告編になりそうなモノ、③可能な限り、干支を取り上げた年賀切手は除く、という基準で選んでいます。きょう(5日)は仕事始めでオフィスで僕の年賀状をご覧になるという方もあると思いますので、今回の年賀状のスタンプについて簡単に解説いたします。(画像はクリックで拡大されます)

      平和記念特印

 これは、いまから96年前の1919年、第一次世界大戦の講和条約調印を記念して用いられた特印(特殊通信日付印)の図で、この年の干支であり、平和の象徴でもある羊の顔が大きく取りあげられています。

 元日のご挨拶でも少し触れましたが、現在、日本切手を題材とした書籍の原稿を書いておりますので、今回は日本関連のマテリアルの中から、最もインパクトのある羊ネタということで、あえて切手ではなく、この特印の図を持ってきました。また、今年1年、皆さまが平和にお過ごしになれますようにとの意味合いも込めたつもりです。

 さて、第1次大戦に参戦し、戦勝国となった日本は、1919年1月に始まったヴェルサイユ会議に参加し、同年6月28日、講和条約に調印します。これを受けて、同年7月1日が“平和記念日”とされ、全国各地で様々なイベントが催されるとともに、4種セットの記念切手が発行されました。

 逓信省は1919年1月から記念切手と絵はがき発行の準備を進め、5月14日までに図案をすべて決定していましたが、報道されている会議の進行状況から、講和条約の調印は8月以降になりそうなので、記念切手の準備は7月半ばまでに完了すればいいと考えていました。ところが、急遽、6月28日の条約調印、7月1日の平和記念日という段取りが決まったため、あわてて、7月1日の切手発行と特印の使用に踏み切っています。

 今回ご紹介の特印は、塚本靖と樋畑雪湖の協議によって制作されたもので、1919年7月1日から1ヵ月間、1・2等局(郵便物の集配を行わない局と季節限定で開局される局を除く)と特に指定された3等局の計614局で使用されました。この印を押して実際に差し出された郵便物の一例を下に画像として貼っておきましょう。

      平和記念(米宛葉書)

 この葉書は、大戦平和記念切手のうち、結城素明のデザインした鳩とオリーブの4銭切手を貼って日光から米国宛に差し出された葉書です。消印の日付欄のうち、月の部分が見えないのですが、特印の使用期間は1919年7月の1ヵ月間だけですので、7月23日に差し出されたものとわかります。

 なお、例によって、年賀状の投函は年末ぎりぎりになってしまいましたので、まだお手元に届いていない方もあるかと思います。(ちなみに、拙宅には、明らかに昨年の御用納め以前に投函されたと思しき、オフィスからの年賀状が昨日の夕方にも何通か届きました)

 早々に賀状をお送りいただきながら、僕の賀状がまだ届いていないという方々におかれましては、今しばらくお待ちいただきますよう、伏してお願い申し上げます。


 ★★★ イベント「みんなで絵手紙」(2月8日)のご案内 ★★★

      狛江絵手紙チラシ・表     狛江絵手紙チラシ・裏

 2月8日(日) 10:00-17:00に東京・狛江のエコルマホールにて開催のイベント「みんなで絵手紙 見て、知って、書いて、楽しもう」のトークイベントに内藤陽介が登場します。内藤の出番は13:30-14:15。「切手と絵・手紙」と題してお話しする予定です。是非、遊びに来てください。主宰者サイトはこちら。画像をクリックしていただくと、チラシの拡大画像がごらんになれます。


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 2月20日13:00~14:30、愛知県名古屋市の栄中日文化センターで、「切手と郵便物に刻まれた“終戦”」と題する講座を行います。

 2015年は第二次世界大戦の終戦から70周年にあたります。終戦の年の1945年はあらゆる意味で社会が激変した年ですが、その影響は切手や郵便物にもさまざまな痕跡を残しています。今回の講座では、当時の切手や郵便物を読み解いていくことで、一般の歴史書では見落とされがちな終戦の諸相を、具体的なモノの手触りとともに明らかにしてみたいと思っています。

 詳細は、こちらをご覧ください。(画像は、日本の降伏文書調印が行われた米軍艦ミズーリ号から降伏文書調印日に差し出された郵便物の一部分です) 

 
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 スコットランド、英国に残留
2014-09-19 Fri 23:13
 世界中の注目を集めていた英北部スコットランドでの、英国からの独立の賛否を問う住民投票は、結局、独立反対派が多数を占め、スコットランドは英国に残留し、“連合王国”の枠組は維持されることになりました。というわけで、英国の一部としてのスコットランドということで、こんなマテリアルを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      皇太子(裕仁)御帰朝・絵葉書

 これは、1921年9月3日、印刷局内朝陽會が制作した“皇太子殿下(=裕仁親王。後の昭和天皇)御帰朝記念”の絵葉書に、御帰朝記念の切手を貼り、発行当日の記念印を押したものです。このとき朝陽會が発行した絵葉書は3種類あるのですが、今回は、そのうち、皇太子の肖像と外遊ルートを描いたモノで、英国の部分では、イングランドのポーツマスとロンドン、スコットランドのエジンバラが記されています。(下に、葉書の該当部分を拡大して貼っておきます)

      皇太子(裕仁)御帰朝・絵葉書(部分)

 第一次大戦に際して、日本は日英同盟に基づいてドイツに宣戦を布告し、ヨーロッパ列強がアジアに目を向ける余裕を失った隙に乗じて、山東半島の膠州湾ドイツ租借地ドイツ領南洋群島を占領。さらに、建国後まもない袁世凱の中華民国に“二十一ヶ条の要求”をつきつけます。これに対して、大戦中こそ、欧米列強は日本の行動を黙認していたものの、大戦の終結と同時に、彼らは異議を唱えるようになります。その急先鋒となったのが、グアム・フィリピンを領有し、太平洋地域で日本を仮想敵国とみなしていた米国でした。

 ところで、日本の躍進を支えた日英同盟は、1902年に締結された当初は、帝政ロシアを仮想敵国としてスタートしましたが、その後、日露戦争での日本の勝利に伴い、主要な仮想敵国はドイツへと変化します。さらに、第一次大戦を通じて、帝政ロシアは革命によって崩壊し、ドイツも敗北すると、同盟じたいの存在理由は希薄になっていました。

 こうした情勢の変化を見て取った米国は、日本の脅威を殺ぐため、日英の離間を画策しようとすることになります。

 一方、日本側は自国の繁栄の礎となっていた日英同盟を、大戦後も維持しようと考えていました。そして、そのための宣伝活動として考え出されたのが、1921年3月から9月にかけて行われた皇太子・裕仁皇親王の訪欧だったわけです。

 古今東西、皇族(王族)は自国民にとってのスターであると同時に、対外的にも重要な広告塔の役割を担っています。イギリスのダイアナ元皇太子妃が、生前、世界的な人気を誇っていたのはその何よりの証拠といってよいでしょう。裕仁親王も、そうした広告塔の役割を期待され、同盟国イギリスの王室と友誼を通じ、日英両国の絆を内外にアピールすることで、英国国民の間に日英同盟存続の世論を喚起するために訪欧することになりました。

 さて、1921年5月7日、ポーツマス近くのワイト島で英国入りした裕仁親王は、5月17日にロンドンを中心としたイングランドでの公式日程を終え、ケンブリッジなどを経て、翌21日にスコットランドのエディンバラに到着しています。

 親王のスコットランドご訪問は、スコットランドの豊かな自然が親王の心を和ませるとともに、スコットランドの大貴族であるアソール公爵に親王の接遇を委ねることで“英国貴族”を知ってもらおうとの英国政府の意図によって企画されたものでした。このため、当初、親王の接遇に難色を示していた公爵に対して、英国政府は、首相のロイド・ジョージ自らが親王を接遇するよう、強く説得しています。

 親王はエディンバラで公立慈善病院や王立高等学校等を訪問された後、パース近郊にあるアソール公の居城に滞在。5月23日に行われた舞踏会では、領内の村人達が普段着姿で参加して公爵夫妻とステップを踏み、最後には一同でスコットランド民謡「オールド・ラング・サイン」(蛍の光)を歌うという光景に非常に感銘を受けたと自ら語っておられます。

 その後、親王はイングランドに戻ってマンチェスターを訪問し、ロンドンを経由して、5月30日、ポーツマスを出港し、次の訪問地であるフランスに向かいました。

 こういうエピソードを見ると、やはり、イングランドとスコットランドが共にあってこその“英国”なのだという印象を僕などは持ちますね。もちろん、スコットランド独立派の方々には相応の言い分があることも了解はしておりますが、今回の投票結果には(外国人が余計なお世話だと言われるかもしれませんが)、まずはホッとしたという人が僕を含めて多かったのではないかと思います。


 ★★★ よみうりカルチャー荻窪の講座のご案内 ★★★

 10月から、毎月1回(原則第1火曜日:10月7日、11月4日、1月6日、2月3日、3月3日、3月31日)、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で下記の一般向けの教養講座を担当します。(詳細はそれぞれ講座名をクリックしてください)

 ・現代コリア事情 時間は13:00-14:30です。

 ・イスラム世界を知る 時間は15:50-17:00です。

 初回開催は4月1日で、講座は途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


 ★★★ 内藤陽介の最新刊  『朝鮮戦争』好評発売中! ★★★ 

 お待たせしました。約1年ぶりの新作です!

        朝鮮戦争表紙(実物からスキャン) 本体2000円+税

 【出版元より】
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 第一次世界大戦開戦100年
2014-07-28 Mon 08:23
 今日(28日)は、1914年7月28日、前月末のサライェヴォ事件以降、極度の緊張関係にあったオーストリア=ハンガリー帝国(以下、オーストリア)とセルビアとの間で、オーストリアがセルビアに宣戦布告し、第一次大戦が勃発してから100周年の日に当たります。というわけで、この切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      大戦平和10銭

 これは、1919年7月1日に発行された“平和記念”のうち、最高額面の10銭切手で、岡田三郎助の原画による鳩とオリーブが描かれています。

 第1次大戦に参戦し、戦勝国となった日本は、1919年1月に始まったヴェルサイユ会議に参加し、同年6月28日、講和条約に調印します。これを受けて、同年7月1日が“平和記念日”とされ、全国各地で様々なイベントが催されるとともに、4種セットの記念切手が発行されました。

 逓信省は1919年1月から記念切手と絵はがき発行の準備を進め、5月14日までに図案をすべて決定していましたが、報道されている会議の進行状況から、講和条約の調印は8月以降になりそうなので、記念切手の準備は7月半ばまでに完了すればいいと考えていました。ところが、急遽、6月28日の条約調印、7月1日の平和記念日という段取りが決まったため、あわてて、7月1日の切手発行に踏み切ったというわけです。

 さて、今週末の8月1日から3日まで、東京・錦糸町のすみだ産業会館で開催予定の全日本切手展(全日展)では、1894年にわが国最初の記念切手(いわゆる“明治銀婚”)が発行されてから今年で120年になるのを記念して「記念切手発行120年」の企画展示を行います。展示では、郵政博物館のご協力により、今回ご紹介の“大戦平和”の原版も展示されますので、ぜひ、ご来場の上、原版の実物をご覧いただけると幸いです。

        
 ★★★ トークイベントのご案内 ★★★ 

 8月2日(土) 14:00より、東京・錦糸町のすみだ産業会館で開催の全日本切手展(全日展)会場内で、新著『朝鮮戦争』の刊行を記念して、トークイベントを開催することになりました。(画像は表紙のイメージ。細かい部分で、若干の変更があるかもしれません)

      朝鮮戦争・表紙

 トークそのものの参加費は無料ですが、全日展への入場料として、3日間有効のチケット(500円)が必要となります。あしからずご了承ください。皆様のお越しを心よりお待ち申しております。
 

 ★★★ 『外国切手に描かれた日本』 電子書籍で復活! ★★★

      1枚の切手には 思いがけない 真実とドラマがある

    外国切手に描かれた日本(表紙)     外国切手に描かれた日本(ポップ) 
    光文社新書 本体720円~

 アマゾン紀伊国屋書店ウェブストアなどで、6月20日から配信が開始されました。よろしくお願いします。(右側の画像は「WEB本の雑誌」で作っていただいた本書のポップです)


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 昭憲皇太后100年祭
2014-04-11 Fri 14:21
 1914年4月11日に明治天皇の皇后・昭憲皇太后の崩御が公表されてから(実際に亡くなったのは4月9日)、きょう(11日)でちょうど100年になります。というわけで、きょうはこの切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

       明治神宮鎮座

 これは、1920年に発行された“明治神宮鎮座”の記念切手です。

 後に明治天皇の皇后となる一条勝子は、嘉永2年4月17日(西暦1849年5月9日)、従一位左大臣・一条忠香の三女として生まれました。女御として入内したのは、慶応3年6月28日(1867年7月27日)のことで、同年12月、大政奉還が行われ、翌慶応4年8月27日(1868年10月12日)、睦仁親王が天皇として即位。元号が明治と改められると、明治元年1月28日(1869年2月9日)、すでに宮中に入っていた勝子が、美子と名を改めた後、皇后として冊立されました。

 皇太后という称号は、本来、“天子の母親”を意味する言葉です。昭憲皇太后の場合は病弱のため子がなく、明治天皇の側室・柳原愛子の生んだ嘉仁親王が後に大正天皇として即位しました。このため、本来、大正天皇にとっての“皇太后”は柳原愛子ということになります。ただし、昭憲皇太后は後に嘉仁親王を養子としていますので、この点では“天皇の母親”という意味で皇太后とするのは誤りとは言えません。

 一方、宮中の序列としては、皇太后よりも皇后の方が格上ですから、故人については生前の最高位で呼ぶという慣例からすると、昭憲皇太后というのは不適切で、昭憲皇后というのが正しいということになります。実際、昭和天皇の皇后であった香淳皇后は今上陛下との関係でいうと“皇太后”ですが、香淳皇太后とは言いませんし、昭和天皇の母親にして大正天皇の皇后である貞明皇后についても事情は同じです。

 ところが、1914年の皇太后(この時点では、先帝が崩御した後の“今上天皇の母親”という立場なので“皇太后”で問題はない)崩御の際、当時の宮内大臣だった波多野敬直が、皇太后の追号を本来の“皇后”とせず“昭憲皇太后”として大正天皇に上奏し、それが御裁可となってしまいました。明らかな誤りですが、「綸言汗のごとし」で、いったん、天子の御裁可を受けたものを変更することはできないため、以後、“昭憲皇太后”という称号が定着することになりました。

 さて、明治天皇と昭憲皇太后(皇后)を祭神として祀る明治神宮の造営工事は1916年から始まり、全国から延べ10万人もの青年団が奉仕して1920年に完成となりました。今回ご紹介の切手はそれに合わせて発行された1枚です。

 神宮の造営以前、周囲は現在の御苑一帯を除いては畑がほとんどで、荒れ地のような景観が続いていたそうです。造成工事が始まると、日本全国はもとより、植民地の樺太(現サハリン)や台湾、満洲(中国東北部)、朝鮮などからも境内に植えるための樹木が奉納されました。その数は、実に365種類10万本。こうして、もともとは人工林として出発した“神宮の森”だったが、その後、東京の気候にあわない樹木が枯れるなどして、ほぼ自然林に近い状態となり、現在は247種類17万本の緑が生い茂っています。

 なお、日本の切手と皇室については、拙著『皇室切手』でもいろいろと解説しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


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 4月19日(土)14:00から、東京・水道橋の日本大学法学部三崎町キャンパス本館2階 第2会議室(以前ご案内していた会場から変更になりました)にて開催のメディア史研究会月例会にて、昨年(2013年)夏、バンコクで開催された世界切手展<Thailand 2013>に出品した“Korea and the Cold War 1945-1953”の内容を中心に、切手や郵便物などによって朝鮮戦争とその時代を再構成しようとする試みについてお話しします。

 なお、メディア史研究会はまったく自由な研究会で、会員以外の方でも気楽にご参加いただけますので(もちろん、無料)、よろしかったら、ぜひ、遊びに来てください。


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 田沢型切手100年
2013-08-31 Sat 10:37
 1913年8月31日に、いわゆる田沢型切手(昔は“田沢切手”と呼んでましたな)が発行されて、今日でちょうど100年です。というわけで、きょうはこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

       大白初日印

 これは、大正天皇の御真影が印刷された絵葉書に、田沢型の1銭5厘および3銭切手を貼り、発行初日の大阪中央局の消印を押して作った記念品です。

 1912年7月30日、重度の尿毒症で危篤状態にあった明治天皇が崩御。ただちに皇位継承のための践祚の儀が行われ、皇太子・嘉仁親王が新天皇として即位され、元号は「大正」と改められました

 強烈なカリスマ性を持った明治天皇が亡くなり、その大葬に際して、学習院院長・乃木希典が夫人とともに殉死したことで、多くの国民は、一つの時代の終焉が強烈に印象づけられましたが、同時に、政府の側では、この代替わりに際して、いかにして明治天皇の権威を損なうことなく、新天皇としての大正天皇のイメージを国民に速やかに浸透させていくか、という問題を抱え込むことになりました。

 新天皇の即位を内外に誇示するための公式の行事としては、即位礼と大嘗祭をあわせた大礼がありますが、大礼は諒闇(服喪期間)が明けた後でなければ行うことはできません。しかも、大正天皇の場合には、1914年4月に明治天皇の皇后であった昭憲皇太后が崩御されたため、即位の礼の実施時期は1915年までずれ込んでいます。これは、新天皇の即位を宣伝する国家的イベントとしては、あまりにタイミングが遅すぎるといえましょう。

 このため、政府としては、大礼とは別に、大正新時代の到来を国民に対して印象づける措置を取る必要に迫られました。その一つとして目をつけられたのが、日常的に用いられる通常切手です。

 元号が明治から大正に変わった頃の通常切手は菊切手でした。

 菊切手は、日露戦争を間近に控えた1899年、いわゆる“臥薪嘗胆”の時代背景の下で産み落とされました。その後も、菊切手は、日露戦争を経て日本が朝鮮を併合し、関税自主権を回復して悲願の不平等条約撤廃をなしとげた明治の末年にいたるまで、10年余にわたって国民生活に深く浸透し使用されていました。良くも悪くも、時代を象徴する切手として国民の間に定着していたといえましょう。

 したがって、切手を発行している大日本帝国の側に、新天皇の即位にあわせて人心を一新する意図があるなら、明治天皇のイメージが染み付いた菊切手に代わる新しいデザインの切手を発行することを計画するのが自然な発想といえましょう。

 こうしたことから、逓信省は、1913年1月23日から3月15日までの期間で新通常切手のデザインを一般から懸賞公募。577点の応募作品の中から、一等に選ばれた田沢昌言(印刷局職員)の手になるアール・ヌーヴォー調の作品を新通常切手の図案として採用することになりました。ちなみに、田沢がこのとき受け取った賞金は200円(当時の葉書料金は1銭5厘)です。田沢のデザインした切手は、彼の名にちなみ“田沢型切手”と呼ばれており、額面によっては、昭和十年代半ば頃まで使用されました。

 菊切手のデザインが、菊花紋章を強調するあまりに、料金前納の証紙という切手本来の性質からすれば、主役であるべき額面を示す数字を脇役の位置に追いやっていたのに対して、田沢型切手は額面の数字が格段に目立つようになっているのが最大の特徴です。ややうがった見方かもしれませんが、田沢型のデザインは、実用性を重視することで切手上における菊花紋章の地位を相対的に低下させ、結果として、偉大なる明治の重圧から解放された新時代の到来を象徴するものとして受け入れられたのかもしれません。

 さて、田沢型切手の第1号として、書状基本料金用の3銭と葉書料金用の1銭5厘の2種類が発行されたのは、1913年8月31日、すなわち、大正天皇の誕生日(天長節)のことでした。

 ここで、大正時代の天長節について若干の補足的な説明をしておくと、大正天皇の実際の誕生日は1879年8月31日でしたが、この日は、学校の夏休み期間中と重なるなど時期的に不都合が多くあったため、1913年7月16日に発せられた勅令第259号により、2ヵ月後の10月31日を“天長節祝日”と定め、各種の記念行事は実際の天長節ではなく、天長節祝日に行うこととしました。ただし、1913年に関しては、この勅令が発せられたのが、天長節の直前であったため、各種の記念行事は8月31日に行われています。この結果、大正時代の天長節関連行事は、1912-13年には8月31日に、1914-26年は10月31日に行われるという変則的な状況となりました。

 さて、切手の発行日に話を戻すと、最も需要の見込まれる1銭5厘と3銭の切手が本来の天長節である8月31日に発行されたことで、他の額面の切手が出揃わなくとも、政府サイドとしては、とりあえず、新たな天長節にあわせて“新切手”が発行されたという体裁を整えたことになります。

 さらに、この2種につづき、5厘、1銭、2銭、4銭、5銭、10銭、20銭、25銭、1円の9種類の切手は、2ヵ月後の10月31日、すなわち、翌年から天長節祝日となる日に発行されています。

 このような日程が組まれた背景には、新たに発行される田沢切手を大正天皇と結び付けることで、日常の身近なところで、新時代の到来を国民に実感させるという政府の意図があったことはいうまでもありません。その意味では、装飾的で、それじたいは何の意味も持たないかのように見える田沢切手もまた、国家のメディアとして、新天皇の存在を国民に浸透させる役割を付与されていたとみなすことができましょう。

 なお、このあたりの事情については、拙著『皇室切手』でも詳しくご説明しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。

 
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 毎月1回、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で予算1日2000円のソウル歴史散歩と題する一般向けの教養講座を担当しています。次回開催は9月3日(原則第1火曜日)で、時間は各回とも13:00~14:30です。講座は途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


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 大正改元100年
2012-07-30 Mon 09:48
 1912年7月30日に明治天皇が崩御され、大正天皇が践祚されてから、きょうでちょうど100年です。ロンドン五輪の柔道男子66キロ級の海老沼匡とアーチェリー女子団体の銅メダルも取り上げたい話題ではあるのですが、きょうばかりは、100年に一度を優先ということで、こんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

       大正改元(葉書)

 これは、大正改元の詔書の文言を印刷した葉書に5厘切手を貼り、大正元年7月31日の消印を押した記念品です。実際には、はがきに切手を貼って紀念押印した後、余白に詔書の文言を刷り込んだのかもしれませんが…。

 さて、印刷されている詔書の文言では「明治四十五年七月三十日以後ヲ改メテ大正元年トナス(原文では“為ス”ですが、まぁご愛嬌でしょう)」とありますので、これを素直に読めば、明治45年7月30日イコール大正元年7月30日ということになります。改元の詔勅は、発せられた瞬間に、同日の初めに遡って有効となりますから、制度上は、1912年7月30日午前0時の時点から大正元年はスタートしています。

 現実の問題としては、明治天皇の崩御は7月30日の午前0時43分(実際は29日の午後10時43分だったのを、儀式・国務の都合で2時間遅らせて発表したといわれています)で、崩御の第一報が発表されたのは午前1時過ぎでした。当時の消印の時刻表示は、午前0-5時の次の刻みは午前5-6時です。したがって、理論上は、明治天皇の崩御を受けて、すぐに年号表示を変更すれば、大正元年7月30日午前5-6時の消印が存在していてもおかしくはないのですが、実際に僕自身がこれまでに確認できた限りでは、西暦1912年7月30日の消印の年号はことごとく明治45年で、大正元年のモノは見たことがありません。

 考えられる可能性としては、現場の郵便局では、7月30日に消印の年号表示を変更する通達等が出るのを待って、翌日から大正元年の消印を使い始めたということなのかもしれません。ちなみに、今回ご紹介の消印の時刻は、午前6-7時ですから、30日の時点で大正元年の消印が使われていないのだとしたら、31日に日付が変わった時点で年号表示が大正元年に変更されたと考えるのが自然なように思いますが、さて、いかがなものでしょう。

 どなたか、詳しい事情をご存じの方は、ぜひともご教示いただけると幸いです。

 【アジア国際切手展SHARJAH 2012のご案内】

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 最古の“戸籍”発見
2012-06-13 Wed 13:32
 きのう(12日)、福岡県太宰府市の教育委員会は、市内の国分松本遺跡から、701年の大宝律令以前、685-701年の作成と推定される戸籍に関する木簡が出土したと発表しました。これまでは、正倉院に伝わる702年の戸籍が現存最古のものと考えられていましたから、最古の資料ということになりそうです。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

        第1回国勢調査

 これは、1920年に発行された第1回国勢調査の記念切手です。

 第1回の国勢調査は、当初、1905年に実施することが予定されていましたが、これは日露戦争のために延期されてしまいます。さらに、その後も内閣の交替その他の事情で延び延びになり、最終的に実施されたのは、1920年のことでした。

 調査に先立ち、9月25日、周知宣伝を兼ねた記念切手が発行されました。

 切手は、645年の大化の改新の際に国司に命じて戸籍を閲覧したという故事に基づくもので、、国司が戸籍を閲覧し、その奥に署名している場面が描かれています。図案の制作に際しては、古代史家の高橋健自の指導の下、当時の服装をモデルに着用させ、当時の椅子に座らせて写生したそうです。
 
 切手の国司は黒絹の冠をかぶり、袴の上に中国風の盤領の衣を着ています。また、椅子に座るのも大陸風のスタイルで、足を組んだ半跏趺坐の座り方(弥勒菩薩なんかの座り方ですな)は、当時の仏教徒としての作法を踏まえたもので、烏皮の履(黒塗りの皮で作った、つま先の高い履物)を履いているのも大陸風です。さらに、切手の小さな印面では見づらいのですが、国司の持っている筆は雀頭筆(雀の頭のような形をした筆先の短い筆)です。

 このように、切手の図案は律令時代の風俗を忠実に再現したため、事情を知らずに「なぜ日本の切手に支那の風俗を描くのか?」と疑問に思う収集家も少なからずいたと伝えられています。

 いずれにせよ、今回発見された木簡も、こんな感じで作られていたんでしょうかね。想像をかきたてられますな。

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 大阪で生まれた切手
2011-11-27 Sun 22:27
 きょう(27日)の話題は、何と言っても大阪の府知事・市長のダブル選挙で、大阪維新の会代表で前知事の橋下徹氏が新市長に、同じく大阪維新の会幹事長・松井一郎氏が新知事に当選したことでしょう。というわけで、大阪で作られた切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

        震災8銭

 これは、1923年10月25日に発行された震災切手のうちの8銭切手です。

 1923年の関東大震災により、東京の印刷局と逓信省は焼失し、全国の郵便局に切手を配給することができなくなりました。このため、応急措置として民間の印刷所で製造された暫定的な切手(9種)が、いわゆる震災切手と呼ばれています。

 震災切手は簡易なオフセット印刷で、切手の周囲には切り取り用の点線が印刷されているものの、目打(切手周囲のミシン目)も裏糊もなく、いかにも急ごしらえといった感じです。

 専門的には、印面の細かいバラエティによって、それぞれの切手はタイプ別に分類することができ、その結果として、印刷所を特定することも可能です。

 今回ご紹介している8銭切手は、大阪の精版印刷で作られたタイプⅠ・Ⅱと東京の秀英舎で作られたタイプⅢ・Ⅳに分類されますが、画像の切手は大阪で作られたタイプⅡ(右下方の桜の花の下向きの花弁に点があるのが特徴)と呼ばれるモノです。なお、タイプⅡの切手には、細かな印面のバラエティにより、A~Eのサブタイプに分類されるのですが(ちなみに、画像の切手は、右側のトンボの右前羽の中央に点のあるCです)、まぁ、あんまり細かい話をすると、だんだん目も痛くなってきますから、そろそろ、この辺でやめておきましょうか。


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 ・12月3日(土) 10:15- 切手市場
 於 東京・池袋 東京セミナー学院
 詳細は主催者HPをご覧ください。新作の『年賀状の戦後史』、『ハバロフスク』を中心に、拙著を担いで行商に行きます。 会場ならではの特典もご用意しておりますので、ぜひ、遊びに来てください。


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    日本人は「年賀状」に何を託してきたのか?
    「年賀状」から見える新しい戦後史!

 ★ TBSラジオ・ニュース番組森本毅郎・スタンバイ(11月17日放送)、11月27日付『東京新聞』読書欄、『週刊文春』12月1日号で紹介されました。

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