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内藤陽介 Yosuke NAITO
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 南ア大統領、現職が再選
2019-05-23 Thu 01:58
 南アフリカ共和国(以下、南ア)の国民議会(下院)はきのう(22日)、本会議を開催し、今月8日の総選挙で過半数を獲得した与党アフリカ民族会議(ANC)の議長で現職のラマポーザ氏を大統領に選出しました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      ソ連・ANC70年(1982)

 これは、1982年にソ連が発行した“ANC70年”の切手で、ANCの旗をバックに振り上げた拳が描かれています。

 ANCの前身にあたる南アフリカ先住民民族会議(SANNC:South African Native National Congress)は、1912年1月8日、同国中部のブルームフォンテーンの教会で設立されました。

 SANNCは南アフリカにおける先住民族の権利獲得をめざす政治団体で、翌1913年に施行された「原住民土地法」(たとえば人口の70%を占める黒人の居住地は国土の13%に制限され、国内の移動を制限される通行証の携帯を義務付けられていました)に反対するためのデモや陳情運動を展開し、1914年には原住民土地法に抗議するための代表団をロンドンに派遣しています。その後、1923年に現在の名称であるANCに改称しました。

 1948年、南アでは、連合党政権の“対英従属・(オランダにルーツを持つ)アフリカーナー軽視”を徹底的に批判する国民党が総選挙で第一党に躍進。政権を獲得しました。このときの選挙キャンペーンとして、国民党が大々的に掲げたのが、アフリカーンス語で分離ないしは隔離を意味する“アパルトヘイト”のスローガンです。

 首相となった国民党のマランは、もともとオランダ改革派教会の聖職者で、「アフリカーナーによる南ア統治は神によって定められた使命である」との信念の下、「国内の諸民族をそれぞれ別々に、純潔を保持しつつ存続させることは政府の義務である」と主張。1950年、全国民をいずれかの“人種”に分類するための人口登録法を制定し、これと前後して、人種間通婚禁止法や背徳法(異人種間の性交渉を禁止する法律)を制定。さらに、都市およびその近郊の黒人居住地から黒人を強制移住させ、その跡地を白人(主としてアフリカーナー)のために区画整理するなどの、差別的政策を強行していきました。

 当然のことながら、ANCはこれに抵抗。1955年6月には、人種差別に反対する多人種の人民会議の開催を呼びかけ、ヨハネスバーグ近郊のクリップタウンで“人種差別のない民主南アフリカ”を目指す「自由憲章」を採択し、1960年には当時議長のアルバート・ルツーリがアフリカ出身者として初のノーベル平和賞を受賞しました。

 ところで、当初、ANCは非暴力主義を掲げていましたが、1960年3月、通行証制度(南アの非白人は身分証に相当する“通行証”の携帯を義務付けられ、不携帯の場合は特定の地域に入れなかったり、甚だしくは逮捕されることもありました)に抗議するデモ隊に會艦隊が発砲し、67名が犠牲となるシャープビル事件が発生すると、これを機に、副議長のネルソン・マンデラを指揮官とする軍事部門、ウムコント・ウェ・シズウェ(MK:uMkhonto we Sizwe))を設立し、武装闘争もやむなしの路線転換を行いました。これに対して、南ア政府は非常事態宣言を発してANCを非合法化。1963年にはマンデラら幹部が一斉逮捕され、ロベン島の収容所に送られました。その後、マンデラの身柄は、1982年、ケープタウン郊外のポルスモア刑務所に移監されましたが、1990年2月の釈放まで、彼は27年間を獄中で過ごし、アパルトヘイトに抵抗する南ア黒人の象徴的な存在となります。

 この過程で、西側陣営の一角を占める南ア政府に対する反対勢力として、ソ連はANCの武装闘争を支援。武器の提供のみならず、2000人に及ぶMKの戦闘員の訓練も行ないました。今回ご紹介の切手はこうした背景の下で発行されたものですが、東側諸国の支援を受けたANCは、米国政府により“テロリスト団体”に指定されていました。

 南ア政府の弾圧により、MK は壊滅的な打撃を受け、1970年前後にはその活動も大いに低迷しましたが、この時代にもソ連はANCならびにMKを存続させるためにさまざまな支援を行っていました。また、ANCは、1975年に独立したアンゴラのアンゴラ解放人民運動 (MPLA)と密接な関係にあり、アンゴラに派遣されたキューバの軍事顧問団の下、アンゴラで軍事訓練を受けています。

 こうして、南ア国外で訓練を受けたMKの戦闘員は、1976年のソウェト蜂起後、続々と南ア入りし、各地で破壊活動を展開。国際世論の圧力と併せて、南ア政府にアパルトヘイト政策の撤廃を決断させることになりました。

 その後、マンデラは当時の南ア大統領、フレデリック・デクラークと協力して全人種代表が参加した民主南アフリカ会議を2度開き、デクラークとともに1993年度のノーベル平和賞を受賞。さらに、1994年4月に行われた南ア史上初の全人種参加選挙でANCを勝利に導いて大統領に就任し、1999年に大統領職を退くまで民族和解・協調を呼びかけ、黒人ととの対立や格差の是正、黒人間の対立の解消、経済復興などに尽力しました。

 マンデラ没後も、現在に至るまで、25年以上にわたってANCは政権を維持し続けていますが、長期政権ゆえの腐敗は避けがたく、ズマ前政権下では汚職が蔓延し、失業率が20%台後半で高止まりするなど景気も低迷。このため、昨年(2018年)2月にはズマが失脚し、元実業家のラマポーザが後継大統領となりましたが、支持率の低下は収まらず、今回の総選挙ではANCは2014年の前回選挙から19議席減らし、1994年以降、最低の230議席を獲得するにとどまりました。


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 コミンテルン100年
2019-03-02 Sat 04:37
 1919年3月2日にコミンテルン(第3インターナショナル)が設立されてから、きょうで、ちょうど100周年です。というわけで、こんな切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      ソ連・コミンテルン第2回大会の祝日(1968)

 これは、1968年にソ連が発行した“レニングラード・ソ連国立美術館(現エルミタージュ美術館)の絵画”の切手のうち、ボリス・クストーディエフの「コミンテルン第2回大会の祝日」を取り上げた1枚です。

 労働運動の国際的組織化の試みとしては、コミンテルン以前にも、1864-76年の第1インターナショナル、1889-1914年の第2インターナショナルがありましたが、第2インターナショナルは、第一次世界大戦の勃発後、加盟する社会民主主義政党が“城内平和”を掲げ、それぞれ自国の戦争を支持したために瓦解。このため、これに反対する諸派は、1915年9月5-8日、スイスのツィンメルヴァルトで国際会議を開催しました。同会議では、参加者は平和主義的な右派と革命的な左派に分裂。左派の中心となったロシア社会民主労働党(ボリシェヴィキ)は“排外主義者”や“日和見主義者”と絶縁した第3インターナショナルの設立を主張しました。これが、コミンテルンの源流になります。

 1917年のロシア10月革命で政権を掌握したボリシェヴィキは、後進国ロシアの革命は先進工業国の革命なしには生き延びることはできないとの認識から、新たな国際革命組織の結成に乗り出します。そして、大戦終結後の1918年12月、英国労働党が第2インターナショナルの再建を呼びかけると、レーニンは、これに対抗すべく、外務人民委員ゲオルギー・チチェーリンに第3インターナショナル設立準備を命じました。

 これを受けて、1919年1月、39の党やグループ宛の招待状が発表され、同年3月、ペトログラード(現サンクトペテルブルク)で開催された革命的プロレタリア政党の国際会議で、第3インターナショナルの創立が決議されました。ちなみに、会議に参加した54名の代議員のうち、ロシア国外から参加したのは5名しかなかったこともあり、ドイツ共産党のフーゴ・エーバーラインらはコミンテルンの創立は時期尚早と異議を唱えましたが、ボリシェヴィキに押し切られています。

 大会は、“主要な諸国の共産党の代表者1名”で構成される執行委員会を指導機関とし、執行委員会は5名からなるビューロー(事務局)を選出することを決定。初代議長にはグリゴリー・ジノヴィエフが選出されました。

 こうして発足したコミンテルンは、当初から、ボリシェヴィキの影響力が圧倒的でしたが、ボリシェヴィキは主導権を維持するため、1920年7月の第二回大会で、内乱へ向けての非合法的機構の設置(第3条)、党内における軍事的規律に近い鉄の規律(第12条)、社会民主主義的綱領の改定(第15条)、党名の共産党への変更(第17条)、コミンテルンに反対する党員の除名(第21条)などが盛り込んだ“21箇条の加入条件”を採択しました。

 ちなみに、この加入条件をめぐり、ドイツでは1920年10月に独立社会民主党が分裂し、その左派とドイツ共産党が合同して同年12月に統一ドイツ共産党を結成。フランスでは、1920年12月、社会党大会でコミンテルン加盟と共産党への改称が決定され、反対派が新たに社会党を結成しています。また、コミンテルンに加盟済みだったイタリア社会党も1921年1月に分裂し、イタリア共産党が設立されました。以後、コミンテルンは世界革命を目指して、各国共産党を支援していくことになります。

 今回ご紹介の切手は、1920年のコミンテルン第2回大会の開催時に行われた祝賀パレードを題材とした作品をとりあげたものです。

 作者のクストーデイエフは、1878年、アストラハン生まれ。1893-96年、神学校で学ぶかたわら、オストラハンで、パヴェル・ウラソフ門下のワシーリー・ペロフより絵画の個人指導を受け、1896年、ペテルブルク帝国美術アカデミーに入学。イリヤ・レーピンに絵画を学ぶとともに、彫刻をディミトリー・ステレツキーに、エッチングをワシーリー・マテに師事しました。1909年、アカデミーの教員に選任されましたが、その仕事は、いわゆる芸術絵画にとどまらず、文学作品の挿絵や舞台芸術など多岐にわたっています。1917年の革命後も第一線での活動を続け、1923年には革命ロシア芸術家連盟に加入。1927年、レニングラードで亡くなりました。


★★★ イベントのご案内 ★★★ 

 第10回テーマティク研究会切手展 3月1-3日(金ー日)
 於・切手の博物館(東京・目白)

 テーマティク研究会は、テーマティクならびにオープン・クラスでの競争展への出品を目指す収集家の集まりで、毎年、全国規模の切手展が開催される際には作品の合評会を行うほか、年に1度、切手展出品のリハーサルないしは活動成果の報告を兼ねて会としての切手展を開催しています。今回は、僕じしんは作品を出品していませんが、最終日・3日の15:00より、国際切手展審査員の目から見た作品の解説・批評会を行います。入場は無料ですので、ぜひ、遊びに来てください。(詳細はこちらをご覧ください)

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 月探査レース、終了宣言
2018-01-24 Wed 22:49
 民間による世界初の月面探査レース「グーグル・ルナ・エックスプライズ」を主催する米エックスプライズ財団は、きょう(24日)までに、今年3月末の期限内に月面に到達する可能性があるチームがなくなったとして、レースの終了を宣言しました。というわけで、きょうはこんな切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      ソ連・ルナ9号飛行ルート(1966)

 これは、1966年11月25日にソ連が発行したルナ9号の飛行ルートを描く切手です。

 1957年10月、スプートニク1号で人工衛星の地球周回軌道投入に成功したソ連にとっての次なる課題は無人の月探査でした。

 このため、1958年に入ると、ソ連はルナ探査機を3回にわたって打ち上げたものの、同年中はすべて失敗に終わっています。

 しかし、1959年1月1日、ソ連首相のフルシチョフが新年の辞で社会主義の優位をうたいあげ、その翌日の2日、バイコヌール宇宙基地から探査機を載せて打ち上げられたボストーク・ロケットは、ついに月へと向かう軌道に探査機を投入することに成功しました。これがルナ1号です。ただし、ルナ1号は月面への着陸ないしは衝突を目的としていましたが、結果的に、同機は1月4日に月から5995キロの地点を通過し、初期の目的を達成できずに終わっています。

 続いて同年9月12日に打ち上げられたルナ2号は、翌13日、月面に到達。世界で初めて月面に到達した人工物となりました。この間、ルナ2号は観測活動を行い、月には地球にあるような磁場が無くバンアレン帯のような放射線帯も存在しないことを明らかにしたほか、いわゆる太陽風(太陽から流れ出る大量のイオン流)の存在を確認するなどの成果を上げています。

 さらに、3週間後の10月4日に打ち上げられたルナ3号は月の裏側を世界で初めて撮影することに成功。この時点では、米国のパイオニア計画では、パイオニア4号が月から6万キロの距離を通過した程度で、米ソの宇宙開発はソ連が圧倒的にリードしていました。

 その後、ソ連は有人宇宙飛行の実現に力を入れたため、月探査はしばらく中断されましたが、1961年4月12日、ボストーク1号が米国に先んじて世界初の有人宇宙飛行に成功すると、ソ連は有人月飛行の調査と技術開発のためルナ計画を再開。1966年1月31日に打ち上げられたルナ9号が2月3日に世界で初めて月面への軟着陸に成功し、陸地点周辺のパノラマ撮影を行い、データを地球へ送信しました。

 さて、今回の月探査レースは、これまで、国家レベルのプロジェクトと考えられていた月探査を、起業家や技術者、投資家で構成される民間の小さなチームで実現を目指したという点で画期的なもので、日本の民間月面探査チーム「HAKUTO」のほか、「SpaceIL」(イスラエル)、「Moon Express」(米国)、「Synergy Moon」(国際チーム)、「TeamIndus」(インド)の計5チームが参加していました。残念ながら、ミッションをやり遂げるチームは一つも出ませんでしたが、その蓄積は、ぜひ、今後に生かしていただきたいですね。


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      パレスチナ現代史・表紙 本体2500円+税

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 中東100 年の混迷を読み解く! 
 世界遺産、エルサレムの“岩のドーム”に関連した郵便資料分析という独自の視点から、複雑な情勢をわかりやすく解説。郵便学者による待望の通史!

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 男子400リレーで銅メダル
2017-08-13 Sun 08:52
 ロンドンで開催中の世界陸上競技選手権大会(以下、世陸)は、日本時間の現地時間の12日夜(日本時間13日朝)、男子400メートルリレー決勝が行われ、日本(多田修平=関西学院大、飯塚翔太=ミズノ、桐生祥秀=東洋大、藤光謙司=ゼンリン)は、38秒04のタイムで銅メダルとなりました。この種目での日本のメダル獲得は、昨夏のリオデジャネイロ五輪がありますが、世陸では初めてです。というわけで、今日はリレーを取り上げた切手の中から、この1点です。(画像はクリックで拡大されます)

      ソ連・モスクワ五輪(リレー)

 これは、1980年にソ連が発行したモスクワ五輪の記念切手のうち、陸上のリレー競技を取り上げたシートです。

 1980年に開催されたモスクワ五輪は、ソ連軍のアフガニスタン侵攻に抗議して日本を含む西側諸国がボイコットしました。この時の経験から、国際政治の影響を受けず、純粋にアスリートの優劣を競うための国際大会を開催すべきとの声が高まり、世陸の開催が検討されるようになり、1983年、フィンランドのヘルシンキで第1回大会が開催されました。

 当初、世陸は五輪と同じ4年間隔で、ご珍の前年に開かれていましたが、1993年のドイツ・シュトゥットガルト大会以降は、奇数年の隔年開催となり、現在に至っています。また、当初は欧州での開催でしたが、2005年のヘルシンキ大会以降、アジアと欧州での交互開催となり、さらに、2021年大会は米オレゴン州ユージーンでの開催が決まっています。なお、わが国では、これまでに、1991年の東京大会と2007年の大阪大会の2度の大会が開催されています。

 世陸は、五輪よりも参加する国・地域が多いことに加え、世界記録の更新も多いことから、陸上競技では世界最高峰の大会と位置付けられています。ちなみに、わが国はこれまでに、世陸では金4、銀6、銅13の計23個のメダルを獲得していますが、最初のメダル獲得は1991年の東京大会(女子マラソンの山下佐知子が銀、男子マラソンの谷口浩美が金)でした。


 ★★★ トークイベントのご案内  ★★★ 

      タウンミーティング in 福山

  2017年9月17日(日) 14:00~、広島県立ふくやま産業交流館で開催の「日本のこころタウンミ-ティング in 福山」に憲政史家の倉山満さんとトークイベントをやります。お近くの方は、ぜひ、ご参加ください。なお、イベントそのものの詳細は、こちらをご覧ください。
      
 ★★★ 内藤陽介 『朝鮮戦争』(えにし書房) 重版出来! ★★★ 

      朝鮮戦争表紙(実物からスキャン) 本体2000円+税

 【出版元より】
 「韓国/北朝鮮」の出発点を正しく知る!
 日本からの解放と、それに連なる朝鮮戦争の苦難の道のりを知らずして、隣国との関係改善はあり得ない。ハングルに訳された韓国現代史の著作もある著者が、日本の敗戦と朝鮮戦争の勃発から休戦までの経緯をポスタルメディア(郵便資料)という独自の切り口から詳細に解説。解放後も日本統治時代の切手や葉書が使われた郵便事情の実態、軍事郵便、北朝鮮のトホホ切手、記念切手発行の裏事情などがむしろ雄弁に歴史を物語る。退屈な通史より面白く、わかりやすい内容でありながら、朝鮮戦争の基本図書ともなりうる充実の内容。

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 世界の国々:ソ連
2015-12-10 Thu 14:54
 アシェット・コレクションズ・ジャパンの週刊『世界の切手コレクション』2015年12月9日号が先週刊行されました。僕が担当したメイン特集「世界の国々」のコーナーは、今回はソ連の特集です。その記事の中から、この1点をご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

      ソ連・戦艦ポチョムキン

 これは、1965年に発行された映画『戦艦ポチョムキン』の切手です。

 1925年にソ連で制作・公開された映画『戦艦ポチョムキン』(セルゲイ・エイゼンシュテイン監督)は、1905年に起きた戦艦ポチョムキンの反乱を描いたもので、特に、「オデッサの階段」と呼ばれるオデッサ市民の虐殺場面は映画史上、最も有名なシーンの一つとされています。視点の異なる複数のカットを組み合わせて用いるモンタージュ技法を駆使した映像は、映画芸術に革命をもたらした画期的な手法として、後の映画制作に大きな影響を与えました。切手は映画の水兵と戦艦を組み合わせたデザインとなっており、公開後40周年にあたる1965年に発行された1枚です。

 さて、 『世界の切手コレクション』12月9日号の「世界の国々」では、ロシア革命後のシベリア出兵と第二次大戦末期のソ連の対日参戦についての長文コラムのほか、アムールトラスプートニク1号の打ち上げ成功社会主義陣営の首領としてのスターリン、冬季五輪の開催地となったソチのマテリアルなどもご紹介しています。機会がありましたら、ぜひ、書店などで実物を手に取ってご覧ください。

 なお、僕が担当する「世界の国々」は、1週お休みをいただいて、次回は12月16日発売の12月23日号でのノルウェーの特集になります。こちらについては、12月23日以降、このブログでもご紹介する予定です。


 ★★★ 内藤陽介の新刊  『ペニー・ブラック物語』 のご案内 ★★★ 

       ペニーブラック表紙 2350円+税

 【出版元より】
 若く美しい女王の横顔に恋しよう!
 世界最初の切手
 欲しくないですか/知りたくないですか

 世界最初の切手“ペニー・ブラック”…名前は聞いたことがあっても、詳しくは知らないという収集家も多いはず。本書はペニー・ブラックとその背景にある歴史物語を豊富なビジュアル図版でわかりやすく解説。これからペニー・ブラックを手に入れたい人向けに、入手のポイントなどを説明した収集ガイドもついた充実の内容です。

 発売元の特設サイトはこちら。ページのサンプルもご覧いただけます。

 ★★★ 内藤陽介の新刊  『アウシュヴィッツの手紙』 のご案内 ★★★ 

       アウシュヴィッツの手紙・表紙 2000円+税

 【出版元より】
 アウシュヴィッツ強制収容所の実態を、主に収容者の手紙の解析を通して明らかにする郵便学の成果! 手紙以外にも様々なポスタルメディア(郵便資料)から、意外に知られていない収容所の歴史をわかりやすく解説。

 出版元のサイトはこちら。各書店へのリンクもあります。

 インターネット放送「チャンネルくらら」にて、本書の内容をご紹介しております。よろしかったら、こちらをクリックしたご覧ください。

 ★★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★★

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 犯行現場の橋
2015-02-28 Sat 14:48
 ロシアの野党指導者で元第1副首相のボリス・ネムツォフが、昨夜(27日夜)、モスクワのクレムリン近くのボリショイ・カメンニ橋で銃撃され、射殺されました。というわけで、今日はこの切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

       ソ連・憲法(1978)

 これは、1978年にソ連が発行した1977年憲法(ブレジネフ憲法)1周年の小型シートで、切手部分に取り上げられているクレムリンの手前に架かっているのが、今回の凶行の現場となったボリショイ・カメンニ橋です。

 切手の題材となった1977年憲法は、1936年憲法(スターリン憲法)に代わるものとして、1977年10月7日、ソヴィエト連邦最高会議 第9回会議第7回特別セッションで決定されました。

 同憲法は前文で「プロレタリア独裁の目的は既に達成され、ソヴィエト国家は全人民の国家となった」と宣言。1936年憲法の規定に28以上の条項を追加しているほか、中央の連邦政府と各共和国政府の間の責任分担(共和国の司法権の範囲や行政部門の規制など)が規定されています。また、連邦を構成する各共和国に対して、連邦から脱退する権利を定めている点は1936年憲法と同様ですが、この条項は、後に、ソ連崩壊時の各共和国の独立の法的な根拠となりました。

 さて、今回、射殺されたネムツォフ元第1副首相は、1959年10月9日、2014年に五輪が開催されたソチ生まれ。ソ連末期の1990年、ロシア共和国人民代議員に当選し、政界入りし、1991年8月の保守派クーデターでは、エリツィン・ロシア大統領を支持しました。ソ連崩壊後は、エリツィンによって、ニジニ・ノヴゴロド州行政長官(のちに知事)に任命され、同州の地方行政で成果を上げ、注目されました。1997年、エリツィン政権下で連邦政府の第一副首相(住宅建設政策及び独占禁止政策担当)に登用され、燃料・エネルギー相を兼任しましたが、1998年のロシア金融危機の責任を取ってキリエンコ内閣が退陣すると、第一副首相を解任されました。

 その後、改革派、リベラル派を結集した右派連合(右派勢力同盟)の創設に参加。1999年12月の下院国家会議選挙に当選し、2000年1月、下院副議長に選出されました。

 しかし、プーチン政権発足後の2003年12月の下院国家会議選挙では、右派勢力同盟は惨敗。同盟の代表を辞任し、2004年2月には石油コンツェルン・ネフチノイの取締役に就任します。ただし、その後も、プーチン政権に対しては批判的な活動を続け、2008年11月25日にはサンクトペテルブルクで開いた集会でのプーチン批判を理由に官憲に拘束されています。また、同年の大統領選挙(メドヴェージェフが当選した選挙です)の野党側の有力候補の一人とされていましたが、野党勢力の統一候補擁立のため、自身の立候補は取り下げています。
 
 2011年12月の下院選挙では、プーチンの強権的な手法を激しく批判する国民自由党(パルナス)の指導者の一人でしたが、パルナスの政党登録が法務省によって拒まれ、さらに、選挙そのものでも不正が指摘されたことから、野党勢力による反政府デモが行われ、その過程でネムツォフじしんも何度か逮捕されていました。

 報道によると、ネムツォフは、今回ご紹介の切手にも取り上げられているボリショイ・カメンニ橋の上をウクライナ国籍の女性と歩いていたところ、通りかかった白い車から背中に4発の銃弾を受けて亡くなったとのこと。じつは、ネムツォフはウクライナのオレンジ革命ではヴィクトル・ユシチェンコを支持し、ユシチェンコ政権の大統領経済顧問を務めていた経歴もあり、ウクライナの親西欧派との関係が深い人物で、あす(1日)予定されている、ロシアによるウクライナへの軍事介入に反対する大規模なデモの主催者の一人でもあります。したがって、今回の凶行もウクライナ問題に絡んでのこととみるのが自然なわけですが、そうであればなおさら、真相は藪の中ということで幕引きが図られてしまう可能性も高そうです。まさに、おそロシア、ですな。

 ★★★ よみうりカルチャー荻窪の講座のご案内 ★★★

 毎月1回(原則第1火曜日:3月3日、3月31日、4月7日、6月2日、7月7日、8月4日、9月1日)、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で下記の一般向けの教養講座を担当します。

 ・イスラム世界を知る 時間は15:30-17:00です。

 次回開催は3月3日で、途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


 ★★★ 内藤陽介の最新刊  『日の本切手 美女かるた』 3月25日発売! ★★★ 

         日の本切手 美女かるた・表紙 税込2160円

 【出版元より】
 “日の本”の切手は美女揃い!
  ページをめくれば日本切手48人の美女たちがお目見え!
 <解説・戦後記念切手>全8巻の完成から5年。その著者・内藤陽介が、こんどは記念切手の枠にとらわれず、日本切手と“美女”の関係を縦横無尽に読み解くコラム集です。切手を“かるた”になぞらえ、いろは48文字のそれぞれで始まる48本を収録。様々なジャンルの美女切手を取り上げています。

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 陸自総監、ハバロフスクへ
2014-03-11 Tue 10:44
 北海道の防衛を担当する田辺揮司良・北部方面総監が、きのう(10日)から5日間の日程でハバロフスクのロシア軍東部軍管区司令部を訪問中です。ウクライナ情勢に関連して、政府は、自衛隊幹部らとの会談が予定されていたロシア軍のゲラシモフ参謀総長の訪日を延期していますが、現場レベルでの防衛交流は続ける必要があるとの判断によるものだそうです。というわけで、きょうはこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

       セリシェフ

 これは、1966年にソ連で発行された切手つき封筒で、ハバロフスクにあるステファン・ミハイロヴィッチ・セリシェフの銅像が取り上げられています。

 セリシェフは1889年生まれ。帝政ロシア軍では中尉の階級を持つ軍人でした。1917年の10月革命後、赤衛軍に加わって指揮官となり、イルクーツクで白軍を鎮圧するとともに、トランス・バイカル戦線で指揮を執ります。1918年以降は地下活動に従事し、一時、白軍に捕らえられましたが、1920年2月、アムール州の州都、ブラゴヴェシチェンスクで赤軍によって解放されました。

 その後は、1920年から22年までアムール革命委員会のメンバーとなり、1920年8月から1921年3月までアムール戦線を、ついで、1921年3月から12月まで第2アムール軍を指揮し、1921年12月から22年3月まで極東共和国の人民革命軍革命軍事評議会のメンバーとして極東共和国軍の赤軍への移管を担当しました。

 ソ連成立後は、師団長、副軍団長を務めたほか、1926-27年には国交回復後まもない日本に駐在武官としても滞在しています。1928年2月29日没。

 セリシェフは、赤軍初期の極東における軍事的英雄として現在でも高く評価されており、ハバロフスク市内の軍関連施設が集中するエリアは“セリシェフ通り”と名付けられています。おそらく、今回の田辺総監のハバロフスク訪問もセリシェフ通りを中心の日程になるのでしょう。

 なお、ハバロフスクのセリシェフ通りと極東の赤軍・ロシア軍については、拙著『ハバロフスク』でもいろいろと書いておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


 ★★★ よみうりカルチャー荻窪の講座のご案内 ★★★   

 4月から、毎月1回(第1火曜日:4月1日、6月3日、7月1日、8月5日、9月2日)、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で下記の一般向けの教養講座を担当します。(詳細はそれぞれ講座名をクリックしてください)

 ・朝鮮半島のことを学ぼう 時間は13:00-14:30です。

 ・イスラムを学ぶ 時間は15:50-17:00です。

 初回開催は4月1日で、講座は途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


 ★★★ 講座「世界紀行~月一回の諸国漫郵」のご案内 ★★★ 

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 東京・江東区亀戸文化センターで、5月から毎月1回、世界旅行の気分で楽しく受講できる紀行講座がスタートします。美しい風景写真とともに、郵便資料や切手から歴史・政治背景を簡単に解説します。受講のお楽しみに、毎回、おすすめの写真からお好きなものを絵葉書にしてプレゼントします!

 詳細は、こちらをご覧ください。


 ★★★ 文京生涯カレッジ(第13期)のご案内 ★★★

 文京学院大学が一般向け(=どなたでも受講できます)にさまざまな講師を招いて行う通年の教養講座「文京生涯カレッジ」の第13期が4月15日から始まります。僕も、7月15・22日に「バスコ・ダ・ガマのインドを歩く」、9月9日に「ドバイ歴史紀行」のお題で登場します。詳細はこちらですので、よろしかったら、ぜひご覧ください。


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 彼女はしわくちゃの手で、給水塔の脚をペチャペチャ叩きながら、そんな風に説明してくれた。(本文より)

 南方占領時代の郵便資料から、蘭印の戦跡が残る都市をめぐる異色の紀行。
 日本との深いつながりを紹介しながら、意外な「日本」を見つける旅。

 出版元特設ページはこちらです。また、10月17日、東京・新宿の紀伊國屋書店新宿南店で行われた『蘭印戦跡紀行』の刊行記念トークの模様が、YouTubeにアップされました。よろしかったら、こちらをクリックしてご覧ください。


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 ダゲスタンでの聖火リレー
2014-01-28 Tue 14:16
 開幕まで10日余りとなったソチ冬季五輪の聖火リレーが、きのう(27日)、ロシア南部ダゲスタン共和国に到着しましたが、テロへの警戒から、当初、一般道の約42キロのコースで約270人にリレーされる予定だったところを、首府マハチカラのサッカー場内で5キロ強、67人のリレーに大幅に縮小され、行われたそうです。というわけで、きょうはこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      チラクチャイ

 これは、1966年にソ連で発行された切手つき封筒で、ダゲスタン南部、カスピ海に注ぐチラクチャイ川の風景が描かれています。

 ダゲスタンはカスピ海西岸、チェチェン共和国、グルジア、アゼルバイジャンなどと隣接しており、国土の4分の3を山岳・丘陵地帯が占めています。ちなみに、ダゲスタンというのは民族名ではなく、テュルク語で“山の国”の意味です。現在のロシア連邦を構成するダゲスタン共和国は、ソ連時代のダゲスタン自治ソビエト社会主義共和国が、ソ連崩壊後の1992年3月、ロシア連邦条約でロシア連邦を構成する共和国となったものです。

 山岳地帯で人々の自由な往来が困難だったこともあって、世界でも有数の多言語・多民族地域として知られ、約5万平方キロの面積に30以上の民族が住んでいます。そのうちの主要10民族とされているのが、コーカサス諸語の民族であるアグル人、アヴァール人、ダルギン人、ラク人、レズギ人、ルトゥル人、タバサラン人、ツァフル人、およびテュルク系民族のクムク人とノガイ人で、住民のほとんどはスンナ派のムスリムです。

 このうち、レズギ人とノガイ人には、それぞれ、周辺国に居住する同一民族による統一と独立を求める勢力があり、クムク人には母語による教育・文化の保護を理由としたダゲスタン内での自治国家創設を求める動きがありますが、ダゲスタン全体としては、諸民族の関係は比較的安定しているとされています。

 ただし、この地域は、伝統的に北カフカスにおけるイスラム文化の中心地となっており、1859年にチェチェンとともに帝政ロシアに併合されるまでロシアに対する抵抗運動の拠点となっていました。こうした歴史的背景もあり、プーチン政権がチェチェン独立運動を武力で制圧した後は、チェチェン系を中心としたイスラム過激派組織は反ロシア活動の拠点を隣接するダゲスタン内に移し、現在でも活動を継続しています。

 今回ご紹介の切手つき封筒に描かれているチラクチャイ川流域は首府のマハチカラから離れていますので、今回の聖火リレーが予定通りのルートで行われたとしても、この切手つき封筒に描かれた場所を通過するということにはならないのですが、ダゲスタンの一般的な田舎道ということでいえば、似たような風景の中をランナーが走っていくという光景が見られたのかもしれません。  


 ★★★ 予算1日2000円のソウル歴史散歩 ★★★   

 毎月1回、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で予算1日2000円のソウル歴史散歩と題する一般向けの教養講座を担当しています。次回開催は2月4日(原則第1火曜日)で、ついで、3月4日に開催の予定です。時間は各回とも13:00~14:30です。講座は途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


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 隠れスターリンを探せ!
2013-03-05 Tue 10:21
 1953年3月5日にスターリンが亡くなってから、今日でちょうど60周年です。というわけで、今日はちょっとひねったスターリンネタということで、こんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

        極東公務員大学

 これは、1966年にソ連で発行された切手つき封筒で、ハバロフスクの極東公務員大学が取り上げられています。

 極東公務員大学は、ハバロフスクの中心部、レーニン広場西側のムラヴィヨフ・アムールスキー通りとゴーゴリ通りの角に位置しています。ちょっと前ですが、2010年冬に撮影した実物の写真はこんな感じです。

        極東公務員大学(実物)

 ハバロフスクの極東公務員大学の校舎は、もともとは共産党最高学校として1953年に建設されたもので、その建設には日本人の抑留者も動員された。

 6階建ての建物は典型的なスターリン時代の建築様式なのですが、注目したいのは、下の画像に示した外壁の柱頭部分です。

        極東公務員大学・柱頭

 この装飾は、“大学”をイメージして、ソ連のシンボルである槌と鎌の下に本を広げたデザインとなっているのですが、この本の部分がちょっと曲者で、左側の頁にはレーニン、右側の頁にはスターリンの名前が刻まれています。これは、スターリンこそがレーニンの正統な継承者であり、レーニンと並ぶ社会主義世界の“首領”であることを示すものですが、同時に、生活の隅々にまで“スターリン”が浸透していた時代を象徴する“遺跡”と言えるかもしれません。

 さて、拙著『ハバロフスク』では、ハバロフスク市内に現在なお残るスターリン時代の“遺跡”などもいろいろとご紹介しております。機会がありましたら、ぜひ、ご覧いただけると幸いです。


★★★ 内藤陽介、カルチャーセンターに登場 ★★★   

 4月から、下記の通り、首都圏各地のよみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)で一般向けの教養講座を担当します。詳細につきましては、各講座名(青色)をクリックしてご覧いただけると幸いです。皆様のご参加を心よりお待ちしております。(掲載は開催日順)

・よみうりカルチャー荻窪
 4月2日、5月7日、6月4日、7月2日、7月30日、9月3日
 (原則・毎月第1火曜日)13:00~14:30
 予算1日2000円のソウル歴史散歩

・よみうりカルチャー川崎
 4月12日、5月10日、6月14日、7月12日、8月30日、9月13日
 (原則・毎月第2金曜日)13:00~14:30
 切手で歩く世界遺産


 【世界切手展BRASILIANA 2013・出品募集期間延長!】

 今年11月、ブラジル・リオデジャネイロで世界切手展 <BRASILIANA 2013> が開催される予定です。当初、現地事務局への出品申し込みは2月28日〆切(必着)でしたが、〆切日が3月31日まで延長されました。つきましては、2月14日に締め切った国内での出品申し込みを再開します。出品ご希望の方は、3月20日(必着)で、日本コミッショナー(内藤)まで、書類をお送りください。なお、同展の詳細はこちらをご覧ください。


 ★★★★ 内藤陽介の最新刊 ★★★★

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 ロシアがWTOに加盟
2012-08-22 Wed 16:48
 ロシアがきょう(22日付)でWTO(世界貿易機関)に加盟しました。ロシアとWTOといえば、僕なんかはやはりこちらを思い出しますな。(画像はクリックで拡大されます)

       ワルシャワ条約機構25年

 これは、1980年にソ連が発行したワルシャワ条約(機構)25周年の記念切手です。

 ワルシャワ条約機構は、1955年、NATO(北大西洋条約機構)に対抗すべく、ワルシャワ条約に基づきソ連を盟主とする東欧諸国が結成した軍事同盟で、ロシア語での略称はОВД(=Организации Варшавского договора)もしくはВД(=Варшавский договор)ですが、英語ではWTO(=Warsaw Treaty Organization)となり、世界貿易機関と同じになります。

 まぁ、ワルシャワ条約機構が解散したのは1991年7月のことで、世界貿易機関の設立が1995年ですから、時期的には重ならないので、新聞報道などでWTOと書いてあっても混同する可能性は低いのでしょうが、このブログなんかででは、ワルシャワ条約機構の方が頻度が高そうです。

 ちなみに、ロシアの経済規模は世界9位の1兆9000ドルで、これまで、WTOに加盟していない「最後の大国」と呼ばれており、WTO設立時から18年にも及ぶ交渉の結果、156番目の加盟国になりました。この結果、ロシアは加盟国との間で、原則として相互に最恵国待遇が適用されることになります。

 なお、米国は1974年に、共産圏在住のユダヤ系移民の出国を援助すべく、国外移民に制限を課している国に対しては最恵国待遇を認めないとする通商法第4編(ジャクソン=バニク修正事項)を制定しています。これは、主としてソ連に圧力をかけるためのものでしたが、1991年のソ連崩壊後も効力を失っていないため、米国は法律上、ロシアに対して最恵国待遇を適用できず、両国間にWTO規則が適用されないということになってしまいます。

 ロシアをめぐる新たなWTOが、かつてのWTOの亡霊によって足を引っ張られるというのも、なんだか皮肉な話ですな。

 ★★★ 内藤陽介・韓国進出! ★★★

   『韓国現代史』の韓国語訳、出ました
    
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    米国と20世紀を問い直す意欲作

       切手、歴史を送る(正面)
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 *どちらも書名をクリックすると出版元の特設ページに飛びます。


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