内藤陽介 Yosuke NAITO
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 マケドニア共和国独立20年
2011-09-08 Thu 23:58
 1991年9月8日にマケドニアがユーゴスラビアからの独立を宣言してから、きょうでちょうど20年です。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

        マケドニア独立20年

 これは、2011年9月5日に発行されたばかりのマケドニア独立20年の記念切手です。

 現在のマケドニア共和国は、旧ユーゴスラビア連邦を構成していたマケドニア(社会主義)共和国が連邦から分離・独立するかたちで誕生しましたが、本来の地域概念でいう“マケドニア”の範囲は、古代のアレクサンダー大王の故地として、同国のみならず、ギリシャ、ブルガリアの3ヵ国にまたがり、さらに、アルバニア領マラ・プレスパおよびゴロ・ブルド、コソボ領ゴーラ」、セルビア領プロホル・プチニスキをも含むものとされています。

 この広義のマケドニアの南部、面積にして約50%がギリシャ領であり(ちなみに、マケドニア共和国の領域は広義のマケドニアの北西部の40%ほどです)、中心都市がギリシャのテッサロニキであることにくわえ、古代マケドニア王国がギリシャ系の国であったのに対して現在のマケドニア共和国の多数派民族がスラブ系であることもあり、ギリシャ側は、本来のマケドニアはギリシャであると主張。マケドニア共和国に対して“マケドニア”の国名を変更するように求め続けています。

 特に、1993年の国連加盟申請の際には、ギリシャの強い反発により、マケドニア共和国は“マケドニア旧ユーゴスラビア共和国”という暫定名で加盟するということで妥協が図られました。しかし、これに納得しないギリシャは、1994年2月にマケドニアに対する経済封鎖を実施。海を持たない内陸のマケドニア共和国は大きな打撃を受け、国旗のデザインを変更(1991年の独立時に定められた国旗は、古代マケドニアのヴェルギナの星を用いていました)するとともに、憲法を改正してギリシャ領のマケドニアに対する領土的野心がないことを明言するなどして、1995年に経済制裁を解除させました。

 しかし、その後も、ギリシャは“マケドニア”の国名変更を求め続けており、マケドニア共和国がこれに抵抗するという構図が続いており、EUやNATOへの加盟も国名問題の解決までは保留という状態となっています。

 ちなみに、わが国の外務省は、国連加盟の国名に倣い“マケドニア旧ユーゴスラビア共和国”を正式名称としており、“マケドニア共和国”との故障は認めていません。ただし、メディアでは、この正式名称ではなく、“マケドニア(共和国)”ないしは“旧ユーゴ・マケドニア共和国”などと呼ばれることが多いようです。これに対して、在京のギリシャ大使館がそのたびに抗議をしているかどうかは定かではありません。もっとも、“マケドニア旧ユーゴスラビア共和国”の話題が日本のメディアで取り上げられることはめったにないのですがね。


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