内藤陽介 Yosuke NAITO
http://yosukenaito.blog40.fc2.com/
World Wide Weblog
 切手でひも解く世界の歴史(12)
2017-12-14 Thu 06:47
 本日(9日)16:05から、NHKラジオ第1放送で、内藤が出演する「切手でひも解く世界の歴史」の第12回が放送される予定です。(番組の詳細はこちらをご覧ください)。今回は、先日のトランプ大統領によるエルサレムの首都認定にちなんで、「エルサレム 切手と現代史」と題して、こんなモノもご紹介しながら、お話をします(画像はクリックで拡大されます)
 
      ヨルダン支配下の東エルサレム発ロンドン宛

 これは、1950年1月30日、ヨルダン支配下の東エルサレムからロンドン宛のエアメールです。

 第一次大戦後、パレスチナの地は英国の委任統治下に置かれ、エルサレムはその首府となりました。英領パレスチナは、1917年のバルフォア宣言に基づき、シオニストの移民を受け入れましたが、ユダヤ系人口の急激な増大は、在地のアラブ住民(パレスチナ人)との深刻な摩擦を生み出しました。
 
 1947年11月29日、国連でパレスチナ分割決議が採択されると、パレスチナは事実上の内戦に突入。1948年3月、シオニストたちは、分割決議で認められた“ユダヤ国家”の建設に向けて、テルアヴィヴにパレスチナのユダヤ人居住区を統治する臨時政府“ユダヤ国民評議会”を樹立し、英国撤退の軍事的空白を利用して、1948年5月のイスラエル建国に向けて、準備を進めていきました。

 イスラエルの建国宣言を受けて、周辺アラブ諸国はイスラエルに宣戦を布告し、第1次中東戦争が勃発。1949年2-7月、イスラエルとアラブ側の各国が個別に結んだ休戦条約の結果、これら各国とイスラエルとの停戦ラインが事実上の“国境”となります。これにより、いわゆるヨルダン川西岸地域はトランスヨルダンの支配下に置かれ、エルサレムに関しては、ユダヤ教キリスト教イスラムの三宗教の聖地がある旧市街=東エルサレムはヨルダンの支配下に、新市街の西エルサレムはイスラエルの支配下に入ります。

 今回ご紹介のカバーは、そうした経緯を経て、ヨルダンの支配下に置かれることになった東エルサレムから差し出されたもので、差出人はリターンアドレスとして“old city Jerusalem (エルサレム旧市街)”と記して、イスラエル支配下の西エルサレムとの区別を明らかにしています。

 貼られている切手は、1948年12月2日、ヨルダンがヨルダン川西岸の占領地で使用するため、本国切手に英語とアラビア語で“パレスチナ”と加刷して発行したもので、エルサレム旧市街のみならず、ラマッラー、ヘブロン、イェリコ、ジェニン、トゥルカレム、ベツレヘム、ナーブルス等の主要都市とその周辺で加刷切手を使用されました。

 一方、1950年には、イスラエル議会はエルサレムを首都と宣言して、テルアヴィヴの首都機能を西エルサレムに移転。13カ国が西エルサレムに大使館を設置するなど、国際社会もこれを認めていました。

 1967年の第三次中東戦争でイスラエルは東エルサレムを含むヨルダン川西岸地区を占領して東西エルサレムを再統合し、“統一エルサレム”を“(イスラエルの)不可分の永遠の首都”とします。ただし、岩のドームのある“神殿の丘(ハラム・シャリーフ)”は歴史的にワクフ(イスラムに独特の財産寄進制度)の対象とされていることから、ヨルダン宗教省が引き続きその管理を行い、その域内ではユダヤ教徒とキリスト教徒による宗教儀式は原則禁止という変則的な状況となりました。

 さて、第三次中東戦争は、理由はどうあれ、イスラエル側の先制攻撃ではじまったことから、イスラエルによる占領地拡大の正統性については、アラブ諸国はもとより、社会主義諸国や中立諸国なども否定的で、同年11月22日の国連安保理はイスラエルの占領を無効とする安保理決議242を全会一致(中華民国、フランス、英国、米国、ソビエト連邦、アルゼンチン、ブラジル、ブルガリア、カナダ、デンマーク、エチオピア、インド、日本、マリ、ナイジェリア)で可決しました。

 ただし、同決議では撤退期限は定められず、経済制裁などの具体的なイスラエルへの対抗措置も行われなかったため、イスラエルは決議を無視し続け、1980年には、あらためて「統一エルサレムはイスラエルの永遠の首都である」との決議がイスラエル議会で採択されました。これに対して、1967年までエルサレムに大使館を置いていた各国も、イスラエルの東エルサレム併合に抗議してテルアヴィヴに大使館を移転しています。

 一方、パレスチナ側では、1988年11月15日、アルジェで開催されたパレスチナ国民評議会(PNC)で、PLOがテロを放棄し、イスラエルの存在を認めたうえで、東エルサレムを首都とする“パレスチナ国”の独立宣言が採択されています。これを継承するかたちで、1993年のオスロ合意を経て1994年に発足したパレスチナ自治政府も、“パレスチナ国家”の首都は東エルサレムであるとの主張を掲げています。

 なお、米国の二大政党である民主党と共和党が綱領でエルサレムをイスラエルの首都と認めており、1995年には連邦議会で大使館のエルサレム移転を認める法律も可決されています。ただし、歴代の政権は大使館のエルサレム移転は中東和平実現の障害になるとの観点から、同法の実施を半年ごとに延期するということで問題を先延ばしにしてきました。

 これに対して、昨年(2016年)の大統領選挙で、大使館のエルサレム移転を公約したドナルド・トランプが当選。トランプ大統領は、2017年6月には歴代政権の先例を踏襲して大使館の移転を半年延期しましたが、今回、公約通り、大使館の移転手続きを開始したというわけです。

 なお、このあたりの事情については、拙著『パレスチナ現代史 岩のドームの郵便学』でも縷々ご説明しておりますので、機会がありましたら、ぜひお手にとってご覧いただけると幸いです。


★★ NHKラジオ第1放送 “切手でひも解く世界の歴史”  次回は14日!★★

 12月14日(木)16:05~  NHKラジオ第1放送で、内藤が出演する「切手でひも解く世界の歴史」の第12回が放送予定です。今回は、先日のトランプ大統領によるエルサレムの首都認定にちなんで、エルサレムのお話をします。なお、番組の詳細はこちらをご覧ください。
 当初予定していた第二次大戦中のノルウェーについてのお話から内容が変更になりました。あしからずご了承ください。

★★ 内藤陽介の最新刊 『パレスチナ現代史 岩のドームの郵便学』 ★★

      パレスチナ現代史・表紙 本体2500円+税

 【出版元より】
 中東100 年の混迷を読み解く! 
 世界遺産、エルサレムの“岩のドーム”に関連した郵便資料分析という独自の視点から、複雑な情勢をわかりやすく解説。郵便学者による待望の通史!

 本書のご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、アマゾン他、各ネット書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。


スポンサーサイト
別窓 | 西岸地区(ヨルダン統治下) | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
 きょうからJTPC展です
2010-01-15 Fri 13:16
 きょう(15日)から、東京・目白の切手の博物館でテーマティク出品者の会(JTPC:Japan Thematic Philatelists Club)の切手展がスタートしました。僕も、「マシュリク近現代史」と題して、3フレーム(48リーフ)の作品を出品しています。その中から、こんなモノを御紹介しましょう。(画像はクリックで拡大されます)

      ヨルダン・パレスチナ加刷     ヨルダン・パレスチナ逆加刷     

 これは、1948年にトランスヨルダンが発行したパレスチナ加刷切手(左)と、その逆加刷(右)です。僕のコレクションは、“歴史”を扱っている関係から、どうしてもカバーが中心になってしまうのですが、少ないながらも、単片のバラエティも使っているので、持ってきてみたという次第です。

 第一次大戦後の旧オスマン帝国領の分割の過程で、1921年、イギリスはヨルダン川東岸地域に委任統治領としての“トランスヨルダン(ヨルダン川東岸を意味する)”を創設。大戦中、いわゆるアラブ叛乱でオスマン帝国との戦いで重要な役割を果たしたハーシム家のアブドゥッラー(切手の人物です)をアミール(首長)として、アンマンに政府を樹立しました。

 その後、トランスヨルダンは1946年にイギリスから独立。1948年5月に第一次中東戦争が勃発すると、イスラエルの独立を阻止するとして参戦し、イギリス撤退後のヨルダン川西岸地区を占領しました。今回ご紹介の切手は、これに伴い発行されたものです。

 第一次中東戦争は、結局、イスラエル側の勝利に終わりましたが、トランスヨルダンのアラブ軍団は1949年4月の休戦までエルサレム旧市街を含むヨルダン川西岸地区を維持します。そして、イスラエルとの休戦協定成立後の1949年6月、トランスヨルダンはヨルダン川西岸地区と東エルサレムを併合し、新国家“ヨルダン・ハシミテ王国”の建国を宣言し、ここに、現在のヨルダン国家が誕生しました。エジプトによるガザ地区の占領と同様、“パレスチナ解放”の大義とは裏腹に、アラブ諸国が混乱に乗じてパレスチナの犠牲の上に自国の権益を拡大しようという意図をもって参戦していたことを象徴的に示している事例といってよいでしょう。
 
 さて、今回の作品のタイトルになっているマシュリクというのは、もともとはアラビア語で“日が昇るところ”の意味で、“日の没するところ”としての西方アラブ世界のマグレブに対する東方アラブ世界のことで、その範囲としては、エジプト以東の地中海東岸からイラクを指すのが一般的です。僕の今回の作品では、現在の国名でいうと、シリア・レバノン・パレスチナ・ヨルダン・イラク・アラビア半島を扱いました。将来的には、エジプト近現代史、マグレブ近現代史のコレクションも作ってアラブ世界全体をカバーしたいのですが、今回の作品は、その第1歩としてご覧いただけると幸いです。


 ★★★ イベントのご案内 ★★★

 1月15~17日(金~日) 第1回“テーマティク出品者の会”切手展
 於・切手の博物館3階(東京・目白)
 僕も、「マシュリク近現代史」と題して、スエズ以東のアラブ世界の近現代史をたどるコレクションを出品する予定です。詳細はこちらをご覧ください。


 ★★★ 内藤陽介の最新刊 ★★★

  総項目数552 総ページ数2256  
  戦後記念切手の“読む事典”(全7巻) ついに完結!

      昭和終焉の時代  『昭和終焉の時代』 日本郵趣出版 2700円(税込)

 2001年のシリーズ第1巻『濫造濫発の時代』から9年。<解説・戦後記念切手>の最終巻となる第7巻は、1985年の「放送大学開学」から1988年の「世界人権宣言40周年年」まで、NTT発足や国鉄の分割民営化、青函トンネルならびに瀬戸大橋の開通など、昭和末期の重大な出来事にまつわる記念切手を含め、昭和最後の4年間の全記念・特殊切手を詳細に解説。さらに、巻末には、シリーズ全7巻で掲載の全記念特殊切手の発行データも採録。

 全国書店・インターネット書店(amazonbk1JBOOKlivedoor BOOKS7&Y紀伊国屋書店BookWebゲオEショップ楽天ブックスなど)で好評発売中!

 * おかげさまで大変ご好評をいただいており、年末年始にかけて、ネット書店でも在庫切れの場合が多く、皆様にご迷惑をおかけしておりましたが、15日正午の時点で、上記書店のうち、amazonとJBOOKを除き、再入荷した模様ですので、よろしくお願いいたします。

別窓 | 西岸地区(ヨルダン統治下) | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
| 郵便学者・内藤陽介のブログ |
copyright © 2006 郵便学者・内藤陽介のブログ all rights reserved. template by [ALT-DESIGN@clip].
/