内藤陽介 Yosuke NAITO
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 日本・パラオ友好の橋
2015-04-09 Thu 17:28
 天皇皇后両陛下が、きのう・きょう(8・9日)の日程でパラオをご訪問なさっておられます。というわけで、両国の友好関係を象徴する切手として、こんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

        日本パラオ友好橋10年

 これは、2012年にパラオで発行された“日本パラオ友好橋10周年”の小型シートで、橋の景観を取り上げた切手が4種連刷で収められています。

 日本パラオ友好橋は、パラオの旧首都コロール島と現首都のマルキョクがあるバベルダオブ島を結ぶ413mの橋で、もともとは、ふたつの島の頭文字を取ってKB橋と呼ばれていました。

 当初、橋の建設に際しては、日本の鹿島建設も入札に参加しましたが、韓国のSOCIO(1994年に崩落した聖水大橋にもかかわった建設会社)が鹿島の半額の入札価格で落札。同社により、1977年、設計上は風速67mの暴風や激震に耐えられるという橋が建設されました。

 ところが、SOCIOに関しては、建設当初から手抜き工事の疑惑が指摘されており、開通直後から橋の中央部がへこむなどのトラブルが続出。このため、住民は避難路を確保するため、車の窓を開けて最徐行するなどの自衛策をとるほどでした。

 そこで、パラオ政府は1990年に230万ドルをかけた補強工事を行いましたが、1996年9月26日、橋は中央部から真っ二つに折れて崩落し、2名が死亡、4名以上が負傷しました。さらに、コロール島から空港への道路はKB橋しかなかったことに加え、橋には電気、水道、電話などのライフラインが通っていたため首都機能が麻痺し、クニオ・ナカムラ大統領は国家非常事態宣言を発令しています。

 その後、ライフラインは復旧したものの、財政的な理由からパラオ政府は自国の資金による橋の再建が不可能であったため、1997年に日本の無償援助による橋の再建を決定。今度は鹿島建設が橋の建設を請け負い、旧橋残存部を再利用することなく、全てを新しく作り直して、2002年1月、現在の“日本・パラオ友好の橋”が開通しました。設計上の耐用年数は50年で、現在も何ら問題なく、パラオ国民の生活を支えています。


 ★★★ イベントのご案内 ★★★

 ・4月25日(土) 11:00-12:00 スタンプショウ
 於 東京都立産業貿易センター台東館(浅草) 特設会場
 出版記念のトークを行います。入場は完全に無料ですので、ぜひ、遊びに来てください。スタンプショウについての詳細はこちらをご覧ください。


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         日の本切手 美女かるた・表紙 税込2160円

 4月8日付の『夕刊フジ』書評が掲載されました!

 【出版元より】
 “日の本”の切手は美女揃い!
  ページをめくれば日本切手48人の美女たちがお目見え!
 <解説・戦後記念切手>全8巻の完成から5年。その著者・内藤陽介が、こんどは記念切手の枠にとらわれず、日本切手と“美女”の関係を縦横無尽に読み解くコラム集です。切手を“かるた”になぞらえ、いろは48文字のそれぞれで始まる48本を収録。様々なジャンルの美女切手を取り上げています。

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 九龍に六四紀念館オープン
2012-04-29 Sun 21:50
 1989年の(第2次)天安門事件を回顧し、事件で武力弾圧された民主化運動を紹介する“六四紀念館”が、きょう(29日)、香港の九龍地区にオープンしました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます

        パラオ・天安門事件

 これは、2000年にパラオが発行したミレニアム切手の1枚で、1989年の天安門事件が取り上げられています。パラオといえば、台湾との国交を維持して中国と国交を結ばず、先日は自国の海域内で違法操業をしていた中国漁船を追跡し、自国のヘリが燃料切れで墜落しつつも、中国漁船による体当たり攻撃にも屈せず、最終的に25人の船員を拘束し、1人1000ドルの罰金をきっちり徴収したという骨のある国です。小国のミレニアム記念切手は、基本的には、外国人収集家に販売して外貨を稼ぐものという色彩が強いのですが、切手に天安門事件を取り上げることが国際社会の理解を得られるという見識は、なかなか立派なことですな。

 さて、(第2次)天安門事件の概要をまとめると、以下のようになります。

 1989年4月8日、胡耀邦(中国共産党の総書記として言論の自由化を推進し、国民からは「開明的指導者」として支持を集めていたものの、保守派との権力闘争に敗れて失脚)が亡くなると、その死を悼むかたちで、民主化を求める学生運動が北京を中心に発生します。運動の背景には、政府・党幹部の腐敗と汚職、小平による人治(超法規的な君臨)への不満がありました。

 学生を中心とした民主化や汚職打倒を求めるデモは、4月22日には西安や長沙、南京などの一部の地方都市にも拡大。西安では車両や商店への放火が、武漢では警官隊と学生との衝突が発生します。これに対して、首相の趙紫陽は5月3日の“五四運動”70周年記念式典で、学生・市民の改革要求(この日、北京では約10万人が民主化を求めるデモと集会を行っていました)を“愛国的”であると評価し、事態は沈静化の方向に向かうかと思われました。

 ところが、5月13日、民主化を求める学生側がハンガーストライキに突入したことから当局側は態度を硬化。これに反発するかたちで、中国全土から天安門広場に学生・労働者などのデモ隊の数は50万人近くに膨れ上がっていきます。

 両者のにらみ合いが続く中で、5月15日、ゴルバチョフが中ソ対立の終結を表明するために訪中。世界のマスコミは自国の民主化を進めるゴルバチョフの訪中と中国における一連の民主化運動を絡めた報道を行い、天安門広場をはじめ北京市内の要所要所が民主化を求めるデモ隊で溢れ、当局による交通規制さえ不可能となった状況が世界に配信されました。今回ご紹介の切手に取り上げられているのは、こうした状況の中で撮影された写真がもとになっています。

 これに対して、メンツを完全につぶされたと考えた当局側は、ゴルバチョフ帰国後の5月19日、北京に戒厳令を布告。23日には戒厳令布告に抗議するために北京市内で100万人規模のデモが行われ、30日には天安門広場の中心に、ニューヨークの自由の女神を模した“民主の女神”像が作られるなど、緊張が高まっていく中で、ついに6月3日深夜から4日未明にかけて、北京の天安門広場前に集まっていた学生・市民に対して人民解放軍が無差別に発砲。民主化運動を力ずくで鎮圧されることになりました。

 軍隊によって民主化運動を圧殺した天安門事件については、国際世論が厳しくこれを指弾し、中国は国際的な孤立に追い込まれます。しかし、中国国内では、事件については徹底した報道管制が敷かれており、現在なお、その実態は明らかにされておらず、一種のタブーのような扱いになっています。ちなみに、僕は以前、中国のご機嫌を伺うことに敏感とされる某社の媒体で中国モノの原稿を書いた際に、天安門事件の影響について触れたところ、担当の編集者から「“3つのT(台湾・チベット・天安門)”には触れないようにお願いします」と言われて書き直しを命じられたことがあります。まぁ、パラオの雑誌だったら、そういうこともなかったのでしょうが…。

 さて、今回、九龍にオープンした“六四紀念館”は、香港の民主派団体・香港市民愛国民主運動支援連合会(支連会)が6月10日までの期間限定で開設したもので、1989年の民主化運動当時、北京の天安門広場に設置された“民主の女神”像のミニチュアや当時の運動を説明するパネル、書籍が展示され、ビデオも放映されているそうですから、今回ご紹介の切手のもとになった写真も展示されているかもしれませんね。

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