内藤陽介 Yosuke NAITO
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World Wide Weblog
 「昭和」激動の時代
2015-08-03 Mon 15:13
 ご報告が遅くなりましたが、雑誌『キュリオマガジン』8月号ができあがりました。今回は、終戦70年のタイミングに合わせて、巻頭では「コレクターズ・アイテムに見る戦中戦後の日本:『昭和』激動の時代」と題する特集を組んでおり、僕も、通常の連載に加え、「昭和切手」と題するコラムを寄稿しています。その記事の中から、こんなモノをご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

      スマトラ新生(昭和切手無加刷)

 これは、日本占領下のオランダ領東インド(蘭印)スマトラ島のタンジョンバレイで、昭和切手に“スマトラ新生記念”の特印を押したオンピースです。

 昭和切手は、大日本帝国の正式な版図(いわゆる内地はもとより、日本の統治下にあった朝鮮半島台湾、南洋群島など)のみならず、日本軍が占領したアジア各地にも持ち込まれて使用されていたほか、終戦後、日本の旧支配地域で、無加刷のみならず、加刷加捺の台切手等として暫定的に使用されていたケースもあります。まさに、“昭和の戦争”を象徴するスケールの大きな切手だったわけで、今回の記事では、そうした面を強調した内容でまとめてみました。

 今回ご紹介の画像は、1943年3月13日、近衛師団が北部スマトラの中核都市、メダンを占領してから1周年になるのにあわせて、タンジョンバラ(消印上の表記は“タンジョンバレイ”。メダンの北方160キロの地点にある東海岸州の港町)で使用された記念印です。当時の占領当局は、日本軍によるスマトラ占領を、オランダ支配を駆逐したスマトラ島の“新生”であると主張していたため、こうした印が使用されたわけです。ちなみに、当時の“スマトラ新生”の記念日としては、1942年にスマトラでの日本軍政が開始された3月27日とする記念印も使用されています。

 消印には、椰子の木の生えたスマトラ島(いかにもステレオタイプな表現ですが…)に翻る日章旗に加え、“八紘一宇”のスローガンが入っているのも、時代が偲ばれていい感じです。

 なお、日本占領時代のスマトラ島については、拙著『蘭印戦跡紀行』でもいろいろと書いておりますので、機会がありましたら、ぜひお手に取ってご覧いただけると幸いです。


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 蘭印の皇紀
2014-02-11 Tue 13:51
 きょうは建国記念の日です。というわけで、こんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

       スラバヤ敵産管理部差し出しの葉書・消印部分    スラバヤ敵産管理部差し出しの葉書

 これは、日本占領下の1943年6月、ジャワ島スラバヤの敵産管理部が差し出した葉書で、水牛農耕図案の3.5セン切手に皇紀で2603年と表示され消印が押されています。今回は消印が主役なので、最初に消印の拡大画像を貼っておきました。

 神武天皇の即位した年を紀元とする皇紀(正式には神武天皇即位紀元)は、1872年10月、「(神武天皇の即位の日として『日本書紀』に記されている)“辛酉年春正月庚辰朔”は西暦では紀元前660年2月11日に相当する(これが、2月11日を紀元節ないしは建国記念の日とする根拠になりました)」と明治政府が布告したことに基づき、1873年1月1日の太陽暦採用と同時に施行されました。年号は上述の通り西暦+660年で、月日は太陽暦と合致しています。したがって、今回ご紹介の葉書の消印にある2603年は、西暦の1943年に相当します。

 さて、日本占領下の蘭印では、公式文書の日附には皇紀が用いられていました。今回ご紹介の葉書は、ゼネラル・エレクトリック(GE)社の資産を接収した際の預かり証で、公的機関の出した文書なので、裏面の日付欄には“皇紀260 年”と皇紀の下一桁を書き込めばよいようになっています。

       スラバヤ敵産管理部差し出しの葉書・裏面

 なお、今回ご紹介の消印の日付は建前通り皇紀2603年となっていますが、スマトラなどでは昭和年号の消印が使用されることもありました。(ウィキペディアには占領下の蘭印では「元号は用いられていなかった」との説明がありますが、これは正確ではありません)また、西暦と皇紀は下一桁が一緒ですので、地域によっては西暦の10の位の4をつぶして対応したケースもあります。

 蘭印と皇紀といえば、終戦直後の1945年8月17日に発せられたインドネシア共和国独立宣言の書面上の日付が皇紀を採用した“05年8月17日”となっているのは有名な話です。この点については、しばしば「ムスリムであるスカルノが日本への感謝の意を示すとともに、(オランダの宗教である)キリスト教に由来する西暦を嫌ったため」という説明がなされることがあるようですが、日本の占領時代には公文書では皇紀が採用されていたため、ただ単にそれを踏襲しただけというのが実情だったようです。その証拠に、連合国軍の上陸により日本軍の武装解除が行われると、消印の年号表示も西暦に戻っています。また、現在のインドネシアでは、独立宣言というと1955年にスカルノが録音した音源が広く知られていますが、ここでの年号は皇紀の“(26)05年”ではなく、西暦の“1945年”となっていることも記憶にとどめておいてよいでしょう。

 いずれにせよ、インドネシアの人々が、日本による占領時代の体験を糧に、戦後、オランダとの苛烈な戦争を戦い抜いて独立を勝ち取ったことは事実で、その点で、彼らが日本に感謝すると言ってくれるのは日本人として素直に喜ぶべき話です。ただし、彼らの独立は、あくまでも、彼ら自身の努力と犠牲によって達せられたものであって、そのことに目をつぶって「日本がインドネシアを独立させてやった」などと主張するのはあまりにも浅薄な理解としかいえません。

 なお、このあたりの事情については、拙著『蘭印戦跡紀行』でもいろいろと例を挙げながらご紹介しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。

 * 本日未明、カウンターが132万PVを越えました。いつも閲覧していただいている皆様には、あらためてお礼申し上げます。


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 二の酉
2013-11-15 Fri 00:28
 きょう(15日)は二の酉です。というわけで、一の酉の時同様、蘭印の切手の中から、この1枚を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

       ジャワ・ガルーダ

 これは、1943年6月1日、日本占領下のジャワで発行された60セント切手で、ジャワ島の地図にガルーダとスメル山を配したデザインになっています。

 日本占領下のジャワで、それまでの蘭印ギルダーに代わり、いわゆる蘭印ルピアが創設されたのは1944年のことでしたので、今回ご紹介の切手の60セントは蘭印ギルダーの60/100に相当します。

 さて、インド古典文学『マハーバーラタ』に登場するガルーダは、頭・翼・爪・口はワシ、胴・腕・脚は人間の半鳥半人の半神で、仏教・イスラム伝来以前よりヒンドゥー教圏であった東南アジア諸国で、他のヒンドゥー諸神と併せて祀られています。タイの国章や航空切手などには、これを忠実に再現したデザインが用いられています。

 ところが、ジャワやスマトラでは、そうしたオーソドックスな半鳥半人のガルーダとならんで、ジャワクマタカをモデルにした金色の神鳥としてガルーダが表現されることも少なくありません。現在のインドネシア共和国の国章はこちらの流れを汲むものですが、今回ご紹介の切手も、日本人デザイナーではなく、現地のデザイナーが原画を作成しており、彼らのイメージする“ガルーダ”がタイのものとは異なっていたことがわかります。

 さて、拙著『蘭印戦跡紀行』でも、現在のインドネシア共和国の国章との関連で、ガルーダについてもいろいろとご紹介しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


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 2014年1月11日・18日・2月8日のそれぞれ13:00-15:00、文京学院大学生涯学習センター(東京都文京区)で、「絵葉書と切手でたどる世界遺産歴史散歩」と題する講座をやります。(1月18日は、切手の博物館で開催のミニペックスの解説)

 新たに富士山が登録されて注目を集めるユネスコの世界遺産。 いずれも一度は訪れたい魅力的な場所ばかりですが、実際に旅するのは容易ではありません。そこで、「小さな外交官」とも呼ばれる切手や絵葉書に取り上げられた風景や文化遺産の100年前、50年前の姿と、講師自身が撮影した最近の様子を見比べながら、ちょっと変わった歴史散歩を楽しんでみませんか? 講座を受けるだけで、世界旅行の気分を満喫できることをお約束します。

 詳細はこちら。皆様の御参加を、心よりお待ちしております。


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 インドネシアの島の数
2013-11-13 Wed 01:03
 世界最大の群島国家インドネシアの地理空間情報局は、きのう(12日)、国連海洋法条約の定義に基づき島の数を数え直した結果、これまで一般に言われていた1万7508より4000以上少ない1万3466だったと明らかにしました。というわけで、きょうはこの切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

       海軍民政府20セント

 これは、1943年8月8日、日本占領下の蘭印(オランダ領東インド)地域のうち、海軍の担当地域で使用するために発行された“海軍民政府”の20セント切手です。

 1942年1月11日、日本軍はボルネオ島北部のタラカンとセレベス島北部のメナドに上陸。以後、島々の占領を進め、3月20日に蘭印の全地域を占領下に置きました。

 これを受けて、蘭印地域のうち、スマトラ島とジャワ島をのぞく地域(具体的には、ボルネオ島の旧オランダ領地域、セレベス、モルッカ諸島、小スンダ列島、西ニューギニアなど)は海軍が占領行政を担当することになり、セレベス島のマカッサルに南西方面海軍民政府本部が設置され、その下部組織としての海軍民政部がマカッサル(セレベス島)、バリックパパン(ボルネオ島。後に島内のバンジェルマシンに移転)、アンボン(後にバリ島のシンガラジャに移転)の3ヶ所に設けられ、現地の占領行政を担当しました。

 こうした海軍の占領地区では、占領当初、おおむね、接収した蘭印の切手に“大日本”の文字と海軍を示す錨を加刷した切手が使われていましたが、1943年8月以降(一部は7月から)、海軍民政府独自の切手が使われるようになりました。今回ご紹介の切手はそのうちの1枚で、海に美味ぶ島々とヤシの木に日章旗を配したデザインです。海軍民政府がカバーしていたのは、まさに、小さな島々が数多く連なる地域でしたから、そのイメージを表現したものと考えて良いでしょう。

 ちなみに、オランダ統治下の蘭印では、イラスト化した蘭印地図の絵葉書が作られていましたが、そのうち、無数の小島が連なる小スンダ列島(バリ~ティモール)の部分はこんな感じです。

       小スンダ列島・地図

 さて、インドネシア国家を構成する島の数に関しては、これまで、1987年に国軍が発表した1万7508が最もポピュラーであるとは言え、国立航空宇宙研究所の1万8306、内務省の1万7504など諸説がありました。ただ、いずれの場合も、高潮時に水没する岩礁なども“島”に含めていたため、今回の再調査のように、「自然に形成された水に囲まれた陸地で、潮が高い状態でも水面の上に出ているもの」という国連海洋法条約での島の定義をきっちりとあてはめると、その数は大きく減ることになりました。今回ご紹介の切手に描かれている島の中にも、現在の基準に当てはめると島とは呼べないものもあるかもしれません。

 これまでは、インドネシア領内の“島”の中には、面積の小さな無人島の中には名前が付けられていないものも少なくありませんでしたが、今回の再調査に合わせてすべての島に何らかの名前が付けられることになりました。これは、近年、周辺海域への侵略攻勢を強めている中国に対して、自国の領土の範囲を明確に主張する必要があったためです。

 なお、現在のインドネシア国家を構成する小島のうち、ロンボク島については、拙著『蘭印戦跡紀行』でも取り上げておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


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 2014年1月11日・18日・2月8日のそれぞれ13:00-15:00、文京学院大学生涯学習センター(東京都文京区)で、「絵葉書と切手でたどる世界遺産歴史散歩」と題する講座をやります。(1月18日は、切手の博物館で開催のミニペックスの解説)

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 一の酉
2013-11-03 Sun 16:01
 きょう(3日)は一の酉です。というわけで、拙著『蘭印戦跡紀行』の増刷を祈願して、蘭印の切手の中から、この1枚を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

       海軍民政府25セント

 これは、1943年8月8日、日本占領下の蘭印(オランダ領東インド)地域のうち、海軍が占領行政を担当した地域で使用するために発行された“海軍民政府”の25セント切手です。

 1942年1月11日、日本軍はボルネオ島北部のタラカンとセレベス島北部のメナドに上陸。以後、島々の占領を進め、3月20日に蘭印の全地域を占領下に置きました。

 これを受けて、蘭印地域のうち、スマトラ島ジャワ島をのぞく地域(具体的には、ボルネオ島の旧オランダ領地域、セレベス、モルッカ諸島、小スンダ列島、西ニューギニアなど)は海軍が占領行政を担当することになり、セレベス島のマカッサルに南西方面海軍民政府本部が設置され、その下部組織としての海軍民政部がマカッサル(セレベス島)、バリックパパン(ボルネオ島。後に島内のバンジェルマシンに移転)、アンボン(後にバリ島のシンガラジャに移転)の3ヶ所に設けられ、現地の占領行政を担当しました。

 こうした海軍の占領地区では、占領当初、おおむね、接収した蘭印の切手に“大日本”の文字と海軍を示す錨を加刷した切手が使われていましたが、1943年8月以降(一部は7月から)、海軍民政府独自の切手が使われるようになりました。今回ご紹介の切手はそのうちの1枚で、富士山と東南アジアを背景に、国旗と鳶が描かれています。鳶は建国神話に登場する金鵄をイメージしたものですが、実際にこの図案で発行された4種の切手のうち、今回ご紹介の25セント以外は暗青(30セント)・灰緑(50セント)・紫茶(1ギルダー)という刷色ですので、金鵄というイメージとはちょっと違いますな。

 さて、拙著『蘭印戦跡紀行』では、海軍民政府の担当地域の中では、太陽加刷切手で有名なロンボク島のアンペナンについて、過去と現在を歩く旅行記をまとめましたので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。

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 本日、トークイベントやります!
2013-10-17 Thu 01:42
 かねてご案内の通り、本日(17日)19:00より、東京・新宿の紀伊國屋書店新宿南店ふらっとすぽっとにて、おくればせながら、拙著『蘭印戦跡紀行』の刊行記念トークを行います。入場は無料で、拙著をお買い上げいただいた方には、先着20名様限りですが、ささやかながら、こんなプレゼントもご用意しました。(画像はクリックで拡大されます)

       スマトラ・統一加刷

 これは、1944年1月1日、日本占領下のスマトラ島で発行された統一加刷切手(15セント)です。

 スマトラ島を占領した日本軍は、旧オランダ領東インド(蘭印)切手を接収し、そのまま無加刷で使用させたほか、各地で独自のローカル加刷を施した切手を使用させていました。(このほか、無加刷の日本切手や一部の地域ではマライの占領加刷切手も使用されています)

 その後、状況が落ち着いてくると、1943年4月29日以降、スマトラの風物を題材とした正刷切手を発行し、全島で使用させることになります。しかし、島内の各郵便局には旧蘭印切手の在庫も少なからず残っていたことから、それらをメダンに集め、全スマトラで共通に使用するため、“大日本帝國郵便/〒/スマトラ”と加刷した切手を1944年1月1日から発行しました。なお、加刷は手押しのモノと機械押しのモノがあり、作業はメダンのデリ新聞社とファレカンプ印刷所で行われました。

 今回ご紹介しているのはそのうちの機会加刷の切手で、日本軍が旧蘭印のスマトラを占領したことをヴィジュアル的にわかりやすく示している1枚として、プレゼント用にご用意いたという次第です。

 さて、今日のトークでは、現地で撮影した写真なども多数お見せしながら、ヴィジュアル的にも楽しんでいただけるよう、工夫しております。もちろん、本を買わずに話だけ聞きたいという方も大歓迎ですので、是非、遊びに来てください。1人でも多くの方にお目にかかれることを、心より楽しみにしております。

 ★★★ トーク・イベントのご案内・本日です! ★★★

 10月17日19:00より、東京・新宿の紀伊國屋書店新宿南店ふらっとすぽっとにて、おくればせながら、拙著『蘭印戦跡紀行』の刊行記念トークをやります。

 入場無料でプレゼントもご用意しております。今年の11月は世界切手展<Brasiliana 2013>へ参加のため、ブラジルに行っており、恒例の<JAPEX>でのトークはできませんので、この機会に、ぜひ遊びに来てください。

 なお、出版元の告知ページもあわせてご覧いただけると幸いです。


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 ジャカルタ日本祭り開幕
2013-09-02 Mon 11:50
 第5回ジャカルタ日本祭り(JJM)が、きのう(1日)、開幕しました。今年は日本とインドネシアの国交樹立55周年、日本=ASEAN友好協力40周年を迎えたいうこともあり、オープニング・イベントとして「第18回世界のお巡りさんコンサート in インドネシア」が行われ、インドネシア国家警察士官学校・警視庁・米ニューヨーク市警察・韓国ソウル特別市地方警察庁・ベトナム警察の各音楽隊が独立記念塔があるムルデカ広場周辺の約1.5キロをパレードしました。というわけで、きょうは、ジャカルタの警察にちなんで、こんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

       アデック刑務所

 これは、1943年11月19日、日本占領下のジャワ島のアデック刑務所からジャカルタ市内宛の葉書です。通常のジャカルタの検閲印に加え、アデック刑務所の検閲印とジャカルタ警察署の検閲印が押されているのがミソです。なお、アデック刑務所は、ジャカルタ東部(現在のジャカルタ特別州東ジャカルタ市)のジャティヌガラ地区にあり、もともとは、1811年に英国の攻撃に備えて築かれたオランダ側の砦だった建物を刑務所に転用したものです。
 
 第2次大戦以前のオランダ領東インド(蘭印)では、警察業務は基本的にオランダ人が掌握しており、非オランダ系の現地住民が警察幹部に登用される道はほぼ閉ざされていました。日本の占領時代、行政機構の幹部職からオランダ人が追放されたことで、警察においても、非オランダ系の人材を育成する必要が生じ、数多くの非オランダ系が拳銃などの武器を持つことになりました。

 1945年8月の日本の敗戦により、現地駐留の旧日本軍と彼らに連なる軍事組織は連合国によって武装解除されることになりましたが、警察は連合国による武装解除の対象外でした。このため、独立を宣言したインドネシア共和国と、それを阻止しようとするオランダとの間でインドネシア独立戦争が勃発すると、共和国側は、1946年、日本の占領下で訓練を受けた警察官によるインドネシア国家警察を正式に発足させ、警察官を事実上の兵士として独立戦争に動員しています。(もちろん、彼らは通常の警察業務も行っていますが)

 このように、インドネシアでは軍と警察の分離が不十分な状態が続いていましたが、いわゆる9・30事件を機にスハルトげ権力を掌握すると、1966年、インドネシア国家警察は正式に国軍の管轄下に置かれるようになりました。ただし、1998年にスハルトが失脚し、民主化がスタートすると、2000年、国家警察は国軍から分離され、独立した組織となりました。

 なお、今回ご紹介の警察組織に限らず、現在のインドネシア国家には、日本時代の“遺産”をもとに出来上がった制度が少なからずあります。その一部については、拙著『蘭印戦跡紀行』でもご紹介しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。

 
 ★★★ イベントのご案内 ★★★

 ・9月7日(土) 10:15- 切手市場
 於 東京・池袋 東京セミナー学院4階5階

 詳細は主催者HPをご覧ください。新作の『蘭印戦跡紀行』を中心に、拙著を担いで行商に行きます。 会場ならではの特典もご用意しております。ぜひ遊びに来てください。

 
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 インドネシアルピア4年ぶり安値
2013-08-21 Wed 11:16
 先週16日、インドネシア中央銀行が第2・四半期の経常赤字が国内総生産(GDP)比で4.4%と、前四半期の2.4%から拡大したと発表したことを受けて、週明けからインドネシアでは株価と通貨インドネシアルピア(以下、ルピア)が急落。きのう(20日)は、2009年4月30日以来の安値となる1ドル=1万0700ルピアまで下落しました。というわけで、きょうは、こんな切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

       ジャワ占領1ルピア

 これは、1945年1月20日に日本占領時代のジャワで発行された1ルピア切手で、現地の棚田が描かれています。前身のオランダ領インドネシア(蘭印)時代も含めて、“ルピア”という額面の切手としては、これが最初の1枚となります。なお、ルピアのスペルが、現在の“RUPIAH”とは異なり“ROEPIAH”となっていますが、これは、現地語のラテン文字(いわゆるローマ字です)への転写方法がオランダ語式になっていたためです。

 大東亜戦争開戦以前の蘭印の通貨は、本国のオランダ・ギルダーと連動した蘭印ギルダーでした。1942年3月、蘭印を占領した日本軍は旧蘭印ギルダーを接収して、新たに、ギルダー表示の南方開発金庫券(開発券、南発券)を発行します。

 当初、開発券ギルダーは、旧蘭印ギルダーと等価とされていましたが、占領費用調達のために開発券が濫発されたこともあり(ちなみに、開戦以前の蘭印ギルダーの発行残高は2億3000万ギルダーでしたが、終戦時の開発券の発行残高は数十億ギルダー規模に膨らんでいます)、急激なインフレが進行。あわせて、オランダを含む連合国との戦争への理解と協力を得るためには、現地のナショナリズムにも配慮したほうが良いとの判断もあって、1944年、インドの通貨ルピーを語源とする新通貨として“蘭印ルピア”が創設されました。今回ご紹介の切手は、こうした通貨改革に伴って発行されたものです。

 1945年8月17日、日本の敗戦を受けてスカルノら民族主義者はインドネシア共和国の独立を宣言。これに対して、蘭印支配の復活をもくろむオランダが干渉し、インドネシア独立戦争が勃発します。

 その際、当然のことながら、オランダ側は日本占領時代の蘭印ルピアを廃して蘭印ギルダーの復活を主張しましたが、共和国側はこれを拒否。このため、当初、共和国側の支配地域では蘭印ルピアがそのまま流通していました。日本軍の武装解除のために現地に駐留していた英軍当局は、共和国側に対して、国際的な信用のない独自通貨の発行は政治的・経済的に自殺行為であると強く忠告していましたが、1946年7月、共和国側は彼らの中央銀行としてインドネシア銀行(BNI)を創設。同年10月3日から、独自通貨としてインドネシア・ルピーの発行を開始しました。なお、これにより、蘭印ルピーの流通は停止され、公衆手持ち分の紙幣は同年10月30日までに両替することとされます。ちなみにこの時の交換レートは、1インドネシアルピー=50蘭印ルピーでした。

 その後、独立戦争を経て、1949年末にインドネシア共和国の独立が国際的に承認されると、インドネシアルピアも国際為替市場での交換が可能となり、1ドル=3.8ルピアの固定相場が導入されます。これが、現在のインドネシアルピアの直接的なルーツとなりました。

 なお、今回ご紹介の切手に取り上げられている棚田の風景ですが、現在のジャワ島でも、下の画像のような棚田の風景はいたるところで見ることができます。

       ジャワ・棚田

 このように、かつての蘭印時代を髣髴とさせる風景については、拙著『蘭印戦跡紀行』でもいろいろとご紹介しておりますので、機会がありましたら、ぜひお手にとってご覧いただけると幸いです。


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 アジア萬歳
2013-08-15 Thu 14:24
 きょう(15日)は“終戦の日”です。というわけで、何を持ってこようかいろいろ迷ったのですが、とりあえず僕の最新作『蘭印戦跡紀行』の中から、こんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

       アジア萬歳     アジア萬歳・裏面

 これは、先の大戦中、ジャワ駐留の日本兵が差し出した軍事絵葉書で、裏面には「アジア萬歳」と題された戦争画が取り上げられています。葉書の日本兵と母子がとても良い雰囲気で気に入っているので、拙著の表紙にも使った1枚です。

 大戦中の3年強におよんだ日本占領時代の蘭印(オランダ領東インド、現インドネシア)については、人によって評価はさまざまだろうと思います。ただし、当初、現地の非オランダ人の多くが日本軍の進駐を熱烈に歓迎したことは厳然たる事実で、今回ご紹介の絵葉書にみられるような光景はいたるところで見られた現象でした。

 そもそも、大航海時代から数世紀にわたるオランダの植民地支配下では、現地の非オランダ系住民はほとんど無権利状態に置かれ、奴隷同然の扱いを受けていました。そうした中で、彼らの間には、かつてジャワ島東部を支配していたクディリ王国のジャヤバヤ王(ジョヨボヨ王とも。在位1135-57年)が、晩年、詩人のムプ=セダーとムプ=パヌルに命じて書かせた叙事詩『バラッダユダ』の次のような“予言”を心のよりどころとする人も少なくありませんでした。

 第5の時代、北方から黄色い人たちがやってきて、白い人を追い払う。
 黄色い人もインドネシアを支配するが、トウモロコシの花の咲く前に去っていく。
 
 蘭印の人びとにとって、北方からやってきてオランダ人を追い払った大日本帝国は、まさしく、この詩に出てくる“黄色い人”のイメージとぴったり重なっていましたから、非オランダ系の人々は日本軍の進駐を受け入れることにほとんど心理的な抵抗を感じなかったといわれています。もっとも、日本の占領時代がわずか3年強しか続かなかったという点で、後半部分の“トウモロコシの花の咲く前に去っていく”という予言も、ある意味では正しかったわけですが…。

 ちなみに、今回ご紹介の絵葉書には「アジア萬歳」の解説として以下のような文章が記されています。

 土民は皇軍を心から迎へた。
 空にはHIDOEP ASIA RAJA(アジア萬歳)のアドバルーンが悠々と浮かんでゐた空は涯しなくひろかつた。

 現在の視点、特に、「戦前の大日本帝国はとにかくすべて悪だった」という歴史観からすれば、この文章を“土民”に対する上から目線のプロパガンダに過ぎないと切って捨てることは簡単でしょう。しかし、それが仮にプロパガンダに過ぎなかったにせよ、当時の状況下では、現地の非オランダ人はオランダ人を駆逐した日本人に賭けるしかなかったこともまた事実です。実際、僕自身、インドネシア各地で、「日本人は厳しかったけど、とにかくいろいろなことを教えてくれたよ。わしがこれまでやってこれたのも、みんな日本時代に受けた教育や訓練のおかげだ」といった類の話をしてくれた老人に何人もお会いしています。本の帯にある「日本の兵隊さん、本当に良い仕事をしてくれたよ」というのも、ロンボク島の老婆から僕が実際に聞いた言葉です。

 もちろん、インドネシア共和国が最終的に独立を達成したのは、インドネシア国民(になった人々)がみずから血を流し、熾烈な対蘭独立戦争を戦った結果です。そのことは大前提として絶対に忘れてはなりません。その意味において、僕は、彼らの尊い犠牲を無視して「日本がインドネシアを独立させてやった」という類の議論をする人たちには絶対に与しません。ただ、その一方で、日本による占領という体験が触媒となって、結果的にそれが彼らの独立につながったということを、彼ら自身がポジティヴに語ってくれるのであれば、その気持ちは素直に、ありがたく受け入れるべきだろうと思います。そうした彼らの友情を無視して“日本軍によるアジア侵略”を嬉々として糾弾する日本人が少なからずいますが、そうした連中に対しては、心の底から軽蔑するという以外の感情しか沸いてきませんな。

 先日刊行されたばかりの拙著『蘭印戦跡紀行』は、そんな思いから、僕がインドネシア各地で実際に見聞した“日本”の痕跡について、切手や郵便物、絵葉書などを交えながらまとめてみたものです。機会がありましたら、ぜひ、お手に取ってご覧いただけると幸いです。


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 海の日
2013-07-15 Mon 14:17
 きょう(15日)は“海の日”です。というわけで、ストレートにこの切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

       錨加刷・小スンダ列島

 これは、第2次大戦中、日本軍占領下に置かれていた蘭印(オランダ領東インド)の小スンダ列島で発行された錨加刷の切手です。

 日本軍占領下の蘭印では、陸軍がスマトラおよびジャワを、海軍がそれ以外の地域を、それぞれ分担して占領行政を行っていました。このうち、海軍担当地区の中心となったのは、セレベス島のマカッサルで、ここには、1942年4月27日、南西方面海軍民政府本部が設置され、同本部の下、セレベス、ボルネオ、セラムの3地方にそれぞれ海軍民政部が設けられています。

 郵便に関しては、日本軍の上陸以来、取扱停止となっていましたが、各民政部がそれぞれの担当地域で個別に再開しています。ただし、ロンボクを含む小スンダ列島では郵便の再開は遅れ、占領から半年以上が過ぎた1942年12月21日になって、ようやく、バリ島のバングリ、デンパサール、ギャニャール、カランアサム、クルンクン、ヌガラ、シンガラジャの各局と、ロンボク島のアンペナンの各局で郵便業務が再開されました。

 郵便再開後の1943年2月1日、これら各局に対して、戦前の蘭印切手に“大日本”の文字と海軍による占領を示す錨のマークを加刷するようにとの通達が出され、加刷作業が行われることになり、今回ご紹介のような切手が発行されました。

 さて、現在、夏の終戦商戦にあわせて、8月上旬に『蘭印戦跡紀行:インドネシアに「日本」を見に行く』と題する拙著を、切手紀行シリーズ⑥として彩流社から刊行すべく準備を進めています。すでに、編集作業も大詰めを迎えており、今週中には印刷機がまわりはじめる予定です。正式な発売日、定価などが確定しましたら、逐次、このブログでもご案内してまいりますので、よろしくお願いします。


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