内藤陽介 Yosuke NAITO
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 毛沢東:中国を建国した“20世紀の巨人”
2016-05-09 Mon 11:44
 ご報告が遅くなりましたが、洋泉社MOOKの『(ビジュアル伝記)毛沢東 中国を建国した“20世紀の巨人”』が刊行されました。僕も、同書には「毛沢東切手クロニクル」と「世界の毛沢東切手」の2本を寄稿していますので、きょうは、その記事の中から、こんな切手をご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

      毛沢東・山東戦郵

 これは、1944年3月、中国共産党(以下、中共)の拠点の一つであった山東抗日根拠地で発行された切手で、毛沢東の肖像を描く者としては最初の1枚となります。

 1937年、日中戦争(支那事変)が始まり、日本軍が華北の諸都市を占領すると、共産党の八路軍第115師団は山西省北部の五台地区に展開し、同年11月7日、八路軍総司令官であった朱徳により晋察冀軍区の成立が宣言されました。以後、中共は自らの実効支配地域を抗日根拠地として“辺区政府”を樹立し、勢力の拡大を図りました。

 山東地域に関しては、1940年8月、山東戦時行政委員会が設立され、1941年1月、清河区に戦時郵便局が開設されました。その後、1942年2月7日、山東戦時工作遂行委員会(以下、戦工会)が全省に「戦時郵便局設立に関する決定」を頒布。同日、中共中央山東分局(1938年12月設立)と山東戦工会は魯中泝蒙区で“山東戦時郵務総局(以下、戦郵総局)”の成立を宣言し、組織大綱と山東戦時郵便局条例と守則を公布しました。

 今回ご紹介の切手は、こうした経緯を経て発足した山東戦郵総局が1944年3月に発行したもので、同図案の刷色違いで5分・1角・5角の3種があります。当初、これらの切手は白紙に凸版で印刷されていましたが、状況の悪化に伴い、印刷方式が簡易な平版に改められたり、用紙も報紙(新聞紙に似たざら紙)も用いられたりするなど、さまざまなバラエティがあります。

 1944年3月というタイミングで毛沢東の肖像が切手に取り上げられるようになったのは、1942-43年に延安で展開された“整風運動”の結果と考えて良いでしょう。

 長征途上の1935年に開催された遵義会議で毛沢東は島内の軍事的・政治的指導権を確立したと言われていますが、その後も、彼の仇敵であるソ連留学派の影響力も隠然たるものがありました。こうしたなかで、日本軍と国民党軍の包囲下で中共は軍事的に劣勢となり、また天災などで食糧・物資が極度に不足して追い詰められていきますが、毛はこれを逆手に取り、1942年2月1日、「文化人の問題、われわれの立場の問題、それらの学習の問題を解決しなければならない」との演説を行い、“学風(学習態度)・党風(党活動)・文風(文書類の表現)”の三風を正すとして三風整頓運動を展開。この結果、1万人以上の“反党分子”が粛清され、毛沢東思想が党の指導理論に掲げられることになりまました。そして、そうした状況を反映して、山東抗日根拠地でも、毛沢東の個人崇拝につながる肖像切手の発行が開始されたというわけです。

 さて、今回の『(ビジュアル伝記)毛沢東 中国を建国した“20世紀の巨人”』では、今回ご紹介の切手以降、第3次国共内戦中華人民共和国の建国チベット侵攻大躍進文化大革命などと毛沢東切手との関連をご説明しているほか、アルバニア、パキスタン、マリ東ドイツ北ヴェトナム、北朝鮮の各国で発行された毛沢東切手もご紹介しております。

 機会がありましたら、ぜひ、お手にとってご覧いただけると幸いです。

 
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 人民幣
2015-12-01 Tue 22:43
 国際通貨基金(IMF)は、きのう(30日)の理事会で、国際通貨の一種「特別引き出し権(SDR)」を算定する通貨として、米ドル、ユーロ、日本円、英ポンドに次いで、中国の人民幣(人民元)を来年10月から加えることを正式に決めました。SDR構成通貨の大幅な変更は35年ぶりのことです。というわけで、きょうは、この切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      華北人民郵政改値加蓋(1949)

 これは、中国の国共内戦末期の1949年1月、中国共産党(以下、中共)支配下の華北解放区で、かの地の郵政を管轄していた華北郵電総局が発行した“華北人民郵政”加刷の切手で、人民幣による額面表示の切手としてはごく初期の1枚となります。加刷の台切手は、1948年2月、晋察冀辺区で発行された阜平版の毛沢東切手(額面は晋察冀辺幣で200円)です。

 国共内戦末期の1948年12月1日、中共は彼らの支配地域にあった華北銀行(河北省石家荘)、北海銀行(山東省済南)、西北農民銀行(陜西省延安)の3行を合併して中国人民銀行を設立。同行の紙幣として、額面1元から5万元までの人民幣を発行しました。当初、中共側は、国共内戦の長期化を予想して、とりあえず、華北・華東西北の辺幣(地方通貨)を整理して統一通貨の人民幣に切り替え、その他の解放区に関しては、順次、辺幣と人民幣の交換を進めるという方針を取っていました。また、新たに“解放”した旧国民党支配地域に関しては、1949年5月の上海占領以降、金円券の回収を本格化。同年10月の中華人民共和国の成立宣言を経て、1951年中には中共支配地域のほぼ全域で、通貨を人民幣に一本化しています。

 しかし、建国当初の混乱や1950年10月以降の朝鮮戦争への参戦もあって、インフレがハイペースで進行。このため、1955年、旧人民幣1万元を新人民幣1元とするデノミが行われ、これが現在の人民幣の直接のルーツとなりました。

 ちなみに、1955年当時の人民幣の為替レートは1米ドル=2.4618元の固定相場制でした。当時は1米ドル=360円でしたので、公定レートによれば、1元=約146円、郵便料金の8分は12円弱(当時の日本の書状基本料金は10円)という計算になります。


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 中国の抗日戦勝記念日
2015-09-03 Thu 12:44
 きょう(3日)は、中華人民共和国では“抗日戦勝記念日”だそうで、北京では記念の軍事パレードも行われました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      晋察冀辺区(10分)

 これは、日中戦争下の1938年6月、中国共産党(以下、中共)が現在の山西省、河北省、遼寧省、内モンゴル自治区にまたがる地域に設置した“抗日根拠地(解放区)”の晋察冀辺区で発行された1角(10分)切手で、中国国民政府(以下、国府)の象徴である青天白日章が描かれています。

 1937年、日中戦争(支那事変)が始まり、日本軍が華北の諸都市を占領すると、共産党の八路軍第115師団は山西省北部の五台地区に展開し、同年11月7日、八路軍総司令官であった朱徳により晋察冀軍区の成立が宣言されました。さらに、1938年1月10日、晋察冀辺区第1回軍政民代表大会が阜平県で開催され、同31日には晋察冀辺区政府が正式に成立しました。今回ご紹介の切手も、そうした経緯の下で発行されたものです。

 しかし、同年9月20日、日本軍の五台攻略により五台、完県、唐県、曲陽県、霊丘、淶源の各県が日本軍により占領されます。さらに、翌1939年10月、日本軍は掃討作戦を行い、晋察冀辺区のうち阜平県以外のすべての県を占領しました。しかし、その後の戦闘により、この地域では、日本軍ならびにその影響下にある親日派政権の支配地域と、共産党の影響下にある遊撃区が入り乱れる状況が1945年の終戦まで続くことになります。

 ところで、日中戦争下の1937年9月、国共合作が正式に成立し、国府はそれまで非合法としていた中共を合法的存在とし、中共の紅軍は国民革命軍第八路軍(八路軍)新編第四軍(新四軍)に改編されました。中共支配下の解放区の切手に晴天白日章が堂々と描かれているのもこうした事情によるものです。

 ちなみに、一般に第二次大戦での連合国側の対日戦勝記念日は、東京湾に停泊していた米戦艦ミズーリ号上で降伏文書の調印が行われた9月2日とする国が多いのですが、中国に関しては、国府が調印翌日の3日から3日間を戦勝記念の休暇としたことにちなんで、3日を戦勝記念日としています。

 このように、歴史的事実から言えば、第二次大戦で日本と戦った“中国”というのはあくまでも国府のことであって、中共は(少なくとも制度上は)あくまでも国府の下で戦闘に参加したにすぎません。実際、中共は9月2日の降伏文書調印には参加できなかったことはその何よりの証拠であり、翌3日なって国府の定めた戦勝記念休暇の開始日を“戦勝記念日”とせざるを得ないところにも、そうした彼らの立場が表れているわけです。

 いずれにせよ、中国で“抗日戦争の勝利”を祝うのであれば、抗日戦争後の1949年に成立した中華人民共和国の五星紅旗ではなく、国府の青天白日旗を掲げなければ筋が通らないわけですが、今年(2015年)5月には、陝西省延安市で青天白日旗を掲げた中国の青年が“国家転覆罪”で逮捕された事件があるくらいですから、まず無理でしょうな。

 まぁ、今回の式典は、“中国人民抗日戦争および世界反ファシズム戦争勝利70周年”を祝うということになっていますが、現在、世界最悪のファシスト国家である連中が恥ずかしげもなく、そう自称している時点で、彼らに“正しい歴史認識”など望むべくもないわけですが。
 

 ★★★ よみうりカルチャー荻窪の講座のご案内 ★★★

 10月から毎月1回(原則第1火曜日:10月6日、11月3日、12月1日、1月5日、2月2日、3月1日)、よみうりカルチャー荻窪(読売・日本テレビ文化センター、TEL 03-3392-8891)で下記の一般向けの教養講座を担当します。(下の青い文字をクリックしていただくと、よみうりカルチャーのサイトに飛びます)

 ・イスラム世界を知る 時間は15:30-17:00です。

 初回開催は10月6日で、途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


 ★★★ 内藤陽介の最新刊  『日の本切手 美女かるた』  好評発売中! ★★★ 

        税込2160円

 4月8日付の『夕刊フジ』に書評が掲載されました!

 【出版元より】
 “日の本”の切手は美女揃い!
  ページをめくれば日本切手48人の美女たちがお目見え!
 <解説・戦後記念切手>全8巻の完成から5年。その著者・内藤陽介が、こんどは記念切手の枠にとらわれず、日本切手と“美女”の関係を縦横無尽に読み解くコラム集です。切手を“かるた”になぞらえ、いろは48文字のそれぞれで始まる48本を収録。様々なジャンルの美女切手を取り上げています。

 出版元のサイトはこちら、内容のサンプルはこちらでご覧になれます。ネット書店でのご購入は、アマゾンboox storee-honhontoYASASIA紀伊國屋書店セブンネットブックサービス丸善&ジュンク堂ヨドバシcom.楽天ブックスをご利用ください。


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 廣州駅前で無差別襲撃
2014-05-06 Tue 21:34
 中国南部の大都市・廣東省廣州市の廣州駅前で、きょう(6日)、刃物を持った4人組が通行人に切りつける事件が発生し、6人が負傷したそうです。というわけで、廣州関連のマテリアルの中から、こんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

       廣州解放・試刷

 これは、1949年11月4日、中国共産党(以下、中共)支配下の廣東郵政管理局が発行した“廣州解放”の記念切手の試刷シートで、異なる額面の切手(図案はすべて海珠橋ですが)5種類が1枚のシートに黒一色で印刷されています。

 1949年10月1日、毛沢東が北京で中華人民共和国の成立を宣言した時点では、共産党政権は中国大陸の大半を征圧していたものの、重慶や廣州には依然として国民党の勢力が残っており、人民解放軍第4野戦軍が廣州に進駐し、香港との境界にまで迫ってきたのは10月15日のことです。

 切手に取り上げられた海珠橋は廣州市内の珠江に掛かる橋で、今回の事件現場からはほぼ真南に5キロほどの場所にあります。現在の行政区域でいうと、越秀區の起義路と海珠區の江南大道北を結んでいます。開通は1929年ですが、人民解放軍の進駐前日の10月14日、国民党が廣州を撤退する際に爆破されました。現在の橋は1950年に再建された後、2012年
2月からの改修工事を経て昨年(2013年)9月1日に再開通したものです。当然のことながら、切手には1949年の爆破前の姿が取り上げられています。なお、切手の原画は廣州在住の画家・馬次航が作成し、香港の永発印刷所で印刷されました。

 当時、香港では中共は国境を越えて進駐してくるのではないかとの懸念が広がっていました。しかし、中共は、大陸での政治と香港でのビジネスを別の次元のものと割り切っており、香港が英領であり、自由港であるがゆえに、彼らの資金源になりうることを十分に理解していました。

 すなわち、1949年7月、中共は“向ソ一辺倒”を表明し、ソ連への忠誠を誓って1950年2月には中ソ友好同盟相互援助条約を調印しました。中共側の目論見では、条約によりソ連から多額の援助を引き出すことが期待されましたが、実際に彼らがソ連から得られたのは3億米ドルの借款でしかありませんでした。このため、中共としては、ソ連以外に自らがコントロールできる資金源として香港との貿易に期待を寄せており、そのためにも、香港をあえて英領にとどめておくことで、西側陣営に楔を打ち込み、東南アジアにおける政治工作の拠点として活用しようと考えたのです。

 なお、このあたりの事情については、拙著『香港歴史漫郵記』でも詳しくご説明しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


 ★★★ 切手が語る台湾の歴史 ★★★

 5月15日13:00から、よみうりカルチャー北千住にて、よみうりカルチャーと台湾文化部の共催による“台湾文化を学ぶ講座”の一コマとして、「切手が語る台湾の歴史」という講演をやります。

 切手と郵便はその地域の実効支配者を示すシンボルでした。この点において、台湾は非常に興味深い対象です。それは、最初に近代郵便制度が導入された清末から現在に至るまで、台湾では一貫して、中国本土とは別の切手が用いられてきたからです。今回の講演では、こうした視点から、“中国”の外に置かれてきた台湾(史)の視点について、切手や郵便物を題材にお話しする予定です。

 参加費は無料ですが、事前に、北千住センター(03-3870-2061)まで、電話でのご予約が必要となります。よろしかったら、ぜひ、1人でも多くの方にご来駕いただけると幸いです。


 ★★★ 講座「世界紀行~月一回の諸国漫郵」のご案内 ★★★ 

亀戸講座(2014前期)・広告

 東京・江東区亀戸文化センターで、5月から毎月1回、世界旅行の気分で楽しく受講できる紀行講座がスタートします。美しい風景写真とともに、郵便資料や切手から歴史・政治背景を簡単に解説します。受講のお楽しみに、毎回、おすすめの写真からお好きなものを絵葉書にしてプレゼントします!

 詳細は、こちらをご覧ください。


 ★★★ 内藤陽介の最新作 『蘭印戦跡紀行』 好評発売中! ★★★

 『蘭印戦跡紀行』広告

 日本の兵隊さん、本当にいい仕事をしてくれたよ。
 彼女はしわくちゃの手で、給水塔の脚をペチャペチャ叩きながら、そんな風に説明してくれた。(本文より)

 南方占領時代の郵便資料から、蘭印の戦跡が残る都市をめぐる異色の紀行。
 日本との深いつながりを紹介しながら、意外な「日本」を見つける旅。

 出版元特設ページはこちらです。また、10月17日、東京・新宿の紀伊國屋書店新宿南店で行われた『蘭印戦跡紀行』の刊行記念トークの模様が、YouTubeにアップされました。よろしかったら、こちらをクリックしてご覧ください。


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 大使公用車の日章旗奪わる
2012-08-28 Tue 21:44
 きのう(27日)、北京で丹羽宇一郎・駐中国大使を乗せた公用車が何者かに襲われ、車に掲げていた日章旗が奪われる事件が起こりました。というわけで、日章旗が失われた中国の切手ということで、この1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

       山東建郵7周年(郵加刷)

 これは、国共内戦下の1949年4月、中共支配下の華東解放区で、この地の郵政を管轄していた華東郵政管理総局が発行した“山東二七建郵七周年”の記念切手です。

 日中戦争下、中共支配下の山東では1942年2月7日に山東戦時郵政総局(戦郵総局)が発足したとされており、同年7月からは独自の切手も発行していましたが、今回ご紹介の切手は、その戦郵総局の発足から7周年になるのを記念して発行されました。製造は天津中国印刷公司です。

 切手は、日本軍の監視の目をかいくぐり、苦心して郵便を運んでいる場面を描いたものですが、その際、中央の監視塔が日本側軍のものであることを示すため、当初、塔の上には日章旗を掲げたデザインになっていました。ところが、このデザインだとあたかも日本軍のために戦っているかのようにも見えるため、急遽、日章旗のない切手を作り直すことになりました。ただし、すでに製造されていた日章旗入りの切手については、そのまま破棄せず、日章旗の部分に“郵”の字を加刷して日章旗を抹消して発行されました。今回ご紹介の切手でも、よく見ると、加刷文字の隙間から、日章旗の一部が見えています。

 さて、今回の事件ですが、日本側は、すでに、国旗を引き抜いた男の顔や車のナンバープレートを撮影し、北京市公安局に提出しており、中国政府も真剣に対応しているとアピールしているようです。ただし、いつぞやの毒餃子事件の時もそうでしたが、どうしても犯人を捕まえなければならない必要が生じた場合には、どこかからそれらしい“犯人”を調達してくるというのが、かの国ではしばしばみられる現象ですが…。今回の事件についても、高級車に乗った犯人が日本大使の車をきっちりと狙って犯行に及んでいることからして、背後に中国当局の関係者がいるともささやかれているわけで、おそらく、真相はやぶの中ということになりそうですな。

 まぁ、丹羽大使といえば、これまでにも、本当に日本大使かと疑わせるような中国寄りの発言をしてきた人物ですので、「公用車に日章旗を掲げるのは危ないから、日章旗が見えないようにした方が良い」などと言い出しやしないか、そちらの方も心配ではありますがね。


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 山東省で大規模な反日デモ
2012-08-25 Sat 21:20
 沖縄県石垣市の尖閣諸島・魚釣島西側に中国人が不法上陸した問題で、中国各地では連日反日デモが行われていますが、きょう(25日)は、山東省日照市で数百人規模の反日デモが行われ、一部デモ隊が暴徒化し、日本料理店のガラスを割るなどの被害が出たそうです、というわけで、きょうは山東省の反日ということで、この切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

       山東戦時郵政(突撃)

 これは、日中戦争下、山東抗日根拠地(山東省の中国共産党支配地域)の膠東区で発行された切手で、突撃する兵士が描かれています。

 山東抗日根拠地では、1942年7月以降、この地域の郵便を管轄していた山東戦時郵政総局(戦郵総局)が石版印刷の切手5種類を発行し、使用しています。切手の額面は、当時、山東省を中心に流通していた北海幣(1941年4月に設立した北海銀行券)でしたが、重慶国民政府の法幣も北海幣に対して1割引のレートで切手を購入することができました。

 当初、これらの切手には“総局之章”の小印が押されることになっていましたが、戦時ゆえ、末端ではさまざまな混乱がありました。特に、同じ山東省内でも、地域によって北海幣と法幣の交換レートに大きな差が生じるようになったことから、1943年7月、北海幣に“膠東”、“渤海”の文字を加刷してそれぞれの使用地域が限定されるようになると、切手にも、それに対応して“膠東”、“渤海”の文字がそれぞれの地域で加刷されることになりました。なお、こうした地名加刷の切手は、加刷文字が読みづらくなることを避けるため、“総局之章”の印は押されていません。

 さて、中国では、19日にも広東省深圳など全国20都市以上で反日デモが行われており、香港の活動家らの尖閣上陸後、週末のデモは2週連続となりました。インターネット上では、あす(26日)も広東省や海南省でデモが呼び掛けられているそうです。もっとも、“反日デモ”とはいっても、その中には、建前としては“反日”を掲げているものの、実態としては政府批判のデモというのも少なからずあるようで、日本車であるという理由で公安当局の警備車両が焼打ちに遭うというケースも少なからず報告されています。中国当局としては、反日デモが体制批判に向かうことを恐れているということですが、我々としては、それこそがまさに望ましいシナリオなわけで、その意味では、日本人や日系企業に危害が及ばない範囲で、彼らには頑張っていただきたいものですな。


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 万里の長城の全長
2012-06-07 Thu 18:27
 6日付『人民日報』によると、これまで8851.8キロと言われていた万里の長城の総延長が、調査の結果、2万1196.8キロに達していることが判明したのだそうです。というわけで、今日はこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

        西北解放区(万里の長城)

 これは、国共内戦末期の1949年10月22日、西北解放区の陝甘寧邊区郵政管理総局が発行した万里の長城の100円切手です。原画作者は焦振平で、西安の廣化学印刷廠で製造されました。

 中国の“西北”は、現在の中華人民共和国の陝西省・甘粛省・青海省・寧夏回族自治区・新疆ウイグル自治区に相当する地域ですが、切手が発行された陝甘寧邊区は、そのうちの陝西省北部、甘粛省と寧夏省(当時)東部をカバーしていました。ちなみに、万里の長城の西端は甘粛省・嘉峪関とされていますから、切手の題材としてもピッタリですな。

 さて、万里の長城の全長は、1997年にユネスコの世界遺産に登録された当時は、推定約5000キロと言われていました。これに対して、2007年から中国政府により長城の全長を測るプロジェクトが開始され、2009年の中間報告では、明代に建造された部分だけで8851キロあったと修正されます。それが、今回、明代以前に建造された部分が1万2345キロに達することが判明し、合計2万1196キロになったというのが、中国側の説明です。

 ただし、2万1196キロにわたって壁が続いているわけではなく、明代に建設されたものに限っても、8851キロのうち、完全に残っているのは8.2%にすぎず、そのうちの359キロは残っているのが溝だけで、2232キロは川や切り立った崖などの自然を取り込んでいる(=実際に建造したわけではない)という状態ですから、長城の全長をどう記すかについては、まだまだ議論の余地がありそうです。ちなみに、今回の調査結果が報じられると、韓国では「中国が現在の国境を基準に自国領土内にある城は(高句麗の山城まで含めて)全て万里の長城だと無理な主張を行っている」との批判の声が起こったのだとか。「もっとやれやれ!」と言いたいところですな。

 いずれにせよ、いわゆる南京事件についても、中国側の主張では、だんだん人数が増えて、いつしか、20万人の人口の都市で30万人が虐殺されたということになってしまっていますからねぇ。万里の長城の全長も、遠からず、2万1196.8キロとして教科書に記されるんでしょうけど…。こちらは、嘆息の意味で「やれやれ」ですな。

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 内藤陽介の『韓国現代史』・韓国進出!
       
       韓国語版・韓国現代史
     우표로 그려낸 한국현대사
    (切手で描き出した韓国現代史)

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 無錫展の出品作品決定
2011-07-16 Sat 23:49
        毛沢東・無錫消

 本年11月11日から15日まで、中国・無錫の无锡太湖国际会展中心でアジア国際切手展 <China 2011>が開催されます。僕はその日本コミッショナーを仰せつかっていますが、日本からの出品作品は以下のように決定したとの連絡が主催者側から入りましたので、速報としてお伝えいたします。(以下、リストは文献を除く展示作品のみで、出品者名・作品名はリスト記載のとおりです)

・Kazuyuki Inoue:Japan Definitives: Koban 1883-1892

・Nobuhiro Sudani:Japan Definitives: Vocational Series

・Ota Yasuki:Romania “King Ferdinand” Series 1920-1926

・Fumiaki Wada:Post Office Forms, Including Envelopes Created for Conducting the Registered Mail Process, 1842-1929

・Kiyoshi Emura:The History of Painter's Portraits

・Ryoji Murayama:How Wonderful C. Slania Engraved his stamps!

 展覧会本番では、以上6名の方々のすばらしい作品を拝見できることを、今から楽しみにしております。

 ちなみに、記事の冒頭に掲げた画像は、北京で中華人民共和国の成立が宣言されて間もない1949年10月14日、無錫で使われた“三一版毛沢東主席像郵票”の100円切手です。切手を発行したのは、中共支配下の華東解放区の郵政を管轄していた華東郵政管理総局で、“三一印刷公司”で製造されたため、この呼び名がつけられました。

 今後とも、無錫展の情報については、このブログでも逐一ご案内していく予定ですが、その際には、今回同様、なんらかの形で無錫に関係するマテリアルをご紹介していければ…と思っております。

 * 昨晩、カウンターが88万PVを超えました。いつも、遊びに来ていただいている皆様には、この場をお借りして、改めてお礼申し上げます。

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    5月29日付『讀賣新聞』に書評掲載
  『週刊文春』 6月30日号「文春図書館」で
  酒井順子さんにご紹介いただきました !

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         切手百撰 昭和戦後
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 広州アジア大会開幕
2010-11-13 Sat 08:50
 広州アジア大会が開幕しました。というわけで、きょうは広州がらみの1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

         広州解放

 これは、1949年11月4日、中国共産党支配下の廣東郵政管理局が発行した“広州解放”の記念切手で、海珠橋が描かれています。

 1949年10月1日、毛沢東が北京で中華人民共和国の成立を宣言した時点では、共産党政権は中国大陸の大半を征圧していたものの、重慶や広州には依然として国民党の勢力が残っており、人民解放軍第四野戦軍が広州に進駐し、香港との境界にまで迫ってきたのは10月15日のことです。

 切手に取り上げられた海珠橋は広州市内の珠江に掛かる橋で、現在の行政区域でいうと、越秀區の起義路と海珠區の江南大道北を結んでいます。開通は1929年ですが、人民解放軍の進駐前日の10月14日、国民党が広州を撤退する際に爆破されました。現在の橋は1950年に再建されたもので、当然のことながら、切手に取り上げられているのは爆破前の姿です。なお、切手の原画は広州在住の画家・馬次航が作成し、香港の永発印刷所で印刷されました。

 当時、中共は国境を越えて武力で香港を解放するのではないかとの懸念が広がっていました。しかし、中共は、大陸での政治と香港でのビジネスを別の次元のものと割り切っており、香港が英領であり、自由港であるがゆえに、彼らの資金源になりうることを十分に理解していました。

 すなわち、1949年7月、中共は“向ソ一辺倒”を表明し、ソ連への忠誠を誓って1950年2月には中ソ友好同盟相互援助条約を調印しました。中共側の目論見では、条約によりソ連から多額の援助を引き出すことが期待されましたが、実際に彼らがソ連から得られたのは3億米ドルの借款でしかありませんでした。このため、中共としては、ソ連以外に自らがコントロールできる資金源として香港との貿易に期待を寄せており、そのためにも、香港をあえてイギリス領にとどめておくことで、西側陣営に楔を打ち込み、東南アジアにおける政治工作の拠点として活用しようと考えたのです。

 なお、このあたりの事情については、拙著『香港歴史漫郵記』でも詳しくご説明しております。新刊の拙著『マカオ紀行:世界遺産と歴史を歩く』ともども、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。

 * 本日未明、カウンターが77万PVを超えました。いつも、遊びに来ていただいている皆様には、この場をお借りして、改めてお礼申し上げます。


 ★★★ トーク・イベントのご案内 ★★★

 11月13日(土)13:00から、東京・池袋で開催される全国切手展<JAPEX>会場内で、拙著『マカオ紀行:世界遺産と歴史を歩く』刊行記念のトークイベントを予定しております。一般書店での販売は11月25日以降の予定ですが、今回は会場限定での先行発売も行いますので、よろしかったら、ぜひ遊びに来てください。


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    事情のある国の切手ほど面白い
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 カッコよすぎる独裁者や存在しないはずの領土。いずれも実在する切手だが、なぜそんな“奇妙な”切手が生まれたのだろう?諸外国の切手からはその国の抱える「厄介な事情」が見えてくる。切手を通して世界が読み解ける驚きの1冊!

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 シベリア特措法
2010-06-17 Thu 22:04
 きのう(16日)閉会となった国会で、第2次大戦後、旧満州から旧ソ連に連行され、シベリアやモンゴルで強制労働に従事させられた日本人の元抑留者に特別給付金を支給する特別措置法(シベリア特措法)が成立しました。というわけで、きょうはこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      41接収(遼寧加刷)

 これは、1946年4月1日、ソ連軍占領下の旅大地区(旧関東州)で、ソ連側が正式に旅大地区の日本郵政を接収したことと5月1日のメーデーを一括して記念するために発行された切手を台紙に貼って、大連郵政局の記念印を押したものです。

 1945年8月9日、日本に対して宣戦布告を行ったソ連は、8月14日、中国国民政府(国府)との間に、①対日戦遂行に関する相互援助(降伏文書の調印によって戦闘が正式に停止となるのは9月2日のことです)、②単独不休戦・不講和、③日本の再侵略を防止するためのあらゆる措置の共同での行使、④相互の主権と領土保全の尊重、などを規定した中ソ友好同盟条約を調印(同24日から発効)。条約本文とあわせて、中ソ両国は、ソヴィエト政府が中華民国に対する援助を(すべて中華民国の中央政府たる国民政府に対して)与えることを誓約した交換公文、長春鉄道に関する協定、旅順口に関する協定、東三省に関する協定を調印。その結果、ソ連はいわゆるヤルタ協定の密約を国府に認めさせることに成功します。ちなみに、国府の代表が参加していなかったヤルタ協定では、米英ソ三国の間で、中ソ関係に関しては、①外蒙古の現状維持=モンゴルの独立承認、②大連港の国際化とソ連の海軍基地としての旅順口の租借権回復、③中ソ合同会社の設立による東支鉄道と南満洲鉄道の共同運営、④満洲における国府の完全な主権の保持とソ連の優先的利益の擁護、が決められていました。

 中ソ友好同盟条約の締結交渉の際、ソ連は日本降伏後3週間以内に東三省から撤兵を開始し、3ヵ月以内に撤退を完了するとのスターリン声明を出していました。具体的には、1945年11月14日までに南部満洲、同20日までに中部満洲、そして、12月3日までには全満洲から撤退するというスケジュールです。

 しかし、実際にはソ連軍はさまざまな口実を設けて、1946年4月まで満洲に居座り続けました。この間、多くの日本人男性が名目をつけて連行され、シベリアでの強制労働に従事させられたことは周知のとおりです。

 こうした“人狩り”と併行して、ソ連軍は各地で略奪を働きました。

 まず、新京の満洲中央銀行の金庫から、旧満洲国の紙幣である満銀券約7億円(1945年8月の時点での通貨発行高は81億5750万円)、有価証券75億円、金塊36キロ、白金31キロ、銀塊66キロ、ダイヤモンド計3705カラットが持ち出されたのをはじめ、各地の金融機関では、現金・有価証券・貴金属類が根こそぎ“没収”されたほか、日本人の民家に押し入り金品を強奪する事件(時計と万年筆は例外なく没収されたといわれています)が横行しました。

 郵便に関しては、占領ソ連軍は郵便局から旧満洲国の切手類を接収し、その一部は、1946年4月にソ連軍が旧満洲国の領域から撤退した後もソ連側が管理し続けていた旅大地区(旧関東州)に持ち込まれ、現地で接収された日本切手とともに、さまざまな加刷を施して使用されています。今回ご紹介している切手と記念印も、そうした事情によるものです。

 記念印は、記念銘を周囲にめぐらした中に、旅大区の地図と国府の旗である晴天白日旗を配したデザインとなっており、ソ連側は国府の主権を尊重するという建前が守られています。また、地図の部分を良く見ると、耕作する農民の姿が小さく描かれているが、これは共産主義政権下で行われる土地改革(地主・富農の土地を没収して貧農・小作人に分配すること)が旅大地区でも進行していることを表現しようとしたものでしょう。

 もっとも、本国へと持ち去ることのできない土地に関しては貧農・小作人に分配することもあったソ連占領当局でしたが、略奪の可能な鉱工業の機械設備類に関しては、彼らは、旧満洲国ならびに関東州の各都市の工場施設からは、膨大な“戦利品”を持ち去っていきました。

 1946年6月に派遣されたアメリカのポーレー委員会によると、全満洲でのソ連軍の撤去または破壊による工業別の被害は、電力:71%、炭鉱:90%、鉄鋼:50%以上、鉄道:80%、機械:75%、液体燃料:50%、化学:50%、洋炭:50%、非鉄金属:75%、繊維:75%、パルプ:30%、電信電話:20%以上、であり、被害総額は1ドル=4円20銭のレートで計算して8億9350万ドルにも達したといわれています。

 今回、シベリア特措法が成立したことによって、酷寒の地で理不尽な苦難を強いられた元抑留者の方々に対する事実上の補償の道が開かれたことは、それなりに評価すべきことだと思います。ただし、“史上最大規模の拉致事件”ともいうべきシベリア抑留の加害者は、日本政府ではなく、ソ連であったことは忘れてはなりません。したがって、恒例となった元抑留者に支援の手を差し伸べ、彼らの労苦に報いるのと同時に、シベリア抑留の全容と真相の解明をロシア側に求め、彼らの責任を明らかにする努力を怠ってはなりません。特に、故国の地を踏めずに命を落とした方々や遺族の無念に報いるためにも、誰が、いつ、どこに埋葬されたか、消息不明者を含めての調査は急務といえましょう。

 なお、旧満洲国崩壊後の切手や郵便については、拙著『満洲切手』でもいろいろとご説明しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。 


 ★★★ 欧米人も実は捕鯨が大好き ★★★

 鯨を追い、七つの海へと旅立った男たちの歴史と文化
  キュリオマガジン6月号・巻頭特集 捕鯨浪漫主義

      捕鯨浪漫主義  

 捕鯨は日本だけの特殊な文化・伝統なのか。否、そんなことは断じてない。むしろ、歴史的に見れば、欧米社会こそ、捕鯨を題材とした文学・演劇・音楽・絵画などさまざまな文化を残してきたではないか。 陸の西部劇と海の捕鯨は、カッコいい荒くれ男たちの物語の双璧である。知力・体力の限りを尽くし、命の危険を顧みずに大自然の中で奮闘する男たちの姿を見て、単純素朴に美しいと感じる人も多いはずだ。 

 そんな捕鯨のカッコよさを物語る欧米のコレクターズ・アイテム満載の『キュリオマガジン』2010年6月号、好評発売中!(なお、同誌についてのお問い合わせや入手方法などにつきましては、出版元のHPをご覧いただけると幸いです)


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  総項目数552 総ページ数2256  
  戦後記念切手の“読む事典”(全7巻) ついに完結!

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 2001年のシリーズ第1巻『濫造濫発の時代』から9年。<解説・戦後記念切手>の最終巻となる第7巻は、1985年の「放送大学開学」から1988年の「世界人権宣言40周年」まで、NTT発足や国鉄の分割民営化、青函トンネルならびに瀬戸大橋の開通など、昭和末期の重大な出来事にまつわる記念切手を含め、昭和最後の4年間の全記念・特殊切手を詳細に解説。さらに、巻末には、シリーズ全7巻で掲載の全記念特殊切手の発行データも採録。

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