内藤陽介 Yosuke NAITO
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 バーブーダ島、壊滅的被害
2017-09-08 Fri 09:54
 観測史上最大級の勢力をもつ猛烈なハリケーン“イルマ”が6日(現地時間)、カリブ海北西部の島国を直撃し、各地で壊滅的な被害が生じています。なかでも、アンティグア・バーブーダのバーブーダ島の被害は深刻で、同国のブラウン首相は「バーブーダは文字通り瓦礫と化した」と語っているそうです。というわけで、きょうはこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      アンティグア・リーワード混貼

 これは、1946年3月11日、バーブーダ島から米ロングアイランド宛に差し出された書留航空便で、アンティグア切手とリーワード諸島共通切手(以下、共通切手)の混貼使用となっているのがミソです。

 
 現在のアンティグア・バーブーダ国家を構成するアンティグア島とバーブーダ島は、いずれも、1493年、クリストファー・コロンブスの第2次航海で“発見”されました。

 このうち、バーブーダ島は、1680年、イギリスのクリストファー・コドリントンとジョン・コドリントンが上陸して以来、コドリントン家の私有財産としてプランテーションが経営されていましたが、1834年、アンティグア島を含む全英領で奴隷が廃止されると、次第に経済は衰退。1860年にはコドリントン家によるバーブーダ島の経営が終焉を迎え、同島はイギリス政府によって併合され、アンティグア島と一括して英領植民地の“アンティグア”が成立します。これを受けて、1862年7月1日には“アンティグア”として最初の切手が発行されると、バーブーダ島でもこの切手が使われるようになりました。

 その後、1890年、アンティグアを含む英領リーワード諸島としての共通切手が発行されると、英領アンティグアとしての独自の切手の発行は一時的に停止されましたが、1903年、共通切手と別に各植民地で独自の切手を発行することが認められ、英領アンティグア切手が復活。以後、1956年まで、バーブーダ島を含む英領アンティグアでは、アンティグア切手と共通切手が併用される事態が続き、今回ご紹介しているような混貼カバーが生まれることになりました。なお、この間、1922年には共通切手に“BARBUDA”と加刷した切手も一時的に発行されています。

 1967年、英領バーブーダは自治領となりましたが、独立以降の強いアンティグア島と、少なからぬ住民が英領への残留を希望していたバーブーダ島の間には微妙な温度差がありました。

 こうしたこともあって、1968年以降、バーブーダ島ではアンティグアとは別に独自のバーブーダ切手を発行するようになります。ただし、バーブーダ島は政治的・経済的にアンティグア島との結びつきが強く、半ばアンティグアの属領のような存在でもあったこともあり、1973年以降、アンティグア切手に“BARBUDA”と加刷した切手も発行・使用されています。

 1981年、英領アンティグアは“アンティグア・バーブーダ”として独立。その際、国名に“バーブーダ”の名が入ったのは、あらゆる面でバーブーダ島を凌駕しているアンティグア島が、バーブーダ島を自分たちと同等に遇するとの配慮を示したものでした。ただし、アンティグア・バーブーダの成立後も、アンティグア・バーブーダ切手とは別に、外貨獲得のための手段として、現在もバーブーダ名義の切手の発行が続けられています。

 さて、今回のハリケーンでは、バーブーダ島の被害は、人口1800人の全住戸に及んでおり、島の90%以上が破壊され、水道も電話も使えなくなっており、ブラウン首相によると“ほぼ居住不可能”の状態になっているそうです。あらためて、亡くなられた方の御冥福をお祈りするとともに、一日も早い復旧・復興をお祈りしております。


 ★★★ NHKラジオ第1放送 “切手でひも解く世界の歴史”  ★★★ 

 9月7日(木)に放送の「切手でひも解く世界の歴史」の第8回は無事に終了しました。お聞きいただいた皆様、ありがとうございました。次回の放送は、10月5日(木)16:05~の予定です。引き続き、よろしくお願いいたします。 

 なお、7日放送分につきましては、9月14日(木)19:00まで、こちらの“聴き逃し”サービスでお聴きいただけますので、ぜひご利用ください。

 ★★★ トークイベントのご案内  ★★★ 

      タウンミーティング in 福山

  2017年9月17日(日) 14:00~、広島県立ふくやま産業交流館で開催の「日本のこころタウンミ-ティング in 福山」に憲政史家の倉山満さんとトークイベントをやります。お近くの方は、ぜひ、ご参加ください。なお、イベントそのものの詳細は、こちらをご覧ください。
      
 ★★★ 最新作 『パレスチナ現代史 岩のドームの郵便学』 近日発売!★★★ 

      パレスチナ現代史・表紙 本体2500円+税

 【出版元より】
 中東100 年の混迷を読み解く! 
 世界遺産、エルサレムの“岩のドーム”に関連した郵便資料分析という独自の視点から、複雑な情勢をわかりやすく解説。郵便学者による待望の通史!

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 世界の国々:アンティグア・バーブーダ
2016-02-10 Wed 08:55
 ご報告が遅くなりましたが、アシェット・コレクションズ・ジャパンの週刊『世界の切手コレクション』2016年2月3日号が発行されました。僕が担当したメイン特集「世界の国々」のコーナーは、今回はアンティグア・バーブーダの特集です。その記事の中から、この1点をご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

      バーブーダ加刷

 これは、1922年に発行された“バーブーダ加刷”切手です。

 現在のアンティグア・バーブーダ国家を構成するアンティグア島とバーブーダ島は、いずれも、1493年、クリストファー・コロンブスの第2次航海で“発見”されました。

 このうち、バーブーダ島は、1680年、イギリスのクリストファー・コドリントンとジョン・コドリントンが上陸して以来、コドリントン家の私有財産としてプランテーションが経営されていましたが、1834年、アンティグア島を含む全英領で奴隷が廃止されると、次第に経済は衰退。1860年にはコドリントン家によるバーブーダ島の経営が終焉を迎え、同島はイギリス政府によって併合され、アンティグア島と一括して英領植民地の“アンティグア”が成立します。これを受けて、1862年7月1日には“アンティグア”として最初の切手が発行されると、バーブーダ島でもこの切手が使われるようになりました。

 その後、1890年、アンティグアを含む英領リーワード諸島として共通の切手(以下、共通切手)が発行されると、英領アンティグアとしての独自の切手の発行は一時的に停止されましたが、1903年、共通切手と別に各植民地で独自の切手を発行することが認められ、英領アンティグア切手が復活。以後、1956年まで、バーブーダ島を含む英領アンティグアでは、アンティグア切手と共通切手が併用される事態が続きます。
 
 ところで、アンティグア島に比べて人口が少ないバーブーダ島では、アンティグア切手と共通切手で島内の郵便需要を賄うことは十分に可能で、独自の切手を発行する必要性はありませんでした。ところが、1922年、突如、リーワード諸共通切手に“BARBUDA”の文字を加刷した切手が発行されました。今回ご紹介の切手はその一例です。

 加刷切手が発行された理由は明らかにされませんでしたが、外貨獲得の手段として、海外の切手収集家向けに輸出するためのものであったと推測されています。ただし、共通切手への加刷はこの1回のみで、その後は、1968年まで、バーブーダ島でもアンティグア切手と共通切手が併用される時代が続きました。

  さて、『世界の切手コレクション』2月3日号の「世界の国々」では、今回ご紹介の切手のほか、英領アンティグアの郵便史についての概説コラムのほか、ナポレオン戦争時の史跡であるマルテロー・タワーや20世紀を代表するクリケット選手の一人、アイザック・ヴィヴィアン・アレクサンダー・リチャーズ、バーブーダ島とアンティグア島を結ぶフェリーの切手などもご紹介しています。機会がありましたら、ぜひ、書店などで実物を手に取ってご覧ください。

 なお、僕が担当する「世界の国々」は、次回は本日発売の2月17日号でのパキスタンの特集になります。こちらについては、2月17日以降、このブログでもご紹介する予定です。

 
 ★★★ 講座のご案内 ★★★

 3月8日(火)から、毎月第2火曜の19時より、東京・竹橋の毎日文化センターで新講座「宗教で読む国際ニュース」がスタートします。都心で平日夜のコースですので、ぜひ、お勤め帰りに遊びに来てください。詳細は、こちらをご覧いただけると幸いです。


 ★★★ 内藤陽介の新刊  『ペニー・ブラック物語』 のご案内 ★★★ 

       ペニーブラック表紙 2350円+税

 【出版元より】
 若く美しい女王の横顔に恋しよう!
 世界最初の切手
 欲しくないですか/知りたくないですか

 世界最初の切手“ペニー・ブラック”…名前は聞いたことがあっても、詳しくは知らないという収集家も多いはず。本書はペニー・ブラックとその背景にある歴史物語を豊富なビジュアル図版でわかりやすく解説。これからペニー・ブラックを手に入れたい人向けに、入手のポイントなどを説明した収集ガイドもついた充実の内容です。

 発売元の特設サイトはこちら。ページのサンプルもご覧いただけます。


 ★★★ 内藤陽介の新刊  『アウシュヴィッツの手紙』 のご案内 ★★★ 

       アウシュヴィッツの手紙・表紙 2000円+税

 【出版元より】
 アウシュヴィッツ強制収容所の実態を、主に収容者の手紙の解析を通して明らかにする郵便学の成果! 手紙以外にも様々なポスタルメディア(郵便資料)から、意外に知られていない収容所の歴史をわかりやすく解説。

 出版元のサイトはこちら。各書店へのリンクもあります。

 インターネット放送「チャンネルくらら」にて、本書の内容をご紹介しております。よろしかったら、こちらをクリックしたご覧ください。


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 世界の国々:アンティグア・バーブーダ
2015-03-24 Tue 13:08
 アシェット・コレクションズ・ジャパンの週刊『世界の切手コレクション』2015年3月25日号が、先週刊行されました。僕が担当しているメイン特集「世界の国々」のコーナーは、今回はアンティグア・バーブーダを取り上げています。その記事の中から、こんなモノをご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

        アンティグア・野戦局カバー

 これは、第二次大戦中の1941年、アンティグア島に置かれた米野戦局から差し出されたカバーです。

  20世紀前半の英領アンティグア経済は、主要産業のひとつであった砂糖の国際価格が低迷していたこともあり、苦境に陥っていました。

 1939年、英本国の勧告によりアンティグア労働組合が組織され、労働者の待遇改善が図られ、彼らの日当は5割増しになったが、それでも、1シリングから1シリング6ペンスに上がっただけで一般住民の生活は苦しく、失業率も高いままでした。

 こうした状況の中で、1939年9月1日、第二次大戦が勃発します。当初、米国は中立を保っていましたが、英国を支援するため1941年、英領アンティグアの植民地政府と基地供与協定を結び、アンティグア島内の2ヵ所に米軍基地を設置しました。

 米軍基地の設置は、重機を持ち込んでのインフラ整備と共に、住民に大量の雇用を生みました。このことは、結果的に、プランテーション農場のみに依存していた英領アンティグアの労働市場を大きく変容させ、住民の社会的な自覚を促すことになります。

 こうして、第二次大戦後の1956年、アンティグア労働組合の委員長だったヴェア・C・バードがアンティグア労働党を設立し、以後、植民地政府に対して住民の自治拡大の運動を展開。時あたかも、イギリスは世界各地の植民地再編の一環として、1958年、カリブ海の島々を将来的に独立させるための準備段階として、西インド連邦を結成し、英領アンティグアもこれに加盟し、1960年の新憲法制定により大幅な自治権を認められました。

 ところが、西インド連邦はトリニダード・トバゴとジャマイカの主導権争いから、1961-62年に両国が相次いで独立してしまったため、中核を失ってわずか4年で崩壊。このため、アンティグアも再び単独で英領植民地に戻り、1967年には単独で自治領となります。

 1981年まで続いた自治領時代、バーブーダ島の一部にはアンティグア島に比べて開発が遅れていることから、英領への残留を主張し、独立に反対する勢力もありましたが、バード率いる労働党政権はこれを押し切って、1981年に英連邦の一国として正式独立を達成。その際、独立後は、政治的・経済的にバーブーダ島をアンティグア島と同等に遇するとの意味を込めて、国号は“アンティグア”から“アンティグア・バーブーダ”に変更されました。

 さて、 『世界の切手コレクション』3月25日号の「世界の国々」では、コロンブス来航以来のアンティグア(・バーブーダ)の近現代史について概観した長文コラムのほか、ネルソン提督ゆかりのネルソンズ・ドックヤードやベイ子kのアポロ計画との意外な関係を示す切手、サンゴ礁やクリケット、華やかな軍装の切手などもご紹介しております。機会がありましたら、ぜひ、書店などで実物を手に取ってご覧いただけると幸いです。

 なお、あす発売の4月1日号では、「世界の国々」はモルディヴを特集していますが、こちらについては、来週、このブログでもご紹介する予定です。


 ★★★ よみうりカルチャー荻窪の講座のご案内 ★★★

 毎月1回(原則第1火曜日:3月31日、4月7日、6月2日、7月7日、8月4日、9月1日)、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で下記の一般向けの教養講座を担当します。(下の青い文字をクリックしていただくと、よみうりカルチャーのサイトに飛びます)

 ・イスラム世界を知る 時間は15:30-17:00です。

 次回開催は3月31日で、途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


 ★★★ 内藤陽介の最新刊  『日の本切手 美女かるた』 3月25日発売! ★★★ 

         日の本切手 美女かるた・表紙 税込2160円

 【出版元より】
 “日の本”の切手は美女揃い!
  ページをめくれば日本切手48人の美女たちがお目見え!
 <解説・戦後記念切手>全8巻の完成から5年。その著者・内藤陽介が、こんどは記念切手の枠にとらわれず、日本切手と“美女”の関係を縦横無尽に読み解くコラム集です。切手を“かるた”になぞらえ、いろは48文字のそれぞれで始まる48本を収録。様々なジャンルの美女切手を取り上げています。

 本書のご注文はこちら(出版元の予約受付サイトです)へ。内容のサンプルはこちらでご覧になれます。


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 太陽は新時代の象徴
2014-06-21 Sat 11:42
 今日(21日)は夏至です。というわけで、“太陽”にまつわる切手の中からこの1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

      アンティグア・バーブーダ 国際青年年

 これは、1985年、カリブ海の島国、アンティグア・バーブーダが発行した国際青年年の小型シートで、太陽をデザインした同国の国旗を掲げる若者たちが描かれています。線描で描かれた人々の中に国旗の部分だけがカラーになっているデザインが印象的な1枚です。

 アンティグア島は、1493年、クリストファー・コロンブスによって発見され、セビリアのサンタ・マリア・ラ・アンティグア教会にちなんで命名されました。当初はスペイン領でしたが、フランス領時代を経て、1667年に英領となります。その後、1860年にコドリントン家の私有財産だったバーブーダ島が英国によって併合されると、両者を一括して英領植民地のアンティグア・バーブーダとなりました。

 1958年、カリブ海の英領の島々を統合して、将来の独立を目指すための西インド連邦が結成されると、アンティグア・バーブーダもこれに加盟しました。ところが、連邦は内部対立からわずか4年で崩壊すると、アンティグア・バーブーダは再び単独で英領植民地に戻り、1967年に自治権を獲得。1981年、近隣のバーブーダ島とともにアンティグア・バーブーダとして英国から独立しました。

 今回ご紹介の切手の国旗は、1967年2月27日に自治権を獲得した際に制定されたもので、地元の教師、レジナルド・サムエルズがデザインを制作しました。中央上部の太陽は新時代を象徴するもので、背景の黒は住民の多数を占めるアフリカ系の人々、白は英国系の人々、青色は希望を、赤色は独立と力を意味しています。

 シートの題材となった“国際青年年”は、“参加・発展・平和”のテーマの下、明日を築く青年を守り育て、ひいては世界平和の建設をめざすという趣旨の下に1985年の1年間を通じて行われた“国際年”の事業ですが、その意味では、新時代の象徴としての太陽を大きく描くアンティグア・バーブーダの国旗は、それ自体、事業の趣旨にも合致したものと言ってよいでしょう。

 さて、ことし(2014年)は、わが国とカリブ共同体(旧英領を中心にカリブの14か国1地域が加盟。アンティグア・バーブーダも加盟国です)の事務レベル協議開始後20年が経過した年であるとともに、ジャマイカならびにトリニダード・トバゴとの国交樹立50周年にもあたることから、“日・カリブ交流年”とされています。

 8月1-3日、東京・墨田区で開催が予定されている<全日本切手展2014>でも、これにちなみ、外務省の認定を受けた“日・カリブ交流年”の行事として“カリブ切手展”を併催の予定です。今後も、同展の事前プロモーションを兼ね、機会を見つけてカリブ共同体加盟諸国・地域の切手をご紹介していきたいと考えておりますので、よろしくお付き合いください。


 ★★ 講座「切手を通して学ぶ世界史:第一次世界大戦から100年 」のご案内 ★★ 

       中日・講座チラシ    中日・講座記事

 7月18日・8月29日・9月19日の3回、愛知県名古屋市の栄中日文化センターで、第一次大戦100年の企画として、「切手を通して学ぶ世界史」と題する講座を行います。

 講座では、ヨーロッパ、中東、日本とアジアの3つの地域に分けて、切手や絵葉書という具体的なモノの手触りを感じながら、フツーとはちょっと違った視点で第一次世界大戦の歴史とその現代における意味を読み解きます。

 詳細は、こちらをご覧ください。

 * 左の画像は講座のポスター、右は講座の内容を紹介した5月20日付『中日新聞』夕刊の記事です。どちらもクリックで拡大されますので、よろしかったらご覧ください。
 

 ★★★ 『外国切手に描かれた日本』 電子書籍で復活! ★★★

      1枚の切手には 思いがけない 真実とドラマがある

    外国切手に描かれた日本(表紙)     外国切手に描かれた日本(ポップ) 

    光文社新書 本体720円~

 アマゾン紀伊国屋書店ウェブストアなどで、6月20日から配信が開始されました。よろしくお願いします。(右側の画像は「WEB本の雑誌」で作っていただいた本書のポップです)


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 日本維新の会、正式発足
2012-09-28 Fri 23:44
 新党“日本維新の会”は、きょう(28日)、大阪府選管を通じて総務相に設立届を提出し、国政政党として正式に発足しました。彼ら自身がつけた英文名称は“Japan Restoration Party”だそうです。というわけで、きょうはこんな切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

       アンティグア・ネルソンズドック復旧

 これは、1961年、カリブ海の島国アンティグアが発行した“ネルソンズ・ドックヤード復旧”の記念切手で、印面にはそのことを示す“Nelson's Dockyard Restoration”の文字も入っています。

 アンティグア島は、1493年、クリストファー・コロンブスによって発見され、セビリアのサンタ・マリア・ラ・アンティグア教会にちなんで命名されました。当初はスペイン領でしたが、フランス領時代を経て、1667年に英領となります。1958年、カリブ海の英領の島々を統合して、将来の独立を目指すための西インド連邦が結成されると、アンティグアもこれに加盟しました。ところが、連邦は内部対立からわずか4年で崩壊。アンティグアは再び単独で英領植民地に戻り、1967年に自治権を獲得。1981年、近隣のバーブーダ島とともにアンティグア・バーブーダとしてイギリスから独立しました。

 なお、アンティグア島では、ロンドンの郵政局長の管理下で、1841年3月から島内のセント・ジョーンズとイングリッシュ・ハーバーを結ぶ島内郵便が始まり、1858年以降は英本国の切手が持ち込まれて使用されました。これに伴い、セント・ジョーンズではA02、イングリッシュハーバーではA18の記番印が使用されています。その後、1860年に地元当局に郵便の管轄権が移され、1862年にアンティグア名の最初の切手が発行されました。

 さて、今回の切手に取り上げられたネルソンズ・ドックヤードは18世紀のイギリスの海軍基地の跡で、トラファルガーの海戦で英雄となったホレイショ・ネルソン提督にちなんだ命名です。ネルソンは結婚前の1784年、カリブ海のリーワード諸島方面艦隊司令長官リチャード・ヒューズ提督に仕えていたことがあり、その際、アンティグア島の弁務官の若妻メアリ・マウトレイに夢中になっています、結局、メアリには適当にあしらわれ、2人が親密になることはありませんでしたが、ネルソンとメアリならびに夫のマウトレイとは終生、交流がありました。また、ネルソンの盟友として知られるコリングウッドも、やはり、メアリに夢中になったものの相手にされず、共通の相手に失恋したことがネルソンとコリングウッドの友情を深めることになったといわれています。こうしたことから、かつての海軍基地は、いつしか、英雄ネルソンにちなむ名前で呼ばれるようになり、海軍基地として使われなくなった後は、1961年、観光資源として復旧されました。今回ご紹介の切手は、その際に発行されたものです。

 さて、切手には“Restoration”の文字がありますが、本来、この語は上記のネルソンズ・ドックヤード復旧などのように、“もとの状態に戻す”ことの意味で、回復とか復旧の訳語があてられるのが一般的です。そして、そこから、政治用語としての“王政復古”の意味で使われるようになりました。明治維新の場合は、“明治の王政復古”という意味で、“Meiji Restoration”との英訳があてられているわけです。

 これに対して“維新”という語は、『詩経』大雅・文王の「維れ新なり」が出典で、辞書的に言えば「すべてが改まって新しくなること」という意味で、どちらかというと、“革新”と言い換えることが出来ましょう。明治維新の場合は、幕藩体制を止めて王政復古を行ったわけですから、“restoration”が社会改革になるという意味で維新でも問題はないのでしょうが、一般には、“維新”と“Restoration”とは正反対の意味ですから、“維新の会”が“Restoration Party”といわれると、さて、この党はいったい何を目指したいのか、さっぱりわからんということになりかねません。もちろん、“維新の会”が王政復古を目指すことを公約としてきちんと掲げるというのなら、それはそれで筋が通っているわけですが…。

 まぁ、きょう正式に発足した新政党は、明治維新をイメージして、その英訳を持ってきただけということなのかもしれませんが、政治家である以上、言葉に対してはもっと気を使ってほしいと思うのは僕だけではないはずです。このほか、いわゆる“大阪都”問題についても、“都”というのなら、陛下に大阪にお移りいただくか、あるいは、一定の期間ごとに東京と大阪を交互に滞在していただくということにならないとおかしいわけですが、その場合、東京のみならず京都との関係をどうするのかといったことも、重要な問題となるはずです。ところが、大阪都はただ単に、大阪府と大阪市の議会や行政を統合するということだけのようで、それなら、なぜ“都”でないといけないのか、どうも万人が納得できる説明はなされていないようです。

 ちなみに、今回の切手に顔が描かれているネルソン提督は女性関係が派手だったことでも知られていますが、日本維新の会の橋下代表も先ごろ、女性スキャンダルで週刊誌やワイドショーをにぎわせましたな。僕は、「英雄色を好む」ということを否定はしませんが、単に「色を好む」だけでは、やはり困ります。ここは、きっちり、英雄としての実績を残していただかないとね。


 ★★★ 内藤陽介、カルチャーセンターに登場 ★★★
   
 10月から、下記の通り、首都圏各地のよみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)で8月の韓国取材で仕入れたネタを交えながら、一般向けの教養講座を担当します。詳細につきましては、青色太字をクリックしてご覧いただけると幸いです。皆様のご参加を心よりお待ちしております。(掲載は開催日順)

 T-moneyで歩くソウル歴史散歩 
・よみうりカルチャー荻窪
 10月2日、10月30日、12月4日、1月29日、2月5日、3月5日 13:00-14:30

 * 10月2日は公開講座として、お試し聴講も可能です。
 
・よみうりカルチャー北千住
 10月17日、12月19日、1月16日、2月20日、3月20日 13:00-15:00


 ★★★★ 電子書籍で復活! ★★★★

 歴史の舞台裏で飛び交った切手たち
 そこから浮かび上がる、もうひとつの昭和戦史

         切手と戦争

   『切手と戦争:もうひとつの昭和戦史』
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