内藤陽介 Yosuke NAITO
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World Wide Weblog
 国連加盟記念日
2016-12-18 Sun 12:05
 きょう(18日)は、1956年12月18日に日本の国際連合加盟案が全会一致で可決され、国連加盟が承認されたことにちなみ、“国連加盟記念日”です。ことしは加盟60周年ということで、明日(19日)午後には、国連大学のウ・タント国際会議場において、外務省及び日本国際連合協会の主催により、皇太子殿下の御臨席の下、記念行事も行われるとのことなので、きょうは、こんな切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      国連・日本の平和の鐘(1970)

 これは、1970年に国連(ニューヨーク)の発行した“日本の平和の鐘”の切手です。“日本の平和の鐘”は、日本が国連に加盟する以前の1954年、元愛媛県宇和島市市長の中川千代治氏の尽力によって寄贈されました。

 中川は、1905年、愛媛県八幡浜市向灘生まれ。第2次世界大戦に応召し、ビルマ戦線での激戦の中、意識を失い、気が付くと鐘楼の中で一人生き残るという体験をしました。この経験から、1950年2月、自らの菩提寺であった宇和島市の泰平寺の吊り鐘が戦時中に供出され球間になっていたことに気づき、自分が戦場に携えた軍刀と世界26国のコインを溶かして平和を祈り、「世界絶対平和万歳の鐘」を奉納しました。

 この実績をもとに、翌1951年、パリで開催された第6回国連総会に日本国連協会代表でオブザーバーとして実費参加した中川は、「世界の平和を願う人々からコインを貰い、その平和への祈りを一つにした鐘を国連に寄贈し、 その鐘を世界の平和のために鳴らして欲しい」と訴え、泰平寺の鐘の音をテープで流します。これを受けて、 1952年、国連社会経済理事会は、「世界絶対平和万歳の鐘」を人類希求の声として、ニューヨークの国連本部が完成した際にはその記念に受理することを決定。非加盟国・日本の一国民の申請を国連が受理したことは、当時としては画期的なことでした。

 その後、中川は総会参加国65国の代表者から各国の硬貨の寄贈を受けたほか、ヴァティカンではローマ法皇ピウス12世に拝謁し、キリスト及びマリア像の金貨を拝領。さらに、ベルリンでは自動小銃を構えたソ連兵に「平和の鐘」の趣旨を訴え、カペイカ貨幣を貰うなどの活動をして、帰国します。

 その後、中川の元には集まった古銭、30貫の硬貨、日本刀、弾丸、銅章、各宗派のバッジ、神社の銅板等を材料として、高松市の多田鋳造所、第14代多田丈之助が鐘を鋳造、宇和島市津島町須下の宮大工、大下林平が鐘楼を建設。1953年5月、宇和島市の城南中学校校庭で、市長、教育長出席のもと宇和島市の小中学生1500人が参加して、出来上がった鐘の除幕式が行われました。

. 完成した鐘は、同年12月、日本国連協会の名のもと、横浜港よりニューヨーク国連本部に向け出発。その際、広島で被爆された禅宗住職と、長崎のキリスト教徒の女子学生から、鐘楼の礎石の下に埋めて欲しいと届けられた被爆地の土も、あわせてニューヨークに送られています。

 鐘は、1954年3月、飯野海運の常島丸でニューヨークに到着。同年6月8日 澤田廉三国連大使、ベンジャミン・コーエン国連事務局次長立会いのもと、贈呈式が行われました。“日本の平和の鐘”はそれから2年半、日本の国連加盟を待ち続けることになります。

 なお、“日本の平和の鐘”の贈呈式に際して、その最大の立役者ともいうべき中川は旅費が工面できず、参加がかないませんでしたが、こうした活動実績などが市民から高く評価され、1959年には宇和島市長に当選。以後、1967-71年を除き、市長を務め、在任中の1972年2月25日、肝臓がんで亡くなりました。

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 ナミビアの日
2016-08-26 Fri 10:44
 きょう(26日)は、1958年8月26日に南西アフリカ人民機構 (SWAPO) が結成され、1966年8月26日にナミビア解放闘争が始まったことにちなんで、国連が制定した“ナミビアの日(ナミビア国内では“英雄の日”)です。というわけで、今年はナミビア解放闘争50周年でもありますし、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      国連・ナミビア(1975)

 これは、1975年に国連が発行した“ナミビア支援”の切手です。

 現在のナミビア国家の領域は、第一次大戦以前はドイツ領南西アフリカとしてドイツの統治下に置かれていましたが、第一次大戦中の1915年3月、英連邦の一員として参戦した6万7000の南アフリカ連邦軍が進攻し、7月9日にはその全域を占領。これにより、ドイツ領南西アフリカは崩壊し、戦後、この地域は国際連盟によって南アフリカ連邦(以下、1961年以降の南アフリカ共和国も含めて南アと略)の委任統治領となります。

 1946年に国際連盟が解散すると、南アは国際連合への引き継ぎ期間の隙をついて南西アフリカの併合を宣言。しかし、国際社会はこれを認めず、南アによる南西アフリカの併合は不法占領であると非難します。

 1960年の国連総会では、南西アフリカを、南アを施政権者とする信託統治領(委任統治領と異なり、国連信託統治理事会が、3年に1度、現地を視察して住民に対する人権侵害や搾取がないか、自治・独立に向けた施政が行われているかを調査するほか、地域住民から国際連合への請願が認められます)とすることを決議したが、南アはこれを無視して、国連の“干渉”を排した実効支配を継続しました。

 これに対して、1962年、南西アフリカでは民族解放組織としてSWAPO が形成され、独立運動が展開されましたが、1966年、南アは本国に倣って南西アフリカでも“自治国”としてバントゥースタンを設置し、アパルトヘイト政策を強行。独立運動を徹底的に弾圧しました。

 このため、同年8月26日、SWAPOは武装闘争を開始し、いわゆるナミビア独立戦争が勃発します。

 国際社会はSWAPOを支持し、1968年には国連総会で南西アフリカをナミブ砂漠に由来する“ナミビア”と改称した上で、国連ナミビア委員会の統治下におく決議が採択されたほか、1973年の国連総会ではSWAPOがナミビアの正統政府として承認されました。今回ご紹介の切手は、そうした状況の下で、ナミビアが国連ナミビア委員会の管理下にあることを訴えるために発行されたものです。

 しかし、南ア政府はその後も“南西アフリカ”の支配をつづけ、1975年に隣国アンゴラでの内戦が勃発すると、反アパルトヘイトを掲げる左派勢力、アンゴラ解放人民運動 (MPLA)による政権樹立を阻止するため、ナミビアを拠点としてアンゴラ内戦に介入。内戦には東西冷戦の代理戦争として米ソ両国も関与したため、ナミビアとアンゴラの国境付近では南ア軍とMPLAおよび彼らを支援するキューバ軍が対峙する状況が延々と続きました。

 その後、1988年のクイト・クアナヴァレの戦いを機に、南アはアンゴラからの撤退を表明。同年12月のニューヨーク協定で、南アは、キューバ軍のアンゴラからの撤退を条件にナミビアの独立を承認し、翌1989年、国連監視下で行われたナミビアの選挙ではSWAPOが過半数を制し、1990年3月、ようやく、ナミビアは完全独立を達成することになりました。


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 世界の国々:国際連合
2016-05-04 Wed 16:49
 アシェット・コレクションズ・ジャパンの週刊『世界の切手コレクション』2016年5月4日号が先週、発行されました。僕が担当したメイン特集「世界の国々」のコーナーは、今回は国際連合(以下、国連)の特集です。その記事の中から、この1点をご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

      国連・シャガールのステンドグラス

 これは、1967年に発行された“シャガールのステンドグラス”の国連切手です。

 ニューヨークの国連本部のパブリックロビー東側には、フランス国籍の画家マルク・シャガールと国連スタッフが1964年に寄贈した幅4.6m、高さ3.7mステンドグラスが設置されています。

 ステンドグラスは、1961年、コンゴ動乱の停戦調停に赴く途上、飛行機事故で亡くなった第2代事務総長のダグ・ハマーショルドと15名の記念碑として、シャガール本人が制作したもので、平和と愛の象徴として、花の中から現れた天使と母子、その周囲に平和を求めてもがく人々を表現したものです。今回ご紹介の切手は、6枚連刷のシート構成で、壁画を再現したもので、作品に穴をあけないよう、ルレット目打になっています。

 さて、『世界の切手コレクション』5月4日号の「世界の国々」では、国連結成までのプロセスと、1950年の朝鮮戦争に参加した“国連軍”についてまとめた2本のコラムのほか、1951年に発行された最初の国連切手、欧州本部とレマン湖、日本の国連加盟、ウィーンの国連都市の切手などもご紹介しています。機会がありましたら、ぜひ、書店などで実物を手に取ってご覧ください。

 なお、僕が担当する「世界の国々」は、次回は本日(4日)発売の5月11号でのヴァティカンの特集になります。こちらについては、11日以降、このブログでもご紹介する予定です。


 ★★★ 講座のご案内 ★★★

 ・よみうりカルチャー荻窪 「宗教と国際政治」
 4月から毎月第1火曜の15:30より、よみうりカルチャー荻窪(読売・日本テレビ文化センター、TEL 03-3392-8891)で講座「宗教と国際政治」がスタートします。ぜひ、遊びに来てください。詳細は、こちらをご覧いただけると幸いです。
 

 ★★★ 内藤陽介の新刊  『ペニー・ブラック物語』 のご案内 ★★★ 

       ペニーブラック表紙 2350円+税

 【出版元より】
 若く美しい女王の横顔に恋しよう!
 世界最初の切手
 欲しくないですか/知りたくないですか

 世界最初の切手“ペニー・ブラック”…名前は聞いたことがあっても、詳しくは知らないという収集家も多いはず。本書はペニー・ブラックとその背景にある歴史物語を豊富なビジュアル図版でわかりやすく解説。これからペニー・ブラックを手に入れたい人向けに、入手のポイントなどを説明した収集ガイドもついた充実の内容です。

 発売元の特設サイトはこちら。ページのサンプルもご覧いただけます。


 ★★★ 内藤陽介の新刊  『アウシュヴィッツの手紙』 のご案内 ★★★ 

       アウシュヴィッツの手紙・表紙 2000円+税

 【出版元より】
 アウシュヴィッツ強制収容所の実態を、主に収容者の手紙の解析を通して明らかにする郵便学の成果! 手紙以外にも様々なポスタルメディア(郵便資料)から、意外に知られていない収容所の歴史をわかりやすく解説。

 出版元のサイトはこちら。各書店へのリンクもあります。

 インターネット放送「チャンネルくらら」にて、本書の内容をご紹介しております。よろしかったら、こちらをクリックしたご覧ください。


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 国連デー
2015-10-24 Sat 14:09
 きょうは、1945年10月24日に国際連合(以下、国連)憲章が発効して国連が正式に成立したことにちなみ“国連デー”です。ことしは、国連創設70周年でもありますし、きょうはストレートにこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      国連最初の切手(1951)

 これは、1951年10月24日に発行された国連最初の切手のうち、“世界の人々”を描いた1セント切手です。

 1947年の国連総会で、アルゼンチンの外交官が、第二次大戦以前の国際連盟や常設国際司法裁判所(現国際司法裁判所)等の先例に倣い、国連用の切手を発行すべきと提案。これを受けて、ニューヨークの国連本部内の郵便局が米国から国連に移管され、1951年に国連としての最初の切手が発行されることになりました。

 1951年に発行された国連最初の切手は今回ご紹介のモノを含めて11種類ありますが、このうち、横型のモノはデラルー社が、縦型のモノはエンスケデ社が製造しています。
 
 今回ご紹介の切手はデラルー社製で、メートル坪量で61グラムの英国産の用紙が使われており、透かしはありません。記録によれば、この切手には1刷から3刷までありますが、それらを単片で識別するのは、一部の例外を除き、困難です。また、1刷のシートに関しては、シートA(目打は左右の耳紙に貫通し、上下への貫通はない。トンボは左耳のみで右耳にはない)とシートB(目打は左側の耳紙にのみ貫通し、上下と右側への貫通はない。トンボは右耳のみで左耳にはない)のヴァラエティがありますが、第2刷以降の切手は、上下左右の耳紙全てに目打が貫通しているので、目打で刷次を特定することはできません。

 “世界の人々”のデザインは、当初の案では、国連マークの下には建物が描かれていましたが、実際に発行された切手では山と川の風景に変更されています。原画作者は英国のO.C.メロンティで、原版彫刻は、中央の会が部分をJ.C.エヴァンスが、周囲の輪郭と文字部分をA.B.クロセットが担当しました。

 ★★★ <JAPEX> トークイベントのご案内 ★★★

   アウシュヴィッツの手紙・表紙  ペニーブラック表紙   

 東京・浅草で開催される全国切手展<JAPEX>会場内で、下記の通り、拙著『アウシュヴィッツの手紙』ならびに『英国郵便史 ペニー・ブラック物語』の刊行記念のトークイベントを予定しております。よろしかったら、ぜひ遊びに来てください。なお、詳細は主催者HPをご覧いただけると幸いです。

 ・10月30日 15:30~ アウシュヴィッツの手紙
 ・11月1日  14:00~ 英国郵便史 ペニーブラック物語


 ★★★ 内藤陽介の最新刊  『アウシュヴィッツの手紙』  予約受付中! ★★★ 

       アウシュヴィッツの手紙・表紙 税込2160円

 【出版元より】
 アウシュヴィッツ強制収容所の実態を、主に収容者の手紙の解析を通して明らかにする郵便学の成果! 手紙以外にも様々なポスタルメディア(郵便資料)から、意外に知られていない収容所の歴史をわかりやすく解説。

 11月上旬刊行予定ですが、現在、版元ドットコムamazonhontoネットストア新刊.netの各ネット書店で予約受付中ですので、よろしくお願いします。

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 コンゴPKOに平和強制部隊
2013-03-29 Fri 11:04
 国連安全保障理事会は、きのう(28日)、アフリカ中部のコンゴ(旧ザイール)に展開中の平和維持活動(PKO)部隊に、反政府武装勢力の無力化や武装解除を任務とする強制力を持った戦闘部隊“介入旅団”を組み込む決議案を全会一致で採択しました。PKOに「平和の強制執行」の任務が与えられるのは、1990年代のソマリアやボスニア・ヘルツェゴビナ以来のことだそうです。というわけで、きょうはこんな切手を持って起案した(画像はクリックで拡大されます)

        国連コンゴ派遣

 これは、1962年に国連が発行した“国際連合コンゴ活動(コンゴへのPKO派遣)”の記念切手です。

 1960年、アフリカ諸国が相次いで独立する中で、同年6月30日、ベルギー領コンゴもコンゴ共和国(旧仏領の隣国も正式な国名が“コンゴ共和国”だったため、区別するため、コンゴ・レオポルドビル、コンゴ・キンシャサなど呼ばれることもあります)として独立。コンゴ族同盟(アバコ党)の指導者であったジョセフ・カサヴブが初代大統領に、コンゴ国民運動(MNC)を率いたパトリス・ルムンバが初代首相に就任しました。

 しかし、コンゴ駐留のベルギー軍撤退問題をめぐり、急進左派のルムンバにベルギー軍が反発。コンゴ在住のベルギー国民への攻撃も相次いだため、7月8日、自国民保護のため、ベルギー軍が首相官邸を襲撃し、首都キンシャサの国際空港を占領すると、ルムンバはベルギーとの国交断絶を表明します。

 混乱の中で、地下資源の豊かなカタンガ州(たとえば、カタンガの銅生産量は当時の世界総生産量の70%を占めていたほか、いわゆるレアメタルも豊富でした)を地盤とするモイーズ・チョンベは、7月11日、ベルギーの支援を受けて、カタンガの独立を宣言。親西側のカサヴブと急進民族主義路線を掲げるルムンバの路線対立もあり、独立間もないコンゴは政府が機能不全に陥り、四分五裂の状態に陥りました。いわゆる第1次コンゴ動乱です。

 ルムンバの要請を受けた国連は、7月14日、安保理決議143を採択。ベルギー軍のコンゴからの撤退を求め、コンゴ国軍が治安維持を行なえるようなるまでコンゴ共和国と協議の上、各国から軍事援助を行なえる手段を取ることを国際連合事務総長に求めました。こうして“国連軍”が編成されてベルギー軍と交代し、カタンガ州内へも独立問題へ関与しないことを条件に進駐します。

 国連軍の進駐により、治安が次第に回復すると、ベルギーと米国は、治安が安定しているカタンガ州への国連軍進駐は、“暴動によって混乱した治安の回復”を目的とする国連軍の目的を越え、コンゴへの内政干渉にあたると抗議。これに対して、ルムンバ政権とソ連をはじめとする東側諸国はカタンガ州への国連軍進駐を強硬に主張し、両社は激しく対立しました。

 混乱の中で、カタンガに続き、ダイヤモンド鉱山で知られるカサイ州南部では反ルムンバ派が南カサイ自治国として独立を宣言。このため、8月25日、ルムンバはソ連からの武器供与を得て(実は、当初、ルムンバは米国に支援を要請していましたが、ルムンバの急進路線を危険視した米国は要請を無視し、ルムンバのソ連への傾斜を招いていたという経緯があります)、南カサイに進攻します。これに対して、カタンガは豊富な資金力を背景に白人の傭兵部隊を大量に雇い入れ、ルムンバ側からの攻撃に抵抗していました。

 カタンガ政権は、「我々は共産主義(彼らの理解ではルムンバ派や国連を指す)の魔の手からアフリカの白人を護るための十字軍である」との大義名分の下、南アや中央アフリカ連邦(現在のジンバブエ・ザンビア・マラウイで構成)で身体頑健で軍隊経験のある白人をリクルートします。

 こうして、各派入り乱れての泥沼の内戦の中で、1960年9月、大統領のカサヴブが首相のルムンバを更迭すると、ルムンバ内閣は大統領の解任を決議。政府機能は完全に麻痺し、首都の治安も崩壊する中で、9月14日、ついに国軍が動きました。CIAの支援を受けた陸軍参謀長ジョセフ・デジレ・モブツ大佐がクーデターを決行したのです。

 クーデターは大統領の支持を受けて成功し、ルムンバは逮捕され、翌1961年1月に殺害されました。これに対して、ルムンバ派は、コンゴ東部のスタンレーヴィル(現キサンガニ)を拠点に、ソ連やアラブ諸国からの支援を受けて新政府の樹立を宣言。ルムンバの殺害によって国際世論の同情を集めたスタンレーヴィル政権は、国連からコンゴの正統政権として承認を受けています。

 これに対して、同年7月、カサヴブは、カタンガ以外の勢力(ルムンバ派も含む)をまとめあげてシリル・アドウラを首相とする挙国一致体制(アドウラ政府)を樹立。この挙国一致政府を支援するかたちで、国連軍が外国人傭兵の逮捕・追放のための大規模な作戦を開始し、カタンガ政権に対する経済制裁も発動されました。資金源を断たれたカタンガ政権は急速に弱体化し、1963年1月に降伏。大統領のチョンベもスペインに亡命し、ようやく、第一次コンゴ動乱は終結します。

 ただし、1964年6月、国連軍が撤退するとピエール・ムレレ率いる共産ゲリラのシンバが中国の支援を得て反乱を起こ、いわゆる第二次コンゴ動乱が勃発。コンゴ情勢は不安定な状況が続くことになります。

 なお、1960年代のコンゴ動乱については、南ア出身の傭兵、マイク・ホアレとの関連で、拙著『喜望峰』でも、ちょっと面白いマテリアルを各種ご紹介しております。機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。

 
 ★★★ 内藤陽介、カルチャーセンターに登場 ★★★   

 4月から、下記の通り、首都圏各地のよみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)で一般向けの教養講座を担当します。詳細につきましては、各講座名(青色)をクリックしてご覧いただけると幸いです。皆様のご参加を心よりお待ちしております。(掲載は開催日順)

・よみうりカルチャー荻窪
 4月2日、5月7日、6月4日、7月2日、7月30日、9月3日
 (原則・毎月第1火曜日)13:00~14:30
 予算1日2000円のソウル歴史散歩

・よみうりカルチャー川崎
 4月12日、5月10日、6月14日、7月12日、8月30日、9月13日
 (原則・毎月第2金曜日)13:00~14:30
 切手で歩く世界遺産


 【世界切手展BRASILIANA 2013・出品募集期間延長!】

 今年11月、ブラジル・リオデジャネイロで世界切手展 <BRASILIANA 2013> が開催される予定です。当初、現地事務局への出品申し込みは2月28日〆切(必着)でしたが、〆切日が3月31日まで延長されました。つきましては、2月14日に締め切った国内での出品申し込みを再開します。出品ご希望の方は、3月20日(必着)で、日本コミッショナー(内藤)まで、書類をお送りください。なお、同展の詳細はこちらをご覧ください。


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 マリ全土に非常事態宣言
2013-01-12 Sat 14:23
  西アフリカ・マリのトラオレ暫定大統領は、きのう(11日)、同国北部を支配するイスラム武装勢力の脅威に対し、非常事態宣言を発しました。旧宗主国のフランスも同国への軍派遣を発表しています。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

        危機遺産ジェンネ

 これは、昨年(2012年)、国連が発行した世界遺産“マリ・ジェンネの旧市街”の切手です。

 ジェンネは、ニジェール川支流のバニ川に浮かぶ88ヘクタールの島に建設された都市で、マリ南部に位置する首都バマコからは574キロ、同国北部のトンブクトゥからは500キロ離れています。

 現在の街区は、西暦9世紀末、ボゾ人によって建設され、1280年にこの地を支配していたコイ・コウンボロ王がイスラムに改宗し、壮麗なモスクを建立。その後、マリ帝国に併合されました。以後、ジェンネはサハラ交易の要衝として繁栄し、北方からもたらされた宝石や岩塩と、南方からもたらされたコーラナッツ、黄金、象牙などが交換されました。

 1893年、フランス領スーダンに併合され、第二次大戦後、短期間のマリ連邦の時代を経てマリ共和国の領土となりました。

 世界遺産に指定された伝統的な建造物群は泥で出来ており、壁には“テロン”と呼ばれる木の断片が組み込まれています。切手にも取り上げられた“泥のモスク”は、もともと、コイ・コウンボロ王の宮殿があった場所に宮殿を壊して建造されたもので、1819年、この地を支配したマシナ帝国により一度は取り壊されました。現在のモスクは、1907年、フランス植民地総督ウィリアム・メルロ=ポンティによって再建されたものです。

 さて、マリでは昨年3月のクーデター後、国際テロ組織アルカイダ系のイスラム武装勢力が北部を制圧。イスラム法による厳格な支配体制を敷き、国際社会から批判を浴びています。昨年12月、国連安全保障理事会はマリの治安回復に向け、周辺諸国主導の支援部隊による1年間の作戦を認めることを決定。今回の部隊派遣に関して、フランスのオランド大統領は、マリが北部で“テロリスト”の攻撃にさらされ、国家の存続と国民や在留フランス国民の安全が脅かされているとの認識の下、国連との協議に基づく国際法の枠内で、必要な限り軍事作戦を続けるとしています。

 今回ご紹介の国連切手も、こうした経緯を踏まえたうえで、マリの安定回復を訴える意図を込めて発行されたものでしょう。ただし、マリ国内の南北を結ぶ交通の要衝であるがゆえに、今後の状況いかんでは、ジェンネ一帯が激しい戦闘にさらされ、切手に取り上げられた泥のモスクが破壊されてしまう可能性も大いにあり得ます。そうならないことを望むばかりですが。

 ★★★ テレビ出演のご案内 ★★★

 テレビ朝日 2013年1月19日(土) 18:30~ 「雑学家族」

 今回は「郵便」の特集で、内藤がゲスト出演して“切手の面白さ”をウンチクとともにお話します。ご視聴可能な地域の皆様は、ぜひ、ご覧いただけると幸いです。なお、放送番組の常として、大事故・大事件など突発的な事情により、番組の内容・放送時間等が変更になる可能性もありますが、予めご了承ください。(番組HPはこちらです)


 ★★★★ 第1回ヨーロッパ切手展のご案内 ★★★★

         ヨーロッパ切手展

 今月19・20日(土・日)の両日、東京・目白駅の切手の博物館にて「第一回ヨーロッパ切手展」が開催されます。今回のお題は“黒海”で、内藤も、北カフカース(コーカサス)を題材としたミニ・コレクションを展示します。競争展ではないので、テーマティクないしは郵便史の作品としてルールに沿ってきっちりまとめたものというよりも、北カフカースに関するマテリアルをいろいろとご紹介するという気楽な内容です。僕以外のコレクションはかなり見ごたえのある内容になっておりますので、よろしかったら、ぜひ遊びに来ていただけると幸いです。


 【世界切手展BRASILIANA 2013のご案内】

 僕が日本コミッショナーを仰せつかっている世界切手展 <BRASILIANA 2013> の作品募集要項が発表になりました。国内での応募受付は2月1―14日(必着)です。詳細はこちらをご覧ください。


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