内藤陽介 Yosuke NAITO
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 46歳になりました
2013-01-22 Tue 10:51
 私事ながら、本日(22日)をもって46歳になりました。「だからどうした」といわれればそれまでなのですが、せっかく年に1度のことですから、この1年以内に刊行の拙著の中から、自分の生まれた年の切手はないかと思って探してみたら、こんなモノがありました。(画像はクリックで拡大されます)

        アルフレッド来島100年

 これは、エディンバラ公アルフレッドのトリスタン・ダ・クーニャ訪問100周年の記念切手で、同島を背景に訪問時のアルフレッドの肖像が描かれています。

 アルフレッドは1844年8月6日、ヴィクトリアと王配アルバートの間に第4子としてウィンザー城で生まれました。1856年、イギリス海軍に入隊。1858年に海軍士官候補生として英海軍の蒸気フリゲート、ユーライアラス乗務となりました。ちなみに、ユーライアラスは、1862年9月14日、いわゆる生麦事件の当日に横浜に入港し、翌1863年の薩英戦争ならびに1864年の4国艦隊下関砲撃にも参加しています。

 ユーライアラス乗務中の1860年7月、アルフレッドはケープ植民地を訪問。おりしも、ケープ植民地では1858年冬に時化で30隻が遭難する海難事故が起きており、ロイド社はケープタウンの港で越冬する船に対する保険の引き受けを拒否するという事態になっていました。このため、近代港湾としてドックを建設することになり、同年9月17日、アルフレッドにより定礎が行われました。このとき作られたのが、いわゆるアルフレッド・ドックです。

 その後、1862年、ギリシャ国王オソン1世がクーデターで退位に追い込まれると、アルフレッドはその後継候補として名前が挙げられましたが、母親のヴィクトリア女王が反対したため辞退。このため、アルフレッドは海軍に残り、1863年2月、大尉に昇任。1866年、エディンバラ公に叙せられました。

 そして、同年、フリゲート艦「ガラティア」号の艦長に就任し、翌1867年1月、世界1周航海のため、プリマス港を出航。6月にジブラルタルを経て、7月、南大西洋の孤島、トリスタン・ダ・クーニャ島に上陸します。人間の定住する場所として同島から最も近いのは、ナポレオン1世が配流され、ボーア戦争時の収容所が置かれていたセント・ヘレナ島ですが、両者の距離は2173キロ。このため、トリスタン・ダ・クーニャは、「世界一孤立した有人島」としてギネス認定されているほどです。そういう場所だけに、イギリス王族の上陸は同島にとっては一大事で、同島唯一の集落はこれにちなんで、エディンバラ・オブ・ザ・セブン・シーズと名付けられました。今回ご紹介の切手は、それから100周年を記念して発行されたものです。

 その後、アルフレッドは7月24日にケープタウンに到着。かつて自ら礎石を置いたドックから上陸し、一月ほど、ケープ植民地に滞在した後、10月、イギリス王子として初めてオーストラリアに上陸。5ヵ月間のオーストラリア滞在中、アルフレッドは各地を訪問し、地元の熱狂的な歓迎を受けましたが、1868年3月、アルコール中毒で精神科に入院歴のあるヘンリー・ジェイムズ・オーファレルに銃撃され、危うく暗殺されそうになりました。

 このため、アルフレッドの回復を待って、「ガラティア」号はいったん帰国。世界1周航海は7カ月間中断されましたが、1869年に航海は再開され、アルフレッドはハワイ、ニュージーランド、インド、セイロン、香港、日本を歴訪しました。ちなみに、当時の日本は明治維新の直後で、欧米の王族が日本を訪問したのは彼が最初とされています。

 その後、アルフレッドは1874年1月、ロシア皇帝アレクサンドル2世の娘マリヤと結婚。1893年8月に伯父(父である王配アルバートの兄)のザクセン・コーブルク・ゴータ公エルンスト2世が亡くなると、同公を襲爵。ドイツに居を移し、1900年7月30日、ローゼナウ城で亡くなりました。

 ちなみに、アルフレッドがザクセン・コーブルク・ゴータ公を襲爵した頃、南部アフリカはゴールドラッシュとダイヤモンド景気に沸いており、ケープタウンに来航する船舶も急増。このため、アルフレッド・ドックだけでは手狭になり、追加してヴィクトリア・ドックが作られています。

 当時、ふたつのドックと陸地は幅の広い桟橋で結ばれていましたが、1938年から1945年にかけて海岸沿いに埋め立てが行われ、230ヘクタールの土地が作り出されました。これが、現在、ケープタウン最大の繁華街となっているヴィクトリア&アルフレッド・ウォーターフロントの敷地です。

 なお、ケープタウンのウォーターフロントについては、拙著『喜望峰』でもいろいろご紹介しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


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