内藤陽介 Yosuke NAITO
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 ケティコティの日
2014-07-01 Tue 11:11
 今日(1日)は、カリブ海に面した南米のスリナムでは、1863年に奴隷制度が廃止されたことを祝う“ケティコティの日”です。というわけで、今日はこの切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      スリナム・奴隷解放100年

 これは、1963年にスリナムで発行された“奴隷解放100年”の記念切手で、断ち切られた鎖が大きく描かれています。奴隷解放を祝う“ケティコティの日”は、現地のスラナン語での“鎖(keti) の切断(Koti)”に由来するネーミングですので、このテーマの切手としては最もふさわしいデザインといえましょう。

 スリナムは、南米大陸北東部、カリブ海と大西洋に面して、フランス領ギアナとガイアナにはさまれた位置にあり、国土の大半はギアナ高地です。南米大陸の独立国としては面積・人口ともに最小で、1975年にオランダから独立しました。このため、南米大陸ではオランダ語を公用語とする唯一の国となっています。

 この地域への西洋人の入植は17世紀以降に本格化し、英蘭両国が領有権を争っていましたが、第二次英蘭戦争の講和条約として1677年に結ばれたブレダ条約の結果、オランダがニューアムステルダム(現ニューヨーク市)を含む北米植民地ニューネーデルラント(現ニューヨーク州。毛皮貿易の中心地)を英国に割譲する代わりに、バンダ諸島のラン島(現インドネシア領。香辛料貿易の中心地)とともに、タバコの生産地であった現在のスリナムに相当する地域をオランダ領ギアナとして領有することになりました。

 その後、オランダ人はアフリカ系の黒人奴隷を使ってコーヒー、カカオ、サトウキビ、綿を栽培していましたが、劣悪な待遇に耐えかねて逃亡する奴隷が続出。彼らは先住民の協力を得て各地で“ボスネガー”として土着化し、オランダ人の農場を襲撃しました。オランダ側はボスネガーの討伐を試みるも失敗し、19世紀に入り、両者の和平協定が成立。さらに、1863年には奴隷制度が廃止されると、解放された奴隷の多くは首都のパラマリボに流入し、農場の労働力は激減しました。
 
 このため、労働力の不足を補うべく、オランダ領東インドやインド、さらには中国、中東諸国からの移民が受け入れられることになり、スリナムは人口わずか53万人ながら、きわめて多種多様なエスニック・グループが混在する国となりました。

 さて、ことし(2014年)は、わが国とカリブ共同体(旧英領を中心にカリブの14か国1地域が加盟。スリナムも加盟国です)の事務レベル協議開始後20年が経過した年であるとともに、ジャマイカならびにトリニダード・トバゴとの国交樹立50周年にもあたることから、“日・カリブ交流年”とされています。

 8月1-3日、東京・墨田区で開催が予定されている<全日本切手展2014>でも、これにちなみ、外務省の認定を受けた“日・カリブ交流年”の行事として“カリブ切手展”を併催の予定です。今後も、同展の事前プロモーションを兼ね、機会を見つけてカリブ共同体加盟諸国・地域の切手をご紹介していきたいと考えておりますので、よろしくお付き合いください。


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 スリナムのインド系美女
2014-06-05 Thu 08:15
 今日(5日)は、カリブ海に面した南米のスリナムでは、1873年6月3日にインド系移民が最初に到着したことを祝う“インド人到達の日”の祝日です。以前、ガイアナトリニダード・トバゴについて同様の祝日の話題を取り上げましたので、スリナムについても取り上げることにしました。というわけで、今日はこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      スリナム・インド系移民100年

 これは、1973年にスリナムが発行した“インド系移民100年”の記念切手のうち、農場で働くインド系女性を描いた15セント切手です。

 スリナムは、南米大陸北東部、カリブ海と大西洋に面して、フランス領ギアナとガイアナにはさまれた位置にあり、国土の大半はギアナ高地です。南米大陸の独立国としては面積・人口ともに最小で、1975年にオランダから独立しました。このため、南米大陸ではオランダ語を公用語とする唯一の国となっています。

 この地域への西洋人の入植は17世紀以降に本格化し、英蘭両国が領有権を争っていましたが、第二次英蘭戦争の講和条約として1677年に結ばれたブレダ条約の結果、オランダがニューアムステルダム(現ニューヨーク市)を含む北米植民地ニューネーデルラント(現ニューヨーク州。毛皮貿易の中心地)を英国に割譲する代わりに、バンダ諸島のラン島(現インドネシア領。香辛料貿易の中心地)とともに、タバコの生産地であった現在のスリナムに相当する地域をオランダ領ギアナとして領有することになりました。

 その後、オランダ人はアフリカ系の黒人奴隷を使ってコーヒー、カカオ、サトウキビ、綿を栽培していましたが、劣悪な待遇に耐えかねて逃亡する奴隷が続出。彼らは先住民の協力を得て各地で“ボスネガー”として土着化し、オランダ人の農場を襲撃しました。オランダ側はボスネガーの討伐を試みるも失敗し、19世紀に入り、両者の和平協定が成立。さらに、1863年には奴隷制度が廃止されると、解放された奴隷の多くは首都のパラマリボに流入し、農場の労働力は激減しました。
 
 このため、労働力の不足を補うべく、オランダ領東インドやインド、さらには中国、中東諸国からの移民が受け入れられることになりましたが、インド系の移民は、1873年6月5日、ララ・ロッホ号で到来したのが最初で、以後、1916年までに3万4304名のインド系移民が流入しました。ちなみに、現在のスリナムでは、人口の27%をインド系が占めており、同国最大のエスニック・グループとなっています。

 さて、ことし(2014年)は、わが国とカリブ共同体(旧英領を中心にカリブの14か国1地域が加盟。スリナムも加盟国です)の事務レベル協議開始後20年が経過した年であるとともに、ジャマイカならびにトリニダード・トバゴとの国交樹立50周年にもあたることから、“日・カリブ交流年”とされています。

 8月1-3日、東京・墨田区で開催が予定されている<全日本切手展2014>でも、これにちなみ、外務省の認定を受けた“日・カリブ交流年”の行事として“カリブ切手展”を併催の予定です。今後も、同展の事前プロモーションを兼ね、機会を見つけてカリブ共同体加盟諸国・地域の切手をご紹介していきたいと考えておりますので、よろしくお付き合いください。
 

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 7月18日・8月29日・9月19日の3回、愛知県名古屋市の栄中日文化センターで、第一次大戦100年の企画として、「切手を通して学ぶ世界史」と題する講座を行います。

 講座では、ヨーロッパ、中東、日本とアジアの3つの地域に分けて、切手や絵葉書という具体的なモノの手触りを感じながら、フツーとはちょっと違った視点で第一次世界大戦の歴史とその現代における意味を読み解きます。

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 スリナムで60の新種発見
2013-10-18 Fri 13:57
 南米スリナム南東部の熱帯林地帯で、チョコレート色をした木登りが得意なカエルや小さな角を持つフンコロガシなど、60種の新種とみられる生物が発見されたことを、米国の環境保護団体、コンサベーション・インターナショナル(CI)が、きょう(18日)付で明らかにしました。というわけで、きょうはスリナム切手の中からこの1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

       スリナム・女王在位25年

 これは、1923年、オランダのウィルヘルミナ女王即位25年を記念して発行された5ギルダー切手です。

 ウィルヘルミナ女王の即位25周年に際しては、当時の蘭領各国から記念切手が発行されました。記念切手は、中央の女王の肖像は共通で、周囲の枠に各植民地をイメージしたデザインを盛り込むというスタイルで、今回ご紹介のスリナムについては密林が描かれています。今回の大量の新種発見の舞台は熱帯雨林地帯ですので、そのイメージにあうものとして、持ってきました。

 スリナムは、南米大陸北東部、カリブ海と大西洋に面して、フランス領ギアナとガイアナにはさまれた位置にあり、国土の大半はギアナ高地です。南米大陸の独立国としては面積・人口ともに最小で、1975年にオランダから独立しました。このため、南米大陸ではオランダ語を公用語とする唯一の国でもあります。

 この地域への西洋人の入植は17世紀以降に本格化し、英蘭両国が領有権を争っていましたが、第二次英蘭戦争の講和条約として1677年に結ばれたブレダ条約の結果、オランダがニューアムステルダム(現ニューヨーク市)を含む北米植民地ニューネーデルラント(現ニューヨーク州。毛皮貿易の中心地)を英国に割譲する代わりに、バンダ諸島のラン島(現インドネシア領。香辛料貿易の中心地)とともに、タバコの生産地であった現在のスリナムに相当する地域をオランダ領ギアナとして領有することになりました。

 その後、オランダ人は黒人奴隷を使ってコーヒー、カカオ、サトウキビ、綿を栽培していましたが、劣悪な待遇に耐えかねて逃亡する奴隷が続出。彼らは先住民の協力を得て各地で“ボスネガー”として土着化し、オランダ人の農場を襲撃しました。オランダ側はボスネガーの討伐を試みるも失敗し、19世紀に入り、両者の和平協定が成立。さらに、1863年には奴隷制度が廃止されると、解放された奴隷の多くは首都のパラマリボに流入し、農場の労働力は激減。このため、労働力の不足を補うため、オランダ領東インドやインド、さらには中国、中東諸国からの移民が受け入れられ、スリナムの多様なエスニシティが形成されることになりました。

 さて、1975年の独立後も、スリナムは旧宗主国であるオランダからの経済支援に依存した経済建設が行われていましたが、1980年、陸軍曹長のデシ・ボーターセによる軍事クーデターが発生。ボーターセひきいる国家軍事評議会の下で親ソ・キューバ政策が採られて社会主義化が進められたため、1982年、オランダの経済支援が停止されています。しかし、1983年の米軍のグレナダ侵攻を機に、米軍の介入を恐れて親西側に政策を転換。さらに、1986年にはボスネガーの反乱による内戦が勃発するなど、混乱が続きました。

 その後、1987年11月の総選挙で軍部が敗退。翌1988年には新憲法のもとでジャンカルが大統領に選出されて民政復帰を果たしたため、オランダは経済援助を再開しています。ところが、1990年にはボーターセが再び軍事クーデターを起こしたため、オランダの援助は再び停止。ボーターセらはジャンカルの退陣と引き換えに民政復帰を約束したため、翌1991年に総選挙が行われ、大統領に選出されたフェネティアンの下、米蘭両国との関係も改善されました。

 その後、2001年1月オランダ検察は1982年の反体制派指導者虐殺事件の主犯としてボーターセを拷問・殺人の罪で起訴したほか、麻薬密輸の容疑で国際指名手配していますが、2010年7月の大統領選挙では野党メガ・コンビネーション候補として立候補したボーターセが当選してしまいました。このため、現在、ボーターセは“大統領任期中”として訴追を免除されています。当然のことながら、大統領でなくなれば逮捕・拘束されることになるわけですから、ボーターセは何が何でも大統領の座にしがみつくでしょうな。それがかなわないとなると、あるいは、手兵をひきいて、今回、希少な動植物の宝庫と確認された熱帯雨林地帯にこもって対抗するというようなこともあるかもしれません。

  
 * 昨日(17日)、東京・新宿の紀伊國屋書店新宿南店ふらっとすぽっとにて開催の『蘭印戦跡紀行』のトークイベントは、無事、盛況のうちに終了いたしました。お越しいただいた皆様、特に、会場にて拙著をお買い上げいただいた皆様には、この場をお借りして、あらためてお礼申し上げます。

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