内藤陽介 Yosuke NAITO
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 切手に見るソウルと韓国:巨済島
2017-05-30 Tue 12:14
 ご報告が遅くなりましたが、『東洋経済日報』5月19日号が発行されました。月一で同紙に僕が連載している「切手に見るソウルと韓国」は、今回は、文在寅新大統領の就任にあわせて、こんなモノをご紹介しました。(画像はクリックで拡大されます)

      韓国・巨済島風景印

 これは、文在寅大統領の出身地、巨済島の “巨済島捕虜収容所遺跡公園”の園内郵便局の風景印で、ヘルメットと兵士をかたどった園内のモニュメントが描かれています。

 巨済島は韓国南東部、南海中の島で、2010年に開通した巨加大橋を使えば、釜山中心部からは1時間ほどで往来できます。

 日本と朝鮮半島を結ぶ海上交通の要衝であることから、1275年の弘安の役では、日本に侵攻する高麗軍の基地として用いられたほか、16世紀末の文禄・慶長の役(壬辰倭乱)では日本軍の拠点となり、周辺海域は玉浦海戦、漆川梁海戦・閑山島海戦などの舞台となりました。

 1950年に朝鮮戦争が勃発すると、巨済島は後方基地となり、兵士の訓練所とあわせて捕虜収容所も置かれます。

 同年9月15日、マッカーサー率いる国連軍が仁川上陸作戦を成功させると、釜山付近まで侵攻していた北朝鮮の朝鮮人民軍は潰走。国連軍は9月28日にはソウルを奪還し、さらに余勢をかって38度線を越え、10月末には中朝国境の鴨緑江まで到達しました。

 これに対して、中国は「唇滅べば歯寒し」として北朝鮮を支えるための“人民志願軍”を派遣。ゲリラ戦に秀でていた中国側は人海戦術を展開し、波状攻撃を繰り返して国連軍を包囲分断。中国の参戦を予期していなかった国連軍は総崩れとなり、2週間ほどの間に、38度線以南まで後退を余儀なくされます。

 国連軍が撤退を始めると、その後を追って南へ逃れようとする北朝鮮の住民が続出。彼らは興南埠頭に集まり、南に向かう船を待ち続けました。

 韓国・国連軍は、彼ら自身が急遽撤収を迫られたこともあって、当初は避難民を輸送することを想定していませんでしたが、同胞を救出したいとの韓国側の強い要請により、12月15日から韓国・国連軍の輸送船と戦車揚陸艦が動員して避難民を輸送するための作戦が開始されます。

 なかでも、12月20日に興南に入港した米貨物船、メロディス・ヴィクトリー号は、定員1000人あまりのところ、搭載していた武器等の荷物をすべて下して1万4000人もの避難民を乗せたことで、“奇跡の船”として有名になりました。

 12月24日まで行なわれた興南撤収作戦では、韓国・国連軍の軍人10万5000人、避難民9万8000人が無事に脱出。メロディス・ヴィクトリー号も、25日、巨済島・長承浦の港に到着。当時の巨済島の人口は10万人弱で、軍関係者と捕虜収容所の捕虜を加えても17万3000人ほどでしたが、年末にかけて軍人・避難民あわせて15万人が一挙に押し寄せたことになります。なお、撤退作戦の一連の経緯は、2014年の韓国映画『国際市場であいましょう』の冒頭でも取り上げられていますので、ご存じの方も多いかもしれません。

 さて、15万人の避難民の中には、北朝鮮で公務員をしていたムン・ヨンヒョン、カン・ハンオク夫妻も含まれていました。

 巨済島に逃れてきたムン・ヨンヒョンは島内にあった捕虜収容所の労働者として働き、妻のカン・ハンオクは鶏卵の行商をして、ようやく最低限の糊口をしのいでいましたが、1953年1月24日、そうした2人の間に、2番目の子として生まれたのが、今回、新大統領に当選した文在寅でした。

 文在寅が生まれてから約半年後の7月27日、朝鮮戦争は休戦が成立しましたが、これに伴い、捕虜収容所は閉鎖され、ムン・ヨンヒョンは職を失いました。もともとギリギリだった一家の生活はさらに苦しくなりましたが、さらに、1955年と1957年には女の子が、1959年には男の子が生まれ、家族は7人に増えています。

 そこで、1959年、一家は生活の糧を求めて、巨済島に近い大都市の釜山(影島区瀛仙洞)に転居。以後、文在寅は釜山の南港小学校、慶南中学校、慶南高校に通うことになります。

 なお、巨済島の旧捕虜収容所跡は、休戦後、一部の建物を除いて取り壊されましたが、1983年に残存遺跡文化財の指定を受け、1999年に当時の収容所内を再現した遺跡館が開館、2002年には敷地面積1万坪の “巨済島捕虜収容所遺跡公園”が開園しました。また、公園の入口には、“奇跡の船”メロディス・ヴィクトリー号を再現した興南撤収作戦の記念碑も設置されていますが、将来的には、“文在寅大統領生誕の地”の記念碑が建てられるんでしょうかねぇ。

 なお、朝鮮戦争と関連の切手・郵便物については、拙著『朝鮮戦争』でも詳しくご説明しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


 ★★★ NHKラジオ第1放送 “切手でひも解く世界の歴史” 次回 は1日! ★★★ 

 6月1日(木)16:05~  NHKラジオ第1放送で、内藤が出演する「切手でひも解く世界の歴史」の第3回目が放送予定です。今回は、5月26-27日にG7サミットが行われたシチリアにスポットを当ててお話をする予定です。みなさま、よろしくお願いします。なお、番組の詳細はこちらをご覧ください。

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 仏強襲揚陸艦が佐世保入港
2017-04-30 Sun 10:54
 日米英仏4カ国による初の合同訓練に参加するため、昨日(29日)、フランス海軍の強襲揚陸艦“ミストラル”が海上自衛隊佐世保基地に寄港しました。ミストラルの寄港は、朝鮮国連軍地位協定(現在も有効)により日本国内の基地利用が認められている12ヵ国にフランスが含まれることによるものです。というわけで、今日はこんな切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      韓国・ラルフ・モンクラール(2015)

 これは、2015年に韓国で発行された“朝鮮戦争の英雄”の切手のうち、国連軍参加のフランス軍部隊を率いたラルフ・モンクラールを取り上げた1枚です。

 ラルフ・モンクラール(本名:ラウル・マグラン・ヴェルヌレー)は、1892年2月7日、ハプスブルク帝国支配下のハンガリー・ブダペストで生まれました。ちなみに、フランスでは外国人部隊への入隊の際は本名を変更し、部隊特有のアノニマと呼ばれる制度によって偽名にすることが要求されるため、ヴェルヌレーは本名を隠し、モンクラールの名で活動しました。

 15歳でフランス外国人部隊への入隊を志願したものの年齢制限ゆえに許されなかったため、1912年、フランスのサン・シール陸軍士官学校に入学。1914年に同校を卒業して少尉として任官し、第一次大戦中は、7回負傷しながら、11回、公報で名前が報じられるなどの軍功を上げ、レジオン・ドヌール騎士賞を授与されています。

 両大戦の戦間期には、レヴァント(地中海東岸)、モロッコ、アルジェリア、サイゴン等で勤務。第二次大戦中の1940年には、ドイツ軍の占領下にあったノルウェー北部の不凍港ナルヴィクの奪還作戦で活躍しました。その後、自由フランス軍に加わって中東・北アフリカ戦線で戦い、戦後は外国人部隊の監察官に就任します。

 1950年に朝鮮戦争が勃発し、国連の要請に応じて、フランス軍も“フランシス大隊”1400名を朝鮮に派遣することになると、モンクラールは、共産主義と戦うべく、同大隊への参加を志願。大隊の指揮官となるため、自らの階級を陸軍中将から中佐に下げて、従軍しました。

 フランシス大隊は、1950年11月29日、釜山に到着した後、米第2歩兵師団第23連隊の指揮下に入り、1951年1月7-12日には、中国人民志願軍の参戦を得て攻勢に転じた朝鮮人民軍の進撃を江原道南部の原州で食い止め、2月には京畿道楊坪の砥平里で中国人民志願軍第39軍配下の3個師団の集中攻撃を4日間にわたって防ぎきり、国連軍再反撃の土台を固めました。現在でも、当時、フランス軍の司令部が置かれていた砥平醸造場には記念碑が建てられています。

 また、1951年10月の“ハート・ブレイク・リッジの戦い”では、一月にも及ぶ激戦の結果、フランス軍は60名の戦死者と200名の戦傷者を出しており、朝鮮戦争に参加したフランス軍将兵の総数は累計3421名中、戦争の全期間を通じての死者は261名に及んでいます。

 なお、フランス軍を含む朝鮮国連軍については、1951年9月、吉田・アチソン交換公文により、サンフランシスコ平和条約の発効後も日本国内に滞在することを許し、かつ、容易にする義務を受諾。その後、1953年7月の休戦を経て、1954年6月、朝鮮国連軍が我が国に滞在する間の権利・義務その他の地位及び待遇を規定する“国連軍地位協定”が締結され、現在に至っています。また、同協定の第5条により、朝鮮国連軍は日本内7か所の在日米軍施設・区域(キャンプ座間、横須賀海軍施設、佐世保海軍施設、横田飛行場、嘉手納飛行場、普天間飛行場、ホワイトビーチ地区)を使用することができるとされており、今回のミストラルの佐世保寄港はこの規定によるものです。

 なお、朝鮮戦争とフランスとの関係については、拙著『朝鮮戦争』でもまとめておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。
 
 
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 切手に見るソウルと韓国:サムスン創業者・李秉喆
2017-03-28 Tue 15:36
 ご報告が遅くなりましたが、『東洋経済日報』2016年3月10日号が発行されました。僕の月一連載「切手に見るソウルと韓国」は、今回は、韓国最大の財閥、サムスン・グループの事実上のトップ、サムスン電子の李在鎔副会長が逮捕・起訴され、司令塔としてグループ経営を統括してきた“未来戦略室”が解体されて間もない時期の号でしたので、この切手をご紹介しました。(画像はクリックで拡大されます)

      韓国・李秉喆

 これは、2015年8月26日に韓国で発行された“現代韓国の人物”の切手のうち、サムスン・グループの創業者、李秉喆の肖像が取り上げられています。

 李秉喆は、大韓帝国末期の1910年2月12日、慶尚南道宜寧郡正谷面でコメ千石の農地を所有する大地主、李纉雨の二男二女の末っ子として生まれました。

 1928年10月、18歳で渡日し、翌1929年に早稲田大学専門部政経科に入学したものの、1931年9月、脚気を患って帰郷。その後、1934年10月、父親から事業資金として300石分の土地を譲り受けました。これを元手に、1936年3月、李は、鄭鉉庸、朴正源と3人で、日本向け米国の輸出港だった馬山に協同精米所を設立。3人は1万ウォンずつ投資し、不足分は朝鮮殖産銀行馬山支店からの借り入れで賄ったそうです。

 さらに、同年8月、李は日本人経営の日出自動車会社を買収し、新たに購入した10台のトラックとあわせて計20台のトラックで運送業を開始。また、朝鮮殖産銀行馬山支店の融資で土地も買収しています。

 ところが、翌1937年、いわゆる日中戦争(支那事変)が勃発し、軍需産業以外への銀行の一般貸出が中断されたことに加え、土地の価格も急落したことから、李は資金難に陥ります。このため、、彼は土地を売却するとともに、精米所と自動車会社を清算せざるを得なくなりました。

 そこで、李は再起を期して、38年3月、資本金3万ウォンで大邱に“三星商会”を設立。同商会は、日本の鉄道網を使って朝鮮の果物や乾魚を満洲と北京に輸出する貿易会社で、これが現在のサムスン・グループの原点とされています。

 三星商会が大きな利益を上げたことから、1939年、李は朝鮮醸造会社を買収し、醸造業にも進出。しかし、1941年末に太平洋戦争が勃発し、酒類は朝鮮総督府による統制の対象となったため、日本統治時代には朝鮮醸造が継続的に利益を上げることはありませんでした。

 解放後の1947年5月、李は家族とともにソウルに移り、翌1948年11月、三星物産公司を設立。同社は、香港、シンガポールなど向けイカ・寒天の輸出と綿糸の輸入から始めて取扱品目を拡大し、米国との貿易にも手を広げ、大きな利益を上げました。

 その後、1950年に朝鮮戦争が勃発すると、ソウルは戦場となり、三星物産公司は壊滅的な打撃を受けましたが、李は大邱の朝鮮醸造に残されていた余剰資金を投じて、1951年1月、釜山に三星物産を設立。砂糖、肥料、紙、ウール、ナイロン、アルミ、医薬品を輸入し、日本と東南アジアに屑鉄、イカ、コメを輸出し、そこから得られた資金を元に、1953年7月の休戦以降、商業資本から産業資本への転換も成功しました。

 その先駆けとして、休戦直後の1953年8月、李は第一精糖工業を設立(砂糖の生産開始は同年11月)し、1954年9月には第一毛織工業を設立して服地の生産を開始。両社は当時の花形産業を代表する企業として、休戦後の復興を牽引し、サムソン財閥の基盤を固めていくことになりました。

 さて、李在鎔副会長の逮捕・起訴について、検察側の見立ては以下の通りです。

 すなわち、グループ内企業の第一毛織工業の大株主だった副会長は、サムスン電子株を多く保有するサムスン物産と第一毛織の合併を進めることでグループ内での経営支配を強化しようとしたものの、サムスン物産の株主である米ヘッジファンドの強硬な反対にあいました。そこで、グループとして、崔順実の財団に255億ウォンの資金を拠出し、崔の働きかけを受けた大統領府がサムソン物産の大株主だった国民年金公団に対して影響力を行使。その結果、年金公団が合併に賛成したため、2015年7月、サムスン物産と第一毛織の合併が成立したことで、副会長の贈収賄事件が成立するというものです。

 上述のように、サムスン物産と第一毛織は、いずれも、グループの創業者、李秉喆が設立した企業ですが、今回ご紹介の切手が、両社の合併とほぼ時を同じくして2015年8月26日に発行されたというのも、今にして思えば、何かの因縁だったのかもしれません。
      

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 朴槿恵大統領、失職
2017-03-10 Fri 15:27
 韓国の憲法裁判所は、きょう(10日)、国会が可決した朴槿恵大統領(以下、敬称略)の弾劾訴追を妥当との判断を下しました。これにより、朴槿恵は大統領を罷免されて即時失職。任期中の大統領の罷免は韓国の憲政史上初めてのことです。というわけで、今日はストレートにこの切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      韓国・朴槿恵大統領就任

 これは、2013年の朴槿恵大統領就任時に韓国で発行された記念切手です。

 朴槿恵は、1952年2月20日、大邱生まれ。1961年のクーデターで父親の朴正熙が政権を掌握したことに伴いソウルに移り、1974年、西江大学校電子工学科を卒業。卒業後はフランスへ留学しましたが、1974年、いわゆる文世光事件で母親の陸英修が暗殺されたため、急遽留学先のフランスから帰国。1979年に父親が暗殺されるまで、ファーストレディー役を務めました。父の死を耳にした際の第一声は、混乱に乗じた北朝鮮の南侵を懸念した「休戦線は大丈夫か」だったというエピソードは有名です。

 その後、ガールスカウト団名誉総裁、財団理事長を務めた後、1998年に行われた国会議員補欠選に当選し政界入り。当選後は、保守系のハンナラ党副総裁など党要職を歴任。2002年2月にハンナラ党を離党した後、同年末に行われる大統領選挙に向け新党「韓国未来連合」を結成しましたが、11月にハンナラ党に復帰しています。

 2004年3月23日、ハンナラ党の代表に就任。同年の選挙では、ハンナラ党の苦戦が予想されていましたが、朴槿恵の知名度と人気で後退は最小限にとどまり、“ハンナラ党のジャンヌ・ダルク”と呼ばれました。2006年5月20日、遊説中にカッターナイフで男に切り付けられ、右耳下から顎にかけて60針縫う手術を受けた際には、盧武鉉大統領の支持団体からは、「60針を縫ったのは整形手術」と揶揄されましたが、それが逆に一般国民の反感を招き、地方選挙でのハンナラ党圧勝につながりました。この実績から、2007年大統領選挙の有力候補とみられるようになり、同年6月、ハンナラ党の代表を辞任して大統領選挙の準備に専念したものの、党の公認候補にはなれませんでした。

 その後、2012年の大統領選挙を目指して、2010年12月27日、「国家未来研究院」を創設。重要選挙でのハンナラ党のあいつぐ敗北と関係者のスキャンダルにより党代表の辞任が相次いだことを受けて、2011年10月、非常対策委員会の委員長として5年5ヶ月ぶりに党の指揮を執り、ハンナラ党をセヌリ党と改称したうえで、翌2012年の総選挙では単独過半数を維持。セヌリ党の大統領候補として地位を固め、12月19日の大統領選挙で当選を果たしています。

 父親の朴正煕が日本の陸軍士官学校を卒業して満洲国軍に在籍していたことから、朴槿恵に対しては早くから“親日派”との批判が浴びせられていたこともあって、大統領就任直後の2013年3月1日、朴槿恵は三・一独立運動記念式典では、「(日本と韓国の)加害者と被害者という歴史的立場は、1000年の歴史が流れても変わることはない」と演説。その後も、“歴史認識”やいわゆる“慰安婦問題”などで日本批判を続けたため、日韓関係は冷却。その欠を補うために対中傾斜を強め、そのことがますます、日韓関係を悪化させるという悪循環を招きました。

 発足後間もない2013年3月7日、朴槿惠政権は、中露を巻き込んで国連安保理の新たな北朝鮮制裁決議(2094号)を全会一致で採択させることに成功しましたが、2014年の旅客船セウォル号の沈没事故への韓国政府の対応のまずさから政権への支持率は急落。さらに、2016年1月の北朝鮮の核実験後、韓国が中国に対北朝鮮制裁で協力を求めたにもかかわらず、中国側は対話を通じて解決することを強調するなど、安全保障面では、朴政権の対中外交はさしたる成果は上げることができませんでした。このため、2016年7月、韓国国防省と在韓米軍がTHAADミサイルを在韓米軍に配備することを決定しますが、そのことは、中露の強い反発を招き、対中関係も冷却。中国は“限韓令”として、韓国からの輸入規制措置・非関税障壁・韓流排除などの露骨な貿易報復措置を発動し、経済状況も大きく悪化しました。

 こうした中で、2016年10月、大統領の個人的な友人・崔順実による国政介入問題(崔順実ゲート事件)が発覚したことで、支持率はさらに落ち込み、11月初頭には5%までに下落。このため、11月29日には、大統領の任期短縮を含む自らの進退をすべて国会に委ねる意向を表明すると、12月9日、国会は大統領の弾劾訴追案を可決。これを受けて、同日、大統領としての彼女の職務が停止され、きょうの憲法裁判所の判断となったといわけです。

 なお、今回の大統領失職を受けて、60日以内(5月99日まで)に、韓国では大統領選挙が実施されることになっています。韓国では、毎回、新大統領に就任に合わせて記念切手を発行していますので、次期大統領の就任時にも、慣例に従い、肖像を取り上げた記念切手が発行される可能性が高いでしょう。ただし、今回の一件で、大統領職そのものの権威が大きく傷ついたことは否めませんので、ひょっとすると、今回ご紹介の切手が韓国新大統領就任の記念切手としては最後の1枚になるかもしれません。

 さて、いまから10年近く前の2008年、僕は『韓国現代史』と題する拙著を上梓しましたが、同書は、李明博政権の発足までしかカバーしていません。来年は大韓民国の正式成立から70周年でもありますし、可能であれば、李明博以降の10年間を追加したアップデート版を作ってみたいですね。


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 切手に見るソウルと韓国:北青獅子ノルム
2016-02-26 Fri 15:51
 ご報告が遅くなりましたが、『東洋経済日報』2月12日号が発行されました。僕の月一連載「切手に見るソウルと韓国」は、今回は、旧正月の時期の刊行でしたので、この切手をご紹介しました。(画像はクリックで拡大されます)

      韓国・インドネシア修好40年

 これは、2013年に発行された“韓国=インドネシア修好40周年”の記念切手で、左側には、朝鮮半島の伝統芸能である“北青獅子ノルム”が大きく取り上げられています。

 陰暦1月15日(2016年は2月22日)は、年が明けてから最初の満月の日であり、「1年のうちで最も輝く満月が空に浮かぶ日」として、朝鮮半島の伝統文化では、“テボルム”の名節とされています。

 かつての農村では、陰暦元日のソルラル(2016年は2月8日)から15日のテボルムまでを休日として農作業を休み、テボルムが終わると、農作業を再開するというのが生活のリズムでした。

 このため、テボルムの日には、家族そろって満月に願い事をするだけでなく、1年間の無病息災を願った食事をしたり(たとえば、ピーナッツやクルミなど“プロム”と呼ばれる固い木の実類を噛むなど)、日没に合わせて、“厄”、“送厄”、“送厄迎福”などの文字を書いた凧を揚げ、その糸を切って遠くに飛ばして厄払いをしたりするなどのさまざまな行事が行われてきました。

 そうしたテボルムの行事のひとつに、悪鬼を追い払う力を備えた獅子にあやかり、邪気をはらい、村に平安をもたらすために“サジャノリ”と呼ばれる獅子舞があります。今回ご紹介の切手に取り上げられた“北青獅子ノルム”は、その代表的なものとして有名です。

 北青獅子ノルムは、もともと、咸鏡南道北青郡で行われていたローカルな民俗芸能で、その歴史は三国時代にまでさかのぼるといわれています。

 しかし、第二次大戦後の南北分断により、咸鏡南道は北朝鮮の支配下に入ったため、呪術的な色彩の濃い北青獅子ノルムは“迷信”として弾圧の対象となり、北朝鮮内ではほとんど途絶えてしまいます。こうした中で、朝鮮戦争の混乱の中、命からがら南へ逃れてきた北青郡の出身者によって北青獅子ノルムも韓国に伝えられました。その後、韓国政府は、北朝鮮によって破壊された伝統文化が、韓国において維持・継承されていることをアピールすることの政治的効果を重視し、北青獅子ノルムを国の無形文化財にも指定しています。

 ところで、北青獅子ノルムを取り上げた“韓国=インドネシア国交40周年”の記念切手が発行されたのは2013年ですから、そこから逆算して、韓国とインドネシアの国交樹立は1973年ということがお分かりいただけるかと思います。大韓民国の正式発足は1948年8月インドネシア共和国の完全独立(独立承認)は1949年12月でしたから、両国の間には20年以上にわたり国交が樹立されていなかった勘定です。

 インドネシア初代大統領のスカルノは、“非同盟諸国”の盟主として、反帝国主義・反諸君ミンチ主義の立場から、東西冷戦下で東側寄りの外交路線を取っていましたが、その結果として、北朝鮮と親密な関係を築いており、金日成とも個人的な盟友関係にありました。このため、スカルノ時代のインドネシアは、韓国ではなく、北朝鮮を朝鮮半島の正統政府と見なしており、韓国とは正規の外交関係は結んでいませんでした。

 その後、1965年9月にスカルノが事実上失脚すると、後継指導者となったスハルトはスカルノの急進路線を徐々に修正。1968年3月には正式に大統領に就任して、西側諸国との関係改善に本格的に乗り出しました。1973年の韓国との国交樹立も、その一環として実現されたものです。

 ちなみに、“韓国=インドネシア国交40周年”の切手では、韓国側の北青獅子ノルムに対応するインドネシアの民族芸能として、ジャワ島西部バントゥン州の牛の舞が取り上げられています。この地域では、農民の生活に密着した牛は、力と正義、繁栄の象徴であり、悪魔の化身であるトラとサルを追い払う力があると信じられており、それゆえ、村の安寧と五穀豊穣を願って、牛の舞が舞われるようになったそうです。
 
 
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 切手に見るソウルと韓国:申年の年賀状と切手
2016-01-24 Sun 10:40
 『東洋経済日報』1月22日号が発行されました。僕の月一連載「切手に見るソウルと韓国」は、今回は、2016年最初の掲載ということで、こんなモノをご紹介しました。(画像はクリックで拡大されます)

      韓国・年賀(2016)

 これは、昨年(2015年)12月1日に韓国で発行された2016年用の年賀用切手つき封筒に年賀切手を貼り、年賀用の消印を押した郵便物の一部です。ソウル在住の友人、坂﨑基彦さんからお送りいただきました。坂﨑さん、ありがとうございます。

 さて、封筒の印面は、モミの木を背景に雪の結晶を掲げるサルが、切手にはセーターを着て木の枝に毛糸の靴下を吊るすサルが、それぞれ描かれています。韓国で正月といえば、1月1日ではなく、基本的には旧正月のソルラルですし、日本と比べてクリスチャンの人口比も桁違いに多いから、前年末に発行する“年賀切手”が、クリスマス・カードを送る場合にも兼用できるようなデザインになっているのも自然なことと言えましょう。

 なお、今回ご紹介の年賀切手には額面数字が入っておらず、“永遠郵票/国内規格25g”を意味するハングルが入っています。これは、この切手が、今後、料金の値上げがあっても、未来永劫、25gまでの国内宛定型書状料金用として使うことができるというものです。

 雪中のサルというと、日本では、温泉につかっているニホンザルを連想する人が多いでしょうが、おそらく、韓国人にはそういう発想はないのではないかと思います。

 意外に思われるかもしれませんが、現在のニホンザルの祖先は、30-50万年前の氷河期に朝鮮半島経由で日本列島に渡ってきたと考えられているにもかかわらず、現在の朝鮮半島には野生の猿は棲息していません。

 サル目の動物は、そのほとんどが熱帯に棲息しており、青森県の下北半島に住むニホンザルは“北限のサル”として有名ですが、単純に緯度の比較でいうと、下北半島は平壌よりもさらに北に位置しています。したがって、北緯38度線以南の韓国領内にサルが棲息していても不思議はなさそうなのですが、そうなっていないのは、植物相の違いが大きな要因とされています。

 もともと、サルは果実や柔らかい葉を主食としているため、降水量の多い地域(そうした地域の植物は水分を多く含んでいるため、柔らかい)が棲息地として適しています。この点、ニホンザルの生息域は、気温こそ低いものの、温帯としては珍しく、大量の降雪があるため湿度が高く、冬の間でも柔らかい土壌を掘り起こして草の根を餌とすることができるから、厳しい寒さの中でも生き続けることができました。

 これに対して、朝鮮半島は日本に比べるとはるかに乾燥していることに加え、朝鮮王朝時代に森林伐採が進んだこともあって、サルが棲息するには適さない環境でした。

 日本には野生のサルがいるのに、韓国にはいないのは、こうした理由によるのだそうです。

 当然のことながら、近代以前の朝鮮半島では、野生のサルを目にする機会がほとんどなかった以上、朝鮮半島の文化的な伝統においては、サルはあまりなじみのない動物です。たとえば、日本では、桃太郎や猿蟹合戦など、サルが登場する物語が珍しくありませんが、韓国の民話にサルが登場する例はほとんどないのは、そうした両国の差異を反映したものと考えてよいでしょう。

 切手に関しても事情は同じで、韓国の切手では、今回ご紹介したような年賀切手が12年に1度、申年に合わせて発行される以外には、サルを描く切手というのはほとんどありません。

 ちなみに、今回の年賀切手を発行するにあたって、韓国郵政が発表した報道資料によると、サルはスマートで敏捷な動物であるというイメージから、かつての韓国では、申年生まれの人は、①知性にあふれ、多才、②楽天的で活動的、③個人よりも集団を重視する傾向がある、とみられていたのだとか。

 そのうえで報道資料は、“ポジティヴなエネルギーと幸運を運んでくれる”サルの切手を貼って、年賀状を出してみてはどうかとの宣伝文句で結んでいます。


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 切手に見るソウルと韓国:潭陽世界竹博覧会
2015-09-17 Thu 14:56
 『東洋経済日報』9月11日号が発行されました。今回は、きょう(17日)からスタートする潭陽世界竹博覧会にちなんで、ストレートにこの切手をご紹介しました。(画像はクリックで拡大されます)

      韓国・潭陽世界竹博覧会

 これは、8月14日に韓国で発行された“2015潭陽世界竹博覧会”の記念切手です。

 世界には1500種余りの竹がありますが、朝鮮半島にもともと自生していたのは真竹、淡竹、孟宗竹を中心に19種ほどでした。現在では、これに、日本統治時代に持ちこまれた品種を含め、156種が確認されてます。

 韓国では、忠清南道・泰安半島から江原道・高城を結ぶラインが竹の北限となっており、今回の博覧会が行われる全羅南道の潭陽などの湖南地方と晋州・巨済などの嶺南地方が主な産地ですが、このうち潭陽は、韓国全体の竹林面積(7039 ha)の4分の1に相当する約1800 haの竹林があり、竹の里として有名です。

 このため、現地には竹工芸品の展示や販売、工芸体験などを通じ、竹文化の伝統を継承・振興を目的とした韓国竹博物館が設立され、同館が現在地の川辺里に移転した1998年以降、毎年、全国の竹製品の品評会などを含む竹祭りが行われてきました。

 今回の博覧会は、それを国際イベントとして大幅に拡大し、「竹の森で見つけた緑色の未来」をテーマに、強い成長力を持つ竹の可能性を追求し、竹への関心を世界的に高めることを目的として開催されるもので、敷地面積約5万坪の庭園、竹緑苑をメイン会場の“屋根のないテーマ館”として、さらに生態館、歴史館、科学館などが設けられるそうです。ちなみに、竹緑苑は2003年にオープンし、その竹林は映画やテレビドラマ、韓国観光公社のCMなどにも使われているので、それと意識しなくても、目にしたことのある人は多いかもしれません。

 韓国の伝統文化の中では、竹は民間信仰で神を招いたり、降臨させたりする場所を示す神竿の材料として使われるほか、ソルラル(旧正月)の早朝、門の外で竹を燃やし、その音によって雑鬼を追い払う習慣があります。

 また、新羅時代の説話「竹筒美女」も有名です。

 物語では、新羅による朝鮮統一に功績のあった将軍・金庾信(595-673)が西州からソウルに戻る道で、ある旅人と出会い、道中を共にしました。旅人は竹筒を持っていて、それを振ると、なかから2人の美女が出てきます。ソウルに着いた後、庾信と旅人、2人の美女は南山の松の下で宴を開きましたが、宴も終わりに近づくと、旅人は「自分は西海(黄海側)の者だが、東海(日本海側)の女と結婚した。これから、 妻と共に両親を尋ねに行くところだ」と言い、突然起きた風雲と共に、消えてしまいました。

 この物語や、伝統的な神竿などからは、かつての韓国人が、竹に神霊や人間の霊魂・正名が宿ると考えられていたことがうかがえます。

 朝鮮王朝以降、社会に浸透した儒教の世界観では、竹は梅・蘭・菊とともに四君子の一つとされ、志操や節義、気概を象徴するものとされました。韓国語で「細く竹を割ったような人」という表現は、不義不正と妥協しないまっすぐな人を指す言葉として用いられています。

 1905年の日韓保護条約に抗議して大韓帝国侍従武官長の閔泳煥が自決した場所から“血竹”が生えたという伝説の真偽はともかく、高麗末期、李成桂を王として推戴することに反対した忠臣・鄭夢周の殺害された場所が“善竹橋”と命名されたことなどは、朝鮮の文化的伝統における“竹”のイメージがうかがえて興味深いものといえましょう。

 韓国の竹に関して僕が個人的に一番親しみを覚えるのは、生真面目な竹も、年に一度(旧暦5月13日もしくは8月8日)、酒に酔って正気を失うことがあるとの民間伝承ですかね。

 竹林などでは、この日を選んで竹の移植などを行うそうですが、年に一度といわず、週に一度は酒に酔って記憶がなくなる僕としては、今宵は、潭陽名物のトッカルビと筍の和え物を肴に、焼酎で一献とやりたいところです。もちろん、焼酎の銘柄は、ラベルに竹が大きく描かれたチャミスルで。


 ★★★ トークイベント「切手に見る美女たち」のご案内 ★★★ 

 10月8日(木) 18:30-20:30 東京・飯田橋の東京ボランティアセンター(JR飯田橋駅横・ラムラ・セントラルプラザ10階)で、日本ガルテン協会主催のリレー講座に内藤が登場。『日の本切手 美女かるた』の著者として「切手に見る美女たち」と題するトークを行います。

 参加費は、ガルテン協会会員の方2000円(一般3000円)で、お茶とお菓子がつきます。詳細は、NPO日本ガルテン協会(講座担当宛・電話 03‐3377-1477)までお問い合わせください。皆様のご参加をお待ちしております。  

 ★★★ 講座「アウシュヴィッツの手紙」(10月16日)のご案内 ★★★ 

     ポーランド・アウシュヴィッツ解放30年   アウシュヴィッツの労務風景

 10月16日(金) 19:00~20:30、愛知県名古屋市の栄中日文化センターで、「アウシュヴィッツの手紙」と題する講座を行います。

 第二次大戦中、ポーランド南部のアウシュヴィッツ(ポーランド語名・オシフィエンチム)は、ナチス・ドイツの強制収容所が置かれ、ユダヤ人を中心に150万人以上が犠牲となった悲劇の地として知られています。今回の講座では、収容者の手紙を中心に、第二次大戦以前の状況を物語る郵便物・絵葉書、アウシュヴィッツを題材とした戦後の切手などもご紹介しつつ、さまざまな角度からアウシュヴィッツを考えてみたいと思います。

 申込方法など詳細は、こちらをご覧ください。(画像は、ポーランドが発行したアウシュヴィッツ解放30周年の記念切手、右側は収容者による労務風景を取り上げた戦後作成の絵葉書です) 皆様のご参加をお待ちしております。

 
 ★★★ よみうりカルチャー荻窪の講座のご案内 ★★★

 10月から毎月1回(原則第1火曜日:10月6日、11月 3日、12月1日、1月5日、2月2日、3月1日)、よみうりカルチャー荻窪(読売・日本テレビ文化センター、TEL 03-3392-8891)で下記の一般向けの教養講座を担当します。(下の青い文字をクリックしていただくと、よみうりカルチャーのサイトに飛びます)

 ・イスラム世界を知る 時間は15:30-17:00です。

 初回開催は10月6日で、途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


 ★★★ 内藤陽介の最新刊  『日の本切手 美女かるた』  好評発売中! ★★★ 

        税込2160円

 4月8日付の『夕刊フジ』に書評が掲載されました!

 【出版元より】
 “日の本”の切手は美女揃い!
  ページをめくれば日本切手48人の美女たちがお目見え!
 <解説・戦後記念切手>全8巻の完成から5年。その著者・内藤陽介が、こんどは記念切手の枠にとらわれず、日本切手と“美女”の関係を縦横無尽に読み解くコラム集です。切手を“かるた”になぞらえ、いろは48文字のそれぞれで始まる48本を収録。様々なジャンルの美女切手を取り上げています。

 出版元のサイトはこちら、内容のサンプルはこちらでご覧になれます。ネット書店でのご購入は、アマゾンboox storee-honhontoYASASIA紀伊國屋書店セブンネットブックサービス丸善&ジュンク堂ヨドバシcom.楽天ブックスをご利用ください。


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 切手に見るソウルと韓国:光州ユニバーシアード
2015-07-13 Mon 16:50
 ご報告が遅くなりましたが、 『東洋経済日報』7月3日号が発行されました。今回は、刊行日が光州ユニバーシアードの開会式の日だったので、ストレートにこの切手をご紹介しました。(画像はクリックで拡大されます)

      韓国・ユニバーシアード

 これは、今回のユニバーシアードに先立ち、事前の周知宣伝を兼ねて、6月23日に発行された記念切手の小型シートです。

 “学生のためのオリンピック”とも称されるユニバーシアードのルーツは、1923年にパリで行われた国際学生競技会にさかのぼります。国際学生競技会は、1939年のウィーン大会まで10回にわたりヨーロッパ各地で開催されたものの、第二次大戦の勃発により中断を余儀なくされました。

 第二次大戦後、国際学生競技会は復活しますが、おりからの東西冷戦のため、西側が国際学生スポーツ週間を、東側が青年学生スポーツ大会を、それぞれ別個に開催するという状況がしばらく続いていました。

 しかし、1950年代半ばの東西の緊張緩和の流れの中で、1957年、創立50周年を迎えたフランス学生スポーツ連合が東西に分裂していた学生スポーツ組織の統合を提唱。これを受けて、国際大学スポーツ連盟(FISU)が発足し、同年、パリで開催された国際学生スポーツ週間は東西両陣営の合同で行われました。

 この実績を元に、1959年のトリノ大会から東西合同の“ユニバーシアード”の開催が始まり、以後、2年に一度、夏季ならびに冬季の大会が交互に開催されています。韓国での開催は、1997年の茂朱・全州大会(冬季大会)が最初で、夏季大会としては2003年の大邱大会に次いで、今回の光州大会が2度目(冬季を含めると3度目)の開催となりました。

 今回ご紹介の切手は、大会マスコットのヌリビ(光の天使をイメージしたものだという)を大きく取り上げたものが1種、開催地・光州の名所と選手を組み合わせたものが3種という構成になっています。

 このうち、サッカー選手の背後に描かれているのは、今回の大会のメイン競技場である光州ワールドカップ競技場です。

 光州ワールドカップ競技場は2002年のFIFAワールドカップのために建設された競技場のひとつですが、陸上のトラックも備えているのが特徴。2001年9月に完成し、収容能力は4万4118名。メインスタンドとバックスタンドには屋根がありますが、サイドスタンドには屋根がありません。2002年のワールドカップの準々決勝では、韓国がスペインを破ってアジア勢として初のベスト4に進出したことから、当時の代表監督ヒディングを称えて“ヒディング・スタジアム”と改称することも検討されたそうです。

 ついで、新体操の選手の背景には、国立アジア文化殿堂が取り上げられています。

 2004年から、光州広域市と韓国政府(文化体育観光部)は、光州をアジアの多様な文化の研究・教育、文化芸術の創造・交流・発信が行われるハブにしようという“アジア文化中心都市事業”を推進していますが、その拠点として建設されたのが、国立アジア文化殿堂です。殿堂の建物は、旧全羅南道庁一帯に、“光の森”というコンセプトの下、7000億ウォン余りを投じて、多目的複合公演会場、アジア文化館、文化交流センター、アートフレックス、子供知識センターなどを建設する計画になっています。

 最後に、テコンドーの選手と組み合わされているのは、無等山の柱状節理帯、立石台です。

 柱状節理は岩体に入った柱状の割れ目のことで、マグマが冷却固結する際、収縮して生じます。光州市東北部、和順郡と潭陽郡にまたがる無等山の頂上付近には、白亜紀の火山活動の産物である柱状節理が密集した柱状節理帯として、切手に取り上げられた立石台のほか、瑞石台、そして圭峰などがあり、周辺の樹木と調和した美しい景観を作り出している。

 
 ★★★ 全日本切手展+韓国切手展のご案内 ★★★ 

 7月17-19日(金ー日) 東京・錦糸町のすみだ産業会館で全日本切手展(全日展)ならびに日韓国交正常化50周年記念・韓国切手展が開催されます。詳細は、主催団体の一つである日本郵趣連合のサイト(左側の“公式ブログ”をクリックしてください)のほか、フェイスブックのイベントページ(全日展はこちら、韓国切手展はこちら)にて、随時、情報をアップしていきますので、よろしくお願いいたします。

      全日展チラシ  全日展チラシ(裏)

 *画像は全日展実行委員会が制作したチラシです。

 なお、内藤は、会期中の18日(土)11:00より、韓国切手展の展示解説を、16:00より「切手と郵便に見る韓国現代史と日本」と題する記念講演を行いますので、皆様、是非、遊びに来てください。
 
 ★★★ 内藤陽介の最新刊  『日の本切手 美女かるた』  好評発売中! ★★★ 

        税込2160円

 4月8日付の『夕刊フジ』に書評が掲載されました!

 【出版元より】
 “日の本”の切手は美女揃い!
  ページをめくれば日本切手48人の美女たちがお目見え!
 <解説・戦後記念切手>全8巻の完成から5年。その著者・内藤陽介が、こんどは記念切手の枠にとらわれず、日本切手と“美女”の関係を縦横無尽に読み解くコラム集です。切手を“かるた”になぞらえ、いろは48文字のそれぞれで始まる48本を収録。様々なジャンルの美女切手を取り上げています。

 出版元のサイトはこちら、内容のサンプルはこちらでご覧になれます。ネット書店でのご購入は、アマゾンboox storee-honhontoYASASIA紀伊國屋書店セブンネットブックサービス丸善&ジュンク堂ヨドバシcom.楽天ブックスをご利用ください。


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 竹島のない韓国地図
2015-02-22 Sun 07:04
 きょう(22日)は“竹島の日”です。というわけで、こんな切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

       韓国・半島切り抜き普通切手     韓国・半島切抜き普通切手(部分)


 これは、昨年(2014)年8月に韓国で発行された1930ウォンの普通切手で、新羅時代の金の耳飾が取り上げられています。切手の右下に、偽造防止対策として朝鮮半島の地図が切り抜きになっていますが(上右の画像)、済州島や竹島の部分は切抜きになっていません。韓国側も、ようやく、竹島の不法占拠を諦めたということであれば歓迎すべきことではあるのですが…。(笑

 さて、韓国では、2013年11月に、下の画像のような1930ウォン切手が発行されました。

       韓国・普通切手(2013年・1930ウォン)     韓国・普通切手(1930ウォン・2013年部分)


 1930ウォンという額面は韓国切手としては高額なので、この切手にはメタリックで“KOREA”の文字が浮かび上がるようになっていたり、複写するとつぶれるマイクロ文字(上の画像の右側にその部分を拡大しています)が入っていたりして、偽造対策に工夫が凝らされていました。

 ところが、発行早々、この切手の偽物が大量に出回ります。

 その発端は、香港のパスポートを持った人間が、韓国国内の切手商・チケットショップに1930ウォンの切手のシートを大量に持ち込んだことから始まります。この男が持ち込んだ正確な数は明らかではありませんが、大手の切手商・チケットショップの計8社に持ち込まれた数は、数千万ウォンのレベルだったと見られています。

 シートを持ち込まれた業者は、それを疑うことなく買い取り、郵便局に持ち込みました。

 日本の場合、手持ちの切手を郵便局で交換する場合には布袋の手数料がかかりますが、韓国の場合は、同額面の切手・葉書と無料で交換できることになっていますので、1930ウォン切手を郵便局に持ち込んだ切手商やチケットショップは、それを最も需要の多い300ウォン(この時点での書状基本料金)切手と交換。それを、取引先の企業などに販売するという通常の取引を行っていました。一方、郵便局の窓口でも、持ち込まれた1930ウォン切手は、そのまま、それまでの在庫と同様に販売され、郵便に使われていました。この時点では、だれもが、香港のパスポートを持った男が持ち込んだ切手はホンモノと信じて疑っていません。

 ところが、しばらくして、香港から持ち込まれた切手はマイクロ文字の部分がつぶれており、良くできた偽物であることが判明。郵便局に持ち込んだ切手商・チケットショップの関係者が警察に呼ばれて事情聴取を受けましたが、彼らも偽物であることに気づいていなかったということがわかり、最終的に、おとがめなしということになりました。

 一方、偽造切手を売っていたソウルの郵便局ですが、すでに相当数の切手を売り捌いてしまっていたことから、偽造切手の出現については一切公表せず、最終的に、真正品・偽造品を問わず、ともかくも1930ウォン切手の在庫をすべて売りきってしまったそうです。

 そのうえで、 急遽、新たな偽造防止策を施し、新たなデザインで発行されたのが、冒頭にご紹介した1930ウォン切手だったというわけです。なお、香港のパスポートを持った男が持ち込んだ偽造切手には、今回ご紹介の1930ウォン切手のみならず、1000ウォン切手と2000ウォン切手もあったことがわかっています。

 さて、新たな偽造防止策として施された朝鮮半島の切り抜きですが、現実の問題としては、穴の数が多いと切手の強度として問題があるので、済州島を含めてすべての島嶼部は省略したということなのでしょう。ただ、普段は、どんなに小さな地図であっても、むりやり竹島の場所を示そうとするのが彼らの癖みたいなものですので、日本人としては、「韓国側の地図にも竹島は韓国領として描いてないモノもあるじゃないか」、「偽造防止対策の地図が竹島を除外しているのは、やはり、“独島”が韓国領というのはニセモノの言説だからじゃないのか」などという反論の材料として使ってみたい気分にさせられますな。


 ★★★ よみうりカルチャー荻窪の講座のご案内 ★★★

 毎月1回(原則第1火曜日:3月3日、3月31日)、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で下記の一般向けの教養講座を担当します。

 ・イスラム世界を知る 時間は15:30-17:00です。

 次回開催は3月3日で、途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


 ★★★ 内藤陽介の最新刊  『朝鮮戦争』好評発売中! ★★★ 

        朝鮮戦争表紙(実物からスキャン) 本体2000円+税

 【出版元より】
 「韓国/北朝鮮」の出発点を正しく知る!
 日本からの解放と、それに連なる朝鮮戦争の苦難の道のりを知らずして、隣国との関係改善はあり得ない。ハングルに訳された韓国現代史の著作もある著者が、日本の敗戦と朝鮮戦争の勃発から休戦までの経緯をポスタルメディア(郵便資料)という独自の切り口から詳細に解説。解放後も日本統治時代の切手や葉書が使われた郵便事情の実態、軍事郵便、北朝鮮のトホホ切手、記念切手発行の裏事情などがむしろ雄弁に歴史を物語る。退屈な通史より面白く、わかりやすい内容でありながら、朝鮮戦争の基本図書ともなりうる充実の内容。

 本書のご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、アマゾン他、各電子書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。

 *8月24日付『讀賣新聞』、韓国メディア『週刊京郷』8月26日号、8月31日付『夕刊フジ』、『郵趣』10月号、『サンデー毎日』10月5日号で拙著『朝鮮戦争』が紹介されました!


 ★★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★★

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 切手に描かれたソウル:韓紙
2014-12-15 Mon 22:52
 ご報告がすっかり遅くなりましたが、『東洋経済日報』11月28日号が発行されました。僕の月1連載「切手に描かれたソウル」では、今回は、こんなモノをご紹介しました。(画像はクリックで拡大されます)

      韓紙

 これは、ことし(2014年)8月、ソウルのCOEXで開催された世界切手展<PHILAKOREA 2014>に際して発行された記念切手のうち、韓国の文化を世界に紹介する企画の一環として、現在の技術で作られた“韓紙”に印刷された記念切手です。

 さて、わが国における製紙技術は、一般に、西暦7世紀、高句麗から渡来した僧・曇徴によってもたらされたとされています。

 韓紙も和紙も、本来は楮を主原料としています。また、手漉きの紙の漉き方は、簀桁と呼ばれるスクリーンで紙料液(原料を溶いた液)をすくい、縦横に動かし繊維を絡みあわせて紙を作る“流し漉き”と、紙料液を簀桁の上に溜め、水分が自然に落ちるのを待つ“溜め漉き”の2種類に大別されますが、流し漉きの製法で作られるのは基本的に和紙と韓紙のみです。

 したがって、これだけみると、韓紙こそが和紙のルーツであると考えがですが(じっさい、そのように説明している韓国人は少なくないようです)、話はそう単純ではありません。

 すなわち、和紙の場合、流し漉きで漉いた紙は原則として1枚のみで完成品となります。

 これに対して、韓紙の場合は、流し漉きだけでは紙の厚さを均等にすることが難しかったため、漉いた紙を乾燥させる際には漉き目の縦横を交互に重ねて乾燥させ、乾燥させた紙を木槌で打ってつやを出す“打ち紙”を行って、ようやく完成となります。

 このため、和紙に比べると、韓紙は丈夫で耐久性に優れており、千年の寿命を持つともいわれて中国でも高い評価を得ていましたが、その反面、ごわごわとした質感は、墨や絵の具が定着しづらく、書画の用材としては和紙の方がはるかに使い勝手が良いのです。

 こうした特性を生かして、韓紙は工芸品や建築、縄・綱の材料としても盛んに用いられていました。紙の大きさが、ムンサル(韓屋の扉)に適した大きさ(およそ63×93センチ)を基準に決められていたのはそのためです。また、現在でも、11月にソウル中心部を流れる清渓川で行われるピッチョロン祭(昨年までの旧称は燈籠祭り。今年は23日まで)の燈籠は、伝統的な韓紙の典型的な使い方と言ってよいでしょう。

 こうしたこともあって、“訓民正音”としてハングルを制定した世宗は、文字を普及させるためには紙の増産を図らねばならないと考え、和紙の製法を学ばせています。その一環として、和紙には、楮以外にも、雁皮や三椏が原料として用いられていることに着目し、彼は“倭楮”の名で雁皮の種苗を輸入して朝鮮内での生産を試みましたが、朝鮮の気候風土には合わなかったため、ほとんど成果を上げられませんでした。

 このように、韓紙と和紙は全く異なる性質の紙として独自の発展を遂げ、それぞれ別の魅力を有してきたわけですが、それゆえ、1910年に朝鮮統治を開始した日本の朝鮮総督府も、当初、朝鮮独自の製品としての韓紙を、中国向けの輸出商品として重視していました。

 しかし、韓紙が高値で取引されることに目を付けた中国人業者が安価な模造品・代用品を中国大陸で大々的に売り出すようになったため、1920年代に入ると韓紙の中国向け輸出は急減。対応を迫られた朝鮮総督府は、パルプなどの補助原料を混入した韓紙の生産を奨励したほか、効率化を図るため、日本式の抄紙方法がさかんに導入されていきました。

 この結果、韓紙の和紙化が急速に進むことになりましたが、ほかならぬ韓国人が韓紙の文化的な価値には無頓着であったため、1945年の解放後も、伝統的な韓紙を復活させようという声はほとんど起きませんでした。さらに、朝鮮戦争と漢江の奇跡を経て生活様式が大きく変化すると韓紙の需要も激減し、そのために韓紙を生産する工房の数も急速に減少してしまいます。

 近年、ようやく、韓国内でも伝統文化としての韓紙の価値が再評価されるようになりましたが、今回ご紹介している切手が発行されるようになったというわけです。

 * 昨日のニコニコ生放送の公開収録は、無事、盛況のうち終了いたしました。ご参加いただきました皆様には、この場をお借りして、あらためてお礼申し上げます。

 ★★★ インターネット放送出演のご案内 ★★★

      チャンネルくらら写真

 毎週水曜日、インターネット放送・チャンネルくららにて、内藤がレギュラー出演する番組「切手で辿る韓国現代史」が配信されています。青字をクリックし、番組を選択していただくとYoutube にて無料でご覧になれますので、よろしかったら、ぜひ、ご覧ください。(画像は収録風景で、右側に座っているのが主宰者の倉山満さんです)

 
 ★★★ よみうりカルチャー荻窪の講座のご案内 ★★★

 毎月1回(原則第1火曜日:1月6日、2月3日、3月3日、3月31日)、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で下記の一般向けの教養講座を担当します。

 ・イスラム世界を知る 時間は15:30-17:00です。

 次回開催は1月6日で、途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


 ★★★ 内藤陽介の最新刊  『朝鮮戦争』好評発売中! ★★★ 

        朝鮮戦争表紙(実物からスキャン) 本体2000円+税

 【出版元より】
 「韓国/北朝鮮」の出発点を正しく知る!
 日本からの解放と、それに連なる朝鮮戦争の苦難の道のりを知らずして、隣国との関係改善はあり得ない。ハングルに訳された韓国現代史の著作もある著者が、日本の敗戦と朝鮮戦争の勃発から休戦までの経緯をポスタルメディア(郵便資料)という独自の切り口から詳細に解説。解放後も日本統治時代の切手や葉書が使われた郵便事情の実態、軍事郵便、北朝鮮のトホホ切手、記念切手発行の裏事情などがむしろ雄弁に歴史を物語る。退屈な通史より面白く、わかりやすい内容でありながら、朝鮮戦争の基本図書ともなりうる充実の内容。

 本書のご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、アマゾン他、各電子書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。

 *8月24日付『讀賣新聞』、韓国メディア『週刊京郷』8月26日号、8月31日付『夕刊フジ』、『郵趣』10月号、『サンデー毎日』10月5日号で拙著『朝鮮戦争』が紹介されました!


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