内藤陽介 Yosuke NAITO
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 馬祖にカジノ建設へ
2012-07-08 Sun 15:34
 台湾海峡北部の馬祖列島で、きのう(7日)、地元当局が推進するカジノ誘致計画の是非を問う住民投票が行われ、賛成1795票、反対1341票で可決されました。これにより、早ければ3年後に台湾初のカジノリゾートがオープンすることになるのだとか。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

       小三通

 これは、2001年に台湾が発行した“小三通開始”の記念切手で、馬祖に向かう船が描かれています。

 台湾では、1981年から中国に対し、三不政策(接触せず、交渉せず、妥協せず)を採り、直接の三通(通商、通航、通信)を禁じていましたが、実際には、この頃から台湾企業の中国進出が増加し、水面下の経済交流は進んでいました。こうした背景の下で、2000年の総統選挙に際して、WTOへの加盟とそれに伴う三通の段階的解禁を公約の一つとして掲げて当選した陳水扁は、政権発足後の2001年1月2日から、試験的に金門・馬祖と福建省に限って“小三通”を行い、問題がなければ三通実施地域を拡大していくという方針を採用しました。

 今回ご紹介の切手はこれを記念して発行されたもので、このときの小三通のポイントは、①金門、馬祖と福建省の間のみで直接の通商、通航ができる、②通航は、原則として、金門島=厦門港、馬祖島=馬尾港の航路に限る、③貨物のみでなく人の往来も開始、④中国の海運業者、外国海運業者も当該航路航行申請できる、⑤金門・馬祖の金融機関と福建省の金融機関に限って、相互に直接送金、輸出入決済等外国為替コルレス業務ができる、⑥中国から入る旅行者の日数は、金門2日、馬祖3日のみ。旅行以外の事由で中国から入る際の日数は、7日以内に制限、⑦小三通実施期間は1年のみだが、必要があれば延長する、というものでした。

 その後、2003年の春節期間にあわせて、中台両国間での直行便が開始されましたが、陳水扁政権下の台湾で、中国ないしは中華の名称を台湾へと置き換え、台湾の存在を“中国の一部”から“中国(大陸)とは別個の地”に代えることを目標とする台湾正名運動が推進されたことに対して中国側が反発。台湾側も中国人の無制限な台湾流入を警戒していたこともあり、三通の全面解禁は実現されませんでした。

 これに対して、2008年に発足した馬英九政権は、前政権の対中政策を大幅に転換し、経済成長のためには対中交流の拡大が必要との姿勢から、中国側からの観光客受け入れの緩和、春節・週末などの直行チャーター便を大幅に増便することを認め、事実上、三通の全面解禁となりました。

 さて、今回の馬祖でのカジノ誘致は、中国からの観光客を誘致することで経済振興を図るというのが最大の目的とされていますが、開発による環境への影響やカジノ開業による風紀・治安の悪化を懸念する反対論も根強くあります。今回の住民投票の結果にも、そうした傾向が反映されているとみてよいでしょう。

 それにしても、馬祖列島といえば、1958年の中国による金門島への侵攻作戦(最終的には、国際世論の非難により中国が侵略を断念しましたが)以来、中国に対する軍事拠点だった場所ですからねぇ。すでに三通が全面解禁されて久しいとはいえ、中国人観光客を積極的に誘致しようという声が多数派を占める時代が来るようになるとは、感無量ですな。個人的には、馬祖に大挙して訪れる中国人“観光客”が、台湾にとってのトロイの木馬にならないことを祈るばかりです。

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 前総統の逮捕
2008-11-13 Thu 12:12
 きのう(12日)、台湾の陳水扁前総統が総統府の機密費流用と資金洗浄などの疑いで逮捕されました。というわけで、今日はこの切手をもってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 陳水扁・総統就任(2期目)

 これは、2004年、陳水扁の2期目の総統就任を記念して発行された切手で、陳と副総統の呂秀蓮のほか、総統府の建物や当時は建設中だった台湾高速鉄道(当初は2005年10月の開業予定だったが、実際には2007年1月に開業)なども描かれています。

 陳水扁は1950年10月12日、台湾の台南県官田郷の小作農家の家庭に生まれました。幼少時より学業成績が優秀で、国立台南第一高級中学を経て台湾大学商学部へと進学。その後、法学部に入学しなおし、在学中に司法試験に合格しています。

 1979年の美麗島事件(世界人権デーに高雄で行われた雑誌『美麗島』主催のデモに際して、主催者らが投獄されるなどの弾圧に遭った事件)に際しては、陳は被告弁護団に参加し、主犯格とされた黄信介の弁護を担当。以後、党外活動(反中国国民党運動)の闘士として名を馳せ、1981年には台北市の市議会議員選挙に立候補し、最高得票で当選しました。

 その後、1986年に国民党立法委員(国会議員)の馮滬祥から名誉毀損で告訴され実刑判決を受けて下獄しますが、刑期満了で出獄後の1987年、前年結成されたばかりの民主進歩党(民進党)に参加し、中央常務委員に就任。1989年に立法委員に当選し、同党を代表する議員となりました。

 1994年、初めての台北市長直接選挙が実施されると、これに立候補して当選。台北捷運の建設や下水道を初めとする治水事業などを実施し、また既得権益に打撃を与える清廉さで高い支持率を得ましたが、1998年の選挙では国民党の宿敵・馬英九(現総統)に破れて落選。しかし、2000年の総統選挙で民進党候補として当選を果たし、半世紀に及ぶ国民党支配体制を民主的選挙によって終わらせました。

 しかし、当選後は国民党の影響力を十分に払しょくすることができず、政権運営は多難を極めます。そして、2004年の総統選挙では再選を果たし、今回ご紹介の切手も発行されたものの、2005年8月には息子で総統府秘書長だった陳哲男が、高雄捷運の建設工事に関係した業者の招待を受けて海外旅行したとのスキャンダルが発覚。さらに、翌2006年5月には、娘婿の趙建銘が台湾土地開発公司の不正取引に関与していたことが表面化するとともに、夫人の呉淑珍についても太平洋崇光百貨(そごう)の商品券及びインサイダー取引疑惑が浮上。さらに、呉淑珍が、総統府機密費1480万台湾ドルを私的流用していたとして、汚職と文書偽造の罪で起訴されるにいたり、陳政権は完全にレームダック化してしまいます。

 この結果、今年3月の総統選挙では、陳に対する不信感から与党候補が惨敗。国民党の馬英九政権の復活を許してしまうことになりました。

 今回の逮捕に関して、陳は連行される際に「政治的迫害だ」と叫んだそうですが、仮にそうであるのなら、常識的に考えて、陳が無罪放免ということはあり得ないわけでしょう。もちろん、容疑が事実であるのなら、最高で30年の刑が待ち受けているということですから、陳の政治生命はほぼ断たれたとみてよいでしょう。

 まぁ、このあたりに関しては、今後の捜査と裁判を見守っていくしかないのですが、台湾独立派の旗手であった陳が逮捕されたのを好機とばかりに、台湾内の媚中派が勢いを増し、独立派を封じ込める動きが出てくることが多いに懸念されます。こういうときこそ、陳の犯罪とは別に、我々は、台湾は決して“中国”の領土ではないことを十分に認識し、台湾の中国への併吞に抵抗しようとしている人々への支援を強化していかなくてはならないように思います。

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 “台湾切手”の命運やいかに
2008-03-23 Sun 22:20
 昨日(22日)、台湾では総統選挙が行われ、台湾独立を否定し、“中華民国”体制の現状維持を主張する国民党の馬英九が与党・民主進歩党(民進党)の謝長廷・元行政院長を破って当選。さらに、同時に行われた“台湾”名義での国連加盟ならびに国民党が提案した正式名称“中華民国”名義での国連復帰を問う2つの国民投票も不成立に終わりました。というわけで、今日はこの切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 台湾表示の切手

 これは、昨年(2007年)2月28日に発行された“228国家記念館”の記念切手で、切手の国名表示が“台湾”となった最初のものです。

 国共内戦に敗れて台湾に逃げ込んだ蒋介石の国民政府(国府)は“大陸反攻“を呼号し、みずからが中国を代表する正統政権であると主張していました。もっとも、この“中国”政府は、福建省沿岸の小島を除くと、中央政府と地方政府である台湾省政府の管轄が同じという異常な構造になっています。このため、台北への“遷都”早々、国府は台湾での“地方自治“を実施し、県・市長を公選として県議会を開設したものの、省主席は官選という事態が長く続いていました。これは、当時の総統(蒋介石のポストです)が住民によって公選されないにも関わらず、台湾省主席が公選されるということになると、台湾の人々にとっては、台湾省主席の方が総統よりも権威をもつことになるためです。台湾では、“中央”と“地方”がほぼ同じサイズである以上、蒋介石としては自己の権力基盤を維持するためにも、そうした事態は何としても避けなければならなかったのです。

 こうした異常事態は、1996年3月23日に住民の直接投票による総統選挙が実施されるまで続いたわけですが、その後も、切手の国名表示は長らく“中華民国”のままとされていました。

 これに対して、“中国とは別の台湾“を掲げ、台湾化政策を推進してきた陳水扁政権は、昨年2月、今回ご紹介の切手から国名表示を“台湾”に変更し、切手の面でも台湾化を進める姿勢を打ち出しています。このときの名称変更は、台湾の郵便事業を行ってきた中華郵政公司が台湾郵政公司に社名変更したことに伴うものと説明されていますが、題材が“228国家記念館”ですから、台湾化政策の一層の推進と当時の野党・国民党への批判の意図が込められていたことは明白です。

 すなわち、228国家記念館のテーマとなっている228事件とは、台北市で闇タバコを販売していた本省人(日本敗戦以前から台湾に居住していた中華系住民)女性に対し、外省人(第二次大戦後、台湾に渡ってきた中華系住民)の役人が暴行を加えたのをきっかけに、本省人に対して差別と弾圧を繰り返していた外省人への本省人の不満が爆発、台湾全土に暴動が発生し、国府は大陸から大軍を派遣して武力でこれを徹底的に鎮圧した事件で、国府による本省人への白色テロの最大のものとされているものです。

 こうしたこともあって、記念館のオープンに際して、陳水扁は「政府はこれまで(228事件の)被害者や家族に補償する一方、首謀者の責任は追及してこなかった。国民党は責任を台湾における共産党に押し付け、最近は役人の抑圧が民衆の反逆を引き起こしたと説明しているがこれも責任回避だ」と指摘し、国民党を批判しています。もちろん、その背景には、与党の党首として、野党・国民党の旧悪を指摘し、政権基盤を強化しようという政治的な思惑があったことは言うまでもありません。

 ちなみに、記念館の建物は、もともとは日本統治時代に美術館として建てられたものですが、第2次世界大戦後は、参議会→アメリカ在台湾ニュース処→アメリカ文化センターという変遷を経て、現在の用途に落ち着いています。

 いずれにせよ、切手の国名表示が“台湾”と改められた背景に上述のような政治的事情があったことを考えると、新たに発足した国民党の馬英九政権がこれをこのまま放置しておくとは考えにくいのも事実です。となると、やはり、台湾の切手は以前のように“中華民国”表示に戻ってしまうんでしょうかねぇ。とはいえ、いったん、現実を反映した“台湾”という表示を再移用してしまった以上、いまさら中国の正統政権として“中華民国”を名乗るのは、ちょっと難しいような気もします。

 いずれにせよ、誕生から1年余が過ぎた“台湾切手”が今後どうなっていくのか、しばらく注目、といったところですな。
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 台湾に行ってきます
2008-03-06 Thu 10:06
 明日(7日)から、台湾の台北世界貿易中心(TWTC)でアジア国際切手展<TAIPEI 2008>が開催されます。今回は、僕も出品者として自分の作品の搬入・搬出をやりますので、今日から12日まで台湾に行ってきます。というわけで、まずはこの切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 ミカドキジ

 これは、今回の切手展を記念して、会期初日の明日発行予定の切手の1枚(画像は台湾郵政のHPから取りました)で、彼の地の1000元札のほか、切手展のシンボルマークにもなっているミカドキジがとりあげられています。

 ミカドキジは台湾固有種のキジで、台湾最高峰の玉山(日本時代、新高山といわれていた山です)や阿里山などの高地に生息しています。

 日本時代の1906年のことで、現地調査に来ていたイギリス人の博物学者、ウォルター・グッドフェローが、玉山付近で在地のツォウ人が髪飾りとしてつけている白黒の羽を見て新種の鳥と確信し、これをイギリスに持ち帰って鑑定したことで、その存在が広く知られるようになりました。ミカドキジとの名前は、 当時、台湾が日本領だったことを踏まえ、グッドフェローが明治天皇に敬意を表してこの鳥に“Syrmaticus mikado”との学名をつけたことに由来しています。

 自分が出品者として参加している切手展の初日に、こういう“ジャポニカ”切手が発行されると、日本人としては単純素朴に嬉しいものですな。

 さて、今回の切手展では、僕は、2005年の<JAPEX>に出品した「“戦後”の誕生」をリニューアルした作品“Making of Pacific-Asian Order from WWII to the EarlyPeriod of the Cold War”を出品しています。

 これまで、国際展に出品した作品は、大きく分けて、①昭和の戦争(満洲事変~1945年の終戦まで)、②香港の歴史、③戦後史(1945年以降)の3種類があるのですが、このうちの戦後史のコレクションの一番初期のかたちは、1995年の全日展に出品した『戦後史』という作品で、それをもとに、2000年のバンコク展(アジア展)には“A History of Occupied Japan”として出品しました。ただし、このときの作品は、タイトルからもご想像いただけるように、日本国内の民主化・非軍事化の流れを中心にすえたものだったため、どうしても“ジャパン・ローカル”のようなコレクションになってしまい、外国人審査員の評判も芳しいものではありませんでした。

 その後、2005年に<JAPEX>の企画展示「1945」に「“戦後”の誕生」を出品した際には、“A History of Occupied Japan”をベースに、欧州・日本・中国・朝鮮・東南アジアの地域ごとに、“戦前”から“戦後”への流れをまとめたのですが、今回は、その構成をもう一度組み直し、日本国内の出来事を取り上げるのは最小限にして、戦前、列強諸国の植民地支配を受けていたアジア・太平洋地域が、日本の占領時代を経て、第二次大戦後の東西冷戦という新たな枠組みの中でどのように変わっていったのか、という国際関係史の流れを中心とするよう、全面的にリニューアルしました。今回の英文タイトルはそうした事情を反映したものですが、邦題としては、2005年以来の「“戦後”の誕生」を使うつもりです。

 作品は、前史として、日本のアジア・太平洋地域への拡大と撤退を示した後、ヤルタ会談と日本の降伏、日本撤退後の中国、朝鮮、東南アジアの状況、そして、アジアにおける冷戦構造の枠組みを決定した中華人民共和国の成立・朝鮮戦争・(第1次)インドシナ戦争をとりあげています。インドシナ戦争まで含めたのは、1954年のジュネーブ協定によって、ベトナムの南北分割が確定し、アジア・太平洋地域における冷戦構造が完成したことを表現したかったからなのですが、ちょっと範囲を拡大しすぎたかもしれません。

 まぁ、今回の作品は、過去の出品作品のリニューアルとはいえ、実際にはほとんど新作のようなものですし、取り扱っている時代も新しく、「昭和の戦争」コレクションのようにフルスケール(8F)での参戦ではありませんから、賞の結果にはあまり期待していないのですが、何年か後にLVのメダルを取ってフルスケール出品の資格を得るためにも、審査員をはじめ作品をご覧いただいた方々の忌憚のないご意見をうかがって勉強させていただければ幸いと思っています。

 なお、台湾へは自分のパソコンを持って行き、あらかじめ、取り込んでおいた切手類の画像を元に、いつもどおり毎日1本ずつ記事を書いていく予定ですが、現地のネット環境等により更新ができないことがあるかもしれません。その場合は、あしからずご容赦ください。

 * 昨日の香港協会のパーティーでの講演は無事、終了いたしました。お集まりいただきました多くの方々には、この場をお借りしてお礼申し上げます。ありがとうございました。
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