内藤陽介 Yosuke NAITO
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 太平島
2015-12-13 Sun 11:31
 台湾内政部(内政省に相当)は、きのう(12日)、南シナ海のスプラトリー(南沙)諸島の台湾が実効支配する太平島で、埠頭の拡張と灯台の完成式典を開きました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      台湾・太平島

 これは、1996年に台湾が発行した太平島の切手です。

 太平島は南沙諸島北部に位置する同諸島最大の島で、面積は約0.49平方キロメートル。サンゴ礁で構成された東西に細長い島です。台湾の実効支配下に置かれており、行政上は高雄市旗津区中興里に属しています。また、台湾の領土としては最南端の地となります。

 記録によれば、1907年に日本漁船が付近で操業を開始。その後、1929年に日本の業者が硫黄の採掘を始めたものの、世界恐慌の影響を受けて間もなく採掘は中止されました。そこへ、1933年、当時、インドシナを支配していたフランス軍がここを占拠しましたが、その後、日本が奪還して台湾・高雄市に編入。第二次大戦中の1944年には日本海軍の潜水艦基地がおかれていました。

 こうした経緯から、日本敗戦後の1945年12月、中国国民政府(以下、国府)は広東省に“南沙管理処”を設置したのに対して、1946年10月、フランス軍は西鳥島および長島に上陸。その後、この地域の帰属をめぐり中仏協議が行われる予定でしたが、第一次インドシナ戦争が勃発したこともあり、協議は行われないままに放置されました。

 こうした状況の下で、1946年11月、国府は“太平号”など4隻の軍艦を南沙諸島に派遣。このとき、太平号が接収事務をおこなったことから、中国語での島名が“太平島”と命名され、台湾省ではなく、広東省に編入されました。

 国共内戦後、国府が台湾に撤退するなかで、1950年にはフィリピンが太平島に進出して硫黄の採掘を行いましたが、1956年に台湾が奪還。以後、台湾による実効支配が続いていますが、他の南沙諸島同様、大陸の中華人民共和国(以下、中共)、フィリピン、ヴェトナムが領有権を主張しています。

 太平島は、台湾にとってはシーレーン防衛の要衝であり、警備のため海軍陸戦隊員や海岸巡防署員が常駐しています。また、2008年2月には民進党の陳水扁総統が総統として初めて同島を訪問したこともあり、今回も馬英九総統が式典に出席する計画があると報じられていました。しかし、南シナ海問題で米中の緊張が続く中で、総統の出席は中共を刺激する可能性があると米国が難色を示したことで、総統の訪問が見送られたといわれています。

 ちなみに、今回ご紹介の切手に取り上げられているのは1980年1月12日に建立された“南疆鎖錀”の碑で、その直後の2月16日、中華民国行政院は、太平島を高雄市旗津区に帰属させることを発表しています。


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 ソウルへ行ってきます!
2014-08-07 Thu 09:04
      故宮・出猟図

 私事で恐縮ですが、韓国ソウルで開催される世界切手展<PHILAKOREA 2014>に出品者として参加するため、きょう(7日)、ソウルに向けて出発します。今回の作品“A History of Hong Kong”は、2012年にジャカルタで開催された世界展<INDONESIA 2012>で大金銀賞(86点)を受賞した作品をベースに、5フレームから8フレームに拡大したコレクションで、8フレームでの出品は今回が初めてとなります。

 展覧会の会期はきょう(7日)から12日まで、通常ですと、作品搬入のために事前に現地入りするのですが、今回はコミッショナーの井上和幸さんが現地入りされる5日に、どうしても、都内で外せない仕事があったため、搬入は井上さんにお願いし、その代わり、13日に井上さんが帰国される際には、フライトをあわせて運搬作業(返却された作品に加え、メダルやカタログ、賞状などが加わるため、往路に比べてかなりの大荷物になります)をお手伝いすることになりました。本日は昼過ぎの飛行機で羽田を発ち、午後3時前には金浦空港に到着の予定です。

 この間、ノートパソコンを持っていきますので、このブログも可能な限り更新していく予定ですが、なにぶんにも海外のことですので、無事、メール・ネット環境に接続できるかどうか、不安がないわけではありません。場合によっては、諸般の事情で、記事の更新が遅れたり、記事が書けなかったりする可能性もありますが、ご容赦ください。

 さて、冒頭に掲げた画像(クリックで拡大されます)は、今回の作品に展示しているマテリアルのうち、1998年に台湾で発行された「元世祖出猟図」(元代の画家・劉貫道が1280年に制作。台湾の國立故宮博物院蔵)の小型シートです。出品者として国際切手展に参加する際には、展示作品の中から、“いざ出陣”という雰囲気の切手を持ってくることにしているので、今回も先例に倣い、元の皇帝フビライがいままさに猟に出かける場面を描いた名画の切手を取り上げたという次第です。ちなみに、この小型シートは、九龍の地名が南宋滅亡時の伝説に由来するということから、南宋を滅ぼした人物を描いた切手として、作品中では使っています。

 この絵に描かれている場面の直後には、左側の切手に描かれている馬上の射手の手から矢が放たれて、シート周囲の金色の方向めがけて飛んでいったことでしょう。すでに作品の搬入は井上さんのご尽力により無事に終わっており、いわば矢は放たれた状態にありますので、前回大金銀賞だった僕としては、自分の矢(=展示作品)が金の枠(90点)に届いてくれることを祈るばかりといったところです。

 では、行ってまいります!

        
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 「韓国/北朝鮮」の出発点を正しく知る!
 日本からの解放と、それに連なる朝鮮戦争の苦難の道のりを知らずして、隣国との関係改善はあり得ない。ハングルに訳された韓国現代史の著作もある著者が、日本の敗戦と朝鮮戦争の勃発から休戦までの経緯をポスタルメディア(郵便資料)という独自の切り口から詳細に解説。解放後も日本統治時代の切手や葉書が使われた郵便事情の実態、軍事郵便、北朝鮮のトホホ切手、記念切手発行の裏事情などがむしろ雄弁に歴史を物語る。退屈な通史より面白く、わかりやすい内容でありながら、朝鮮戦争の基本図書ともなりうる充実の内容。

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 小さな世界のお菓子たち:飴の切手
2012-04-06 Fri 17:05
 ご報告が遅くなりましたが、大手製菓メーカー(株)ロッテの季刊広報誌『Shall we Lotte(シャル ウィ ロッテ)』の第15号(2012年春号)ができあがりました。僕の連載「小さな世界のお菓子たち」では、今回は、こんな切手を取り上げました。(画像はクリックで拡大されます)

        吹糖

 これは、1988年3月2日に台湾で発行された「民俗藝術」の切手のうち、吹糖を取り上げた1枚です。

 砂糖を熱して飴状にして動物などを作る飴細工は、わが国では、平安時代初期の796年に京都の東寺が建立された際、中国大陸から招かれた職人が儀式に必要な飴をつくり、供物としてささげたのが始まりとされています。このとき作られた飴細工は、赤と白の飴をひねっただけの単純なものでした。

 現在、飴細工といえば、さらした白飴に、熱いうちに細い管で息を吹き込み成型する吹き飴のイメージが強いと思いますが、この吹き飴が本格的に作られるようになったのは江戸時代以降のことです。すでに、中国大陸では、これより少し前の明末から清初にかけて、麦芽糖を煮詰めて溶かしたものを風船状に膨らませてから動物などの形に成型する吹糖の技術が開発されていましたので、この技術が長崎を通じてもたらされたということなのかもしれません。

 吹糖の題材としては、鳥や金魚、猿、蝙蝠(“蝠”の字が“福”と同じ発音であることから、中華世界の伝統では縁起の良い吉鳥とされていました)などの動物が好まれましたが、今回ご紹介の切手には、金魚の吹糖を作る職人の姿が描かれています。日本の伝統的な飴細工は熱した飴を素手で加工していましたが、台湾の切手ではやけどを防ぐために手袋をしているのがわかります。この手袋には、細かな石の粉が塗られており、飴が手につかないようになっているそうです。

 こうした飴細工は、かつては、中華世界の街角で盛んに作られ、子供たちの人気を集める駄菓子の扱いでしたが、現在では、そのデザイン性が見直され、人々の郷愁を誘う伝統工芸の一種として、観光地やイベントなどで売られるのが主流となっています。 

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 下記の通り、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)で一般向けの教養講座を担当します。

・よみうりカルチャー柏
 4月24日、5月22日、6月26日、7月24日、8月28日、9月25日
 (毎月第4火曜日)13:30~15:30

 切手でたどる昭和史

 詳細につきましては、各講座名(青色)をクリックしてご覧いただけると幸いです。皆様のご参加を心よりお待ちしております。

 *よみうりカルチャー荻窪での講座のお申込み受付は終了いたしました。

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 酒井法子の吸毒騒動
2009-08-08 Sat 22:24
 ここ数日、マスコミをにぎわせていたタレントの酒井法子をめぐる騒動は、きょうの午後8時頃、覚醒剤取締法違反(所持)の疑いで逮捕状が出ていた酒井本人が警視庁の施設に出頭したことで、一応は解決の方向に向かうことになりそうです。というわけで、きょうはこの切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 台湾・非合法ドラッグ撲滅運動

 これは、1995年に台湾で発行された非合法ドラッグ撲滅キャンペーンの切手で、非合法ドラッグを意味する“毒”の字にNOという手が図案化されています。今回の騒動では、台湾・中国・香港でも事件が大きく報じられていることが紹介されていましたが、その際、新聞の見出しに“吸毒”の文字がでかでかと躍っている映像が繰り返し流されていたことにお気づきの方も多かったものと思われます。

 酒井は、1990年代以降、日本で彼女の出演したドラマが台湾・香港・中国で放送されたことで人気に火が付き、中国語で歌った楽曲も発表されています。また、1992年5月には台湾で日本人初のワンマン・コンサートを行っていることなどからもわかるように、中華世界での人気は、日本での活躍以上のものといってよさそうです。余談ですが、彼女が台湾での初コンサートを行った翌年の1993年10月には、彼女は、厚生省(現・厚生労働省)などが所管する「麻薬・覚せい剤乱用防止センター」主催した麻薬撲滅キャンペーンに、ゲストとして出演しています。まさか、その当時は、台湾の人々も厚生省の関係者も、こんな日が来るとは思ってなかったでしょうな。

 彼女の今後については、自身が非合法ドラッグの売買に関わっていたことなどが明らかにならず、単なる末端使用者ということになれば、初犯で社会的制裁も十分に受けているということで、執行猶予付きの判決が出るということになるのでしょうし、過去の先例に照らして、日本の芸能界への復帰ということも十分にあり得るかもしれません。

 ただし、薬事犯に厳しいアメリカ(ハワイ・グアムを含む)や、彼女の活動の場でもあった中国・台湾・香港への入国は事実上不可能となるでしょう。特に、中華世界の人間にとっては、アヘン戦争以来の屈辱の歴史というのがありますから、今回の事件の衝撃は大きく、それだけに、薬事犯としての彼女が再びかの地で脚光を浴びる可能性はほとんどなくなったはずです。
 
 いずれにせよ、非合法ドラッグの害というのは、どれほど強調してもしすぎるということはないわけで、日本でも、今回ご紹介のようなキャンペーン切手を発行するなど、切手や郵便というメディアをもっと有効に活用しても良いのではないかと思います。
 
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 台湾の帰属
2007-02-28 Wed 00:46
 台湾現代史の最大の悲劇、228事件から今日でちょうど60周年です。というわけで、今日は台湾ネタの中から、この1枚を持ってきてみました。(画像はクリックで拡大されます。)

カイロ会談

 これは、1995年に抗日戦争勝利および台湾光復50周年を記念して発行した小型シートで、上部には、日本敗戦後、台湾と澎湖諸島を中国に返還するとの連合諸国の方針を決めたカイロ会談の写真が取り上げられています。

 1943年11月、ルーズヴェルト、チャーチル、蒋介石が連合国としての対日方針を話し合うためにカイロ会談を行い、12月1日にいわゆる“カイロ宣言”を発したことは広く知られています。

 ところが、このとき発表された文書の正式名称は “Cairo Communiqué(カイロ・コミュニケ)”となっており、正規の外交的な宣言というよりも、プレス・リリースという位置づけになっています。したがって、“カイロ宣言”には、なんら法的な拘束力がないということになります。

 このため、日本の敗戦後、中華民国が戦勝国の一員として台湾を占領するのはともかく、同国が台湾を正式に自国の領土として編入するためには、住民投票を行い、台湾住民の意思を確認したうえで、条約などの正規の手続きを経て日本から領土の割譲を受ける必要があります。

 ところで、日本の敗戦後、台湾に進駐してきた中国国民党政府の官僚や軍人たちは腐敗・汚職がひどく、その政策は、物価高騰や失業の深刻化、治安の悪化などをまねく惨憺たるものでした。こうした状況の下で、1947年2月27日、台北市でヤミタバコを販売していた老婆を国民党政府官憲が発見し、暴行を加えた上、商品と所持金を没収するという事件が起こると、かねてから国民党の台湾支配に不満を持っていた市民の怒りが爆発。自然発生的な暴動が台湾全土を覆うことになります。

 当初、国民党政府は本省人(戦前から台湾に住んでいた華人。先住民は普通は含まない)に対して対話の姿勢を示して時間を稼いだ上で、翌3月、大陸から第21師団を派遣して、本省人に対する大規模な弾圧を開始。裁判官・医師・役人をはじめ日本統治下で高等教育を受けたエリート層の多数が逮捕・投獄・拷問され、約3万人が犠牲になったといわれています。

 さて、228事件の後、国民党政府は台湾支配を強化するために台湾省を設置。さらに、1949年には国共内戦に敗れて同政府が台湾に移転してきたため、国民党政府による恐怖支配の時代は、事件から40年後の1987年に戒厳令が解除されるまで続くことになります。

 なお、1951年に日本が連合国と締結した平和条約では日本の「台湾・澎湖諸島における権利、権利名義と要求の放棄」が規定されていましたが、その後の台湾の帰属先に関しては規定がありません。さらに、台湾に逃げ込んだ国民政府と日本政府が結んだ日華平和条約でも、「台湾における日本の領土権の放棄」は明記されているものの、ここでも台湾の帰属先については規定がありません。もちろん、台湾が北京政府の支配下に置かれるなんて条文がありっこないのは当然です。

 ちなみに、かつて中国共産党は228事件を国民党政府攻撃の格好の材料として、さかんに“国民党政府に対する台湾人民の英雄的抵抗”を賞賛していましたが、彼らがチベットや東トルキスタンなどで同じようなことを現在なおやっていることが国際的に問題視されるようになると、いつの間にか、228事件についても、積極的な発言は控えるようになっています。
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